第1章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「だからその時私いったのよ『やめたほうがいいんじゃないの』って、なのに優作ったら……」
酔いが回った有希子さんの話に付きあいながら、彼女に水の入ったグラスを渡した。
「ごちそうさま。俺、本の続き読んで寝るから上あがるわ」
新一くんが自分の食器をまとめ席を立とうとする。
「新一、母さんをベッドルームに連れて行ってくれないか。私はここで日本君と今後の仕事の話をするから」
そうだった、他人事のようで全く考えていなかった。
夫妻がアメリカに移るんだったら秘書も一緒に行くのが当然だろう。
また日本を離れねばならないのは不都合だなあ。適当に理由をつけて離職するのが自然か
「ヘイヘイ、おい母さんいくぞ」
「新ちゃ~ん」
チュチュチュチュ~とキスをしまくって完璧に出来上がっている有希子さんを、とても面倒くさそうに抱き起し、新一君が部屋を出て行った。
「家庭っていいですね」
「それは将来家族を持つことへの憧れかい?育った過去を懐古しているのかな?」
「どう……でしょうね」
どちらでもない。
わたしにとって工藤家のような愛と信頼にあふれた家族像は、羨みと憧れの対象でしかないから。
「少しだけワインに付き合ってくれないかい」
視線を落としていた私に工藤先生が微笑みかけた。
やわらかいのに少し怖い笑み。
先生がセラーにワインを取りに行っている間に食卓の食器をシンクに片し、カウンターにワイングラスを二つ並べておいた。
地下から戻ってきた先生が持っていたのは、ほこりをかぶった赤ワインのボトル。
「開けてもらっていいかな。デキャンタ―ジュの必要はないと思うから」
「はい、もちろん」
いつもやるように手の動くまま栓を抜き、澱を舞わせないようにそっとグラスに注ぎわけて、一方を隣に座る先生の手元に滑らせた。
「ありがとう」
「いえ、こちらこそご相伴させていただきありがとうございます」
二人ほぼ同時にグラスの中で液体を回し、一口含む
芳醇な香りと程よい酸味、渋みが口の中いっぱいに広がった
「君とこうやってゆっくり話すのは初めてだね」
「そうですね、いつもは進捗の会話ばっかりですから」
「君は本当に優秀な助手だよ。仕事もぬかりないし、ワインの開け方も完璧だ」
工藤先生がワインを見つめながら言う。
「初めは少し警戒していたんだけどね。魅惑のアドラーなんて不詳な通り名だったから」
「ご存知だったんですね。」
もう驚きはしないけど、改めてこの大作家の頭脳とリサーチ力には感服してしまう
「今後のことだけどね」
そう切り出す先生と、しっかりと目が合わさった。
「本当はついてきてほしいんだが、君は日本国内で活動がしたいんだろう」
そこまでお見通しなのか……普段はそんな調子じゃなさそうなのに、不思議だ
「だから日本国内で私の中継秘書をしてくれればいい。といっても名前だけだがね。君の表向きの肩書は保証しよう」
そんなの私にとって良いことしかない提案だ。この人はいったい何を考えているのだろう
裏社会の人間を手元に置いておきたいだけか、推理小説家としての興味か。
「そのかわり?」
「そのかわり。当面の間君に新一の有事の際の保護者役を任せたい。」
「私の正体を知った上で何故、そんな……?」
真意が理解できない。
「そんなの決まっているじゃないか。君を信頼しているからだよ。
この数か月間を共に過ごして、君が我々に敵意を全く持っていないことはよく分かったし、しむしろ“こちら側”だという様に私は理解した。それに、能力も高く危険を誰よりも知っている。息子を託すのに最適な人間だと私は判断したんだ。
それにこうでもしないと君を息子に結びつけてられないだろう?」
あっけらかんとそう言った
「だとしても、私は絶対的な味方にはなれません。新一君を危ない目に巻き込んでしまう。皆さんを巻き込むわけにはいきません」
「かまわないさ。息子はもう既に自身を守れるだけの力を持っている。私たちもそうだ。
それに、君と関わりなく、彼の目指す稼業ではそういった連中と関わることも多くなるはず。
目が届くうちにある程度痛い目を見せてでも学ばせておきたいという親心で昔からいろいろ仕込んできたが、今回もそのうちの一つだと私は捉えている」
成長の試練というには、あまりに重すぎやしないだろうか。
黒い世界は常に死や死より恐ろしいことと背中合わせだ。しかしそのことをこの天才作家が知らないはずはない
知ったうえでこんなこと依頼してくるなんて、よっぽど自分と息子に自信があるのか……?
「……わかりました。」
仕方ない。今回は私が折れよう。願ったり叶ったりの条件を無為にする理由は見つからないし。
「差し当たる脅威から新一くんを護り、必要に応じて彼を導く役割を引き受けます。対価として、私の表向きの肩書きの保証をしていただく。とはいえ、私は自分のリスクになりえる新一くんに直接的積極的に関わることはしたくないので、遠巻きに見守るということでも良いですか?」
「もちろん。それから、もし面白いネタが入ったらリークしてくれるかい?小説のネタに困っているんでね」
そう言ってウインクをとばす先生。
この人には敵わないなぁ。
この世で私が「敵わない」と思った人間は片手の指より少ない。彼はそのうちでもかなり上位に食い込みそうだ。
「最初から計算づくだったってことですね」
「さぁ、どうだかね」
ため息をつく私に先生はまた微笑んでグラスを傾けた