ライセンの大迷宮

真っ先に声をかけてきたのは、濃紺の短髪にウサミミを生やした初老の男性だった。
はっきりいってウサミミのおっさんとか誰得である。シュールな光景に微妙な気分になっていると、その間に、シアと父様と呼ばれた兎人族は話が終わったようで、互いの無事を喜んだ後、ハジメと京矢の方へ向き直った。

「ハジメ殿と京矢殿で宜しいか? 私は、カム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか……父として、族長として深く感謝致します」

そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じように頭を下げるハウリア族一同がいる。

「まぁ、礼は受け取っておく。だが、樹海の案内と引き換えなんだ。それは忘れるなよ? それより、随分あっさり信用するんだな。亜人は人間族にはいい感情を持っていないだろうに……」

「そうだな。警戒くらいはされるだろうとは思ってたけど」

シアの存在で忘れそうになるが、亜人族は被差別種族である。
実際、峡谷に追い詰められたのも人間族のせいだ。
にもかかわらず、同じ人間族である京矢とハジメに頭を下げ、しかも京矢達の助力を受け入れるという。
それしか方法がないとは言え、あまりにあっさりしているというか、嫌悪感のようなものが全く見えないことに疑問を抱く京矢とハジメ。
 
カムは、それに苦笑いで返した。
 
「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」

そこまで行った後、「それに……」と付け加え……

「あんな巨人を見た後ですからね……」

人知を超えた巨人であるキシリュウジンを見た後では最早恐怖心も麻痺しているらしい。
その言葉に思わず目を逸す京矢であった。
まあ、1人の女の子のために一族ごと故郷を出て行くくらいだから情の深い一族だとは思っていたが、初対面の人間族相手にあっさり信頼を向けるとは警戒心が薄すぎる。というか人がいいにも程があるというものだろう。
 
「えへへ、大丈夫ですよ、父様。ハジメさんと京矢さんは、女の子に対して容赦ないし、対価がないと動かないし、人を平気で囮にするような酷い人ですけど、約束を利用したり、希望を踏み躙る様な外道じゃないです! ちゃんと私達を守ってくれますよ!」

「はっはっは、そうかそうか。つまり照れ屋な人なんだな。それなら安心だ」

シアとカムの言葉に周りの兎人族たちも「なるほど、照れ屋なのか」と生暖かい眼差しで京矢とハジメを見ながら、うんうんと頷いている。

ハジメは額に青筋を浮かべドンナーを抜きかけるが、意外なところから追撃がかかる。

「……ん、ハジメは(ベッドの上では)照れ屋」

「ユエ!?」

「へぇー、そうだったのか、南雲」

「そうだったんですね、南雲様」

ユエの言葉にニヤニヤとした顔で追撃を入れる京矢とベルファスト。エンタープライズは顔を真っ赤にしてハジメから視線を逸らしている。

まさかの方向からの口撃に口元を引きつらせるハジメと、ニヤニヤと笑う京矢だったが、何時までもグズグズしていては魔物が集まってきて面倒になるので、堪えて出発を促した。

一行は、ライセン大峡谷の出口目指して歩を進めた。















ウサミミの集団を引き連れて渓谷を行く一同。

当然、キシリュウジンも居なくなり、数多の魔物が絶好の獲物だとこぞって襲ってくるのだが、ただの一匹もそれが成功したものはいなかった。
例外なく、兎人族に触れることすら叶わず、接近した時点で閃光が飛び、斬撃が飛び頭部を粉砕されるか切り裂かれるからである。

乾いた破裂音と共に閃光が走り、音も置き去りにした斬撃が飛び、気がつけばライセン大峡谷の凶悪な魔物が為すすべなく絶命していく光景に、兎人族達は唖然として、次いで、それを成し遂げている人物であるハジメと京矢に対して畏敬の念を向けていた。

もっとも、小さな子供達は総じて、そのつぶらな瞳をキラキラさせて圧倒的な力を振るうハジメと京矢をヒーローだとでも言うように見つめている。

「ふふふ、ハジメさん。チビッコたちが見つめていますよ~。ハジメさんも手でも振ってあげたらどうですか?」

子供に純粋な眼差しを向けられて若干居心地が悪そうなハジメに、シアが手を振っている京矢を指差して実にウザイ表情で「うりうり~」とちょっかいを掛ける。

額に青筋を浮かべたハジメは、取り敢えず無言で発砲した。

ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!

「あわわわわわわわっ!?」

炸薬量を減らし先端をゴム状の柔らかい魔物の革でコーティングしてある非致死性弾、ゴム弾が足元を連続して通過し、奇怪なタップダンスのようにワタワタと回避するシア。
道中何度も見られた光景に、シアの父カムは苦笑いを、ユエは呆れを乗せた眼差しを向ける。

「いっそ、本物のヒーローにでも変身するか?」

「あのなあ、そんなに気軽に使っていいもんじゃねえだろうが」

「分かってるよ、冗談だよ」

実際、二人とも本物のヒーローに変身するアイテムを持っているのだが、それはそれ。
ハジメも本物のヒーローに変身できるのは嬉しいが大勢のギャラリーの前でヒーローショー紛いの行動は恥ずかしいのだろう。

「はっはっは、シアは随分とハジメ殿を気に入ったのだな。そんなに懐いて……シアももうそんな年頃か。父様は少し寂しいよ。だが、ハジメ殿なら安心か……」

すぐ傍で娘が銃撃されたのに、気にした様子もなく目尻に涙を貯めて娘の門出を祝う父親のような表情をしているカム。
周りの兎人族たちも「たすけてぇ~」と悲鳴を上げていたシアに生暖かい眼差しを向けている。

「いや、お前ら。あの状況見て出てくる感想がそれか?」

「まあ、流石に他にあるだろ、慌てるとか?」

「…………ズレてる」

ユエの言う通り、どうやら兎人族は少し常識的にズレているというか、天然が入っている種族らしい。それが兎人族全体なのかハウリアの一族だけなのかは分からないが。

そうこうしている内に、一行は遂にライセン大峡谷から脱出できる場所にたどり着いた。
ハジメが〝遠見〟で見る限り、中々に立派な階段がある。岸壁に沿って壁を削って作ったのであろう階段は、五十メートルほど進む度に反対側に折り返すタイプのようだ。
階段のある岸壁の先には樹海も薄らと見える。
ライセン大峡谷の出口から、徒歩で半日くらいの場所が樹海になっているようだ。

……だが、階段には影響のない位置に深々と何かが叩き付けられたような跡がある。……二つも。

「コブラーゴ達がやったのって此処だったのか……」

「随分と派手にやったな……」

「いや、結構地味だと思うぜ。クレーターとかじゃない分」

ハジメと京矢が何となしに斬撃の跡を眺めながら話していると、シアが不安そうに話しかけてきた。

「帝国兵はまだいるでしょか?」

「ん? どうだろうな。もう全滅したと諦めて帰ってる可能性も高いが……」

「コブラーゴ達が飛んで来たのに驚いて逃げてるかもしれないぜ」

寧ろ、空飛ぶ魔物に簡単に追いすがる巨大生物二体を間近で見たら普通は逃げても不思議ではない。

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……ハジメさん……どうするのですか?」

「? どうするって何が?」

質問の意図がわからず首を傾げるハジメに、意を決したようにシアが尋ねる。
周囲の兎人族も聞きウサミミを立てているようだ。

「今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵……人間族です。ハジメさん達と同じ。……敵対できますか?」

「残念ウサギ、お前、未来が見えていたんじゃないのか?」

「はい、見ました。帝国兵と相対するハジメさん達を……」

「だったら……何が疑問なんだ?」

「疑問というより確認です。帝国兵から私たちを守るということは、人間族と敵対することと言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと……」

シアの言葉に周りの兎人族たちも神妙な顔付きでハジメ達を見ている。
小さな子供たちはよく分からないとった顔をしながらも不穏な空気を察してか大人たちとハジメたちを交互に忙しなく見ている。

しかし、ハジメは、そんなシリアスな雰囲気などまるで気にした様子もなくあっさり言ってのけた。

「それがどうかしたのか?」

「えっ?」

疑問顔を浮かべるシアにハジメは特に気負った様子もなく京矢と共に世間話でもするように話を続けた。

「だから、人間族と敵対することが何か問題なのかって言ってるんだ」

「そ、それは、だって同族じゃないですか……」

同族という点で京矢は思わず小さく笑いを浮かべてしまう。

「おいおい、お前らだって同族から追い出されてるだろ?」

「それは、まぁ、そうなんですが……」

「大体、根本が間違っている」

「根本?」

さらに首を捻るシア。周りの兎人族も疑問顔だ。

「いいか? オレは、お前等が樹海探索に便利だから雇った。んで、それまで死なれちゃ困るから守っているだけ。断じて、お前等に同情してとか、義侠心に駆られて助けているわけじゃない。まして、今後ずっと守ってやるつもりなんて毛頭ない。忘れたわけじゃないだろう?」

「うっ、はい……覚えてます……」

「だから、樹海案内の仕事が終わるまでは守る。自分のためにな。それを邪魔するヤツは魔物だろうが人間族だろうが関係ない。道を阻むものは敵、敵は殺す。それだけのことだ」

「そういう事だ。……それに、異世界人のオレ達にとったら、トータスの人間族は同族って言えるかも怪しいからな」

「な、なるほど……」

最後の一言は聞こえないように呟いたのでハジメにしか聞こえてなかった様子だ。
そんな何ともハジメと京矢らしい考えに、苦笑いしながら納得するシア。
“未来視”で帝国と相対するハジメたちを見たといっても、未来というものは絶対ではないから実際はどうなるか分からない。
見えた未来の確度は高いが、万一、帝国側につかれては今度こそ死より辛い奴隷生活が待っている。表には出さないが“自分のせいで”という負い目があるシアは、どうしても確認せずにはいられなかったのだ。

「はっはっは、分かりやすくていいですな。樹海の案内はお任せくだされ」

カムが快活に笑う。下手に正義感を持ち出されるよりもギブ&テイクな関係の方が信用に値したのだろう。その表情に含むところは全くなかった。

「っと、南雲。敵対するとは言ったけどよ、流石に回避できるなら無駄な争いは回避した方が良いだろ?」

「そりゃそうだが、どうする気だ?」

「連中にも生き残る機会をプレゼントしてやろうってだけだ。オレ一人で先に行く、少し距離を開けてついて来てくれ」

***

先ずはハウリア族を隠す為に用意したのは最近ガチャで手に入れたディメンションルームだ。『ガチャを回して仲間を増やす 最強の美少女軍団を作り上げろ』に登場するアイテムでかなりの広さの部屋を用意できるドアノブの様なアイテムだ。

念の為に彼らには其処に一時避難をしていてもらう。こんなところに隠れているなど夢にも思わないだろう。
念の為にエンタープライズにも護衛として着いていてもらう。

「それで、何をする気なんだ?」

「上の帝国の兵士にハウリア族は魔物に襲われて全滅したって伝える。そうすりゃ、帰るだろ?」

テン・コマンドメンツから鎧の魔剣へと取り替え、街に着いたら売れるかと回収しておいたハイベリアの翼を手に取りハジメの言葉にそう答える。

相手が兵士である以上、幾ら何でも目的が果たせなくなれば帰るしか無いだろう。余程暇でもなければこんな所で永遠と野宿を続けたくは無い筈だ。
魔物に食われて全滅したと伝えれば引き上げるか確認の為に谷底の探索を行うだろう。

引き上げてくれるなら良し、探索を行うにしてもその隙にハウリア族を連れて逃げれば良しと言うわけだ。

「で、それを伝えた結果、変な要求をしてきたらどうする気だ?」

「そんな時は斬るしかねえだろ?」

ハジメの問いに京矢が答えるとそれもそうだと、ハジメもまた言葉を返す。
飽くまで京矢は助かる機会だけは与えるが、それを活かすか無駄にするかは当人達次第。目的が無くなって大人しく帰るのならば背中から襲う真似はしない。

「序でに、そんな状況で敵対しようなんて考えてるなら、こっちも心が痛まずに済むからな」

三つ目の可能性については敵対するだろうが、その場合もこっちの精神的負担が少なくて済むと言う利点もある。
盗賊を殺した所で痛む良心などないのと同じ事だ。

「京矢様、お一人では危険ではないですか?」

「いや、寧ろお一人の方が安全だとは思うんだけどな」

ベルファストやユエを連れいっては向こうに余計な欲を湧かせる危険がある。そう主張したのだがベルファストは着いてくると言われてしまった。

まあ、そこは南雲と二人で行く事で納得してもらったのだが、













そんな会話の後に階段を上ると、予想に反した光景が広がっていた。

「「はぁ?」」

そこに居るのは妙にやる気のなさそうな4~5人程度の兵士達。野営の跡からそれなりの人数がいた形跡はあるのだが……

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」

「しかし、隊長達もビビりすぎだって、もう巨人もいなくなっただろうにな」

野営跡が残っている事からもっと大人数がそこにいたことが伺える。
全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、ヤル気なさ気に先程まで剣や槍、盾等の武装を地面に置いて支給されていた酒でも飲んでいた様子だった。
そんな兵士の一人が京矢達を見るなり驚いた表情を見せた。

それに同意して笑って居る残りの兵士達。それで二人は納得した。ここにいた兵士達の大半はキシリュウジンを見て危機感を覚えて逃げ出したのだろう。(正確には報告かもしれないが)

だが、残された兵士達は階段を登ってきた京矢とハジメを見て怪訝な表情を浮かべる。

「あぁ? お前達は誰だ? 兎人族……じゃあねぇし、冒険者か?」

「一応、冒険者にはなるかな、オレ達は。師匠に修行だって言われて渓谷の中に放り出されて、やっと言われた期限が過ぎて出られたんだよ」

「こんな所でか?」

「ああ、何度死ぬかと思った事か」

内心で京矢の言葉に『嘘つけ』と思うハジメであった。
奈落の魔物でさえ圧倒していたバールクスの力で大半は楽勝で進んで来たお前が死ぬかと思う状況ってなんだよ、とも。
……複製RXの時以外死ぬ気になっていないだろう、と。

「な、なるほど……それは災難だったな」

案の定兵士達も引き攣った顔で驚愕する様な、同情する様な目で二人を見ている。

「おい、ライセン峡谷で兎人族や巨人を見なかったか?」

「ああ。巨人を見て慌てて隠れたけど、幻か何かみたいに消えて行ったな。それから、巨人の消えたところに行って見たけど、魔物の死体と……巨人に踏み潰された魔物に食いちぎられた死体しか無かったな」

「ちっ、やっぱりそうなったか」

「ああ、特徴的な耳の生えた死体とか有ったし、間違いないだろう、こんな危険な場所に兎人族が居たら、魔物に襲われて全滅した挙句巨人に踏み潰されたんじゃ無いか?」

「チッ、魔物の餌になるくらいなら大人しく捕まればいいものを」

吐き捨てる様に言う兵士に怒りを覚えるがそこは表に出さず会話を続ける京矢。

「どうする?」

「どうするも何も、兎人族が死んでるなら撤収するしか無いだろう?」

「そうだよな、何時迄もこんな所に居られないしな」

「兎人族が戻って来たら撤収して良いって言われてたしな」

ヤル気の無さそうな兵士達の会話も撤収する様子なので撤収するなら後ろから襲いはしない。だが、不幸にも、

「でも、怒られないか?」

「何かしらの収穫は必要だよな」

不幸にも彼らは自分の前に下がっていた生存への希望を自らの手で振り払ってしまった。

「所で後ろにいるのはお前達の連れか?」

兵士の一人の言葉に後ろを振り向くと此方の様子を伺って居たベルファストとユエが見つかった様だ。

「丁度いい、そこの女達は帝国が引き取るから置いていけ」

「お前、随分と良い剣を持ってるな、それも……」

兵士が言い切る前に鎧の魔剣を振るい、先頭の兵士の顔面にフルスイングで叩きつける。

「ガッ!」

「残念ながら、盗賊と対して変わらない連中みたいだな」

「そうなるな」

だからこそ最後まで残されたのかは知らないが、もはや情けをかけてやる必要がない連中だと言うのは確信できた。
此処にベルファストやユエを連れて来ていたら置いていけとでも言っていただろう。

「てめぇ等、オレ達に逆らってタダで済むと思ってるのか?」

「はっ? タダの兵士崩れの盗賊だろ? 寧ろ、帝国から感謝されるんじゃねえか? 帝国の名を騙る盗賊を退治してくれてありがとう、ってな」

額に青筋を浮かべながら怒りを露わにする兵士達を笑みを浮かべながら挑発する京矢。
ゆっくりと鎧の魔剣を構えて、

「|鎧化《アムド》」

キーワードを告げる。
それによって巨大な大剣であった鎧の魔剣が京矢の全身を包むフルアーマーの鎧へと変わる。

「ほぉ〜、その剣はアーティファクトだったか? その剣もありがたくいただいてやる。そっちの嬢ちゃん達をてめぇ等の四肢を切り落とした後、目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ」

「つまり」

「敵って事だ」

「あぁ!? まだ状況が理解できてねぇのか! てめぇ等は、震えながら許しをこッ!?」


ドパンッ!!


想像した通りに京矢達が怯えないことに苛立ちを表にして怒鳴る兵士だったが、その言葉が最後まで言い切られることはなかった。
なぜなら、一発の破裂音と共に、その頭部が砕け散ったからだ。眉間に大穴を開けながら後頭部から脳髄を飛び散らせ、そのまま後ろに弾かれる様に倒れる。


斬ッ!!!


何が起きたのかも分からず、呆然と倒れた小隊長を見る兵士たちに追い打ちが掛けられた。

一瞬で距離を詰めた京矢の一閃によって兵士の一人の体が袈裟斬りに斬り捨てられていた。それを成した彼の全身を包み鎧の兜の飾りが消えて京矢の手にはその代わりに一振りの剣が握られて居た。

「人に使うのは気がひけるけど、これが大地斬か」

倒れた兵士を一瞥しつつ京矢は己の手の中の剣を何度か握り直し、先程の技の感覚を忘れない様にする。
剣身一体のスキルで以前の使用者であるヒュンケルの技術、アバン流の技を引き出し、その技を自分の物にできるかと何度か試したが、実践で使うのが矢張り習得の近道だろう。

突然、仲間の頭部が弾け飛び、仲間の体が一太刀で二つに切り裂かれるという異常事態に残された兵士たちが半ばパニックになりながら唖然としている。
この状況に最後まで残されたのは、この辺の不真面目さも原因なのだろう。人格面でも真面目さでも失っても惜しくないと判断されて捨てられた者達。
そんな彼らに同情したくはなるが情けはかける気はない。



***


他の仲間と同様に新たな兵士が頭部を撃ち抜かれて崩れ落ちた。それを見ることもなくまた別の兵士が切り捨てられる。
血飛沫が舞い、それを頭から被った生き残りの一人の兵士が、力を失ったように、その場にへたり込む。
無理もない。ほんの一瞬で仲間が殲滅されたのである。

彼等が所属して居たのは決して弱い部隊ではない。むしろ、上位に勘定しても文句が出ないくらいには精鋭だ。……まあ、そんな部隊にも下位の者達は出るし、素行の悪い者も湧く。
最悪死んだところで問題ないと判断されて残されたとは言え、そんな精鋭の中の灰汁の部分とは言え、彼ら5人の兵士は他の部隊ならば十分に上位の実力は有った。
それ故に、その兵士は悪い夢でも見ているのでは? と呆然としながら視線を彷徨わせた。

「うん、やっぱり、人間相手だったら〝纏雷〟はいらないな。通常弾と炸薬だけで十分だ。燃焼石ってホント便利だわ」

「通常弾だけで十分なら、手榴弾も人間相手にはオーバーキルになりそうだな。……街中じゃゴム弾にしとけよ」

「分かってるよ」

兵士がビクッと体を震わせて怯えをたっぷり含んだ瞳を京矢とハジメに向けた。
ハジメはドンナーで肩をトントンと叩きながら、京矢は剣を無造作に持ちながら、ゆっくりと兵士に歩み寄る。
黒いコートを靡かせて死を振り撒き歩み寄るハジメと、銀色の甲冑に身を包む京矢のその姿は、さながら死神だ。
少なくとも生き残りの兵士には、そうとしか見えなかった。

「ひぃ、く、来るなぁ! い、嫌だ。し、死にたくない。だ、誰か! 助けてくれ!」

命乞いをしながら這いずるように後退る兵士。その顔は恐怖に歪み、股間からは液体が漏れてしまっている。
京矢は冷めた目でそれを見下ろしながら、動いたら切るという様に剣を鼻先に突き付ける。

「ひぃ! た、頼む! 殺さないでくれ! な、何でもするから! 頼む!」

「そうか? なら、教えてくれねえか? 他の兎人族がどうなったか? 結構な数がいたんだろ? 全部それは帝国に移送済みか?」

ハジメが質問したのは、百人以上居たはずの兎人族の移送にはそれなりに時間がかかるだろうから、まだ近くにいて道中でかち合うようなら序でに助けてもいいと思ったからだ。帝国まで移送済みなら、わざわざ助けに行くつもりは毛頭なかったが。

「……は、話せば殺さないか?」

「ああ、話してくれるなら殺さねえよ、《オレは》な。……別に言いたくないなら良いんだぜ。別に欲しい情報じゃないんだからな」

「ま、待ってくれ! 話す! 話すから! ……多分、全部移送済みだと思う。人数は絞ったから……」

〝人数を絞った〟それは、つまり老人など売れそうにない兎人族は殺したということだろう。兵士の言葉に、怒りを覚える京矢。
突きつけられた剣を握る手に力が加わり、京矢の目に殺気が宿った事を気付くと慌てて兵士は叫ぶ。

「待て! 待ってくれ! 他にも何でも話すから! 帝国のでも何でも! だから!」

京矢の殺意に気がついた兵士が再び必死に命乞いする。しかし、その返答は……

「ああ、殺さねえから安心しな」

剣を下ろして兵士から離れる京矢の後ろ姿に安堵した瞬間、



ドパンッ!



一発の銃弾が撃たれるのだった。

「……南雲がどうするかは知らねえけどな」

事切れた兵士にそう告げると身に纏っていた鎧を剣に戻すとハジメの隣まで歩き、

「悪いな、お前にやらせて」

「気にするな」

そんな会話を交わす。

残された帝国兵達の死体は簡易な墓を作って埋めておき、墓標がわりに彼らの武器を刺す。

「……流石にそんな凄い武器をツルハシがわりに使うのはどうかと思うぞ」

「そうか?」

流石に魔剣目録開いて穴を掘るのに使えそうな力を持った魔剣、聖剣を引っ張り出すのはどうかと思うハジメであった。
アーティファクトを作れる様になってから京矢の魔剣目録の中身の価値を前以上に理解できる様になってから余計にそう思う。
間違い無くどの剣もトータスの基準では国宝なんて生温い品だ。天之河の聖剣がガラクタに見える、と言えば分かりやすいだろう。

後には五つの墓と血の跡だけが残されると隠れさせていた兎人族達とその護衛のエンタープライズを呼ぶ。

ハジメは、無傷の馬車や馬のところへ行き、兎人族達を手招きする。
樹海まで徒歩で半日くらいかかりそうなので、せっかくの馬と馬車を有効活用しようというわけだ。
キシリュウジンを移動手段に使った為、先ほどは使わなかった魔力駆動二輪を〝宝物庫〟から取り出し馬車に連結させる。
馬に乗る者と分けて一行は樹海へと進路をとった。

後にはただ、最後の情けと京矢が作った墓と彼等が零した血だまり、その前にコブラーゴ達が作った斬撃の跡だけが残された。















さて、ハジメ一行が立ち去ってから入れ違いでその場に現れる者達があった。

幸か不幸かキシリュウジンを見て最初に報告に走った小隊長以下一部の兵士達は王国に召喚された勇者達を見極めるために出向いた皇帝の一団と遭遇、そのまま直接報告する事になった訳だ。

突如現れた鎧の巨人。絵の得意な物に兵士達の証言から聞いた巨人の絵姿を絵にした結果、皇帝ガハルド・D・ヘルシャーが直々に峡谷に向かうと言い出した。

なんともフットワークの軽い皇帝ではあるが、鎧の巨人の報告を聞いた時には子供の様に目を輝かせていた。
一同は期間予定を変更して峡谷に向かう事となった。
その後はまた別の兵士達が合流し、巨人は武術を使えると聞き、皇帝の興味が更に巨人に向き、
更に別の兵士達が合流した時には巨人はアーティファクトの黄金の剣を二本も持っていると聞き、更に突如姿を消したことから何らかの魔法まで操れると聞き…………皇帝の興味は最高潮に達してしまった。

峡谷から上半身が見えるほどの巨体に、その巨体と同等の魔物の首を武勲として首から下げ、身にはその魔物を加工したと思わしき紫の鎧を纏い、両肩と頭にはアーティファクトと思わしき金色の鎧と兜を身につけ攻城兵器並みの巨大な二本のアーティファクトの剣を片手で自在に操る巨人。

そこまで聞いてしまっては最早、興味を惹かれない理由がなかった。

自ら馬を駆って報告に来た小隊長から聞いた巨人の絵姿を見て馬を並べて峡谷まで走っていた。

「陛下、幾ら何でも危険です!」

「危険だと? そんな凄い者をこの目で確かめないでどうする? 考えてもみろ、その巨人を味方に出来ればあの勇者の何倍も頼りになるぞ」

そう言われて皇帝に同行していた部下が想像する。
一人を除いて興味の対象にならなかった勇者達よりも歴戦の勇士と思われる巨人の方が確かに頼りになる。

主人の手を離れてハイベリアを切り裂いたというアーティファクトの剣を携えた巨人が人達で魔人族の率いる魔物を蹂躙する様や万の軍勢を蹴散らす様を想像すると、その巨人が居れば勇者など必要ないとも思えてくる。

魔人族の味方だったとしても早い段階でその巨人について調べる必要があるだろう。

そう考えると、皇帝が直々に動くのは危険だが、調べないという選択肢はない。

そして、皇帝率いる一団が京矢達が立ち去った峡谷の入り口に辿り着いたのだが、見張りに残されていた兵士達の姿はなく五つの墓と血の跡だけが残されていた。

兎人族を追い詰めて此処に陣を張っていた巨人を発見したと聞いていたが……数で劣るとは言え兎人族に殺されるとは考え難い。ならば、

「その巨人は敵だったのか?」

「いえ、亜人の種族の一つなのかもしれません」

峡谷に逃げ込んだ兎人族を助ける為に入り口に待ち伏せしていた兵士達を殺したと考えることも出来る。

「もしかしたら、亜人の中には峡谷に自分たちの味方になる恐るべし巨人が居ることを知っている者が居るのかもしれません」

「だが、巨人が戦ったにしては痕跡が少ない気もするな。それに、墓を作るなど、随分と騎士道精神がある巨人だ」

そして掘り起こされた墓から見つかった京矢とハジメの戦闘の跡から、巨人は魔法さえも自在に操ると言う誤解までされたのだった。

そして、後に彼らが帝国に戻り峡谷の調査隊を編成する事になるのだが、それは特に京矢達に関係のない事だった。(巨人調査団が峡谷に着いたのは京矢達が此処の大迷宮に潜ったよりも後だし)

…………皇帝ガハルド・D・ヘルシャー。彼が件の巨人を目にする未来はそう遠くない未来である。








***






七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国フェアベルゲンを抱える【ハルツィナ樹海】を前方に見据えて、ハジメと京矢が魔力駆動二輪で牽引する大型馬車二台と数十頭の馬が、それなりに早いペースで平原を進んでいた。

二輪には、ハジメ以外にも前にユエが、後ろにシアが乗っている。当初、シアには馬車に乗るように言ったのだが、断固として二輪に乗る旨を主張し言う事を聞かなかった。ユエが何度叩き落としても、ゾンビのように起き上がりヒシッとしがみつくので、遂にユエの方が根負けしたという事情があったりする。
京矢の側にはエンタープライズが後ろに座っている。小柄なユエと違ってエンタープライズとベルファストは前には座れないのでベルファストはハジメが牽引している馬車の側にいる。
二人には魔物などの襲撃に備えての配置だ。接近戦特化の京矢では遠距離への対応が遅れる可能性があるのでエンタープライズと組んだ訳だ。

シアとしては、初めて出会った〝同類〟である二人と、もっと色々話がしたいようだった。
ハジメにしがみつき上機嫌な様子のシア。果たして、シアが気に入ったのは二輪の座席かハジメの後ろか……場合によっては手足をふん縛って引きずってやる! とユエは内心決意していた。

そんな三人を横目で見ながら前方へと視線を向ける京矢。
京矢の希望でヘルメットまで作ったがそんな京矢を見ながらヘルメットを作った方が便利だったかと思うハジメ。……そして、ヘルメットはヘルメットでカッコいいのだ。
京矢は仮にも仮面ライダーを名乗る以上ライダースタイルにもこだわりがあるのだ。

若干不機嫌そうなユエと上機嫌なシアに挟まれたハジメは、二輪を走らせつつも京矢の様にヘルメットを用意したりライダースーツとかも作れば良かったかと思う。
風除けは魔法でなんとかなるかも知れないが他にオートマッピングなどの地図機能などの機能を付ければヘルメットは便利だ。時間を見つけて京矢のヘルメットを元に試作品を作らせて貰おうと思う。

(京矢から貰ったバイクの方が性能が良いのは凹むな)

だがそれでも仮面ライダーの専用マシンには負けているのは凹むハジメだった。

(いつか完成させるか……オートバジンとかサイドバッシャーとか)

どうやらバイクはファイズ系が好みの様なハジメであった。なお、京矢の所持の巨大ロボのキシリュウジンを間近で見て何れは巨大ロボを作り上げる野望を抱いているのは彼以外知らないことだが。

そんなハジメにユエが声をかける。

「……ハジメ、どうして二人で戦ったの?」

「ん?」

ユエが言っているのは帝国兵との戦いのことだ。あの時、攻撃をしようとしたユエとベルファストには攻撃しない様に言って、ハジメと京矢は二人で戦うことを選んだ。
誰が参戦しようがすまいが結果は“瞬殺”以外には有り得なかっただろうが、どうも帝国兵を倒した後はハジメも京矢も物思いに耽っているような気がして、ユエとしては気になったのだ。


「ん~、まぁ、オレも鳳凰寺もちょっと確かめたいことがあってな……」

「……確かめたいこと?」

ユエが疑問顔で聞き返す。シアも肩越しに興味深そうな眼差しを向けている。

「ああ、それはな……」

話し始めたハジメの理由を要約するとこういうことだ。

ハジメと京矢がユエ達に戦わせずに、自分達で帝国兵五人を相手取った一つ目の理由は〝実験〟である。
万一に備えてハジメは全員頭部を狙っておいたが、実は、鎧部分にも撃ち込んでいたりする。
なぜそんな事をしたかというと、人間と相対する度にレールガンを放っていたのでは完全にオーバーキルであり、街中などでは何処までも貫通してしまい危なっかしくて使えない。
暴漢を木っ端微塵にするのは京矢からは止められるだろうが、ハジメ的には何の問題もないのだが、背後の民家を突き破って団欒中の家族を皆殺し! とか、完全に外道すら通り越した狂人である。特撮ヒーローでは無くどう考えても退治される怪人の側だ。
ハジメとて、何の関係もない人々を無差別に殺す殺人鬼になるつもりは毛頭ない。
なので、どの程度の炸薬量が適切か実地で計る必要があったのである。実験の甲斐あって結果は上々。威力の微調整にも具体的な見当がついた。

もう一つの理由は京矢の理由と共通している。
自分達が殺人に躊躇いを覚えないか確かめるということだ。
すっかり変わってしまったハジメだが、人殺しの経験は未だなかった。四度も世界を救っている京矢も直接命を奪う経験はなかった。
それ故に、二人は殺す前も殺した後も動揺せずにいられるか試したのである。
結果は、京矢は分からないがハジメは〝特に何も感じない〟だった。やはり、敵であれば容赦なく殺すという価値観は強固に染み付いているようである。

(戦うと言う罪を背負う覚悟はした、か)

二人でライダーシステムの熟練の為の訓練をした時に京矢から言われた言葉を思い出す。

殺す以外に救う方法のなかった恋人達を、従姉妹とその友人達に殺させてしまった過去から、その結果一人の少女の抱いてしまった罪悪感の重さを目に見える形で突き付けられた事で芽生えた覚悟だが、それをハジメは知る由は無い。

だからこそ、そんな重すぎる罪を悪意なくクラス全員に背負わせようとした光輝のことを京矢は許す事が出来ない。

光輝は魔人族を人ではないとでも、単なる獣だとでも思っているのだろう。光輝と龍太郎については真実を突き付けられて、勝手に罪を背負って、勝手に罪の重さに押しつぶされろと、切り捨てているのも京矢にしてみれば当然の事だ。

「とまぁ、オレも京矢も初の人殺しだったわけだが、特に何も感じなかったから、随分と変わったもんだと、ちょっと感傷に浸ってたんだよ……」

「……そう……大丈夫?」

「ああ、何の問題もない。これが今の俺だし、これからもちゃんと戦えるってことを確認できて良かったさ」















一方、ハジメ達と併走している京矢達は

「指揮官、大丈夫なのか?」

「ああ。不思議と何ともないな。寧ろ、そっちの方が怖いかも知れないけどな」

京矢へとそう問いかけるエンタープライズ。その問いかけに苦笑を浮かべながら答える。
殺すと言うのは登ることでは無く堕ちる事。それを理解してしまっている京矢としてはそれをハジメにもさせてしまった事には後悔がある。

(本当に、壊れて仕舞え、こんな、世界は)

トータスと言う世界に感じた答えは一つ『反吐がでる』の一言しか無い。エヒトと言う神もどきを殺した結果この世界がどうなろうが知ったことでは無い。
例え、エメロード姫の様にエヒトがこの世界の柱だったとしても、この世界が滅んだところで後悔などない。

放っておいては間違いなく地球にまで手を伸ばしてくる危険も有るのだ。その為にこの世界を切り捨てたとしても何の後悔もない。京矢にとってトータスとはそんな世界だ。

「指揮官、なら私にそう命令すれば良い、私達は人間では無く兵器なのだから」

「……それは出来ねえよ」

エンタープライズの言葉に京矢はそう返す。
あの時は力がありながらも、魔法騎士達の代わりにエメロード姫を討てなくて後悔したのだ。

だから、この世界に召喚されてから真っ先にしたのは『罪を背負う覚悟』だ。

(……相手を殺しても罪の意識一つ感じないってのはホント、最悪だぜ)

相手が下衆だったから、それとも自分もあの時殺した帝国の兵士達を、人として見て居なかったのか? それとも、外見が似ているだけで、地球人である自分とトータスの人間族は別と認識しているのか、そんな疑問が湧いてくる。
どっちにしても、今は京矢は罪悪感すら感じて居ない。

「戦う事が罪ならオレが背負ってやる。お前の罪を数えろ。……か。背負う罪の重さも、それを罪とも思ってないのは問題だな」

京矢は数えるべき罪としても心が認識してない事にいやな物を感じてしまう。

「……ホント、嫌な世界だよ、ここは」

そう呟きながら取り出したのはRXのライドウォッチ。

(|世界《地球》を救う為に|世界《トータス》を滅ぼす、か。貴方はそれを後悔したのか……。オレ達はそんな事になったら、どうなってしまうんだろうな?)
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