アメリカ人、女性
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人生って楽しい、毎日輝いてる。いつもそう思っていた。
幼稚園生の頃、私は他の女の子より少し可愛いのかもしれないと思った。初めて男の子から告白されたのは年長さんの時だった。小学校に入ってもそれは続き、私は自分がかわいいと確信した。
何の練習もしなくても気付いた時には開心術が使えたから、みんなの要望に応えるのは簡単だった。大人の考えてることもそれなりにわかるから、その通りに動いてあげれば、レアちゃんは本当に賢くていい子だねと頭を撫でられた。
友達もたくさんいた。私はいつも人の輪の中心で話していたし、女の子も男の子もみんな私と喋りたがった。毎日が当たり前のように楽しかった。仲のいい女の子とくだらないことを何時間も喋ってげらげら笑って、私のことを好きだという男の子をからかって、勉強は楽しくないけどテストに何が出るかは先生を見ていればなんとなくわかるから点数は良かった。
自分が開心術ができると、そう伝えると私に怯える人も多かった。そうやって後ろ暗い人生を送っているあなたが悪いんでしょうと思った。
両親が魔法使いの私は当然、アメリカの魔法学校、イルヴァーニーに入学した。そこでもそれまでと同じように、華やかな友達に囲まれて男の子にちやほやされて過ごした。何人か、告白されて付き合ったりもしたけどどれも長続きしなかった。
恋人というのは皆すぐ浮気をする。永遠とかずっととか、そう言うのはおとぎ話の中だけなんだと気づいた。
学内で有名なラブラブカップルも、ずっと観察しているとどっちかが違うことを考え始める。あ、そろそろ浮気するなーってわかる。それがばれて破局するカップルもいれば、上手く隠して二人でまた仲良くしているカップルもいる。不誠実だなと思った。私はそんなの嫌だ。
「――浮気の基準が厳しすぎるだろうどう考えても!まだ何もしてない、声もかけてない!少し頭で思い浮かべただけだ!」
「それで充分よ!なんで私と一緒に居るのに他の子のこと考えるの?それって浮気じゃない、気持ちが浮いてるじゃない!最初はそんなことなかったわ、私のことだけをちゃんと考えてくれてた。これからもずっとそうだって言ったのに、あなたが裏切ったのよ!」
「もう付き合いきれない、別れよう。レアと一緒に居ると息が詰まる。」
私の恋愛はいつもこうやって終わる。みんな口をそろえて同じことを言う、息が詰まると。自分の不誠実さを棚に上げて、私のせいにしようとするなんて最後まで嫌な奴だ。友達にそれを愚痴れば、皆口をそろえて男が悪いと言った。
「そんなの嫌に決まってるじゃんよね。頭で思い浮かべてるだけ~ってなに言ってんだか。どうせその後すぐ鼻の下伸ばして声かけて浮気しに行って撃沈するのを、レアに未遂で止めてもらっただけよ!」
「ね、ほんとそう!腹立つわもう、なにが息が詰まる〜よ。そのまま詰まらせればいいわ。素直に謝ってごめんって言ってくれれば私だって許してあげたのに」
友達は良かった。開心術の使い過ぎでたまに喧嘩をすることはあっても、決定的な別れというものは存在しない。怒って、泣いて、許して、笑って。そんなどこにでもあるキラキラと輝いた青春の日々だった。
あの頃が人生で一番楽しかった。将来に思いを馳せて、自分がどんな大物になるだろうと考えたりした。だって私は人より容姿が良くて、天性の開心術のスキルを持っている。きっとどこでもそれなりにやっていける。
バリバリのキャリアウーマンもかっこいい。魔法省のあの大きな建物の中で肩で風を切って歩く魔女なんて素敵だわ。
クィニーおばあちゃんみたいに、世界を救う戦いなんてのも憧れちゃう。あれは自分で選ぶものではないだろうけど、まるで物語のようにわくわくする。
ジェイコブおじいちゃんみたいに、自分のことを絶対的に愛してくれる、そんな運命の相手との結婚もロマンチック。まぁ、ジェイコブおじいちゃんはあんまりかっこよくないから私はもっと顔がいい人がいいけど、あのゆるぎない愛を毎日あびるのは幸せだろうなと思う。
そんな数ある未来の中で私は順調に魔法省へ進み、そこで忘却術師として才能を見出された。忘却術は相手の思考の濁流を整理して必要な記憶だけを消し、軽い錯乱の呪文で前後の認識を曲げ、忘れたことすら忘れさせる。難しい作業だけど、日ごろから開心術で人の思考を覗くのに慣れている私にはその延長のようなものだった。
「すごいレア、忘却術師なんて魔法省でも一部のエリートよ、昇進おめでとう!ほんとさすが、私レアの友達だってもうみんなに自慢しちゃったわ」
「やだもう、たまたまよ。でも嬉しい、ありがとう!」
仕事は楽しい事だけではないけど、やりがいもプライドもあった。恋人はいなかったけど、私は自分の人生に一ミリの不満もなかった。
卒業してから8年が過ぎ、私は25歳になった。周りは結婚ラッシュで、ずっと仲のいい5人グループで独身はついに私だけになった。
「レアは理想が高すぎるのよ、完璧な男なんていないの。レアならちょっと妥協すればより取り見取りよ。」
「まぁね、それはわかるけどさ」
さすがに少しだけ、未だに結婚のけの字もない自分の恋愛に焦った。今まで、恋人と1年以上続いたことすらなかった。どうしても開心術が邪魔をする。
だから私もクィニーおばあちゃんを見習って、ノーマジと付き合ってみようと思った。どうせなら顔がいい人がいいなと思って、少し気になっていたコーヒーショップの店員と付き合うことにした。その時私はもう27歳で、周りは結婚から出産のフェーズに入っていた。私はより焦っていた。
その人と付き合って、彼が私の体にしか興味ないことはすぐ分かった。いつもはこの段階ですぐに別れていたけど、今回は少し我慢してみることにした。途中で彼は浮気をし始めた。いつもならこんなの絶対別れるけど、私はやっぱり我慢した。
せめて1年付き合ってみよう、それから別れよう。どこか意地になっていた。私だって恋愛はできるんだと、別に男の人に愛されることなんてなにも難しい事じゃないと。
「今日も会えない?俺の家で」
「今日は無理、風邪ひいたの」
「え!?頼むよ、会いたいんだ。お願い、今日来てくれたら後でなんでも言うこと聞くからさ。」
「無理って言ってるじゃない、風邪ひいたの。聞こえた?」
「その……これ言っちゃ意味ないんだけどさ、今日お前のサプライズバースデーパーティしようって、友達も呼んで準備しちゃったんだよ、な?お願い。顔出すだけでいいからさ」
「誕生日って、まだ2週間は先よ……」
でもそう言われて悪い気はしなかったし、しょうがないから言われた通り顔だけ出して帰ろうと思った。あんなことになると、かけらも思わなかった。
押し込まれた部屋で、半ば強制的に飲まされたお酒で体がうまく動かなかった。多分何か変なものが入ってたんだと思う。雑に脱がされた服のポケットに杖が入っていたから、杖のない裸の私は無力だった。頭がガンガンと痛くて、自分の思考と相手の思考が混ざってぐちゃぐちゃだった。
性行為は、昔からあまり好きではなかった。初めてその知識を得たのは、幼稚園の時の先生と友達のお父さんだった。あれは不倫だった。友達のお父さんが幼稚園の先生を見ながら頭の中でそればかり繰り返すから、なんだか汚いものを見てしまったと思ってそれ以来そういう行為があまり好きではなかった。
そう言った欲望の目で、自分を見られるのも不愉快だった。私は美人だから仕方ないかもしれないけど、やっぱり私の体は私のものだから、例え頭の中であっても汚されるのは嫌だった。だから実は、今の彼と付き合うまで私は性行為というものをちゃんとしたことが無かった。
もうぐちゃぐちゃだった。私は汚れた。全部きたない。
家に帰って、体が真っ赤になって傷が残るほどスポンジで擦った。あそこにも指を突っ込んで奥までとにかく洗った。口の中も、歯ブラシで喉の奥まで洗って、消毒液を飲み込んだ。こびりついた精子の味が消えなかった。
レアはちょっと潔癖だよねと言った友達の言葉を思い出した。ああそう、私は潔癖症だ。だって汚いものなんて開心術でいくらでも見てきたんだ、自分だけはそれに汚されないように綺麗で居たかった。
自分が自分じゃないみたいだった、辛くて辛くて、でも誰にも言いたくなかった。知り合いにバレるのが一番怖かった。だからまず、関わった全員の記憶を消そうと思った。それでなかったことにできると思った。
数日後、杖を持って、真っ黒な服を着て、最初に彼に会いに行った。こいつのせい。こいつのせいで私の魂が穢れたんだと、怒りでどうにかなりそうだった。あまりに腹が立って、自分で自分をコントロールできなくて、記憶を消すだけのはずだったのに、私の魔法はそれ以上の力を流し込んだ。
――死ね。と、私は確かにそう思った。
そしたら記憶じゃないものまで消してしまった。その後、もう1人も2人も3人も一緒だと思って、私を強姦した残りの2人も殺して回った。そして当然、私は魔法警察に捕まった。
皆が驚いていた。レアが人を殺すなんてありえないと、友達は泣きながら弁護してくれた。いろんな事情を考慮されて、優秀な弁護士もついた。心神喪失を理由に、殺人は忘却魔法の暴発で故意では無かったと主張した。法廷で俯きながらひたすらに謝罪と後悔を口にした。最終的に、私は人を3人殺したとは思えないほどの軽い処罰を言い渡された。
懲役3年、執行猶予2年と6ヶ月。多分、殺した相手が全員ノーマジだったから、これで済んだんだろうと思った。ここが人生のどん底だと思ったけど、本当はこれが始まりだった。
センセーショナルな殺人事件は、すぐにアメリカ魔法界全部に知れ渡った。美人忘却術師がノーマジにレイプされ報復に男3人を殺す。こんな心躍る見出しはないとばかりに、新聞、雑誌、ラジオ、いろんなところで報じられた。
当然仕事は解雇され、私はお茶の間のおもちゃになった。友達と思っていた子が、手のひらを返して私の悪口を言った。それに怒った別の友達がその子を罵り、イルヴァーニー卒業以来ずっと仲良くしていた5人グループは最悪の空気になって霧散した。きらきら輝いていた私の友情物語はチープな偽物だった。
世間の反応は様々だった、同情して慰めてくれる人、ノーマジを3人も殺すなんて凶悪な殺人犯だと怒る人。レイプされる方も悪い、のこのこついて行って、魔法があるんだからすぐに抵抗すればよかっただろうとか、レイプされたっていうのも本当は嘘で殺人の罪を軽くするためのでっち上げだったとか、とにかく言いたい放題だった。
私を目の前にすると、たいていの人は同じことを思うようだった。これはレイプされても仕方がない、と。顔がよくてスタイルも良かった私は、どうやら人を誘って騙すヴィーラか何かにでも見えたようだった。
知らない人の頭の中から漏れて見える色欲が、無作為に流れ込む性行為の映像が、私の心をおかしくさせた。レイプされた私は人としての価値が下がり、身勝手な性欲の処理にしてもかまわないと、世間様の中でハードルが1つ下がったようだった。おまけに殺人犯だ。みんな私のことを下に見た。
精神病なんて、心の弱い人間がかかるんだと思っていた。私には関係のない病気のはずだった。ベッドから起き上がれず、食事も喉を通らず、一日の半分以上シャワーを浴びて強迫観念に駆られながら体を洗う。ただただ苦しくて出口が見えなくて、転がるようにどこまでも落ちて行った。
母はそんな私の様子にとても心を痛めて、いつも泣いていた。母が私の開心術を気味悪がり、妹と比べて私と距離を置いているのには気づいていた。それでも、母は母としての責任で、私のことを正面から愛してくれていることもちゃんと知っていた。
母は祖母と折り合いが悪かった。私がこうなったのは祖母のせいだとひたすらに祖母を責めた。祖母のクィニーおばあちゃんは私にとても同情して、母以上に泣いて悲しんだ。開心術を止めることができないというのがどういうことか、それを理解する唯一の存在だった。
「苦しいわよね、辛いわよね。わかるわ、人の心の声は時に少しうるさいもの。それにみんな、聞こえないと思って好き勝手話すわ。とっても迷惑、ね。
ええ、そうよね、私もそう思うわ。うん。レア、あなたは強い子よ。それにとっても賢い。え?本当よ、レアは私の妹に似てるわ、ティアに。賢くて凛とした瞳。
いいえ、あなたの人生は終わったりなんかしていないわ。大丈夫よ。あなたの魂は綺麗だわ。ちっとも汚れてなんかいないわ。かわいいかわいい、私の小さなお姫様。あなたが白くてほわほわな赤ん坊だったころから、今でもそれはちっとも変わっていないわ。
本当よ、私、嘘なんか言わないわ。レア、あなたならそれがわかるでしょう?ね?」
クィニーおばあちゃんはひたすら私を慰めた。とても優しく、温かく。それなのに母と祖母が喧嘩するのは見たくなくて、私はだんだんおばあちゃんの家には行かなくなった。クィニーおばあちゃんはもう90歳を超えた高齢で、こんな心労をかけるのも申し訳なかった。
母はだんだん、海を越えてイギリスで今話題になっている名前を呼んではいけないあの人の思想に共感するようになった。
「――そうよ、ノーマジを殺して罪になるなんて、魔法省の判断が間違えてるわ。しかもレアにあんなおぞましいことをして、殺されるのが当然なのよ。私の娘は犯罪者なんかじゃないわ。」
私はなんていったらいいのかわからなかった。私自身、だんだんとその考えに縋るようになっていた。人を殺してしまった罪の意識から逃れたかった。私は被害者なんだと、そう思いたかった。
いつの間にか、母はその闇の帝王の側近で、死食い人と呼ばれる人たちと会うようになっていた。さすがに怖くなって、私は母を止めた。
「ありがとうママ、でももう大丈夫よ。あの人たち、ちょっと怖いわ。死食い人なんて、関わるのはやめよう?」
「違うわレア、これはあなたのためだけじゃない、アメリカ魔法界の意識を正さなきゃいけないのよ。そもそもおばあちゃんがノーマジなんかと結婚するから、だからすべてが狂ったのよ。あの人のせいだわ。」
「ママ……」
ああ、私の大好きで幸せな家族はどこに行ってしまったのだろう。料理上手でお花が好きで、私に刺繍を教えてくれて、家族でピクニックを楽しんだ、あの優しくてしっかり者だった母はどこに行ってしまったのだろう。
私がノーマジのあの男と付き合ったから?私がレイプされてしまったから?私が人を殺したから?私が心を病んだから?
「レア、良いニュースよ!闇の帝王が、純血で力の強い魔女をイギリスに呼んでいるんですって。あなたはぴったりだわ。レア、あなたは魔法省のエリートだもの、子供のころからとっても優秀だった。あの方の御傍なら、きっとノーマジを殺したことなんてみんな何とも思わないわ。誰もあなたを責めたりしないわ。イギリスではあなたの事件のことを知る人も少ないでしょう。どう?行ってみない?環境が変わったら、あなたの心の病気もきっと治るわ、大丈夫よ。」
「うん……。うん、私そうするね、ママ。イギリスに行くわ、ありがとう。」
これ以上、この家に居て母に迷惑をかけるのも嫌だった。私が食事をとれなくなるたびに心を痛め、神頼みのようにやたらと高級な魔除けの魔道具を買ってきて、少しでもノーマジに友好的な知り合いには噛みつくように怒り出す母を、もう見ていたくなかった。
私は最後、泣きながら妹に別れを告げて、家族を壊したことを謝罪し、母を託した。妹は何度もうなずいて、たまにはアメリカにも帰ってきてねとそういって私を強く抱きしめた。父も涙を流しながら、私の幸せと安全を願った。
そうして、私はセブルスに会った。
周りの人の反応と思考で、私はどうやらある死食い人へのある種の献上品のような形で花嫁候補に呼ばれたんだとなんとなくそう察した。さすがに闇の帝王本人の思考はほとんど読めなかったし、読もうとも思わなかったけど、特に背の低いネズミのような男の頭の中は駄々洩れだった。
セブルスの第一印象はとても静かな人。思考が見えずらくて、珍しいけど閉心術を使うのだとすぐに気づいた。それは私にとってとても嬉しい事だった。もう無作為に流れ込む他人の思考に疲れ果てていたから、久しぶりに私は私のペースで息をすることができた。
セブルスは一見とても冷たくて親切心のかけらもない人のようだったけど、本当はそうでもないことにすぐ気づいた。普通は逆だから、親切だと思った人が下心まみれだったと、そういうパターンの方が多いから、なんだか新鮮だった。だから自然と、セブルスのことをもっと知りたいと思った。
「あのねセブルス、1つやってみたいことがあって、パンを焼いてもいい?」
「パン?」
「そう!私の祖母がね、パン屋さんをやっていたの。昔からそれが憧れでね、でも母と祖母は折り合いが悪かったからあんまり家ではやらせてもらえなくて、ずっとやってみたかったの。」
「その程度なら好きにすればいい、キッチンは自由にしてもらって構わない。お前がものを壊すような愚鈍でなければな」
「本当?ありがとう!セブルスは好きなパンある?」
「特にない」
「固いパンとやわらかいパン、どっちが好き?」
「食べられれば何でもいい」
「じゃぁセブルスがおいしいって言ってくれるパンを目指すわ!」
なるべく無邪気な女の子を演じるようにそう言った。殺人とは程遠い純粋無垢な人間だと、セブルスにそう思ってほしかった、気を惹きたかった。男の人にそう思うのは、本当に久しぶりだった。
恋をするようなその気持ちに、私は浮かれていた。男性への恐怖心を克服出来れば、心を病む前に戻れる気がした。初めて小さく笑ったセブルスを見た時は、なんだが嬉しくて胸がきゅっと詰まった。
「――お前は何故ここに来た?」
この家に来て1週間ほどたったころ、セブルスが私にそう聞いた。何かを疑っているようで、私は少し返事に迷った。なるべく慎重に言葉を選びながら、でも私はセブルスを害するつもりはないのだと、それが伝わるように必死で喋った。
多分、セブルスは私のあの事件のことを知らない、知っていれば多少は思考に出るはずだと思った。事件のことはまだバレたくなかった。いずれちゃんと話さないといけないと思いつつ、セブルスの思考を垣間見ながら言葉を選んだ。
「両親はどちらかというと純血主義なんです。祖母はね、あ、パンを焼ていた祖母、クィニー・ゴールドスタインって言うんですが、あ、ゴールドスタインは旧姓でね。アメリカではじめて、ノーマジと結婚した魔女なんです。あ、ノーマジはイギリス風に言うとマグルですね。」
「それくらいは知っている」
「そう、それでね、アメリカは長いこと魔法族とノーマジの結婚が法律で認められていなかったんです。だから母はアメリカではとっても珍しいノーマジとの混血の魔女になっちゃて、それでとても嫌な思いをしたそうで、母はノーマジ、あ、えっとマグルが嫌いなんです。あのー、そう、だから母は純血主義。祖母は真逆の……なんて言えば良いんでしょう、ノーマジ主義?」
「別に名前をつけなくていい、立場は分かった」
「そう?セブルスは頭がいいのね。そう、それで私は別にどっちでもないの。祖母も母も好き。人はみんなただの人だわ、頭の中はあんまり大差ないのよ。」
そう言って私はワインを一口飲んだ。セブルスは多分、このことを聞きたかった、それで合ってるはずだ。闇の帝王は強烈な純血主義の人物だと聞いている、セブルスは教会にパンを持っていく私を不審に思っている。
でもそれは私も同じことだった。セブルスは別にノーマジを差別していなかった。どうしてかなと理由は気になったけど、差別主義者よりはいいかなと思った。
「それで?君がここまで来たことの肝心の経緯が抜けているが?」
セブルスは呆れたようにため息をつきながらそう言って、私はハッとして少し笑った。いろいろと他のことに気を取られて、会話がおろそかになっていた。
「そうだったわ。シンプルに、母が賛同しているの、闇の帝王の思想に。それで、魔法使いは魔法使いと居るべきだっていう考えに共感して、私のことを推薦したの。母はね、ほっといたら私がノーマジと結婚するんじゃないかって心配してるの、祖母みたいに。だから……だからそう、それだけ。うん。」
「マグルが好きなのか?お前は」
「ううん、その、違うわ。そうじゃない。」
事件のことを人づてでどこかで知ってしまうよりは先に私の口から言った方がいいのかも、と一瞬迷ってしまった。それでも急にその話をする勇気はさすがになかった。
なんとなく話を逸らそうと思ってダンブルドアの話をした。セブルスが、ダンブルドアととても親密な関係にあることはわかっていた。そして、セブルスがダンブルドアを殺したんだということも。
どうしてだろう、何があったんだろうとやっぱり気になった。私はダンブルドアに直接会ったことはないけど、クィニーおばあちゃんからいろいろと話を聞いていた。イギリス魔法界では、ほとんど英雄のように人々から崇拝されていることも。セブルスは、どうしてそんな人を殺してしまったのだろう?
セブルスがダンブルドアを殺したということに、不思議と恐怖は感じなかった。むしろどこか仲間意識のような物すら感じていた。私もノーマジを3人殺しているから、殺人という共通点が嬉しいと思った。セブルスの苦しみにも寄り添えると思ったし、自分の罪も薄れる気がした。
――
セブルスの育った家庭はあまり良い環境ではなかったようだった。たまに思い出される彼のご両親の姿、父親は手を挙げて怒鳴り散らして、母親はセブルスと目を合わせない。だから私は彼の前でめいっぱい家庭的な女性で居ようと思った。
温かい料理を作って、リビングを花で飾り、明るいライトをつけて。私自身、そういうのが好きだった。きれいな百合の花を飾った時、セブルスが切ない顔でそっと花びらを撫でた。
たまに見える、緑の目をした赤毛の女性。セブルスはその女性が好きみたいだった。とても一途で、素敵だなと思った。セブルスは私を見ても性的な欲求と結びつけない。心に浮かべる女性はいつも一人、おんなじ人。純粋で誠実で美しい恋の形。
いろいろと汚いものばかりを見て、愛も恋も男性もすべてが恐怖の対象だった私に、セブルスのその切ない想いはとてもとても、言葉にできないほど綺麗で美しく見えた。
多分、その女性はもう亡くなっている。セブルスは、その女性と死をいつも繋げて思い出す。
セブルスに、無理に私を見て欲しいとは思わなかった。でももし、セブルスがもう一度誰かを愛することがあるなら、それは私であって欲しいと願った。
数日後、セブルスが帰ってきたとき、彼の心が悲しみであふれていた。傷ついた人の心は、普段よりもずっとずっと声が漏れやすい。常に閉じているセブルスは特に、その差が大きかった。
セブルスはまっすぐ自室にこもったけど、それでもいろんなものが見えてしまった。
ダンブルドアを殺した罪の意識。女性が死んでしまったことへの悲しみ。そう、今日は女性の遺品を見たのね。彼女の家族写真と誰かに宛てたお手紙。リリーっていうのね、その人。セブルスの恋人ではなかったのね、違う人の奥さんだったのね。セブルスはずっと片思いをしてたのね、そしてそのまま女性は亡くなったの……。
女性の息子があのハリー・ポッターなのね。セブルスは、闇の帝王のそばに居ながらハリー・ポッターを守っているのね。味方が1人もいない中で、守っているはずの存在からはダンブルドア殺しと指を指されて、それでもリリーの息子を守るために戦っているのね。
あまりにいろんなものを見てしまって、少し申し訳なくて私は家を出て適当なノーマジのホテルに泊まった。
ああ、それでも見ることを止められない。セブルスの悲しみを知りたい、罪を知りたい。そしていつか、自分の罪も告白しないといけない。私ばかり知っているのは、不公平で彼に誠実ではないから。
――ねぇ、セブルスはいつから1人に慣れてしまったの?
セブルスはいつも大変そうだったけど、立場を知ってからより深く理解した。それはとても緊張の連続で、孤独に心のすり減る毎日だろう。どうやったら彼の心を癒すことができるかなと毎日考えた。
やっぱり甘いものよねと思って、パンと一緒にお菓子も作るようになった。セブルスは甘すぎるものは好みじゃなさそうだったから、砂糖を控えめにしたジンジャークッキーとか、キャロット・ケーキとかを作った。だんだんとセブルスが私のお菓子を楽しみにしてくれていることがわかっていたから、とても嬉しかった。
彼が好きなものを知りたくて、本人にいろいろ聞いた。セブルスはそういうものをあんまり考えたことが無かったようで、毎回めんどくさそうにしながらも案外ちゃんと答えてくれるのがかわいいと思った。セブルスが好きと言ったものでなるべく家の中を満たしていった。
羊肉の煮込み、リンゴのタルト、アッサム・ティーに上質なシェリー酒。カスミ草にユリの花、小さな黒猫のかわいい置物。ラベンダーの香りに柔らかいオレンジ色のランプ。
ところどころ自分の趣味も入れながら、この家がセブルスにとっての安全地帯になればいいなと思った。その中に私も入っていればとても幸せ。
ある日、いつものように疲れた様子で帰ってきたセブルスが、多分何の気なしにふと私の頭を撫でようとした。全く予想していなかったタイミングで彼の大きな手が頭に触れたとたん、私は恐怖で身がすくんで叫んでしゃがみこんでしまった。心臓がバクバクと跳ねて、やってしまったと深く後悔して目を閉じた。
彼を拒絶してしまった。
「……す、すまない」
セブルスは驚いた様子で私を見て、降参するように自分の両手をあげた。
「違う、違うの、セブルスは悪くないの、ごめんなさい、少し驚いただけで……。あの、私男の人が怖いんです。前にちょっと、色々あって。だからその、セブルスが悪いんじゃないんです。」
「ああ……。悪かった。気軽に触れようとして。」
そういって私から一歩離れるセブルスに悲しくなった。
「ううん、違うの。セブルスのことが嫌いなわけじゃないの。むしろ逆よ……。」
私はそういって、まだ少し恐怖心の残るこわばった自分の手でセブルスの両手を掴んだ。
「私……好きよ。セブルスのこと。会って間もないのに、こんなこと言ってごめんなさい。」
「わざわざ嘘をつく必要はない、そこまでしなくていい」
「嘘じゃないわ。でも、そうよね、急にこんなこと言われても困るわよね。その、誤解させてしまったままなのが嫌で……。セブルスには、ちゃんと違う人が居るのにね。」
分かっていたのに。好きだとかそういうことを伝えるのはまだ早いって。セブルスは私に少しだけ気を許すようになっているけど、彼は他の女性を愛しているのだと。
「……どういうことだ?」
「ただの女の勘よ、よく当たるの。その顔見るとやっぱり図星ね。……紅茶、一緒に飲みましょう?」
そういっていつも通りセブルスを見たら、セブルスは驚いた顔でなにか迷っているようだった。
ねぇ、期待しちゃうわ。私、セブルスのそんな顔を見たら。まるで告白をためらうような、ピュアな少年のような顔で私を見ているの、自分で気づいてる?
「そんな顔されたら勘違いしちゃうわ、私。なんて言ったってコップ半分の水も喜ぶ女だから。」
「……それでもいいと言ったら?」
セブルスのその言葉が嬉しくて、私は頬が緩むのを抑えられなかった。いつだってどんな時だって、やっぱり恋っていいものね、クィニーおばあちゃん。傷ついた心は愛が癒すのよと、おばあちゃんはいつもそう教えてくれたね。
「じゃあね、嘘でもいいの。……私に好きって言って?セブルス」
「……好きだ、レア」
「私も好き、セブルス」
私はゆっくりセブルスに抱き着いた。あの事件以来、男の人とこうやってハグをするのは初めてだった。
「大丈夫よ、私壊れたりしないわ。」
セブルスはとても優しかった。まるで綿あめを触るかのようにふんわりと私を包んだ。私は少しずつ強張った体から力が抜けていくのを感じた。
「なぜ男に怯えるようになった?」
「……アメリカで、うん、そう、乱暴されたんです。3年前。それから段々怖くなってしまって、不思議なんです、頭と心で違うことを考えてる。」
まだ微かに震えている自分の右手を見て私は自嘲気味に笑った。全然、普通の人には戻れていない。心から大好きな人にこんなにも優しく抱きしめられているのに、どうして恐怖なんて感じるんだろう。
「頭の中で考えていることを聞かせてくれ」
「……セブルスとキスがしたいわ」
それはまだ早いと自分でもわかっていた。セブルスはそっと私の頬に手を添えて、ゆっくりとおでこにキスをした。
「セブルス……」
「怖がらせたくないんだ、わかってくれ」
「わかってるわ、セブルスは優しいの。だから好きになったんだもの。」
なんでこんなにも、セブルスは私のことを大切にしてくれるんだろう。嬉しくて、心がはちきれそう。
「ああ、もっと好きになっちゃう。困ったわ。」
「変わった趣味だな……」
「そうかしら?セブルスは自分の魅力をわかってないわ。もったいない。」
セブルスは私の言葉を鼻で笑うだけだった。セブルスってちょっと、こういうことに関して自己評価が低いみたい。
「もう、セブルスったら。聞いてる?私の言葉」
「え?ああ」
「セブルスはかっこいいわ。とってもクールだし頭も良くて、私はあなたの論理的な話し方がとても落ち着くの。」
「は?……何を言ってるんだお前は、正気か?」
「なあに?誰も教えてくれなかったの?じゃあ私が何回でも言うわ。セブルスはかっこいいの。私の好きな人よ、いつまでも悪く考えるのはやめてちょうだい。」
セブルスが本気で眉をひそめて、いぶかし気に私を見るのが面白かった。
「人ってね、言われた通りの姿になるのよ。可愛いって毎日言われたら可愛くなるし、かっこいいねって言われたらかっこよくなるの。ね、セブルス。私に毎日可愛いって言って?私もセブルスに毎日かっこいいって言うわ。私ね、そんな風に好きな人と毎日を過ごすのが夢だったの。」
「……勘弁してくれ」
「あらつれないわ。じゃあ私だけ毎日言うんだから。かっこ良くて優しいセブルスが大好きよ。」
とっても楽しい時間だった。好きな人に告白して、OKを貰って相手にも好きだと言ってもらう、きっと恋愛の中で一番楽しい時間。人生が終わったと思った3年前のあの事件から、こんな風に思えるまで自分が回復したこともとても嬉しかった。
もしかしたらすぐに崩れてしまうかもしれない、また辛いことがあるかもしれない。でも今はそんなことあまり気にならなかった。楽しい未来の方に期待で胸が膨らんだ。
だってそもそも私はお嫁さん候補でここにきているんだもの、ちゃんと死食い人セブルス・スネイプの恋人をやり切ることができれば、結婚だってするのかもしれない。
スパイのセブルスの立場はきっと危ういもので、私も危険を味わうことがあるかもしれないけど、それもまるでクィニーおばあちゃんとジェイコブおじいちゃんみたいに乗り切ることができれば、2人みたいにとっても幸せな夫婦になれるんじゃない?
そのまま二人は末永く幸せに暮らしましたって、そんなナレーションがつけられるんじゃない?
ああやっぱり、私生まれてきてよかった。大変なことも多いけど、こんなに大好きな人ができたんだから、今はちゃんと幸せよ
幼稚園生の頃、私は他の女の子より少し可愛いのかもしれないと思った。初めて男の子から告白されたのは年長さんの時だった。小学校に入ってもそれは続き、私は自分がかわいいと確信した。
何の練習もしなくても気付いた時には開心術が使えたから、みんなの要望に応えるのは簡単だった。大人の考えてることもそれなりにわかるから、その通りに動いてあげれば、レアちゃんは本当に賢くていい子だねと頭を撫でられた。
友達もたくさんいた。私はいつも人の輪の中心で話していたし、女の子も男の子もみんな私と喋りたがった。毎日が当たり前のように楽しかった。仲のいい女の子とくだらないことを何時間も喋ってげらげら笑って、私のことを好きだという男の子をからかって、勉強は楽しくないけどテストに何が出るかは先生を見ていればなんとなくわかるから点数は良かった。
自分が開心術ができると、そう伝えると私に怯える人も多かった。そうやって後ろ暗い人生を送っているあなたが悪いんでしょうと思った。
両親が魔法使いの私は当然、アメリカの魔法学校、イルヴァーニーに入学した。そこでもそれまでと同じように、華やかな友達に囲まれて男の子にちやほやされて過ごした。何人か、告白されて付き合ったりもしたけどどれも長続きしなかった。
恋人というのは皆すぐ浮気をする。永遠とかずっととか、そう言うのはおとぎ話の中だけなんだと気づいた。
学内で有名なラブラブカップルも、ずっと観察しているとどっちかが違うことを考え始める。あ、そろそろ浮気するなーってわかる。それがばれて破局するカップルもいれば、上手く隠して二人でまた仲良くしているカップルもいる。不誠実だなと思った。私はそんなの嫌だ。
「――浮気の基準が厳しすぎるだろうどう考えても!まだ何もしてない、声もかけてない!少し頭で思い浮かべただけだ!」
「それで充分よ!なんで私と一緒に居るのに他の子のこと考えるの?それって浮気じゃない、気持ちが浮いてるじゃない!最初はそんなことなかったわ、私のことだけをちゃんと考えてくれてた。これからもずっとそうだって言ったのに、あなたが裏切ったのよ!」
「もう付き合いきれない、別れよう。レアと一緒に居ると息が詰まる。」
私の恋愛はいつもこうやって終わる。みんな口をそろえて同じことを言う、息が詰まると。自分の不誠実さを棚に上げて、私のせいにしようとするなんて最後まで嫌な奴だ。友達にそれを愚痴れば、皆口をそろえて男が悪いと言った。
「そんなの嫌に決まってるじゃんよね。頭で思い浮かべてるだけ~ってなに言ってんだか。どうせその後すぐ鼻の下伸ばして声かけて浮気しに行って撃沈するのを、レアに未遂で止めてもらっただけよ!」
「ね、ほんとそう!腹立つわもう、なにが息が詰まる〜よ。そのまま詰まらせればいいわ。素直に謝ってごめんって言ってくれれば私だって許してあげたのに」
友達は良かった。開心術の使い過ぎでたまに喧嘩をすることはあっても、決定的な別れというものは存在しない。怒って、泣いて、許して、笑って。そんなどこにでもあるキラキラと輝いた青春の日々だった。
あの頃が人生で一番楽しかった。将来に思いを馳せて、自分がどんな大物になるだろうと考えたりした。だって私は人より容姿が良くて、天性の開心術のスキルを持っている。きっとどこでもそれなりにやっていける。
バリバリのキャリアウーマンもかっこいい。魔法省のあの大きな建物の中で肩で風を切って歩く魔女なんて素敵だわ。
クィニーおばあちゃんみたいに、世界を救う戦いなんてのも憧れちゃう。あれは自分で選ぶものではないだろうけど、まるで物語のようにわくわくする。
ジェイコブおじいちゃんみたいに、自分のことを絶対的に愛してくれる、そんな運命の相手との結婚もロマンチック。まぁ、ジェイコブおじいちゃんはあんまりかっこよくないから私はもっと顔がいい人がいいけど、あのゆるぎない愛を毎日あびるのは幸せだろうなと思う。
そんな数ある未来の中で私は順調に魔法省へ進み、そこで忘却術師として才能を見出された。忘却術は相手の思考の濁流を整理して必要な記憶だけを消し、軽い錯乱の呪文で前後の認識を曲げ、忘れたことすら忘れさせる。難しい作業だけど、日ごろから開心術で人の思考を覗くのに慣れている私にはその延長のようなものだった。
「すごいレア、忘却術師なんて魔法省でも一部のエリートよ、昇進おめでとう!ほんとさすが、私レアの友達だってもうみんなに自慢しちゃったわ」
「やだもう、たまたまよ。でも嬉しい、ありがとう!」
仕事は楽しい事だけではないけど、やりがいもプライドもあった。恋人はいなかったけど、私は自分の人生に一ミリの不満もなかった。
卒業してから8年が過ぎ、私は25歳になった。周りは結婚ラッシュで、ずっと仲のいい5人グループで独身はついに私だけになった。
「レアは理想が高すぎるのよ、完璧な男なんていないの。レアならちょっと妥協すればより取り見取りよ。」
「まぁね、それはわかるけどさ」
さすがに少しだけ、未だに結婚のけの字もない自分の恋愛に焦った。今まで、恋人と1年以上続いたことすらなかった。どうしても開心術が邪魔をする。
だから私もクィニーおばあちゃんを見習って、ノーマジと付き合ってみようと思った。どうせなら顔がいい人がいいなと思って、少し気になっていたコーヒーショップの店員と付き合うことにした。その時私はもう27歳で、周りは結婚から出産のフェーズに入っていた。私はより焦っていた。
その人と付き合って、彼が私の体にしか興味ないことはすぐ分かった。いつもはこの段階ですぐに別れていたけど、今回は少し我慢してみることにした。途中で彼は浮気をし始めた。いつもならこんなの絶対別れるけど、私はやっぱり我慢した。
せめて1年付き合ってみよう、それから別れよう。どこか意地になっていた。私だって恋愛はできるんだと、別に男の人に愛されることなんてなにも難しい事じゃないと。
「今日も会えない?俺の家で」
「今日は無理、風邪ひいたの」
「え!?頼むよ、会いたいんだ。お願い、今日来てくれたら後でなんでも言うこと聞くからさ。」
「無理って言ってるじゃない、風邪ひいたの。聞こえた?」
「その……これ言っちゃ意味ないんだけどさ、今日お前のサプライズバースデーパーティしようって、友達も呼んで準備しちゃったんだよ、な?お願い。顔出すだけでいいからさ」
「誕生日って、まだ2週間は先よ……」
でもそう言われて悪い気はしなかったし、しょうがないから言われた通り顔だけ出して帰ろうと思った。あんなことになると、かけらも思わなかった。
押し込まれた部屋で、半ば強制的に飲まされたお酒で体がうまく動かなかった。多分何か変なものが入ってたんだと思う。雑に脱がされた服のポケットに杖が入っていたから、杖のない裸の私は無力だった。頭がガンガンと痛くて、自分の思考と相手の思考が混ざってぐちゃぐちゃだった。
性行為は、昔からあまり好きではなかった。初めてその知識を得たのは、幼稚園の時の先生と友達のお父さんだった。あれは不倫だった。友達のお父さんが幼稚園の先生を見ながら頭の中でそればかり繰り返すから、なんだか汚いものを見てしまったと思ってそれ以来そういう行為があまり好きではなかった。
そう言った欲望の目で、自分を見られるのも不愉快だった。私は美人だから仕方ないかもしれないけど、やっぱり私の体は私のものだから、例え頭の中であっても汚されるのは嫌だった。だから実は、今の彼と付き合うまで私は性行為というものをちゃんとしたことが無かった。
もうぐちゃぐちゃだった。私は汚れた。全部きたない。
家に帰って、体が真っ赤になって傷が残るほどスポンジで擦った。あそこにも指を突っ込んで奥までとにかく洗った。口の中も、歯ブラシで喉の奥まで洗って、消毒液を飲み込んだ。こびりついた精子の味が消えなかった。
レアはちょっと潔癖だよねと言った友達の言葉を思い出した。ああそう、私は潔癖症だ。だって汚いものなんて開心術でいくらでも見てきたんだ、自分だけはそれに汚されないように綺麗で居たかった。
自分が自分じゃないみたいだった、辛くて辛くて、でも誰にも言いたくなかった。知り合いにバレるのが一番怖かった。だからまず、関わった全員の記憶を消そうと思った。それでなかったことにできると思った。
数日後、杖を持って、真っ黒な服を着て、最初に彼に会いに行った。こいつのせい。こいつのせいで私の魂が穢れたんだと、怒りでどうにかなりそうだった。あまりに腹が立って、自分で自分をコントロールできなくて、記憶を消すだけのはずだったのに、私の魔法はそれ以上の力を流し込んだ。
――死ね。と、私は確かにそう思った。
そしたら記憶じゃないものまで消してしまった。その後、もう1人も2人も3人も一緒だと思って、私を強姦した残りの2人も殺して回った。そして当然、私は魔法警察に捕まった。
皆が驚いていた。レアが人を殺すなんてありえないと、友達は泣きながら弁護してくれた。いろんな事情を考慮されて、優秀な弁護士もついた。心神喪失を理由に、殺人は忘却魔法の暴発で故意では無かったと主張した。法廷で俯きながらひたすらに謝罪と後悔を口にした。最終的に、私は人を3人殺したとは思えないほどの軽い処罰を言い渡された。
懲役3年、執行猶予2年と6ヶ月。多分、殺した相手が全員ノーマジだったから、これで済んだんだろうと思った。ここが人生のどん底だと思ったけど、本当はこれが始まりだった。
センセーショナルな殺人事件は、すぐにアメリカ魔法界全部に知れ渡った。美人忘却術師がノーマジにレイプされ報復に男3人を殺す。こんな心躍る見出しはないとばかりに、新聞、雑誌、ラジオ、いろんなところで報じられた。
当然仕事は解雇され、私はお茶の間のおもちゃになった。友達と思っていた子が、手のひらを返して私の悪口を言った。それに怒った別の友達がその子を罵り、イルヴァーニー卒業以来ずっと仲良くしていた5人グループは最悪の空気になって霧散した。きらきら輝いていた私の友情物語はチープな偽物だった。
世間の反応は様々だった、同情して慰めてくれる人、ノーマジを3人も殺すなんて凶悪な殺人犯だと怒る人。レイプされる方も悪い、のこのこついて行って、魔法があるんだからすぐに抵抗すればよかっただろうとか、レイプされたっていうのも本当は嘘で殺人の罪を軽くするためのでっち上げだったとか、とにかく言いたい放題だった。
私を目の前にすると、たいていの人は同じことを思うようだった。これはレイプされても仕方がない、と。顔がよくてスタイルも良かった私は、どうやら人を誘って騙すヴィーラか何かにでも見えたようだった。
知らない人の頭の中から漏れて見える色欲が、無作為に流れ込む性行為の映像が、私の心をおかしくさせた。レイプされた私は人としての価値が下がり、身勝手な性欲の処理にしてもかまわないと、世間様の中でハードルが1つ下がったようだった。おまけに殺人犯だ。みんな私のことを下に見た。
精神病なんて、心の弱い人間がかかるんだと思っていた。私には関係のない病気のはずだった。ベッドから起き上がれず、食事も喉を通らず、一日の半分以上シャワーを浴びて強迫観念に駆られながら体を洗う。ただただ苦しくて出口が見えなくて、転がるようにどこまでも落ちて行った。
母はそんな私の様子にとても心を痛めて、いつも泣いていた。母が私の開心術を気味悪がり、妹と比べて私と距離を置いているのには気づいていた。それでも、母は母としての責任で、私のことを正面から愛してくれていることもちゃんと知っていた。
母は祖母と折り合いが悪かった。私がこうなったのは祖母のせいだとひたすらに祖母を責めた。祖母のクィニーおばあちゃんは私にとても同情して、母以上に泣いて悲しんだ。開心術を止めることができないというのがどういうことか、それを理解する唯一の存在だった。
「苦しいわよね、辛いわよね。わかるわ、人の心の声は時に少しうるさいもの。それにみんな、聞こえないと思って好き勝手話すわ。とっても迷惑、ね。
ええ、そうよね、私もそう思うわ。うん。レア、あなたは強い子よ。それにとっても賢い。え?本当よ、レアは私の妹に似てるわ、ティアに。賢くて凛とした瞳。
いいえ、あなたの人生は終わったりなんかしていないわ。大丈夫よ。あなたの魂は綺麗だわ。ちっとも汚れてなんかいないわ。かわいいかわいい、私の小さなお姫様。あなたが白くてほわほわな赤ん坊だったころから、今でもそれはちっとも変わっていないわ。
本当よ、私、嘘なんか言わないわ。レア、あなたならそれがわかるでしょう?ね?」
クィニーおばあちゃんはひたすら私を慰めた。とても優しく、温かく。それなのに母と祖母が喧嘩するのは見たくなくて、私はだんだんおばあちゃんの家には行かなくなった。クィニーおばあちゃんはもう90歳を超えた高齢で、こんな心労をかけるのも申し訳なかった。
母はだんだん、海を越えてイギリスで今話題になっている名前を呼んではいけないあの人の思想に共感するようになった。
「――そうよ、ノーマジを殺して罪になるなんて、魔法省の判断が間違えてるわ。しかもレアにあんなおぞましいことをして、殺されるのが当然なのよ。私の娘は犯罪者なんかじゃないわ。」
私はなんていったらいいのかわからなかった。私自身、だんだんとその考えに縋るようになっていた。人を殺してしまった罪の意識から逃れたかった。私は被害者なんだと、そう思いたかった。
いつの間にか、母はその闇の帝王の側近で、死食い人と呼ばれる人たちと会うようになっていた。さすがに怖くなって、私は母を止めた。
「ありがとうママ、でももう大丈夫よ。あの人たち、ちょっと怖いわ。死食い人なんて、関わるのはやめよう?」
「違うわレア、これはあなたのためだけじゃない、アメリカ魔法界の意識を正さなきゃいけないのよ。そもそもおばあちゃんがノーマジなんかと結婚するから、だからすべてが狂ったのよ。あの人のせいだわ。」
「ママ……」
ああ、私の大好きで幸せな家族はどこに行ってしまったのだろう。料理上手でお花が好きで、私に刺繍を教えてくれて、家族でピクニックを楽しんだ、あの優しくてしっかり者だった母はどこに行ってしまったのだろう。
私がノーマジのあの男と付き合ったから?私がレイプされてしまったから?私が人を殺したから?私が心を病んだから?
「レア、良いニュースよ!闇の帝王が、純血で力の強い魔女をイギリスに呼んでいるんですって。あなたはぴったりだわ。レア、あなたは魔法省のエリートだもの、子供のころからとっても優秀だった。あの方の御傍なら、きっとノーマジを殺したことなんてみんな何とも思わないわ。誰もあなたを責めたりしないわ。イギリスではあなたの事件のことを知る人も少ないでしょう。どう?行ってみない?環境が変わったら、あなたの心の病気もきっと治るわ、大丈夫よ。」
「うん……。うん、私そうするね、ママ。イギリスに行くわ、ありがとう。」
これ以上、この家に居て母に迷惑をかけるのも嫌だった。私が食事をとれなくなるたびに心を痛め、神頼みのようにやたらと高級な魔除けの魔道具を買ってきて、少しでもノーマジに友好的な知り合いには噛みつくように怒り出す母を、もう見ていたくなかった。
私は最後、泣きながら妹に別れを告げて、家族を壊したことを謝罪し、母を託した。妹は何度もうなずいて、たまにはアメリカにも帰ってきてねとそういって私を強く抱きしめた。父も涙を流しながら、私の幸せと安全を願った。
そうして、私はセブルスに会った。
周りの人の反応と思考で、私はどうやらある死食い人へのある種の献上品のような形で花嫁候補に呼ばれたんだとなんとなくそう察した。さすがに闇の帝王本人の思考はほとんど読めなかったし、読もうとも思わなかったけど、特に背の低いネズミのような男の頭の中は駄々洩れだった。
セブルスの第一印象はとても静かな人。思考が見えずらくて、珍しいけど閉心術を使うのだとすぐに気づいた。それは私にとってとても嬉しい事だった。もう無作為に流れ込む他人の思考に疲れ果てていたから、久しぶりに私は私のペースで息をすることができた。
セブルスは一見とても冷たくて親切心のかけらもない人のようだったけど、本当はそうでもないことにすぐ気づいた。普通は逆だから、親切だと思った人が下心まみれだったと、そういうパターンの方が多いから、なんだか新鮮だった。だから自然と、セブルスのことをもっと知りたいと思った。
「あのねセブルス、1つやってみたいことがあって、パンを焼いてもいい?」
「パン?」
「そう!私の祖母がね、パン屋さんをやっていたの。昔からそれが憧れでね、でも母と祖母は折り合いが悪かったからあんまり家ではやらせてもらえなくて、ずっとやってみたかったの。」
「その程度なら好きにすればいい、キッチンは自由にしてもらって構わない。お前がものを壊すような愚鈍でなければな」
「本当?ありがとう!セブルスは好きなパンある?」
「特にない」
「固いパンとやわらかいパン、どっちが好き?」
「食べられれば何でもいい」
「じゃぁセブルスがおいしいって言ってくれるパンを目指すわ!」
なるべく無邪気な女の子を演じるようにそう言った。殺人とは程遠い純粋無垢な人間だと、セブルスにそう思ってほしかった、気を惹きたかった。男の人にそう思うのは、本当に久しぶりだった。
恋をするようなその気持ちに、私は浮かれていた。男性への恐怖心を克服出来れば、心を病む前に戻れる気がした。初めて小さく笑ったセブルスを見た時は、なんだが嬉しくて胸がきゅっと詰まった。
「――お前は何故ここに来た?」
この家に来て1週間ほどたったころ、セブルスが私にそう聞いた。何かを疑っているようで、私は少し返事に迷った。なるべく慎重に言葉を選びながら、でも私はセブルスを害するつもりはないのだと、それが伝わるように必死で喋った。
多分、セブルスは私のあの事件のことを知らない、知っていれば多少は思考に出るはずだと思った。事件のことはまだバレたくなかった。いずれちゃんと話さないといけないと思いつつ、セブルスの思考を垣間見ながら言葉を選んだ。
「両親はどちらかというと純血主義なんです。祖母はね、あ、パンを焼ていた祖母、クィニー・ゴールドスタインって言うんですが、あ、ゴールドスタインは旧姓でね。アメリカではじめて、ノーマジと結婚した魔女なんです。あ、ノーマジはイギリス風に言うとマグルですね。」
「それくらいは知っている」
「そう、それでね、アメリカは長いこと魔法族とノーマジの結婚が法律で認められていなかったんです。だから母はアメリカではとっても珍しいノーマジとの混血の魔女になっちゃて、それでとても嫌な思いをしたそうで、母はノーマジ、あ、えっとマグルが嫌いなんです。あのー、そう、だから母は純血主義。祖母は真逆の……なんて言えば良いんでしょう、ノーマジ主義?」
「別に名前をつけなくていい、立場は分かった」
「そう?セブルスは頭がいいのね。そう、それで私は別にどっちでもないの。祖母も母も好き。人はみんなただの人だわ、頭の中はあんまり大差ないのよ。」
そう言って私はワインを一口飲んだ。セブルスは多分、このことを聞きたかった、それで合ってるはずだ。闇の帝王は強烈な純血主義の人物だと聞いている、セブルスは教会にパンを持っていく私を不審に思っている。
でもそれは私も同じことだった。セブルスは別にノーマジを差別していなかった。どうしてかなと理由は気になったけど、差別主義者よりはいいかなと思った。
「それで?君がここまで来たことの肝心の経緯が抜けているが?」
セブルスは呆れたようにため息をつきながらそう言って、私はハッとして少し笑った。いろいろと他のことに気を取られて、会話がおろそかになっていた。
「そうだったわ。シンプルに、母が賛同しているの、闇の帝王の思想に。それで、魔法使いは魔法使いと居るべきだっていう考えに共感して、私のことを推薦したの。母はね、ほっといたら私がノーマジと結婚するんじゃないかって心配してるの、祖母みたいに。だから……だからそう、それだけ。うん。」
「マグルが好きなのか?お前は」
「ううん、その、違うわ。そうじゃない。」
事件のことを人づてでどこかで知ってしまうよりは先に私の口から言った方がいいのかも、と一瞬迷ってしまった。それでも急にその話をする勇気はさすがになかった。
なんとなく話を逸らそうと思ってダンブルドアの話をした。セブルスが、ダンブルドアととても親密な関係にあることはわかっていた。そして、セブルスがダンブルドアを殺したんだということも。
どうしてだろう、何があったんだろうとやっぱり気になった。私はダンブルドアに直接会ったことはないけど、クィニーおばあちゃんからいろいろと話を聞いていた。イギリス魔法界では、ほとんど英雄のように人々から崇拝されていることも。セブルスは、どうしてそんな人を殺してしまったのだろう?
セブルスがダンブルドアを殺したということに、不思議と恐怖は感じなかった。むしろどこか仲間意識のような物すら感じていた。私もノーマジを3人殺しているから、殺人という共通点が嬉しいと思った。セブルスの苦しみにも寄り添えると思ったし、自分の罪も薄れる気がした。
――
セブルスの育った家庭はあまり良い環境ではなかったようだった。たまに思い出される彼のご両親の姿、父親は手を挙げて怒鳴り散らして、母親はセブルスと目を合わせない。だから私は彼の前でめいっぱい家庭的な女性で居ようと思った。
温かい料理を作って、リビングを花で飾り、明るいライトをつけて。私自身、そういうのが好きだった。きれいな百合の花を飾った時、セブルスが切ない顔でそっと花びらを撫でた。
たまに見える、緑の目をした赤毛の女性。セブルスはその女性が好きみたいだった。とても一途で、素敵だなと思った。セブルスは私を見ても性的な欲求と結びつけない。心に浮かべる女性はいつも一人、おんなじ人。純粋で誠実で美しい恋の形。
いろいろと汚いものばかりを見て、愛も恋も男性もすべてが恐怖の対象だった私に、セブルスのその切ない想いはとてもとても、言葉にできないほど綺麗で美しく見えた。
多分、その女性はもう亡くなっている。セブルスは、その女性と死をいつも繋げて思い出す。
セブルスに、無理に私を見て欲しいとは思わなかった。でももし、セブルスがもう一度誰かを愛することがあるなら、それは私であって欲しいと願った。
数日後、セブルスが帰ってきたとき、彼の心が悲しみであふれていた。傷ついた人の心は、普段よりもずっとずっと声が漏れやすい。常に閉じているセブルスは特に、その差が大きかった。
セブルスはまっすぐ自室にこもったけど、それでもいろんなものが見えてしまった。
ダンブルドアを殺した罪の意識。女性が死んでしまったことへの悲しみ。そう、今日は女性の遺品を見たのね。彼女の家族写真と誰かに宛てたお手紙。リリーっていうのね、その人。セブルスの恋人ではなかったのね、違う人の奥さんだったのね。セブルスはずっと片思いをしてたのね、そしてそのまま女性は亡くなったの……。
女性の息子があのハリー・ポッターなのね。セブルスは、闇の帝王のそばに居ながらハリー・ポッターを守っているのね。味方が1人もいない中で、守っているはずの存在からはダンブルドア殺しと指を指されて、それでもリリーの息子を守るために戦っているのね。
あまりにいろんなものを見てしまって、少し申し訳なくて私は家を出て適当なノーマジのホテルに泊まった。
ああ、それでも見ることを止められない。セブルスの悲しみを知りたい、罪を知りたい。そしていつか、自分の罪も告白しないといけない。私ばかり知っているのは、不公平で彼に誠実ではないから。
――ねぇ、セブルスはいつから1人に慣れてしまったの?
セブルスはいつも大変そうだったけど、立場を知ってからより深く理解した。それはとても緊張の連続で、孤独に心のすり減る毎日だろう。どうやったら彼の心を癒すことができるかなと毎日考えた。
やっぱり甘いものよねと思って、パンと一緒にお菓子も作るようになった。セブルスは甘すぎるものは好みじゃなさそうだったから、砂糖を控えめにしたジンジャークッキーとか、キャロット・ケーキとかを作った。だんだんとセブルスが私のお菓子を楽しみにしてくれていることがわかっていたから、とても嬉しかった。
彼が好きなものを知りたくて、本人にいろいろ聞いた。セブルスはそういうものをあんまり考えたことが無かったようで、毎回めんどくさそうにしながらも案外ちゃんと答えてくれるのがかわいいと思った。セブルスが好きと言ったものでなるべく家の中を満たしていった。
羊肉の煮込み、リンゴのタルト、アッサム・ティーに上質なシェリー酒。カスミ草にユリの花、小さな黒猫のかわいい置物。ラベンダーの香りに柔らかいオレンジ色のランプ。
ところどころ自分の趣味も入れながら、この家がセブルスにとっての安全地帯になればいいなと思った。その中に私も入っていればとても幸せ。
ある日、いつものように疲れた様子で帰ってきたセブルスが、多分何の気なしにふと私の頭を撫でようとした。全く予想していなかったタイミングで彼の大きな手が頭に触れたとたん、私は恐怖で身がすくんで叫んでしゃがみこんでしまった。心臓がバクバクと跳ねて、やってしまったと深く後悔して目を閉じた。
彼を拒絶してしまった。
「……す、すまない」
セブルスは驚いた様子で私を見て、降参するように自分の両手をあげた。
「違う、違うの、セブルスは悪くないの、ごめんなさい、少し驚いただけで……。あの、私男の人が怖いんです。前にちょっと、色々あって。だからその、セブルスが悪いんじゃないんです。」
「ああ……。悪かった。気軽に触れようとして。」
そういって私から一歩離れるセブルスに悲しくなった。
「ううん、違うの。セブルスのことが嫌いなわけじゃないの。むしろ逆よ……。」
私はそういって、まだ少し恐怖心の残るこわばった自分の手でセブルスの両手を掴んだ。
「私……好きよ。セブルスのこと。会って間もないのに、こんなこと言ってごめんなさい。」
「わざわざ嘘をつく必要はない、そこまでしなくていい」
「嘘じゃないわ。でも、そうよね、急にこんなこと言われても困るわよね。その、誤解させてしまったままなのが嫌で……。セブルスには、ちゃんと違う人が居るのにね。」
分かっていたのに。好きだとかそういうことを伝えるのはまだ早いって。セブルスは私に少しだけ気を許すようになっているけど、彼は他の女性を愛しているのだと。
「……どういうことだ?」
「ただの女の勘よ、よく当たるの。その顔見るとやっぱり図星ね。……紅茶、一緒に飲みましょう?」
そういっていつも通りセブルスを見たら、セブルスは驚いた顔でなにか迷っているようだった。
ねぇ、期待しちゃうわ。私、セブルスのそんな顔を見たら。まるで告白をためらうような、ピュアな少年のような顔で私を見ているの、自分で気づいてる?
「そんな顔されたら勘違いしちゃうわ、私。なんて言ったってコップ半分の水も喜ぶ女だから。」
「……それでもいいと言ったら?」
セブルスのその言葉が嬉しくて、私は頬が緩むのを抑えられなかった。いつだってどんな時だって、やっぱり恋っていいものね、クィニーおばあちゃん。傷ついた心は愛が癒すのよと、おばあちゃんはいつもそう教えてくれたね。
「じゃあね、嘘でもいいの。……私に好きって言って?セブルス」
「……好きだ、レア」
「私も好き、セブルス」
私はゆっくりセブルスに抱き着いた。あの事件以来、男の人とこうやってハグをするのは初めてだった。
「大丈夫よ、私壊れたりしないわ。」
セブルスはとても優しかった。まるで綿あめを触るかのようにふんわりと私を包んだ。私は少しずつ強張った体から力が抜けていくのを感じた。
「なぜ男に怯えるようになった?」
「……アメリカで、うん、そう、乱暴されたんです。3年前。それから段々怖くなってしまって、不思議なんです、頭と心で違うことを考えてる。」
まだ微かに震えている自分の右手を見て私は自嘲気味に笑った。全然、普通の人には戻れていない。心から大好きな人にこんなにも優しく抱きしめられているのに、どうして恐怖なんて感じるんだろう。
「頭の中で考えていることを聞かせてくれ」
「……セブルスとキスがしたいわ」
それはまだ早いと自分でもわかっていた。セブルスはそっと私の頬に手を添えて、ゆっくりとおでこにキスをした。
「セブルス……」
「怖がらせたくないんだ、わかってくれ」
「わかってるわ、セブルスは優しいの。だから好きになったんだもの。」
なんでこんなにも、セブルスは私のことを大切にしてくれるんだろう。嬉しくて、心がはちきれそう。
「ああ、もっと好きになっちゃう。困ったわ。」
「変わった趣味だな……」
「そうかしら?セブルスは自分の魅力をわかってないわ。もったいない。」
セブルスは私の言葉を鼻で笑うだけだった。セブルスってちょっと、こういうことに関して自己評価が低いみたい。
「もう、セブルスったら。聞いてる?私の言葉」
「え?ああ」
「セブルスはかっこいいわ。とってもクールだし頭も良くて、私はあなたの論理的な話し方がとても落ち着くの。」
「は?……何を言ってるんだお前は、正気か?」
「なあに?誰も教えてくれなかったの?じゃあ私が何回でも言うわ。セブルスはかっこいいの。私の好きな人よ、いつまでも悪く考えるのはやめてちょうだい。」
セブルスが本気で眉をひそめて、いぶかし気に私を見るのが面白かった。
「人ってね、言われた通りの姿になるのよ。可愛いって毎日言われたら可愛くなるし、かっこいいねって言われたらかっこよくなるの。ね、セブルス。私に毎日可愛いって言って?私もセブルスに毎日かっこいいって言うわ。私ね、そんな風に好きな人と毎日を過ごすのが夢だったの。」
「……勘弁してくれ」
「あらつれないわ。じゃあ私だけ毎日言うんだから。かっこ良くて優しいセブルスが大好きよ。」
とっても楽しい時間だった。好きな人に告白して、OKを貰って相手にも好きだと言ってもらう、きっと恋愛の中で一番楽しい時間。人生が終わったと思った3年前のあの事件から、こんな風に思えるまで自分が回復したこともとても嬉しかった。
もしかしたらすぐに崩れてしまうかもしれない、また辛いことがあるかもしれない。でも今はそんなことあまり気にならなかった。楽しい未来の方に期待で胸が膨らんだ。
だってそもそも私はお嫁さん候補でここにきているんだもの、ちゃんと死食い人セブルス・スネイプの恋人をやり切ることができれば、結婚だってするのかもしれない。
スパイのセブルスの立場はきっと危ういもので、私も危険を味わうことがあるかもしれないけど、それもまるでクィニーおばあちゃんとジェイコブおじいちゃんみたいに乗り切ることができれば、2人みたいにとっても幸せな夫婦になれるんじゃない?
そのまま二人は末永く幸せに暮らしましたって、そんなナレーションがつけられるんじゃない?
ああやっぱり、私生まれてきてよかった。大変なことも多いけど、こんなに大好きな人ができたんだから、今はちゃんと幸せよ