一章
俺、鳴海龍斗は幼馴染であり恋人の湊友希那の手を取って二人で一緒に神社の中を散策する。
着物姿の友希那は少し歩きにくそうだったが、俺には手を繋いでいることもあってか、ぴったりと寄り添っていた。
「それで、見てほしいものとは?」
「……これよ」
「これって……絵馬?」
友希那が俺に手渡してきたのは一枚の絵馬だった。そこには友希那の字で願いが書かれていた。
『龍斗とリサと一緒に初詣に行きたい』
「友希那……」
「どうしてもこの願いを叶えてほしいの……ダメ?」
「ダメな訳ないだろ?むしろ、俺とリサだって友希那と初詣に行きたいんだからさ」
「龍斗……ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ、早くお参りを済ませてリサと合流しようか」
「ええ、そうね」
俺と友希那は神社でお参りを済ませた後、リサと合流するために境内を歩き回っていた。すると、見覚えのある人物を見つけたので声をかけてみた。
「おーい、美竹」
友希那とリサの同じ学校の後輩で、Afterglowのギターボーカルである美竹蘭がそこにいた。幼馴染五人のAfterglowなら五人で来ていると思うが、珍しく蘭一人だった。
華道の家元の生まれの彼女らしく着物姿が中々に似合っている。「あれ、湊先輩と……龍斗先輩?」
「ああ。友希那と初詣に来ててな」
「……蘭も一人なの?ひまりや巴たちはいないの?」
「その二人ならあそこですよ」
蘭が指さした方向に視線を向けると、そこには五人の少女たちがいた。それも全員浴衣姿だった。Afterglowは五人揃って浴衣姿だったんだな。
「おーい、ひまりー!」
「あ、友希那先輩たちだー!」
「どうもです」
「こんにちは」
「蘭、急に居なくなったからびっくりしたぞ?」
「ごめん。ちょっと湊先輩たちに用があって……」
「……もしかして、龍斗さんに?」
「あ……うん」
蘭は恥ずかしそうに頷いた。初詣の時も同じだったが、俺と友希那が一緒にいると必ずと言っていいほど蘭が割り込んでくるんだよな。まあ、別に迷惑って訳じゃないし構わないんだが。
「それで?用って?」
「その……これを……」
蘭は手にしていた二枚の紙を俺と友希那にそれぞれ手渡してきた。その二枚の紙には『初詣で好きな人とずっと一緒にいられますように』と書かれていて、隅っこに蘭の字で『龍斗さんと一緒に行きたいです』という願いが書かれていた。
「これ……」
「あたしたち全員で書いたんですよ!本当ならひまりや巴たちと行くつもりだったんですけど……せっかくの正月だし、今年は特別ってことで」
「その……友希那先輩が良かったらなんですけど、あたしたちと一緒に初詣に行きませんか?」
蘭が友希那にそう提案してきた。蘭からの誘いに友希那は微笑みながらこう答えた。
「もちろんよ」
「ホントですか!?」
「ええ。龍斗もいいわよね?」
「ああ。勿論だ」
「ありがとうございます!それじゃ、そろそろ行きましょうか!」
五人と初詣に行くことが決まった俺たちはリサと合流すると参拝を済ませると、花咲川女子学園と羽丘女子学園の合同初詣の会場に向かうのだった。「あ、蘭。その絵馬……」
「うん。龍斗さんと友希那先輩と一緒に初詣に行けますようにって」
「……そっか。良かったね」
「うん」
蘭が持っていたもう一枚の絵馬には『好きな人とずっと一緒にいられますように』と書かれていた。その願いが叶いますようにと、五人の少女たちは心の中でそう願うのだった。
***
さて、今日は友希那とリサをRoseliaの練習からの迎えに行った時、また蘭達Afterglowのメンバーとばったりと出会った。
まあ、使っている場所が同じなのだから当然と言えば当然なんだがな。
「あっ、龍斗さん!」
「よう。また会ったな」
「はい!……って、あれ?湊先輩達の迎えですか?」
「ああ。今日は友希那とリサをRoseliaの練習から迎えに行く予定だったからな。いつもの事だけど、夜まで練習してるだろうし」
「そうなんですか……あ、あの!」
「ん?どうした?」
蘭が何か言いたそうにしていたので俺は続きを促した。すると、蘭の口から意外な言葉が出てきた。
「その……龍斗さん、今度
あたしと……」
「おーい、蘭!早くしねぇと置いてっちまうぞ!」
「あ、今行く!……それじゃ龍斗さん、また今度!」
「あ、ああ」
蘭は俺にそれだけ言い残すと、巴たちと一緒に先に行ってしまった。俺はそんな蘭の後ろ姿を見送りながら首を傾げた。
「……どうしたんだ?」
「さぁ?何か言いかけてたみたいだけど」
俺の疑問にすでに練習を終えて出てきた友希那がそう答えてくれた。リサも不思議そうな表情を浮かべていた。
「何か言いたそうだったけど、何だったんだろう?」
「さあ?まぁ、また今度って言ってくれたしその時にでも聞けばいいだろ」
「それもそうね」
俺と友希那がそんな会話をしているとリサが笑いながらこう言ってきた。
「ていうか、二人とも付き合ってるのに相変わらずだねー」
「え……?」
「まあな……ほら、行こうぜ。蘭も言ってただろ?」
俺は疑問符を浮かべている友希那の手を取って歩き始める。今は他のバンドメンバーも待っているんだ、あまり遅れすぎても悪いしな。
「ちょ、ちょっと龍斗!手……///」
「おっと、わりぃ」
俺はそう言って手を離すと友希那に一言詫びてから歩き始めるのだった。俺と友希那が手を繋いでいたところをリサにニヤニヤされながら見られていたのはここだけの話だ。
***
さて、今日から俺、友希那、リサの三人の両親が家を上げる日が一週間ほど重なってしまった。そんな訳で俺は二人の幼馴染であり恋人でもある二人とのちょっとした同居生活が始まったのだ。まあ、そんな訳で俺とリサと友希那の三人だけの生活が始まるのだった。「それにしても凄い荷物だねぇ」
「二人分の布団と着替えだけでもかなりの量になるからな……」
まあ、二人の家も歩いて数分の距離なので必要な物は取りに行けば良いし。
「とりあえず、ご飯にしようか。友希那と龍斗は何かリクエストはある?」
「俺は特にないかな。リサの作る料理なら何でも美味しいからな」
「……っ!も、もう……急にそんな事言わないでよ///」
「?どうしたんだ、リサ?」
「な、何でもない!」
リサが顔を赤くしながらそう答えたので俺は首を傾げるしかなかったのだった。そんな俺とリサのやり取りを友希那が微笑ましそうに見ていたのには気づかなかったがな。
***
そんな、一週間の同居生活開始の初日の夜。夕食の片付けと宿題を終えた俺達はのんびりとソファーで寛いでいた。左右には友希那とリサが座り、俺の腕を片方ずつホールドしている状態だ。
「そういえばさ」
「どうしたの?」
リサが俺にそう聞いてきたので俺は答えることにした。この状態にも慣れたもんだなぁ……
「……友希那は何か楽器とかやってみたい物ってないのか?ほら、ピアノとかギターとか」
「私は……龍斗のピアノを聴いていたいわ。龍斗の演奏は聴いているだけで心が安らぐから」
「そ、そうか……」
まさか、俺の演奏を聴きたいなんて言われるとはな……
「私も友希那と同じかな。龍斗の演奏を聴いている時が一番癒されるかも」
リサまでそんな事を言ってくるので俺は思わず苦笑してからリサにこう告げた。
「分かったよ、次の休みの時にでも弾いてやる」
「ホント!?約束だからね!」
そう言って俺に抱きついてくるリサを見て俺と友希那は苦笑していたのだった。まあ、そんな訳で次に弾く曲を考えながらのんびり過ごすことにした。
既に腕の怪我で引退した身ではあるが、
***翌日の朝、俺は早くに目が覚めたので軽く散歩をすることにした。家を出ようとするとそこにはリサがいた。
「よう、早いな」
「あ、龍斗!おはよー♪そう言う龍斗も早いね?」
「まあ、ちょっと目が覚めちまってな……」
俺がそう答えるとリサが俺に抱きついてきた。そして俺の胸に顔を埋めてスリスリしてくる。そんな仕草が可愛いと思ったのはここだけの話だ……
「……ねぇ、龍斗」
「どうした?」
「……キス……して?」
リサが顔を赤くしながらそう言ったので俺は自然と彼女の唇に自分の唇を重ねていた。
「んっ……」
軽く触れる程度のキスだったが、それでもリサには効果があったらしい。唇を離すと蕩けた表情で俺を見つめていた。
「……アタシ、龍斗にこうされるの好きかも」
「俺も好きだよ……」
俺とリサはもう一度口づけを交わすとそのまま家の中へと戻って行ったのだった。そして玄関で待っていた友希那にジト目で睨まれたのは言うまでもないだろう……そして、友希那にもキスをねだられたのもここだけの話である。
***
それから数時間後、Roseliaの練習から帰ってきた友希那は汗を流すためにシャワーを浴びに行ったので俺はリサとキッチンに立っていた。今日の夕飯は焼き魚定食だ。
「ごめんね?手伝ってもらっちゃって」
「気にすんな。俺も料理好きだからな」
俺がそう返すとリサは嬉しそうに微笑んだ。そして二人で作った料理が完成したのでそれを食卓に並べていくと友希那がシャワーを終えてリビングにやってきた。
「いい匂いがすると思ったら……」
「えへへ、今日のご飯は焼き魚定食だよー♪たくさん作ったからおかわりしてもいいからね♪」
「ふふ、ありがと。それじゃあ早速食べましょうか」
そうして俺達は手を合わせて食事を始めた。そしてあっという間に完食すると食器を洗ってからリビングで寛ぐことにした。ちなみに、リサと友希那が両サイドに座っていて俺は二人に挟まれている状態だ。
「……ねぇ、龍斗」
「なんだ?友希那」
「その……今日は一緒に寝たいのだけれど……」
「おう、いいぜ」
俺がそう答えると友希那は嬉しそうに微笑んでいた。そしてリサが何故か頬を膨らませていたが今は気にしないことにした。それからしばらくしてから俺と友希那の部屋に布団を運び込むと、俺はベッドに腰掛けると両手を広げてこう告げた。
「ほら、来いよ?」
「っ!?」
俺の言葉を聞いた瞬間、友希那の顔が真っ赤になった。まあ、いきなりこんな事言われたら驚くのも無理はないわな。だがそれでも、友希那は覚悟を決めたのか俺の前に立つとゆっくりと抱きついてきた。
「あったかい……」
「……そうだな」
俺はそう答えると優しく頭を撫でてやった。すると友希那が気持ち良さそうに目を細める。そんな仕草一つ一つが可愛くて仕方がない。そしてしばらくするとウトウトし始めたのでベッドに寝かせてあげることにしたのだが……何故か俺の腕をがっちりホールドして離してくれないのだ。
「……あのー、友希那さん?手を離してくれませんかね?」
「いや」即答されたよ……まあ、別に良いんだが。
取り敢えず、この可愛い恋人を抱きしめて眠ることにした俺は、そのまま眠りにつくことにしたのだった。
***翌朝、目が覚めた俺と友希那は洗面所へと向かうと顔を洗ってからリビングへと戻った。ちなみに、リサはまだ寝ていたので起こさずに来たがな。そして二人で朝食を作り始めると程なくして完成させることが出来たのでそれをテーブルに並べるとリサを起こしに行ったのだが……何故か布団にくるまって丸まっていた。
「おーい」
「んぅ……」
声をかけても起きる気配がないので俺は仕方なく布団を引き剥がした。するとそこには下着姿のリサの姿があった。しかもその下着は上下ともに可愛らしいデザインをしていた……って、俺は慌てて視線を逸らす。
「ちょ、ちょっと龍斗!///」
「わ、わりぃ……」
俺が謝るとリサも顔を赤くしながらこっちを見てきた。とりあえず布団をかけてから部屋を出ることにした。数分後に着替えを終えてリビングに戻ってきたリサと一緒に朝食を食べ終えると友希那と二人で食器を片付けてから出かける支度を始めたのだった。そして準備を終えると玄関へと向かうとそこには既に友希那が待っていた。
「悪い、待たせたか?」
「ううん。そんなに待ってないから大丈夫よ」
俺が声をかけると友希那が笑顔で答えてくれたのでホッと胸を撫で下ろす。そして俺達は玄関を出てから駅に向かって歩き出すと何気ない会話を交わしながら目的地へと向かったのだった……ちなみにリサは俺と友希那の少し後ろを歩きながら時折こちらを見て微笑んでいたことにこの時の俺は気づかなかった。それからしばらくして目的の店に到着した俺達は早速中へと入って行った。店内には様々な楽器が置かれていたり、ギターやベースなどの弦楽器が所狭しと並んでいた。
「わぁ……凄いね」
「そうだな……」
俺と友希那がそう呟く横ではリサが少し興奮した様子で辺りを見回していた。何時も利用する店ではなく、ちょっと遠出をして始めていく店をチョイスしたのは正解だったようだな。友希那もちょっと楽しそうだ。
元々他のバンドがギターボーカルでギターも演奏するが、友希那だけはボーカルだけ。俺はキーボードとギター、リサはベースという構成で練習している。いや、俺の場合は練習していた、と言うべきか。短時間ならともかく、長時間の演奏は怪我の後遺症で出来ないのだし。
「龍斗のピアノ……早く聴きたいわ」
「俺も友希那の歌を聴いてみたいよ……」
俺がそう返すと友希那は少し照れたように微笑んでくれた。そんなやり取りをしているとリサが俺達に声をかけてきた。
「ねぇねぇ、二人とも!せっかくだし何か楽器触ってみようよ!」
「そうだな……俺も何か買うか」
「私もそうしようかしら。リサはどうするの?」
「アタシ?そうだなぁ……」
俺達がそんな会話をしていると、一人の店員がやってきた。そして俺達に声をかけてきたのだ。
「いらっしゃいませー♪何か気になる物がありましたら遠慮なくお申し付けください!」
そう言ってきたのは二十代後半くらいの女性だった。その女性は笑顔で接客してくれたので俺達はそれぞれ楽器を見て回る事にしたのだが、そこで俺はある物に目が止まった。それはアコースティックギターだ。
「龍斗?どうかしたの?」
「いや、このギターが気になってさ」
俺がそう答えると友希那も興味深げに覗き込んできた。そして俺はそのギターを手に取ると弦を軽く弾いてみた。すると懐かしい音色が響き渡ってきた。
「へぇ……いい音だな……」
「そうね……」
俺と友希那がそんなやり取りをしている横でリサはベースを触りながら店員に質問していた。どうやらベースにも興味があるらしいな。まあ、俺も人の事は言えないが……
「色々あるんだな……」
「ええ。私達も何か買ってみる?」
友希那の提案に俺が頷いていると、いつの間にか店員がやってきたようだ。そして俺達の前にギターやベースを色々と紹介してくれたのだ。それからしばらく悩んだ末に俺はギターを、友希那は音楽雑誌を、リサはベースの弦を、それぞれ購入したのだった。会計を済ませると俺達は店を後にしてそこで、事件は起こった。
「じゃあね~♪」
「おう!」
俺はそう答えてから家に向かって歩き出したのだが……何故か友希那が付いてきていない事に気が付いたのだ。振り返るとそこにはリサに抱きつく友希那の姿があった。二人は何やら話をしているようだし邪魔しない方がいいだろうと思い、そのまま先に帰ることにしたのだった。そして家に帰り着いた俺がリビングに向かうとそこには既に二人だけでは無く、Roseliaのメンバーの白金燐子が待っていたので俺も席についた。そして四人で雑談をしていると不意にリサがこんな提案をしてきた。「そうだ!四人で何か演奏してみない?」
「そうね……悪くないんじゃないかしら」
友希那も乗り気だったようで早速練習をすることになったのだ。そして俺達はそれぞれ楽器を手にするとそのまま演奏を始めた。最初はぎこちなかったが段々と慣れてくると中々上手く弾けているように思う。そして演奏を終えると全員で拍手をしたのだった。
「皆さん、上達しましたね」
そう言ってくれたのはRoseliaではキーボードを担当している白金燐子だ。彼女はいつも控えめだが、俺の怪我を心配してくれていた優しい子だ。
「ありがとう♪」
リサも笑顔でそう返していた。ちなみに燐子はステージ上ではクールと言われているが、本来は人見知りである。特に男性とは俺以外にはまともに話せない。「燐子ちゃんも結構上手だったじゃん♪」
「そ、そんな……私はまだまだですよ……」
友希那の言葉に照れたように返す燐子だったが実際かなり上手いと思う。実際、俺が怪我をする前はピアノのコンクールで良く顔を合わせている程なのだから当然と言えば当然だがな。
キーボード担当の燐子はギター担当の氷川紗夜と同じく友希那が自ら選んで決めた側の人材だ。
そんなやり取りをしていると不意にインターホンが鳴ったので俺は玄関へと向かった。そしてドアを開けるとそこには宅配便の箱を持った男性が立っていた。そしてその箱を受け取ったのだが……その中身を見て驚いた。それは小さな段ボール箱だったのだが、その送り主を見て俺は思わず苦笑してしまった。
「ふふっ……どうやら貴方には敵わないみたいね」
そう言って微笑みながら俺の腕を取る友希那に苦笑しながら箱を手渡すと中身を確認したのか今度は少し驚いたような表情を見せた。
「これは……」
「まあ、開けてみなよ」
俺が促すと友希那はゆっくりと箱を開けたのだが……そこには一着のドレスが入っていたのだ。しかもかなり高級そうな代物である。そしてそれと一緒にメッセージカードが入っていて見てみるとこう書いてあった。
(母さんから、か)
そう、このドレスは母さんからの贈り物だったのだ。しかもご丁寧にメッセージまで書いてある。内容は『友希那ちゃんへ。お誕生日おめでとう』と書かれていたので俺は思わず苦笑していた。そして改めて友希那の方を見ると彼女は頬を赤く染めながら嬉しそうに微笑んでいた。「ありがとう……龍斗」
「ああ、喜んでくれたなら良かったよ」
そんなやり取りをしているとリサが声をかけてきた。どうやら練習が終わったらしい。なので俺達はリビングに戻ると早速その事を報告したのだった……。
***
「おじゃまします……」
Roseliaの練習が終わった後、俺は燐子を連れて自宅へと帰ってきた。今日は彼女を家に泊めることになっているのだ。ちなみに両親はまだ仕事で帰ってきていない。なので今は俺と燐子の二人だけである。友希那とリサは一度着替えを取りに行くと自宅に戻ったので後から合流する予定だ。
だが、何故燐子まで泊まるなどと言い出したのかは気になるところだ……そして俺はリビングに入るとソファーに腰掛けた。すると燐子も隣に座ってきたのでそのまま彼女の手を取ると指を絡めてみた。すると彼女は顔を赤らめながらも俺の手を握り返してきたのだ。
「あの、龍斗さん……」「ん?どうした?」
「その……今日は本当にありがとうございます」
そう言って頭を下げる燐子に苦笑しながら答える。
「別に礼を言われるようなことはしてないよ」「いえ……それでも私は感謝していますから……」
そう返す彼女に微笑みかけると今度は俺の方から質問をしてみる事にした。
「……なぁ、燐子。どうして急に泊まるなんて言い出したんだ?」
「そ、それは……」
俺の質問に口ごもる燐子だったがやがて意を決したかのように口を開いた。
「その……龍斗さんともっと一緒に過ごしたいんです……だから……」
恥ずかしそうに言う彼女に思わずドキッとしてしまった。まさかここまで好かれていたとはな……まあ、悪い気はしないがな。それに俺も彼女とはもっと仲良くなりたいと思っていたところだしな。
「そうか……なら今日は泊まっていくと良い」
まあ、現状でも友希那とリサが泊まっているのだし今更一人増えたところで問題は無いだろう。それに燐子は人見知りなだけで根は優しい子だというのは分かっているしな。
「ありがとうございます……龍斗さん」
そんなやり取りをしていると友希那達が戻ってきたので俺達は夕食を食べることにした。ちなみにメニューはカレーである。そして食事を終えた後、俺は食器を片付けると自室へと向かったのだが、そこである事に気付いたのだ。それは机の上に置いてある紙袋の存在であった。
「……なんだこれ?」
不思議に思い中を確認すると中には小さな箱が入っており、その箱を開けるとそこには指輪が入っていた。
「ん……?これってまさか……」
俺が戸惑っていると後ろから声をかけられた。振り向くとそこにいたのは友希那だった。
「……ふふっ、どうやら貴方の方が先に見つけてしまったようね」
そう言いながら笑う友希那に俺は問いかけることにしたのだ。何故こんなものがあるのかを……すると彼女は微笑みながらこう答えたのだった……
***燐子はリビングで一人考え込んでいた。それは自分の想い人である龍斗の事についてである。
(龍斗さん……)
彼は優しい人だ。だからきっと燐子が好意を向けても拒まないだろう、それは分かっているのだけれど……それでも不安になってしまうのだ。もし拒絶されたらと思うと怖くて仕方がない。だからこそ今まで想いを伝えられずにいるのだが……
「はぁ……」
そんな事を考えてしまい溜息が出てしまうのだった……そんな時だ、不意に部屋のドアがノックされたのは。そして入ってきたのは友希那であった。彼女は部屋に入るなりベッドに腰掛けると話しかけてきた。
「ねぇ、燐子」「はい……?」
「貴方って龍斗の事が好きなのよね?」
いきなりの質問に驚いてしまうが何とか平静を装いつつ答えることにした。
「はい……好きですけど……」
「そう、なら良かったわ」「え……?」
友希那の言葉に首を傾げると彼女は微笑みながらこう続けたのだ。それは衝撃的な言葉だった。何故なら……
「私も龍斗の事が好きよ」
「えっ!?」
そんなまさかの発言に思わず声を上げてしまった燐子だったが、すぐに冷静になることが出来たのは幸いだったと言えるだろう。
だが、それも当然だろう。友希那と龍斗は恋人同士なのだ。そんな二人が互いの想いを伝え合うなどということはあり得ないと思っていたからだ。だが、今の友希那の言葉を聞く限りではそうではないらしい……
「あの……友希那さんは龍斗さんの事が好きなんですか?」
恐る恐る問いかける燐子に友希那は静かに頷くことで肯定の意を示したのだった。そしてそのまま話を続けたのだ……。
***
「なぁ、友希那……本当にやるつもりなのか?」
俺の問いかけに友希那は妖艶な笑みを浮かべながら答えてきた。その表情を見てドキッとしてしまう自分がいた事に驚きながらも平静を装うことに成功した。
「……ええ。貴方は嫌なのかしら?」
そう問い掛けてくる彼女の瞳には不安の色が見え隠れしていたのを見てしまった俺はそれ以上何も言えなくなってしまったのだった……まあ、別に嫌ではないんだけどな。ただ少しだけ恥ずかしいだけだし……そんな事を考えている間にも彼女はゆっくりと近付いてきたかと思うとそのままキスをしてきたのだ。
「んっ……」
最初は軽く触れるだけのキスだったが次第に深いものに変わっていき最終的にはお互いの舌を絡めるような濃厚なものになっていた……そしてしばらくした後ようやく解放された時にはすっかり蕩けきった表情になってしまっていた。
そんな俺の顔を見て友希那はクスリと笑った後、耳元で囁いたのだ。それはとても甘い囁きであった……それを聞いただけで背筋がゾクゾクするような感覚に襲われた俺は思わず身震いしてしまったのだった。
「……ねぇ龍斗、私を抱いてくれるかしら?」
そう聞いてくる彼女に俺は何も答えることが出来なかった……何故なら既に理性が飛びかけていたからだ……だがそんな俺の様子を見て友希那は妖艶な笑みを浮かべるとそのまま押し倒してきたのだ。そして耳元でこう囁いてきたのだった……
「……愛してるわ、龍斗」
その言葉を聞いた瞬間、俺は完全に堕ちてしまったようだ……もう何も考えられなかった。だから俺はただ本能のままに行動してしまったんだ……その結果どうなったのかと言うと……まあ想像の通りだろう。結局俺達は朝まで愛し合ったというわけだ。
***
着物姿の友希那は少し歩きにくそうだったが、俺には手を繋いでいることもあってか、ぴったりと寄り添っていた。
「それで、見てほしいものとは?」
「……これよ」
「これって……絵馬?」
友希那が俺に手渡してきたのは一枚の絵馬だった。そこには友希那の字で願いが書かれていた。
『龍斗とリサと一緒に初詣に行きたい』
「友希那……」
「どうしてもこの願いを叶えてほしいの……ダメ?」
「ダメな訳ないだろ?むしろ、俺とリサだって友希那と初詣に行きたいんだからさ」
「龍斗……ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ、早くお参りを済ませてリサと合流しようか」
「ええ、そうね」
俺と友希那は神社でお参りを済ませた後、リサと合流するために境内を歩き回っていた。すると、見覚えのある人物を見つけたので声をかけてみた。
「おーい、美竹」
友希那とリサの同じ学校の後輩で、Afterglowのギターボーカルである美竹蘭がそこにいた。幼馴染五人のAfterglowなら五人で来ていると思うが、珍しく蘭一人だった。
華道の家元の生まれの彼女らしく着物姿が中々に似合っている。「あれ、湊先輩と……龍斗先輩?」
「ああ。友希那と初詣に来ててな」
「……蘭も一人なの?ひまりや巴たちはいないの?」
「その二人ならあそこですよ」
蘭が指さした方向に視線を向けると、そこには五人の少女たちがいた。それも全員浴衣姿だった。Afterglowは五人揃って浴衣姿だったんだな。
「おーい、ひまりー!」
「あ、友希那先輩たちだー!」
「どうもです」
「こんにちは」
「蘭、急に居なくなったからびっくりしたぞ?」
「ごめん。ちょっと湊先輩たちに用があって……」
「……もしかして、龍斗さんに?」
「あ……うん」
蘭は恥ずかしそうに頷いた。初詣の時も同じだったが、俺と友希那が一緒にいると必ずと言っていいほど蘭が割り込んでくるんだよな。まあ、別に迷惑って訳じゃないし構わないんだが。
「それで?用って?」
「その……これを……」
蘭は手にしていた二枚の紙を俺と友希那にそれぞれ手渡してきた。その二枚の紙には『初詣で好きな人とずっと一緒にいられますように』と書かれていて、隅っこに蘭の字で『龍斗さんと一緒に行きたいです』という願いが書かれていた。
「これ……」
「あたしたち全員で書いたんですよ!本当ならひまりや巴たちと行くつもりだったんですけど……せっかくの正月だし、今年は特別ってことで」
「その……友希那先輩が良かったらなんですけど、あたしたちと一緒に初詣に行きませんか?」
蘭が友希那にそう提案してきた。蘭からの誘いに友希那は微笑みながらこう答えた。
「もちろんよ」
「ホントですか!?」
「ええ。龍斗もいいわよね?」
「ああ。勿論だ」
「ありがとうございます!それじゃ、そろそろ行きましょうか!」
五人と初詣に行くことが決まった俺たちはリサと合流すると参拝を済ませると、花咲川女子学園と羽丘女子学園の合同初詣の会場に向かうのだった。「あ、蘭。その絵馬……」
「うん。龍斗さんと友希那先輩と一緒に初詣に行けますようにって」
「……そっか。良かったね」
「うん」
蘭が持っていたもう一枚の絵馬には『好きな人とずっと一緒にいられますように』と書かれていた。その願いが叶いますようにと、五人の少女たちは心の中でそう願うのだった。
***
さて、今日は友希那とリサをRoseliaの練習からの迎えに行った時、また蘭達Afterglowのメンバーとばったりと出会った。
まあ、使っている場所が同じなのだから当然と言えば当然なんだがな。
「あっ、龍斗さん!」
「よう。また会ったな」
「はい!……って、あれ?湊先輩達の迎えですか?」
「ああ。今日は友希那とリサをRoseliaの練習から迎えに行く予定だったからな。いつもの事だけど、夜まで練習してるだろうし」
「そうなんですか……あ、あの!」
「ん?どうした?」
蘭が何か言いたそうにしていたので俺は続きを促した。すると、蘭の口から意外な言葉が出てきた。
「その……龍斗さん、今度
あたしと……」
「おーい、蘭!早くしねぇと置いてっちまうぞ!」
「あ、今行く!……それじゃ龍斗さん、また今度!」
「あ、ああ」
蘭は俺にそれだけ言い残すと、巴たちと一緒に先に行ってしまった。俺はそんな蘭の後ろ姿を見送りながら首を傾げた。
「……どうしたんだ?」
「さぁ?何か言いかけてたみたいだけど」
俺の疑問にすでに練習を終えて出てきた友希那がそう答えてくれた。リサも不思議そうな表情を浮かべていた。
「何か言いたそうだったけど、何だったんだろう?」
「さあ?まぁ、また今度って言ってくれたしその時にでも聞けばいいだろ」
「それもそうね」
俺と友希那がそんな会話をしているとリサが笑いながらこう言ってきた。
「ていうか、二人とも付き合ってるのに相変わらずだねー」
「え……?」
「まあな……ほら、行こうぜ。蘭も言ってただろ?」
俺は疑問符を浮かべている友希那の手を取って歩き始める。今は他のバンドメンバーも待っているんだ、あまり遅れすぎても悪いしな。
「ちょ、ちょっと龍斗!手……///」
「おっと、わりぃ」
俺はそう言って手を離すと友希那に一言詫びてから歩き始めるのだった。俺と友希那が手を繋いでいたところをリサにニヤニヤされながら見られていたのはここだけの話だ。
***
さて、今日から俺、友希那、リサの三人の両親が家を上げる日が一週間ほど重なってしまった。そんな訳で俺は二人の幼馴染であり恋人でもある二人とのちょっとした同居生活が始まったのだ。まあ、そんな訳で俺とリサと友希那の三人だけの生活が始まるのだった。「それにしても凄い荷物だねぇ」
「二人分の布団と着替えだけでもかなりの量になるからな……」
まあ、二人の家も歩いて数分の距離なので必要な物は取りに行けば良いし。
「とりあえず、ご飯にしようか。友希那と龍斗は何かリクエストはある?」
「俺は特にないかな。リサの作る料理なら何でも美味しいからな」
「……っ!も、もう……急にそんな事言わないでよ///」
「?どうしたんだ、リサ?」
「な、何でもない!」
リサが顔を赤くしながらそう答えたので俺は首を傾げるしかなかったのだった。そんな俺とリサのやり取りを友希那が微笑ましそうに見ていたのには気づかなかったがな。
***
そんな、一週間の同居生活開始の初日の夜。夕食の片付けと宿題を終えた俺達はのんびりとソファーで寛いでいた。左右には友希那とリサが座り、俺の腕を片方ずつホールドしている状態だ。
「そういえばさ」
「どうしたの?」
リサが俺にそう聞いてきたので俺は答えることにした。この状態にも慣れたもんだなぁ……
「……友希那は何か楽器とかやってみたい物ってないのか?ほら、ピアノとかギターとか」
「私は……龍斗のピアノを聴いていたいわ。龍斗の演奏は聴いているだけで心が安らぐから」
「そ、そうか……」
まさか、俺の演奏を聴きたいなんて言われるとはな……
「私も友希那と同じかな。龍斗の演奏を聴いている時が一番癒されるかも」
リサまでそんな事を言ってくるので俺は思わず苦笑してからリサにこう告げた。
「分かったよ、次の休みの時にでも弾いてやる」
「ホント!?約束だからね!」
そう言って俺に抱きついてくるリサを見て俺と友希那は苦笑していたのだった。まあ、そんな訳で次に弾く曲を考えながらのんびり過ごすことにした。
既に腕の怪我で引退した身ではあるが、
***翌日の朝、俺は早くに目が覚めたので軽く散歩をすることにした。家を出ようとするとそこにはリサがいた。
「よう、早いな」
「あ、龍斗!おはよー♪そう言う龍斗も早いね?」
「まあ、ちょっと目が覚めちまってな……」
俺がそう答えるとリサが俺に抱きついてきた。そして俺の胸に顔を埋めてスリスリしてくる。そんな仕草が可愛いと思ったのはここだけの話だ……
「……ねぇ、龍斗」
「どうした?」
「……キス……して?」
リサが顔を赤くしながらそう言ったので俺は自然と彼女の唇に自分の唇を重ねていた。
「んっ……」
軽く触れる程度のキスだったが、それでもリサには効果があったらしい。唇を離すと蕩けた表情で俺を見つめていた。
「……アタシ、龍斗にこうされるの好きかも」
「俺も好きだよ……」
俺とリサはもう一度口づけを交わすとそのまま家の中へと戻って行ったのだった。そして玄関で待っていた友希那にジト目で睨まれたのは言うまでもないだろう……そして、友希那にもキスをねだられたのもここだけの話である。
***
それから数時間後、Roseliaの練習から帰ってきた友希那は汗を流すためにシャワーを浴びに行ったので俺はリサとキッチンに立っていた。今日の夕飯は焼き魚定食だ。
「ごめんね?手伝ってもらっちゃって」
「気にすんな。俺も料理好きだからな」
俺がそう返すとリサは嬉しそうに微笑んだ。そして二人で作った料理が完成したのでそれを食卓に並べていくと友希那がシャワーを終えてリビングにやってきた。
「いい匂いがすると思ったら……」
「えへへ、今日のご飯は焼き魚定食だよー♪たくさん作ったからおかわりしてもいいからね♪」
「ふふ、ありがと。それじゃあ早速食べましょうか」
そうして俺達は手を合わせて食事を始めた。そしてあっという間に完食すると食器を洗ってからリビングで寛ぐことにした。ちなみに、リサと友希那が両サイドに座っていて俺は二人に挟まれている状態だ。
「……ねぇ、龍斗」
「なんだ?友希那」
「その……今日は一緒に寝たいのだけれど……」
「おう、いいぜ」
俺がそう答えると友希那は嬉しそうに微笑んでいた。そしてリサが何故か頬を膨らませていたが今は気にしないことにした。それからしばらくしてから俺と友希那の部屋に布団を運び込むと、俺はベッドに腰掛けると両手を広げてこう告げた。
「ほら、来いよ?」
「っ!?」
俺の言葉を聞いた瞬間、友希那の顔が真っ赤になった。まあ、いきなりこんな事言われたら驚くのも無理はないわな。だがそれでも、友希那は覚悟を決めたのか俺の前に立つとゆっくりと抱きついてきた。
「あったかい……」
「……そうだな」
俺はそう答えると優しく頭を撫でてやった。すると友希那が気持ち良さそうに目を細める。そんな仕草一つ一つが可愛くて仕方がない。そしてしばらくするとウトウトし始めたのでベッドに寝かせてあげることにしたのだが……何故か俺の腕をがっちりホールドして離してくれないのだ。
「……あのー、友希那さん?手を離してくれませんかね?」
「いや」即答されたよ……まあ、別に良いんだが。
取り敢えず、この可愛い恋人を抱きしめて眠ることにした俺は、そのまま眠りにつくことにしたのだった。
***翌朝、目が覚めた俺と友希那は洗面所へと向かうと顔を洗ってからリビングへと戻った。ちなみに、リサはまだ寝ていたので起こさずに来たがな。そして二人で朝食を作り始めると程なくして完成させることが出来たのでそれをテーブルに並べるとリサを起こしに行ったのだが……何故か布団にくるまって丸まっていた。
「おーい」
「んぅ……」
声をかけても起きる気配がないので俺は仕方なく布団を引き剥がした。するとそこには下着姿のリサの姿があった。しかもその下着は上下ともに可愛らしいデザインをしていた……って、俺は慌てて視線を逸らす。
「ちょ、ちょっと龍斗!///」
「わ、わりぃ……」
俺が謝るとリサも顔を赤くしながらこっちを見てきた。とりあえず布団をかけてから部屋を出ることにした。数分後に着替えを終えてリビングに戻ってきたリサと一緒に朝食を食べ終えると友希那と二人で食器を片付けてから出かける支度を始めたのだった。そして準備を終えると玄関へと向かうとそこには既に友希那が待っていた。
「悪い、待たせたか?」
「ううん。そんなに待ってないから大丈夫よ」
俺が声をかけると友希那が笑顔で答えてくれたのでホッと胸を撫で下ろす。そして俺達は玄関を出てから駅に向かって歩き出すと何気ない会話を交わしながら目的地へと向かったのだった……ちなみにリサは俺と友希那の少し後ろを歩きながら時折こちらを見て微笑んでいたことにこの時の俺は気づかなかった。それからしばらくして目的の店に到着した俺達は早速中へと入って行った。店内には様々な楽器が置かれていたり、ギターやベースなどの弦楽器が所狭しと並んでいた。
「わぁ……凄いね」
「そうだな……」
俺と友希那がそう呟く横ではリサが少し興奮した様子で辺りを見回していた。何時も利用する店ではなく、ちょっと遠出をして始めていく店をチョイスしたのは正解だったようだな。友希那もちょっと楽しそうだ。
元々他のバンドがギターボーカルでギターも演奏するが、友希那だけはボーカルだけ。俺はキーボードとギター、リサはベースという構成で練習している。いや、俺の場合は練習していた、と言うべきか。短時間ならともかく、長時間の演奏は怪我の後遺症で出来ないのだし。
「龍斗のピアノ……早く聴きたいわ」
「俺も友希那の歌を聴いてみたいよ……」
俺がそう返すと友希那は少し照れたように微笑んでくれた。そんなやり取りをしているとリサが俺達に声をかけてきた。
「ねぇねぇ、二人とも!せっかくだし何か楽器触ってみようよ!」
「そうだな……俺も何か買うか」
「私もそうしようかしら。リサはどうするの?」
「アタシ?そうだなぁ……」
俺達がそんな会話をしていると、一人の店員がやってきた。そして俺達に声をかけてきたのだ。
「いらっしゃいませー♪何か気になる物がありましたら遠慮なくお申し付けください!」
そう言ってきたのは二十代後半くらいの女性だった。その女性は笑顔で接客してくれたので俺達はそれぞれ楽器を見て回る事にしたのだが、そこで俺はある物に目が止まった。それはアコースティックギターだ。
「龍斗?どうかしたの?」
「いや、このギターが気になってさ」
俺がそう答えると友希那も興味深げに覗き込んできた。そして俺はそのギターを手に取ると弦を軽く弾いてみた。すると懐かしい音色が響き渡ってきた。
「へぇ……いい音だな……」
「そうね……」
俺と友希那がそんなやり取りをしている横でリサはベースを触りながら店員に質問していた。どうやらベースにも興味があるらしいな。まあ、俺も人の事は言えないが……
「色々あるんだな……」
「ええ。私達も何か買ってみる?」
友希那の提案に俺が頷いていると、いつの間にか店員がやってきたようだ。そして俺達の前にギターやベースを色々と紹介してくれたのだ。それからしばらく悩んだ末に俺はギターを、友希那は音楽雑誌を、リサはベースの弦を、それぞれ購入したのだった。会計を済ませると俺達は店を後にしてそこで、事件は起こった。
「じゃあね~♪」
「おう!」
俺はそう答えてから家に向かって歩き出したのだが……何故か友希那が付いてきていない事に気が付いたのだ。振り返るとそこにはリサに抱きつく友希那の姿があった。二人は何やら話をしているようだし邪魔しない方がいいだろうと思い、そのまま先に帰ることにしたのだった。そして家に帰り着いた俺がリビングに向かうとそこには既に二人だけでは無く、Roseliaのメンバーの白金燐子が待っていたので俺も席についた。そして四人で雑談をしていると不意にリサがこんな提案をしてきた。「そうだ!四人で何か演奏してみない?」
「そうね……悪くないんじゃないかしら」
友希那も乗り気だったようで早速練習をすることになったのだ。そして俺達はそれぞれ楽器を手にするとそのまま演奏を始めた。最初はぎこちなかったが段々と慣れてくると中々上手く弾けているように思う。そして演奏を終えると全員で拍手をしたのだった。
「皆さん、上達しましたね」
そう言ってくれたのはRoseliaではキーボードを担当している白金燐子だ。彼女はいつも控えめだが、俺の怪我を心配してくれていた優しい子だ。
「ありがとう♪」
リサも笑顔でそう返していた。ちなみに燐子はステージ上ではクールと言われているが、本来は人見知りである。特に男性とは俺以外にはまともに話せない。「燐子ちゃんも結構上手だったじゃん♪」
「そ、そんな……私はまだまだですよ……」
友希那の言葉に照れたように返す燐子だったが実際かなり上手いと思う。実際、俺が怪我をする前はピアノのコンクールで良く顔を合わせている程なのだから当然と言えば当然だがな。
キーボード担当の燐子はギター担当の氷川紗夜と同じく友希那が自ら選んで決めた側の人材だ。
そんなやり取りをしていると不意にインターホンが鳴ったので俺は玄関へと向かった。そしてドアを開けるとそこには宅配便の箱を持った男性が立っていた。そしてその箱を受け取ったのだが……その中身を見て驚いた。それは小さな段ボール箱だったのだが、その送り主を見て俺は思わず苦笑してしまった。
「ふふっ……どうやら貴方には敵わないみたいね」
そう言って微笑みながら俺の腕を取る友希那に苦笑しながら箱を手渡すと中身を確認したのか今度は少し驚いたような表情を見せた。
「これは……」
「まあ、開けてみなよ」
俺が促すと友希那はゆっくりと箱を開けたのだが……そこには一着のドレスが入っていたのだ。しかもかなり高級そうな代物である。そしてそれと一緒にメッセージカードが入っていて見てみるとこう書いてあった。
(母さんから、か)
そう、このドレスは母さんからの贈り物だったのだ。しかもご丁寧にメッセージまで書いてある。内容は『友希那ちゃんへ。お誕生日おめでとう』と書かれていたので俺は思わず苦笑していた。そして改めて友希那の方を見ると彼女は頬を赤く染めながら嬉しそうに微笑んでいた。「ありがとう……龍斗」
「ああ、喜んでくれたなら良かったよ」
そんなやり取りをしているとリサが声をかけてきた。どうやら練習が終わったらしい。なので俺達はリビングに戻ると早速その事を報告したのだった……。
***
「おじゃまします……」
Roseliaの練習が終わった後、俺は燐子を連れて自宅へと帰ってきた。今日は彼女を家に泊めることになっているのだ。ちなみに両親はまだ仕事で帰ってきていない。なので今は俺と燐子の二人だけである。友希那とリサは一度着替えを取りに行くと自宅に戻ったので後から合流する予定だ。
だが、何故燐子まで泊まるなどと言い出したのかは気になるところだ……そして俺はリビングに入るとソファーに腰掛けた。すると燐子も隣に座ってきたのでそのまま彼女の手を取ると指を絡めてみた。すると彼女は顔を赤らめながらも俺の手を握り返してきたのだ。
「あの、龍斗さん……」「ん?どうした?」
「その……今日は本当にありがとうございます」
そう言って頭を下げる燐子に苦笑しながら答える。
「別に礼を言われるようなことはしてないよ」「いえ……それでも私は感謝していますから……」
そう返す彼女に微笑みかけると今度は俺の方から質問をしてみる事にした。
「……なぁ、燐子。どうして急に泊まるなんて言い出したんだ?」
「そ、それは……」
俺の質問に口ごもる燐子だったがやがて意を決したかのように口を開いた。
「その……龍斗さんともっと一緒に過ごしたいんです……だから……」
恥ずかしそうに言う彼女に思わずドキッとしてしまった。まさかここまで好かれていたとはな……まあ、悪い気はしないがな。それに俺も彼女とはもっと仲良くなりたいと思っていたところだしな。
「そうか……なら今日は泊まっていくと良い」
まあ、現状でも友希那とリサが泊まっているのだし今更一人増えたところで問題は無いだろう。それに燐子は人見知りなだけで根は優しい子だというのは分かっているしな。
「ありがとうございます……龍斗さん」
そんなやり取りをしていると友希那達が戻ってきたので俺達は夕食を食べることにした。ちなみにメニューはカレーである。そして食事を終えた後、俺は食器を片付けると自室へと向かったのだが、そこである事に気付いたのだ。それは机の上に置いてある紙袋の存在であった。
「……なんだこれ?」
不思議に思い中を確認すると中には小さな箱が入っており、その箱を開けるとそこには指輪が入っていた。
「ん……?これってまさか……」
俺が戸惑っていると後ろから声をかけられた。振り向くとそこにいたのは友希那だった。
「……ふふっ、どうやら貴方の方が先に見つけてしまったようね」
そう言いながら笑う友希那に俺は問いかけることにしたのだ。何故こんなものがあるのかを……すると彼女は微笑みながらこう答えたのだった……
***燐子はリビングで一人考え込んでいた。それは自分の想い人である龍斗の事についてである。
(龍斗さん……)
彼は優しい人だ。だからきっと燐子が好意を向けても拒まないだろう、それは分かっているのだけれど……それでも不安になってしまうのだ。もし拒絶されたらと思うと怖くて仕方がない。だからこそ今まで想いを伝えられずにいるのだが……
「はぁ……」
そんな事を考えてしまい溜息が出てしまうのだった……そんな時だ、不意に部屋のドアがノックされたのは。そして入ってきたのは友希那であった。彼女は部屋に入るなりベッドに腰掛けると話しかけてきた。
「ねぇ、燐子」「はい……?」
「貴方って龍斗の事が好きなのよね?」
いきなりの質問に驚いてしまうが何とか平静を装いつつ答えることにした。
「はい……好きですけど……」
「そう、なら良かったわ」「え……?」
友希那の言葉に首を傾げると彼女は微笑みながらこう続けたのだ。それは衝撃的な言葉だった。何故なら……
「私も龍斗の事が好きよ」
「えっ!?」
そんなまさかの発言に思わず声を上げてしまった燐子だったが、すぐに冷静になることが出来たのは幸いだったと言えるだろう。
だが、それも当然だろう。友希那と龍斗は恋人同士なのだ。そんな二人が互いの想いを伝え合うなどということはあり得ないと思っていたからだ。だが、今の友希那の言葉を聞く限りではそうではないらしい……
「あの……友希那さんは龍斗さんの事が好きなんですか?」
恐る恐る問いかける燐子に友希那は静かに頷くことで肯定の意を示したのだった。そしてそのまま話を続けたのだ……。
***
「なぁ、友希那……本当にやるつもりなのか?」
俺の問いかけに友希那は妖艶な笑みを浮かべながら答えてきた。その表情を見てドキッとしてしまう自分がいた事に驚きながらも平静を装うことに成功した。
「……ええ。貴方は嫌なのかしら?」
そう問い掛けてくる彼女の瞳には不安の色が見え隠れしていたのを見てしまった俺はそれ以上何も言えなくなってしまったのだった……まあ、別に嫌ではないんだけどな。ただ少しだけ恥ずかしいだけだし……そんな事を考えている間にも彼女はゆっくりと近付いてきたかと思うとそのままキスをしてきたのだ。
「んっ……」
最初は軽く触れるだけのキスだったが次第に深いものに変わっていき最終的にはお互いの舌を絡めるような濃厚なものになっていた……そしてしばらくした後ようやく解放された時にはすっかり蕩けきった表情になってしまっていた。
そんな俺の顔を見て友希那はクスリと笑った後、耳元で囁いたのだ。それはとても甘い囁きであった……それを聞いただけで背筋がゾクゾクするような感覚に襲われた俺は思わず身震いしてしまったのだった。
「……ねぇ龍斗、私を抱いてくれるかしら?」
そう聞いてくる彼女に俺は何も答えることが出来なかった……何故なら既に理性が飛びかけていたからだ……だがそんな俺の様子を見て友希那は妖艶な笑みを浮かべるとそのまま押し倒してきたのだ。そして耳元でこう囁いてきたのだった……
「……愛してるわ、龍斗」
その言葉を聞いた瞬間、俺は完全に堕ちてしまったようだ……もう何も考えられなかった。だから俺はただ本能のままに行動してしまったんだ……その結果どうなったのかと言うと……まあ想像の通りだろう。結局俺達は朝まで愛し合ったというわけだ。
***
1/2ページ