第2章
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「ここどこ……」
ああもう、またこれ?
「もうやだ……」
今度はどこ?どんな場所?もういやだ、もう無理、もう耐えられない、耐えたくない。辛い、怖い、しんどい、逃げたい。
どうして私だけ、何度もこんな目に合うの?
「……なまえ」
誰もいないと思ったのに急に誰かに名前を呼ばれて、私は弾けるように隣を見た。
「あ、セブルス……やだごめん」
子供のようにぐずぐずと泣き出そうとしていた自分に驚き、隣にセブルスが居たことに驚き、見知らぬ場所で3度驚いた。
「ここ、ホグワーツの保健室……?」
天井にもなんとなく見覚えがあるし、セブルスが居るのだからそうなんだろうと思った。
「……なぜこんなに悪化するまで放置した」
「あの、ごめん……」
セブルスは聞いたことがないほど低い声で、吐き捨てるようにぼそっとつぶやいた。座っている膝の上に肘をつき、両手を固く握りしめ、それを見つめるように下を向いている。長く、疲れ切った黒い髪が顔にかかっていた。
「手紙くらい寄こせばいい。なんの切れ端でもいい、それすらできないほどだったのか」
「あの、違う……ただちょっと、普通の風邪だと思って、寝てれば治るかなって」
彼がようやく顔をあげて目が合ったけど、眉間にしわを寄せ怒りに顔を歪ませているようだった。いつもそう、手紙の中では穏やかに会話できるのに、目の前にするといつも私は君を怒らせる。
「……本気で言ってるのか。お前はまたそうやって……ドジで死んでいく気か?私がお前を見つけたとき、その体温が何度だったか知っているか。そのまま放置すれば死んでいてもおかしくなかった、わかるか。自分のことだろう、そんなこともわからないのか。それともまさか死にたかったとでも言うのか。あの家で、1人で。それはなんだ、私への当てつけか?」
……もう、早口でうるさいな。
「ごめんって、悪かったよ」
心配したと、ひとことそう言ってくれればいいのに、どうして君っていつもそうやって人を責め立てるの?
頭ごなしの彼に段々と腹が立って、じんわりあふれる涙を布団に押し付ける。家に居た時よりはずいぶん体は楽になっている気がするけど、呼吸には熱っぽさが残ってるし、何よりまだこの状況に混乱している。
「そんな言うならもう仕事に戻ってよ、見てなくていいよ……」
嗚咽が漏れそうになるのを必死でこらえて、震えながら息を吐いた。本当にもう、あっち行って欲しい。泣いてるところなんて見られなくない。
彼が私を心配して家まで見に来てくれた、そんなのわかってる。
「……本当に死ぬ可能性をなぜ考えない」
「どうせ今回も一日あれば治るよ、魔法っていつもそうでしょ」
あの、天文台から飛び降りて骨を折った時と同じように。
「何度もお前は……迷惑だ」
彼の声が少し震えている。
「だからそういう言い方しないでよ……」
愛されていないと突き放されるような寂しさが胸を占める。
「……噛むな」
セブルスがゆっくりと手を伸ばし私の口元に触れて、その手が冷たくて気持ちよかった。沈黙に後悔を滲ませて、君だって今にも唇を噛みそうだ。
「ごめん……家まで来てくれてありがとう」
「……もう少し早く行くこともできた」
「うん、十分だよ」
頬を撫でる彼の手にほんの少し体を傾けて、「ありがとう」と呟いた。別にいいと応えるように、親指がゆっくりと動いて、濡れたばかりの目元を拭う。それがまるで壊れものを扱うかのように繊細で優しかったから、私は目を閉じて受け入れた。
「「ねぇ!あんた誰?」」
セブルスが去った後、マダム・ポンフリーに渡された薬を飲んだらびっくりするくらい楽になり、体温も平熱に戻った。しばらくベッドで天井の模様を眺めていたら、誰かが急にカーテンをあけて開口一番そう言った。
私は流石についていけなくて、口をあんぐり開けてその男の子を見た。まだ幼い、2年か3年くらいだろうか。リリーを思い出すような綺麗な赤毛と、2つ並んだ同じ顔が印象的だった。
「だ、誰でもないよ……」
「新しい先生?」
「なんの科目?」
子供の純粋さが無職には辛い。
「先生じゃないよ」
「じゃあ何?」
「職員?」
「職員でもなんでもない、ちょっとマダム・ポンフリーにお世話になっただけ。君たちは?何年生?」
「俺はフレッド!」「俺はジョージ!」「グリフィンドールの」「2年生で」「双子さ!」
ああうん、双子なのは見たらわかるよ。
「なんで保健室居るの?君たち元気そうだけど」
「あのスネイプが女の人連れてきたって聞いたから見に来た」
「お姉さんのこと?」
「ううん、違うよ」
「ふーん、じゃあ誰か見た?」
「いや、見てないよ」
あのスネイプって、セブルスの立ち位置が少し見えた気がする。きっと死ぬほどレポート出す怖い先生なんだろう。
彼の性格を知っているから、教師になったというのは本当に意外だった。無駄なこと、特に子供の相手なんて真っ先に切り捨てそうな気がするのに。私が散々言ったからだろうかなんて、まぁきっとそんな些細な理由じゃないだろうけど。
双子がまた根掘り葉掘り私のプロフィールについて聞いてくるので、話を逸らすために羊皮紙と羽根ペンを借りた。
「何?なんに使うの?」
「んー、ちょっと待ってね」
双子キャラはいいよね、ポージングも色々定番があって描きやすい。
「ほら、プレゼント」
「うおーーー!!かっけぇ!」
「すげぇ!俺とフレッドだ!!」
簡単なイラストでもはしゃぐ2人を見ていると、高校の文化祭準備を思い出してしまう。何にせよ、自分の描いた絵で喜んで貰えるのは嬉しいなと思った。
「あのさあのさ、俺たちのマーク書いてよ!」
「マーク?どういうこと?」
「俺たち、卒業したら自分の店持って悪戯グッズを売るのが夢なんだよ!」
「ゾンコみたいな!」
「ああゾンコ……」
魔法界のゾンコのいたずら専門店、クソ爆弾とか大人にとっては結構面倒なものが売っていた気がする。
「じゃあお店のロゴってこと?」
「そうそう!」
「描ける?!ねぇねぇ!」
「ああうん、やってみるからちょっと離れて、近すぎてインクがつきそうだよ」
2人がほとんど私のベッドに乗りながら羊皮紙を覗き込むものだから、さすがに苦笑いした。日本人にはないテンション。
「モチーフは?何にしたいの?」
「うーん、わかんないなぁ」
「2人のファミリーネームは?」
「「ウィーズリー!」」
「スペルは?」
「W」「E」「A」「S」「L」「E」「Y」
2人がテンポよく交互に並べるアルファベットをメモにとる。本当に息ぴったりだ。こんな仲良しでお店なんかして、いつか本気で喧嘩をしてしまったらどうするんだろうとか考えてしまうのは汚い大人だからだろうか。
わくわくと2人に見つめられて、さてどうしようかなと迷っていたら「おやおや、人気者じゃのう」と違う声がした。
「やべ、校長!」
「うわっ、マダム・ポンフリー」
「こらあなた達!保健室に忍び込むのはやめなさいといつも言ってるでしょう!」
双子は慌ててベッドから降り、手早く羊皮紙と羽根ペンを回収した。
「おねーさん名前は!?」
「なまえだよ」
「ありがとう、またね!」
「また連絡する!」
バタバタと羊皮紙を丸め羽根ペンを仕舞い、2人は元気よく走りマダム・ポンフリーの手から逃れた。私はもう見えない背中に曖昧に手を振ってから、ダンブルドアに体をむけた。
「ご挨拶が遅くなってすみません。なまえ・みょうじです。セブルスの……スネイプ教授の、知り合いで」
「そのままで構わんよ、事情は聞いておる。アルバス・ダンブルドアじゃ。気軽にアルバスと呼んでくれ。病み上がりに押しかけてすまんのう」
「はは……ありがとうございます、ダンブルドア校長」
私は2人とその場で軽く会話をして、詳しいことは校長室でと言われた。マダム・ポンフリーから退室許可を貰い、私は入院着のような水色のパジャマからダンブルドアが用意してくれた黒いローブに着替えた。
ダンブルドアの後ろを歩きながら、懐かしい校舎を盗み見る。壁一面の生きた肖像画、気まぐれに動く階段、お揃いのローブを着た魔女魔法使いの子供たち、いったいこんな学校、だれがどうやって考えたのだろう?
「……何か面白いものでもあったかの?」
「あ、いえ……きょろきょろとすみません。すべてがその、新鮮で」
「構わんよ、存分に見ていくと良い。あぁ、足元にはちと気をつけて。そこの階段はすぐに居なくなってしまうのでな」
当たり前のように踏み出した足の先、段差があるはずの場所に何もなくて、ひゅっと内臓が浮き上がる。そのまま足を挫くだろうと思っていたら、突然体がふわりと浮いた。いつの間にかダンブルドアの右手には杖が握られていて、ずいぶんなご老人のはずなのにその反射神経にも驚いた。
「あ、りがとう、ございます」
私はまるで宇宙に居るかのようにその場にふわふわと揺れていた。
「もちろん、どういたしまして」
ダンブルドアはキュートなウィンクをして、紳士的に私の手を取って廊下に下ろした。魔法みたい、魔法だけど。
たどり着いた先の校長室で何を話されるのかと思えば、私の今までの経緯を確認されただけだった。私は素直に、自分が2025年を生きていたはずなのに、気付いたら突然1990年のコークワース、セブルスの家に居たのだと言った。
それ以前のことは聞かれなかったし、こちらからも伝えなかった。私はセブルスの家に瞬間移動して初めて魔法を知り、彼に保護されていた。そういう設定。
「――ひとまず、この冬の嵐が収まるまではホグワーツ城でゆっくりしていってくれまいか。セブルスの家は、まぁ……ちと冬は寒かろう?」
「はは、そうですね。そうできると、とてもありがたいです」
やや肩身の狭い思いはするけれど、せめてこの規格外の寒波の間だけでもここに居ないと、またセブルスに余計な手間を取らせてしまうかもしれない。
「ああそうじゃ、あなたは絵描きだと聞いたんじゃが、魔法界の絵にも興味はあるかね?実は5年ほど前からホグワーツでも絵画の授業が増えての。3階に教室がある、ぜひ遊びに行ってみると良い」
「絵描きというほどではありませんが……ありがとうございます。一度見て見ます」
マグルの身分でホグワーツ城の中を歩き回るのは気が引けるなと思ったが、とりあえずそう返事をした。
魔法界の絵、この動く肖像画たちにも興味はある。動く絵と動かない絵、その差は何だろう?例え子供の落書きでも魔法使いが描けばなんでも動く、という訳ではなさそうだったしと、改めてそんなことが気になった。
おもむろに、ダンブルドアがちりんと机に置いてあるベルを鳴らした。繊細で綺麗な音だったが、何のためだろう。
「ここからはほんの老人の興味本位で、大変なおせっかいかと思うのじゃがな……セブルスとはどのような関係か、聞いても良いじゃろうか」
「あぁいや、その、ただの友人……といいますか」
どうしようか。昔のことを話すのは構わないが、話しても信じてもらえるのだろうか。どう考えても長くなりそうな説明を、おまけに英語でと思うと心が折れそう。つい助けを求めるように、止まり木にいる真っ赤な鳥の目を見た。
「困らせてすまんの、いやなに、ガールフレンドかなと思ってしまっての」
「えっ、いや、違います!私たち友人です、ほんとに」
ダンブルドアは白い眉毛をくいっと動かし、本当だろうかと疑うことを楽しむように口角をあげた。
「毎日彼に、ふくろうで絵を届けていたのはあなたかのう?」
「はい、まぁ、暇つぶしに……」
「なかなか人と関わろうとしなんでな、彼は。そんな彼がいつもどこからか、素敵な絵ハガキを受け取っておる、それはそれはもう、今は学校中の噂の的なのじゃよ」
あぁ、それはとんでもない迷惑をかけていたかもしれない。確かに、今まで送っていたのはほとんど鉛筆画と水彩画だから、マグルからというのは丸わかりなわけで、彼がそれを受け取るのはさぞかし目立つだろう。
それこそ絵は要らないってひとこと言ってくれたらいいのに……。
引き攣った笑みで会話をしていたら、突然後ろから別の声がした。
「……とんでもない嘘を吹聴するのはやめていただけますか校長」
「うわ、セブルス」
いつの間にか隣にいた彼に驚いて飛び上がる。どうやって音もなくドアを開けて入ってきたのだろうか。ダンブルドアは気付いていたのか、変わらずににこにこと笑うままだった。
「嘘って?」
私は少し声のトーンを抑えながら、彼に聞いた。
「君からの手紙は大抵夜中に届く、人前で受け取るはずが無いだろう」
「あ、そうなの?なら良かった」
それならなんでダンブルドアは知ってるんだろう?まぁ、いいか。魔法使いって変なところで常識抜けてるし。
「それでもあのクリスマスローズの絵は本当に素敵じゃった、思わず手に取ってしまいそうになる、吸い込まれるような絵じゃったよ」
「そうですかね、はは……。大したものじゃないですが、あの、嬉しいです。ありがとうございます」
誕生日に送ったあの油絵もしっかり見ているのかとやや驚き、社交辞令であっても送られたその称賛に私は口元が緩んだ。絵の感想を言われるのって本当にこそばゆい、ダンブルドアは褒めるのが上手い。
「さてセブルス、彼女がしばらく滞在するための部屋を案内してもらえるかね?客人を案内できる空室はいくつかあったと思うが、まぁあまり迷わない部屋が良いじゃろう。この城はちと広すぎるんでな」
「……かしこまりました」
セブルスが一瞬視線を私に向けて、直ぐにダンブルドアに戻した。
「では」
セブルスがダンブルドアに軽く頭を下げる。もう行くのかと、私も慌てて席を立った。
「城への滞在許可、ありがとうございます。あと素敵な服も」
「構わんよ。あぁ、もしよければ大浴場も使ってもらってな。日本人はお風呂が好きだと聞いての、わしの古い友人もあれが好きなのじゃ」
「えっ、本当ですか!いいんですか、すごく嬉しいです!」
思わず食い気味で返事をしてしまった、学生だった頃の念願がこんなところで叶うとは。ダンブルドアは笑い皺のたっぷり刻まれた目を細めて、自慢のひげを撫でながらうなずいた。
「場所はセブルスに聞くと良い」
「はい、ありがとうございます」
そのセブルスはもう、ドアを開けながら早くしろと言わんばかりの目で私を睨んでいた。ダンブルドアとのあまりの差に少し笑ってしまう、まるで月と太陽だ。ダンブルドアに軽く頭を下げてから、私はセブルスの開けてくれているドアに急いだ。
「ごめんね」
「遅い」
小声で短い言葉を交わして、私は小さく笑った。
セブルスは城の中を無言で歩き続け、地下牢にある少し奥まった場所の空き部屋を案内してくれた。この位置なら方向音痴の私でも確かに迷わないだろう、1年半毎日歩いた地下牢だ。
彼が何度か杖を振りながら部屋の中を歩けばあっという間にベッド、クローゼット、机、椅子が出てきた。最後に暖炉に向けて杖を降れば、瞬く間に明るい大きな火が灯った。
「うわぁ、木」
思わず新鮮な薪に顔が綻んで、さほど寒くもないが暖炉の前にしゃがんで手を当てた。木の燃える気持ちいい匂いと、ぱちぱちと弾ける音にわくわくする。
この完璧な佇まいの暖炉を見ていると、スピナーズ・エンドの貧相な暖炉を思い出す。石炭で真っ黒、それをくべる私の手も爪の中まで真っ黒。改めて自分の手を見ればまだその色が残り、ささくれやあかぎれも目立つ。おまけにこちらに来た時ジェルネイルをしたままで、それを仕方なくやすりで無理やり削り取ったので爪もボロボロのままだ。
「セブルスってさー、大変だったね」
引っ張ってはいけないと思いつつ、指の横の硬いささくれが気になる。
「……何がだ」
「だってあの家って実家でしょう?小さい頃、不便だったんじゃないかなぁって思わず考えちゃったよ。私は大人だからいいけどさ、子供には辛いよ」
しかもリリーが、セブルスの親はあまり健全ではないと、そういうニュアンスのことも言ってはずだ。虐待?ネグレクト?まぁ詳しいことは聞かないけど。
彼が無事に大人になってくれてたのは、当たり前じゃなかったかもしれない。今回私が、たった一度の冬で終わりそうになってしまったように。
「学校、ホグワーツで良かったね」
全寮制だから、という意味で言った。
「……その家で死にかけていたやつが何を言う」
「これはまぁ異常気象のせいじゃない?あとあの家、魔法使い仕様すぎるんだよ、もうちょっとマグルに寄せてよ。まずボイラー見直そう、シャワー浴びながら冷水になるの、そのせいで風邪をひいた。後とにかく暖房、絶対暖房。じゃないと家帰れない、今度こそ死ぬ」
「やかましいやつだな、その要望の一部でもなぜ手紙に書かない」
「なんか手紙ってちょっと背伸びしちゃって……。あ、でも楽しかったよ、文通。初めてだった、あんなふうに誰かと毎日手紙を交換するの。私全部大事にとってあるよ、君の手紙。可愛くない?」
からかい半分でそう言ったのに、彼が顔を逸らすからなんだか嬉しくなってしまう。手紙の向こうで想像するだけだった彼の反応を、今なら目の前で見ることができる。
君って真っ直ぐ褒めるとちょっと照れちゃうんだよね、そういうの忘れてた。変わっていないところを知ると嬉しい。
「ありがとね、毎日返事くれて」
セブルスは顔を逸らしたまま私の頭を犬みたいにわしわしと撫でて、ちらっと時計を見た。
「……夕飯だ」
「ん」
セブルスが頭を抑えてるから立てないのだけど、余計なことは言わないでおいた。
それから大広間で夕飯をとり、また部屋でゴロゴロと過ごしながら生徒がみんな寮に戻る9時を待った。静かになった城内を歩きながら、あやふやな記憶を頼りにようやく大浴場にたどり着き、念願のお風呂に浸かった。
芯までポカポカに温まった体に、上質そうなシルクのロングキャミソールを着て、その上から厚手のカーディガンを羽織る。これ、下着まで部屋に用意してくれてたんだけど誰のチョイスだろう?結構セクシー。
お風呂上がりに靴を履きたくないので、抵抗を感じつつルームシューズでぺたぺたと廊下を歩いた。どうせ誰にも会わないからいいでしょう。
部屋に戻る前にひとつだけセブルスに聞きたいことがあって、彼の研究室に寄った。
「……ここであってるのかな」
以前はスラグホーン先生の部屋だった、ここで個人面談をした記憶がある。迷ってから、控えめにドアを叩く。
コンコンと2回ノックしたけど、無音のまま。
「……セブルス、いる?」
何となく小声で聞いて、少し待ってからもう一度叩こうと手を伸ばした。
「わ」
急にドアが内側に開き、その場に真っ直ぐ立ちすくむ。
「なん……お前まさか、その格好で風呂から戻ってきたのか」
そういうセブルスはまだ昼間の格好のままだ。
「うん、そうだけど」
そう言われると確かに、地下牢までくるとちょっと冷える。カーディガンの前をきゅっと締めて、自分の腕をさすった。
「あのさ、お風呂入りながら……」
「いいからまず入れ」
「そう?ありがとう」
別に大した用事ではないからいいのだけどと思いながら有難く中に入り、暖炉の前に進む。
「この部屋暖かいね」
思わずまたカーディガンを緩めながら、内側の空気を入れ替えた。
「それでね、……セブルス?」
セブルスが隣に立って、私のカーディガンの襟に手をかける。
まって、いきなりそういうこと?
「セブルス……?」
「……この服は?」
「部屋に置いてあった」
「ならどう考えても部屋で着るものだろう」
「でもお風呂上がりにまたカッチリしたローブとか着たくないし、着替えるの面倒で……」
「……肩を仕舞えと何度言えばわかる」
「あの、うん……」
カーディガンを羽織っているから肩は隠れていると思ったが、面倒だったので口を閉じた。セブルスの指が鎖骨を撫でながら、「それで?」と要件を促す。
「ミスターのこと、家に置いてきちゃったかなって心配になって……」
「あれならもう学校のフクロウ小屋に居るだろう、出る時に放ってきた」
「そう、良かった」
彼の指が首をなぞって頭の後ろに回っていくのがくすぐったくて、体がぴくりと反応する。
「髪の毛を切ったのか」
「うん……手入れするのも大変だから」
自分がショートヘアの似合うはっきりとした顔立ちだとは思ってないし、今の髪型はあまり気に入っていない。それでもあの場所で絵を売るなら、これは必要な自己防衛だった。
どうせリリーみたいな綺麗な赤毛でもないし、傷んだ黒い髪なんて大事にしておくほどでもないんだけど。
「……絵を、金のために売るならしなくてもいい」
なんでこういうの察し良いんだろう、ほんとに昔から。
「……お金のためだけじゃないよ」
「ならばなぜ」
そう言われるとなんか難しい。絵が好きだから?自分の限界を知りたい?技術を高めたい?売れっ子になりたい?……今さら?
ふと逃げるように目線を逸らした先に、私が贈ったヘレボルスの絵があった。ちゃんとした額縁に収められて、他には飾りひとつない殺風景な執務机の右奥に置かれている。
きっとそう、こんな風に飾ってくれると思ってた。だからここに馴染むように、この季節の色を使って冬の花を描いた。
「……見て欲しいのかもね、誰かに。そんな大したものじゃないけど」
誤魔化すように下を向いて笑って、セブルスの胸元に額を押し付ける。
「ありがとう、飾ってくれて」
「……ああ」
そっと上を向いて、セブルスの顔を見あげた。ゆっくりと唇が降りてきて無言のまま重なる。彼の指が肩を撫でれば、カーディガンはするりと外れて腕にたまった。
「……ん…………」
首筋を指先でぐっと押されると、肩を揉まれてるみたいで心地よい。自分が安全な場所に来たことにほっとして、暖炉の熱を感じながらとろんと目を閉じた。セブルスが唇を離し、そのまま首筋にキスを落とす。
体から力が抜けて、呼吸すら彼に預ける。
「……ぃっ…………!」
完璧な愛撫の始まりの中で、急にセブルスが首筋に歯を立てた。ほんとに、甘噛みとかじゃない、噛みちぎるみたいに歯を食い込ませてくる。
普通に痛くて、私は目を見開いてぎゅっとセブルスの腕を掴んだ。
噛む人がいるって聞いたことはあるけど、今まで実際に噛まれたことはない。思った数倍は痛いが、これが愛情表現と思うと抵抗するのも悪い気がして。
歯が皮膚を突き破りそうな恐怖、彼に咀嚼されて喉を通り抜ける自分の肉片まで想像した。痛みで神経が昂って、突き飛ばさないように我慢するのが辛い。
「せぶ、るすっ……!」
名前を呼んだらようやく口を離して、彼は涼しい顔のまま返事をした。
「……なんだ」
「な、なんで噛むの……?」
セブルスはどこか満足そうに、自分が残した跡をなぞっている。やっと痛みから解放されたそこをそんな愛おしそうに撫でられると、なんだかゾクゾクして変な笑みがこぼれる。
「……だから肩をしまえと言ってるだろう」
「肩が出てたら誰でも噛んじゃうの?吸血鬼なの?」
私の言葉に、彼は不機嫌そうに眉を寄せる。
「なら噛むなと?」
当たり前でしょう、痛いし、噛まれたくないし。そう思うのに、違う言葉が頭に浮かんだ。
「噛んでもいいけど……そういうの……。私だけにして欲しい……」
小さい声で、目を逸らしながら言った。
だってあなたは、自分の世界で誰のことでも選べるでしょう。それがずっと引っかかって、手紙を交換しているときも虚しかった。私には君しかいないのにと。
「……お前もそうするならな」
「そもそも知り合いなんてセブルスしかいないのに、他なんかないよ」
「減らず口を叩くな」
だってそうだ、それが事実だ。セブルスはどこにでも行けるけど、私は不自由だ。
「っ…………!」
さっきの歯型のすぐ横で、セブルスがもう一度跡をつける。下の歯が一部鎖骨に当たって、骨に挟まれた部分が特に痛い。
「んっ、セブルスっ……」
今度は名前を呼んでもその歯を緩めることなく、彼はむしろ更に力を込めた。
「痛い……ねぇ、痛いってばぁ……!」
思わずそう口に出して、彼の肩を控えめに叩く。ようやく離れた歯にほっとして、涙目で彼を睨んだ。
「痛いって言ったのに」
「やめろとは言われてない」
「屁理屈」
「お前が言うか?」
なんだか私だけ一方的に噛まれるのも腹が立ってきて、彼のコートのボタンを上から3つほど外す。シャツも押しのけわずかに見える肌に緩く唇を押し付けて、舌でなめた。軽く歯を押し込むけど、ちょっと怖くて強くは噛めない。
「んっ、ぁ……」
セブルスの手が薄いキャミソールを捲って、地肌をなぞる。カーディガンをはぎ取って、脇腹を這うように動く指がくすぐったくて気持ちいい。
「ちょっと待って……」
「なぜ?」
「わ、私の番なのに……っ」
私が噛もうと思ってたのに。セブルスの手がブラジャーを下から押し上げて、乳首を摘む。その刺激に力が抜けて、ただ首元に顔を押し当てて震える。
「噛めばいいだろ、目の前にある」
「そうだけ、ど……っ、……!」
立ったまま触られると、影でも踏まれたようにその場から動けなくなる。
「……ん……っ、…………ぁ、っ……んっ」
気持ちいい、なんでこんなに触るの上手いの?嫉妬しちゃう。
ずるい、私が教えたのに。乳首だけじゃなくて胸も揉んでねとか、あんまり強く引っ張っちゃダメとか、キスもしてねとか、あの時の君はまだ私だけのものだったのに。
「ふ……んっ……」
とけるようなキスをして、彼が私をソファに押し倒す。大人が2人転がるには少し狭いソファ。彼はソファの背に手をついて、私を見下ろしている。
男女差を感じる、生物的な力の差。16歳の男の子とは違う、30になった大人の余裕。なんか嫌だ、13年も離れていたのが悔しい。
「見ないでよ……」
「見ろと言ったり見るなと言ったり、身勝手だな」
片足をぐっと大胆に押さえつけられて、私はパンツを彼の目の前に晒した。
彼の指がその中心に触れて、布越しに入口を刺激する。そのまま縦になぞって、私の反応を見ながら最も敏感な粒を探してる。
「……ん……っ、んっ!……ひっ、ぅっ……」
私が余裕なく震える場所を見つけて、爪を立てながら何度も引っ掻く。そうされると簡単に気持ちよくなって、私は自分の顔を両腕で隠した。目を閉じると感覚が集中して、暗闇が落ち着く。
「だ、め……」
ぎゅっと体に力を入れ足を閉じようとしたが、セブルスがそれを咎めるように押さえつける。私はピクピクと数回に分けて跳ねる腰を彼に全部見られた。私だけが乱れている、その温度差にゾクゾクする。
「……随分早い」
「言わないで……」
きっともう染みを作っているパンツのクロッチをセブルスの指が押し込む。流石に布がずぶずぶと飲み込まれるようなことは無いけど、届きそうで届かない曖昧な刺激が愛おしい。捏ねるようにほぐされると、気持ちよくて腰が浮いてしまう。
セブルスが顔を近づけて、太ももを舌で舐める。思った通り、彼はそこにも歯を立てて、私は息を飲んだ。
「ぃ……っ、」
痛い、痛いんだけど、首筋より余程エロティックなその部位に興奮する。
「ぁっ、だめ……っ」
歯が食い込む、皮膚の弾力を楽しむようにゆっくりと力を込めて、骨が近い首筋とはまた違う優しい痛みがある。
そのまま、片手がパンツの中に入ってくるから。
「ひ……んぅっ……!」
痛い、のに、よく濡れた膣の、浅い部分を探る指が、気持ちいい。
「……ぃっ、く……っ!!」
いつの間にかセブルスに渡された自分の片足を自分で持って、それを抱き寄せるように体を震わせた。くたっと全身の力を抜けば、まるで食事を終えた吸血鬼みたいに口元の唾液を拭う彼と目が合った。自分の白い太ももには、真っ赤な歯型が2つ残っている。
「……えっち」
息を整えながら、この部屋暑いなと思った。
彼がふんと鼻で笑って、当たり前のように私のパンツを脱がせる。
「こんなに濡らしておいて、よく言う」
「セブルスのせいだよ……」
スピナーズ・エンドのあの家でしたとき、私は惚れ薬を飲んでたし、こんな風に喋る余裕はなかった。焦るように彼を押し倒して、ズボンを掻き分けてペニスをほおばって、飢えた獣みたいによだれを垂らした。
ふと今回もそうするべきだろうと思って、私は体を起こして彼の服に手をかけた。
「私もする……」
「……いい」
「なんで?」
あんまり好みじゃなかったのだろうか、元カレは結構喜んでいたのに。
そんなことを思った瞬間、彼がまた突き飛ばすように私をソファに沈めて、首筋に歯を立てた。
「いっ……!」
さっきみたいに徐々に力を込めてくる噛み方じゃなくて、いきなり全力で噛んでくる。
「いたい、よっ、ねぇっ……っ、……ねぇってばっ」
押し返しても体をひねろうとしてもびくともしない。自分よりよほど強い力で押さえつけられて、首元を噛まれてる。
「んっ…………っ」
もう暴れてないのに、セブルスが容赦なく体重を乗せるから、息苦しさがぼんやりとした高揚に変わっていく。
「は……んぅ……」
その満たされるような心地にぐったりと力を抜き抵抗をやめれば、ようやくセブルスの体が離れた。私はちょっと混乱しながら、自分の左肩を抑える。
「お前はもう帰れない」
いつもより低い声で、厳しく詰め寄るように言う。
「なに?今、どっかに帰るなんて話ししてないじゃん」
「黙れ」
なんで急にこんな怒り出したのかさっぱりわからないけど、その捕食者のような目に吸い込まれそうになる。
唾をごくりと飲み込んで、期待を込めて目線を合わせた。
「ちょっと嫉妬しちゃう……」
「……何に」
「セブルスにこういうこと教えた、誰かに」
「はっ……お前がそれを言うか」
どこか自嘲気味に笑いながら、セブルスは杖を使って窮屈そうな真っ黒のフロックコートのボタンを外した。それを脱ぎ捨て、肩に掛かるサスペンダーを外し、ズボンのホックを外すところまでをまじまじと見た。スタンドカラーの白シャツの第1ボタンは、さっき私が外した。
「……綺麗な体」
「くだらない」
「いいなぁ」
何にそんな嫉妬しているのか、自分でもあんまりわからない。ただ彼の体を見ていると、その全てが自分のものになればいいと思う。
「アンコウって、知ってる?魚。あれ、メスがオスの体食べちゃうんだって」
「……間違えている。オスがメスの体に噛みつき、皮膚を融合し寄生する。そのまま精子を提供し、やがて一体化する」
「ふうん……?」
なんかちょっとよくわからない言い回しがあったけど、まぁいいや。
「なんか究極の愛って感じで、いいよね」
「随分グロテスクな愛だな」
「君だって、私のこと噛むの、グロテスクだよ」
「……そうだったか」
おもむろに、セブルスが私をうつぶせのまま膝に乗せソファに座った。まるで魚。私はソファしか見えなくなって、何事かと首を捻り彼を見あげた。
「え、なに?」
「————が必要だな」
「ぱ、ぱに?」
彼がぼそりと言った単語を聞き取れなくて聞き返す。
突然、膝に乗せられた私のお尻のてっぺんを、セブルスが大きな音を立てながらパンっと叩いた。
「いたっ」
あぁ、Punishment、お仕置きかとひらめいて、そんなこと今どうでもいいよと自分に突っ込みを入れる。
「ちょっと、セブルスっ」
「体調を崩したならさっさと連絡しろ、毎日無駄なことばかり書いて寄こす癖に」
「いぃ……っ!んぅっ!」
喋りながらゆっくりと、わざと音を立てるように手のひらでお尻を叩く。3回ほど叩いてから、キャミソールをめくって今度は直接叩いた。それが思ったより痛くて、お尻全体がじんと熱を持つ。
思わずバタバタと手足を動かして逃げようとしたけれど、そうしたらより強い力で叩かれた。
当然だけど子供の時だってお尻を叩かれた記憶なんてないし、人生で初めての体験なんだけど、これがお仕置きであり怒られているのだと脳みそで理解するのはどういう仕組みなんだろう。
突然始まったお尻ペンペンに慌てながら、中途半端に高ぶったままの下腹部の熱に叩かれる痛みが混ざっていく。
「そもそも石炭のストックもほぼなかった、石炭売りが来てないこともなぜ言わなかった」
「ひっ……!や、やだぁっ」
パァンッと大きな音が鳴り響く度に体に力を入れて痛みに耐える。両手でソファを握りしめ、子供みたいに涙が滲んでくる。泣き出すと何かのスイッチが入るように、だんだん自分が幼くなっていく気がした。
「あの部屋はいつからあんなに冷えていた。しばらく暖も取らずに居たのだろう、そんな環境に居たら体を壊すに決まっている」
「い、痛いっ、ごめ、ごめんなさいっ」
ひりひりと痛みが溜まっていく肌にセブルスが手のひらを当てる。それがもう一度叩くのではと馬鹿みたいに緊張して、むき出しの神経に響く。はぁはぁと目も口も開きっぱなして、体全体で呼吸をした。驚きと痛みとこの異様な状況に心臓がどくどくとうるさい。
何度も叩かれて、私のお尻もセブルスの手のひらも熱を持っている。それが火傷しそうなほど熱く感じて、逃げたいのにセブルスの膝の上からどこにも行けない。お腹の下にある彼の足を、まるでクッションみたいに抱きしめる。
ぁ、ぁ、と知能を忘れたように呟いて、お尻をむき出しにしたまま鼻をすする。泣いている、泣いている自分にパニックになる。
「待って、セブルス……」
「おまけに食事もろくにとらずにタバコばかり吸って、ただの死にたがりだこの愚か者」
「ひぅっ……!」
パンッとまた強く叩かれて、私は声をあげないように両手で口を押えた。鼻から荒い呼吸を吐いて、かたかたと奥歯を震わせる。
怖い、痛い、あつい、なにもかんがえられない……。
痛みに伴って、脳内でそれを和らげるエンドロフィンが大量に分泌される。何度も同じ場所を叩かれる恐怖がそれを増加させて思考を溶かす。
お尻を叩かれると物理的に腰まで揺さぶられて、こんな裸みたいな恰好してセブルスに叩かれているのだと、そういうのがじくじくと響いてくる。お尻を叩かれてるのに、まるでそこが性器になったみたい。痛みでひりつく肌を、指で優しくなでられると、それだけで特別な愛撫になる。
「ふっ、ぅぅぅ……」
「お前は1人で生きていくこともできないのか」
囁くような優しい声で、頭を撫でながら彼が言う。
言っていいのだろうか、生きていけないと。誰かが居ないと嫌だと、そんな風に甘えて泣いても。
普段だったら絶対に口にしたくない言葉も、泣きながらお尻を叩かれているそういうプレイだからと免罪符を得る。
「でき、ないっ……」
私は何度も小さく頷いてソファに顔を押し付ける。
「生きてけ、ない……っ」
お尻を撫でていた指が割れ目をなぞって、膣口の周りにこびりつく愛液をとろとろと掻き混ぜる。
もっと、もっと。
甘やかして、甘やかして、どろどろに溶けるまで甘やかされたい。子供のように叱られて、赤子のように抱きしめられて、その存在ごと君に許されたい。
「っ、……ぁっ……」
脱ぎっぱなしでソファに掛けてあったセブルスのコートを掴んで、その襟もとに顔を押し付けた。セブルスの匂いがする、汗の匂い、人の匂い、人の体臭。でもどこか独特の甘さがある、火をつける前のタバコみたいな、お気に入りの革の鞄みたいな。それに混ざる、魔法薬のハーブの匂い。
彼の指が膣をゆっくりと広げて、おへそ側をぐっと押し込む。私は触りやすいように足を広げた。
「ぁっ、……っ、だめ……っ」
ぐっとコートを握りしめ、自分のくぐもった声が耳に届く。とろけ切って、なにも我慢できないような理性のかけらもない低い声。
「ぁっ、あ゛ぁ……っぐ、……んあ゛ぁ……」
ぎゅっと目を閉じて、その鈍痛のような絶頂を味わう。その間にも、セブルスの指が探るように膣の中を押すから、体の震えが止まらない。
無事にイキ果てるまでゆっくりと待って、セブルスが私の肩を軽く持ち上げる。
「座れ」
「ん……」
セブルスの膝の上に向かい合わせで座る。足を大きく開いて、子供のようにしがみついた。
「私には君の健康状態を管理し生活を維持する責任がある」
彼の英語を頭の中でもう一度繰り返したけど、上手く理解できなかった。
「もうちょっとわかりやすく言って」
「君を生かす義務がある」
「……ふふ、そんなのないよ」
そんなことを思っていたのか。彼のその律儀さに笑い、頬を撫でてキスをした。浅いキスを繰り返して、だんだん舌を絡ませていく。
「私ももう大人だから。きっと、1人でもどうにかなるよ」
そう言いながら、声が震えるのはどうしてだろう。セブルスの手が赤くひりつくお尻を撫でると、よくもまぁそんなことを言えたものだと笑われている気にもなる。
「……覚えておこう」
「うん」
肩口に顔を埋めながら、背中を爪の先でなぞられるくすぐったさに身を捩った。気持ち良くてため息が漏れる。軽いリップ音と共に首にキスをされて、嬉しくて多幸感に恐怖する。
スピナーズ・エンドの家で1人、寒くて寂しくて辛くて、このまま死ぬとと思うと涙が止まらない時があった。死が怖いのか、別の理由なのかもわからないまま、ただ繋がりが欲しくて毎日絵を描いてホグワーツに送った。毎日返事を届けてくれるフクロウを待ち続けて、いつも窓を見ていた。
彼が私を膝から下ろし立ち上がり、私はソファの上でぼーっとしたまま何も言わずに待った。軽く頭を撫でられ肩を押され、そうだよねと思いながらお尻をソファからはみ出すように座り直し、後ろを見る。彼がズボンを下ろしてペニスを出して、私は高さを合わせるようにお尻をあげてソファの背を掴んだ。
彼が私の腰を抑えて、先端が割れ目を数回往復し入り口をそっと割って入る。私は手をぐっと握りしめて、身体中の神経が興奮するのを感じていた。
「ぁ……っ、ぅ……!」
息をつくより早く、ずぶずぶと大きな異物が容赦なく内側をえぐる。どう考えても狭いのに、何の躊躇もなく無理やり入ってくる。入れただけで、まだ彼は動かない。
「あ゛、ぁ……」
もう我慢できない声を、必死で喉の奥に留める。当たり前だけど、セックスって好きな人とすると気持ち良くて、安心感があると心もとろける。膝の上でお尻を叩かれて、泣いて、頭を撫でられて、彼を心から受け入れるには十分だった。
まだ叩かれて熱が残っているお尻を、まるで慈しむみたいに撫でられて、もうまるでDV。
「いっ、……っ!だめ、それっ……!」
少し落ち着こうと努めても、またパシンとお尻を強く叩かれて強制的に涙が出た。
「よく締め付けてくるな」
中に入ってる状態で叩かれると、痛みがくっきりと快感に変わってしまう。
「うご、いてっ、普通にっ……」
奥まで押し込んだまま、形を合わせるみたいに微動だにせず、ただゆっくり真っ赤に腫れたお尻を撫でている。手のひら全体で触ったり、指先だけで遊んだり。それがくすぐったくて、気持ちよくて、じっとしていられない。
ほんのちょっと動いてくれたらいいのに、その腰を少し引いて、思いっきり押し込んで。
「ぃ……ぅっ……!」
大きな刺激ひとつもないのに、勝手にお腹がずんと重くなる本気の絶頂。悔しいくらい全然止まらない、何度も膣を収縮させ、自分で腰を押し付けていじらしく前後に動かす。
「ふっ、ぅ……っ、動いて、よぉっ、セブルス……!っく……おねがいっ……!」
「……っ、わかったから泣くな」
「あっ、あ、あ、あっ……!泣いてっ、んっ、ないっ」
やっとセブルスが動いて、焦らしに焦らされた熱が脳みそを溶かす。気持ちいいところ当たって病みつきになる。
「んっ、ぁっ、ん、んっ」
無意識に逃げるようにソファにしがみつくが、それを咎めるようにセブルスが背中をぐっと押し込んだ。私はまたつぶれるようにソファに顔をうずめて、完全に負けたような気分になる。
「んっ、……っ、ぁぁっ!」
耐えきれずに頭を白くしてきゅうとお腹に力を入れれば、褒めるようにお尻を撫でられる。パンパンパンとテンポよく鈍い音が響いて、その度に気持ち良くて満たされていく。
「っ、出すぞ」
「ぁっ、ん、……あっ、ぁっ……!」
最後にまた強くお尻をバチンと叩かれて、同時に膣の奥まで内臓を押し上げられる。散らかっていた感度が一気に高ぶって、全身の細胞がはじけるように目の奥がちかちかした。
「い……くっ……!」
背筋を限界まで反らせて、全身を震わせながら内側を締めた。絶対に離したくない、外に出したくない、寂しい——。
「…………はっ……っ」
セブルスの荒い呼吸が頭のすぐ後ろで聞こえて、耳が溶けそうだった。
お互いに数秒間、何も言わないで息を飲む。
「……うぅ……死んじゃうぅ……」
「……こんなもので死ぬ人間が居るか」
「いるよぉ……」
腹上死とかいうじゃん。
どくどくどくと心臓の音まで聞こえてきそうな異常な脈拍のまま、崩れるようにソファの上で丸くなった。
激しく絶頂した後の、この急に現実に戻ってくる感覚が心地いい。全てを吐き出して、それを受け止めてもらった安心感。
「少しどけろ」
セブルスが私の足を容赦なく押しのけてソファに座り、仕方なく私は芋虫のようにずるずる這って片側に寄った。そのままお互いに数秒、何もしゃべらない“間”が横たわる。
「……次からはちゃんとベッドでしようよ、身体痛くなる」
「ふん、体が痛いのは別の理由だろ」
そう言いながらセブルスが雑にお尻を叩く。パシッと軽い音がして、私は真っ赤に腫れていたお尻を精一杯守った。
「なんで叩くの……もう知らない、こんなのお嫁に行けない」
「そんな願望がお前にあったとは知らなかったな」
「あるよ、女の子だから」
出来れば30までに結婚したいなと思ってた。もうほぼ30だし、戸籍も無いのに結婚とかそれどころじゃないけど。
「お尻痛い……」
「随分と良さそうにしていたからな、礼は要らない」
「……代わりに君からの謝罪が欲しい」
ひりひりと痛むお尻をさすりながら、ゆっくりソファから立ち上がった。本当はこのままここに座り直したいけど、もうほら、立ったそばから早速垂れてくる……。
「シャワー借りて良い?」
「風呂浴びてきたんだろう」
「誰かさんのせいでお股がびちょびちょだからだよ」
「あぁ、自分のせいで」
「き み の せ い」
すっきりした顔のセブルスが軽く杖を振ると、ドアがバタバタと2枚開いてシャワーまでの道ができた。もう一度杖を振ると、黒いタオルが出てきてバスルームのカーテンレールに引っかかる。
「ありがとう」
「転ぶなよ」
「あぁ、うん……がんばる」
もう足までフラフラだ。
髪を濡らさずに体だけ洗って、体を拭いてすぐ外に出る。お尻を触るとヒリヒリして、どれだけ強い力で叩いたんだろうと呆れた。おかげでお尻だけぽかぽかだ、お猿さんみたい。ちくしょう。
体にタオルを巻いて部屋を歩き、ソファの上に丁寧に揃えられているパンツとキャミソールを見つけた。パンツ、ちゃんと真ん中まで綺麗なってる、魔法うける。
服を着て、髪を拭きながらバスルームでドライヤーを探したが見当たらない。たぶん無いと思っていたので、私は隣の部屋まで届くように声をかけた。
「セブルスー」
「なんだ」
「髪の毛乾かしてー」
「こっちに来い」
短くなった髪の毛を雑に拭きながら言われた通りベッドに向かう。彼はベッドの上で上半身だけ起こし、難しそうな本を読んでいた。
スリッパを脱ぎながらベッドによじ登り背中を向けて座る。杖でトンと頭頂部を叩かれると、まるで小さな台風の中に頭を突っ込んだのかと思うほどの勢いで、髪の毛が巻き上げられ水気が飛んで行った。
「ふふ、なにこれ、すご、ふふふっ」
なんかアトラクションみたいで楽しい。
「笑うな、気持ち悪い」
ほんと辛辣。髪の毛をするりと撫でられて、心地良さに目を細める。私は口元に笑みを残したままベッドを下り、ソファに置いてきたカーディガンを羽織った。
「ありがとね」
「戻るのか」
「うん、セブルスが部屋、用意してくれたからね」
本当はここで寝ていこうかなと思った。でもまだ早いような気がして、少しだけ名残惜しくソファを撫でた。
これ以上ここに居たら、部屋に戻れなくなりそう。
「また明日」
「ああ」
セブルスはこちらを見ずに、また本を手に取った。
ああもう、またこれ?
「もうやだ……」
今度はどこ?どんな場所?もういやだ、もう無理、もう耐えられない、耐えたくない。辛い、怖い、しんどい、逃げたい。
どうして私だけ、何度もこんな目に合うの?
「……なまえ」
誰もいないと思ったのに急に誰かに名前を呼ばれて、私は弾けるように隣を見た。
「あ、セブルス……やだごめん」
子供のようにぐずぐずと泣き出そうとしていた自分に驚き、隣にセブルスが居たことに驚き、見知らぬ場所で3度驚いた。
「ここ、ホグワーツの保健室……?」
天井にもなんとなく見覚えがあるし、セブルスが居るのだからそうなんだろうと思った。
「……なぜこんなに悪化するまで放置した」
「あの、ごめん……」
セブルスは聞いたことがないほど低い声で、吐き捨てるようにぼそっとつぶやいた。座っている膝の上に肘をつき、両手を固く握りしめ、それを見つめるように下を向いている。長く、疲れ切った黒い髪が顔にかかっていた。
「手紙くらい寄こせばいい。なんの切れ端でもいい、それすらできないほどだったのか」
「あの、違う……ただちょっと、普通の風邪だと思って、寝てれば治るかなって」
彼がようやく顔をあげて目が合ったけど、眉間にしわを寄せ怒りに顔を歪ませているようだった。いつもそう、手紙の中では穏やかに会話できるのに、目の前にするといつも私は君を怒らせる。
「……本気で言ってるのか。お前はまたそうやって……ドジで死んでいく気か?私がお前を見つけたとき、その体温が何度だったか知っているか。そのまま放置すれば死んでいてもおかしくなかった、わかるか。自分のことだろう、そんなこともわからないのか。それともまさか死にたかったとでも言うのか。あの家で、1人で。それはなんだ、私への当てつけか?」
……もう、早口でうるさいな。
「ごめんって、悪かったよ」
心配したと、ひとことそう言ってくれればいいのに、どうして君っていつもそうやって人を責め立てるの?
頭ごなしの彼に段々と腹が立って、じんわりあふれる涙を布団に押し付ける。家に居た時よりはずいぶん体は楽になっている気がするけど、呼吸には熱っぽさが残ってるし、何よりまだこの状況に混乱している。
「そんな言うならもう仕事に戻ってよ、見てなくていいよ……」
嗚咽が漏れそうになるのを必死でこらえて、震えながら息を吐いた。本当にもう、あっち行って欲しい。泣いてるところなんて見られなくない。
彼が私を心配して家まで見に来てくれた、そんなのわかってる。
「……本当に死ぬ可能性をなぜ考えない」
「どうせ今回も一日あれば治るよ、魔法っていつもそうでしょ」
あの、天文台から飛び降りて骨を折った時と同じように。
「何度もお前は……迷惑だ」
彼の声が少し震えている。
「だからそういう言い方しないでよ……」
愛されていないと突き放されるような寂しさが胸を占める。
「……噛むな」
セブルスがゆっくりと手を伸ばし私の口元に触れて、その手が冷たくて気持ちよかった。沈黙に後悔を滲ませて、君だって今にも唇を噛みそうだ。
「ごめん……家まで来てくれてありがとう」
「……もう少し早く行くこともできた」
「うん、十分だよ」
頬を撫でる彼の手にほんの少し体を傾けて、「ありがとう」と呟いた。別にいいと応えるように、親指がゆっくりと動いて、濡れたばかりの目元を拭う。それがまるで壊れものを扱うかのように繊細で優しかったから、私は目を閉じて受け入れた。
「「ねぇ!あんた誰?」」
セブルスが去った後、マダム・ポンフリーに渡された薬を飲んだらびっくりするくらい楽になり、体温も平熱に戻った。しばらくベッドで天井の模様を眺めていたら、誰かが急にカーテンをあけて開口一番そう言った。
私は流石についていけなくて、口をあんぐり開けてその男の子を見た。まだ幼い、2年か3年くらいだろうか。リリーを思い出すような綺麗な赤毛と、2つ並んだ同じ顔が印象的だった。
「だ、誰でもないよ……」
「新しい先生?」
「なんの科目?」
子供の純粋さが無職には辛い。
「先生じゃないよ」
「じゃあ何?」
「職員?」
「職員でもなんでもない、ちょっとマダム・ポンフリーにお世話になっただけ。君たちは?何年生?」
「俺はフレッド!」「俺はジョージ!」「グリフィンドールの」「2年生で」「双子さ!」
ああうん、双子なのは見たらわかるよ。
「なんで保健室居るの?君たち元気そうだけど」
「あのスネイプが女の人連れてきたって聞いたから見に来た」
「お姉さんのこと?」
「ううん、違うよ」
「ふーん、じゃあ誰か見た?」
「いや、見てないよ」
あのスネイプって、セブルスの立ち位置が少し見えた気がする。きっと死ぬほどレポート出す怖い先生なんだろう。
彼の性格を知っているから、教師になったというのは本当に意外だった。無駄なこと、特に子供の相手なんて真っ先に切り捨てそうな気がするのに。私が散々言ったからだろうかなんて、まぁきっとそんな些細な理由じゃないだろうけど。
双子がまた根掘り葉掘り私のプロフィールについて聞いてくるので、話を逸らすために羊皮紙と羽根ペンを借りた。
「何?なんに使うの?」
「んー、ちょっと待ってね」
双子キャラはいいよね、ポージングも色々定番があって描きやすい。
「ほら、プレゼント」
「うおーーー!!かっけぇ!」
「すげぇ!俺とフレッドだ!!」
簡単なイラストでもはしゃぐ2人を見ていると、高校の文化祭準備を思い出してしまう。何にせよ、自分の描いた絵で喜んで貰えるのは嬉しいなと思った。
「あのさあのさ、俺たちのマーク書いてよ!」
「マーク?どういうこと?」
「俺たち、卒業したら自分の店持って悪戯グッズを売るのが夢なんだよ!」
「ゾンコみたいな!」
「ああゾンコ……」
魔法界のゾンコのいたずら専門店、クソ爆弾とか大人にとっては結構面倒なものが売っていた気がする。
「じゃあお店のロゴってこと?」
「そうそう!」
「描ける?!ねぇねぇ!」
「ああうん、やってみるからちょっと離れて、近すぎてインクがつきそうだよ」
2人がほとんど私のベッドに乗りながら羊皮紙を覗き込むものだから、さすがに苦笑いした。日本人にはないテンション。
「モチーフは?何にしたいの?」
「うーん、わかんないなぁ」
「2人のファミリーネームは?」
「「ウィーズリー!」」
「スペルは?」
「W」「E」「A」「S」「L」「E」「Y」
2人がテンポよく交互に並べるアルファベットをメモにとる。本当に息ぴったりだ。こんな仲良しでお店なんかして、いつか本気で喧嘩をしてしまったらどうするんだろうとか考えてしまうのは汚い大人だからだろうか。
わくわくと2人に見つめられて、さてどうしようかなと迷っていたら「おやおや、人気者じゃのう」と違う声がした。
「やべ、校長!」
「うわっ、マダム・ポンフリー」
「こらあなた達!保健室に忍び込むのはやめなさいといつも言ってるでしょう!」
双子は慌ててベッドから降り、手早く羊皮紙と羽根ペンを回収した。
「おねーさん名前は!?」
「なまえだよ」
「ありがとう、またね!」
「また連絡する!」
バタバタと羊皮紙を丸め羽根ペンを仕舞い、2人は元気よく走りマダム・ポンフリーの手から逃れた。私はもう見えない背中に曖昧に手を振ってから、ダンブルドアに体をむけた。
「ご挨拶が遅くなってすみません。なまえ・みょうじです。セブルスの……スネイプ教授の、知り合いで」
「そのままで構わんよ、事情は聞いておる。アルバス・ダンブルドアじゃ。気軽にアルバスと呼んでくれ。病み上がりに押しかけてすまんのう」
「はは……ありがとうございます、ダンブルドア校長」
私は2人とその場で軽く会話をして、詳しいことは校長室でと言われた。マダム・ポンフリーから退室許可を貰い、私は入院着のような水色のパジャマからダンブルドアが用意してくれた黒いローブに着替えた。
ダンブルドアの後ろを歩きながら、懐かしい校舎を盗み見る。壁一面の生きた肖像画、気まぐれに動く階段、お揃いのローブを着た魔女魔法使いの子供たち、いったいこんな学校、だれがどうやって考えたのだろう?
「……何か面白いものでもあったかの?」
「あ、いえ……きょろきょろとすみません。すべてがその、新鮮で」
「構わんよ、存分に見ていくと良い。あぁ、足元にはちと気をつけて。そこの階段はすぐに居なくなってしまうのでな」
当たり前のように踏み出した足の先、段差があるはずの場所に何もなくて、ひゅっと内臓が浮き上がる。そのまま足を挫くだろうと思っていたら、突然体がふわりと浮いた。いつの間にかダンブルドアの右手には杖が握られていて、ずいぶんなご老人のはずなのにその反射神経にも驚いた。
「あ、りがとう、ございます」
私はまるで宇宙に居るかのようにその場にふわふわと揺れていた。
「もちろん、どういたしまして」
ダンブルドアはキュートなウィンクをして、紳士的に私の手を取って廊下に下ろした。魔法みたい、魔法だけど。
たどり着いた先の校長室で何を話されるのかと思えば、私の今までの経緯を確認されただけだった。私は素直に、自分が2025年を生きていたはずなのに、気付いたら突然1990年のコークワース、セブルスの家に居たのだと言った。
それ以前のことは聞かれなかったし、こちらからも伝えなかった。私はセブルスの家に瞬間移動して初めて魔法を知り、彼に保護されていた。そういう設定。
「――ひとまず、この冬の嵐が収まるまではホグワーツ城でゆっくりしていってくれまいか。セブルスの家は、まぁ……ちと冬は寒かろう?」
「はは、そうですね。そうできると、とてもありがたいです」
やや肩身の狭い思いはするけれど、せめてこの規格外の寒波の間だけでもここに居ないと、またセブルスに余計な手間を取らせてしまうかもしれない。
「ああそうじゃ、あなたは絵描きだと聞いたんじゃが、魔法界の絵にも興味はあるかね?実は5年ほど前からホグワーツでも絵画の授業が増えての。3階に教室がある、ぜひ遊びに行ってみると良い」
「絵描きというほどではありませんが……ありがとうございます。一度見て見ます」
マグルの身分でホグワーツ城の中を歩き回るのは気が引けるなと思ったが、とりあえずそう返事をした。
魔法界の絵、この動く肖像画たちにも興味はある。動く絵と動かない絵、その差は何だろう?例え子供の落書きでも魔法使いが描けばなんでも動く、という訳ではなさそうだったしと、改めてそんなことが気になった。
おもむろに、ダンブルドアがちりんと机に置いてあるベルを鳴らした。繊細で綺麗な音だったが、何のためだろう。
「ここからはほんの老人の興味本位で、大変なおせっかいかと思うのじゃがな……セブルスとはどのような関係か、聞いても良いじゃろうか」
「あぁいや、その、ただの友人……といいますか」
どうしようか。昔のことを話すのは構わないが、話しても信じてもらえるのだろうか。どう考えても長くなりそうな説明を、おまけに英語でと思うと心が折れそう。つい助けを求めるように、止まり木にいる真っ赤な鳥の目を見た。
「困らせてすまんの、いやなに、ガールフレンドかなと思ってしまっての」
「えっ、いや、違います!私たち友人です、ほんとに」
ダンブルドアは白い眉毛をくいっと動かし、本当だろうかと疑うことを楽しむように口角をあげた。
「毎日彼に、ふくろうで絵を届けていたのはあなたかのう?」
「はい、まぁ、暇つぶしに……」
「なかなか人と関わろうとしなんでな、彼は。そんな彼がいつもどこからか、素敵な絵ハガキを受け取っておる、それはそれはもう、今は学校中の噂の的なのじゃよ」
あぁ、それはとんでもない迷惑をかけていたかもしれない。確かに、今まで送っていたのはほとんど鉛筆画と水彩画だから、マグルからというのは丸わかりなわけで、彼がそれを受け取るのはさぞかし目立つだろう。
それこそ絵は要らないってひとこと言ってくれたらいいのに……。
引き攣った笑みで会話をしていたら、突然後ろから別の声がした。
「……とんでもない嘘を吹聴するのはやめていただけますか校長」
「うわ、セブルス」
いつの間にか隣にいた彼に驚いて飛び上がる。どうやって音もなくドアを開けて入ってきたのだろうか。ダンブルドアは気付いていたのか、変わらずににこにこと笑うままだった。
「嘘って?」
私は少し声のトーンを抑えながら、彼に聞いた。
「君からの手紙は大抵夜中に届く、人前で受け取るはずが無いだろう」
「あ、そうなの?なら良かった」
それならなんでダンブルドアは知ってるんだろう?まぁ、いいか。魔法使いって変なところで常識抜けてるし。
「それでもあのクリスマスローズの絵は本当に素敵じゃった、思わず手に取ってしまいそうになる、吸い込まれるような絵じゃったよ」
「そうですかね、はは……。大したものじゃないですが、あの、嬉しいです。ありがとうございます」
誕生日に送ったあの油絵もしっかり見ているのかとやや驚き、社交辞令であっても送られたその称賛に私は口元が緩んだ。絵の感想を言われるのって本当にこそばゆい、ダンブルドアは褒めるのが上手い。
「さてセブルス、彼女がしばらく滞在するための部屋を案内してもらえるかね?客人を案内できる空室はいくつかあったと思うが、まぁあまり迷わない部屋が良いじゃろう。この城はちと広すぎるんでな」
「……かしこまりました」
セブルスが一瞬視線を私に向けて、直ぐにダンブルドアに戻した。
「では」
セブルスがダンブルドアに軽く頭を下げる。もう行くのかと、私も慌てて席を立った。
「城への滞在許可、ありがとうございます。あと素敵な服も」
「構わんよ。あぁ、もしよければ大浴場も使ってもらってな。日本人はお風呂が好きだと聞いての、わしの古い友人もあれが好きなのじゃ」
「えっ、本当ですか!いいんですか、すごく嬉しいです!」
思わず食い気味で返事をしてしまった、学生だった頃の念願がこんなところで叶うとは。ダンブルドアは笑い皺のたっぷり刻まれた目を細めて、自慢のひげを撫でながらうなずいた。
「場所はセブルスに聞くと良い」
「はい、ありがとうございます」
そのセブルスはもう、ドアを開けながら早くしろと言わんばかりの目で私を睨んでいた。ダンブルドアとのあまりの差に少し笑ってしまう、まるで月と太陽だ。ダンブルドアに軽く頭を下げてから、私はセブルスの開けてくれているドアに急いだ。
「ごめんね」
「遅い」
小声で短い言葉を交わして、私は小さく笑った。
セブルスは城の中を無言で歩き続け、地下牢にある少し奥まった場所の空き部屋を案内してくれた。この位置なら方向音痴の私でも確かに迷わないだろう、1年半毎日歩いた地下牢だ。
彼が何度か杖を振りながら部屋の中を歩けばあっという間にベッド、クローゼット、机、椅子が出てきた。最後に暖炉に向けて杖を降れば、瞬く間に明るい大きな火が灯った。
「うわぁ、木」
思わず新鮮な薪に顔が綻んで、さほど寒くもないが暖炉の前にしゃがんで手を当てた。木の燃える気持ちいい匂いと、ぱちぱちと弾ける音にわくわくする。
この完璧な佇まいの暖炉を見ていると、スピナーズ・エンドの貧相な暖炉を思い出す。石炭で真っ黒、それをくべる私の手も爪の中まで真っ黒。改めて自分の手を見ればまだその色が残り、ささくれやあかぎれも目立つ。おまけにこちらに来た時ジェルネイルをしたままで、それを仕方なくやすりで無理やり削り取ったので爪もボロボロのままだ。
「セブルスってさー、大変だったね」
引っ張ってはいけないと思いつつ、指の横の硬いささくれが気になる。
「……何がだ」
「だってあの家って実家でしょう?小さい頃、不便だったんじゃないかなぁって思わず考えちゃったよ。私は大人だからいいけどさ、子供には辛いよ」
しかもリリーが、セブルスの親はあまり健全ではないと、そういうニュアンスのことも言ってはずだ。虐待?ネグレクト?まぁ詳しいことは聞かないけど。
彼が無事に大人になってくれてたのは、当たり前じゃなかったかもしれない。今回私が、たった一度の冬で終わりそうになってしまったように。
「学校、ホグワーツで良かったね」
全寮制だから、という意味で言った。
「……その家で死にかけていたやつが何を言う」
「これはまぁ異常気象のせいじゃない?あとあの家、魔法使い仕様すぎるんだよ、もうちょっとマグルに寄せてよ。まずボイラー見直そう、シャワー浴びながら冷水になるの、そのせいで風邪をひいた。後とにかく暖房、絶対暖房。じゃないと家帰れない、今度こそ死ぬ」
「やかましいやつだな、その要望の一部でもなぜ手紙に書かない」
「なんか手紙ってちょっと背伸びしちゃって……。あ、でも楽しかったよ、文通。初めてだった、あんなふうに誰かと毎日手紙を交換するの。私全部大事にとってあるよ、君の手紙。可愛くない?」
からかい半分でそう言ったのに、彼が顔を逸らすからなんだか嬉しくなってしまう。手紙の向こうで想像するだけだった彼の反応を、今なら目の前で見ることができる。
君って真っ直ぐ褒めるとちょっと照れちゃうんだよね、そういうの忘れてた。変わっていないところを知ると嬉しい。
「ありがとね、毎日返事くれて」
セブルスは顔を逸らしたまま私の頭を犬みたいにわしわしと撫でて、ちらっと時計を見た。
「……夕飯だ」
「ん」
セブルスが頭を抑えてるから立てないのだけど、余計なことは言わないでおいた。
それから大広間で夕飯をとり、また部屋でゴロゴロと過ごしながら生徒がみんな寮に戻る9時を待った。静かになった城内を歩きながら、あやふやな記憶を頼りにようやく大浴場にたどり着き、念願のお風呂に浸かった。
芯までポカポカに温まった体に、上質そうなシルクのロングキャミソールを着て、その上から厚手のカーディガンを羽織る。これ、下着まで部屋に用意してくれてたんだけど誰のチョイスだろう?結構セクシー。
お風呂上がりに靴を履きたくないので、抵抗を感じつつルームシューズでぺたぺたと廊下を歩いた。どうせ誰にも会わないからいいでしょう。
部屋に戻る前にひとつだけセブルスに聞きたいことがあって、彼の研究室に寄った。
「……ここであってるのかな」
以前はスラグホーン先生の部屋だった、ここで個人面談をした記憶がある。迷ってから、控えめにドアを叩く。
コンコンと2回ノックしたけど、無音のまま。
「……セブルス、いる?」
何となく小声で聞いて、少し待ってからもう一度叩こうと手を伸ばした。
「わ」
急にドアが内側に開き、その場に真っ直ぐ立ちすくむ。
「なん……お前まさか、その格好で風呂から戻ってきたのか」
そういうセブルスはまだ昼間の格好のままだ。
「うん、そうだけど」
そう言われると確かに、地下牢までくるとちょっと冷える。カーディガンの前をきゅっと締めて、自分の腕をさすった。
「あのさ、お風呂入りながら……」
「いいからまず入れ」
「そう?ありがとう」
別に大した用事ではないからいいのだけどと思いながら有難く中に入り、暖炉の前に進む。
「この部屋暖かいね」
思わずまたカーディガンを緩めながら、内側の空気を入れ替えた。
「それでね、……セブルス?」
セブルスが隣に立って、私のカーディガンの襟に手をかける。
まって、いきなりそういうこと?
「セブルス……?」
「……この服は?」
「部屋に置いてあった」
「ならどう考えても部屋で着るものだろう」
「でもお風呂上がりにまたカッチリしたローブとか着たくないし、着替えるの面倒で……」
「……肩を仕舞えと何度言えばわかる」
「あの、うん……」
カーディガンを羽織っているから肩は隠れていると思ったが、面倒だったので口を閉じた。セブルスの指が鎖骨を撫でながら、「それで?」と要件を促す。
「ミスターのこと、家に置いてきちゃったかなって心配になって……」
「あれならもう学校のフクロウ小屋に居るだろう、出る時に放ってきた」
「そう、良かった」
彼の指が首をなぞって頭の後ろに回っていくのがくすぐったくて、体がぴくりと反応する。
「髪の毛を切ったのか」
「うん……手入れするのも大変だから」
自分がショートヘアの似合うはっきりとした顔立ちだとは思ってないし、今の髪型はあまり気に入っていない。それでもあの場所で絵を売るなら、これは必要な自己防衛だった。
どうせリリーみたいな綺麗な赤毛でもないし、傷んだ黒い髪なんて大事にしておくほどでもないんだけど。
「……絵を、金のために売るならしなくてもいい」
なんでこういうの察し良いんだろう、ほんとに昔から。
「……お金のためだけじゃないよ」
「ならばなぜ」
そう言われるとなんか難しい。絵が好きだから?自分の限界を知りたい?技術を高めたい?売れっ子になりたい?……今さら?
ふと逃げるように目線を逸らした先に、私が贈ったヘレボルスの絵があった。ちゃんとした額縁に収められて、他には飾りひとつない殺風景な執務机の右奥に置かれている。
きっとそう、こんな風に飾ってくれると思ってた。だからここに馴染むように、この季節の色を使って冬の花を描いた。
「……見て欲しいのかもね、誰かに。そんな大したものじゃないけど」
誤魔化すように下を向いて笑って、セブルスの胸元に額を押し付ける。
「ありがとう、飾ってくれて」
「……ああ」
そっと上を向いて、セブルスの顔を見あげた。ゆっくりと唇が降りてきて無言のまま重なる。彼の指が肩を撫でれば、カーディガンはするりと外れて腕にたまった。
「……ん…………」
首筋を指先でぐっと押されると、肩を揉まれてるみたいで心地よい。自分が安全な場所に来たことにほっとして、暖炉の熱を感じながらとろんと目を閉じた。セブルスが唇を離し、そのまま首筋にキスを落とす。
体から力が抜けて、呼吸すら彼に預ける。
「……ぃっ…………!」
完璧な愛撫の始まりの中で、急にセブルスが首筋に歯を立てた。ほんとに、甘噛みとかじゃない、噛みちぎるみたいに歯を食い込ませてくる。
普通に痛くて、私は目を見開いてぎゅっとセブルスの腕を掴んだ。
噛む人がいるって聞いたことはあるけど、今まで実際に噛まれたことはない。思った数倍は痛いが、これが愛情表現と思うと抵抗するのも悪い気がして。
歯が皮膚を突き破りそうな恐怖、彼に咀嚼されて喉を通り抜ける自分の肉片まで想像した。痛みで神経が昂って、突き飛ばさないように我慢するのが辛い。
「せぶ、るすっ……!」
名前を呼んだらようやく口を離して、彼は涼しい顔のまま返事をした。
「……なんだ」
「な、なんで噛むの……?」
セブルスはどこか満足そうに、自分が残した跡をなぞっている。やっと痛みから解放されたそこをそんな愛おしそうに撫でられると、なんだかゾクゾクして変な笑みがこぼれる。
「……だから肩をしまえと言ってるだろう」
「肩が出てたら誰でも噛んじゃうの?吸血鬼なの?」
私の言葉に、彼は不機嫌そうに眉を寄せる。
「なら噛むなと?」
当たり前でしょう、痛いし、噛まれたくないし。そう思うのに、違う言葉が頭に浮かんだ。
「噛んでもいいけど……そういうの……。私だけにして欲しい……」
小さい声で、目を逸らしながら言った。
だってあなたは、自分の世界で誰のことでも選べるでしょう。それがずっと引っかかって、手紙を交換しているときも虚しかった。私には君しかいないのにと。
「……お前もそうするならな」
「そもそも知り合いなんてセブルスしかいないのに、他なんかないよ」
「減らず口を叩くな」
だってそうだ、それが事実だ。セブルスはどこにでも行けるけど、私は不自由だ。
「っ…………!」
さっきの歯型のすぐ横で、セブルスがもう一度跡をつける。下の歯が一部鎖骨に当たって、骨に挟まれた部分が特に痛い。
「んっ、セブルスっ……」
今度は名前を呼んでもその歯を緩めることなく、彼はむしろ更に力を込めた。
「痛い……ねぇ、痛いってばぁ……!」
思わずそう口に出して、彼の肩を控えめに叩く。ようやく離れた歯にほっとして、涙目で彼を睨んだ。
「痛いって言ったのに」
「やめろとは言われてない」
「屁理屈」
「お前が言うか?」
なんだか私だけ一方的に噛まれるのも腹が立ってきて、彼のコートのボタンを上から3つほど外す。シャツも押しのけわずかに見える肌に緩く唇を押し付けて、舌でなめた。軽く歯を押し込むけど、ちょっと怖くて強くは噛めない。
「んっ、ぁ……」
セブルスの手が薄いキャミソールを捲って、地肌をなぞる。カーディガンをはぎ取って、脇腹を這うように動く指がくすぐったくて気持ちいい。
「ちょっと待って……」
「なぜ?」
「わ、私の番なのに……っ」
私が噛もうと思ってたのに。セブルスの手がブラジャーを下から押し上げて、乳首を摘む。その刺激に力が抜けて、ただ首元に顔を押し当てて震える。
「噛めばいいだろ、目の前にある」
「そうだけ、ど……っ、……!」
立ったまま触られると、影でも踏まれたようにその場から動けなくなる。
「……ん……っ、…………ぁ、っ……んっ」
気持ちいい、なんでこんなに触るの上手いの?嫉妬しちゃう。
ずるい、私が教えたのに。乳首だけじゃなくて胸も揉んでねとか、あんまり強く引っ張っちゃダメとか、キスもしてねとか、あの時の君はまだ私だけのものだったのに。
「ふ……んっ……」
とけるようなキスをして、彼が私をソファに押し倒す。大人が2人転がるには少し狭いソファ。彼はソファの背に手をついて、私を見下ろしている。
男女差を感じる、生物的な力の差。16歳の男の子とは違う、30になった大人の余裕。なんか嫌だ、13年も離れていたのが悔しい。
「見ないでよ……」
「見ろと言ったり見るなと言ったり、身勝手だな」
片足をぐっと大胆に押さえつけられて、私はパンツを彼の目の前に晒した。
彼の指がその中心に触れて、布越しに入口を刺激する。そのまま縦になぞって、私の反応を見ながら最も敏感な粒を探してる。
「……ん……っ、んっ!……ひっ、ぅっ……」
私が余裕なく震える場所を見つけて、爪を立てながら何度も引っ掻く。そうされると簡単に気持ちよくなって、私は自分の顔を両腕で隠した。目を閉じると感覚が集中して、暗闇が落ち着く。
「だ、め……」
ぎゅっと体に力を入れ足を閉じようとしたが、セブルスがそれを咎めるように押さえつける。私はピクピクと数回に分けて跳ねる腰を彼に全部見られた。私だけが乱れている、その温度差にゾクゾクする。
「……随分早い」
「言わないで……」
きっともう染みを作っているパンツのクロッチをセブルスの指が押し込む。流石に布がずぶずぶと飲み込まれるようなことは無いけど、届きそうで届かない曖昧な刺激が愛おしい。捏ねるようにほぐされると、気持ちよくて腰が浮いてしまう。
セブルスが顔を近づけて、太ももを舌で舐める。思った通り、彼はそこにも歯を立てて、私は息を飲んだ。
「ぃ……っ、」
痛い、痛いんだけど、首筋より余程エロティックなその部位に興奮する。
「ぁっ、だめ……っ」
歯が食い込む、皮膚の弾力を楽しむようにゆっくりと力を込めて、骨が近い首筋とはまた違う優しい痛みがある。
そのまま、片手がパンツの中に入ってくるから。
「ひ……んぅっ……!」
痛い、のに、よく濡れた膣の、浅い部分を探る指が、気持ちいい。
「……ぃっ、く……っ!!」
いつの間にかセブルスに渡された自分の片足を自分で持って、それを抱き寄せるように体を震わせた。くたっと全身の力を抜けば、まるで食事を終えた吸血鬼みたいに口元の唾液を拭う彼と目が合った。自分の白い太ももには、真っ赤な歯型が2つ残っている。
「……えっち」
息を整えながら、この部屋暑いなと思った。
彼がふんと鼻で笑って、当たり前のように私のパンツを脱がせる。
「こんなに濡らしておいて、よく言う」
「セブルスのせいだよ……」
スピナーズ・エンドのあの家でしたとき、私は惚れ薬を飲んでたし、こんな風に喋る余裕はなかった。焦るように彼を押し倒して、ズボンを掻き分けてペニスをほおばって、飢えた獣みたいによだれを垂らした。
ふと今回もそうするべきだろうと思って、私は体を起こして彼の服に手をかけた。
「私もする……」
「……いい」
「なんで?」
あんまり好みじゃなかったのだろうか、元カレは結構喜んでいたのに。
そんなことを思った瞬間、彼がまた突き飛ばすように私をソファに沈めて、首筋に歯を立てた。
「いっ……!」
さっきみたいに徐々に力を込めてくる噛み方じゃなくて、いきなり全力で噛んでくる。
「いたい、よっ、ねぇっ……っ、……ねぇってばっ」
押し返しても体をひねろうとしてもびくともしない。自分よりよほど強い力で押さえつけられて、首元を噛まれてる。
「んっ…………っ」
もう暴れてないのに、セブルスが容赦なく体重を乗せるから、息苦しさがぼんやりとした高揚に変わっていく。
「は……んぅ……」
その満たされるような心地にぐったりと力を抜き抵抗をやめれば、ようやくセブルスの体が離れた。私はちょっと混乱しながら、自分の左肩を抑える。
「お前はもう帰れない」
いつもより低い声で、厳しく詰め寄るように言う。
「なに?今、どっかに帰るなんて話ししてないじゃん」
「黙れ」
なんで急にこんな怒り出したのかさっぱりわからないけど、その捕食者のような目に吸い込まれそうになる。
唾をごくりと飲み込んで、期待を込めて目線を合わせた。
「ちょっと嫉妬しちゃう……」
「……何に」
「セブルスにこういうこと教えた、誰かに」
「はっ……お前がそれを言うか」
どこか自嘲気味に笑いながら、セブルスは杖を使って窮屈そうな真っ黒のフロックコートのボタンを外した。それを脱ぎ捨て、肩に掛かるサスペンダーを外し、ズボンのホックを外すところまでをまじまじと見た。スタンドカラーの白シャツの第1ボタンは、さっき私が外した。
「……綺麗な体」
「くだらない」
「いいなぁ」
何にそんな嫉妬しているのか、自分でもあんまりわからない。ただ彼の体を見ていると、その全てが自分のものになればいいと思う。
「アンコウって、知ってる?魚。あれ、メスがオスの体食べちゃうんだって」
「……間違えている。オスがメスの体に噛みつき、皮膚を融合し寄生する。そのまま精子を提供し、やがて一体化する」
「ふうん……?」
なんかちょっとよくわからない言い回しがあったけど、まぁいいや。
「なんか究極の愛って感じで、いいよね」
「随分グロテスクな愛だな」
「君だって、私のこと噛むの、グロテスクだよ」
「……そうだったか」
おもむろに、セブルスが私をうつぶせのまま膝に乗せソファに座った。まるで魚。私はソファしか見えなくなって、何事かと首を捻り彼を見あげた。
「え、なに?」
「————が必要だな」
「ぱ、ぱに?」
彼がぼそりと言った単語を聞き取れなくて聞き返す。
突然、膝に乗せられた私のお尻のてっぺんを、セブルスが大きな音を立てながらパンっと叩いた。
「いたっ」
あぁ、Punishment、お仕置きかとひらめいて、そんなこと今どうでもいいよと自分に突っ込みを入れる。
「ちょっと、セブルスっ」
「体調を崩したならさっさと連絡しろ、毎日無駄なことばかり書いて寄こす癖に」
「いぃ……っ!んぅっ!」
喋りながらゆっくりと、わざと音を立てるように手のひらでお尻を叩く。3回ほど叩いてから、キャミソールをめくって今度は直接叩いた。それが思ったより痛くて、お尻全体がじんと熱を持つ。
思わずバタバタと手足を動かして逃げようとしたけれど、そうしたらより強い力で叩かれた。
当然だけど子供の時だってお尻を叩かれた記憶なんてないし、人生で初めての体験なんだけど、これがお仕置きであり怒られているのだと脳みそで理解するのはどういう仕組みなんだろう。
突然始まったお尻ペンペンに慌てながら、中途半端に高ぶったままの下腹部の熱に叩かれる痛みが混ざっていく。
「そもそも石炭のストックもほぼなかった、石炭売りが来てないこともなぜ言わなかった」
「ひっ……!や、やだぁっ」
パァンッと大きな音が鳴り響く度に体に力を入れて痛みに耐える。両手でソファを握りしめ、子供みたいに涙が滲んでくる。泣き出すと何かのスイッチが入るように、だんだん自分が幼くなっていく気がした。
「あの部屋はいつからあんなに冷えていた。しばらく暖も取らずに居たのだろう、そんな環境に居たら体を壊すに決まっている」
「い、痛いっ、ごめ、ごめんなさいっ」
ひりひりと痛みが溜まっていく肌にセブルスが手のひらを当てる。それがもう一度叩くのではと馬鹿みたいに緊張して、むき出しの神経に響く。はぁはぁと目も口も開きっぱなして、体全体で呼吸をした。驚きと痛みとこの異様な状況に心臓がどくどくとうるさい。
何度も叩かれて、私のお尻もセブルスの手のひらも熱を持っている。それが火傷しそうなほど熱く感じて、逃げたいのにセブルスの膝の上からどこにも行けない。お腹の下にある彼の足を、まるでクッションみたいに抱きしめる。
ぁ、ぁ、と知能を忘れたように呟いて、お尻をむき出しにしたまま鼻をすする。泣いている、泣いている自分にパニックになる。
「待って、セブルス……」
「おまけに食事もろくにとらずにタバコばかり吸って、ただの死にたがりだこの愚か者」
「ひぅっ……!」
パンッとまた強く叩かれて、私は声をあげないように両手で口を押えた。鼻から荒い呼吸を吐いて、かたかたと奥歯を震わせる。
怖い、痛い、あつい、なにもかんがえられない……。
痛みに伴って、脳内でそれを和らげるエンドロフィンが大量に分泌される。何度も同じ場所を叩かれる恐怖がそれを増加させて思考を溶かす。
お尻を叩かれると物理的に腰まで揺さぶられて、こんな裸みたいな恰好してセブルスに叩かれているのだと、そういうのがじくじくと響いてくる。お尻を叩かれてるのに、まるでそこが性器になったみたい。痛みでひりつく肌を、指で優しくなでられると、それだけで特別な愛撫になる。
「ふっ、ぅぅぅ……」
「お前は1人で生きていくこともできないのか」
囁くような優しい声で、頭を撫でながら彼が言う。
言っていいのだろうか、生きていけないと。誰かが居ないと嫌だと、そんな風に甘えて泣いても。
普段だったら絶対に口にしたくない言葉も、泣きながらお尻を叩かれているそういうプレイだからと免罪符を得る。
「でき、ないっ……」
私は何度も小さく頷いてソファに顔を押し付ける。
「生きてけ、ない……っ」
お尻を撫でていた指が割れ目をなぞって、膣口の周りにこびりつく愛液をとろとろと掻き混ぜる。
もっと、もっと。
甘やかして、甘やかして、どろどろに溶けるまで甘やかされたい。子供のように叱られて、赤子のように抱きしめられて、その存在ごと君に許されたい。
「っ、……ぁっ……」
脱ぎっぱなしでソファに掛けてあったセブルスのコートを掴んで、その襟もとに顔を押し付けた。セブルスの匂いがする、汗の匂い、人の匂い、人の体臭。でもどこか独特の甘さがある、火をつける前のタバコみたいな、お気に入りの革の鞄みたいな。それに混ざる、魔法薬のハーブの匂い。
彼の指が膣をゆっくりと広げて、おへそ側をぐっと押し込む。私は触りやすいように足を広げた。
「ぁっ、……っ、だめ……っ」
ぐっとコートを握りしめ、自分のくぐもった声が耳に届く。とろけ切って、なにも我慢できないような理性のかけらもない低い声。
「ぁっ、あ゛ぁ……っぐ、……んあ゛ぁ……」
ぎゅっと目を閉じて、その鈍痛のような絶頂を味わう。その間にも、セブルスの指が探るように膣の中を押すから、体の震えが止まらない。
無事にイキ果てるまでゆっくりと待って、セブルスが私の肩を軽く持ち上げる。
「座れ」
「ん……」
セブルスの膝の上に向かい合わせで座る。足を大きく開いて、子供のようにしがみついた。
「私には君の健康状態を管理し生活を維持する責任がある」
彼の英語を頭の中でもう一度繰り返したけど、上手く理解できなかった。
「もうちょっとわかりやすく言って」
「君を生かす義務がある」
「……ふふ、そんなのないよ」
そんなことを思っていたのか。彼のその律儀さに笑い、頬を撫でてキスをした。浅いキスを繰り返して、だんだん舌を絡ませていく。
「私ももう大人だから。きっと、1人でもどうにかなるよ」
そう言いながら、声が震えるのはどうしてだろう。セブルスの手が赤くひりつくお尻を撫でると、よくもまぁそんなことを言えたものだと笑われている気にもなる。
「……覚えておこう」
「うん」
肩口に顔を埋めながら、背中を爪の先でなぞられるくすぐったさに身を捩った。気持ち良くてため息が漏れる。軽いリップ音と共に首にキスをされて、嬉しくて多幸感に恐怖する。
スピナーズ・エンドの家で1人、寒くて寂しくて辛くて、このまま死ぬとと思うと涙が止まらない時があった。死が怖いのか、別の理由なのかもわからないまま、ただ繋がりが欲しくて毎日絵を描いてホグワーツに送った。毎日返事を届けてくれるフクロウを待ち続けて、いつも窓を見ていた。
彼が私を膝から下ろし立ち上がり、私はソファの上でぼーっとしたまま何も言わずに待った。軽く頭を撫でられ肩を押され、そうだよねと思いながらお尻をソファからはみ出すように座り直し、後ろを見る。彼がズボンを下ろしてペニスを出して、私は高さを合わせるようにお尻をあげてソファの背を掴んだ。
彼が私の腰を抑えて、先端が割れ目を数回往復し入り口をそっと割って入る。私は手をぐっと握りしめて、身体中の神経が興奮するのを感じていた。
「ぁ……っ、ぅ……!」
息をつくより早く、ずぶずぶと大きな異物が容赦なく内側をえぐる。どう考えても狭いのに、何の躊躇もなく無理やり入ってくる。入れただけで、まだ彼は動かない。
「あ゛、ぁ……」
もう我慢できない声を、必死で喉の奥に留める。当たり前だけど、セックスって好きな人とすると気持ち良くて、安心感があると心もとろける。膝の上でお尻を叩かれて、泣いて、頭を撫でられて、彼を心から受け入れるには十分だった。
まだ叩かれて熱が残っているお尻を、まるで慈しむみたいに撫でられて、もうまるでDV。
「いっ、……っ!だめ、それっ……!」
少し落ち着こうと努めても、またパシンとお尻を強く叩かれて強制的に涙が出た。
「よく締め付けてくるな」
中に入ってる状態で叩かれると、痛みがくっきりと快感に変わってしまう。
「うご、いてっ、普通にっ……」
奥まで押し込んだまま、形を合わせるみたいに微動だにせず、ただゆっくり真っ赤に腫れたお尻を撫でている。手のひら全体で触ったり、指先だけで遊んだり。それがくすぐったくて、気持ちよくて、じっとしていられない。
ほんのちょっと動いてくれたらいいのに、その腰を少し引いて、思いっきり押し込んで。
「ぃ……ぅっ……!」
大きな刺激ひとつもないのに、勝手にお腹がずんと重くなる本気の絶頂。悔しいくらい全然止まらない、何度も膣を収縮させ、自分で腰を押し付けていじらしく前後に動かす。
「ふっ、ぅ……っ、動いて、よぉっ、セブルス……!っく……おねがいっ……!」
「……っ、わかったから泣くな」
「あっ、あ、あ、あっ……!泣いてっ、んっ、ないっ」
やっとセブルスが動いて、焦らしに焦らされた熱が脳みそを溶かす。気持ちいいところ当たって病みつきになる。
「んっ、ぁっ、ん、んっ」
無意識に逃げるようにソファにしがみつくが、それを咎めるようにセブルスが背中をぐっと押し込んだ。私はまたつぶれるようにソファに顔をうずめて、完全に負けたような気分になる。
「んっ、……っ、ぁぁっ!」
耐えきれずに頭を白くしてきゅうとお腹に力を入れれば、褒めるようにお尻を撫でられる。パンパンパンとテンポよく鈍い音が響いて、その度に気持ち良くて満たされていく。
「っ、出すぞ」
「ぁっ、ん、……あっ、ぁっ……!」
最後にまた強くお尻をバチンと叩かれて、同時に膣の奥まで内臓を押し上げられる。散らかっていた感度が一気に高ぶって、全身の細胞がはじけるように目の奥がちかちかした。
「い……くっ……!」
背筋を限界まで反らせて、全身を震わせながら内側を締めた。絶対に離したくない、外に出したくない、寂しい——。
「…………はっ……っ」
セブルスの荒い呼吸が頭のすぐ後ろで聞こえて、耳が溶けそうだった。
お互いに数秒間、何も言わないで息を飲む。
「……うぅ……死んじゃうぅ……」
「……こんなもので死ぬ人間が居るか」
「いるよぉ……」
腹上死とかいうじゃん。
どくどくどくと心臓の音まで聞こえてきそうな異常な脈拍のまま、崩れるようにソファの上で丸くなった。
激しく絶頂した後の、この急に現実に戻ってくる感覚が心地いい。全てを吐き出して、それを受け止めてもらった安心感。
「少しどけろ」
セブルスが私の足を容赦なく押しのけてソファに座り、仕方なく私は芋虫のようにずるずる這って片側に寄った。そのままお互いに数秒、何もしゃべらない“間”が横たわる。
「……次からはちゃんとベッドでしようよ、身体痛くなる」
「ふん、体が痛いのは別の理由だろ」
そう言いながらセブルスが雑にお尻を叩く。パシッと軽い音がして、私は真っ赤に腫れていたお尻を精一杯守った。
「なんで叩くの……もう知らない、こんなのお嫁に行けない」
「そんな願望がお前にあったとは知らなかったな」
「あるよ、女の子だから」
出来れば30までに結婚したいなと思ってた。もうほぼ30だし、戸籍も無いのに結婚とかそれどころじゃないけど。
「お尻痛い……」
「随分と良さそうにしていたからな、礼は要らない」
「……代わりに君からの謝罪が欲しい」
ひりひりと痛むお尻をさすりながら、ゆっくりソファから立ち上がった。本当はこのままここに座り直したいけど、もうほら、立ったそばから早速垂れてくる……。
「シャワー借りて良い?」
「風呂浴びてきたんだろう」
「誰かさんのせいでお股がびちょびちょだからだよ」
「あぁ、自分のせいで」
「き み の せ い」
すっきりした顔のセブルスが軽く杖を振ると、ドアがバタバタと2枚開いてシャワーまでの道ができた。もう一度杖を振ると、黒いタオルが出てきてバスルームのカーテンレールに引っかかる。
「ありがとう」
「転ぶなよ」
「あぁ、うん……がんばる」
もう足までフラフラだ。
髪を濡らさずに体だけ洗って、体を拭いてすぐ外に出る。お尻を触るとヒリヒリして、どれだけ強い力で叩いたんだろうと呆れた。おかげでお尻だけぽかぽかだ、お猿さんみたい。ちくしょう。
体にタオルを巻いて部屋を歩き、ソファの上に丁寧に揃えられているパンツとキャミソールを見つけた。パンツ、ちゃんと真ん中まで綺麗なってる、魔法うける。
服を着て、髪を拭きながらバスルームでドライヤーを探したが見当たらない。たぶん無いと思っていたので、私は隣の部屋まで届くように声をかけた。
「セブルスー」
「なんだ」
「髪の毛乾かしてー」
「こっちに来い」
短くなった髪の毛を雑に拭きながら言われた通りベッドに向かう。彼はベッドの上で上半身だけ起こし、難しそうな本を読んでいた。
スリッパを脱ぎながらベッドによじ登り背中を向けて座る。杖でトンと頭頂部を叩かれると、まるで小さな台風の中に頭を突っ込んだのかと思うほどの勢いで、髪の毛が巻き上げられ水気が飛んで行った。
「ふふ、なにこれ、すご、ふふふっ」
なんかアトラクションみたいで楽しい。
「笑うな、気持ち悪い」
ほんと辛辣。髪の毛をするりと撫でられて、心地良さに目を細める。私は口元に笑みを残したままベッドを下り、ソファに置いてきたカーディガンを羽織った。
「ありがとね」
「戻るのか」
「うん、セブルスが部屋、用意してくれたからね」
本当はここで寝ていこうかなと思った。でもまだ早いような気がして、少しだけ名残惜しくソファを撫でた。
これ以上ここに居たら、部屋に戻れなくなりそう。
「また明日」
「ああ」
セブルスはこちらを見ずに、また本を手に取った。