ライセンの大迷宮

現れた森人族に京矢とハジメは、瞬時に、彼が“長老”と呼ばれる存在なのだろうと推測した。その推測は当たりのようだ。

「ふむ、お前さん達が問題の人間族かね? 名は何という?」

「オレは鳳凰寺京矢。で、こいつは」

「ハジメだ。南雲ハジメ。あんたは?」

ハジメの言葉遣いに、周囲の亜人が長老に何て態度を!と憤りを見せる。それを、片手で制すると、森人族の男性も名乗り返した。

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。〝解放者〟とは何処で知った?」

「うん? オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家だ」

目的ではなく解放者の単語に興味を示すアルフレリックに訝しみながら返答するハジメ。
一方、アルフレリックの方も表情には出さないものの驚愕していた。何故ならハジメから出た解放者という単語と、その一人『オスカー・オルクス』の名は長老達と極僅かな側近しか知らない事だからだ。

「ふむ、奈落の底か……聞いたことがないがな……証明できるか?」
 
あるいは亜人族の上層に情報を漏らしている者がいる可能性を考えて、ハジメに尋ねるアルフレリック。
ハジメは難しい表情をする。証明しろと言われても、すぐ示せるものは自身の強さくらいだ。首を捻るハジメにユエが提案する。

「……ハジメ、魔石とかオルクスの遺品は?」

「あぁ。オスカーさんがオレ達に託してくれたあの指輪なら証明になるんじゃ無いか?」

すっかりあの指輪は、彼らの中では快く託してくれたことになってるらしい。

「そうだな、それなら……」

ハジメは頷き、“宝物庫”から地上の魔物では有り得ないほどの質を誇る魔石をいくつか取り出し、アルフレリックに渡す。

「こ、これは……こんな純度の魔石、見たことがないぞ……」

アルフレリックも内心驚いていてたが、隣の虎の亜人が驚愕の面持ちで思わず声を上げた。

「後は、これ。一応、オルクスが付けていた指輪なんだが……」

そう言って、オルクスの指輪を見せた。
アルフレリックは、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。

「なるほど……確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族たちだけでなく、カムたちハウリアも驚愕の表情を浮かべた。
虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声があがる。それも当然だろう。かつて、フェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから。

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の1つなのだ」

アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人たちを宥める。しかし、今度は京矢達の方が抗議の声を上げた。

「待て。何勝手に俺の予定を決めてるんだ? 俺は大樹に用があるのであって、フェアベルゲンに興味はない」

「ああ。そいつらの反応を見るだけでも、オレ達がアンタ達の国に入るのは良く無いんだろ? オレ達は大樹まで案内して貰えばそれで良いんだぜ?」

「……ん」

「いや、お前さん。それは無理だ」

「なんだと?」

あくまで邪魔する気か? と身構えるハジメ。そんなハジメを待てと彼を止めると京矢は問い掛ける。

「この状況でそう言うなら、何か理由があるんだろ?」

そんな問いかけをする京矢に、逆にアルフレリックの方が困惑したように返した。

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で、霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは10日後だ。……亜人族なら誰でも知っているはずだが……」

「はぁ……?」

間抜けな声を上げる京矢だった。
アルフレリックは、「今すぐ行ってどうする気だ?」と不思議そうに京矢達を見たあと、案内役のカムを見た。
京矢達は、聞かされた事実にポカンとした後、アルフレリックと同じようにカムを見た。そのカムはと言えば……

「あっ」

まさに、今思い出したという表情をしていた。ハジメの額に青筋が浮かぶ。ユエはジト目で見ていた。頭痛でも堪えるように頭を抑えるエンタープライズとベルファスト。呆れた視線を向ける京矢。

「カム?」

「どう言うことだ?」

逃がさんとばかりにカムの肩に置かれる京矢の手。

「ん? 知らなかったのかディノ?」

今度はディノミーゴへと視線が向く。ディノミーゴの反応から言って知っていた様子だ。

「子供達から聞いたディノ」

ディノミーゴの言葉に子供でも気が付いたことを忘れてたのかと言う京矢とハジメの視線が突き刺さる。

「あっ、いや、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行ったことがあるだけで、周期のことは意識してなかったといいますか……」

しどろもどろになって必死に言い訳するカムだったが、京矢達のジト目に耐えられなくなったのか、遂に逆ギレした。

「ええい、シア、それにお前達も! なぜ、途中で教えてくれなかったのだ! お前達も周期のことは知っているだろ!」

「なっ、父様、逆ギレですかっ! 私は、父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って……つまり、父様が悪いですぅ!」

「そうですよ、僕たちも、あれ? おかしいな? とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって……」

「族長、何かやたら張り切ってたから……」

逆ギレするカムに、シアが更に逆ギレし、他の兎人族達も目を逸らしながら、さり気なく責任をカムに擦り付ける。

「お、お前達! それでも家族か! これは、あれだ、そう! 連帯責任だ! 連帯責任! ハジメ殿、京矢殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」

「あっ、汚い! お父様汚いですよぉ! 一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」

「族長! 私達まで巻き込まないで下さい!」

「バカモン! 道中の、ハジメ殿と京矢殿の容赦のなさを見ていただろう! 一人でバツを受けるなんて絶対に嫌だ!」

「あんた、それでも族長ですか!」

情の深さ何処行った? 亜人族の中でも情の深さは随一の種族といわれる兎人族。彼等は、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任を擦り付け合っていた。
情の深さは何処に行ったのか……流石、シアの家族である。総じて、全員が全員残念なウサギばかりだった。

そんなコントのような状況に、既に怒りも冷めたのか腹を抱えて笑っている京矢がカムの後ろから巻き込まれないように離れると、青筋を浮かべたハジメが、一言、ポツリと呟く。

「……ユエ」

「ん」

ハジメの言葉に一歩前に出たユエがスっと右手を掲げた。それに気がついたハウリア達の表情が引き攣る。

「まっ、待ってください、ユエさん! やるなら父様だけを!」

「はっはっは、何時までも皆一緒だ!」

「何が一緒だぁ!」

「ユエ殿、族長だけにして下さい!」

「僕は悪くない、僕は悪くない、悪いのは族長なんだ!」

喧々囂々に騒ぐハウリア達に薄く笑い、ユエは静かに呟いた。

「〝嵐帝〟」





―――― アッーーーー!!!





天高く舞い上がるウサミミ達。樹海に彼等の悲鳴が木霊する。
同胞が攻撃を受けたはずなのに、アルフレリックを含む周囲の亜人達の表情に敵意はなかった。むしろ、呆れた表情で天を仰いでいる。
彼等の表情が、何より雄弁にハウリア族の残念さを示していた。

寧ろ、

「彼が人語を理解する魔物ですか?」

「魔物じゃ無くて正解には、騎士竜なんだけどな」

「騎士竜ディノミーゴだディノ」

「……触ってみても」

「良いディノ」

「本人も良いって言ってるから大丈夫だろ」

アルフレック含む新たに来た亜人達は人語を理解する強そうな魔物(と思われているが実際は違う)ディノミーゴに興味津々といった様子だ。
安全だと分かったら許可を貰って触っている者もいる。


***


樹海を包む濃霧の中を虎の亜人ギルの先導で進む一同。
彼らの行き先はフェアベルゲンだ。京矢とハジメとユエ、エンタープライズとベルファスト、ハウリア族、ディノ、そしてアルフレリックを中心にした亜人達で周囲を亜人達で固めて、既に一時間ほど歩いている。
この行軍の速度から考えてどうやら、先のザムと呼ばれていた伝令は相当な駿足だった様だ。

暫く歩いていると、突如霧が晴れた場所に出た。
晴れたと言っても全ての霧が無くなった訳ではなく、一般の真っ直ぐな道が出来ているだけで、霧のトンネルの様な場所だ。よく見れば道の端には誘導灯の様に青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分埋められている。そんな能力のアーティファクトなのか、そう言う性質の鉱石なのかは謎だが、そこを境界線に霧の侵入を防いでいる様だ。

京矢達が青い結晶に注目している事に気が付いたのか、アルフレリックが解説を買って出てくれた。

「あれは、フェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は〝比較的〟という程度だが」

「なるほど。そりゃあ、四六時中霧の中じゃあ気も滅入るだろうしな。住んでる場所くらい霧は晴らしたいよな」

アルフレリックの言葉を信じるならば樹海の中であっても街の中は霧がないようだ。
これから十日は樹海の中にいなければならなかったので朗報である。
京矢もユエも霧が鬱陶しそうだったので、二人の会話を聞いてどことなく嬉しそうだ。
特に霧の中に入ってから常に何かを警戒していたエンタープライズとベルファストは安堵していた。

そうしている内に、眼前に巨大な門が見えてきた。
太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、其処に木製の十メートルはある両開きの扉が鎮座していた。
天然の樹で作られた防壁は高さが最低でも三十メートルはありそうだ。亜人の〝国〟というに相応しい威容を感じる。

ギルが門番と思しき亜人に合図を送ると、ゴゴゴと重そうな音を立てて門が僅かに開いた。
周囲の樹の上から、京矢達に視線が突き刺さっているのがわかる。亜人の国に人間が招かれているという事実に動揺を隠せないようだ。
アルフレリックがいなければ、ギルがいても一悶着あったかもしれない。おそらく、その辺りも予測して長老自ら出てきたのだろう。

門をくぐると、そこは別世界だった。
直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。
人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそうである。

京矢達がポカンと口を開け、その美しい街並みに見蕩れていると、ゴホンッと咳払いが聞こえた。
どうやら、気がつかない内に立ち止まっていたらしくアルフレリックが正気に戻してくれたようだ。

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。
ハジメは、そんな彼等の様子を見つつ、素直に称賛した。

「ああ、こんな綺麗な街を見たのは始めてだ。空気も美味い。自然と調和した見事な街だな」

「ん……綺麗」

「こんないい所に住んでるなんて、亜人が羨ましいな」

「ええ、とても美しい街です」

「ああ、こんな美しい街は見たことがない」

掛け値なしのストレートな称賛に、流石に、そこまで褒められるとは思っていなかったのか少し驚いた様子の亜人達。
だが、やはり故郷を褒められたのが嬉しいのか、皆、ふんっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている。

京矢達は、フェアベルゲンの住人に好奇と忌避、あるいは困惑と憎悪といった様々な視線を向けられながら、アルフレリックが用意した場所に向かった。



























「……なるほど。試練に神代魔法、それに神の盤上か……」

現在、京矢達は下の階にハウリア族と共に護衛も兼ねてディノミーゴを残してアルフレリックと向かい合って話をしていた。内容は彼らがオスカー・オルクスの残したメッセージから聞いた『解放者』の事や神代魔法の事、自分達が異世界の人間であり七大迷宮を攻略する事で故郷に帰る為の神代魔法が手に入るかもしれない事などだ。
……その際に京矢が異世界召喚3度目である事は話していない。態々特に関係も無い上に、長くなりそうなセフィーロの旅の事まで話す必要は無いのだから。

アルフレリックは、この世界の神の話を聞いても顔色を変えたりはしなかった。
不思議に思ってハジメが尋ねると、「この世界は亜人族に優しくはない、今更だ」という答えが返ってきた。神が狂っていようがいまいが、亜人族の現状は変わらないということらしい。
聖教教会の権威もないこの場所では信仰心もないようだ。あるとすれば自然への感謝の念だという。

京矢達の話を聞いたアルフレリックは、フェアベルゲンの長老の座に就いた者に伝えられる掟を話した。
それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことという何とも抽象的な口伝だった。

【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創始者リューティリス・ハルツィナが、自分が『解放者』という存在である事(解放者が何者かは伝えなかった)と、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。フェアベルゲンという国ができる前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えてきたのだとか。
最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もないことを知っているからこその忠告だ。当然だ、一つでも迷宮を突破出来たのならば相応の実力に加え、神代魔法まで会得している可能性まであるのだから、敵対するだけバカらしい相手だ。

そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったからだそうだ。

「それで、俺らは資格を持っているというわけか……」

アルフレリックの説明により、人間を亜人族の本拠地に招き入れた理由がわかった。
しかし、全ての亜人族がそんな事情を知っているわけではないはずなので、今後の話をする必要がある。

何事も無く話し合いで済みそうな空気に京矢が安堵しつつ、ハジメとアルフレリックが、話を詰めようとしたその時、何やら階下が騒がしくなった。
ハジメたちのいる場所は、最上階にあたり、階下にはシアたちハウリア族とディノミーゴが待機している。
どうやら、彼女達が誰かと争っているようだ。ハジメとアルフレリックは顔を見合わせ、同時に立ち上がった。

階下では、熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しで、ハウリア族と彼らを守る様に立つディノミーゴを睨みつけていた。
そんなディノミーゴの足元には気絶して倒れている熊の亜人が倒れていた。

ハジメたちが階段から降りてくると、彼等は一斉に鋭い視線を送った。

「おい、ディノミーゴ、何があった?」

「こいつが殴りかかって来たからぶっ飛ばしたディノ!」

剣呑さを込めた言葉でディノミーゴは京矢の言葉に答える。その言葉で京矢は何となく状況が飲み込めた。

そう言って自分達をにらんでいる亜人達をディノミーゴが睨み返すと敵意を向けていた亜人達は一歩下がる。
足元に倒れている熊の亜人を助けようとしてもハウリア族を守る様に立つディノミーゴを恐れて近づけないのだろう。

「アンタ、こいつを連れて行ってくれ」

「すまない」

自分が連れて行くよりもアルフレリックに任せた方が良いと判断して、京矢は熊の亜人をアルフレリックに任せる。

大柄な体を二人掛かりで抱えてディノミーゴから熊の亜人を離す。見れば顔面には尻尾でも叩きつけられた跡がある。

「ぐ……ぐぅ……アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間や魔物を招き入れた? こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

意識を取り戻した彼は、必死に激情を抑えているのだろう。拳を握りわなわなと震えている。
やはり、亜人族にとって人間族は不倶戴天の敵なのだ。しかも、忌み子と彼女を匿った罪があるハウリア族まで招き入れた。
熊の亜人だけでなく他の亜人たちもアルフレリックを睨んでいる。
それでも何も行動に移せないのは京矢の隣にいるディノミーゴが、彼らの中でも随一の実力者と考えられるその熊の亜人が簡単に倒されたからだろう。だから、彼らは睨むことしか出来ない。

しかし、アルフレリックはどこ吹く風といった様子だ。

「なに、口伝に従ったまでだ。お前たちも各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

「何が口伝だ! そんなもの眉唾物ではないか! フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前たちも長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

「なら、こんな人間族の小僧共が資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

「そうだ」

あくまで淡々と返すアルフレリック。熊の亜人は信じられないという表情でアルフレリックを、そして1番近くにいた京矢を睨む。

フェアベルゲンには、種族的に能力の高い幾つかの各種族を代表する者が長老となり、長老会議という合議制の集会で国の方針などを決めるらしい。裁判的な判断も長老衆が行う。
今、この場に集まっている亜人たちが、どうやら当代の長老たちらしい。だが、口伝に対する認識には差があるようだ。

アルフレリックは、口伝を含む掟を重要視するタイプのようだが、他の長老たちは少し違うのだろう。
アルフレリックは森人族であり、亜人族の中でも特に長命種だ。200年くらいが平均寿命だったとハジメは記憶している。だとすると、眼前の長老たちとアルフレリックでは年齢が大分異なり、その分、価値観にも差があるのかもしれない。ちなみに、亜人族の平均寿命は100年くらいだ。
平均寿命が倍も違えば、森人族にとっては当事者でも、他の亜人族にとっては祖父や祖母の時代の事だ。価値観が変化するには十分すぎる。

そんなわけで、アルフレリック以外の長老衆は、この場に人間族や罪人がいることに我慢ならないようだ。

「……ならば、今、この場で試してやろう!」

いきり立った熊の亜人が突如、京矢に向かって突進した。
あまりに突然のことで周囲は反応できていない。アルフレリックも、まさかいきなり襲いかかるとは思っていなかったのか、驚愕に目を見開いている。

そして、一瞬で間合いを詰め、身長2メートル半はある脂肪と筋肉の塊の様な男の豪腕が、京矢に向かって振り下ろされた。

亜人の中でも、熊人族は特に耐久力と腕力に優れた種族だ。
その豪腕は、一撃で野太い樹をへし折る程で、種族代表ともなれば他と一線を画す破壊力を持っている。
シアたちハウリア族と傍らのハジメたち3人以外の亜人たちは、皆一様に、肉塊となった京矢を幻視した。

しかし、次の瞬間には、有り得ない光景に凍りついた。

「へぇー、こっちの世界にもこう言う文化は有ったのか?」

微動だもせずに振り下ろされた剛腕を片手で受け止め、拳を握りしめながら気安い態度で上下に振る。

「中々礼儀って奴がしっかりしてるな。宜しくって握手してくるなんてな」

「ガッ!」

そのまま大きく回転しながら熊の亜人が床に叩きつけられる。

「それで、表に出てやり合うのか? ここで良いのか?」

単なる握手なんだから気にするな、そんな態度をハジメ達に見せながら京矢はそう問いかける。

「……言っておくが、彼はお前を倒した魔物を従えているぞ」

「魔物じゃないディノ! ディノミーゴだディノ!」

倒れた熊の亜人に忠告する様につぶやかれたアルフレリックの言葉が響いたのだった。
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