第2章
夢小説設定
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音の反響する地下駐車場から抜けると、夜の大通りの喧騒が私たち3人を包んだ。
「やっと終わった〜、長い一日でしたね」
両手を上に上げて大きく伸びる。
「どうやって帰りましょう。タクシーでも拾いますか?」
ぐ、ぐぐぐ……
バーボンの問いかけに、誰かの腹の虫が答えた。
「あはは、昨日から何も食べてなくてさ……タクシー乗る前にコンビニ寄っていいか?」
スコッチが少しばつが悪そうにお腹をおさえている。
「あぁ、だったらもう何か食べて帰りましょうか。すぐそこに飲み屋街ありますよ」
「たまにはそういうのもいいですね。僕はご一緒しますけど、ライは?どうします?」
「どっちでもかまわん」
ライがサングラスをシャツの襟に引っ掛かけながらぶっきらぼうに答えた。
「じゃ、せっかくだし飲もうぜ。明日は待機日だしさ」
そう笑うスコッチの言葉で、私たちは行こうとした道と反対方向の、背広姿の人々が往来する狭い通りに歩み進めた。
所狭しと軒先にさがる提灯の中から良さげな一軒を適当に選び、扉を開ける。
店内は仕事帰りの集団と大学生と思しき男子集団がすし詰め。
「4人なんですけど、入れます?」
バーボンが親指を折った右手を店員に見せる。
「4名さまー!奥、個室どうぞー!!」
安居酒屋らしい突き抜けるような高音で、忙しそうな店員が奥を指した。
個室、とは言っていたが、実際は簡易に区切られた座敷席だった。もぞもぞと全員靴を脱いで畳にあがる。
仲良し二人組はやはり隣同士。向かい合って、私とライが腰を下ろした。
オレンジがかった照明と喧騒と雑多な背景の空間に、やたら図体のでかい長髪男と甘いフェイスの金髪男が小さなテーブルに向かい合って一枚のメニューを覗き込んでいる。
そんなあまりにちぐはぐな光景に、思わず吹き出してしまった。
「っふふふ……」
「何ですか?急に」
「ライもバーボンも、この空間びっくりするくらい似合ってないなぁって」
「お前には言われたく無いが」
「今回ばかりはライに同じです。あなた、僕達のこと笑えるほど馴染めてませんから」
「まあまあ、オレは生にするけど何飲む?」
「僕もビールで」
「同じでかまわん」
「私も」
「了解、ビール4つね。食べ物は……」
スコッチとバーボンの取り仕切りで最初の注文が済み、間も無くしてジョッキが運ばれてきた。
「乾杯〜!」
「カンパーイ」
「お疲れ様です」
カカン、カンとガラスがぶつかる硬い音が鳴る。
勢いよく飲んだビールの炭酸は、たまらなく爽快だった。
「そういや、4人で飲むの初めてだな。っていうか、ライと飯食うのが珍しいかも」
いくつか料理が卓の上に並び、雑多に取り分けているとき、スコッチがそう言った。
「普段は僕とスコッチ、たまにアドラーという感じですもんねぇ。ライは一体何を食べて生きてるんですか」
一瞬目線を上に向けるライ。
「普通に外で食ったり、プロテイン、カップ麺、適当な完全栄養食……」
「それでよくその無駄にでかい体を保てますね」
小さく、しかし確実に聞こえる声で怪訝そうにバーボンが呟く。
「ライ、結構大酒飲みだし煙草もやるし、気をつけないと早死に
しそうだな」
「任務に影響が無きゃ飯なんてどうでもいい。人間はどうせいつか死ぬ。……俺はアドラーも同じタイプだと思ってたがな」
突然私に話の矛先が向き、飲みかけていたビールをおろした。
「最近食べ物の美味しさに気付いて色々食べてるだけで、そんな健康志向とかじゃないですよ。食に執着はないので、生きてられる分のサプリや点滴を食事がわりにしても別に何も思いませんけど」
日本食は美味しいから……と小さく言いながら、手元のツヤツヤなだし巻き卵を口に入れる。
「点滴、って……流石というかなんというか」
呆れ顔のバーボンがジョッキを煽った。
「確かに日本のメシは美味いよなぁ。こういう安い飲み屋の飯でもあんまりハズれないし。貧乏学生時代は安居酒屋のメニューから自炊の献立考えたりしてたな」
少し懐かしむような表情でお通しをつまむスコッチ。
「そっか、3人とも学生時代があるんですね。私、学生だったこと一度も無いからなぁ。ちょっと羨ましいです」
「そうなのか?!」
スコッチがビールを吹き出す勢いで驚いている。そんな意外な話じゃないと思うけどなぁ。
「へぇ、ではいつからこの仕事を?」
対照的に、ぬかりなく仕事をしようとするバーボン。その手には乗らないからな
「それは秘密です。一気に暴かれたらつまんないじゃないですか」
「年齢はOKで、仕事歴はNGなんですか?よくわかりませんね」
「わかってもらわなくて結構です〜」
不貞腐れたようにふざけてグイッとジョッキを煽った後、手をあげて遠くの店員さんにおかわりを要求した。
「学校生活といえば、部活と旅行?と文化祭?みたいなステレオタイプがあるじゃないですか、日本だと特に。どんな風なんだろってずっと気になってたんですよ」
皆さん日本の学校を出てるかは知らないですけど、と言いながらつまんだ枝豆を2杯目で流し込んで、そう問いかける。
「旅行?修学旅行のことですか?」
「多分……?」
「修学旅行、楽しいよ。仲のいい奴らと班になって観光地を回ったり、泊まったり」
「へぇ、観光地を」
「日本でも、場所は学校によって国内国外様々ですが、この辺では京都や奈良の関西の寺院なんかを巡る学校が多いみたいですね」
学校の旅行で寺院をめぐるのか……楽しそう……なのか?
「ゼ…特別仲のいい奴が居たんだけど、そいつがまぁ顔が良くてすごいモテるもんでさぁ。女子達に『好きな人を探ってきてくれ』って頼まれて、夜、旅館で皆で尋問したんだが、全然吐かなくて」
ゔんんっ、と突然大きく咳払いをするバーボン。
なるほど、今のはバーボンもとい降谷零の逸話なのか。
「非日常が楽しい年頃だったからね」
やっぱり寺院巡りより、仲間と異郷を行動できるのが楽しみ、というところだろうか
羨ましい。そもそも同じ歳で同郷の大規模なコミュニティがあること自体が羨ましくてならない。
「楽しそうですね。ライも修学旅行、あったんですか?」
「……記憶にない」
黙々と料理と酒を進めていたライが口を開くも、釣れない返答。この人、本当に飲みの席に場違いすぎる。
「そもそもライは少年時代があったかどうかも怪しいですよね。産まれた瞬間から今の状態のライだったんじゃないですか?」
「ほう、褒めているのか、そりゃどうも」
ぶっきらぼうに皮肉を言うライは、スマートに手を挙げて次の酒を要求している。
「学生時代はあったかもしれませんけど、どうせ部活もアルバイトもしたことがない一人ぼっちの寂しい学生生活だったんでしょうね」
「バイトは何だかんだやっていた。酒場なんかは長かったが」
「酒場で?!えー!何?酒とかつまみ作ってたのか?」
「まさか。無愛想男が接客なんかできるわけないでしょう」
「アコーディオン弾きだ。客のリクエストを適当に演奏すればいい額のチップが手に入ったから、貧乏学生にはなかなかありがたい働き口だったよ」
片方の口角をあげてどことなく勝ち誇り顔にも見えるライを、バーボンが信じ難いというように片眉をあげて睨みつけた。
「ライがアコーディオン?!まさかぁ」
想像しただけで絵面の面白さに笑いがこみ上げてくる。それがおそらく事実であることが余計笑いを誘った。
私が笑い出すのと同時にスコッチも小さく吹き出し、後の2人も笑顔になって、初めて4人が素で笑い合った。
「はじめてじゃないですか、4人で笑ったの」
「そうだなぁ。なんか久々に安酒飲むと色々思い出すよ」
「思い出すのは結構ですが、ここでこれ以上ペラペラとお喋りするのは得策とは思えませんね」
情報収集になるので僕としては嬉しいですけど、と、少し落ち着いた調子でバーボンが嗜めた。
「それはもっともだ」
「えぇ〜?私もっと話聞きたいですけどね、3人の学生時代」
「なぜですか?貴女が調べようと思えば僕たちの過去なんてほんの簡単に分かるでしょう」
「経歴や情報を調べるのなんか確かに簡単ですけど、その人の記憶、感情、視点、思い出はその人にしかないじゃないですか。私はそこが知りたいんですよ」
「知ったところでどうにもならないことを……」
ぼそりと呟いてから顎をあげてジョッキを飲み干すバーボン。
「どうにもならないことないですって〜」
人間の思考や感情は多様で、時に厄介ではあるけれど、それは見ていて飽きないし、聞いてもそれなりに面白いものだ。私が持っていないものをたくさん持っている。
「面白いのになぁ」
急にどこか少ししんみりした空気になる。
飲み会あるあるなのかもしれないなぁ、笑った後に謎にしんみりするやつ。
5、6本泡の筋がいった空のジョッキを眺めながら、精神のどこかがほんの少し痛むような感覚を不思議に思った。
その後も他愛ない話や情報探り合戦が続き、結局2時間弱飲み食いした。
かなり飲んだにもかかわらず、3人ともヘベレケになるようなことはない。さすが、酒の名前を冠するだけある。
これ申請したら組織の経費で落とせるのだろうか……なんてどうでもいいことを考えて会計をして(割り勘が面倒なので結局私が持った)、タクシーを呼んでもらった。
2件目に行くような仲良しではないし、セーフハウスに帰れば酒は山ほどあるから飲み直したいなら家で飲めばいいので楽だ。
到着した車にみっちりと乗り込んだのは、23時を過ぎた頃。
ライは横幅が大きいので助手席に、バーボンとスコッチにサンドされるように後部座席に詰め込まれ、私たちにしては健康的な時間に無事山の中へと帰ったのだった。