K×M短編集
「神田はもう少し小説を読んだ方が良いと思うの!」
「…いきなりなんの話だ」
談話室でくつろいでいた神田にリナリーが嬉々とした表情で話しかけた。
「神田は言葉遣いが悪すぎるから直した方が良いわ、だから、ハイ」
そう言ってリナリーは神田に二、三の本を差しだした。
表紙にはどれも若い男女の絵が描いてあり、読まなくても大体の内容が直ぐさま理解できた。
ウンザリしたような顔を見せる神田であったが、リナリーは嬉々とした表情を見せる。
「神田はそれを読んで恋人にかける言葉を練習した方が良いわ」
「はっ?何を言って…」
「ミランダだって優しい言葉をかけて貰った方が嬉しいはずだもの」
“ミランダ”の名前が出てきて、神田はぴたりと動きを止める。
「おい…何の話だ」
「女の子はいつだって恋人からの甘い言葉を求めてる物なのよ。だから、これを読んで勉強したら?」
リナリーの言葉で普段自分がミランダにかけている言葉を思い出す。
確かにリナリーの言葉に思い当たる節が所々…いや、全般的に当たっている。
リナリーから手渡された本を一瞥する、どう見ても自分には似合わなそうな本だ。
「しばらくその本は貸してあげるからね」
「あ、おい…!」
神田の言葉を背に、リナリーは談話室から去っていった。
仕方なしに神田はリナリーから手渡された本を持って自室へと向かった。
自分の部屋でリナリーから渡された本を読み進めていく神田であったが、ページを捲る度に何とも言えない気分になっていく。
リナリーが渡した本はコテコテの恋愛小説で、登場人物がお構いなしに甘いセリフを呟き、神田には理解できない展開が連続して起こるのだから。
“君が向日葵なら、僕は花の向きに合わせて登る太陽になりたい”
“僕は君と一緒に歩く時は、いつもボタンに花をつけているような気分になるんだ”
小説の登場人物が放つ言葉はどれも神田の理解の範疇を越えていたが、それを言われた女は世界で一番幸福だと返す。
「……どいつもこいつも、頭がおかしいんじゃねぇか?」
恋愛小説に毒づいてみせる神田であったが、談話室でのリナリーの言葉が頭をちらつく。
“女の子はいつだって恋人からの甘い言葉を求めてる物なのよ”
甘い言葉、あの女も自分からのこんな言葉を求めているのだろうか?
そう思うと、神田は理解の範疇を越える小説を読み進めるのだった。
その夜、誰かがミランダの部屋の扉をノックした。
ミランダが扉を開けると、そこには険しい目つきをした神田が立っていた。
「神田君…どうしたの?」
「…入っていいか?」
「勿論、どうぞ」
ミランダが神田を部屋に招き入れる。
しかし、部屋に入っても神田は何も言わずにただじっとミランダを眺めているだけであった。
「神田君…私に何か用があって来たんじゃないの?」
「…………」
ミランダの言葉に沈黙を返す神田。
ミランダが戸惑いを見せ始めたその時、神田がミランダの元へつかつかと歩み寄った。
そして、何も言わずに急にミランダを自分の方へと抱き寄せた。
「か、神田く…ん!?」
突然の出来事に頭が真っ白になるミランダであったが、目の前の神田は真剣な表情でじっと自分を見ている。
ミランダの鼓動が速まり、体温もどんどんと上昇していく。
「ミランダ…」
「は、はい…!」
目の前の神田がゆっくりと口を開く
「ミランダ“君は会う度に美しくなる”」
「…はい…?」
神田の口から出てきた言葉にミランダは唖然とする。
だが尚も神田の口から信じられない言葉が次々と飛び出す。
神田が口を動かす度に、ミランダの目が丸くなっていく。
「“君のその瞳の色が、僕の腕の中で朝日を映し出す様を独り占めしたい”」
「…………」
神田が言葉を言い終えると、腕の中のミランダが小さく動き出した。
そして-
「…駄目…だわ…!」
「あ…?」
ミランダはもう限界であった。
「あはははははっっ!」
「!!!?」
神田の目の前で、ミランダは涙を浮かべるくらいに笑い出した。
「もうっ、どうしたの神田君、ふふっ」
尚も笑いが堪えきれないのか、声を震わせながら喋るミランダ。
神田は自分が予想もしなかった展開にショックを受ける。
(まさか…笑い出すとは思わなかった…)
笑っていたミランダも、目の前の神田の様子がおかしい事に気付いた。
「神田…君?」
「嬉しくなかったのか?」
「え?」
「女ってのは甘い言葉を求めてるんじゃないのか?」
さっきの言葉は自分を喜ばせる為の言葉であったというのを理解したミランダ。
「そうね…全部が神田君の言葉だったら嬉しかったわ」
「あ…?」
「だって…全部の言葉が棒読みなんですもの」
確かにそうだ、自分の言葉はただ小説のセリフを暗記して片っ端から言っていっただけだ。
「でも、一つだけ嬉しいことがあったわ」
「…なんだ?」
「神田君が私を喜ばせようって思ってくれた事」
笑いとは違う、喜びの表情を見せるミランダ。
神田はこの顔が見たかったのだ。
「何があって神田君がああいう事をしたのかは分からないけど、私はいつもの神田君が好きだわ」
「いつもの…俺…か…」
ミランダの言葉を聞いて、神田の口角が少し上がったのにミランダは気付かなかった。
「それじゃあここからは俺らしく行動させてもらうぞ」
「へ…!?」
気付いたときにはもうミランダは、ベッドへと押し倒されていた。
神田は何も言わず、ただ行動でミランダに愛を伝えた。
【ただ愛することによってしか、愛し方なんてわからないんだ】
END
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