第2章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「え、荷物、これだけ……?」
「はい。これが全所有物です」
車から荷物を下ろすのを手伝ってくれたスコッチが唖然としている。
あの地下の訓練から3日後の夜。
実際にセーフハウスに引っ越してきた。
引越しといっても、車ひとつ、スーツケースひとつ、小型のデスクトップPCとモニターの入った重い紙袋ひとつ、体ひとつ、だけ。
「ラムにもベルモットにもジンにも話は通したし、心置きなくここに住めるというものですよ。あ、これ預かってきた合鍵です」
ガレージまで降りて迎えに来てくれたスコッチとバーボンにそれぞれ渡した。
改めて広いガレージを見わたす。
3台停められるビルトインタイプで、ガレージの奥に家の玄関の扉があるらしい。一応少し都心から外れた住宅地とはいえ、新宿や東都までは車で15分あればついてしまう好立地、元は金持ちの家だったのかもしれない。
ガレージの中には黒のシボレーと白いRX-7が隣同士で並んでいる。車高の高さといい色といい、ちぐはぐさが持ち主の関係を表しているようだ。
高級車たちと私の乗ってきた中古コンパクトカーが並んでいるのもまたそぐわなくて面白い光景になっている
「なかなか広いですよね。玄関はこっちです」
「荷物持つよ」
「ありがとうございます」
2人に紙袋とスーツケースを任せて、後についていく。
「スコッチは自分の車は持たないんですか?」
「車あんまり興味ないんだよね。何かあればバーボンが乗せてくれるし、組織の車も借りられるしさ」
「そうなんですか。てっきり仲良しだから車好きも一緒なのかと」
「仲がいいから全てが同じというわけではありませんよ。それに僕は車好きというわけではないですしね」
そう言いながらバーボンが開けた玄関のドアには、鍵穴と一緒に指紋認証システムがついていた。
後でセキュリティシステムに入り込んで指紋が無い人間でも開けられるように書き換えておかねば。
中に入ると、広めの玄関に直結してすぐにリビングダイニングと思われる場所があった。
仕切りのない大きな空間は、ガレージと同じコンクリート打ちっぱなしの壁。お洒落な釣り照明があり、無機質な黒で統一されている。
左には使い勝手の良さそうな整頓されたキッチンとカウンター。壁面には酒の瓶がバーのようにずらりと並べられている。
男だけで暮らしてるって聞いていたから、もっと雑多でむさい男子寮みたいなものを想像していたが、その何倍も綺麗だ。
先程のスコッチのように唖然としてしまった。
「オッシャレ〜……本当にここ組織の家? 組織のセーフハウスでこんな綺麗なとこ見たことないんですが」
「ここは元々組織のメンバーだった官僚の自宅で、金を中抜きしていたことが発覚して始末されてからは組織の管轄になったと聞きました」
「へぇ。確かにこの家の作りと立地から金遣いが荒かったんだろうことは伺い知れます」
2人に続いて靴を脱ぎ、部屋に上がる
玄関脇にワイヤーのスリッパ入れも用意されているもののひとつもスリッパの用意はなく、先に部屋に上がっていった2人も使っていないあたり、やっと男が住んでいるんだなという感じがした
「とりあえず、階段下に荷物置いとくよ。この家変な作りだから、先に案内したほうがいいだろ」
「ありがとうございます」
スコッチに案内されて、入り口からは見えなかったキッチン奥の廊下に行く。
一番手前のドアが開けられ電気がつくと、ガラス張りの浴室が目に入った。
「ここは洗面所と風呂。シャンプーとかはこの棚にあるの使ってもらって構わない。まぁ、こだわりのない男共が使ってるやつだから、自分のがあるならその辺に追加しといて。俺ら使わないからさ」
覗き込むと、鏡と洗面台と棚があり、ご丁寧に棚に入っている物はラベルが全部正面を向いている。
「次行くね」
ドアが閉じられて、今度はもうひとつ奥のドアを開けた。
ふわっと洗剤のにおいがした。柔軟剤ではなく洗剤のにおい。電気がつくと、案の定、誰のものかわからないTシャツ数枚と靴下が干されていた。
「ここは洗濯機と室内物干し。最近だとランドリールームって言うのかな?基本自分のものは自分で洗ってる」
パチリと電気が消された。
「あ、俺らは別に何見られても平気なんだけど、見られたくないものとかは部屋に干して」
ドアを閉めながらそう言われる。
「?見られたくないもの?」
「え、下着、とか?」
「ああ、なるほど。ここに干してあったら困りますか?」
「困らないけど、君がいいなら」
「よかったです」
視線を逸らして頭を掻くスコッチ。
さっきから彼はすごく気を遣ってくれるけど、正直、恥じらいなんてものはないし、効率が大事だ。その辺、やはり普通の女性と私とでは感覚が違うんだなぁ
「んで、開けないけど向かいのそこがトイレ。これでここはおしまい。ちょっと戻るよ」
また大きな部屋に戻ると、バーボンが脚を組んで革張りのソファに座り、本を読んでいた。
それを横目に、私の案内人はまたひとつドアを開けた。
「ここは、なんかわかんないけどデカい寝室、多分前の持ち主の部屋だと思う。今は客間みたいな感じで持て余してる」
明かりがつき、寒々しい部屋を照らした。
「君がここ使ってもいんだけど、この上が俺らの部屋だから足音とかうるさいかも」
コンクリ打ちっぱだから響くんだよね、と笑って部屋を閉じた。
「2階には4部屋あって、階段上がってすぐ手前がライ、その隣が俺、廊下挟んで俺の向かいがバーボン。バーボンの隣の部屋が空いてるから、自室にするなら多分そっちの方がいいと思うよ」
「案内ありがとうございます」
お礼を言うと、優しく微笑んで少し満足げな表情になったスコッチ。この人は生来のおせっかい焼きなのかもしれないなぁ。
「バーボンと夕飯用意するから、それまで荷物を部屋に片してなよ」
「えっ、自炊するんですか!3人が?全然想像できない」
本当に想像できない。
100歩譲ってスコッチは分かる。
そこの金髪は、こだわりが強すぎるか、逆に全く無くて毎食栄養ドリンクでも気にならないかの二つに一つな感じだし、長髪に至っては火の付け方すらわからなさそうだ。まぁ私も全く人の事を言えた義理ではないが。
「正確には、俺とバーボンがほとんど。仕事がバラバラに入ってることも多いから作れる人が作って適当に食うみたいな感じ。この辺飲み屋もスーパーもなくて不便だからさ」
「ああ、よかった。少なくともまともな飯を作れなさそうな選択肢は消えましたか」
「うん?」
「いえ、こちらの話です」
階段下にまとめられた荷物を持って、階段を上がった。
2階はもともと下と同じで仕切りのない大きな空間だったんだろう。組織によって後付けされたであろう壁が異様に浮いて見えた。
入って手前がライ、向かいが空室か。
空室と言われた部屋の少し安っぽい作りのドアを開け、明かりをつける。
15畳くらいのやたら広い部屋に、鉄製のハンガーラックとベッドとサイドテーブル。なぜかダブルベッドだ。他は何もない。
向こう一面は窓だった。
どうやらテラスになっていて、隣の部屋と外で繋がっているようだ。
隣は確かバーボンか。あまり遅くまで明かりをつけていると文句を言われそうだな。
スーツケースを開いて5,6着の服をハンガーラックにかけ、靴をその下へ置いた。
もうこれでスーツケースの中身は空っぽ。
それからサイドテーブルにPC等を置いてみたが、どうしてもはみ出してしまう。
「明日にでも机買うかな」
ガチャ
ベッドの上に座りどんな机をどこで買おうか考えていると、ノックもなしに開けられたドア。
「ほぅ、本当に越してくるとはな」
入ってきたのは、やはりこの男だった。
「レディの部屋にノックもせずに入るなんてどういう了見ですか?」
後ろに手をついて体重をかけ、脚を組んだ。
「この目で見るまで信じがたくてな。キラークイーンと同じ屋根の下に暮らすことになるなんて誰が想像した?お前を探すのに躍起になっていたあの頃の俺が聞いたら腰を抜かすだろう」
「キラークイーンなんて何年ぶりに呼ばれたか。それに、3年前にはアドラーとしてあなたに抱かれてるじゃないですか。何を今更同居くらいで興奮して……スコッチ?」
部屋の扉の向こうにその気配を感じて名前を呼ぶと、スコッチが強張った表情でおずおずと出てきた。
「アドラーに飯できたって伝えに」
「ありがとうございます。いま下に降りますね」
「……君たち付き合ってたのか?抱くだの何だのって聞こえてきたから」
「まさか。昔のイザコザをこの人が勝手に押し付けてくるだけです」
ベッドから立ち上がり、部屋を出た。私の後からライも出てくる。
「よく言うぜ。どうであれお前には関係のないことだ、スコッチ」
下に降りると、3つの器に盛られた蕎麦がダイニングテーブルに載っていた。
一緒に来たライを一目見るなり嫌そうな顔をするバーボン。
「ライも食べるんですか?待ってください、今もう一人分茹でるので」
「いや俺はいい」
そう言ってキッチンを過ぎて壁際の棚の酒瓶に直行した。
ため息を吐くバーボンが椅子に座る。私とスコッチも続いて椅子に腰掛けた。
「いただきます」
「どうぞ」
おしゃれで落ち着いた空間と、向かいに並ぶ顔の整った人間。まるで金を払って男を侍らせる“そういう店”のような雰囲気だ。
それとは不釣り合いな蕎麦は全く素朴な味がして、少しむずがゆくなった。