アメリカ人、女性
A Short Memory
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8月の下旬、その日は珍しく昼過ぎに来客があった。
「何の用だ、ワームテール」
「へへ、あの方の呼び出しだ。今すぐマルフォイの館に来いと。それでその、隣の女があれか、あの方から」
「ワームテール、余計な口を挟むな。それからお前は私にそんな口がきける立場か?この前の自分の席順を忘れたか?」
そう凄めばワームテールは悔しそうに顔をゆがめて「申し訳ありません」と嫌そうに呟き、私越しにレアを見た。私はその視線を遮るように体をズラし、彼女に声をかけた。
「お前は部屋に入ってろ」
「ええ、そうするわ。セブルス」
レアは青い顔でそう言って、スカートの裾を引っ張るように伸ばして自分の部屋に戻った。その様子に不安を覚えながら、呼び出しに遅れる訳には行かないので直ぐに家を出た。
呼び出しの内容は9月からの学校でのポジションについてだった。私とカロー兄弟が呼び出され、私が校長に、アミカスが闇の魔術に、アレクトをマグル学の教授に就かせると指示があった。カロー兄弟は私の元で働くことを嫌がっていたが、闇の帝王の言葉ひとつで静かになった。それから学校の方針について指示をうけ、ただ黙ってそれを聞いた。
今年のホグワーツは厳しい年になるだろう、今年だけでなくこれからずっと。いつかこの闇の時代が終わるまで。
「時にセブルス、あの女はどうしている?」
「レア・ヘイゼルのことでしょうか。……彼女なら我が家に留まっております」
「ふむ。……その様子では、期待通りの癒やしを提供できているようだな」
闇の帝王は冷たい笑みを浮かべ、長い指先で杖の頭をなぞった。
「は。今のところ、私の生活に支障はございません」
「それは重畳だ。せっかくだ、明日お前の校長就任を祝して食事会を開こう。そこで、彼女を披露するがいい」
自分の指先が、ローブの袖の中でわずかに震えた。どうにか声の温度を保ったまま、静かに言葉を返した。
「……ありがたきお言葉ですが、我が君。彼女は少々、精神の均衡を欠いておりまして。死喰い人たちの猛々しい空気に当てられ、その場で取り乱すようなことになれば、せっかくの祝宴を汚すことになりかねません」
「ほう、セブルス。お前ほどの人間が、たかが女一人の心を御せないと言うのか?」
闇の帝王の赤い瞳が、値踏みするように私を射抜いた。
「一度くらい私の忠実な下僕たちに、お前の未来の妻を拝ませてやれ。……それとも何か、私にさえ見せたくないほど、お前は彼女を独占したいのか?」
「……滅相もございません。ただ、粗相のないようにと案じたまでです」
「ならば連れてこい。お前にとって、彼女が価値ある道具となるか、それともただの足枷に過ぎぬのか……私が見定めてやろう」
「……仰せのままに、我が君」
闇の帝王の御前を去り、カロー兄弟の追求に何も答えずに真っ直ぐ家に帰った。八月の重苦しい湿り気を帯びた夜だった。
館から帰った私を待っていたのは、煮込み料理の温かい香りと、いつものようにキッチンに立つレアの背中だった。
「お帰りなさい、セブルス。」
レアはエプロンで手を拭きながら明るい声で私を迎え、その柔らかい温もりに私はほっと息をついた。いつからか、彼女の待つこの家が私の心の拠り所になっていた。
「……明日、死食い人を集めた食事会がある」
夕食の席につき、銀の食器が触れ合う静かな音の中で、私は重い口を開いた。
「私の校長就任の知らせを兼ねてな。あの方が……お前を連れてくるようにと仰せだ」
レアのフォークを持つ手が、一瞬だけ止まった。
「……セブルス、ホグワーツの校長になるの?」
「ああ」
「凄い!おめでとう!やだもう、先に言ってよ!」
レアはぱっと華のような笑顔でパチンと両手を叩いた。
「シャンパンくらい開けましょ?ね、いいでしょ?まぁこのお家にあるやつだからセブルスのなんだけど」
「……構わない」
ご機嫌のままレアは席を立ち、隠し扉の後ろの保管庫に入った。そのまま戻ってこない彼女をしばらく待ってから、私は深く息を吐いてレアの後を追った。
彼女は保管庫の中で立ち尽くしていたが、私の足音に気づいてすぐに振り返り、また笑って誤魔化した。
「ああごめんなさいセブルス、ちょっと迷っちゃって」
「うちに迷うほどシャンパンは無いが?」
「……そう、ね。お見通しね。」
「お前は隠し事が下手だな」
下を向いて曖昧に笑うだけの彼女を後ろからそっと抱きしめるように、僅かに震える細い肩を支えた。
「明日、無理にとは言わない。体調が悪いと言って断ればいい。」
「いいえ、セブルス。大丈夫よ」
レアは顔を上げ、いつものように笑みを浮かべた。負けず嫌いなのと言った彼女の言葉通り、強い意志が宿っている。
「ちょっと緊張するけれど、大丈夫。いつかはこの日が来るって分かっていたもの。こういう時のために、アメリカからお気に入りのドレスをいくつか持ってきてるの。むしろ無駄にならなくて良かった。イギリスの流行に合うか分からないけれど、一番マシなやつを選ばなきゃね」
相変わらずよく喋りながら、彼女は自分を落ち着けていた。
「……レア。ほとんどの死喰い人はお前が最も嫌う類の男たちだろう、あまり気分の良い場所ではない」
「ふふ、そんなの慣れっこよ。私、クィニーおばあちゃんに似て美人だからね。それに、私の隣にはあなたがいてくれるんでしょ? だったら、何だって怖くないわ」
彼女は体を反転させて私の腕の中で幸せそうに微笑んだ。両手を私の胸に当てて、耳を心臓に当てて目をつぶった。その体温が言葉に出来ないほど愛おしくて、強く抱き締めたい衝動を堪えた。触れたら壊れそうな彼女の、その近づくことの出来ない距離すらも心地よかった。
「ああ。お前が望むならそうしよう。明日は私の側を片時も離れるな」
「ええ、約束よ。せっかくの晴れ舞台だもの。世界一素敵な校長夫人に化けてみせるわ。楽しみにしていて?」
レアは余裕そうな笑みを繕って、私も釣られて少し笑った。ただの食事会だ、何とかなるだろうとそんな気がした。
私は彼女が選ぶドレスの色に一瞬だけ想像を巡らせた。それが彼女にとってどんな意味を持つのかも知らずに。
夕食のあと、レアはまた私にくっついてキスをねだった。私は彼女のリクエストがある時だけキスをした。レアを3年も苦しめた男性への恐怖がたかだか2ヶ月そこらで治るとは思っていない。それでも私の隣では笑ってくれている事がこの上なく嬉しかった。自分が必要とされている実感があった。
全てを失ったと思っていた自分でもまだ守れるものがあるのだと、それに言いようのない高揚感があった。
翌日、ゲストルームから出てきたレアは真っ黒な重たいクラシックなドレスを着ていた。一切肌の露出はなく、首元までピッタリと黒い布が覆っていた。
「どう?ちょっと地味すぎるかしら?」
それでも彼女の綺麗な体のラインをそのドレスは上品に表していた。
「いや、似合っている」
「本当?嬉しいわ!セブルスもかっこいいわ、正装も似合うのね。ね、ちょっとペアルックぽくない?これちょっとセブルスっぽいなって思ったの。ほら、こうやって回ったらね、」
レアがその場で一回転すると、ドレスの裾が少しだけ広がった。
「セブルスのローブみたいで良いでしょう?」
そう言ってはしゃぐレアの無邪気な笑顔が愛おしく、私は口元が緩んだ。
「わかったから、そうばたばたするな騒がしい」
「可愛いなって思ったでしょ?ね?言ってもいいのよ?」
「いちいち読むなと言ってるだろう?」
開心術でそんな正確な心の機微などわかるはずないと分かっているけど。
「ふふふ、やっぱそうなんだ、セブルス可愛い」
「その賑やかな口を閉じれば、お前はどこに出しても恥ずかしくない魔女に見えるのだがな」
今からどこに行くか本当に分かっているのだろかと言いたくなる浮かれ具合で、レアはまるでクリスマスパーティの前のように楽しそうな顔をしていた。これが彼女なりの強がりならば付き合おう。それでレアが今日を乗り切れるならば、いくらでも。
私はわざとらしく頭を下げて恭しく右手を彼女の前に差し伸べた。
「お手をお借り出来ますかな、レディ・レア。今宵の退屈な宴の主役の座はお前に譲るとしよう。私のそばを片時も離れないと約束するならな。」
レアは楽しそうに笑って、私に応えるようにドレスの裾を掴んで完璧なカーテンシーを返してみせた。
「ええ、喜んで。私の愛する人。素敵なお誘いをありがとう、地獄の果てでも貴方について参ります。」
バカバカしいままごとひとつ、意味を持つのが恋なのだろうと頭の片隅でそんなことを思った。
マルフォイ家の館につき、大広間にはすでにほとんど全員も死喰い人が集まっていた。ディナーの開始は8時、私はその時間ぎりぎりについた。
「相変わらず遅いな、セブルス。お前なりの演出か?」
不自然なほど照明の絞られたその空間で、闇の帝王の右隣の席が2つだけ空いていた。
「申し訳ございません、我が君」
隣にいるレアの表情すら見えないまま、私は席に着いた。右側には私、レア、アミカス・カロー、アレクト・カローの兄弟と並んでいた。カロー兄弟は私だけでなく、レアの席が自分たちより闇の帝王の近い事に随分腹を立てている様だった。
正面の闇の帝王の左隣には、拷問好きのアントニン・ドロホフ、戦闘狂のベラ・レストレンジ、その夫ロドルファス・レストレンと弟のラバスタン・レストレンジが並んだ。アントニン・ドロホフ以外はロングボトム夫妻を再起不能にまで追い込んだ拷問を行ったメンバーだ。
随分嫌な奴らが目の前に並んだなと思った。これも闇の帝王の采配だろう。学校では体罰を惜しまず痛みで学生をコントロールしろと言いたいのだと受け取った。
「さあ、今日の宴は我々がホグワーツを掌握した祝いだ。これでこの魔法界の教育はもっとまともな物になるだろう。教育というのは非常に重要な場だ、あの7年間は魔法使いそして魔女の根幹をつくる。
まず闇の魔術に対する防衛術などというくだらない科目はない、アミカスが闇の魔術そのものを大切な教え子に解くだろう。そしてマグル学はアレクトが教える。マグルが我々魔法族と同類などと、そんなくだらない嘘をほざく教員は居なくなるだろう。」
闇の帝王の言葉を盛り上げるように野次が飛んだ。
「校長にはセブルスが就任する。魔法使いの矜恃を今一度教員達にも説いてやるといい。」
長テーブルが湧いて何人かが手を叩きテーブルを叩き口笛を拭いた。
「さぁ、さらに今日は特別なゲストがいる。校長となるセブルスの連れ、レア・ヘイゼルだ。アメリカからの女だ、美しいだろう?お前らも励め。このような女が欲しければな。」
これには一番の歓声があがった。褒美で女を貰ったと、闇の帝王がそういったのだ。全員が身を乗り出し見定めるようにレアを見て、下卑た笑いを浮かべた。私はそんな死喰い人達を鼻で笑い見下しながら、ちらりとレアの顔を見た。彼女は多少引き攣った顔をしながら、強ばった笑みを浮かべた。
「さぁ、食事を始めよう。これは普段よく働いてくれるお前たちへの褒美の場だ、好きに楽しめ。」
闇の帝王のその言葉を皮切りに、マルフォイ家の屋敷しもべが全員の後ろから音もなく食事をサーブし始めた。当然、闇の帝王の前には何も置かれない。この御方は我々の前で食事をとらない。ただ1杯のワインを置かれて、それを飲みながら全員をじっくりと眺めた。
全員が緊張し闇の帝王の顔色を伺う、張り詰めたディナーが始まった。基本的な食事のマナーとして食事中の中座は許されない。これからおよそ4時間、我々はここに縛られる。アメリカでおそらく一般的な家庭で普通に育ったレアがこの空気に耐えられるのか、不安を覚えながら食事を口に運んだ。
「校長のお連れという方がこれほどまでに魅力的な方だとは存じ上げなかった。お目にかかれて光栄ですよ、レディ・レア?」
「ええ、ありがとうございますミスター・カロー。闇の魔術を学生に教えられるとはとても素晴らしい事です、私もお受けしたかったですわ。」
「レディはアメリカで、イルヴァー二ー魔法学校で学ばれたとのこと。あれも良い学校と伺います。イルヴァー二ーには貴方のように魅力的な女性が多いのでしょうか?アメリカという開放的な文化が気になりますねぇ」
「え、えぇ、そうですね。ここ英国よりはそう感じられるかも知れませんが、私はこちらの紳士淑女の文化をとても好んでおります。」
アミカスは執拗に彼女に話しかけ、顔を近ずけてその体を舐め回すように見た。レアは手を止めてアミカスの言葉に応え、どうにか耐えている様だった。
ああ、やはり連れてこなければ良かったとそう思った。アミカスの頭の中など覗くまでも無かった、下卑た笑みを浮かべて舌でフォークを舐め回すように肉を食い、レアの胸元や足元ばかりを見ている。
開心術を閉じることの方が難しい彼女には、何が伝わっているのだろうか。それでも私はレアに一切声をかける事は出来なかった。私の隣には闇の帝王が居るのだから。この御方にお声をかけることこそが、この席の私の今の役割なのだから。
レアはもうほとんど食事に手をつけていなかった。段々と口数が減り、誤魔化すようにワインだけを頻繁に口に運んだ。普段の食事の様子とまるでちがう彼女がたまらなく不安だった。
「口に合わないか、ミス・ヘイゼル。ここの厨房はお前の舌には合わないかも知れないが少しでも腹に入れておけ。」
私はせめて彼女にそう声をかけた。
「ええ、ありがとう。」
そう言ってレアは付け合せの野菜だけを辛うじて口に入れた。いつもよく喋る彼女が人形のように大人しく、ただ空気を読むように丁寧な相槌だけを打っていた。
しばらくコース料理が進みようやくデザートが並び始めた頃、正面に座るベラトリックスがレアに声をかけた。
「そういえばあんたさ、知り合いから聞いたんだけどマグルにレイプされたんだって?」
この場にそぐわない、ベラらしい下品な言い方だった。それでもそれなりに全員酒を飲み、何より死喰い人のこの集団な中でベラの言い回しに眉を顰める人間など居なかった。
「ベラトリックス、言葉を弁えろ。我が君の御前だ。」
私はそう言ってベラの言葉を遮った。
「まぁよいセブルス、そう畏まらなくて。それにこれはそう悪い話でもあるまい?その女がここに居る最大の功績なのだから、なぁ?」
闇の帝王はそんな私の思考さえ読むようにそう言った。
「ほう、それは何とも気になりますな。」
ここで口を挟んだのはアントニン・ドロホフだった。
「マグルにレイプされてここに来ることが名誉と?はたしてどんな良いソレだったのか、聞いてみたいものだなあ?」
ドロホフの言葉に近くに座る全員が汚い笑みを浮かべてレアの次の言葉に注目した。レアは青白い顔のまま、震える声で必死にそれに応えた。
「……命を頂きました、お相手のノーマジ……マグルの皆様から。楽しませてくれた、そのお礼に。」
それに死喰い人は満足して大声でゲラゲラ笑い、アレクトは隣でバンバンと机を強く叩いた。レアはその音にビクリと肩を跳ねさせて、歪な笑顔で口を半開きにしながら声もなく笑った。
ああ、レアはもう限界だ。わかっていた。それでもこの席を離れることすら出来ない。
「あんた!マグルのアレは上手いのか?魔法使いと同じなのかい?!」
ベラがゲラゲラと大口で笑いながら言った。
「そうですね、下手だと思います。殺したくなるほどに。」
また全員がどっと笑って手を叩いた。レアは釣られるように笑って綺麗な顔を歪めた。私は歯を食いしばりながらそれに笑って付き合うしか無かった。
レア、レア。強くて脆い、賢くて愚か。お前にこの場は早かった、私が悪かった。これが終わったら逃げよう、どこか遠くに。
私のキスにすら耐えられないお前が、この場に耐えられるはずが無いだろう。17年越しにようやく手に入れた、私を温める小さな光が無慈悲に踏みにじられている。もうやめてくれと、それだけを何度も思った。彼女が壊れてしまうのではという恐怖で冷汗が止まらなかった。
「まぁそれでもそのマグルにはあの世への良い手土産になっただろうミス・ヘイゼル、君の体は。実に美しくて美味そうだ、そうだろうミスター・スネイプ?」
ドロホフがワインを煽りながら私に声をかけた。
「そういった詮索はご遠慮願いたいですな、ミスター・ドロホフ。それからそう下卑た目で彼女を見るのも。」
「随分な溺愛っぷりではないか!ははは、これはいい!任務にもやる気が出るというものです、我が君!」
「ああそうだろう?良い働きには良い褒美がでる、それだけのことよ。なあ、ミス・ヘイゼル。この国を楽しんでいるか?」
「はい、とても」
レアは、闇の帝王の射抜くような赤い視線にも、まるで逸らしたら死んでしまうかのように必死で耐えていた。下を向けばいい、別に構わない。死喰い人であったって、帝王の視線に耐えられるような人間はそう居ない。それでもレアはじっと闇の帝王の目を見て、無理をして笑った。
闇の帝王はそれに笑みを深くして、満足そうにワインを傾けただけだった。
およそ4時間。長い食事の時を終えて闇の帝王が空のグラスを置いた。全員がその一挙手一投足に注目し、同じように黙ってグラスを置いた。
「満足だった。イギリスのこれからの魔法教育に期待をしよう。……今宵はこれで解散だ。」
闇の帝王が席を立ったのに合わせて、全員が立ち上がった。本来では椅子の音ひとつ立てずに立ち上がるのがマナーだが、粗暴な死喰い人の集まりではそうもいかない。闇の帝王はそれに僅かに眉を顰めるたが呆れたようにため息を着くだけでドアに向かった。その後は席順にそって私から、黙って部屋を出た。
マルフォイ家の館の玄関を出る頃にはまた全員少し態度を崩し、近くの人間に話しかけた。レアは真っ直ぐに一点を見つめたまま、やたらと遅い足取りで前に進んだ。私はそれに歩幅を合わせつつ、内心少し焦っていた。こんな場所に長く留まるべきではない。
思った通り、ドロホフが彼女の隣に来て私に向かって声を低くして野次った。
「それにしてもいい女だな。どうせあの方から褒美で貰った女だろう?私にも貸してもらいたいものだな。」
「くだらないことを仰らないで頂きたい。褒美が欲しければご自身ねだったらどうかね、我が君に。」
ドロホフはニヤリと笑ってレアの耳元で何かを囁いた。レアはそれに曖昧な笑みを浮かべて、蚊の鳴くような声で「いいえ」とだけ応えた。ドロホフは楽しげに笑って「案外ウブな女ではないか、その方が良いな」と言った。
私は咄嗟に彼女の腕を引いて自分の近くに寄せた。
「ドロホフ!」
「そう唸るなセブルス、また会おう」
今はドロホフへの怒りよりレアの心が心配だった。レアはまた一点を見つめたまま、呼吸すら忘れたようだった。
マルフォイの館の庭を出て、数歩歩いたところで次々と死喰い人が姿くらましをする。私もそれに倣って移動しようとしたが、どう見てもレアの心がついてきて居ない。
「一緒に飛ぶぞ、捕まれ。」
頷くことすら出来ない彼女の腰に手を回して、私は付き添い姿くらましで自分の家の庭に直接飛んだ。リスクがあるのはわかっていたが、こんな真夜中にあの寂れた街で外に出ている者も居ないだろうと思っていた。魔法省も陥落した後だ、闇祓いを警戒する必要も無い。
何よりもうレアが1歩も歩けそうに無かった。それが怖かった。
庭に立った彼女は体の力を全て失ったようにその場に崩れ落ちた。私は彼女の体を支えながら引きずるように自宅のドアを開けた。
家の中に入って、レアは壁に身を預けたまましゃがみこんで頭を抱えた。
「レア、レア……」
必死で何度も名前を呼んだが、彼女は何も言わずに震えるだけだった。2ヶ月、共に過ごしてこんな姿を見るのは初めてだった。明らかに様子がおかしい。
全身を痙攣したようにガタガタと震わせて、短い呼吸を繰り返す。途中、緊張と恐怖でえずき、その場で食事の全てを吐き出した。ほとんど何も食べられなかったのだろう、赤ワインと少量の食事がそのまま出てきた。
「ごめん、ごめん、ごめん、ごめん」
レアは壊れたように同じ言葉を繰り返した。何に謝っているのかもわからない。自分の痴態にか、私にか、3年前に殺したマグルにか。
「いいから、大丈夫だから。レア、もう大丈夫だ。レア」
とにかく声をかけて彼女の吐瀉物を魔法ですぐに片付け、私は泣きながらその小さな頭を抱きしめた。彼女は震えながら自分の髪の毛を強く掴んだままで、ちぎれた髪が指に絡みついていた。
はっはっはっと引き攣ったような呼吸を繰り返し、いつかのように上手く息が吸えていない。あの時より状況は深刻だと、考えるまでもなかった。
レアは何も言えず、何も出来ず、ただ獣のように硬く身を丸めて浅い呼吸を繰り返した。
「悪かった、私が悪かった。あんなとこにろに連れて行くべきではなかった、レア、レア……っ!」
レアはもう床に額を擦り付けて、琥珀の瞳を限界まで見開いて、涙ともよだれとも分からない液体で床を濡らして、ただ恐怖に全身を焼かれているようだった。
「レア……!」
私はこれを知っている。死んだリリーを抱いた時の恐ろしさ、悲しみが痛みに変わり全身を貫く感覚、到底抱えきれない現実で、それでも死ねない自分の体がどうにかなりそうな心の苦しみを。恐怖の秤が限界を超えて、心を壊していくその音を。
レアはこの食事会で何を見たのだろう。開心術を閉じることのできない彼女は、死喰い人のような常軌を逸した殺人鬼に囲まれて何を知ったのだろう。
きっと心の強い女性だったはずだ、それが3年前に強姦され人を殺して、ようやく回復した頃に今度はこんな場所にきて、彼女の心は今どうなっている?その魂は?
「悪かった、もうどこかにいこう、もう逃げよう、ここにいるのは止めよう、誰も知らない場所に行こう。お前のことを誰も知らない場所に。そこで2人だけで暮らそう、静かに暮らそう。私がお前を守るから、必ずそうと誓うから……!
悪かった、悪かったレア。もう逃げよう、レア……っ」
もうイギリスの魔法界などどうでもいい、リリーも、ダンブルドアも、ポッターも。彼らがいったい私に何をくれた?
――誰も私を選ばなかったでは無いか。
レアだけだ、レアだけが私を選んだ。レアだけが私を必要しているのだ。もうそれでいい、全てを守り切れるほど私は大それた男ではない、リリーが死んだ時にそれは嫌という程知っている。
ならば私はレアだけを守る騎士になりたい。
「セブ……ルス」
「レア!」
レアがようやく引き攣った声で絞り出すように私の名前を呼んだ。私は抱きしめていた腕を少し緩めて彼女の顔を見た。
いつもの綺麗な顔は涙と鼻水で汚れ、口の端からよだれを垂らし、息も絶え絶えに言った。
「苦しい……」
そのままレアは気を失った。