足りない絵の具

いきなりなんて事を言うのであろうかこの男は…嬉しいけれど困ってしまう
ぐいぐいとリナリーの手を引いて自室の扉を開ける神田
部屋の中にあった簡易な椅子にリナリーを座らせると、リナリーの正面で神田は元帥に渡された絵画の道具を漁り始めた

「…動くなよ?」

「…わかったわよ」

リナリーの了解を得ると、神田はスケッチブックに鉛筆でラフスケッチを始めた
その姿を見ているリナリーは…

(全く…いつもいつも強引なんだから…)

っと、心の中で一つ溜息を吐く
しかし今のこの状況に嬉しくなってしまう自分がいるのもまた事実であった

『お前が大切な物描けって言ったんだ』

『だからお前を描く事にした』

(あんな事真顔で言われたら…恥ずかしいじゃない…)

ちらちらと神田を見るリナリー、目に映る神田の姿は意外にも絵に集中しているようであった
何度もリナリーを見ながらスケッチブックに鉛筆を走らせる神田
リナリーの方からは神田の描いている絵は見えない

「……よし」

「終わったの?」

「まだだ、今から絵に色を付けていく…まだ動くなよ?」

神田から意外な返事が返ってくる、どうやら神田は大抵のことに興味を示さないが興味を示した物にはとことん凝る性格のようであった
神田の意外な一面を発見したリナリーは微笑みながら神田を見ている

(ふふふ、何だか不思議…あの神田が一生懸命私を描いてるなんて)

今まで見せた事のない真剣な目つきでリナリーを見ている神田の姿を見ているうちに、リナリーの感情に変化が現れてきた

(うわぁ…神田が私を見つめてる…)

(何だか…恥ずかしいな…)

時折見せる神田の真剣な眼差しに今更ながら恥ずかしくなってしまうリナリー
そのリナリーの変化を神田はいち早く感じ取って…

「……フッ」

先程とはうって変わって、ニヤニヤとした表情でリナリーを見ている神田
今度は逆に神田の変化をリナリーが感じ取った

(な、何で神田は笑ってるんだろう…私どこかおかしいのかな?)

少し、動いて自分の着ている服などを確認しようとしたリナリーであったが…

「おい、動くなよ」

「う、うん」

リナリーが少し動けば直ぐさま神田が釘を刺した
そしてまた、ニヤニヤとした表情でリナリーを見ながらスケッチブックに絵の具を塗っていく…

(ううぅ…何よ…どうして笑ってるのよ…)

モヤモヤとした気持ちがリナリーを支配する
そしてそのモヤモヤが起こしている事で神田が笑っている事にリナリーはまだ気付かない

「……今日はもう止めだ」

「え…?」

突然目の前の神田がそういって筆を置いた

「ど、どうしたの神田?」

突然絵を描くことを止めた神田にリナリーが声をかけるが、神田から返ってきた筆を置いた理由はその時のリナリーには理解出来なかった

「あぁ…絵の具の『赤』が足りなくなっちまったんでな」

「へ?『赤』?」

言われて自分の服装を見るリナリーであったが自分の着ている教団の団服には何処にも赤が使われていない

「神田…赤なんて何処にもないじゃない?」

「フッ…そりゃあお前は見えないだろうな」

「へ?どういう事よ?」


神田の言葉に不思議がっているリナリー…
書き途中の神田の絵…
スケッチブックにはお世辞にも上手いとは言えないが、笑ったリナリーの絵が描かれていた
ただし、その絵のリナリーは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしているのであった…

END
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