第1章
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「どういうつもりだ!」
「んー、誘拐?」
「は!?」
スネイプ君を、コークワースの公園からいきなりクラウチ家の自室に直接連れ込めば、彼は焦ったようにあたりをきょろきょろと見渡した。ポートキーにしたふわふわの白いウサギのキーホルダーをまだ握りしめていてとても可愛い。
「うん、別にそんな危害加えるわけじゃないよ。普通に勉強教えてもらおうと思ったんだけどさ、ほら、ふくろう試験の復習しようっていったじゃん?でも普通に呼んでもつまらないからさ、ちょっとサプライズしてみようかなって」
「君には!常識というのもが備わってないのか!」
「ごめんってぇ、そんなに怒るとは思ってなかったよぉ」
口から唾が飛んできそうな勢いで怒鳴るスネイプ君にちょっと困りながら、私は謝罪を繰り返した。スネイプ君はいくらかぷりぷりと怒鳴り散らして部屋を歩きまわった後、あきらめたように渋々椅子に腰かけた。
「ごめんね、ちょっとした冗談のつもりだったんだけど……」
「君にまともを期待した僕が馬鹿だった」
「ごめんごめん」
とりあえずひたすら謝りながら、私は上着を脱いでクローゼットに掛けた。
「君が帰りたい時にちゃんとお家に返すよ」
「今」
「あ、明日以降で……とりあえず、ご飯の前にシャワー浴びちゃわない?公園、ちょっと暑くて汗かいたし」
正直ちょっと、臭うのだ。スネイプ君、しばらくお風呂に入ってない匂いがする。公園で会った時から気づいていたけど、気づかない振りをした。彼の境遇を思えば当然、夏休み中はシャワーなどろくに浴びていないのだろう。
「……僕はいい」
「スネイプ君も入るの。――ウィンキー」
適当にドアの方を見て、屋敷しもべの名前を呼んだけど出てこない。私は軽くため息をついてからもう一度名前を呼んだ。
「ウィンキー、聞いてるんでしょう?パジャマ持ってきて頂戴、紳士ものの」
そう声をかけたら、ウィンキーはバシっと音を立てて部屋の隅に姿現しした。
「お待たせして申し訳ありません!」
その声と表情が、渋々命令には従うけど不本意だと分かりやすく告げていた。
「はいはい、ありがとう。紳士もののパジャマ、ゲスト用のストックあるでしょう?新品のやつ。あれお願いできる?」
「はいかしこまりましたっ!」
やや乱暴にそう返事をして、ウィンキーは再び大きな音を立てて姿くらましした。スネイプ君はしかめっ面のまま、眉を寄せてウィンキーが居なくなった床付近を見つめている。
彼の家には当然屋敷しもべは居ないだろうけど、純血のお友達も多いし見たことはあるだろうか?それとも、お友達と言いつつ家に行くような関係ではないのだろうか。
「ウィンキー、悪い子じゃないんだけどね。ちょっとクラウチ家が好きすぎるというか。養子の私が嫌いみたいなの。まぁ気にしないで」
「……ああ」
スネイプ君がウィンキーに気を取られているうちに、彼の手を引いて、こっちだよと部屋の奥にあるバスルームに連れて行った。
「ホグワーツのシャワーブースとそこまで勝手変わらないから普通に使ってね。これ、シャンプーとかリンス。好きに使って」
「……僕はいいと言っただろ」
「ちょっと耳が遠くなっちゃったみたい、年寄りだから。タオルとバスローブはこれ使って。スリッパここに置くね。着替えは用意しとくから、先入って」
弾丸のようにそう伝えて、私は反論を聞く前にバスルームを出た。数秒後にはウィンキーが出てきてパジャマを持ってきて、私は先日買っておいた紳士もののパンツと一緒にそれをベッドの上に置いた。
流石に怖いだろうなぁ、突然家に連れ込まれて、ワケあり同級生に下着まで用意されたら。これが男女逆ならトラウマかも、反省はしているつもり。でも彼のこれから先の未来を真剣に考えるなら、今無理にでも介入するべきではないかと。
なんていうかあれね、人を救うのは難しいと児童福祉系の人が話してるインタビューを読んだことがある。彼らはまず、自分の幸福を自分で願うことを知らない、幸福を望まれたことが無いから。つまらない言い方だけど、自分で自分を大切にすることが人間の健やかな精神と肉体には必要であり、身だしなみを整えるとはそういうことなのだと。だからその施設では、なるべく全員の誕生日に、誕生日会をするらしい。
小学校の時、いわゆる放置子みたいな子がクラスにひとり居た。服はしわしわ、なんか臭う。多分グレーゾーンの子だったと思う、勉強も苦手そうだった。なんとか菌って呼ばれてた、もう名前も忘れた。私はその子とたまにお喋りをした。絵が好きな子で、授業で使うはずのノートに色んなアニメみたいな下手くそな子供らしい落書きをしていた。その子のすえた匂いとか、私はあんまり気にならなかった。人が生きるとこういう匂いがするんだな、と思うだけだった。
何故彼女と仲良くしていたのか、理由を考えるとハッキリしない、というよりいくつか浮かんで絞れない。自虐的に考えるなら、彼女は私より明確に下だから私は優位で居られたんだとか、嫌われ者の彼女には友達なんか私以外居なかったからそれが心地よかったんだろうとか。
優しい自分にも酔っていたのかもしれない。それでも確かに、私は彼女と過ごす時間がどこか好きだった。ゆっくりと笑い、人の目を気にしないようなその生き方が好きだった。今思えば、その子だって他の子の目を気にしていなかったわけじゃないと思うけど。
今のスネイプ君を見ていると、やけにその子を思い出す。彼女は今も元気にしてるだろうか。そう言えば、いつからあの子と仲良くするのをやめたんだろうか。
そんな思いに耽っていた数分後、まさにカラスの行水と言いたくなるような速さで髪から水を滴らせたスネイプ君が出てきた。
「……早くない?」
「……そんなことない」
私はスネイプ君の手を掴んで、それが氷のように冷たかったので顔をしかめた。
「お湯、気にせず使っていいよ」
「別にいい」
「……だめ」
しょうがない。私は腹をくくってミニスカートと靴を脱ぎ、スネイプ君はぎょっとして一歩下がった。そりゃそうだろう、とんでもない痴女に襲われると思ってるに違いないし、これからやろうとしていることはそんなに間違いでもない。
「こっち」
強引にスネイプ君の手を引いて彼のバスタオルをはぎ取り、再びシャワーブースに押し込んだ。スネイプ君の白くて細い腕や腰、体のラインがとても綺麗だと思った。
そんな趣味はないつもりだけど、白人の男の子の16歳ってよく見ると凄く良い、天使が育ってエデンから下界に降りてきましたとでも表現したらいいのだろうか。全てにおいて瑞々しい美しさがある。これを目に焼き付けて絵に残したら、良い作品が描けそうな気がした。
「なっ、ちょ……!」
隠すものがなくなったスネイプ君は当然慌てたけど、雰囲気にのまれるがまま二人で一緒に狭い空間に入った。壁にあるレバーをくいっとひねれば、最初はちょっと冷たい水が出てすぐに適温のお湯になった。
私の薄手の白いTシャツは一瞬で水にぬれて、肌に張り付き、ブラジャーがくっきりと透けて見えた。スネイプ君はそれを見てごくりと唾を飲み込んだ。
「私はいっつも最初に頭を洗う」
そう言いながら、私はお湯を止めてシャンプーを2プッシュ手に出し、手を伸ばしてスネイプ君の頭を少し強引に洗った。頭がぐらぐらしないように半ば抱きしめるように胸に顔を押し付ける。案の定、石鹸はちっとも泡立たなかった。
「い、いいかげんにしろ……」
スネイプ君は小さい声でそう言いながら両手で私の肩を押した。力はほとんど入ってなくて、体が密着してスネイプ君の固くなったあれが私の体に当たってるのがわかった。
「シャンプー、1回目はあんまり泡立たないから、すぐに流しちゃう」
私は淡々と説明に徹しながら、またお湯を出してスネイプ君の髪に残った泡を流した。
「シャンプー何回もすると髪が痛むからよくないって人もいるけど、まぁ好みだよね。私はもこもこに泡立つ方が気分がいいからすき」
スネイプ君はもう反論もできずに、ただ目を閉じてこらえるように棒立ちしていた。あのセブルス・スネイプと言えども今はピュアな16歳の少年。さすがにちょっと申し訳なくなって、もこもこの泡を流しながら緊張をほぐすように頭や首の後ろを軽くマッサージした。美容院で髪の毛を洗われるとよくやってもらうあれ。でも自分より少し背の高い男の子にやろうとすると案外難しくて、なんかレスラーが相手の頭を抱えてるみたいに思えてくる。
「このっ、首の後ろを押すと気持ちいんだけどっ、……まぁいいや。家のシャンプーでそこまでしなくて」
「……何をずっと一人で喋ってるんだ」
「その方が楽しいかなと思って」
君が緊張しないかなと思って。なるべくなんてことなさそうにほほ笑みながら、私はもう一度シャワーを流して3回目のシャンプーをした。ようやく綺麗に泡が立つようになって、私は満足した。
「かわいい、見て、猫の耳」
「人で遊ぶなよ」
気まずそうに目を逸らして、顔を赤くされると本当に可愛くて仕方ない。死ぬほど強く抱きしめて首筋を吸ってみたい。こういう衝動、キュートアグレッションという名前まであるらしい。人間の赤ちゃんや幼い動物など、かわいいものを見ることによって引き起こされる攻撃的行動・衝動の総称。きっと世の中、私が知らないだけですべての現象に名前があるのではないだろうか。
「あ、ごめんくすぐったい?どのくらい力入れていいのかわかんなくて」
「自分でやるからっ」
「だめだよそんな暴れたら、狭いんだから」
ねぇ、女の子とセックスするためだと思えば体も洗う気になるかな?君が自分の体を大切にしたいと思うなら、理由は何だっていいと思う。
なるべく下を見ないようにしながら、おへその下に当たっている固い感覚に目を細めた。
シャンプーを流して、今度はボディソープをたっぷり手に取った。
「ボディソープは、手でちょっと泡立ててから洗う。これも私は、なんとなく上から洗う。首、肩、腕、わきの下、脇腹……」
ひとつひとつ実況しながらぬるぬると洗っていく。なんてエッチなんだと自分でも思うし、スネイプ君が多分くすぐったくて息を殺して身じろぐたびに私の中でなにか違う感情が芽生えてしまう。
なんというか、はっきり言って虐めたい。我慢しながら喘いでいるところを見てみたい。恥ずかしがってるところを余すことなく眺めたい、君が悦んで顔を歪ませるところを見てみたい。こんな変態とシャワー浴びることになってごめん、ほんとに。
「背中、お腹も……ココも」
「っ……!」
がちがちに固くなったそれに触れて、緩くつかんで数回上下に動かしたらそれだけでスネイプ君は体を震わせて最後まで溜まっていたものを出した。手に触れたそれが思ったより大きくて、ほんの少しだけ私も息を飲み、体が勝手に期待してしまう。お腹に掛かったそのとろみのある液体を気にせず、私はスネイプ君の体をやさしく抱きしめた。
「っ、はっ、……!」
「ん……かわいい……」
「こ、の……!」
顔を真っ赤にして何かを言いかけるスネイプ君の唇をキスでふさいだ。スネイプ君は私を引きはがそうと体に力を入れたけど、私がキスをしたまま股間を触ったからまた動きが鈍くなった。出したばかりで萎んで手の中にすっぽり収まるのがかわいくて興奮する。スネイプ君の小さくなったあれをやわやわと揉んで、ついでに陰嚢の裏までしっかり洗えば彼は息を飲んで抵抗を止めた。
「ちゃんと全部、洗うんだよ……?根元から……先っぽまで」
キスの合間にそっと笑ってそう囁けば、スネイプ君はやっぱり黙って私の手を受け入れた。お尻の穴まで洗いたいと思ったけど、それはさすがに可哀そうに思ってやめておいた。私はまた2プッシュボディソープを足して、そのままゆっくりしゃがんで片膝を立て、そこにスネイプ君の右足をのせた。スネイプ君はバランスを崩して、壁に手をついている。目線の高さにスネイプ君のペニスがあって、ちょっと観察したい気持ちを抑えてひたすら足の先を見た。
「足も、指の間までちゃんと洗うの。匂いが残っちゃうからね」
そう言ってマッサージをするように足の裏まできれいに洗って、左足もそうしてからゆっくり立ち上がった。スネイプ君が顔を真っ赤にしたまま、呼吸を荒くして言葉をなくして私だけを見ている。ああ、16歳の男の子にこんなこと教えている私はどう考えても悪い大人だ。
またシャワーを流して体中についたボディソープと、スネイプ君が出した精子を洗い流した。
「本当はお風呂にゆっくりつかりたいんだけどね。この部屋のお風呂、バスタブが無いから……。で、最後に顔を洗うの」
「っ、それくらい、自分でやる……」
「ほんと?」
手のひらに出した洗顔を泡立てながらスネイプ君の両手を掴む。ぬめぬめとお互いの手をこすり合わせて、もうそこだけで4つの手のひらが小さなセックスをしてるみたいだと思った。
「気持ちいいね」
「……君はもう……痴女だな」
「嫌い?」
「嫌いだ……」
スネイプ君はそう言いながら、私の手を熱心に洗うので少し笑った。これは君の顔を洗うための泡なのに。そのままそっとスネイプ君の頬を撫でて、耳の周りをゆっくり洗っておでこをなぞった。スネイプ君はくすぐったそうにして体を離し、雑に自分の顔を洗って今度は自分でお湯を出した。
二人の頭の上からシャワーが流れ続けて、私はお湯を避けるように少し目を細めた。これで頭の先から足の先まで、ようやく全部綺麗になった。
「君は……?」
「うん……?」
「君も、洗うだろう……?今、ここで」
「うん……」
確かに、それはそうだ。散々スネイプ君の体を弄繰り回して、自分だけ服を着たままおしまいではちょっと不公平だ。でも私がこの狭い空間で脱いでしまったら、もうそれはさすがに最後までしてしまうだろう。したくないわけじゃない、別に。
でもこの体は私のものじゃないし、スネイプ君のたぶん初体験をこのまま奪ってしまっていいのだろうかと思うと答えが出ない。まぁでもシャワーを一緒に浴びて手で抜いて、セックスだけダメな理由もないか。
「脱ぎなよ、服」
16歳。子供というには体はもう十分に大きくて、でも大人と呼ぶにはまだ心が幼い。スネイプ君の少し不安そうで、怒ったように私を見る目が可愛い。しっかりこんなことも想定して、わざわざ下着を新調して上下揃えた私もやる気満々だ。
彼の濡れて張り付いた黒髪から、一滴の水滴が青白い鎖骨へと滑り落ちる。怒りと、羞恥と、誰かと肌を重ねるその疑似体験に、彼のプライドが揺らいでいるのがわかる。
スネイプ君に促されるままにTシャツを脱いで後ろを向き、彼の細い指が不器用にブラジャーのホックを外した。びしょびしょの服をカーテンレールに引っかけて、スネイプ君は後ろからそっと私の胸を揉んだ。
「ん……体、洗うだけだけだよ……」
中身28歳の大人でも、16歳の外見なら16歳の異性と性行為をしても許されるのか。世の中の大人に是非を問いたい。
緊張しながらシャンプーを手に取ってよく泡立てた。その間中、ずっとスネイプ君がくっ付いて胸を揉むから何かのマッサージでも受けてる気分だ。まぁ正直手つきはとてもぎこちないし、ムラムラするというよりはくすぐったい。
「下……履いたまま体洗うの?」
「ううん……」
スネイプ君に指摘されて、私は緊張しながらパンツを脱いだ。そのままシャンプーなどの小物を置いている小さな棚に引っかけて、震える指でボディソープに手を伸ばした。
「……やってあげる」
「大丈夫……自分でできる」
でもスネイプ君がやりたそうにしてたから譲った。スネイプ君がボディソープを手に取って、さっき私がそうしたように手でよく泡立ててから私の体にこすりつけるのをただ受け入れる。肩を撫でて、腕をとって、脇の下から胸に指先を滑らせる。
「ん……ふふ、くすぐったい……」
ボディソープのとろみがローションみたいでちょうどよかった。脇の下をなぞって胸の横を揉まれると悪くないなと思ってしまう。
「そんな洗わなくていいよ」
「自分はやったくせに」
スネイプ君の緊張して少し震える指先が、触ってもないのに固くなった胸の突起に触れた。彼はそのまま急にぐいぐいと引っ張り始めて、私は痛みで少し顔をしかめた。まぁうん、そうよね。
「ん……もうちょっと、優しく……ん、そのくらい……」
ぼーっとする頭で、もういっそのこと性行為のやり方まで教えちゃうのがいいのでは?なんて言い訳を考え始める。これは本番じゃなくて、セックスの練習で、いつかスネイプ君がちゃんと大切な女の子を抱くときに困らないように私が練習台になってあげたらいいんじゃない?
乳首への刺激がぴりぴりと足の先まで届いてむず痒い。
「胸全体も、さっきみたいに優しく揉んでほしい……」
倫理観ってなんだっけ。体をやわらかく震わせながら太ももを擦り合わせちょっとしつこい胸の刺激に耐えた。自分のおっぱいが本当に大きくて、真っ白な肌に今更だが違和感があった。この体は処女だろうか、もしそうだとしたらやっぱり申し訳なくなる。体をお返しする日が来るのかどうか知らないけど。
――今はもう、来なければいいと思ってるけど。
「……こう?」
「……うん、そう……きもちいいよ……キスもして……」
スネイプ君が乳首を弄るのをやめてゆっくりと私にキスをしてくれて、バレないようにほっと息をついた。
「もう、この先はだめ……」
「なんで?君はこっちも洗っただろ」
そう言ってスネイプ君は私のあそこに手を伸ばしたけど、私はその手を止めた。
「……まずひとつ目に、ここはそんなに泡だらけにして洗わないから。あとこの体は、私のものじゃないから」
「……まだそんなことを言うのか?僕に無理やりここまでしておいて?」
そう言われると何も言えない、でもやっぱりなんか違うのだ。
「夜、ちゃんとベッドでしよう……?」
考えてることと言ってることの矛盾がめちゃくちゃだ。断った方が良いと天使が言って、食べちゃえよと悪魔が囁く。ここでお預けは可哀そうだよと天使が言って、焦らしてやれよと悪魔が囁く。
ぐるぐると思考を巡らせながら、私は無意識のうちに唇を噛んでいた。別にさ、良いんだけど、ヤっても。私はいいけど、それってほんとにスネイプ君のためになる?一応彼のためというが、未成年の彼をシャワーブースに押し込む最低限の言い訳だったはずだ。
「……わかった」
スネイプ君は小さい声でそういって、お湯を出して泡を流してシャワールームを出て行った。私は申し訳なさと安堵感の入り交じった感情のままほっと息を吐いて、混乱した頭を覚ますように少し冷たいお湯で体を洗った。
私は結局、彼に何を教えたんだろう。
「間違えた気がするなぁ」
わざわざ声に出して、それも日本語で呟いてみる。彼に触れられた余韻でまだ少し芯に熱が残っていて、心と体の違和感に初めて嫌悪感を持った。この体が自分のものではないと、そう強く感じた。
のろのろと体を拭いてパジャマを着てバスルームを出る。スネイプ君は私が用意した新品まっさらなパジャマを着て、本棚を眺めていた。なんだかその姿がとても愛おしく思えて、やっぱり無理やりにでも一緒にシャワーを浴びて良かったと思い直して小さく頷いた。ちゃんとお風呂に入って綺麗になって、清潔な服を着て、人として当たり前の姿だと思う。
「なにか面白いものあった?」
「別に。……これ」
「ああ、指輪物語ね。この前自分でも買ったの、読んでみる?」
そう言いながら、少し指をなぞらせて『旅の仲間』と書かれた1冊を抜き取った。まずはこれから。
「はい」
スネイプ君は無言のまま受けとって、表紙をじっくり眺めた。
「この表紙、作者のトールキン本人が書いたの。まさが原画版が買えると思わなかった……。すごいよね、本も書いて絵も書いて、天は二物与えるって言うの?もちろん作家として有名なんだけど、絵も評判いい。表紙も、挿絵もね……どっちか分けてもらいたいよ」
本当にしみじみ、そう思う。軽く笑いながらスネイプ君の顔を見て、その髪の毛から水が滴っているのに気づいた。タオルで髪を拭くことすら知らないのだろうか。
「乾かさないと風邪ひいちゃうよ、こっち来て」
そのまま手を引いてベッドに腰かけてもらい、洗面所から魔道式のドライヤーを持ってきた。魔法使いは基本的にすべてを杖で全てを行うけど、未成年や魔法が苦手な人の為に、ある程度便利な道具も多数存在している。
この金属製でレトロ可愛いドライヤーもその一つ。杖のように魔法を込めるだけで使用できて、グレーゾーンだけど未成年でも学校外での使用を黙認されているアイテム。
「男の子はあんま使わない?わかんないけど、女子寮のほうはみんな大抵これを持ってる。魔法で動くドライヤー。上級生の子は杖で簡単に髪の毛乾かすけど、まだ慣れてない下級生とか、髪の毛に特に気を使ってるおしゃれな子とかはこういうの使ってるイメージ」
「……たまにいるけどほぼ見ない」
「そうなんだ」
そう言いながらスイッチを入れてスネイプ君の髪の毛を乾かした。彼の髪の毛がふんわり温まるように、下から優しく温風を当てた。顔に当たる風をちょっと嫌そうに目を細めていて、思わず自分の中に母性を感じながら、抱きしめるようにゆっくりと乾かした。その間、彼は誤魔化すようにずっと手元の本を眺めていた。
「はい、終わり」
スネイプ君の髪の毛がようやくサラサラになり、シャンプーのいい匂いもして、私は機嫌がよかった。毛先がバラバラだから、明日はお風呂の前に髪を切りたい。
「私も髪の毛乾かしてきちゃうから、ちょっと待ってね。本、好きに見てていいよ」
私はまたバスルームに戻り鏡を見ながら長い髪を乾かした。さっきの空気はこのまま有耶無耶にして水に流してしまおう、そんなことを思いながらいつもより丁寧に髪を整えて部屋に戻った。
彼は大人しくベッドで本を読んでいて、私はふふっと笑いながらまたドアに向かい「ウィンキー」と呼んだ。30秒ほどのやや長い間の後、ウィンキーはバシンと姿を現した。
「ウィンキー、夕食を2人分持ってきてくれる?部屋で食べるから」
「はい。承知いたしましたお嬢様」
ウィンキーはそう言ってすぐにバシッと姿を消した。
「いつも部屋で食べてるのか?」
「うーんまぁ気分によるけど、この家も大概なんだよね。父親のクラウチさんもまったく家を顧みない人で、この子のことも家族に相談せずに急に連れて帰ったみたい。まぁそんなの当然お母さんは受け入れられないじゃない?微妙な空気のままホグワーツ行くことになって、この子的には家に居場所がないみたい」
「随分詳しいな、記憶ないんじゃないのか?」
「日記があったの。飛び飛びだけど、そんなことが書いてあった。……まぁ親なんて選べないし、所詮別の人間だからね」
なんとなく、目の前のスネイプ君に届けばいいと思ってそう言った。
「成人したらさっさと一人暮らししちゃえばいい」
そう言えば原作ではスネイプ君ずっと実家に住んでるけど、ご両親はどうしたんだろう?死別かな?両親揃って?それも変だよね。どっちかは離婚して出て行って、残った方は死別、とかかな。
「君は……元の君の親は?」
「え?あー、まぁ普通だよ。とっても普通のマグルの家庭。私は大学……20歳の時から一人暮らししてて、まぁ親に会うのは年末年始くらいだったかなぁ」
「ふーん」
少しすると部屋の空いたスペースに小さなテーブルと椅子が2脚現れて、その上に食事が並んだ。スネイプ君は少し居心地が悪そうに、出されたお肉を急いでほおばった。もっとゆっくりでいいし、カトラリーの使い方もぎこちない。きっとそう、そういうのもホグワーツに来てから見よう見まねで少しずつ覚えたんだろう。
食後はあんまり歯を磨く習慣もなかったようだったので、隣でじっと監視しながら自分も歯を磨いたら、渋々という様子で手を動かしていた。
「ちゃんと磨かないと虫歯になっちゃうよ」
「子ども扱いするなよ」
「歯磨いた方が、その後のキス気持ちいいよ」
「そんなの関係ないだろ……」
「魔法界って虫歯どうやって治すの?」
「普通に、虫歯治しの呪文がある」
「便利ー。羨ましい」
歯医者さんのあのドリルを口に突っ込まれる恐怖は味わったことないのか。そうやってようやく全部の寝支度を整えて、私は当然のようにベッドにスネイプ君を誘った。
「……別に、良いけど」
スネイプ君はちょっとぶっきらぼうにそう言って、こちらを見ないまま布団を捲った。ちらっと見える赤い顔が可愛くて、きっとこの初心なスネイプ君は今晩私に手を出さないだろうなと思った。二人で狭いシングルベットに入って、お互いに端っこでなんとなく背中を向けた。
「ごめんね、ちょっと狭くて。スネイプ君っていつも何時に寝るの?」
「1時とか、2時とか」
「ええ、夜更かし。じゃぁまだ全然眠くないでしょ?」
そう言いながら薄暗い部屋の中、月明かりだけで時計を見た。時刻はまだ11時を少し回ったところだった。
「……だいたい夜は親が怒鳴り合っててうるさくて寝れない」
「……そうなんだ」
思わず眉毛を下げて、私は寝返りを打ってスネイプ君の方を見た。スネイプ君は私に背中を向けたままだった。
「いつでも来ていいよ、この部屋」
「……君は、元の体に戻りたいと思うのか?」
「元の?うーん、そうね体だけなら、あーでもうん、まぁ……」
何とも歯切れが悪くなるのは、元に戻れば否が応でも歳の差が気になるから。きっと今みたいな恋人のような距離では居られないかな、なんて。おこがましいね。そもそも、私の体に戻るってことは、元の世界に戻ることになるのだろうか?存在してるのかもわからない、元の世界に。
「……今はもう、どっちでもいいよ」
どっちでもいいと、いうよりは……。
「僕は……そのままでも別に、いいと思う」
「……え?」
「別に、君がその体に居るのは君の責任ではないし、君が望んでないなら、無理してまで返さなきゃいけない義務は無いだろう」
「……そうだね」
それはつまり、私にここにいて欲しいと思ってくれているのだろうか。
一瞬、世界と自分が切り離されたのかと思うほど驚愕した。君が、他の誰でもなく君が私を望んでくれるのかと。いや、そう思ってほしい、そう思ってくれても問題ないと、そう思って彼に踏み込んできたのだけれど。
やはり小説の印象だろうか、セブルス・スネイプはリリーのものと、頭に強烈にそれが残っている。そうでなくては物語が成り立たないと、半ば強迫観念のように。
ベッドから上半身を起こして、隣で寝ている少年を見つめる。
君が、もしリリーではなく私を心の支えにするならば、私は全力でそれに応えたいと思うけれど、自分の手の届かない範囲で自分に何かが起きるかもしれない。もしそうなったら、君は……?
「あのさ、スネイプ君。もしもの話だよ、もしもまたサマンサ・クラウチがこの体に戻って、私が君の前からいなくなっても、君の人生は続くから。その時はちゃんと、君の人生を生きるんだよ」
「どういう意味だよ」
「私がどこに居て、何をしてても、君の健康と幸福を祈ってる……いつでもずっと」
「……だからそれ、どういう意味」
彼もまた体を起こして、私を見る。酷く機嫌を損ね、怒ったように眉を寄せて、私を睨んでいる。それでも私はただ彼のその目を見た。
「そのまま、そのままの意味だよ」
「……別に、君にそんなことを祈ってもらうような義理は無い」
そう言って目を逸らすのが、やっぱり愛おしくて。
「……そうだね、ごめんごめん。夜中に突然起き上がって」
笑いながらまたベッドに潜って布団をかぶり、彼に背中を向けた。後頭部に痛いほど視線を感じたが、我慢比べのように沈黙を貫けば、彼はまたゆっくり布団をかぶり直した。
この先も一生、ここに残れますように。そう神様に願った。
翌朝、いつも通り自分のベッドですっきり目を覚ますと、スネイプ君はまだ隣でぐっすり寝ていた。時計は朝の6時半、私は学校の生活リズムがまだそのまま残っている。
ベッドのきしむ音にも注意を払い、そっと降りる。昨日、彼はいったい何時に寝たのだろうか。寝る前に余計な話をしてしまった。
顔がこちらに向いていたので、その綺麗な寝顔をじっと見つめた。本当に白い肌、まるで血か通っていないみたいだ。部屋の電気をつける前の、カーテン越しの淡い朝日が静寂そのもので、空間との一体感が心地よい。彼は自分の家でちゃんと食事をとっているのか、せめて夜は眠れているのかと疑問は尽きない。
物音を立てないようにそっとバスルームに行き、顔を洗って、特にやることもないのでデスクに戻って引き出しからスケッチブックと鉛筆を取り出した。
薄暗い部屋の中で少し目を細めながらベッドの上を見る。寝ている彼は動かないから、被写体としてとても良い。少し明かりが足りないが、この曖昧さで描いてみよう。
こうしてデッサンをするとき、想像で描かずに対象をよく見て描くようにと口を酸っぱくして言われる。特に人物画は、2次元的なイラストを描きなれてしまうと、つい自分の中にあるパターンに当てはめてしまう。一度試すとよくわかるが、見たままを正確に描くというのはとても難易度が高い。対象が人体という複雑のものであればなおさらで、ある程度は想像で補う必要がある。ある意味それが絵の個性になり、私の絵が私の絵たる理由になっているのだから、その手癖を殺さなくてもいいと思う。
ただ今だけは、目の前の彼を寸分の狂いもなく写真のように残したいと思った。
真剣に絵を描いて居ると、自分の目で見えるものが本当に真実であるのかと、そういう疑問を抱くようになる。“見る”という動作は、光が眼球の網膜にある視細胞で電気信号に変換され、それが視神経を通って大脳の視覚野に伝わることで、脳が色や形、空間の情報を認識し、映像として知覚する一連の情報処理プロセスのことである。つまり物体は、見るという動作の中で一度情報として処理されているのだ。だから脳の処理にバグがおきれば、物体を正確に把握することはできないわけで、錯覚を利用したトリックアートなんかで大体の人がそれを経験している。
つまり私は今、“自分の脳みそで処理した”目の前の光景を描いているのだ。その仕上がりがほとんど写真と同じものであっても、私にとっては同じものではない。
そう言えばそう、全力で絵を描く楽しさを知った初めの頃は、そんなことを考えるのが楽しかった。このスケッチブックの中は、正真正銘私だけの世界、私にだけ見えている世界なのだと背中を押された気がして。
大学1年生、度重なる合同評定で自分の絵が全生徒の前で酷評される。2年生、何ヶ月もかけて土日も休まず徹夜で描いた絵がコンクールで何の賞にも引っかからない。3年生、同級生がギャラリーに声をかけられている隣で一次審査すら通らない。大学主催のアートフェアで自分の絵だけが売れずに持ち帰る時の惨めなんてものじゃ言い表せないほどの屈辱。
そういうものが少しずつ油の中に溶け込んで、いつしか筆が重くなってしまった。
死んだように4年生にあがり、卒業制作展で素通りされ続ける自分の絵を、私だけが見ていたあの時間ほど虚しかった時はない。
見て欲しかった、私の絵を。私を。誰も見てくれないなら、描く意味なんかないと思った。誰だって最初からそんなことを考えて描き始めたわけでは無いはずなのに、私だって絵を描きたいから描いていたはずだったのに。
彼は、ハリー・ポッターの小説の中で死んでいった彼は、最後に“Look at me.”と言い残した。これは最後まで振り向いてくれなかったリリーへの、最後に残す控えめな愛の言葉だと思っていたけれど、英語を理解しながら1年半過ごすと少し違う認識になった。恋愛的な意味で、想いが届いて欲しいとか、好意に応えて欲しいとか、ましてや自分を愛して欲しいとかそういうニュアンスは“Look at me.”には含まれない。
“Look at me.”という言葉は、単にこちらに視線を向けて欲しい、向き合ってほしい、雑に扱わないで欲しい、そんなニュアンス。まだその言葉を口にしていない目の前の彼に、なぜ最後があの言葉だったのかと尋ねるのはおかしいけれど、聞いてみたい気がした。
ただ緑色の目を見たかった、本当にそれだけ?君が目を見たかったの?それとも自分を見て欲しかったの?
誰にでも求められてちやほやされる、人気者を目指したわけじゃない。そんな軽薄な気持ちで生きてきたつもりはない。ただ誰かに、切実に刺さるものであってほしかった。
「……何を描いてる」
眩しそうに眉を寄せながら彼が目を覚まして、目線だけを動かして部屋の中を確認した。つられて時計に目をやれば、8時を少し回っていた。
「ごめん、鉛筆の音うるさかった?」
「……別に」
隠れるように布団をひっぱり、あくびをかみ殺している様子を見てふっと笑った。
「よく眠れた?」
「その鉛筆の音が無ければね」
「その割にはぐっすり寝てたけど」
彼はそのまま私に背を向けて、また黙って布団を被った。私はまた気にせず鉛筆を動かして、時折指でその線をぼかした。ベッドがきしむ音、スリッパで床を歩く音が聞こえて、彼が起きたんだなと思いながら絵の続きを描いた。
「……ねぇこれ」
「あぁ、うん、君の。着てみて」
先ほど洗面所に出しておいた、新品の紳士用のローブたちだろうと思い、目線をスケッチブックに落としたまま返事をした。用意しておいたのは学校指定のものでない、日常使いの魔法使いの服。なんとなく映画のアラン・リックマンを想像して、細身のフロックコートにローブを羽織る、厳格な秘密主義のような恰好。16歳の彼には少々大人びてるかもしれないけど、それもまたいいだろう。
またしばらくしてガチャリとドアが開く音がして、私はちらりと目線をあげた。
「あぁいいじゃん、似合ってる。サイズもぴったりだね」
「なんでこんなもの……あぁ、クラウチ・ジュニアか」
「え?違うよ、私が君のために買ってきたんだよ。誘拐犯ってのは、連れてきた子が何不自由なく暮らせるように日用品のすべてを揃えておくのが物語の定番なんだよ」
「……は?普段からどういう話を読んでるんだ」
そりゃもちろん、ねぇ?
「着心地はどう?なるべくオールシーズンのものにしたんだけど、さすがに7月だと暑くないかな」
「暑くはないけど……」
落ち着かないそぶりで服を引っ張り、ちらりと遠目で鏡を確認している。普段、学校指定で着ているローブは男女ともに比較的ゆったりとした体のラインを拾わないスモッグタイプだから、こういう服は着なれないだろう。服が違うだけで、ずいぶんと印象が変わる。
「かっこいいよ。もう一枚、絵を描きたくなるくらい」
鉛筆の頭でこんこんとスケッチブックを叩きながら、軽い口調で言った。彼はムッと唇を突き出して、私のスケッチブックを見た。じっとそれを見ているので、無言のままそれを彼に手渡した。止めろとか勝手に描くなとか下手くそとか、彼ならそんなことを言うかなと思って待っていたけど、意外にも何も言わないで無表情のまま絵を見ていた。
――じっと、瞬きもせず真剣に、食い入るように。
それになんだかわたしの方が緊張してしまって、彼の手から取り上げて隠すように閉じ引き出しの奥に詰め込んだ。
「朝ごはん食べようか」
顔を見れないまま、机に向かって話しかけた。耳が熱かった。
「今日はさ、ダイアゴン横丁まで付き合ってくれない?学用品買うのに、一人じゃつまらないから」
「ふくろう試験の振り返りをするという名目じゃなかったのか」
「それもする、買い物の後で、帰ったらやろう」
「優先順位が逆だと思うけどな」
ウィンキーに用意してもらったシンプルなトーストを齧りながら私はコーヒーを飲む。スネイプ君は紅茶を。時計を見ればもう9時半で、いつもよりは遅い朝食になった。
「本当はロンドンにも行きたいし、ビックベンの時計台だって見たい。バッキンガム宮殿も行きたいしウェストミンスター寺院も見たいんだよ。あと魔法省と聖マンゴもね。ちゃんと全部我慢して勉強してるんだから、それくらいいいじゃない」
「ほとんどマグルの観光地だ、あんなものを見て何が楽しい」
「記念だよ、ただの」
「何の」
「……世界を超えて知らない女の子になってしまった記念?」
ハリポタトリップ記念かな。
「君にとってはその人生も娯楽か?正気を疑うな」
「意外と楽しいよ」
食後、歯を磨いてからリビングの暖炉ネットワークを使うために部屋を出た。なるべく誰にも会いたくなかったが、そこでばったりとバーティに出くわしてしまった。
「……なんで彼が家に居るんだ、姉さん」
「いや、だから誤解だってバーティ」
先学期の終わり、パンツお披露目会の時にスネイプ君が居合わせていたため、バーティはすっかり彼にお冠だ。あれはスネイプ君のせいじゃないし、バーティも別に私のパンツをそこまで守らなくてもいいんだけど、ほんとに。
「おまけに姉さんの部屋から……いつからいるんだ、姉さんが呼んだのか?わざわざ?」
「あの、うん、ふくろう試験の復習手伝ってもらおうと思って」
「そんなものいくらでも僕が見る!」
めったに声を荒げないバーティが大きな声を出して、私は少し驚いた。
「うん、ごめんね。そうだよね、勉強、ずっとバーティに見てもらってたもんね。試験結果届いたら、バーティにも見直し手伝ってもらっていい?変身術とか、バーティの教え方わかりやすいから」
バーティは何も言わないまま、顔をぴくぴくと震わせて怒りを込めて私を睨んだ。私は昨日、夕飯に顔を出さなかったから、バーティは両親と3人で食事をとったはずだ。私が部屋に籠って食事をとることは特別珍しくもないが、父親がいるときは必ずリビングにおりていた。バーティがクラウチ氏に詰められるのが嫌だから。昨日は、そのせいで嫌な思いでもしたんだろうか。
「ごめんね、約束するから」
「勝手にしろ、僕はもう知らない」
「あぁ、うん……」
降参するように両手をあげたまま、踵を返して自室にまっすぐ戻っていくバーティを見送った。荒い足音の後、勢いよくドアが閉じられて、その大きな音に思わず肩をすくめる。アレは暫くへそを曲げるだろう、この夏休み中は口をきいてくれないかも。
「あー、ごめん……」
そのままちらりと横を見て、スネイプ君に苦笑いを見せた。
「君が余計なことをして彼を怒らせたとしても、僕には関係ない」
「ん、ごもっとも」
君の感性が人とちょっとズレていてよかったよ、変に恐縮するタイプじゃなくて。まぁバーティにはスネイプ君が帰った後、時間をかけてゆっくり謝ろう。パンツのことには触れない方がいいかな。
まだ使ったことがそんなに多くないフルパウダーを掴んで、ハリーのように灰を吸ってむせてしまわないように慎重に行先を告げた。この時代のノクターン横丁は、さぞかし治安が悪いに違いない。
「みてみて、魔女っぽい帽子!」
「今どきそんな帽子を被ってる学生はいない」
「そうなの?確かに、派手な帽子被ってるのってちょっと年配の人に多いね」
学用品店ではしゃぎながらいろんなものを手に取り、スネイプ君が使いそうなものを中心に次々とカゴに放り込んだ。ローブ、シャツ、靴下、ハンカチ、羽ペン、インク壺、羊皮紙。
「ちょっと待て、そんなに買う予定はない」
「いいよ、私払うから。前も言ったじゃん?これはただの他人のお金だって。クラウチさん、せっかくいい人アピールのために引き取った孤児がみすぼらしい格好してたら評判下がるからね、いつもそれなりにお小遣いくれるの。だから遠慮しないで使えばいいよ。面の皮は厚い方がいい。人の金で飲む酒は旨い」
今度は鞄のコーナーで足を止め、右と左を見比べながらしゃべる。深いブラウンもいいけれど、やっぱり彼には黒だろう。
「どっちがいい?」
「……君の鞄を買ったらいい」
君は相変わらず、変なところで頑固だから。私は軽く笑いながら持ち上げていた鞄を下した。
「スネイプ君も28歳になったらわかるよ。誰かに貢ぐのが一番幸せなお金の使い方だって」
「いい加減その、都合よく年齢の話を持ちだすのをやめてくれないか」
そんなに年齢の話をしていただろうか?むしろなるべく出さないようにしていたつもりだけど、常に意識していたのはそうかもしれない。
「うん、気を付けるよ。で、どっちがいい?」
「………………こっち」
「OK、やっぱ黒だよね。君が選ぶならこっちかなって思ってた」
自分の予想が当たっていたことに満足して、私は機嫌よく鞄をカゴに入れた。そのまま会計を済ませ、それなりの金額になったのでお小遣いはほぼ飛んで行ったが、特に問題はなかった。お金が欲しいと母親にだけこっそり言えば多分追加をくれるだろう。彼女は何よりも父親の不興を恐れているので、私が小遣い程度で大人しくするならその方がいいのだ。
買い物の後はややさびれたカフェでサンドイッチを食べ、その後で本屋に行き、上級魔法薬学のテキストだけを2冊買った。本当はもっといろいろ買いたかったけど、すでに両手がふさがるほどの荷物だったので他は諦めた。
あのいつかハリーの手に渡るかもしれない特別な一冊を、私が買ったのだと思うと気分がいい。彼はもう長い買い物に疲れたのか、あぁ、と気のない返事をしていた。
家に帰り、今度は誰にも会わずに部屋に戻るミッションに成功して、ドアを閉じてほっと息をついた。
「暇だね、なにする?」
買ってきた荷物を置いて、自分のものと彼のものを仕分けながら聞いた。新品の黒い学生鞄に買ったものを詰め直し、持ち帰りやすいようにひとつにまとめた。それでもかなりパンパンになってしまったので、適当な手提げ袋でもあった方がいいかもしれない。
「何って……ふくろう試験の復習しに来たんだろうそもそも」
「ああそうだった、うわーやりたくないなー絶対悲惨だよ」
帰ってきてすぐやらなくてもと思ったけど、いつまでも先延ばしにするわけにもいかない。仕方なく、まとめておいたふくろう試験の問題用紙を引き出しから引っ張り出した。それからはようやく真面目に復習をして、2人で回答を確認し合いながら夕飯まで机に向かって過ごした。
その日の夜は彼の髪の毛を切る美容師の真似事をし、シャワーは別々に浴びた。昨日と同じように彼の髪を乾かして、切りっぱなしのバラバラの髪の毛が多少マシになったことに満足した。これでそう、ようやく映画の学生セブルス・スネイプくらいの印象になった。白人の瘦せ型で鷲鼻の目立つ神経質そうな顔。正直、十分にかっこいい、人目を惹くエロティックな雰囲気だと思うのだけど実際のところ周囲にはあんまりそうは思われないんだろうか?やっぱり、元が日本人だからこんなにも彼の顔が整っていると感じるのだろうか。
まぁ、道行く白人がだいたいみんなかっこよく見える現象は正直ほんのちょっとだけある。ルッキズムの権化。
「人の顔をじろじろ見て、なんのつもりだ」
「いや、なんでもない」
翌日、残りのふくろう試験の復習をして、ランチを食べて、ついでのお土産を紙袋に詰め込んだ。ついでのお土産とは、彼が来る前に買っておいたマグルの服。本当はこれを着てる姿まで見たかったとは言えない。彼にとってはこんな服をもらうことすら不快かもしれないが、この前のように休暇中に近所を散歩する服すらないというのは不便だろう。
「要らない」
「私も要らない、メンズの服なんて」
「じゃぁ買わなければいいだろう」
帰りは彼の家の近くの魔法使いがやっている雑貨屋まで暖炉ネットワークで送り、そこから公共交通機関で帰ってもらうことにした。次に会うのはまたホグワーツだろうか。
「じゃぁまたね」
「…………ぁに」
「うん?」
「ダンブルドアに声をかけるときには教えろ。僕も一緒に行く」
「……うん、ありがとう」
最後、彼はまた不機嫌そうな顔で雑貨屋を出て行った。暖炉だけを利用するのも申し訳なかったので、ついでにその雑貨屋でどこにでもありそうなレターセットを買い、家の暖炉に戻った。そのまま部屋に戻ろうと2階に上がる階段を上っていたら、バーティが廊下に立っていた。
「どうしたの?」
「あいつは?」
「家に帰ったよ」
バーティは眉をひそめたまま何かをつぶやいて自室に戻った。まぁ、好きにしたらいい。
その日は二日ぶりに夕食をリビングで食べて、シャワーを浴び、勉強もそこそこにスケッチブックを取り出して夜中まで絵を描いた。深夜零時を回ってあくびが出て、明かりを消して布団にもぐった。まずは来学期、どうやってダンブルドアに声をかけようかと考えながら。
――次の日、いつものように目を覚ましたら私は知らない場所に居た。そこは見慣れた場所より、少しだけ小綺麗だった。
「んー、誘拐?」
「は!?」
スネイプ君を、コークワースの公園からいきなりクラウチ家の自室に直接連れ込めば、彼は焦ったようにあたりをきょろきょろと見渡した。ポートキーにしたふわふわの白いウサギのキーホルダーをまだ握りしめていてとても可愛い。
「うん、別にそんな危害加えるわけじゃないよ。普通に勉強教えてもらおうと思ったんだけどさ、ほら、ふくろう試験の復習しようっていったじゃん?でも普通に呼んでもつまらないからさ、ちょっとサプライズしてみようかなって」
「君には!常識というのもが備わってないのか!」
「ごめんってぇ、そんなに怒るとは思ってなかったよぉ」
口から唾が飛んできそうな勢いで怒鳴るスネイプ君にちょっと困りながら、私は謝罪を繰り返した。スネイプ君はいくらかぷりぷりと怒鳴り散らして部屋を歩きまわった後、あきらめたように渋々椅子に腰かけた。
「ごめんね、ちょっとした冗談のつもりだったんだけど……」
「君にまともを期待した僕が馬鹿だった」
「ごめんごめん」
とりあえずひたすら謝りながら、私は上着を脱いでクローゼットに掛けた。
「君が帰りたい時にちゃんとお家に返すよ」
「今」
「あ、明日以降で……とりあえず、ご飯の前にシャワー浴びちゃわない?公園、ちょっと暑くて汗かいたし」
正直ちょっと、臭うのだ。スネイプ君、しばらくお風呂に入ってない匂いがする。公園で会った時から気づいていたけど、気づかない振りをした。彼の境遇を思えば当然、夏休み中はシャワーなどろくに浴びていないのだろう。
「……僕はいい」
「スネイプ君も入るの。――ウィンキー」
適当にドアの方を見て、屋敷しもべの名前を呼んだけど出てこない。私は軽くため息をついてからもう一度名前を呼んだ。
「ウィンキー、聞いてるんでしょう?パジャマ持ってきて頂戴、紳士ものの」
そう声をかけたら、ウィンキーはバシっと音を立てて部屋の隅に姿現しした。
「お待たせして申し訳ありません!」
その声と表情が、渋々命令には従うけど不本意だと分かりやすく告げていた。
「はいはい、ありがとう。紳士もののパジャマ、ゲスト用のストックあるでしょう?新品のやつ。あれお願いできる?」
「はいかしこまりましたっ!」
やや乱暴にそう返事をして、ウィンキーは再び大きな音を立てて姿くらましした。スネイプ君はしかめっ面のまま、眉を寄せてウィンキーが居なくなった床付近を見つめている。
彼の家には当然屋敷しもべは居ないだろうけど、純血のお友達も多いし見たことはあるだろうか?それとも、お友達と言いつつ家に行くような関係ではないのだろうか。
「ウィンキー、悪い子じゃないんだけどね。ちょっとクラウチ家が好きすぎるというか。養子の私が嫌いみたいなの。まぁ気にしないで」
「……ああ」
スネイプ君がウィンキーに気を取られているうちに、彼の手を引いて、こっちだよと部屋の奥にあるバスルームに連れて行った。
「ホグワーツのシャワーブースとそこまで勝手変わらないから普通に使ってね。これ、シャンプーとかリンス。好きに使って」
「……僕はいいと言っただろ」
「ちょっと耳が遠くなっちゃったみたい、年寄りだから。タオルとバスローブはこれ使って。スリッパここに置くね。着替えは用意しとくから、先入って」
弾丸のようにそう伝えて、私は反論を聞く前にバスルームを出た。数秒後にはウィンキーが出てきてパジャマを持ってきて、私は先日買っておいた紳士もののパンツと一緒にそれをベッドの上に置いた。
流石に怖いだろうなぁ、突然家に連れ込まれて、ワケあり同級生に下着まで用意されたら。これが男女逆ならトラウマかも、反省はしているつもり。でも彼のこれから先の未来を真剣に考えるなら、今無理にでも介入するべきではないかと。
なんていうかあれね、人を救うのは難しいと児童福祉系の人が話してるインタビューを読んだことがある。彼らはまず、自分の幸福を自分で願うことを知らない、幸福を望まれたことが無いから。つまらない言い方だけど、自分で自分を大切にすることが人間の健やかな精神と肉体には必要であり、身だしなみを整えるとはそういうことなのだと。だからその施設では、なるべく全員の誕生日に、誕生日会をするらしい。
小学校の時、いわゆる放置子みたいな子がクラスにひとり居た。服はしわしわ、なんか臭う。多分グレーゾーンの子だったと思う、勉強も苦手そうだった。なんとか菌って呼ばれてた、もう名前も忘れた。私はその子とたまにお喋りをした。絵が好きな子で、授業で使うはずのノートに色んなアニメみたいな下手くそな子供らしい落書きをしていた。その子のすえた匂いとか、私はあんまり気にならなかった。人が生きるとこういう匂いがするんだな、と思うだけだった。
何故彼女と仲良くしていたのか、理由を考えるとハッキリしない、というよりいくつか浮かんで絞れない。自虐的に考えるなら、彼女は私より明確に下だから私は優位で居られたんだとか、嫌われ者の彼女には友達なんか私以外居なかったからそれが心地よかったんだろうとか。
優しい自分にも酔っていたのかもしれない。それでも確かに、私は彼女と過ごす時間がどこか好きだった。ゆっくりと笑い、人の目を気にしないようなその生き方が好きだった。今思えば、その子だって他の子の目を気にしていなかったわけじゃないと思うけど。
今のスネイプ君を見ていると、やけにその子を思い出す。彼女は今も元気にしてるだろうか。そう言えば、いつからあの子と仲良くするのをやめたんだろうか。
そんな思いに耽っていた数分後、まさにカラスの行水と言いたくなるような速さで髪から水を滴らせたスネイプ君が出てきた。
「……早くない?」
「……そんなことない」
私はスネイプ君の手を掴んで、それが氷のように冷たかったので顔をしかめた。
「お湯、気にせず使っていいよ」
「別にいい」
「……だめ」
しょうがない。私は腹をくくってミニスカートと靴を脱ぎ、スネイプ君はぎょっとして一歩下がった。そりゃそうだろう、とんでもない痴女に襲われると思ってるに違いないし、これからやろうとしていることはそんなに間違いでもない。
「こっち」
強引にスネイプ君の手を引いて彼のバスタオルをはぎ取り、再びシャワーブースに押し込んだ。スネイプ君の白くて細い腕や腰、体のラインがとても綺麗だと思った。
そんな趣味はないつもりだけど、白人の男の子の16歳ってよく見ると凄く良い、天使が育ってエデンから下界に降りてきましたとでも表現したらいいのだろうか。全てにおいて瑞々しい美しさがある。これを目に焼き付けて絵に残したら、良い作品が描けそうな気がした。
「なっ、ちょ……!」
隠すものがなくなったスネイプ君は当然慌てたけど、雰囲気にのまれるがまま二人で一緒に狭い空間に入った。壁にあるレバーをくいっとひねれば、最初はちょっと冷たい水が出てすぐに適温のお湯になった。
私の薄手の白いTシャツは一瞬で水にぬれて、肌に張り付き、ブラジャーがくっきりと透けて見えた。スネイプ君はそれを見てごくりと唾を飲み込んだ。
「私はいっつも最初に頭を洗う」
そう言いながら、私はお湯を止めてシャンプーを2プッシュ手に出し、手を伸ばしてスネイプ君の頭を少し強引に洗った。頭がぐらぐらしないように半ば抱きしめるように胸に顔を押し付ける。案の定、石鹸はちっとも泡立たなかった。
「い、いいかげんにしろ……」
スネイプ君は小さい声でそう言いながら両手で私の肩を押した。力はほとんど入ってなくて、体が密着してスネイプ君の固くなったあれが私の体に当たってるのがわかった。
「シャンプー、1回目はあんまり泡立たないから、すぐに流しちゃう」
私は淡々と説明に徹しながら、またお湯を出してスネイプ君の髪に残った泡を流した。
「シャンプー何回もすると髪が痛むからよくないって人もいるけど、まぁ好みだよね。私はもこもこに泡立つ方が気分がいいからすき」
スネイプ君はもう反論もできずに、ただ目を閉じてこらえるように棒立ちしていた。あのセブルス・スネイプと言えども今はピュアな16歳の少年。さすがにちょっと申し訳なくなって、もこもこの泡を流しながら緊張をほぐすように頭や首の後ろを軽くマッサージした。美容院で髪の毛を洗われるとよくやってもらうあれ。でも自分より少し背の高い男の子にやろうとすると案外難しくて、なんかレスラーが相手の頭を抱えてるみたいに思えてくる。
「このっ、首の後ろを押すと気持ちいんだけどっ、……まぁいいや。家のシャンプーでそこまでしなくて」
「……何をずっと一人で喋ってるんだ」
「その方が楽しいかなと思って」
君が緊張しないかなと思って。なるべくなんてことなさそうにほほ笑みながら、私はもう一度シャワーを流して3回目のシャンプーをした。ようやく綺麗に泡が立つようになって、私は満足した。
「かわいい、見て、猫の耳」
「人で遊ぶなよ」
気まずそうに目を逸らして、顔を赤くされると本当に可愛くて仕方ない。死ぬほど強く抱きしめて首筋を吸ってみたい。こういう衝動、キュートアグレッションという名前まであるらしい。人間の赤ちゃんや幼い動物など、かわいいものを見ることによって引き起こされる攻撃的行動・衝動の総称。きっと世の中、私が知らないだけですべての現象に名前があるのではないだろうか。
「あ、ごめんくすぐったい?どのくらい力入れていいのかわかんなくて」
「自分でやるからっ」
「だめだよそんな暴れたら、狭いんだから」
ねぇ、女の子とセックスするためだと思えば体も洗う気になるかな?君が自分の体を大切にしたいと思うなら、理由は何だっていいと思う。
なるべく下を見ないようにしながら、おへその下に当たっている固い感覚に目を細めた。
シャンプーを流して、今度はボディソープをたっぷり手に取った。
「ボディソープは、手でちょっと泡立ててから洗う。これも私は、なんとなく上から洗う。首、肩、腕、わきの下、脇腹……」
ひとつひとつ実況しながらぬるぬると洗っていく。なんてエッチなんだと自分でも思うし、スネイプ君が多分くすぐったくて息を殺して身じろぐたびに私の中でなにか違う感情が芽生えてしまう。
なんというか、はっきり言って虐めたい。我慢しながら喘いでいるところを見てみたい。恥ずかしがってるところを余すことなく眺めたい、君が悦んで顔を歪ませるところを見てみたい。こんな変態とシャワー浴びることになってごめん、ほんとに。
「背中、お腹も……ココも」
「っ……!」
がちがちに固くなったそれに触れて、緩くつかんで数回上下に動かしたらそれだけでスネイプ君は体を震わせて最後まで溜まっていたものを出した。手に触れたそれが思ったより大きくて、ほんの少しだけ私も息を飲み、体が勝手に期待してしまう。お腹に掛かったそのとろみのある液体を気にせず、私はスネイプ君の体をやさしく抱きしめた。
「っ、はっ、……!」
「ん……かわいい……」
「こ、の……!」
顔を真っ赤にして何かを言いかけるスネイプ君の唇をキスでふさいだ。スネイプ君は私を引きはがそうと体に力を入れたけど、私がキスをしたまま股間を触ったからまた動きが鈍くなった。出したばかりで萎んで手の中にすっぽり収まるのがかわいくて興奮する。スネイプ君の小さくなったあれをやわやわと揉んで、ついでに陰嚢の裏までしっかり洗えば彼は息を飲んで抵抗を止めた。
「ちゃんと全部、洗うんだよ……?根元から……先っぽまで」
キスの合間にそっと笑ってそう囁けば、スネイプ君はやっぱり黙って私の手を受け入れた。お尻の穴まで洗いたいと思ったけど、それはさすがに可哀そうに思ってやめておいた。私はまた2プッシュボディソープを足して、そのままゆっくりしゃがんで片膝を立て、そこにスネイプ君の右足をのせた。スネイプ君はバランスを崩して、壁に手をついている。目線の高さにスネイプ君のペニスがあって、ちょっと観察したい気持ちを抑えてひたすら足の先を見た。
「足も、指の間までちゃんと洗うの。匂いが残っちゃうからね」
そう言ってマッサージをするように足の裏まできれいに洗って、左足もそうしてからゆっくり立ち上がった。スネイプ君が顔を真っ赤にしたまま、呼吸を荒くして言葉をなくして私だけを見ている。ああ、16歳の男の子にこんなこと教えている私はどう考えても悪い大人だ。
またシャワーを流して体中についたボディソープと、スネイプ君が出した精子を洗い流した。
「本当はお風呂にゆっくりつかりたいんだけどね。この部屋のお風呂、バスタブが無いから……。で、最後に顔を洗うの」
「っ、それくらい、自分でやる……」
「ほんと?」
手のひらに出した洗顔を泡立てながらスネイプ君の両手を掴む。ぬめぬめとお互いの手をこすり合わせて、もうそこだけで4つの手のひらが小さなセックスをしてるみたいだと思った。
「気持ちいいね」
「……君はもう……痴女だな」
「嫌い?」
「嫌いだ……」
スネイプ君はそう言いながら、私の手を熱心に洗うので少し笑った。これは君の顔を洗うための泡なのに。そのままそっとスネイプ君の頬を撫でて、耳の周りをゆっくり洗っておでこをなぞった。スネイプ君はくすぐったそうにして体を離し、雑に自分の顔を洗って今度は自分でお湯を出した。
二人の頭の上からシャワーが流れ続けて、私はお湯を避けるように少し目を細めた。これで頭の先から足の先まで、ようやく全部綺麗になった。
「君は……?」
「うん……?」
「君も、洗うだろう……?今、ここで」
「うん……」
確かに、それはそうだ。散々スネイプ君の体を弄繰り回して、自分だけ服を着たままおしまいではちょっと不公平だ。でも私がこの狭い空間で脱いでしまったら、もうそれはさすがに最後までしてしまうだろう。したくないわけじゃない、別に。
でもこの体は私のものじゃないし、スネイプ君のたぶん初体験をこのまま奪ってしまっていいのだろうかと思うと答えが出ない。まぁでもシャワーを一緒に浴びて手で抜いて、セックスだけダメな理由もないか。
「脱ぎなよ、服」
16歳。子供というには体はもう十分に大きくて、でも大人と呼ぶにはまだ心が幼い。スネイプ君の少し不安そうで、怒ったように私を見る目が可愛い。しっかりこんなことも想定して、わざわざ下着を新調して上下揃えた私もやる気満々だ。
彼の濡れて張り付いた黒髪から、一滴の水滴が青白い鎖骨へと滑り落ちる。怒りと、羞恥と、誰かと肌を重ねるその疑似体験に、彼のプライドが揺らいでいるのがわかる。
スネイプ君に促されるままにTシャツを脱いで後ろを向き、彼の細い指が不器用にブラジャーのホックを外した。びしょびしょの服をカーテンレールに引っかけて、スネイプ君は後ろからそっと私の胸を揉んだ。
「ん……体、洗うだけだけだよ……」
中身28歳の大人でも、16歳の外見なら16歳の異性と性行為をしても許されるのか。世の中の大人に是非を問いたい。
緊張しながらシャンプーを手に取ってよく泡立てた。その間中、ずっとスネイプ君がくっ付いて胸を揉むから何かのマッサージでも受けてる気分だ。まぁ正直手つきはとてもぎこちないし、ムラムラするというよりはくすぐったい。
「下……履いたまま体洗うの?」
「ううん……」
スネイプ君に指摘されて、私は緊張しながらパンツを脱いだ。そのままシャンプーなどの小物を置いている小さな棚に引っかけて、震える指でボディソープに手を伸ばした。
「……やってあげる」
「大丈夫……自分でできる」
でもスネイプ君がやりたそうにしてたから譲った。スネイプ君がボディソープを手に取って、さっき私がそうしたように手でよく泡立ててから私の体にこすりつけるのをただ受け入れる。肩を撫でて、腕をとって、脇の下から胸に指先を滑らせる。
「ん……ふふ、くすぐったい……」
ボディソープのとろみがローションみたいでちょうどよかった。脇の下をなぞって胸の横を揉まれると悪くないなと思ってしまう。
「そんな洗わなくていいよ」
「自分はやったくせに」
スネイプ君の緊張して少し震える指先が、触ってもないのに固くなった胸の突起に触れた。彼はそのまま急にぐいぐいと引っ張り始めて、私は痛みで少し顔をしかめた。まぁうん、そうよね。
「ん……もうちょっと、優しく……ん、そのくらい……」
ぼーっとする頭で、もういっそのこと性行為のやり方まで教えちゃうのがいいのでは?なんて言い訳を考え始める。これは本番じゃなくて、セックスの練習で、いつかスネイプ君がちゃんと大切な女の子を抱くときに困らないように私が練習台になってあげたらいいんじゃない?
乳首への刺激がぴりぴりと足の先まで届いてむず痒い。
「胸全体も、さっきみたいに優しく揉んでほしい……」
倫理観ってなんだっけ。体をやわらかく震わせながら太ももを擦り合わせちょっとしつこい胸の刺激に耐えた。自分のおっぱいが本当に大きくて、真っ白な肌に今更だが違和感があった。この体は処女だろうか、もしそうだとしたらやっぱり申し訳なくなる。体をお返しする日が来るのかどうか知らないけど。
――今はもう、来なければいいと思ってるけど。
「……こう?」
「……うん、そう……きもちいいよ……キスもして……」
スネイプ君が乳首を弄るのをやめてゆっくりと私にキスをしてくれて、バレないようにほっと息をついた。
「もう、この先はだめ……」
「なんで?君はこっちも洗っただろ」
そう言ってスネイプ君は私のあそこに手を伸ばしたけど、私はその手を止めた。
「……まずひとつ目に、ここはそんなに泡だらけにして洗わないから。あとこの体は、私のものじゃないから」
「……まだそんなことを言うのか?僕に無理やりここまでしておいて?」
そう言われると何も言えない、でもやっぱりなんか違うのだ。
「夜、ちゃんとベッドでしよう……?」
考えてることと言ってることの矛盾がめちゃくちゃだ。断った方が良いと天使が言って、食べちゃえよと悪魔が囁く。ここでお預けは可哀そうだよと天使が言って、焦らしてやれよと悪魔が囁く。
ぐるぐると思考を巡らせながら、私は無意識のうちに唇を噛んでいた。別にさ、良いんだけど、ヤっても。私はいいけど、それってほんとにスネイプ君のためになる?一応彼のためというが、未成年の彼をシャワーブースに押し込む最低限の言い訳だったはずだ。
「……わかった」
スネイプ君は小さい声でそういって、お湯を出して泡を流してシャワールームを出て行った。私は申し訳なさと安堵感の入り交じった感情のままほっと息を吐いて、混乱した頭を覚ますように少し冷たいお湯で体を洗った。
私は結局、彼に何を教えたんだろう。
「間違えた気がするなぁ」
わざわざ声に出して、それも日本語で呟いてみる。彼に触れられた余韻でまだ少し芯に熱が残っていて、心と体の違和感に初めて嫌悪感を持った。この体が自分のものではないと、そう強く感じた。
のろのろと体を拭いてパジャマを着てバスルームを出る。スネイプ君は私が用意した新品まっさらなパジャマを着て、本棚を眺めていた。なんだかその姿がとても愛おしく思えて、やっぱり無理やりにでも一緒にシャワーを浴びて良かったと思い直して小さく頷いた。ちゃんとお風呂に入って綺麗になって、清潔な服を着て、人として当たり前の姿だと思う。
「なにか面白いものあった?」
「別に。……これ」
「ああ、指輪物語ね。この前自分でも買ったの、読んでみる?」
そう言いながら、少し指をなぞらせて『旅の仲間』と書かれた1冊を抜き取った。まずはこれから。
「はい」
スネイプ君は無言のまま受けとって、表紙をじっくり眺めた。
「この表紙、作者のトールキン本人が書いたの。まさが原画版が買えると思わなかった……。すごいよね、本も書いて絵も書いて、天は二物与えるって言うの?もちろん作家として有名なんだけど、絵も評判いい。表紙も、挿絵もね……どっちか分けてもらいたいよ」
本当にしみじみ、そう思う。軽く笑いながらスネイプ君の顔を見て、その髪の毛から水が滴っているのに気づいた。タオルで髪を拭くことすら知らないのだろうか。
「乾かさないと風邪ひいちゃうよ、こっち来て」
そのまま手を引いてベッドに腰かけてもらい、洗面所から魔道式のドライヤーを持ってきた。魔法使いは基本的にすべてを杖で全てを行うけど、未成年や魔法が苦手な人の為に、ある程度便利な道具も多数存在している。
この金属製でレトロ可愛いドライヤーもその一つ。杖のように魔法を込めるだけで使用できて、グレーゾーンだけど未成年でも学校外での使用を黙認されているアイテム。
「男の子はあんま使わない?わかんないけど、女子寮のほうはみんな大抵これを持ってる。魔法で動くドライヤー。上級生の子は杖で簡単に髪の毛乾かすけど、まだ慣れてない下級生とか、髪の毛に特に気を使ってるおしゃれな子とかはこういうの使ってるイメージ」
「……たまにいるけどほぼ見ない」
「そうなんだ」
そう言いながらスイッチを入れてスネイプ君の髪の毛を乾かした。彼の髪の毛がふんわり温まるように、下から優しく温風を当てた。顔に当たる風をちょっと嫌そうに目を細めていて、思わず自分の中に母性を感じながら、抱きしめるようにゆっくりと乾かした。その間、彼は誤魔化すようにずっと手元の本を眺めていた。
「はい、終わり」
スネイプ君の髪の毛がようやくサラサラになり、シャンプーのいい匂いもして、私は機嫌がよかった。毛先がバラバラだから、明日はお風呂の前に髪を切りたい。
「私も髪の毛乾かしてきちゃうから、ちょっと待ってね。本、好きに見てていいよ」
私はまたバスルームに戻り鏡を見ながら長い髪を乾かした。さっきの空気はこのまま有耶無耶にして水に流してしまおう、そんなことを思いながらいつもより丁寧に髪を整えて部屋に戻った。
彼は大人しくベッドで本を読んでいて、私はふふっと笑いながらまたドアに向かい「ウィンキー」と呼んだ。30秒ほどのやや長い間の後、ウィンキーはバシンと姿を現した。
「ウィンキー、夕食を2人分持ってきてくれる?部屋で食べるから」
「はい。承知いたしましたお嬢様」
ウィンキーはそう言ってすぐにバシッと姿を消した。
「いつも部屋で食べてるのか?」
「うーんまぁ気分によるけど、この家も大概なんだよね。父親のクラウチさんもまったく家を顧みない人で、この子のことも家族に相談せずに急に連れて帰ったみたい。まぁそんなの当然お母さんは受け入れられないじゃない?微妙な空気のままホグワーツ行くことになって、この子的には家に居場所がないみたい」
「随分詳しいな、記憶ないんじゃないのか?」
「日記があったの。飛び飛びだけど、そんなことが書いてあった。……まぁ親なんて選べないし、所詮別の人間だからね」
なんとなく、目の前のスネイプ君に届けばいいと思ってそう言った。
「成人したらさっさと一人暮らししちゃえばいい」
そう言えば原作ではスネイプ君ずっと実家に住んでるけど、ご両親はどうしたんだろう?死別かな?両親揃って?それも変だよね。どっちかは離婚して出て行って、残った方は死別、とかかな。
「君は……元の君の親は?」
「え?あー、まぁ普通だよ。とっても普通のマグルの家庭。私は大学……20歳の時から一人暮らししてて、まぁ親に会うのは年末年始くらいだったかなぁ」
「ふーん」
少しすると部屋の空いたスペースに小さなテーブルと椅子が2脚現れて、その上に食事が並んだ。スネイプ君は少し居心地が悪そうに、出されたお肉を急いでほおばった。もっとゆっくりでいいし、カトラリーの使い方もぎこちない。きっとそう、そういうのもホグワーツに来てから見よう見まねで少しずつ覚えたんだろう。
食後はあんまり歯を磨く習慣もなかったようだったので、隣でじっと監視しながら自分も歯を磨いたら、渋々という様子で手を動かしていた。
「ちゃんと磨かないと虫歯になっちゃうよ」
「子ども扱いするなよ」
「歯磨いた方が、その後のキス気持ちいいよ」
「そんなの関係ないだろ……」
「魔法界って虫歯どうやって治すの?」
「普通に、虫歯治しの呪文がある」
「便利ー。羨ましい」
歯医者さんのあのドリルを口に突っ込まれる恐怖は味わったことないのか。そうやってようやく全部の寝支度を整えて、私は当然のようにベッドにスネイプ君を誘った。
「……別に、良いけど」
スネイプ君はちょっとぶっきらぼうにそう言って、こちらを見ないまま布団を捲った。ちらっと見える赤い顔が可愛くて、きっとこの初心なスネイプ君は今晩私に手を出さないだろうなと思った。二人で狭いシングルベットに入って、お互いに端っこでなんとなく背中を向けた。
「ごめんね、ちょっと狭くて。スネイプ君っていつも何時に寝るの?」
「1時とか、2時とか」
「ええ、夜更かし。じゃぁまだ全然眠くないでしょ?」
そう言いながら薄暗い部屋の中、月明かりだけで時計を見た。時刻はまだ11時を少し回ったところだった。
「……だいたい夜は親が怒鳴り合っててうるさくて寝れない」
「……そうなんだ」
思わず眉毛を下げて、私は寝返りを打ってスネイプ君の方を見た。スネイプ君は私に背中を向けたままだった。
「いつでも来ていいよ、この部屋」
「……君は、元の体に戻りたいと思うのか?」
「元の?うーん、そうね体だけなら、あーでもうん、まぁ……」
何とも歯切れが悪くなるのは、元に戻れば否が応でも歳の差が気になるから。きっと今みたいな恋人のような距離では居られないかな、なんて。おこがましいね。そもそも、私の体に戻るってことは、元の世界に戻ることになるのだろうか?存在してるのかもわからない、元の世界に。
「……今はもう、どっちでもいいよ」
どっちでもいいと、いうよりは……。
「僕は……そのままでも別に、いいと思う」
「……え?」
「別に、君がその体に居るのは君の責任ではないし、君が望んでないなら、無理してまで返さなきゃいけない義務は無いだろう」
「……そうだね」
それはつまり、私にここにいて欲しいと思ってくれているのだろうか。
一瞬、世界と自分が切り離されたのかと思うほど驚愕した。君が、他の誰でもなく君が私を望んでくれるのかと。いや、そう思ってほしい、そう思ってくれても問題ないと、そう思って彼に踏み込んできたのだけれど。
やはり小説の印象だろうか、セブルス・スネイプはリリーのものと、頭に強烈にそれが残っている。そうでなくては物語が成り立たないと、半ば強迫観念のように。
ベッドから上半身を起こして、隣で寝ている少年を見つめる。
君が、もしリリーではなく私を心の支えにするならば、私は全力でそれに応えたいと思うけれど、自分の手の届かない範囲で自分に何かが起きるかもしれない。もしそうなったら、君は……?
「あのさ、スネイプ君。もしもの話だよ、もしもまたサマンサ・クラウチがこの体に戻って、私が君の前からいなくなっても、君の人生は続くから。その時はちゃんと、君の人生を生きるんだよ」
「どういう意味だよ」
「私がどこに居て、何をしてても、君の健康と幸福を祈ってる……いつでもずっと」
「……だからそれ、どういう意味」
彼もまた体を起こして、私を見る。酷く機嫌を損ね、怒ったように眉を寄せて、私を睨んでいる。それでも私はただ彼のその目を見た。
「そのまま、そのままの意味だよ」
「……別に、君にそんなことを祈ってもらうような義理は無い」
そう言って目を逸らすのが、やっぱり愛おしくて。
「……そうだね、ごめんごめん。夜中に突然起き上がって」
笑いながらまたベッドに潜って布団をかぶり、彼に背中を向けた。後頭部に痛いほど視線を感じたが、我慢比べのように沈黙を貫けば、彼はまたゆっくり布団をかぶり直した。
この先も一生、ここに残れますように。そう神様に願った。
翌朝、いつも通り自分のベッドですっきり目を覚ますと、スネイプ君はまだ隣でぐっすり寝ていた。時計は朝の6時半、私は学校の生活リズムがまだそのまま残っている。
ベッドのきしむ音にも注意を払い、そっと降りる。昨日、彼はいったい何時に寝たのだろうか。寝る前に余計な話をしてしまった。
顔がこちらに向いていたので、その綺麗な寝顔をじっと見つめた。本当に白い肌、まるで血か通っていないみたいだ。部屋の電気をつける前の、カーテン越しの淡い朝日が静寂そのもので、空間との一体感が心地よい。彼は自分の家でちゃんと食事をとっているのか、せめて夜は眠れているのかと疑問は尽きない。
物音を立てないようにそっとバスルームに行き、顔を洗って、特にやることもないのでデスクに戻って引き出しからスケッチブックと鉛筆を取り出した。
薄暗い部屋の中で少し目を細めながらベッドの上を見る。寝ている彼は動かないから、被写体としてとても良い。少し明かりが足りないが、この曖昧さで描いてみよう。
こうしてデッサンをするとき、想像で描かずに対象をよく見て描くようにと口を酸っぱくして言われる。特に人物画は、2次元的なイラストを描きなれてしまうと、つい自分の中にあるパターンに当てはめてしまう。一度試すとよくわかるが、見たままを正確に描くというのはとても難易度が高い。対象が人体という複雑のものであればなおさらで、ある程度は想像で補う必要がある。ある意味それが絵の個性になり、私の絵が私の絵たる理由になっているのだから、その手癖を殺さなくてもいいと思う。
ただ今だけは、目の前の彼を寸分の狂いもなく写真のように残したいと思った。
真剣に絵を描いて居ると、自分の目で見えるものが本当に真実であるのかと、そういう疑問を抱くようになる。“見る”という動作は、光が眼球の網膜にある視細胞で電気信号に変換され、それが視神経を通って大脳の視覚野に伝わることで、脳が色や形、空間の情報を認識し、映像として知覚する一連の情報処理プロセスのことである。つまり物体は、見るという動作の中で一度情報として処理されているのだ。だから脳の処理にバグがおきれば、物体を正確に把握することはできないわけで、錯覚を利用したトリックアートなんかで大体の人がそれを経験している。
つまり私は今、“自分の脳みそで処理した”目の前の光景を描いているのだ。その仕上がりがほとんど写真と同じものであっても、私にとっては同じものではない。
そう言えばそう、全力で絵を描く楽しさを知った初めの頃は、そんなことを考えるのが楽しかった。このスケッチブックの中は、正真正銘私だけの世界、私にだけ見えている世界なのだと背中を押された気がして。
大学1年生、度重なる合同評定で自分の絵が全生徒の前で酷評される。2年生、何ヶ月もかけて土日も休まず徹夜で描いた絵がコンクールで何の賞にも引っかからない。3年生、同級生がギャラリーに声をかけられている隣で一次審査すら通らない。大学主催のアートフェアで自分の絵だけが売れずに持ち帰る時の惨めなんてものじゃ言い表せないほどの屈辱。
そういうものが少しずつ油の中に溶け込んで、いつしか筆が重くなってしまった。
死んだように4年生にあがり、卒業制作展で素通りされ続ける自分の絵を、私だけが見ていたあの時間ほど虚しかった時はない。
見て欲しかった、私の絵を。私を。誰も見てくれないなら、描く意味なんかないと思った。誰だって最初からそんなことを考えて描き始めたわけでは無いはずなのに、私だって絵を描きたいから描いていたはずだったのに。
彼は、ハリー・ポッターの小説の中で死んでいった彼は、最後に“Look at me.”と言い残した。これは最後まで振り向いてくれなかったリリーへの、最後に残す控えめな愛の言葉だと思っていたけれど、英語を理解しながら1年半過ごすと少し違う認識になった。恋愛的な意味で、想いが届いて欲しいとか、好意に応えて欲しいとか、ましてや自分を愛して欲しいとかそういうニュアンスは“Look at me.”には含まれない。
“Look at me.”という言葉は、単にこちらに視線を向けて欲しい、向き合ってほしい、雑に扱わないで欲しい、そんなニュアンス。まだその言葉を口にしていない目の前の彼に、なぜ最後があの言葉だったのかと尋ねるのはおかしいけれど、聞いてみたい気がした。
ただ緑色の目を見たかった、本当にそれだけ?君が目を見たかったの?それとも自分を見て欲しかったの?
誰にでも求められてちやほやされる、人気者を目指したわけじゃない。そんな軽薄な気持ちで生きてきたつもりはない。ただ誰かに、切実に刺さるものであってほしかった。
「……何を描いてる」
眩しそうに眉を寄せながら彼が目を覚まして、目線だけを動かして部屋の中を確認した。つられて時計に目をやれば、8時を少し回っていた。
「ごめん、鉛筆の音うるさかった?」
「……別に」
隠れるように布団をひっぱり、あくびをかみ殺している様子を見てふっと笑った。
「よく眠れた?」
「その鉛筆の音が無ければね」
「その割にはぐっすり寝てたけど」
彼はそのまま私に背を向けて、また黙って布団を被った。私はまた気にせず鉛筆を動かして、時折指でその線をぼかした。ベッドがきしむ音、スリッパで床を歩く音が聞こえて、彼が起きたんだなと思いながら絵の続きを描いた。
「……ねぇこれ」
「あぁ、うん、君の。着てみて」
先ほど洗面所に出しておいた、新品の紳士用のローブたちだろうと思い、目線をスケッチブックに落としたまま返事をした。用意しておいたのは学校指定のものでない、日常使いの魔法使いの服。なんとなく映画のアラン・リックマンを想像して、細身のフロックコートにローブを羽織る、厳格な秘密主義のような恰好。16歳の彼には少々大人びてるかもしれないけど、それもまたいいだろう。
またしばらくしてガチャリとドアが開く音がして、私はちらりと目線をあげた。
「あぁいいじゃん、似合ってる。サイズもぴったりだね」
「なんでこんなもの……あぁ、クラウチ・ジュニアか」
「え?違うよ、私が君のために買ってきたんだよ。誘拐犯ってのは、連れてきた子が何不自由なく暮らせるように日用品のすべてを揃えておくのが物語の定番なんだよ」
「……は?普段からどういう話を読んでるんだ」
そりゃもちろん、ねぇ?
「着心地はどう?なるべくオールシーズンのものにしたんだけど、さすがに7月だと暑くないかな」
「暑くはないけど……」
落ち着かないそぶりで服を引っ張り、ちらりと遠目で鏡を確認している。普段、学校指定で着ているローブは男女ともに比較的ゆったりとした体のラインを拾わないスモッグタイプだから、こういう服は着なれないだろう。服が違うだけで、ずいぶんと印象が変わる。
「かっこいいよ。もう一枚、絵を描きたくなるくらい」
鉛筆の頭でこんこんとスケッチブックを叩きながら、軽い口調で言った。彼はムッと唇を突き出して、私のスケッチブックを見た。じっとそれを見ているので、無言のままそれを彼に手渡した。止めろとか勝手に描くなとか下手くそとか、彼ならそんなことを言うかなと思って待っていたけど、意外にも何も言わないで無表情のまま絵を見ていた。
――じっと、瞬きもせず真剣に、食い入るように。
それになんだかわたしの方が緊張してしまって、彼の手から取り上げて隠すように閉じ引き出しの奥に詰め込んだ。
「朝ごはん食べようか」
顔を見れないまま、机に向かって話しかけた。耳が熱かった。
「今日はさ、ダイアゴン横丁まで付き合ってくれない?学用品買うのに、一人じゃつまらないから」
「ふくろう試験の振り返りをするという名目じゃなかったのか」
「それもする、買い物の後で、帰ったらやろう」
「優先順位が逆だと思うけどな」
ウィンキーに用意してもらったシンプルなトーストを齧りながら私はコーヒーを飲む。スネイプ君は紅茶を。時計を見ればもう9時半で、いつもよりは遅い朝食になった。
「本当はロンドンにも行きたいし、ビックベンの時計台だって見たい。バッキンガム宮殿も行きたいしウェストミンスター寺院も見たいんだよ。あと魔法省と聖マンゴもね。ちゃんと全部我慢して勉強してるんだから、それくらいいいじゃない」
「ほとんどマグルの観光地だ、あんなものを見て何が楽しい」
「記念だよ、ただの」
「何の」
「……世界を超えて知らない女の子になってしまった記念?」
ハリポタトリップ記念かな。
「君にとってはその人生も娯楽か?正気を疑うな」
「意外と楽しいよ」
食後、歯を磨いてからリビングの暖炉ネットワークを使うために部屋を出た。なるべく誰にも会いたくなかったが、そこでばったりとバーティに出くわしてしまった。
「……なんで彼が家に居るんだ、姉さん」
「いや、だから誤解だってバーティ」
先学期の終わり、パンツお披露目会の時にスネイプ君が居合わせていたため、バーティはすっかり彼にお冠だ。あれはスネイプ君のせいじゃないし、バーティも別に私のパンツをそこまで守らなくてもいいんだけど、ほんとに。
「おまけに姉さんの部屋から……いつからいるんだ、姉さんが呼んだのか?わざわざ?」
「あの、うん、ふくろう試験の復習手伝ってもらおうと思って」
「そんなものいくらでも僕が見る!」
めったに声を荒げないバーティが大きな声を出して、私は少し驚いた。
「うん、ごめんね。そうだよね、勉強、ずっとバーティに見てもらってたもんね。試験結果届いたら、バーティにも見直し手伝ってもらっていい?変身術とか、バーティの教え方わかりやすいから」
バーティは何も言わないまま、顔をぴくぴくと震わせて怒りを込めて私を睨んだ。私は昨日、夕飯に顔を出さなかったから、バーティは両親と3人で食事をとったはずだ。私が部屋に籠って食事をとることは特別珍しくもないが、父親がいるときは必ずリビングにおりていた。バーティがクラウチ氏に詰められるのが嫌だから。昨日は、そのせいで嫌な思いでもしたんだろうか。
「ごめんね、約束するから」
「勝手にしろ、僕はもう知らない」
「あぁ、うん……」
降参するように両手をあげたまま、踵を返して自室にまっすぐ戻っていくバーティを見送った。荒い足音の後、勢いよくドアが閉じられて、その大きな音に思わず肩をすくめる。アレは暫くへそを曲げるだろう、この夏休み中は口をきいてくれないかも。
「あー、ごめん……」
そのままちらりと横を見て、スネイプ君に苦笑いを見せた。
「君が余計なことをして彼を怒らせたとしても、僕には関係ない」
「ん、ごもっとも」
君の感性が人とちょっとズレていてよかったよ、変に恐縮するタイプじゃなくて。まぁバーティにはスネイプ君が帰った後、時間をかけてゆっくり謝ろう。パンツのことには触れない方がいいかな。
まだ使ったことがそんなに多くないフルパウダーを掴んで、ハリーのように灰を吸ってむせてしまわないように慎重に行先を告げた。この時代のノクターン横丁は、さぞかし治安が悪いに違いない。
「みてみて、魔女っぽい帽子!」
「今どきそんな帽子を被ってる学生はいない」
「そうなの?確かに、派手な帽子被ってるのってちょっと年配の人に多いね」
学用品店ではしゃぎながらいろんなものを手に取り、スネイプ君が使いそうなものを中心に次々とカゴに放り込んだ。ローブ、シャツ、靴下、ハンカチ、羽ペン、インク壺、羊皮紙。
「ちょっと待て、そんなに買う予定はない」
「いいよ、私払うから。前も言ったじゃん?これはただの他人のお金だって。クラウチさん、せっかくいい人アピールのために引き取った孤児がみすぼらしい格好してたら評判下がるからね、いつもそれなりにお小遣いくれるの。だから遠慮しないで使えばいいよ。面の皮は厚い方がいい。人の金で飲む酒は旨い」
今度は鞄のコーナーで足を止め、右と左を見比べながらしゃべる。深いブラウンもいいけれど、やっぱり彼には黒だろう。
「どっちがいい?」
「……君の鞄を買ったらいい」
君は相変わらず、変なところで頑固だから。私は軽く笑いながら持ち上げていた鞄を下した。
「スネイプ君も28歳になったらわかるよ。誰かに貢ぐのが一番幸せなお金の使い方だって」
「いい加減その、都合よく年齢の話を持ちだすのをやめてくれないか」
そんなに年齢の話をしていただろうか?むしろなるべく出さないようにしていたつもりだけど、常に意識していたのはそうかもしれない。
「うん、気を付けるよ。で、どっちがいい?」
「………………こっち」
「OK、やっぱ黒だよね。君が選ぶならこっちかなって思ってた」
自分の予想が当たっていたことに満足して、私は機嫌よく鞄をカゴに入れた。そのまま会計を済ませ、それなりの金額になったのでお小遣いはほぼ飛んで行ったが、特に問題はなかった。お金が欲しいと母親にだけこっそり言えば多分追加をくれるだろう。彼女は何よりも父親の不興を恐れているので、私が小遣い程度で大人しくするならその方がいいのだ。
買い物の後はややさびれたカフェでサンドイッチを食べ、その後で本屋に行き、上級魔法薬学のテキストだけを2冊買った。本当はもっといろいろ買いたかったけど、すでに両手がふさがるほどの荷物だったので他は諦めた。
あのいつかハリーの手に渡るかもしれない特別な一冊を、私が買ったのだと思うと気分がいい。彼はもう長い買い物に疲れたのか、あぁ、と気のない返事をしていた。
家に帰り、今度は誰にも会わずに部屋に戻るミッションに成功して、ドアを閉じてほっと息をついた。
「暇だね、なにする?」
買ってきた荷物を置いて、自分のものと彼のものを仕分けながら聞いた。新品の黒い学生鞄に買ったものを詰め直し、持ち帰りやすいようにひとつにまとめた。それでもかなりパンパンになってしまったので、適当な手提げ袋でもあった方がいいかもしれない。
「何って……ふくろう試験の復習しに来たんだろうそもそも」
「ああそうだった、うわーやりたくないなー絶対悲惨だよ」
帰ってきてすぐやらなくてもと思ったけど、いつまでも先延ばしにするわけにもいかない。仕方なく、まとめておいたふくろう試験の問題用紙を引き出しから引っ張り出した。それからはようやく真面目に復習をして、2人で回答を確認し合いながら夕飯まで机に向かって過ごした。
その日の夜は彼の髪の毛を切る美容師の真似事をし、シャワーは別々に浴びた。昨日と同じように彼の髪を乾かして、切りっぱなしのバラバラの髪の毛が多少マシになったことに満足した。これでそう、ようやく映画の学生セブルス・スネイプくらいの印象になった。白人の瘦せ型で鷲鼻の目立つ神経質そうな顔。正直、十分にかっこいい、人目を惹くエロティックな雰囲気だと思うのだけど実際のところ周囲にはあんまりそうは思われないんだろうか?やっぱり、元が日本人だからこんなにも彼の顔が整っていると感じるのだろうか。
まぁ、道行く白人がだいたいみんなかっこよく見える現象は正直ほんのちょっとだけある。ルッキズムの権化。
「人の顔をじろじろ見て、なんのつもりだ」
「いや、なんでもない」
翌日、残りのふくろう試験の復習をして、ランチを食べて、ついでのお土産を紙袋に詰め込んだ。ついでのお土産とは、彼が来る前に買っておいたマグルの服。本当はこれを着てる姿まで見たかったとは言えない。彼にとってはこんな服をもらうことすら不快かもしれないが、この前のように休暇中に近所を散歩する服すらないというのは不便だろう。
「要らない」
「私も要らない、メンズの服なんて」
「じゃぁ買わなければいいだろう」
帰りは彼の家の近くの魔法使いがやっている雑貨屋まで暖炉ネットワークで送り、そこから公共交通機関で帰ってもらうことにした。次に会うのはまたホグワーツだろうか。
「じゃぁまたね」
「…………ぁに」
「うん?」
「ダンブルドアに声をかけるときには教えろ。僕も一緒に行く」
「……うん、ありがとう」
最後、彼はまた不機嫌そうな顔で雑貨屋を出て行った。暖炉だけを利用するのも申し訳なかったので、ついでにその雑貨屋でどこにでもありそうなレターセットを買い、家の暖炉に戻った。そのまま部屋に戻ろうと2階に上がる階段を上っていたら、バーティが廊下に立っていた。
「どうしたの?」
「あいつは?」
「家に帰ったよ」
バーティは眉をひそめたまま何かをつぶやいて自室に戻った。まぁ、好きにしたらいい。
その日は二日ぶりに夕食をリビングで食べて、シャワーを浴び、勉強もそこそこにスケッチブックを取り出して夜中まで絵を描いた。深夜零時を回ってあくびが出て、明かりを消して布団にもぐった。まずは来学期、どうやってダンブルドアに声をかけようかと考えながら。
――次の日、いつものように目を覚ましたら私は知らない場所に居た。そこは見慣れた場所より、少しだけ小綺麗だった。