第1章
夢小説設定
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夜7時。
もう肌寒くなり始めているこの季節は、夜の帳が降りるのも早い。
もうすっかり夜空には星が輝く様になった。
黒塗りの、いかにも な車から降り、装飾の電球がキラキラと輝く船着場を見渡す。
「お久しぶりです、レディ」
突然背後から、見知った男性の声がかかった。
「こんばんは、バーボン。それとも、今宵は“新人さん”とお呼びした方がよろしくて?」
タキシードスーツに身を包んだ彼が、港の煌びやかな燈の中に立っていた。
「お好きなように」
「あら、以前お話した時とは随分雰囲気が違うのね」
「それは、貴女もでは?」
少しの皮肉も、にこやかにはぐらかされた。
こちらに歩み寄り、口許に上品に笑を湛えている。
「さぁ、ここは冷えます。中へ行きましょう」
そう言うと彼は、半年前と同じように手を取り軽く口付けてから手を組み、乗り口のゲートへと向かった。
入手に少々手こずった招待状を提示すると、
「ようこそおいでくださいました、黒川御令嬢。ご案内致します」
ぴっちりとタキシードを着こなしたボーイさんに案内をされ、船内へと歩を進めた。
「こちらがお部屋になります。20時より3階ホールにて開宴となりますのでお越しくださいませ。」
「ありがとう。ご苦労さま」
ボーイさんに適当にチップを渡して部屋に入る。
「さて、本日の作戦は如何なものでございますか?黒川お嬢様?」
さっきの皮肉の仕返しか、バーボンはからかうようにそう言って、後ろ手に部屋の扉を閉めた。
「武器密輸の情報はもうあるの。揺すりに使える決定的な証拠が欲しいわ。顧客リストがあるんだけど、用心深いのか何なのか、その情報端末は彼が常に身につけてるみたい」
「となると、女の武器ですか」
私が脱いだコートを受け取り、バーボンがクローゼットに掛けてくれる。
「噂とは違って女性がお好みでなければ貴方がよろしくね。指示はこれで。高いやつだから壊さないでね」
「うっかりシャンパンにダイブさせてしまったらすみません」
インカムの極小イヤホンとマイクをいたずらっぽく笑うバーボンに渡し、私も取り付ける。
「ちゃんと見て仕事を覚えてね、新人執事さん」
「お易い御用です。お嬢様」
ワックスでオールバックにされた彼の前髪の後毛を撫で付け、微笑んだ。
窓の外の光がだんだん遠のいていく。どうやら船は港を出たようだ。詳細を打ち合わせ、開宴を知らせる鐘が船内に響くとバーボンと2人で降りた。
赤いカーペットに金の装飾。贅の限りを尽くしたパーティーホールに響くのは楽団の奏でる優雅なクラシック。
「それでは、代表のご誕生日を祝して」
「「「「乾杯!」」」」
シャンパンと皿を片手に持ち、ターゲットを目で追いつつしばらく近くの人と談笑をしていると、案の定そいつが近づいてきた。
「おやぁ?こんなにお美しい女性は初めて見るなぁ。美しい方には私が出資している林永製菓の新商品をあげようじゃないか。これはまだ発売されていないものなんだよ」
羨ましい、と周りの男性たちが口々に呟く。
どうやら、女好きで目を付けた女に直ぐに手を出す、という噂は本当のようだ。
手渡されたチョコレートはターゲットが先程から持って回っているもので、これまでこの会場の誰にも渡していない。おそらく今夜の子羊を堕とすための薬でも仕込んであるのだろう。
「まあ、ありがとうございます」
「君みたいな女神に食べてもらうために作ったんだからね。感想を聞かせてくれ」
「もう、お上手ですね代表。とっても甘くておいしいですわ」
「そうかそうか」
ターゲットは私がチョコレートを飲み込むのをまじまじと見て、満足げな表情をした。
「名前は、なんていうのかな?」
「黒川グループ代表の黒川宗徳の娘、春子と申します。いつも父がお世話になっております。本日は父が忙しいもので、不束ながら娘の私が参加をさせていただきました」
どうぞお見知り置きを、と少し照れた様に言った。
「ああ、黒川君のお嬢様か……こんなに美しい娘さんがいるとは、羨ましい限りだねぇ。ん?あれ、君は?」
「お嬢様のお世話役を務めさせていただいております、安達でございます。」
バーボンが恭しく頭を下げる。
「安達君か。すまないが、この美しいレディに見合う酒をなにか……そうだな、彼女の生まれ年のシャトーか何かを持ってきてくれないかい?」
「かしこまりました。ただいまお持ち致します」
再び頭を下げ、後ろへ下がって行ったバーボンに目配せをした。
本当はそんなもの積んできていないのだろう。
邪魔払いの初歩的な手だ。
「まぁ、そんな高価なお酒、よろしいのですか?」
「君にならどれだけ高価な物をあげたとしても絶対に後悔はしないと、私の勘が言っているのだよ。何か欲しいものがあったら言ってみなさい」
さらり、と腰を触られ身体が近づく。
「私の部屋へおいで。今ならとっておきの夜景を見ることが出来る」
私の耳元でそう囁くと、手を取ってホールから出て廊下を歩き始めた。
「代表」
途中、黒服の男性に声を掛けられ、煩わしそうに対応するターゲット。
「鈴木財閥の相談役から電報が」
「放っておけ、そんな爺さんは。これからこの麗しいお嬢さんにとびきりの景色を見せてあげるんだ。警備はいらん。邪魔するなよ」
「しかし、」
「五月蠅いぞ」
「か、かしこまりました」
ぴしゃりと一括された男性がインカムで何やら指示を出すと数名のガタイの良い男が廊下の先からこちらに歩いてくる。
ああ、なるほど、部屋の警備についていた人間を呼び戻したのか。
「すまないねぇ、面倒なのに付き合わせてしまって。さ、こっちだよ」
案内されたのは奥まったところにある重厚な扉。
エスコートされて中に入ると、バタン、と重々しい音が鳴り、暗い部屋にギラギラとターゲットの目だけが光っている。
「
少々わざとらしい演技をしたが、効果は抜群だったようだ。
「そうかそうか。少し横になって休むといい」
ゴテゴテした指輪だらけの手が私の身体をまさぐる。
近づいてくる首元にシルバーのチェーンがキラッと光った。身に着けているというのはおそらくこれのことだろう。
そうと分かった以上、この茶番を続ける必要はない。
トッ、
簡単に気絶をさせシャツのボタンを上2,3個あけると、思っていた通りプラチナのロケットが出てきた。
自らの写真を中に入れるとはまた趣味が悪い。中には3枚のデータチップがあった。
「ミッションコンプリート」
ドレスの肩口に仕込んだ極小のマイクにそう呟くと、部屋の扉が静かに開きバーボンが笑みとともに入ってきた。
「僕の出番、ありませんでしたね」
男に睡眠薬を投与しながら言う彼。
「本当に期待していたのなら申し訳ないけど、今後も無いわよ」
少し突き放すようにそう言うと、
「ええー、それは困りましたねぇ。ベルモットに何と報告すれば良いか…」
そうオーバーなリアクションで答えた。
「まぁ、彼女もわかってて私につかせたんでしょう」
「そういうものですかねぇ。何を考えてるのかよく分からないんですよ、あの人」
その後、調達しておいた業務員の服に着替え、甲板に出て物陰に隠れた。
遠目の煌びやかな港のイルミネーションが海面に反射してゆらめいている。
「ひと仕事終えた祝杯はいかがですか?
崩した前髪を海風で揺らしながらバーボンが無邪気に言う。
その手にはいつのまにか高級そうなシャンパンボトルと、グラスがふたつ逆さに持たれていた。
「あら、気が利くのね。頂くわ、セバスチャン」
注がれていく金色の液体
チン、とグラス同士を軽くかち合わせて、二人同時に口元へ運んだ。
「悪く無いわね」
「そうですね。これは美味しい」
そして船はまた、装飾の煌めく船着場へと入港した。
海にボトルとグラスを捨てると、2人で静かに地上に脱出する。
今回もつつがなく仕事が終わってしまい、若干のつまらなさを覚えた。
「今宵は素敵な時間を貴女と過ごせて光栄でした」
「キザな台詞をよく淡々と吐けますね。それで何人を口説き落としてきたのやら…」
すっかり仕事用の面をやめた私の口調に、彼は少し驚いてみせた。
「喋り方といい雰囲気といい、仕事が終わると普通の女性に戻るんですね」
「スイッチのon offは大事ですよ」
「僕はそう簡単にオフにはできませんがね。」
曲がり角で立ち止まるバーボン。
「僕はここで」
「何か急ぐ他用でも?」
「ええ、少し寄るところが」
そう言った彼の目は乾いた笑みを称えていた。
「そうですか」
「えぇ、また」
カツカツ、と足音を立ててお互い逆の方向に歩み始めた。
「ああ、安達はちょっと趣味が悪いと思いますよ」
ふと振り返って、彼の背中にそう呼びかけた。
「じゃあ貴女は何がいいと思いますか?」
また立ち止まり、半歩こちらを振り返った彼の顔が、月光に照らされる。
「…うーん、そう言われると…あ、そうだ。アムロとか、どうですか」
「安室ですか…そんなに変わらないじゃないですか。また何故?」
「ある人に、声が似ていたものですから。」
そう言うと、軽く微笑んで、また元の方向に向き直った。
───prrrr…prrrr… 「風見か。」