第2章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「町ヶ谷ですね。では1時間後、中央線のホームで」
相手の短い返答を聞き、通話を終了する。
「変更は?」
「特にありません。向こうも任務終わったそうなので、予定通りこのまま町ヶ谷駅ホームで合流です」
「OK、じゃ、行こうか」
無言のままタバコをスモーキングスタンドに捨てるライと、喫煙所のベンチから立ち上がり、ギターケースを背負い直すスコッチ。
私もやたらと重いギターケースとマイクスタンドのキャリーケースの紐を肩にかけ直した。
今日は夕方から組織の野暮任務が入っている。
沿岸部にあるターゲット会社の倉庫を襲撃し、偽札のたっぷり詰まったコンテナを海に沈めるというもので、任務終了時に張り込みの人達が現地に置いて行った組織の車に乗って東都に帰って来るというところまでがセット。
行きはやむなく電車移動をする事になったいいものの、問題は武器の運搬。
普段から楽器を弾くスコッチの妙案で、楽器のソフトケースの底にライフルを隠し、趣味の悪いバンド仲間を装って今に至るという訳だ。
人目に付くので念には念をで、スコッチはフードを目深にかぶっているし、ライはやたら洒落たサングラスをかけている。このサングラス、私物だったら面白いなぁ
かく言う私も、工藤先生の秘書として会っている人物に出くわすとも限らないので、その辺の店先で適当に買った安っぽい眼鏡をかけた。
こんなもので人相が変わるわけもないし、ほんの気休めにしかならないけど。
「次の急行に乗ったほうが早く着くな」
「4分後か」
「時間通りに来ますかねぇ」
「ここは日本だぞ」
そんな会話をしていると、ふと視線を感じた。
視線の方向を感覚でたどって向かいのホームに目をやると、目を皿のようにしてこちらを見る人がひとり。
別に隠れたりもしていないし、怪しくもない。子供?男の子だろうか……?
まぁ、私たちはお世辞にも駅の風景とマッチしてるとは言えないし、おおかた有名人でも見たと思ったんだろう
特に気にもせず、定刻通りにホームに入ってきた電車に乗り込んだ。
空気の抜ける音と共に電車は出発する。
不規則な揺れに軽く身を任せ、車内アナウンスと走行音が響いている。
「電車なんて久々に乗りました」
「オレも久しぶりかも。最近は専ら車移動だからなぁ」
「日本の電車、やっぱりいいですね。誰もスピーカーで音楽聞いてないし、昼間から泥酔して床や椅子に転がってるイギリス人もいないし。何よりクリーン」
「国民性なんだろうな。まぁ終電間際だと、そうもいかないけど」
その後も他愛ない会話をポツポツと続けていると、また後方からかすかな視線を感じた。
うーん、どうも気になる。さっきの子どもがついてきたのだろうか。
でも、あたりを軽く見ても怪しい雰囲気はないし、殺気も別に感じない。
一体何なんだろう。
その後も見られている感覚は付きまとったまま、何度か電車を乗り換えて、バーボンとの合流駅、町ヶ谷に到着。
「おい、気づいてるか?」
「尾けられているな」
2人も視線には気がついたようで、視線の方向を気にし始めていた。
「あの先の自販機で一回巻いて本人に注意しますか?」
「え?注意?」
いかにも解せないという表情をしながらも、2人は提案通りホームの自動販売機に差し掛かった瞬間、その影に立ち止まった。
案の定、ストーカーは少しすぎた先で少しキョロキョロとホームの先を見るそぶりをみせる。
さて。このアドラー様が追いかけたくなるほど美しいのはわかるけど、相手は未来ある少年。注意しに行くか、と影を出ようとした。
が、先に動いたのはなんと、ライだった。
「お前、マスミか?」
「シュウニイ?!!」
シュウニイ?
ライの本名は赤井秀一、だから……秀兄?
となるとこのマスミと呼ばれた少年はライの弟なのだろうか
「ここで何してる」
「秀兄!いつアメリカから帰ってきたの?!」
弟くんは驚きと喜びと感動とが入り混じったような複雑な顔をしている
あれ、いや、もしかして、妹?
声も雰囲気もどことなく女の子っぽい感じだ
へぇこの2人があの河向こうの女王から生まれたのか……
確かに目元なんか特にそっくりで似てるけど、なんか俄には信じられないなぁ
「帰れ」
ライは妹との久々の再会を懐かしむでもなく、冷たくそう言い放った。
「え?」
「帰れ、俺に付いてくるんじゃない」
再び突き放されると、真純ちゃん?の目にたっぷりと涙が浮かんでくる
あーあ、お兄ちゃん、やっちゃったねぇ
取り残された同士、スコッチと“困ったね”と目で語り合う
「……でも、ここがどこかわかんないし、どうやって帰ったらいいか……」
涙をこぼさないように、潤んだ瞳でそう言う真純ちゃん。
間の取り方や挙動からして、これは嘘っぽい。
賢そうだし、年も中学生くらいだし、ここまでついてこられるだけの頭があるし。
久々に会ったお兄ちゃんと離れたくないんだろうな。
でもなんか、これくらいの子を見ると新一くんを思い出しちゃうなぁ
「帰りの金はあるのか?」
「……」
無言になる真純ちゃんに、ライは大きめのため息をひとつ吐いた。
「切符買ってきてやるからここで待ってろ」
俯いてヘコんでいる真純ちゃんにそう言い残して、私たちの方に近づいてくる。
「すまん。俺の妹がつけてきてたようだ。アイツの帰りの切符買ってくるから少し待っていてくれ」
「バーボンもまだ来てないし、平気だよ。ここであの子見てるから」
「いってらっしゃい、
そうからかうと、舌打ちが飛んできた。
改札のほうに消えていくライを見送り、私は重い荷物を肩から降ろして近くにあるホームのベンチに座った。
スコッチがギターケースを下ろし、徐にファスナーを開け始めた。
え、何する気?
「君、音楽好きか?」
ベースを取り出しながら真純ちゃんに話しかけた。
なるほど。うわぁ、優しいなぁ、こういう子放っておけないタイプなんだろうな
「音楽?」
「ああ。これ、ベースギターっていうんだけど、触ったことある?」
「無い!」
さっきまで俯いてあんなにしょげていたのに、もう既に少し元気になっている真純ちゃん。
「アイツ来るまでの間、教えてあげるから弾いてみな」
ケースを細い柱に立てかけるスコッチ。
しゃがんで、自分とベースの間に真純ちゃんを入れてストラップを肩にかけた。
「弦が4本あって、交差するように線が引いてあるだろ。これ、ピアノの鍵盤と一緒なんだ。下から2番目の弦のここ、指でおさえてみて」
「こう?」
「そうそう、で、右の人差し指で下から2番目の弦を弾いて」
「いいの?」
「うん」
ボーンと低い音がぎこちなく鳴った。
「いいね、これが“ド”」
「ド!」
「じゃ、そのまま左手の押さえてる場所を同じ弦の1個下の枠にずらして……」
さっきまでのピリついたものとは一変、辿々しい弦の音と穏やかな空気が漂っている
スコッチは人当たりもいいし、相手の懐に入るのがとても上手い。その点は潜入向きなんだろうな
「上手いじゃないか!君、センスあるな」
「えへへ、そうかな」
おまけに褒め方も上手い
この仕事を辞めたら、いい旦那さんやいい父親になりそうだなぁ
それなのに女っ気がないのは、絶対この仕事のせいだけじゃないと思う。
あの金髪男が常にワンセットで動いてるからだろう。側から見た感じ、お互い思い合ってる恋人同士か夫婦なんだよね
「スコッチ、何してる」
噂をすればなんとやら、某金髪男の声がした。
あの和やかな2人の空気を邪魔するのは忍びないし、私が状況を説明するか
「意外と早かったですね、バーボン」
ベンチから立ち上がり、帽子を目深に被ったバーボンの隣に並んでスコッチと真純ちゃんを後ろから少し離れた場所で見下ろした。
「アドラー、いい眼鏡じゃないですか」
「どうも。ライのサングラスもなかなかなんですよ」
「それは別にどうでもいいですけど、そのグラサン野郎はどこへ?それからスコッチとベースを弾いてるあの少年は?」
そう言ってスコッチの背中を一瞥する。
「あの子ライの兄弟で、道中で彼を見かけて私達に付いてきたみたいなんです。で、今グラサン野郎はあの子の帰りの切符を買いに行っています」
「そうですか」
「あ、そうだ。ベンチに置いてあるギターケースはバーボンの分ですから、自分で持ってください。
「どうも」
腕を組んで、お互いスコッチからあまり目を逸らさずに会話する私たち。
不揃いな音の粒ながら、七音音階が聞こえるようになった頃にライは戻って来た。
「帰りの切符と乗り換えのメモだ。失くすんじゃないぞ。これは帰りに何かあった時のために持っておけ」
切符と小さな紙と一万円札を渡される真純ちゃんは、さっきまでの輝く目とは打って変わって、またとても不服そうな顔をしている。
「もう町で俺を見かけても絶対に着いてくるな。いいな」
「わかった」
「行け」
ばいばーい!と手を振りながらホームの先に走っていく真純ちゃんに手を振りかえした。
「にしてもよく似てますね、あの妹ちゃん」
「どうだかな」
ライはそっぽを向いてそう言った。
歳はだいぶ離れているみたいだけど、同じ親から生まれてきたんだなぁということがよく分かる。
「え、妹?!!てっきり男の子かと……」
驚くスコッチ。
だと思った。真純ちゃんは見た感じ中学生くらいだったし、スコッチは仮にも警察官、女の子と知ってたらもうちょっと違う教え方をしていたはず
「オレかなり密着して教えちゃったよ。悪い事したなぁ」
「でもあの子楽しそうでしたよ。別にやましい気持ちがあったわけでもないんですし、いいんじゃないですか?」
「まぁ怖くて言い出せなかったって事もありますけどね」
バーボンがベンチに立てかけられたギターケースを背負いながら、私のフォローを台無しにした。
「やっぱり?オレこんな髭面だし、嫌だけど言い出せなかったのかも」
今日のバーボンは心なしか少しブラックな感じがする。前の任務、多分ベルモットと一緒だったんだろうな
全員が荷物を持ち、乗り換え先のホームまで歩き始めた。
「アドラーの言う通り、嫌なら殴ってでも拒否してるだろう。……相手をしてくれて助かった。感謝する」
階段を登る途中、後ろをついてきていたライがそう言った
ライからこんな言葉、初めて聞いたかもしれない
「覚えるのが早いから教えてて楽しかったよ。あの子、無事帰れるといいな」
振り向いてそう返したスコッチ。
「ライが感謝なんて、僕たち今日の任務で死んだりしませんよね」
「確かに!弾、いつもの倍量携帯しようかな」
「はは、やめろよ、縁起でもない」
いい感じの空気をぶち壊して、先に階段を上がる私たちを、またスコッチの声が追いかけた。