第1章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
翌朝。早々にホテルをチェックアウトし、アパート近くでタクシーを降りた。
時刻はまだ7時半。
帰路に着くと、角を曲がる直前、背後に動くナニカを見た。
人気のない道、ましてこんな住宅街でコソコソと歩く人なんているだろうか。
スマホを確認するふりをして止まると、その気配も止まった。
やはりこれは完全に後をつけられている。
しかし、つけられていると分かってしまえば最早こちらのもの。
距離11m、歩く速さ約1m/s。音で推測する歩幅からして身長は170~175前後。靴はスニーカー。やや左足寄りの重心で、若く筋肉量のある男性。左足寄りということは、利き足が右で、ボールを蹴るスポーツなんかをやってた証拠。そう例えばサッカーとか。
またおそらくこの動きからして、尾行は素人だが初めてではない様子……まさか
勘ぐっていても仕方がない。一回巻いて確かめるか
進めば突き当たりになってしまう角を曲がり、奥を囲む民家の 2メートル強はあるだろう塀に一気によじ登った。
案の定ストーカーはやってきて、突き当たりに来たことに驚愕している。
着地音を立てないよう靴を脱いで慎重に後方の塀からおり、キョロキョロと辺りを見回すストーカーの背後をとった。
「おはよ、新一くん」
「うわ!!!!!!!」
「どうしたの、休日なのにこんなに朝早く。散歩?」
そう問いかけると、 「わかってんだろ」 と、目を逸らして小さく呟く新一くん。
「今回は珍しくツメが甘かったね、探偵くん。尾行は気がつかれたら意味がないんだよ」
「っせー!んなこたァわーって……ックシ!!!」
なんとも盛大なくしゃみだ。
「あはは、その感じからしてどうせ昨日の夜からあの辺張ってたんでしょう。春とはいえまだ夜は冷えるんだから……あったかいコーヒーと何か食べ物ご馳走してあげるから、家に来なよ」
笑いながらそう言い、新一くんの着ているパーカーのフードをつかんでその頭にかぶせた。
「家、って、え?お前、俺を自宅に入れる気か?」
「うん。なんで?嫌?」
「え、なんでって俺……尾行、してたんだけど……」
新一くんが尻すぼみになりながらしどろもどろに答えた。
「べつに、私が気にしてないんだからいいんじゃないの?ストーカーを家に入れようが、殺人鬼だろうが」
「そう、か……?」
トボトボと家への道をふたりで歩き始めた。
ちょっとした沈黙の散歩が5分くらい続いた後。
「ここ」
「わぶっ!急に止まるなよ!!!」
角を曲がってぴたりと停まると、背中にしっかりと追突された。
意外と鈍臭い所もあるんだなぁ
弟みたいですごい可愛くなっちゃう
「米花町2丁目23番地、木馬荘、築40年。外観がちょっとボロなのと壁が薄めなのが玉に瑕だけど、東都の中心にしては家賃も安くて生活の便もいい。独り身に優しいアパートです」
「住所まで自分から堂々と教えちゃっていいのかよ…」
「そしてその103号室!1DK、南向きで日当たり良好、コンロは2口、風呂トイレ別!おまけに収納たっぷりな隠れ超良物件ですよ」
新一君の言葉は聞こえないふりをして、古い革のキーケースから鍵を出して鍵穴に挿し、施錠を解く。
それから、まるでエスコートするように扉を開け、その横で仰々しくお辞儀をした。
「ようこそ、我が城へ!実は新一君が初めてのお客さんです」
若干、否、かなり引き気味の新一君の背中を押し、入室を促した。
「お、おじゃまします……」
靴をきちんと揃えて脱ぎ、小さくそうつぶやいて、新一君は部屋にあがる。
こういうところに育ちの良さが出るんだなぁ
「その重そうなカバンはその辺に置いて、適当に待ってて」
コートを脱いで玄関脇に掛け、台所で手を洗う。 ついでに細口のケトルに水を入れ、火にかけた。
「随分殺風景な部屋だな。ここホントに女の部屋かよ」
「失礼ね。生活感が無くてホテルみたいで素敵って言うべきよ。あ、新一君ってコーヒー、大丈夫だった?」
「ああ。」
食卓の椅子に腰かけて少し居心地悪そうに辺りをキョロキョロと見回している新一君。
「物色したいんでしょ。散らかさないならいいよ」
「へ?」
「違うの?私のこと探ってたみたいだし、実際住んでる部屋に入れる機会なんてそうないだろうから、いろいろ物色したいのかなって。まぁ、ダメって言っても後でトイレに行くとか言って結局色々調べるつもりだと思うけど」
驚きを通り越した顔とはまさに今の彼の表情だろう。
「……マジで言ってんのか?」
「マジで言ってるよ。まぁ出てこない自信があるからだけどね」
「じ、じゃあ遠慮なく……」
そわそわと立ち上がり、こちらを気にしながら部屋を探り始めた新一くんを尻目に、私は冷蔵庫から卵をふたつ取り出した。
家中にコーヒーとパンの香ばしいにおいが満ちる。
「できたよ、席どうぞ」
「お、おう」
おずおずと椅子に座る新一くん。
これくらいの歳の子は本当に可愛いな。 こういうこと言うと犯罪臭がする。いや、中学生を家にあげてる時点で、この国ではもう犯罪なのだろうか。
「いただきます」
「い、いただき…ます…」
私が早速食べ始めるのと対照的に、目玉焼きののったトーストを目の高さにあげて少し観察するような仕草をした。
「毒とか盛ったりしてないから安心して」
「ここまで来て、んな事考えちゃいねぇよ」
新一くんもガブリと大きな口でトーストに齧り付いた。 ザクザクという心地よい音だけが暫く続く。
「何か聞きたいこととかないの?答えられるものなら答えてあげる」
特別だよ、と少し微笑んだ
私はかわいい歳下の子には弱いのかなぁ。世界を股にかける情報屋なんて言われる私が、こんな中学生の男の子相手に詮索を許すなんて。
「じゃあまずひとつ…」
新一くんが半分まで減ったトーストを皿に置いて、パンくずを指から払いながら言った。
「うん?」
「……朝帰りの理由は?会社員じゃねえんだから残業ってわけでもあるめぇし」
他にいろいろあったろうに、まずそこかぁ
私が少し眉を顰めると、新一くんが冗談めかして片眉をつりあげた。
「人には言えない別の仕事してるとか。この部屋じゃ恋人も居なさそうだしな」
失礼な!とは思ったが、言われっぱなしは癪だし、これは生真面目に答えるのも違う気がする
「本当に知りたいの?なんなら、教えてあげようか…?」
仕事用のお色気面をして頬杖をつき、机の下で向かいに座る彼の足に自らの足を絡ませた。
「っ!!や、やっぱいい」
先ほどまでの威勢はどこへやら、耳まで真っ赤になっている。
足を引っ込めたかと思うと、顔を逸らして手で口元を隠した。
その姿が新鮮で、可愛くて、面白くて、吹き出して笑ってしまった
「アハハ、冗談。からかっただけ」
笑っている私を、まだ耳の赤い新一くんが膨れて睨みつける。
「まぁ大人には色々あるのよ。やっぱり、中学生の男の子ってこんなこと気になるの?」
はぐらかして答え、やりすぎちゃったかな?と少し反省した。
ばかにしやがって、という彼の小さなぼやきを微笑んで聞きながら、コーヒーを一口飲んだ。