カブトの世界(ガタック編)

『元気か、亨夜?』



携帯電話の先から聞こえてくる声を聞いた瞬間、亨夜は『ガン!!!』と言う音を立てて机に顔面から思いっきりダイブしていた。



電話の向こうから聞こえてくる、本来なら自分の携帯電話の番号など知るはずのない相手、『天道 龍牙』の声に対してそんな反応を示しながら。



「りゅ…龍牙ぁ! なんでお前がオレの携帯の番号を知っているんだ!?」



『ああ、お前の家に電話して、お前の妹から直接聞いた。お前に用が有って、お前の知り合いだって言ったら快く教えてくれたぞ。』



「…妹…? …美由紀の事か…。いや、それに『お兄ちゃん』とか言われてるけど、正しくはあいつはオレの従妹だ。」



『そうなのか? まあ、オレには、態々お前の家の家庭事情を調べる趣味は無いし…無理に聞く気もない…。所で亨夜…本題に入らせてもらって良いか?』



電話の向こうから聞こえてくる龍牙の声音が変わった事を感じ取り、亨夜の表情も鋭さを増したものへと変わった。



「…本題…?」



『先日、矢車さんと会った。その時聞いたんだけどな…ZECTの方で、お前の上司が別の人間に代わったそうだな?』



「ああ。それがどうかしたのか?」



『…矢車さんの後任の隊長…確か、そいつは『天道 総司』と名乗っていたって聞いたが…それは、本当なのか?』



「ああ。間違いないけど…それがどうか…。天道?」



初めて会った時、名前を聞いた時には気が付かなかったが、何時も『龍牙』と呼称している電話の向こうから聞こえてくる人物のフルネームは『天道 龍牙』。そして、先日会った矢車の後任の人物の名前は『天道 総司』。



「…龍牙、もしかして、後任の隊長はお前の身内か?」



『…………ああ…………。『名前だけ』なら、オレの兄さんと同じ名前だ。』







世界の破壊者、仮面ライダーディケイド。十の世界を巡り…その瞳は何を見る?






仮面ライダーディケイド
~終焉を破壊する者~
第九話
『クロックダウン・序/ガタックの世界』









「でも、クロックダウンシステムについて調べろって言われても、何をすればいいんだろう?」



勇宇は思わずそんな事を呟いてしまう。この世界の仮面ライダーの一人、『カブト』である龍牙から頼まれたワームの手に渡ってしまった、クロックダウンシステムのデータを抹消する為の協力。それを快く引き受けた勇宇なのだが、自分達が取るべき行動が見えてこないのだ。



「ワームと繋がりの有ると言うZECTの上層部についての調査は矢車さんに任せるしかないな。」



そう、ZECTに所属していない龍牙や勇宇にはそれを調べる事は難しい、最悪の場合は不可能とも言える。僅かなりともそれに関係した情報を知っている矢車に頼るしかないのが、現状なのだ。



「今、一番怪しい人間はワームと協力体制に有るZECTの上層部。そんな連中が今まで自分達を調べていた人間の後任に送ってきた人間…。手掛かりは矢車さんの後任の隊長だな。」



「えーと、それじゃあぼくは…。」



「ああ。前線部隊…亨夜の部隊の隊長について調べて欲しい…。オレはオレで矢車さんに協力して上層部の方を調べる。」



そう言って立ち去って行く龍牙の背中を見送りながら、勇宇は考え始める。外部の人間である自分には向かってくるワームを倒すことは簡単でも、組織を調べると言うのは簡単ではないはず。それは龍牙も同様だろう。だが、



(…『荒谷 亨夜』…この世界の仮面ライダー…ガタック。この人を通じて、調べろって事か?)



ライドブッカーの中から取り出した『仮面ライダーガタック』のカードへと視線を向けつつ、そんな考えを浮かべて行く。



龍牙も態々彼の名前を出していたのだし、当の勇宇とZECTの接点は亨夜の存在しかないのだ。



「…仮面ライダーガタック…荒谷亨夜って人と接触するの…?」



「それしかなさそうだね。どっちにしてもガタックの力を得る為にも、もう一度は会う必要があるしね。」



「……うん……。」



何故かキバの時の様に『取り戻す』ではなく、『得る』と言う言葉が出てきたのかは自分でも理解できない。だが、確かにガタックの力は取り戻すのではなく、得る物の様に感じられたのだ。



「まあ、先ずはもう一度会ってみないことには何も始まらない、か。」



ガタックの名前が書かれているカードをライドブッカーの中に戻すと、勇宇はそう決意するのだった。












亨夜SIDE



《Rider Sting》
《Rider Kick》






「ライダースティング!!!」



「ライダーキック!!!」



スズメバチをモチーフとした黄色いライダー『仮面ライダーザビー・ライダーフォーム』の必殺技『ライダースティング』が成体ワームを貫き、ガタックの廻し蹴りがもう一体の成体ワームを粉砕する。



そして、全てのワームの殲滅を確認したのか二人のライダーの変身ツールから、それぞれのゼクターが外れると二人のライダーの変身が解ける。



「ご苦労。」



他の場所でもサナギ態のワームの殲滅が終わったのだろう、ゼクトルーパー達が撤収して行く。



「やれやれ、今日は少なかったな。」



「待て、荒谷。」



伸びをしながら、出雲学園の制服の上にガタックを象徴するクワガタを象ったマークにZECTの文字の入った上着を着た亨夜は、自分も撤収しようとガタックエクステンダーへと向かって行くが、そんな彼を総司が呼びとめる。



「…天道隊長? どうしたんですか?」



「ああ。荒谷、お前に話が有る。」



「話しですか?」



取り出した資料を亨夜に渡し、総司は言葉を続けて行く。



「…これは…本当なんですか?」



「残念だが、事実だ。」



渡された資料に視線を落しながら、亨夜が呟くと総司は淡々と言葉を続けて行く。



「…話は変わるが、荒谷。上層部もこれまでのお前の活躍を高く評価しているそうだ。」



「………。」



「一つのチームにライダーを二人も集めると言うのは効率も悪い事も有る。今回の活躍次第で、荒谷、お前を隊長に任命するそうだ。」



「…………。」



「お前の知りたがっている上級ワームについての情報も手に入り易くなるだろう。期待しているぞ。」



そう言って亨夜の肩を叩き総司もゼクトルーパー達と共に撤収して行く。



後に残された亨夜は呆然とした表情を浮かべ自然と手にも力が入り、知らぬ間に資料を握りつぶしていた。



「…信じられるか…こんな…事…。」



感情を押し殺した呟きと共に亨夜はコンクリートの壁へと強く握った拳を叩き付けた。



SIDE OUT












勇宇SIDE



家で柴月と別れた勇宇は、亨夜を探して歩いていた。



(…やっぱり、ワームと戦う時は感知タイプになるしかないか。)



前回の戦いの時は落ち葉で相手の動きを読み、カウンターで必殺技を放つ事で辛うじて勝利する事は出来たが、やはり、成体ワームやこの世界の仮面ライダー達の持つ能力であるクロックアップに対抗する為には、こちらも同等の速度で動くか、高い感知能力を使い対抗するしかない。



前者の手段、高速で移動できる能力を持つカードはなく、自然と選択できるのは後者の感知能力だけとなる。



そして、今の勇宇が持つライダーの力は『ディケイド』と『キバ』のみ。高速戦闘が出来ない以上、キバのフォームチェンジによる感知能力の強化しか今の勇宇には選択できる手段はないのだ。



(…それしか、打つ手無しか。他のカードで何とかできれば良いんだけどな。)







―ディケイド。―





「っ!?」



そんな事を考えていると自身を呼ぶ声に反応して後を振り返るとそこには、黒いコートに黒い衣服に身を包んだ青年が立っていた。



「お前は…。」



「始めましてと言うべきか、世界の破壊者?」



自身の名を知っている事、そして、自分を『世界の破壊者』と呼んだ事から間違いない。目の前の相手は…。



「へー…こそこそと人の悪口言って回っている人がぼくに何の用だ?」



勇宇は目の前の相手が『敵』であると確信すると、ディケイドライバーを取りだし、それを装着する。



「それをやっているのは、正しくはオレだけじゃないんだがな。…それにお前がお望みなら、直接オレが今ここで潰してやってもいいんだぞ?」



そう言って勇宇を見下ろしながら、黒い衣服の青年は何処からかケースのような物を取り出してそう宣言した瞬間、勇宇の体が凍り付いたような感覚に襲われる。



(…こいつ……強い。)



そう、自然体にしか見えない黒い衣服の青年から放たれる今まで戦った敵以上の殺気、目の前の相手の言い放った言葉は確実な自信と共に有る。そして、確信を持ってしまう、『戦ったら負ける』と。



「お前…何者だ?」



「まあ、オレとしても直接叩き潰しても良いんだがな。」



勇宇の言葉を無視しながら、黒い衣服の青年はケースのような物ををしまうと指を鳴らして灰色のオーロラの様な物を作り出す。



「オレ達にも予定が有ってな、お前と直接戦う訳には行かないんだ。だから、代わりにお前への贈り物(プレゼント)だ。」



黒い衣服の青年が灰色のオーロラの中に消えて行くのに合わせて、オーロラの中から別の人影が現われる。



「っ!? 仮面ライダーイクサ!?」



灰色のオーロラの中から現われたのはキバの世界で出会った仮面ライダーと同じ姿をした仮面ライダー、『仮面ライダーイクサ・バーストモード』。



キバの世界で出会った相手とは変身している物が違うのだろう、違う構えでソードモードのイクサカリバーを構えている。







―オレからの贈り物だ。精々楽しんでくれ、世界の破壊者さん(ディケイド)。―





「待て、お前は何者だ!?」







―ん? ああ、そう言えばまだ名乗ってなかったな。…そうだな、オレの事は『タツヤ』とでも呼んでくれ、門矢勇宇。―





「はぁ!」



黒い衣服の青年『タツヤ』の言葉が響くと同時にイクサがイクサカリバーを構えて切り掛かってくる。



「っ!? くっ!」



それを避けるとディケイドのカードを取りだし、展開したディケイドライバーにカードを指し込む。







-KAMENRAIDE! DECADE!-





ディケイドへと変身しソードモードへと切換えたライドブッカーでイクサの振り下ろすイクサカリバーを受け止める。



「こ…のォ!」



「っ!」



力任せにイクサカリバーを押し返し、素早くソードモードからガンモードへと切換えたライドブッカーをイクサへと向けるが、同時にイクサもイクサカリバーをガンモードへと切換える。



同時に引き金を引いた二人の仮面ライダーの構えた銃ライドブッカーとイクサカリバーから放たれる弾丸が相殺して行く。



(だったら『ブラスト』のカードで…)「なに!?」



「はぁぁぁぁぁぁあ!!!」



ディケイドの弾丸を相殺しながらイクサがディケイドへと向かって突っ込んできた。そして、



「ぐわぁ!!!」



そのままディケイドへと近づいたイクサのキックがディケイドの体を弾き飛ばす。



「この…。」



そして、イクサはソードモードへと切換えたイクサカリバーを構え、弾き飛ばしたディケイドへと近づいていく。







-ATTACKRIDE!-





「そう簡単に行くか!!!」



倒れている瞬間、ライドブッカーからカードを取り出して素早くカードへと指し込む。







-SLASH!―





斬撃強化のカードを使いカウンターの斬撃をイクサカリバーを振り下ろそうとしたイクサへと放つ。



「うわ!!!」



カウンターで放たれたディケイドの刃がイクサの装甲を切り裂くがそれはダメージには至ってはいない。







―ATTACKRAID BLAST!―





素早くカードを指し込み、ガンモードに切換えたライドブッカーをイクサへと向け、三つに増えた銃口と共に引き金を引く。



「ぐわ!!!」



至近距離から打ち込まれる弾丸の直撃を受けてイクサの体が吹き飛ばされる。



そして、その隙を逃さず『ファイナルアタックライド』のカードを取り出した瞬間、黒いオーロラが出現し、ディケイドとイクサを隔てイクサがそれに飲み込まれて行くと『カブトの世界』から、イクサと言う存在(仮面ライダー)は消えて行った。



「逃げられたか…。」



相手の持病(?)に助けられる結果となったキバの世界で戦った、本来はファイズの世界に存在するライダー『カイザ』と違い、今戦ったイクサには苦戦していた。それを考えると、勇宇(ディケイド)の心境としては『逃げられた』と言うよりも、『逃げてくれた』と言った所だろう。



「っ!?」



一息付いた所で再び何かの足音が聞こえてくる。慌ててライドブッカーを構え、そちらの方へと視線を向けると、そこには…。



「…龍牙さん?」



カブトクナイガンを構えたカブト…龍牙の姿がそこに有った。



「っ!? 行き成り何を!?」



ディケイドとの距離を詰め、カブトの振るうカブトクナイガンを受け止めるとカブトへと向かってそう抗議する。



「…門矢、この先でワームと繋がっているらしい連中の関係者が動きを見せている。」



「なにを?」



カブトが戦いながら小声で話しかけてきた。



「…オレの兄さんと同じ名前…いや、姿と思われる奴が隊長を勤めている。オレの方で上手く接触できたが…まだ信用されてないらしく、お前の足止めに廻された。」



「なるほど…。適当に戦って、信用させる手伝いと…。」



「…そこまで、戦いながら移動するから、奴らの邪魔を頼む。」



「解かりました。」




SIDE OUT












亨夜 SIDE



ガタックエクステンダーに背を預けながら、亨夜は無言のまま空を眺めていた。考えているのは、つい先ほどの戦いの後に渡された資料の内容と新しい部隊の隊長である総司の話し。



(…七海ちゃんが、ワーム。何時から入れ代わった? …いや、まだ擬態されただけで、入れ代わっている訳じゃないのかもしれない。)



考えるのはかすかな希望。そして、なにより、



(…あの天道とか言う新しい隊長…妙に信用できない気がする。)



そう、矢車からの言葉だったら、信用していただろう。だが、信頼している人間である矢車と違い、何処か信用できないのだ。



(…とにかく、今は七海ちゃんに会うしかないか。)



携帯電話を取り出して時刻を確認するとそろそろ部活も終わる頃だろう。出雲学園に向かえば帰宅途中の七海と会う事は出来る。



「あっ、亨夜先輩、今お帰りですか?」



(っ!?)「ああ。丁度ね。」



内心の動揺を悟れない様に平静を装いながら、何時もと変わらない様子で声をかけてきてくれた七海へと言葉を返す。



「? どうしたんですか、なんだか、顔色が悪いみたいですけど?」



「そ、そうかな? 最近忙しかったからかな?」



「………。そうですか?」



微かに出てしまった動揺に気が付いたのだろうが、七海は特にそれに触れずに、そう言ってそこでその会話を切り止める。



「でも、それだったら、少し休んだ方が良いですよ。先輩は働きすぎですから。」



「そうかな? そんなに無理しているつもりは無いんだけどな。」



帰り道で交わされる会話は何時もと変わらぬ物…それに亨夜は微かに安心する。少なくとも、昨日までの七海は今の彼女と同じなのだから。



(…だとしたら、後者か…。)



もう一つの可能性として上げていた二つ目の可能性に真実味を感じながら、亨夜は心の中で安堵の意思を持ってそう呟いた。



暫く歩いていると亨夜は立ち止まる。



「どうしたんですか?」



「七海ちゃん、下がって。……どう言うつもりですか、天道隊長?」



目の前の空間を睨みつけながら亨夜がそう呟くと、曲がり角の先から総司がその姿をあらわす。それに続いて亨夜達二人を囲む様にゼクトルーパー達がその姿をあらわした。



「…良くやったな、荒谷、彼女をこちらに渡してもらおうか。」



亨夜の問いに答えずに総司は淡々と言葉を続けて行く。



「…少なくとも、あの報告書は間違っています。少なくても、ここに居る七海ちゃんは、オレの知っている彼女だ!」



「そんな事はオレ達が決める事じゃない、上が決める事だ。大人しく彼女を引き渡してもらえれば助かるんだがな。」



「え? あ、あの先輩…どう言う事ですか?」



二人の会話を聞いていた七海が不安げな声を上げるが、亨夜は彼女を安心させる様に軽く微笑むと、



「…事情は後で話す。でも、これでけは言っておく、七海ちゃん、君はオレが守る。」



「え? あっ…は、はい!!!」



亨夜のその言葉に顔を真っ赤にしてそう答える七海。



「彼女がワームがどうかは上層部が決める事だ。オレ達はただ言われた通り行動していればいい。」



冷たい笑みを浮かべながら総司は亨夜の後に居る七海を指差しながら、彼へと言葉を続けて行く。



「ち、違います! 私はワームなんかじゃ有りません、信じて下さい、先輩!!!」



「大丈夫だ。信じている。少なくとも…あんたの言葉より、オレは七海ちゃんの言葉を信じる。」



慌てて反論する七海にそう告げて、総司を睨みつけながら亨夜は宣言した。己自信の信じるものは、ZECTと言う組織の言葉ではなく、自分の近くに居る少女の言葉だと。そして、右腕を大きく振り上げた。



「やれやれ、残念だな。荒谷、お前には期待していたんだがな。」



総司が落胆の意思を込めてそう呟きながら手を軽く上げる。



衝撃音と共に蒼と黄色の影が激突する。激突しあうのは機械のクワガタと機械の蜂、そして、二人の前の大きく交差する様に激突すると、亨夜と総司の二人の手の中にガタックゼクターとザビーゼクターが握られる。



「「変身!!!」」
《《HEN-SHINN》》



二人の体にアーマーが装着され、亨夜は《仮面ライダーガタック・マスクドフォーム》へ、総司は《仮面ライダーザビー・マスクドフォーム》へと変身する。






『うわぁ!!!』






二人のライダーが動き出そうとした瞬間、囲んでいるゼクトルーパー達の一角を吹き飛ばし、ガタックの前にディケイドが吹き飛び込んできた。



「ディケイドか?」



「や、久しぶり。」



ライドブッカーを構えながら立ち上がるディケイドの名をガタックが呼ぶ。そして、そんな彼らの前にゼクトルーパーの人垣が開き、赤いカブトムシを連想させるライダー…『仮面ライダーカブト・ライダーフォーム』が近づいてきた。



「龍牙か、ディケイドの足止めには失敗した様だな。」



「ええ、済みません。」



「まあいい。」



互いに並び立つカブトとザビー…少女を護る様に彼らと対峙するのは、彼女を守ると約束した戦いの神・ガタックと、破壊者・ディケイド。
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