いのちのはなし

「ああ、おいでミランダ…お前にも紹介しなくちゃね」

男が女の子を呼ぶと女の子が男の足下までとてとてと歩いてくる
そして、見ず知らずの『物』に好奇の目を向けている

「今日から彼は僕達の新しい家族だよ」

「……か…ぞく…?」

男と女の会話に出てきた単語に『物』が反応を見せた

僕が…家族…?僕はアンドロイドなのに?僕は家電製品と何ら代わりはないのに?僕は人間じゃないのに?なのにここの家の人たちは僕の事を家族と?

『物』の高性能(とは言っても一昔前のだが)の脳内チップに、小さく電流が流れるようでした

「はじめまして私はミランダ・ロットーです、あなたはだぁれ?」

子供らしいたどたどしい挨拶を『物』に向けて言う女の子
『物』が女の子の前に跪き、目線を女の子と一緒にする
そして、初めて『物』は自分の名を名乗った


「初めましてお嬢様、僕はローズクロス社製LN型汎用アンドロイド製造番号64,928番です」


『物』が女の子に名前を名乗ったとき、男と女の目が点になった

「? とても長い名前なのね」

「…ああ君…そうじゃなくて…」

ミランダと『物』の頭上から男の声が聞こえてきた

「う~ん、僕達はいちいち君をそんな長い名前で呼ぶ気は無いんだ、第一……覚えられそうにない」

『物』の上から少し困ったような男の声が聞こえてきた

「ねえ、前の御主人はあなたを何て呼んでいたの?」

次に女が『物』に声を掛ける

「前の御主人様ですか?前の御主人様は僕の事を『アンドロイド』と…」

『物』がそう言うと男が自分の目を手で覆った

「ねえ、もしかしてあなたには名前がないの?」

『物』の耳に女の子の声が聞こえてきた

「いえ、僕の名前はローズクロス社製LN型汎用……」

「君…だからそれは名前じゃないよ、それじゃあ僕達を『人間』と呼ぶようなものさ」

「そうね、新しい家族に『アンドロイド』じゃあんまりだしね」

「家族…」

女の口から出た言葉にまたもや『物』が考え込んでしまう

「パパ、ママ、それじゃあ彼に名前を付けてあげましょうよ!」

女の子が何かを思いついたように言った
それを聞いた男と女が明るい顔を見せる

「そうだね、彼も新しい環境に来たわけだし…それはいい事だと思う」

「そうね…それじゃあ『ローズ』君って言うのはどうかしら?」

「お前…それも安直な名前じゃないかい?」

「何よ!それならあなたは何て名前を思いついたのよ!」

「ぼ、僕かい?そうだね…『アンディー』はどうだい?」

「知らなかった…あなたってネーミングセンスが無かったのね」

「そんな、それはあんまりじゃないか…」

「何よ!それにアンドロイドに『アンディー』だなんてあなただって安直じゃない!」

ぎゃあぎゃあと女の子と『物』の頭上で言い合いを始めてしまった男と女
そんな時、女の子が口を開いた

「…アレン」

「「「え?」」」

女の子の言葉に三人が固まる

「ねえ、『アレン』って言うのはどうかな!」

女の子が輝いた瞳を『物』に向けた

「あ…れ…ん…アレン?」

「うん、『アレン』!あなたの名前よ!」

アレン……僕の名前?
アレン……僕に名前?
アレン、アレン、アレン、アレン、アレン……

『物』が『アレン』という名前を反芻する
すると、自分の心臓部分のモーターが自分の意志に反して小さく動くのを感じた
なんだろう、異常かな?こんな症状は造られてから一度も感じたことがないぞ………感じる?

何も言わなくなってしまった『物』を女の子が心配そうに見つめている

「どうしたの?アレンっていう名前嫌?」

「いいえ!」

女の子の声に『物』が大きな声を出した

「大変気に入りました!はい、僕の名前はアレンです!アレンとお呼び下さい!」

目を輝かせてそう言う『物』に女の子も顔を輝かせた

「よかった!よろしくねアレン!」

男と女は女の子が嬉しそうに『物』と握手をしている姿を見て、言い争いを止めた

「…名前も決まったみたいだし、えぇと『アレン』?」

「はい、何ですか御主人様!」

慌てて立ち上がり男に顔を向ける『物』
向き合った男の顔はにこやかな笑顔で、男の口から柔らかな言葉が『アレン』へと向けられた

「それじゃあアレン、ようこそロットー家へ」

御主人と奥さん、それからミランダが柔らかな笑顔でアレンを見ている
アレンは深々と頭を下げて、改めて『家族』に挨拶をした
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