いのちのはなし





それはアレンがミランダの部屋に招かれた時の出来事であった。



「この時計はおばあちゃんの形見なの、とっても綺麗でしょう?」

そう言ってミランダは自慢気にアレンにオープンフェイス型の懐中時計を見せつける。
ミランダはいつも胸にこの懐中時計を下げている。
デジタル時計が主流のこの時代にそれはとても珍しい事だといえた。

「おばあちゃんとの約束でね、毎日この部分を決まった時間に回すのよ」

そう言ってミランダは得意そうに懐中時計の竜頭の部分をくるくると回してみせる。
亡くなった祖母との約束をしっかり守っているミランダのおかげで懐中時計は今日もチクタクと時を刻むことができる。
アレンは自分の先輩であるその懐中時計がミランダに大事にされている事をとても羨ましく思った。

「アレンはもう家族だから、特別にこの時計に触らせてあげるね」

「ありがとうございます」

そう言ってミランダは大切な時計をアレンに差し出してみせる。
その行為をアレンはとても嬉しく思った。
ミランダは言った、アレンはもう家族だと。
自分もこの懐中時計と同じようにミランダの特別になれるのだろうか、そんな事を考えながらアレンは恭しくミランダに手を伸ばした。
その時である、どちらが悪いという事はなかった。
ミランダは自分の宝物をアレンに教える事が出来て少し興奮していて手元を見ていなかったのもあるかもしれない。
アレンはミランダの言葉が嬉しくて懐中時計ではなくミランダを見ていた事もあるかもしれない。
差し出された時計はアレンの手の少し横をすり抜けてフローリングの床へと落ちていった。
アレンにはそれがスローモーションにも見えた。
くるくると回りながら落下するその時計はガラス面を下にして床にぶつかった。
がしゃん、と小さな音がした。

「あっ!」

ミランダが床に落ちた懐中時計を急いで拾い上げる。
そこでミランダが見たものはヒビの入ったガラス面と抜け落ちた針、それから折れ曲がった竜頭であった。
とんでもない事をしてしまった。
とにかくミランダに謝ろう、アレンが口を開いたその時であった。

「出て行って!!」

ミランダの小さな体から出たとは思えない大声がアレンに内蔵されたスピーカーを揺らす。

「お嬢様‥」

「早く出て行って!アレンなんて大嫌い!」

ミランダの言葉にアレンは全身のモータ―が止まってしまうような錯覚に陥った。
なんだ、これは、とても、怖い‥?
アレンは何も考えられなくなった。
ただ自分の主である人間の命令に従って早く部屋を出なくちゃと思った。
スタスタと機械的に部屋を出て扉を閉めた、次の瞬間に先ほどの大声とは比べ物にならないくらいのミランダの泣き声が扉の向こうから聞こえてきた。
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