ライセンの大迷宮

魔法陣の光に満たされた視界、何も見えなくとも空気が変わったことは実感した。
何ヶ月振りだろうか? 奈落の底の澱んだ空気とは明らかに異なる、どこか新鮮さを感じる空気にハジメと京矢の頬が緩む。
 
やがて光が収まり目を開けたハジメ達の視界に写ったものは……

「なんでやねん」

洞窟だった。

「いや、普通は隠すモンだろ」

この状況を予想していた京矢の言葉が突き刺さる。
仮にも反逆者とされて神様扱いされている悪霊擬きと敵対していたのだから、堂々と道の真ん中に出入り口など用意していない。
そうでなくても出口に岩でも落ちて塞がる危険なども有るのだ。

「……秘密の通路……隠すのが普通」

ユエはそんなハジメの服の裾をクイクイと引っ張り、慰める様に自分の推測を話した。

「あ、ああ、そうか。確かにな。反逆者の住処への直通の道が隠されていないわけないか」

魔法陣の向こうは地上だと無条件に信じていたハジメは、代わり映えしない光景に思わず半眼になってツッコミを入れてしまった事に、そんな簡単なことにも頭が回らないとは、どうやら自分は相当浮かれていたらしいと恥じる。

「まっ、気にするなって」

京矢にポンポンと肩を叩いて励まされながら、気不味そうに頭をカリカリと掻きながら気を取り直す。
緑光石の輝きもなく、真っ暗な洞窟ではあるが、ハジメ達は暗闇を問題としないので道なりに進むことにした。

途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して尽く勝手に解除されていった。
京矢達は一応警戒していたのだが、拍子抜けするほど何事もなく洞窟内を進み、遂に光を見つけた。外の光だ。
京矢達はこの数ヶ月、ユエに至っては300年間、求めてやまなかった光。

京矢とハジメとユエはそれを見つけた瞬間、思わず立ち止まりお互いに顔を見合わせた。
それから互いにニッと笑みを浮かべ、同時に求めた光に向かって駆け出した。
この洞窟の中で呼ばれたエンタープライズとベルファストはそんな三人の後ろ姿を見送りながら微笑ましく思いながら後ろからついて行った。

近づくにつれ徐々に大きくなる光。外から風も吹き込んでくる。
奈落のような澱んだ空気ではない。ずっと清涼で新鮮な風だ。京矢とハジメは、空気が旨いという感覚を、この瞬間ほど実感したことはなかった。
 
そして、3人は同時に光に飛び込み……待望の地上へ出た。
 
地上の人間にとって、そこは地獄にして処刑場だ。
断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。
深さの平均1.2キロメートル、幅は900メートルから最大8キロメートル、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡を、人々はこう呼ぶ。
 
【ライセン大峡谷】と。

京矢達は、そのライセン大峡谷の谷底にある洞窟の入口にいた。
地の底とはいえ頭上の太陽は|燦々《さんさん》と暖かな光を降り注ぎ、大地の匂いが混じった風が鼻腔をくすぐる。
 
たとえ其処がどんな場所だろうと、確かにそこは地上だった。
呆然と頭上の太陽を仰ぎ見ていた京矢とハジメとユエの表情が次第に笑みを作る。
無表情がデフォルトのユエでさえ誰が見てもわかるほど頬がほころんでいる。

「……戻って来たんだな……」

「……んっ」

「太陽ってこんなに眩しいモンだったんだな」

ハジメとユエは、ようやく実感が湧いたのか、太陽から視線を逸らすとお互い見つめ合い、そして思いっきり抱きしめ合い、京矢は太陽を見上げながら手を伸ばし、その光を手に取るように手を握る。

「うおおおおおお!」

「よっしゃぁああーー!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!」

「んっーー!!」

小柄なユエを抱きしめたまま、ハジメはくるくると廻り、京矢は天に拳を突きつけながら叫びを上げた。
しばらくの間、人々が地獄と呼ぶ場所には似つかわしくない笑い声が響き渡っていた。
途中、ユエとハジメが地面の出っ張りに躓き転到するも、そんな失敗でさえ無性に可笑しく、三人してケラケラ、クスクスと笑い合う。

「指揮官、少し無用心すぎるんじゃないか?」

「はい、少々無粋なお客様達が集まってしまって居ます」

「っと、たしかに無粋な連中だな」

「はぁ~、全く無粋なヤツらだな。……確かここって魔法使えないんだっけ?」

「そうみたいだな。気の方は問題ないみたいだし、オレには問題なさそうだな」

ドンナー・シュラークを抜きながらハジメが首を傾げる。座学に励んでいたハジメには、ここがライセン大峡谷であり魔法が使えない場所であると理解していた。

だが、京矢を見ながらこの大渓谷が誰かの意図で生み出されたわけではないだろうが、例え意図があったとしても、魔力に一切頼らない戦い方をする京矢の様な例は想定されて居ないんだろうな、とハジメは思う。

「……分解される。でも力づくでいく」

ライセン大峡谷で魔法が使えない理由は、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。
もちろん、ユエの魔法も例外ではない。しかし、ユエはかつての吸血姫であり、内包魔力は相当なものであるうえ、今は外付け魔力タンクである魔晶石シリーズを所持している。
つまり、ユエ曰く、分解される前に大威力を持って殲滅すればよいということらしい。

「力づくって……効率は?」

「……十倍くらい」

どうやら、初級魔法を放つのに上級レベルの魔力が必要らしい。射程も相当短くなるようだ。

「まっ、そうなると此処はオレの独壇場って訳だな」

腰に挿した斬鉄剣を手に掛け、全身を気によって強化する。

「ウォーミングアップさせて貰うぜ」

地面を蹴って一気に駆け出した京矢が、一瞬の間に魔物達を通り過ぎ、すれ違い様にその首を切り落とす。

「行くぜっ!」

一瞬のうちに仲間の首が落ちた事に対応出来ない魔物の頭が轟音と共に吹き飛ぶ。

「おいおい、一人でなんて水臭いんじゃねえか?」

自然な動きでドンナーを発砲したハジメが笑みを浮かべながら、そう告げる。

「そいつは悪かったな」

「んじゃ、奈落の魔物とこいつら、どっちが強いか試してやろうか?」

「良いねえ」

スッとガン=カタの体制をとるハジメと居合いの体制をとる京矢。
二人のその眼を見た周囲の魔物達は気がつけば一歩後退っていた。
しかも、そのことに気がついてすらいない。本能で感じたのだろう。自分達が敵対してはいけない化物を相手にしてしまったことを。

常人なら其処にいるだけで意識を失いそうな壮絶なプレッシャーが辺り一帯を覆う中、遂に魔物の一体が緊張感に耐え切れず咆哮を上げながら飛び出した。

そこから先は、もはや戦いではなく蹂躙。
魔物達は、ただの一匹すら逃げることも叶わず、まるでそうあることが当然の如く頭部を吹き飛ばされ、斬り裂かれ骸を晒していく。
辺り一面が魔物の屍で埋め尽くされるのに三分もかからなかった。

ドンナーを太もものホルスターにしまったハジメと斬鉄剣を鞘に収めた京矢は、首を僅かに傾げながら周囲の死体の山を見やる。

その傍に、トコトコとユエが寄って来た。二人が危なければいつでも加勢する様子だったエンタープライズとベルファストも拍子抜けした様子で近づいてくる。

久々の外での戦闘も問題は無さそうだと手を何度か握り直すと、ふと奈落の底でのハジメとの約束を思い出した。

「おっと、そういえば南雲。約束してたよな、巨大ロボを見せてやるって」

「ああ。流石に洞窟の中じゃ無理だったから……って、まさか」

「周囲の警戒ついでだ、今から見せてやる」



















その頃、渓谷の入り口に陣取って居た武装した集団は言葉を失って居た。
統一された武装やその他の装備から何処かの国の軍隊と推測される集団は目の前の光景に唖然として居た。

彼らの目には渓谷から上半身を見せている巨大な人型のナニカが映っていた。

「た、隊長、あれは……」

「きょ、巨人……」

「きょ、巨人だ……鎧の巨人だ」

渓谷に突然現れた魔物の頭を首から下げた、紫の鎧を身に付けた鎧の巨人。
その身に纏う紫の鎧に金色の兜と肩鎧を着けた巨人が突如出現したのだから、幾ら訓練された兵士と言っても直ぐにまともな対応など出来ないだろう。兵士達はただただ呆然と見上げていることしか出来ない。

首から提げた巨大な魔物の首はその巨人の挙げた武功の象徴だろう。
体に纏う紫の鎧と魔物の首が同じ色である事から考えてその巨人の仕留めた魔物の骨や皮を加工して鎧としているのだろう。
頭に被る金色の兜は雄々しささえ感じさせる。肩の鎧は兜と同じ金色の鎧だ。見に纏う鎧も最高の品だと言う事が遠くからだが一眼見てわかる。いや、彼らの国の皇帝でさえそれ程の武具は身に付けていないだろう見事な品だ。
それだけでその巨人が高い知性と技術を有している事がわかる。

大きさは単純な形で武器になる。しかも、それが知性まで有しているとなれば、それが敵に回るとなれば魔人族よりも恐ろしい敵になる。
もはや人知を超えた巨体の鎧の巨人に言葉を失う一団。

「わ、私は報告に戻る一隊は私と共に戻れ! の、残りはあの巨人の動向を注視せよ! 迂闊に此方から攻撃はするな、それが敵対行為とみなされるかもしれん!」

「はっ、はい!」

攻撃するくらいなら逃げろと慌てて指示を出す隊長と呼ばれた男に続いて混乱の中数名の兵士と思われる者達が慌てて馬に乗って、其処から走り去って行く。

(拙い、拙いぞ! あれが亜人の一種なら、1日で街が落される)

あの城壁を跨ぐことも上から砕く事も可能な程の巨体と、あの鎧兜を作れるほどの技術力に裏打ちされた知性。彼等が片手で扱う武器でさえ、それだけで攻城兵器だ。
あの兜や鎧の技巧は彼らの国にも作れる技術者は殆どいない。皇帝が身につけるに相応しい出来だ。

同時に彼らが追っていた者達が危険な大渓谷になぜ逃げ込んだのか理解した(誤解)。奴らは知っていたのだ、大渓谷に逃げ込めば巨人が助けてくれると(大誤解)

自分達が亜人に行って居た事を知っているからこそ、彼らは恐怖して居た。あの巨人の一族が亜人の仲間だったとしたら、亜人達からの報復が始まるだろうと。(誤解以外の何物でもない)

(一刻も早く報告せねば!!!)

必死に馬を走らせる一同。
彼の脳裏には最悪の光景。一撃の元に城壁を砕かれ、なすすべも無く巨人の集団に蹂躙される祖国が浮かんで居た。(悪過ぎる想像)










その巨人の名はキシリュウジン。京矢がハジメとの約束を守って見せた彼所有の巨大ロボである。

******

時はわずかに遡る。

ガイソーグの姿に変身して見せた京矢はポケットの中から出したそれに声をかける。
別にガイソーグへの変身は必要ないが、その辺は気分だ。

「行くぜ、ディノミーゴ」

「任せろディノ!」

掌サイズのメカメカしい紫色のティラノサウルスのディノミーゴが巨大化していく。
セフィーロでの一度目の戦いの決戦や、二度目の戦いでは最も活躍してくれた相棒の返事を聞き、もう二体の騎士竜達も飛び出していく。

なお、元々自我は無かったディノミーゴも何時の間にか京矢達と過ごす内に自我を得て居たりする。
余談だが何気にディノミーゴ、正体がバレた二度目のセフィーロから地球に帰還後の魔法騎士達、特に獅堂光には気に入られて居たりする。

巨大化したディノミーゴとその相棒の二体の騎士竜コブラーゴ達が飛び跳ね、

「騎士竜合体!」

ガイソーグの掛け声と共にディノミーゴにコブラーゴとナイトモードのビュービューソウルが合体する事で|巨人形態《ナイトロボ》ナイトロボのキシリュウジンとなる。

ディノミーゴが体を形成し、両肩にコブラーゴ達が合体し、分離したパーツが剣となり、最後に頭部にビュービューソウルが頭となって合体する。

「完成、キシリュウジン!」

ハジメ達の前に降り立つのは、トータスにおける初の巨大ロボ、その名はキシリュウジン。

渓谷の入り口で帝国の皆さんが混乱に陥っている真っ最中である。

「うおおおおおおおおおおおお! マジで、マジで、巨大ロボじゃねえかよぉ! しかも、胸にティラノサウルスってカッコ良すぎるじゃねえか!」

巨大ロボは漢の浪漫。そんな巨大ロボを目の前にしてハジメは大興奮である。
なお、ユエさんはキシリュウジンを前に呆然として居た。

「おう! ちょっと離れててくれよ」

キシリュウジンから聞こえる京矢の声に従って何事かと思って少し離れると、京矢も大迷宮の出口からキシリュウジンを少し離す。

そして、両手に剣を構えてその剣を振り回して型を見せる。

「おぉ……」

目の前で巨大ロボがアクションシーンを見せてくれている。その光景はハジメにとって、まさに言葉も出ないほどの喜びだった。











なお、











一方、入り口で陣取っている帝国兵の皆さん。

「巨人が剣を取り出したぞ!?」

「剣を振っているだと!?」

既に彼等にしてみれば攻城兵器のような大きさの剣を二本も振り回しているキシリュウジンにビビりまくりである。

「何をやってるんだ?」

「あれ、剣の素振りとかじゃないか?」

「巨人の騎士だ……」

「剣の訓練をしているのか、あれは……」

「そう言えば訓練しているように見えるよな、あれ」

間違いなく人間に匹敵する知性がある巨大な巨人に勝手に恐怖する一同。

「誰かこの事を伝えて来い、巨人は武芸も会得しているとぉ!!!」

「は、はいっ!」

取り敢えず、巨人の新情報を急いで連絡させたのだった。
人知を超えた巨人が高い技術力と武芸を持っている。最早知性が有るのは疑いはない。
慌てて巨人の動向を伝える為に伝令を走らせる。

















キシリュウジンに手伝って貰えば簡単に渓谷を乗り越える事もできるが……巨大ロボの掌の上に乗ると言うシチュエーションは是非とも体験してみたいから、どうするかと思案するハジメ。

「折角だから道なりに進んで行くか?」

「悪くないな」

ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、樹海側に向けて探索でもしながら進むかと考える。
キシリュウジンの巨体なら勝手に魔物も逃げて行くだろう。掌の上に乗って歩いてもらうのも悪くない。

「まさか、テレビの中で見たシチュエーションを自分で体験する機会が訪れるなんてな……」

「……なぜ、樹海側?」

「いや、峡谷抜けて、いきなり砂漠横断とか嫌だろ? 樹海側なら、町にも近そうだし」

「……確かに」

「砂漠横断よりも補給しやすい樹海側の方が良さそうだな」

なお、京矢は終始キシリュウジンの中からの会話で有る。帝国の皆さんには声は届いてないようだが。

キシリュウジンの掌に乗せて貰おうと思った時、崖の向こうから大型の魔物……キシリュウジンに比べれば全然小さいが人間から見れば十分に大きい……が現れた。
双頭のティラノサウルスの様な魔物だ。

だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。

ハジメ達は胡乱な眼差しで今にも喰われそうなウサミミ少女を見やる。

「……何だあれ?」

「……兎人族?」

「なんでこんなトコに? 兎人族って連中はこんな谷底が住処なのか?」

「……聞いたことない」

「なら、あれは犯罪者として落とされたのか? 処刑の方法としてあったよな?」

「……悪ウサギ?」

「でしたら関わらない方が宜しいのでは無いでしょうか?」

京矢達は首を傾げながら、逃げ惑うウサミミ少女を尻目に呑気にお喋りに興じる。助けるという発想はないらしい。
別にライセン大峡谷が処刑方法の1つとして使用されていることからウサミミ少女が犯罪者であることを考慮したわけではない。
赤の他人である以上、単純に面倒だし興味がなかっただけである。

相変わらずの変心ぶり、鬼畜ぶりだった。
ユエの時とは訳が違う。ウサミミ少女にシンパシーなど感じていないし、メリットが見当たらない以上ハジメの心には届かない。
助けを求める声に毎度反応などしていたらキリがないのである。ハジメとユエは既に、この世界自体見捨てているのだから今更だ。

エンタープライズとベルファストは相手が犯罪者なのだから仕方ないと、見捨てている。
京矢は下手に犯罪者を助けても危険なだけと結論づけていた。
京矢達もこんな場所に落とされる重罪を犯した相手を助けるのには、流石に躊躇するという事なのだろう。

しかし、そんな呑気な一同をウサミミ少女の方が発見したらしい。
双頭ティラノに吹き飛ばされ岩陰に落ちたあと、四つん這いになりながらほうほうのていで逃げ出し、その格好のままハジメ達を凝視している。

そして、再び双頭ティラノが爪を振い隠れた岩ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がると、その勢いを殺さず猛然と逃げ出した。……ハジメ達の方へ。

その瞬間、ウサミミ少女を追っていた双頭ティラノが硬直した。慌ててブレーキを掛けて、ゆっくりと頭を上に向けていると大きく口を開けて唖然とした。キシリュウジンを見てしまったのだ。
自分を見下ろす巨大な影、魔物の本能がコイツには勝てないと警鐘を鳴らし、素直にそれに従って踵を返す。
目の前の餌より自分の命。全力で踵を返して逃げ出して行く。

「だずげでぐだざ~い! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

ウサミミ少女が、滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる。
既に双頭ティラノはキシリュウジンを見て逃げ出していることも気付かずに。目の前にいる巨大なキシリュウジンにも気付かずに。

「うわ、モンスタートレインだよ。勘弁しろよな」

「……迷惑」

「ってか、もう逃げてるぞ、そのモンスター」

一度キョウリュウジンから降りた京矢も合流して三人揃って呆れた声を上げる。揃いも揃って物凄く迷惑そうだった。
そして、京矢の言葉を聞いて立ち止まると必死に逃げている双頭ティラノの後ろ姿しか見えなかった。

何が有ったのかと疑問に思うウサミミ少女。くるっとハジメ達の方に視線を向ける。
ガイソーグの鎧姿の京矢とハジメとユエとエンタープライズとベルファスト。其処までは良い。
視線の先には、彼等の後ろには何故かライセン大渓谷には似合わない紫の壁があった。ユックリと壁を見上げて行くと、

片膝をついて自分を見下ろしている完全武装の巨人がいた。
そして、ウサミミ少女は悟った。双頭ティラノはこの巨人から逃げ出したのだと。

「きゃぁああああー! た、助けてくださ~い!」

眼下のハジメに向かって手を伸ばすウサミミ少女。
その格好はボロボロで女の子としては見えてはいけない場所が盛大に見えてしまっている。
たとえ酷い泣き顔でも男なら迷いなく受け止める場面だ。

「アホか、図々しい」

しかし、そこはハジメクオリティー。
横に避けると華麗にウサミミ少女を避けた。

「えぇー!?」

ウサミミ少女は驚愕の悲鳴を上げながらハジメの眼前の地面にベシャと音を立てながら落ちた。
両手両足を広げうつ伏せのままピクピクと痙攣している。気は失っていないが痛みを堪えて動けないようだ。

「……面白い」

「……いや、それはちょっと酷いだろう」

ユエがウサミミ少女の醜態を見て、さらりと酷い感想を述べる。
それを見て、さすがに京矢もウサミミ少女に同情した。

視界に見下ろしているキシリュウジンの姿が目に入るとウサミミ少女が跳ね起きた。
意外に頑丈というか、しぶとい。あたふたと立ち上がったウサミミ少女は、再び涙目になりながら、これまた意外に素早い動きでハジメの後ろに隠れる。

あくまでハジメに頼る気のようだ。

「おい、こら。存在がギャグみたいなウサミミ! 何勝手に盾にしてやがる。ってか、キシリュウジンはオレたちの味方だ!」

ハジメのコートの裾をギュッと掴み、絶対に離しません!としがみつくウサミミ少女を心底ウザったそうに睨むハジメ。
ってか、完全にキシリュウジンを敵だと勘違いしているが、キシリュウジンは味方だし、別にウサミミ少女をとって食ったりはしない。
序でにユエが、離せというように足先で小突いている。
そんなコントみたいな姿を京矢は呑気に眺めていた。
もう既に助かっているのだから、ここで放り出しても問題はない。

あとで別の魔物に喰われる可能性もあるが。
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