ライセンの大迷宮

さて、京矢とエンタープライズがそんな会話を交わして居た頃、樹海に到着するまでまだ少し時間がかかる。特段隠すことでもないので、暇つぶしにいいだろうと、ハジメとユエがシアにこれまでの経緯を語り始めた。

結果……

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、ハジメさんもユエさんもがわいぞうですぅ~。そ、それ比べたら、私はなんでめぐまれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」

号泣した。
滂沱の涙を流しながら「私は、甘ちゃんですぅ」とか「もう、弱音は吐かないですぅ」と呟いている。そして、さり気なく、ハジメの外套で顔を拭いている。
どうやら、自分は大変な境遇だと思っていたら、ハジメとユエが自分以上に大変な思いをしていたことを知り、不幸顔していた自分が情けなくなったらしい。

……なお、京矢のことも本人から聞いた範囲で話して居たが、彼の場合は奈落でも、バールクスに変身してほぼ楽勝のペースで突き進んで居た為に涙が流れる理由は無かったのだろう。

しばらくメソメソしていたシアだが、突如、決然とした表情でガバッと顔を上げると拳を握り元気よく宣言した。

「ハジメさん! ユエさん! 京矢さん! エンタープライズさん! ベルファストさん! 私、決めました! これからは、このシア・ハウリアが陰に日向に皆さんを助けて差し上げます! 遠慮なんて必要ありませんよ。私たちは数少ない同類で仲間。共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう!」

「現在進行形で守られているのに何を言っているんだ?」

エンタープライズの冷ややかな言葉が突き刺さった。

「ダイヘドアだったか? あの程度から逃げ回る程度の力しかないんじゃオレ達の旅には同行出来ねえだろ」

「完全に足手まといだろうが」

「……さり気なく『仲間みたい』から『仲間』に格上げしている……厚皮ウサギ」

エンタープライズの言葉が冷水になった所に京矢、ハジメ、ユエの言葉が追い打ちとなる。

「な、何て冷たい目で見るんですか……心にヒビが入りそう……というかいい加減、ちゃんと名前を呼んで下さいよぉ」

意気込みに反して、冷めた反応を返され若干動揺するシア。そんな彼女に追い討ちがかかる。

「……ってか、アンタは単に旅の仲間が欲しいだけだろ?」

「!?」

京矢の指摘にシアの体がビクッと跳ね上がる。

「なるほど、一族の安全が一先ず確保できたら、お前、アイツ等から離れる気なんだろ? そこにうまい具合に〝同類〟の俺らが現れたから、これ幸いに一緒に行くってか? そんな珍しい髪色の兎人族なんて、一人旅出来るとは思えないしな」

「アンタの存在自身が一族には迷惑が掛かるし、一族の気質的に一人で飛び出したら全員が探しに来てしまうだろうから、旅の道連れが必要って訳か」

「……あの、それは、それだけでは……私は本当に皆さんを……」

図星だったのか、しどろもどろになるシア。
実は、シアは既に決意していた。何としてでも京矢達の協力を得て一族の安全を確保したら、自らは家族の元を離れると。
自分がいる限り、一族は常に危険にさらされる。今回も多くの家族を失った。次は、本当に全滅するかもしれない。それだけは、シアには耐えられそうになかった。もちろん、その考えが一族の意に反する、ある意味裏切りとも言える行為だとは分かっている。だが“それでも”と決めたのだ。

最悪、一人でも旅に出るつもりだったが、それでは心配性の家族は追ってくる可能性が高い。
しかし、圧倒的強者である京矢達に恩返しも含めて着いて行くと言えば、割りかし容易に一族を説得できて離れられると考えたのだ。
見た目の言動に反してシアは、今この瞬間も〝必死〟なのである。

もちろん、シア自身がハジメ達に強い興味を惹かれているというのも事実だ。ハジメの言う通り〝同類〟であるハジメ達に、シアは理屈を超えた強い仲間意識を感じていた。
一族のことも考えると、まさに、シアにとってハジメ達との出会いは〝運命的〟だったのだ。

「別に、責めているわけじゃない。だがな、変な期待はするな。俺達の目的は七大迷宮の攻略なんだ」

「そう言うことだ。その必死さと気持ちは買うけど、迷宮の奥は地獄だ。悪いが、アンタじゃ足を踏み入れた瞬間が人生の終わりだから、同行を許すつもりはねえよ」

京矢の言葉にバールクスに変身してその地獄楽勝ペースで進んだお前が言うのかと言う視線を向けるハジメ。
だが、悪の組織を地獄の軍団と称するのならば、ラスボスの力は地獄の王の力。地獄の王にとっては散歩する程度の事はできて当然だろう。
迷宮を作ったオスカー・オルクスもラスボスの力を持って踏み込んでくる奴がいるとは想定して居なかったのだろう。
いくら奈落とはいえ、その辺の魔物がグランドジオウと同レベルな訳は無いのだから。……寧ろ、奈落の底とはいえ|そんな《グランドジオウ級の》魔物ばかりならば世界はすでに滅んでいる。

そんな迷宮を作った者の想定の斜め上を疾走して、最終局面で複製RXを相手に初めて苦戦した京矢はさておき、ハジメと京矢の全く容赦ない言葉にシアは落ち込んだように黙り込んでしまった。
同じ魔導二輪に乗るハジメもユエも特に気にした様子がないあたりが、更に追い討ちをかける。

シアは、それからの道中、大人しく二輪の座席に座りながら、何かを考え込むように難しい表情をしていた。
















それから数時間して、遂に一行は【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。
樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。

京矢の想定していたキシリュウジンを使っての木々をなぎ倒しながらの手段でも無ければ、案内人無しではここの迷宮にたどり着くことは出来なかっただろう。
……うん、解放者達でも仮面ライダーバールクスやキシリュウジンなんて品物は間違い無く想定外だっただろう。…………そんな物が予め想定出来ていれば、そもそもエヒトにも負けていない。

「それでは、ハジメ殿、ユエ殿、京矢殿、エンタープライズ殿、ベルファスト殿。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。皆さんを中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「ああ、聞いた限りじゃあ、そこが本当の迷宮と関係してそうだからな」

カムが、ハジメに対して樹海での注意と行き先の確認をする。カムが言った“大樹”とは、【ハルツィナ樹海】の最深部にある巨大な1本樹木で、亜人たちには“大樹ウーア・アルト”と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないらしい。峡谷脱出時にカムから聞いた話だ。

当初、ハジメは【ハルツィナ樹海】そのものが大迷宮かと思っていたのだが、よく考えれば、それなら奈落の底の魔物と同レベルの魔物が彷徨っている魔境ということになり、とても亜人たちが住める場所ではなくなってしまう。
なので、【オルクス大迷宮】のように真の迷宮の入口が何処かにあるのだろうと推測した。そして、カムから聞いた“大樹”が怪しいと踏んだのである。

カムは、ハジメの言葉に頷くと、周囲の兎人族に合図をしてハジメたちの周りを固めた。

「ハジメ殿、できる限り気配は消してもらえますかな。大樹は、神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや、他の集落の者たちと遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です。……それと」

そこまで言った後……京矢の、正確には彼が兎人族の子供達を背中に乗せている紫色のティラノサウルスことディノミーゴに視線を向けて、

「そ、その方は本当に安全なんですよね?」

「安全だぜ」

「食べたりしないですよね?」

「そんな事はしないディノ」

京矢ではなくディノミーゴから心外だと言う声が返ってくる。

カム達の目からはどう見ても強そうな魔物にしか見えない騎士竜ディノミーゴに歩くのは大変だろうと子供達を乗せてあげていた京矢だった。
厳つい外見に似合わないフレンドリーな人語を解する魔物っぽい何かに既に驚くのにも疲れて、安全なら良いかと達観したカム達であった。
なお、ディノミーゴは意外と適応が早かった子供達からは懐かれている。
ティラミーゴ達リュウソウジャーの初期騎士竜五体を光達魔法騎士の護衛にもしているが、騎士竜達は結構馴染みやすいのだ。

気を取り直してハジメは〝気配遮断〟を使う。ユエも、奈落で培った方法で気配を薄くした。
京矢も気配を薄くしていく。
ベルファストとエンタープライズも気配を薄くする程度のことはできる。

「ッ!? これは、また……ハジメ殿、できればユエ殿達くらいにしてもらえますかな?」

「ん? ……こんなもんか?」

「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見失いかねませんからな。いや、全く、流石ですな!」

元々、兎人族は全体的にスペックが低い分、聴覚による索敵や気配を断つ隠密行動に秀でている。
地上にいながら、奈落で鍛えたユエやセフィーロでの戦いで必要になって身に付けた京矢と同レベルと言えば、その優秀さが分かるだろうか。達人級といえる。
しかし、ハジメの〝気配遮断〟は更にその上を行く。普通の場所なら、一度認識すればそうそう見失うことはないが、樹海の中では、兎人族の索敵能力を以てしても見失いかねないハイレベルなものだった。

カムは、人間族でありながら自分達の唯一の強みを凌駕され、もはや苦笑いだ。
隣では、何故かユエが自慢げに胸を張っている。京矢は苦笑を浮かべている。シアは、どこか複雑そうだった。ハジメの言う実力差を改めて示されたせいだろう。

「それでは、行きましょうか」

カムの号令と共に準備を整えた一行は、カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。

しばらく、道ならぬ道を突き進む。直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくる。しかし、カムの足取りに迷いは全くなかった。
現在位置も方角も完全に把握しているようだ。理由は分かっていないが、亜人族は、亜人族であるというだけで、樹海の中でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。

順調に進んでいると、突然カム達が立ち止まり、周囲を警戒し始めた。魔物の気配だ。
当然、京矢達も感知している。どうやら複数匹の魔物に囲まれているようだ。樹海に入るに当たって、ハジメが貸し与えたナイフ類を構える兎人族達。彼等は本来なら、その優秀な隠密能力で逃走を図るのだそうだが、今回はそういうわけには行かない。皆、一様に緊張の表情を浮かべている。

ハジメが動こうとした瞬間、京矢が手を上げて彼の行動を征する。下手に戦えば他の種族に気付かれる恐れがある。


『RX!』


なので、奈落に習ってRXライドウォッチを起動させる。それによって一定の力を持たない魔物達は迷わず逃げ出していくだろう。
ライドウォッチからの力によって魔物達の動きが止まる。そして、視力の良い者はディノミーゴを確認してしまう。
明らかにとんでもない気配と見るからに強そうなディノミーゴ。魔物達は迷わず本能に従って逃げ出して行く。

「京矢殿、今のは……」

「ああ。オレの知ってる、最強の英雄の力だ」

魔物達が必死に逃げていく様にカムが唖然とした様に問い掛ける。
魔物が獲物を襲うのでもなく逃げ出して行くのだから驚きも一入だろう。

そんな中に返って来た言葉に、そんな京矢が最強と言う英雄が何者なのかと言う疑問が湧いてしまった。
なお、その英雄は勇者(笑)を指先一つで倒せる世紀王を超えた英雄です。

その言葉に、カムは乾いた笑いを浮かべる。ハジメから促されて、先導を再開した。

その後も、ちょくちょく魔物に襲われたが、ハジメと京矢とユエが静かに片付けるかRXライドウォッチの力で追い払う。
樹海の魔物は、一般的には相当厄介なものとして認識されているのだが、何の問題もなかった。

しかし、樹海に入って数時間が過ぎた頃、今までにない無数の気配に囲まれ、京矢達は歩みを止める。
数も殺気も、連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。カム達は忙しなくウサミミを動かし索敵をしている。

そして、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を見せた。シアに至っては、その顔を青ざめさせている。

京矢もハジメも相手の正体に気がつき、面倒そうな表情になった。

その相手の正体は……

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗…………ってなんだその魔物は!?」

ディノミーゴを見て驚いている虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人だった。



***



虎の亜人の視線は|人族《京矢達》を連れた兎人族では無く、兎人族を子供達を背中に乗せた|強そうな魔物みたいな物《ディノミーゴ》に向いていた。

ハジメは横目で『何やってんだよ』と言う視線を京矢に向けている。
リアルな変身ヒーローに巨大ロボと、凄いもの見せられすぎたせいで感覚が麻痺していたが、この世界基準じゃそうなんだろうな、と思った。

「オレの事かディノ?」

ディノミーゴから返って来た言葉に虎の亜人が絶句していた。
「え? 何あれ? 魔物が言葉喋ってるんですけど? え? 意思の疎通できるの?」と言った心境だろう。

なんか、カム達も「そうだよなー」と言う顔て納得している。

樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている。
その有り得ない光景だけで無く、人語を解する魔物と言う光景に度肝を抜かれながらも気を取り直して、目の前の虎の亜人と思しき人物はカムたちに裏切り者を見るような眼差しを向けた。
その手には両刃の剣が抜身の状態で握られている。周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いているようだ。それでも、迂闊に動く様子を見せないのはディノミーゴを警戒しているからだろう。

「あ、あの私たちは……」

カムが何とか誤魔化そうと額に冷汗を流しながら弁明を試みるが、その前に虎の亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれる。

「白い髪の兎人族…だと? ……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め! 長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない! 全員この場で処刑する! 総員かッ!?」

虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下そうとしたその瞬間、ディノミーゴの咆哮が響き渡った。

初めは意思は芽生えなかった物の、最初に生まれ、ドルイドンと戦った最初の騎士竜なのだ。目の前の亜人達に勝てるような相手では無い。その咆哮によって冷水をかけられたかのように頭が冷える虎の亜人達。

ドパンッ!!

虎の亜人が動きを止めた瞬間、ハジメの腕が跳ね上がり、銃声と共に一条の閃光が彼の頬を掠めて背後の樹を抉り飛ばし樹海の奥へと消えていった。

理解不能な攻撃に凍りつく虎の亜人の頬に擦過傷が出来る。
もし人間のように耳が横についていれば、確実に弾け飛んでいただろう。聞いたこともない炸裂音と反応を許さない超速の攻撃に誰もが硬直している。

そこに、気負った様子もないのに途轍もない圧力を伴ったハジメの声が響いた。
“威圧”という魔力を直接放出することで相手に物理的な圧力を加える固有魔法である。

「今の攻撃は、刹那の間に数十発単位で連射出来る。周囲を囲んでいるヤツらも全て把握している。お前等がいる場所は、既に俺のキルゾーンだ」

「な、なっ……詠唱がっ……」

詠唱もなく、見たこともない強烈な攻撃を連射出来る上、味方の場所も把握していると告げられ思わず吃る虎の亜人。それを証明するように、ハジメは自然な動作でシュラークを抜きピタリと、とある方向へ銃口を向けた。
その先には、奇しくも虎の亜人の腹心の部下がいる場所だった。霧の向こう側で動揺している気配がする。

「殺るというのなら容赦はしない。約束が果たされるまで、こいつらの命は俺達が保障しているからな……ただの一人でも生き残れるなどと思うなよ」

威圧感の他にハジメが殺意を放ち始める。あまりに濃厚なそれを真正面から叩きつけられている虎の亜人は冷や汗を大量に流しながら、ヘタをすれば恐慌に陥って意味もなく喚いてしまいそうな自分を必死に押さえ込んだ。

「そうそう、誰かが盾になって近付ければ怖く無い、なんて考えない方がいいぜ。南雲のキルゾーンの内側はオレの間合いだ」

続け様に放たれるのは京矢からの殺気。近付ければと言う希望を刈り取るかの如き剣の結界。銃弾を耐えて飛び込むのは処刑台でしか無いのだ。

(冗談だろ! こんな、こんなものが人間だというのか! まるっきり化物じゃないか!)

恐怖心に負けないように内心で盛大に喚く虎の亜人など知ったことかというように、ハジメがドンナー・シュラークを構えたまま、言葉を続ける。
京矢も腰の斬鉄剣に手を触れたまま、何時でも抜刀できる体制をとる。

「だが、この場を引くというのなら追いもしない。敵でないなら殺す理由もないからな。さぁ、選べ。敵対して無意味に全滅するか、大人しく家に帰るか」

「そう言う事だ。帰ってくれるならオレ達は何もしないぜ」

虎の亜人は確信した。攻撃命令を下した瞬間、先程の閃光が一瞬で自分達を蹂躙することを。運良く近づけてもそこは単なる処刑台でしか無いことを。
その場合、万に一つも生き残れる可能性はないということを。

虎の亜人は、フェアベルゲンの第二警備隊隊長だった。
フェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事で、魔物や侵入者から同胞を守るというこの仕事に誇りと覚悟を持っていた。
その為、例え部下共々全滅を確信していても安易に引くことなど出来なかった。

「……その前に、1つ聞きたい」

「おう、良いぜ」

虎の亜人は掠れそうになる声に必死で力を込めてハジメ達に尋ねた。京矢は虎の亜人に気安い言葉でそう続きを促す。

「……何が目的だ?」

端的な質問。しかし、返答次第では、ここを死地と定めて身命を賭す覚悟があると言外に込めた覚悟の質問だ。
虎の亜人は、フェアベルゲンや集落の亜人達を傷つけるつもりなら、自分達が引くことは有り得ないと不退転の意志を眼に込めて気丈にハジメと京矢を睨みつけた。
そんな守ると言う誇りと使命感に好感を示しつつも、京矢は返答をハジメに任せる。

「樹海の深部、大樹の下へ行きたい」

「大樹の下へ……だと? 何のために?」

てっきり亜人を奴隷にするため等という自分達を害する目的なのかと思っていたら、神聖視はされているものの大して重要視はされていない“大樹”が目的と言われ若干困惑する虎の亜人。“大樹”は、亜人たちにしてみれば、言わば樹海の名所のような場所に過ぎないのだ。
 
「そこに、本当の大迷宮への入口があるかもしれないからだ。俺たちは七大迷宮の攻略を目指して旅をしている。ハウリアは案内のために雇ったんだ」

「本当の迷宮? 何を言っている? 七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

「いや、それはおかしい」

「なんだと?」

妙に自信のあるハジメの断言に虎の亜人は訝しそうに問い返した。

「大迷宮というには、ここの魔物は弱すぎる」

「弱い?」

内心、|一人の例外《京矢》を頭から除外してハジメは言葉を続ける。

「そうだ。大迷宮の魔物ってのは、どいつもこいつも化物揃いだ。少なくとも【オルクス大迷宮】の奈落はそうだった。それに……」

「なんだ?」

「大迷宮というのは、“解放者”たちが残した試練なんだ。亜人族は簡単に深部へ行けるんだろ? それじゃあ、試練になってない。だから、樹海自体が大迷宮ってのはおかしいんだよ」

「ああ。この樹海は本当の迷宮の上澄み。言ってみれば、潜るだけの資格があるか試すための修練場だ」

この程度を楽に走破できないならば、潜ることは出来ないと解放者達が暗に言っているような物。
上澄み部分は解放者達からの慈悲と言うことだろう。

「……」
 
ハジメと京矢の話を聞き終わり、虎の亜人は困惑を隠せなかった。ハジメの言っていることが分からないからだ。
樹海の魔物を弱いと断じることも、【オルクス大迷宮】の奈落というのも、解放者とやらも、迷宮の試練とやらも……聞き覚えのないことばかりだ。
普段なら、“戯言”と切って捨てていただろう。

だがしかし、今、この場において、ハジメが適当なことを言う意味はないのだ。圧倒的に優位に立っているのはハジメの方であり、言い訳など必要ないのだから。
しかも、妙に確信に満ちていて言葉に力がある。本当に亜人やフェアベルゲンには興味がなく大樹自体が目的なら、部下の命を無意味に散らすより、さっさと目的を果たさせて立ち去ってもらうほうがいい。

虎の亜人は、そこまで瞬時に判断した。
しかし、ハジメ程の驚異を自分の一存で野放しにするわけには行かない。この件は、完全に自分の手に余るということも理解している。
その為、虎の亜人はハジメに提案した。

「……お前が、国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行くくらいは構わないと、俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけには行かないからな」

その言葉に、周囲の亜人たちが動揺する気配が広がった。
樹海の中で、侵入して来た人間族を見逃すということが異例だからだろう。

「だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っている方もがおられるかもしれない。お前に、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私たちとこの場で待機しろ」

冷や汗を流しながら、それでも強い意志を瞳に宿して睨み付けてくる虎の亜人の言葉に、ハジメは少し考え込む。

虎の亜人からすれば限界ギリギリの譲歩なのだろう。
樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑されると聞く。今も、本当はハジメたちを処断したくて仕方ないはずだ。だが、そうすれば間違いなく部下の命を失う。それを避け、かつ、ハジメたちという危険を野放しにしないためのギリギリの提案。

ハジメも京矢も、この状況で中々理性的な判断ができるヤツだと、少し感心した。

「どうする?」

「向こうが譲歩してくれたんだ。だったらこっちもその位は受け入れようぜ」

ハジメは京矢にそう問いかけると、京矢からの返ってきたのは少しくらいは待っても良いとの事。
相手の使命感や覚悟、この場での理性的な判断に敬意を示し、相手の譲歩を受け入れたのだ。
京矢の判断、そして、今、この場で彼等を殲滅して突き進むメリットと、フェアベルゲンに完全包囲される危険を犯しても彼等の許可を得るメリットを天秤に掛けて……後者を選択した。

大樹が大迷宮の入口でない場合、更に探索をしなければならない。そうすると、フェアベルゲンの許可があった方が都合がいい。もちろん、結局敵対する可能性は大きいが、しなくて済む道があるならそれに越したことはない。人道的判断ではなく、単に殲滅しながらの探索はひどく面倒そうだからだ。

「……いいだろう。さっきの言葉、曲解せずにちゃんと伝えろよ?」

「無論だ。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

「了解!」

虎の亜人の言葉と共に、気配が一つ遠ざかっていった。
ハジメは、それを確認するとスっと構えていたドンナー・シュラークを太もものホルスターに納めて、〝威圧〟を解いた。
空気が一気に弛緩する。それに、ホッとすると共に、あっさり警戒を解いたハジメに訝しそうな眼差しを向ける虎の亜人。中には、〝今なら!〟と臨戦態勢に入っている亜人もいるようだ。その視線の意味に気が付いたのか京矢が不敵に笑った。

「おっと、変な気は起こすなよ」

「いや、指揮官は下がっていてくれ、今仕掛けてくるなら私達が迎え撃とう」

まだ斬鉄剣に手をかけていた京矢がエンタープライズの言葉に従い後ろに下がる。
警戒をエンタープライズとベルファストに任せて京矢は適当な石に腰掛ける。

「……コチラからは何もしない。だが、下手な動きはするなよ。我らも動かざるを得ない」

「わかっている」

包囲はそのままだが、ようやく一段落着いたと分かり、カムたちにもホッと安堵の吐息が漏れた。
だが、彼等に向けられる視線は、ハジメに向けられるものより厳しいものがあり居心地は相当悪そうである。

しばらく、重苦しい雰囲気が周囲を満たしていたが、そんな雰囲気に飽きたのか、ユエがハジメに構って欲しいと言わんばかりにちょっかいを出し始めた。それを見たシアが場を和ませるためか、単に雰囲気に耐えられなくなったのか「私も~」と参戦し、苦笑いしながら相手をするハジメに、少しずつ空気が弛緩していく。敵地のど真ん中で、いきなりイチャつき始めた(亜人達にはそう見えた)ハジメに呆れの視線が突き刺さる。
そんなハジメ達に対して興味無さげに京矢はのんびりと四次元ポケットの中から取り出したお茶を飲んでいる。

時間にして一時間と言ったところか。調子に乗ったシアが、ユエに関節を極められて「ギブッ! ギブッですぅ!」と必死にタップし、それを周囲の亜人達が呆れを半分含ませた生暖かな視線で見つめていると、急速に近づいてくる気配を感じた。

場に再び緊張が走る。シアの関節には痛みが走る。

霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は、森人族いわゆるエルフなのだろう。
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