第1章
夢小説設定
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ホテルの一室。
バスローブ一枚だけを羽織ってあまり乱れていないシーツの上に座り、帰り支度をするジンをただぼうっと見ていた。
ジンとはたまにこうしてセックスをする。
といっても、ピロートークも何ない。お互いただ満たされないものを満たすだけの機械的な行為で、言ってしまえば暇つぶしのようなもの。
そして、ジンから誘ってくるときは朝方までホテルの部屋をおさえてあるくせに、彼はことが終わるとすぐに帰る。
この関係が始まってもう何年もたつが、いつもたいして広くない部屋に私を一人残して消えるのだ。
「どうせ車で寝るならこの部屋に泊っていけばいいのに」
やっとベッドから立ち上がり、部屋のマッチを擦ってジンの銜えた煙草に火をつけた。
「お前が寝込みを襲わない保証がどこにある」
煙と共に彼がそう吐き出す。
「魅惑のアドラーに寝首を搔かれるなんて、勲章ものよ?」
「フ、冗談じゃねえ」
彼の服の背中のしわを伸ばし、トントンと軽く叩いてから再びベッドに腰かけ脚を組む。
「ボスに、久々にアドラーが会いたがってるって伝えて」
「テメェでやれ」
そう言い放ち、帽子を目深にかぶって部屋を出て行った。
後に残った苦いタバコの臭いがじっとりとまとわりつく。
さて、明日も朝から工藤邸に行かなきゃいけないし、これからタクシーを拾って仮の住まいに帰ろうか、それともしばらくここに留まろうかと外の光を見ながら考えていると、 prrrr… 静寂を切り裂いて、電子音が鳴った。
「随分おそくにかけてくるのね、シャロン」
「この時間じゃなきゃ貴女出ないでしょ」
電話の向こうで小さくカランと氷のなる音がした。
「今度、貴女にバーボンを含めた組織の新人3人を任せるってことになったわ。多分そのうち仕事の依頼として誰かが連絡すると思うけど、先に伝えとこうと思って。」
声が反響している。どうやら湯船の中で仕事終わりの晩酌中のようだ。そこから電話とはベルモットらしいといえば、らしい。
「さっき聞いたわ。いつもとは桁が違くて驚いた」
「…あら、ジンと一緒に居たのね」
少し私に嫉妬しているかのような口調で言った。
誰から聞いた、とは言っていないのに、ジンのことに関して彼女は鋭い。
「はぁ…何度も言ってるけど、わたしとジンは貴女の想像してるような関係じゃないわ。ただ欲求不満を解消する仲ってだけ」
「気にしないで。私達もうとっくに終わってるから」
そういえば、ベルモットとジンは付き合ってたんだっけ。
確かずっと昔…ジンがコードネームをもらってすぐ位の時にそういう関係だったという話は噂で聞いている。
でもあのジンが人間を、ましてや女性を好きになるなんてことは考えられない。きっと今の私達みたいにほぼ体だけか、彼女の一方通行だったんだろうということが簡単に想像できた。
…この感じからして、ベルモットは今でも彼が好きみたいだけど。
また小さく氷の音が聞こえた。
「そのことは置いといて。今回の件、私があの方に口を添えて貴女を推薦したの。貴女は嫌がるかもしれないけれどね」
「それも聞いたわ。何故なの?教育係なら私より貴女の方が何倍も適任なのに」
「単純よ。調べてもらう組織は最近のものなの。それに対してウチの手法はもう古いし、手数も限られてる。それに、視野を広げて多方面から物事を見れるようになるのは彼らにとっていい学びになるわ」
ものすごく含みのある言い方だ。
「本当は、なんなの?」
問いただすように聞くと、電話の向こうで少し笑った声がした後に、答えが返ってきた。
「鋭いわね。さすがアドラー。本当はね…
……あの子たちを調べてほしいのよ。その結果を私だけに教えて頂戴」
やっぱりそういうことか。
調べる、ねぇ…彼女が安心材料として調べさせるとは思えないし、『私だけに』ということは、彼女が個人的に彼らがノックだと疑い始めているということなんだろうか
「それが真の目的って訳ね」
呆れたように私がそう言うと、電話の向こうからくだけた笑い声が聞こえてきた
「目的だなんてたいそうなものじゃないわ。これはあくまでおまけ。本当に、私は貴女の能力を買ってるのよ。だから彼らで自分のコピーを作るつもりで叩き込んで頂戴」
うーん、ここで彼らの素性までバレてしまっては面白くない。もう少し熟成して様子を見たいところだ。多分ベルモットもこちら側の人間だろうしなぁ
部屋についている小さな冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを出し、喉を潤して、言った
「『今は』彼らを調べる必要はないわ」
「それどういうことなの?」
「秘密。言うべき時が来たら知らせるわ。貴女もよく言うじゃない、秘密を着飾って女は美しくなる、って。まあ彼らは立派な男の子だけど」
「アハハハ、なんか開戦前に一本取られた気分だわ」
一際溌剌な笑いが起こった後、ザバァという水音が聞こえた。
「ねぇ、貴女シェリーを知ってる?」
少し経って彼女が問いかけてきた
「シェリー?組織の人間?」
名前からしてコードネームだろうが、聞いた記憶はない
「ええ。組織の科学者。貴女も知ってるでしょ、ジンがネーム持ちになる前にアメリカで面倒見てたあの娘よ」
あの子か
コードネームを持つ前のジンとも、当時少しだけ仕事を共にしたことがある。
今以上に人当たりの悪かった彼が、組織に殺された両親の代わりになってアメリカで少女と一緒に暮らしていると聞いて、にわかには信じられず、昔家を訪ねに行ったことがあった
エレーナさんの次女、宮野明美の妹
赤色がかった栗毛が素敵で寡黙な女の子
確か名前は…
「宮野志穂よね。彼女がシェリーなの?でもあの子、まだ確か14、5歳だと思うんだけど」
「アメリカから帰国して、少し前からコードネームを持つようになったの。あのヘルエンジェル等の研究を引き継いで例の薬を研究してるみたい。件の事故で消えたAPTXも焼け残ったデータから復活させるんじゃないかって」
へぇ… 普通に暮らしてたら『天才少女』だの何だのって騒がれただろうな
「近いうち会ってみたいわ」
「すでにそのつもり。じゃ、また連絡するわね」
「ええ」
静かに通話を切り電話をベッドに放り投げた。
またしばらく、キラキラと夜景が虚しく輝く窓の外をぼんやりと眺める。
「泊まっていこうかな」
小さく独り言を言って、思い切り糊の効いたシーツに倒れこんだ。