アメリカ人、女性
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8月上旬、レアが来てから1ヶ月以上が経った。
魔法省では死喰い人が魔法大臣を殺しそのポジションに服従の呪文で傀儡にした別の人間を据えた。人事を動かして、中枢に闇の帝王の息がかかった人間を揃えその機能を乗っ取った。早速、マグル生まれ登録委員会というのが設置され、過去の家系図で魔法族が居ると証明出来なかった者はアズカバンへ送られることになった。
心底バカバカしい決め事だ。朝刊に挟まっていた、穢れた血についてというパンフレットを食卓に投げ捨てた。
「穢れた血ね。イギリス人はこの言葉が好きね?」
それをレアが手に取って、紅茶を片手にそう言った。
「アメリカでは違うのか?」
「そうね、あんまり聞かないわ。なんというか、個人主義なの。出自で判断するのは前時代的、良い評価も悪い評価もね。親は選べないもの。もちろんゼロじゃないわ、純血主義。」
レアはパンフレットから目線を上げて私を見た。
「セブルスはあまり好きじゃないの?穢れた血って言葉」
「くだらない差別用語だ。イギリスで純血を語る一族もほとんどどこかにマグルが混ざっている。それを棚に上げて他人を指差すなど愚行にすぎない。」
「セブルスは相変わらず論理的ね」
レアはそう言いながらパンフレットを捲って真剣に読み始めた。彼女が余計な知識を得るのが嫌で、私はそれを取り上げた。
「もう、読んでたのに」
「こんなもの読まなくてもいい」
「なんで?闇の帝王が推奨しているお考えでしょう?知っておかなくていいの?」
ああそうだ、彼女の前で私は今死喰い人なのだ。
「知りたいなら私がいくらでも教えてやる」
気は乗らないが、それでもこんなパンフレットよりはマシだろう。
「冗談よ、私、セブルスが嫌がることはしないわ。ねぇ、ハリー・ポッターってどんな人?」
今度は新聞の一面にでかでかと乗っているポッターの写真をみてレアは首を傾げた。危険因子No.1の文字と共に、まるで手配書のような写真だった。
「……傲慢で鼻持ちならない、校則を破ることを趣味とする生意気なガキだ」
「うん?知り合いなの?」
「私はホグワーツの教員だが?」
「うそ!知らなかった!」
そういえばわざわざそんな話をしたことも無かった。レアは本当に何も知らされずに、ただ死喰い人と結婚するのだと言われてここに来ただけなのかと何度目かわからないが驚いた。随分雑な処遇だ。彼女の親はそれに何も思わなかったのだろうか。
「なんの教科?」
「長いこと魔法薬学を教えていたが去年は闇の魔術に対する防衛術を教えていた。今年はどうなるかわからないがな。」
私がダンブルドアを殺したことも、レアは知らない。
「魔法薬学ね。イルヴァーニーではちょっと苦手だったわ。闇の魔術に対する防衛術なんて特にダメ。ふふふ、そう、セブルスは先生なの。道理でお話が上手だと思ったわ。ね、教員はいつから?」
「21からだ。」
「本当?!ホグワーツの教授を21から?それって最年少じゃないの?凄いわね、とっても優秀だったのね!」
自分が教員になったのはダンブルドアの采配であり優秀だからでもなんでもないが、レアに褒められるのは悪くない気分だった。
「ねぇ今度セブルスの授業が見たいわ。私に授業して?」
「流石にそれは断る」
「けち」
「当たり前だ」
彼女は唇を突き出してわかりやすく拗ねた顔をした。
「……キスしたい?」
「唐突に何を言ってるんだお前は。会話というものがわかっているのか?」
「ふふふ、だってセブルスがじっとみてるから」
そんなつもりは無かったのだが、そんなに見ていただろうか、自分は。
「ね、こっち来て、こっちこっち」
彼女が席を立って私を引っ張るので、仕方なく私も朝刊を置いて立ち上がった。レアはそのままゆっくり私に抱きつき、私もそっと彼女の細い肩に手を回した。
最近、ことある事に彼女はこうして私に触れる。少しずつ練習するのと言って笑っていたが、別にそんなことをしなくていい良いのにと思った。彼女が目の前で笑ってくだらないことを喋っているだけで、私はそれなりに満足していた。
「セブルスは身長、6フィートくらい?」
「……そこまでない、5フィート9インチくらいだろう」
「私はね、5フィート4インチ。だからセブルスとの差は、えっと……」
「6インチだな。計算に杖が必要か?」
「意地悪ね。そう、6インチ差。男女の身長差って、そのくらいが理想なんですって。知ってる?」
「知らないな。そもそも誰が、何に基づいて理想などと定義したんだ。」
「並んだ時シルエットが綺麗で、ヒールを履いても身長を越さなくて、ハグがしやすいらしいのよ。それとキスも」
レアはそう言って少し恥ずかしそうに私を見た。
「ね、だから今日は口にキスをして?セブルス」
彼女はいつもそれをせがんだ。仕方なく、私は彼女の震える唇を指でなぞった。
「いいのか?」
「女性に何度も確認するなんて野暮よ」
そう言って強がって笑う彼女に少し呆れながら、ゆっくりと触れるだけのキスをした。彼女の手は震えていて唇も強ばっていたが、目は楽しそうだった。
「……幸せだわ、私いま。」
「そうか」
まだ朝食を食べたばかりで窓の外からはようやく高く昇った日差しがさんさんと降り注いでいたが、レアはそんなことお構い無しで私にそっと抱きついた。
「ありがとうセブルス、私のわがままに付き合ってくれて」
「わがままだと自覚があるのが驚きだ」
なるべく怖がらせないように、ゆっくりと頭を撫でた。ようやく手が届いた金色の髪は思った通り柔らかかった。
「なんていうか、闇の帝王はお話で聞いていたよりも少しこう、うん、行動力がある方なのね」
「随分可愛らしくまとめてくれたな」
8月の中旬、夕飯に彼女が作ったビーフシチューを食べながらワインを飲んだ。2週間前に魔法省の中枢を乗っ取ってからの闇の陣営の動きは素早く、マグル生まれを差別する波は瞬く間に魔法界全体へ広がった。
「セブルスは純血主義ではないでしょう?どうして闇の帝王に使えているの?」
「あの方の魔法使いとしての能力の高さを純粋に尊敬している。それに純血主義でないという訳では無い。」
「そうなの、複雑なのね。ハリー・ポッターに言われてる、予言の子ってなあに?」
「……ポッターが唯一、あの方を倒すことが出来る存在であると、そういう予言があったに違いないと囃し立てる連中のでっち上げだ。」
「ふーん、でもセブルスもそれを信じてるのね」
さらりと言ったレアの言葉に驚いて私はグラスを置いた。
「……なんだと?」
「あれ?違った?ハリー・ポッターが唯一、闇の帝王に抵抗出来る存在だって、セブルスもそう思ってるのかなって」
「お得意の勘か?」
「うんそうよ、お得意の勘」
彼女の勘は鋭すぎてやや恐ろしい。いったいこの琥珀色の瞳には何が見えているのだろうか。私がこのポッターを、リリーの子を死に導かないといけないことも、レアには見通しなんだろうか。
この2か月、ダンブルドアのあの言葉を何度も頭の中で反芻していた。ポッターが生きているかぎり闇の帝王は死ぬ事が出来ない。ポッターは死ななければならない。それを私が告げなくてはならない。17年間、リリーの子を守ってきた私に意味など無かった。
「……セブルス?どうしたの、ぼーっとして。」
「ああいや、なんでもない。今日のパンは悪くないな」
「あ、わかる?水を変えてみたの!水の高度なんて今まで気にしたこと無かったんだけど、こういう柔らかいパンだと結構差が出るのね。」
レアはまた楽しそうに笑ってパンの話しを続けた。彼女にとっての世界はこの家とせいぜい徒歩5分の教会くらいで、イギリス魔法省の事などどうでもいいようでほっとした。今日のパンが上手に焼けるかどうか、その方が彼女の心を躍らせるのだ。
いっそ魔法界のことなど全て投げ出して彼女と共に逃げてしまいたい。そう思うことも少なくなかった。これ以上、ここで罪を重ねるよりその方がマシなのではないかと、そんな気すらしてきた。
「……ダメだよ、セブルス」
「何が?」
「飲みすぎはダメ。昨日も飲んでたでしょう?」
レアは困った顔で笑っていた。
「セブルスは色んなものを抱えてるのね。とっても複雑。見てて飽きないわ。」
「そんな複雑に見えるか?ただの死喰い人だろう。」
少なくとも、彼女はそれしか知らないはずだ。なのになぜ彼女はいつもこんな風に全てを見透かしたような目をするんだろうか。
「私ね、子供が好きなの。子供って、考えてることがそのまま顔に出るじゃない?裏表がなくて、純粋で好き。ね、ホグワーツの生徒は可愛い?」
先程は私に複雑だから良いと言い、今度は子度に対して単純だから好きという。相変わらず彼女の思考は説明が欠けていているなと思いながら返事をした。
「学生はちっとも可愛くはないな。知能が低くてやっていられない。」
「ふふふ、セブルスは子供が嫌いなのに教師になったのね。変わってる。」
「別に、他に選択肢が無かっただけだ」
リリーを死なせたあの時、ダンブルドアに言われて教師になった。リリーに代わって息子を守るのだと。そう、そのはずだったのに、決して死なせるつもりでは無かったのに。
「ダンブルドアは、未来がなんでも見えてるみたいだったって、よくクィニーおばあちゃんが言ってた。私たちみたいには見えないはずなのに、ダンブルドアはもっとずっと違うことが全部見えてたって。」
「……私たちみたいに、とは?」
「あっ!」
瞬間、レアはしまったという顔をして両手で口を抑えた。
「私たち、じゃないわ。私みたいによ、クィニーおばあちゃんみたいに。」
「……それでいいから話してみろ」
レアは黙ったまま曖昧に笑って違う話にしようとしたが、嘘も誤魔化しもとにかく下手くそだった。
「あのね、明日はマカロンを焼いてみようと思っているの」
「今隠したことを言え」
そう言いながら、私は心の中で開心術を使った。
「だめよ、私のは見れないわ。セブルスじゃ見れない。」
「……どういうことだ」
「……クィニーおばあちゃんも、私もね、開心術が得意なの。なんというか、使おうと思わなくても見えるの。ね、例えば音を聞こうとして耳を開くわけじゃないでしょ?耳がついてれば音は聞こえるでしょう?それと同じ。なんとなく考えてることが伝わるの、イメージがちらっと見えるの。」
レアは観念したようにそう言って諦めて笑った。
「ごめんなさい、言ってなくて。その、大抵の人は嫌がるから。あまり言いたくなかったの。」
「道理で察しがいい訳だ……。」
そういう人間がいるとは聞いたことはある。知識も訓練も必要なく、感覚で開心術と閉心術を使いこなすもの。実際に会ったことはなかったし、実在するとも思っていなかった。
私は驚愕がじわじわと恐怖に変わるのを感じた。
自分はそれなりに閉心術は出来る方だと自負があったし、まさかレアに見られているとはまるで思ってもいなかった。レアはどこまでみた?何を知った?ふう、と長く息を吐いて混乱しそうな頭を落ち着けた。まず確認しなくてはいけないことは1つだ。
「お前は、誰の味方だ」
「セブルスの味方よ。本当に、嘘じゃないわ。私がここに来たのは偶然よ、闇の帝王の差し金でも、両親の思惑でもない。」
急に目の前の人物が遠く感じた。自分が自覚をしないままに、自分の考えを知る人間がこんな目の前に居た。純粋に、それが恐ろしい。
「お願い信じて、セブルス。あなたを裏切ったりしないわ。……愛してるの。」
懇願するように、レアはそう言って頭をさげた。
「初めに言うべきだったわ、ごめんなさい」
レアを信用していいものか、私はまだ彼女について知らないことが多すぎる。それでも信じたいと思っている。共に過ごしたのがたったの2ヶ月弱だったとしても、彼女の人となりをそれなりに知ったつもりで居たのだ。でもそれも嘘だったら?私を探るための物だったとしたら?
「少し、時間をくれ」
「ええ、もちろん……」
レアはそう言って寂しそうに微笑んで、そっとワインを置いた。
その日から、レアは私の目を見なくなった。彼女が私に気を使っているのだと、すぐにそう気付いた。いつものようにことあるごとにハグやキス要求するのをやめて、日中はよく出かけるようになった。その日も日が暮れてからレアは帰ってきて、まっすぐキッチンで料理をし始めた。
「大丈夫、慣れてるわこういうの。あんまり気にしないで。母も私のこと少し苦手だったの、しょうがないことだと思う。」
夕飯の後、私が何かを言う前に、レアはそう言って微笑んだ。
「明日は日曜日だし、朝から教会に行くわ。あそこの神父は人が良くてね、それから教会に来る人たちとおしゃべりしていたら一日があっという間なの、本当よ。
ね、イエス・キリストってすごいわよね?それは、あの手の奇跡が魔法使いにとって難しいものではないのはわかるわ。でもわざわざ神の使いを名乗ってノーマジに教えを説いて歩いてヨーロッパを回るなんて、とっても信念がないとやり遂げられないわ。そうまでして、やり抜かないといけないことがあったのね。」
私がしゃべることを止めれば、レアはその隙間を埋めるようにずっと喋っていた。
「お前がそうやって自分の考えを全て口に出すのは、人の信頼を得るためか?」
「元々よ、おしゃべりが好きなの。でもそうね、セブルスの言うことも一理あるかもしれない。セブルスは本当に頭がいいわ。うん、確かに、私が黙っていると、隣にいる人を不安にさせてしまうみたいだから。私だけ色々見てしまうのも不公平だし。それにね、自分がずっと喋っていると、他の人の声が聞こえにくくなるから、その方が少し落ち着くのよ。」
レアは今、ハンカチに刺繍をしその針の行く先だけを一心に見つめていた。
「でもセブルスは閉心術がとても得意でしょう?ちょっと驚いたわ、私。こんなに見えてこないことは無いの、普段。他の人はもう少し駄々洩れだわ。」
「ああ、得意だと思っていた。君にすべてを見られるまではな。レア、君は自分の考えにどこまで確信を持っている?」
そう聞けば、少し長い間のあとやはりゆっくりと針を動かしながらいつものようにレアはすらすらと答えた。
「初めに見えたのはね、ダンブルドアを殺した場面と強い後悔。ああそうなんだ、って思った。この人は死食い人だけど、きっとダンブルドアのことも慕っていて、本当は殺したくなかったのねって。あんまり驚きはしなかったわ、人ってみんな矛盾だらけだから。
次によく見えたのはね、死んでしまった女性のことを抱えて泣いているあなた。最初はね、恋人かなって思った。でも奥に子供がいたから、そっか、元奥さんかって思ったの。それでね、先月あなた、その女性の手紙と写真を見たでしょう?写真には、女性と、あなたではない男性と、子供の3人で写ってた。セブルス、その写真から女性の部分だけ破ってた。だからそう、別の人の奥さんだったのねって思った。
それから、その女性とセブルスの学生自体の頃の思い出もたまに見えたわ。学生の頃から好きだった人が、他の男性と結婚してしまって、そして死んでしまったのねって思った。とても悲しい恋のお話だと思った。
それからハリー・ポッターのこともよく思い出していた。あなたはハリー・ポッターの緑の瞳と、その女性を重ねていたわ。ああきっと、女性の息子があのハリー・ポッターなのねって思ったわ。
そこで少し察したの。きっとあなたは闇の帝王の忠実な下僕ではないのでしょうと。死んでしまった女性の息子を守るために、ダンブルドアと動いているんだろうって。たまにダンブルドアの肖像画とお話しているでしょう?きっとそう言う話をしているんだろうな、と思ったわ。
だってセブルス、優しいもの。話で聞いていた死食い人と全然違う、私がノーマジにパンやお菓子をあげるのだって嫌な顔ひとつしない。変だなってちょっと思ってたの。
あなたの心はずっと後悔と深い悲しみ、そして揺るぎない愛ばかりよ。ずっと見てた。それでね、思ってしまったの。あなたに少しでも幸せを感じて欲しいって。どうか私が、あなたに寄り添うことはできないかなって。うん、好きになってしまったの。リリーっていうのね、女性の名前。その人に一途に愛を捧げるあなたに、恋をしたの。
本当のことを言うとね、あなたが例え闇の帝王を敬愛していようとそうでなかろうと初めはあんまり気にならなかったのよ。イギリス魔法界の行く末がどうなってしまっても、正直他人事だった。
でもあなたが人の死に心を痛めて、暗い世を憂いているのを見るとね、やっぱりとても優しい人なんだと思って、あなたが守るものを私も守りたいと思ったの。」
そう言って、レアは手慣れた様子で糸端を切り完成した刺繍をランプの明かりにかざして出来栄えを見ていた。きれいな、一輪の大きな白い百合の刺繍だった。
「ごめんなさい、そんなに怖がらないで。見えてしまうの、見るつもりではなかったけど、あなたのことを知りたいと思う気持ちが止められなかったの。そんな顔をしないで、セブルス。」
「感情を読むのを、今はやめてくれないか」
「……ごめんなさい、わざとじゃないの。動揺している人の心は、より見えてしまうの。」
彼女の推測があまりに的確で、恐怖した。ひた隠しにしていなければいけなかったそれが、すべて漏れていた。これがもし闇の帝王であれば、私の命は簡単に消えていた。
「言わないわ、あの人になんか。私はセブルスの味方よ、あなたが不利になることはひとつもしないわ。」
「読むなと言っただろう!!」
思考に返事をされたようで、思わず焦って怒鳴りつけた。レアはびくりと肩を震わせて、何か言おうとした口をきゅっと閉じた。みるみるうちに顔色が悪くなって、呼吸が乱れて冷汗を浮かべ、彼女は爪の先が白くなるまで強く自分の体を抱きしめた。
それを見てはっとした。私の怒鳴り声は彼女のトラウマを刺激したのだ。
「だ、大丈夫よ。私は大丈夫、ごめんなさい。」
はっはっと犬のように短く何度も息を吸って、床に這いつくばりながら彼女はそれでも笑って曖昧に首を振った。
「すぐ、収まるわ……」
私は両手を強く握りしめて、キッチンでお湯を沸かした。彼女に触れることはできなかった、きっと逆効果だ。ああ、私が臆病だから、私が恐怖に駆られて彼女を怒鳴りつけたからこうなった。
「……すまない」
レアはもう返事もできずに、ただ首を横に振った。
彼女が心を読むのは意図的ではないと説明されたのに。私がただ未熟なばかりに彼女にすべてを晒しただけだ。それでも彼女はただまっすぐに自分を信じて欲しいと、敵ではないと何度も繰り返しているのに、それを受け入れる勇気すらなかった。
レアが好きだと言っていたラベンダーティーをいれて、そっとテーブルに置いた。ようやく体を起こせるようになった彼女が、ゆっくりと椅子に座り直し両手で紅茶を持った。
「ありがとう、いい香りだわ。私ね、ラベンダーが好きなの。家の庭にね、沢山生えてたの。ラベンダーってとっても育てやすくてね、小学生の私でも簡単にたくさん咲かせられた。毎年夏になったらそれを摘んでね、乾燥させて袋に詰めてサシェにするの。母がそれを喜んでくれた、いい香りねって。ね、セブルスも好き?ラベンダーの香り」
「……ああ。お前が好きだというから好きになった。」
そう伝えれば、レアは少し驚いてから嬉しそうに笑った。
「今までで一番うれしい言葉かもしれない。ありがとう、セブルス。あなたのおかげで元気が出たわ。」
「さっきは悪かった」
「ううん、もう謝らないで。お互い様だと思うから。謝罪ってあんまり好きじゃないの、なんて言えばいいのかわからなくなっちゃって。」
「ならもう謝るのはやめよう。気持ちは落ち着いたか?」
「うん、みっともない所を見せて恥ずかしいわ。男の人の怒鳴り声が苦手でね、少しびっくりしてしまっただけ。」
レアは相変わらず私の方を見ずに、じっと紅茶を見ていた。私はそんな彼女の手に自分の手をそっと重ね、レアはようやく目線をあげて私を見た。5日ぶりに見た彼女の瞳は、変わらずにただすべてを見透かすように悟っていた。
ああ、素直で無邪気な性格に見合わないこの静かな瞳は、彼女が人の声と向き合ってすり減った、その疲労の蓄積だったんだろう。それでもこの陽気さを失わなかっのは、きっと彼女なりの意地だったに違いない。
「私を見てくれ、レア。お前のその琥珀色の瞳で。無理して逸らさなくていい。」
「でも……いいの?」
「私がいいと言ったんだ。二度も言わせるのは、お前の言葉を借りるなら野暮というものだろう?」
「ええ、そうね。確かにそうだわ。」
レアはようやくいつものように楽しそうに笑った。
「セブルス、何度でも誓うわ、私あなたの秘密は絶対に守る。セブルスはこのイギリス魔法界の未来のために必要な人よ。そうでしょう?
ふふふ、思っても見なかったわ。海を越えて悪の組織に嫁入りに来たら、その相手が正体を隠した正義のヒーローだったなんて!すごいわ、わくわくしちゃう。きっとクィニーおばあちゃんも同じ気持ちだったのね、いつも言っていたもの。死んじゃうかもと思ってとっても怖かったけど、その何倍もどきどきわくわくしたって。」
「本当によくしゃべるな。遊びではないのだからもう少し真面目にしてもらいたいものだが。」
「遊びだと思ってるわけじゃないわ、ちゃんと真剣よ?」
そうはいってもこんなに楽しそうに目を輝かせて笑っていては説得力がない。さっきまで息も絶え絶えに震えていた女性と同一人物とは思えない切り替えに、正直こちらがついていけないと思った。
怖いもの知らずというか、度胸があるというか、愚か者というか。私は呆れて少し笑った。まぁそのくらい鈍感な方がいいのかもしれない。
「ね、セブルスはあと何をしなくちゃいけないの?」
「……お前、それを聞いて本当に秘密が守れるのか?」
「あら、試してみる?開心術と同じようにね、閉心術もなんにも難しくないわ。頭の扉を閉じるだけだもの。」
レアがそう言って私の目を見て、さぁどうぞと言わんばかりに微笑んだ。遠慮なく心を集中させながら質問を選んだ。
「暴行にあったのは3年前だと言っていたな。知り合いだったのか?」
「あら、本当に遠慮ない質問で来るのね。でも聞いてくれてありがとう、これも話さないといけないと思っていたの。うん、相手は付き合っていた人だった。」
閉心術というのは動揺するほど難しくなる。彼女をもっとも揺るがす質問ならこれだという考えもあったが、単純に何があったのか正確に知りたいと思っていた。きつそうならやめようと思いながら、じっと彼女の表情を観察した。
「ノーマジの男の人だったの。別にね、ノーマジがよかったわけじゃないわよ?でも、私が開心術の使い手だって、身近な男の人はみんな知ってたからね、私に近づこうなんてもの好きはあんまりいなかったのよ。私ね、惚れっぽいけど飽きっぽいの。その人のいろんなところが見えると、だんだん幻滅しちゃうの。」
「それは怖いことを聞いたな」
「ふふふ、そうよ。ちゃんと私を捕まえておいてね?」
「ああそうしよう。それで?」
「それでね、そのノーマジの男の人はよく行くコーヒー屋さんの店員だったの。ノーマジに偏見は無かったわ、クィニーおばあちゃんはノーマジと結婚しているからね。そのノーマジの人、私の見た目がとっても好みだったみたいで、毎日とってもたくさん愛を囁くの。それが嬉しくてね、付き合ったの。」
そう言って、レアは少し言葉を区切り紅茶を一口飲んだ。
「お前が辛いならこの話はやめようか」
「ううん、大丈夫よ。これはね、私の戦いだから。あんまりか弱い女性を隣に置くことはできないでしょう?セブルスは巨大な悪と戦わなきゃいけないからね?」
少し悪戯っぽくそう言って、また話を続けた。
「そのノーマジと付き合ってからね、うん、なんていうか、だんだん彼の興味が別のことに逸れているのは気付いていたわ。彼、私の体にしか興味なかった。中身なんて誰が入ってても良かったんだと思う。でもね、とにかく好きとか愛してるとか毎日ぺらぺら繰り返すし、何よりノーマジだから開心術なんて存在も知らないでしょ?私のこと一ミリも怖がらないから、私それがよかったの。
その日は私ちょっと風邪をひいててね、あんまりうまく心が読めなかったの。だから行かないつもりだったんだけど……。」
レアはそこで口を閉ざして、うつむいてそわそわと手をこすり合わせた。
「悪かった、もういい。話さなくて。」
「ううん、最後まで話すわ。だからちゃんと見て、私のこと。開心術もちゃんと続けて。一片だってあなたに見せないわ。私結構頑固で、負けず嫌いなの。」
「あぁ、そのようだな……。」
こんな話題にするんじゃなかったと後悔しながら、彼女の手を掴んだ。レアはそれに嬉しそうに目を細めて、指を絡めて握り返した。
「その日は彼だけじゃなくて、お友達もいてね。彼、お友達からお金を受け取って私を部屋に引っ張ったわ。売ったのね、私のこと。あんまり素行の良くない雰囲気だったわ、お酒とたばことドラッグの匂いがきつかった。そこで、うん、レイプされたの。うん、大丈夫よ、セブルス。そんな辛そうな顔しないで?それでね、全部終わって、家に帰って、風邪が治って、私ちゃんとお返しに行ったの。……全員、殺して回ったわ。」
思ってもなかった結末に驚いて私は目を見開いた。レアは初めて笑うのをやめて、そっと私から手を離し背筋を伸ばして私の目を見た。
「彼を含めて、ノーマジの男性3人を殺したの。事情を考慮されて、私は2年6ヶ月の執行猶予付きになったわ。3か月前、ようやくそれが終わったの。もうアメリカの魔法界で前科持ちの私を相手にしようなんてもの好きは、いよいよ一人もいなくなったわ。当然仕事もね。家族も私を持て余した。
それでこの話に飛びついたの。イギリスなら私の話はそこまで知られていないし、ノーマジ……マグルを嫌う闇の帝王の元なら私への風当たりも強く無いでしょうって。
セブルス、私の両親のことも少し不審に思っていたでしょう?違うのよ、私自身に問題があるの。イギリスにきて、知らない誰かと結婚をするか、上手くいかなければ名前も顔も変えて一生どこかに逃げようと思っていたわ。ねぇ、何度でも言うわセブルス。紹介されたのがあなたで良かった。
これで全部よ、長くなっちゃってごめんね。幻滅、したかしら。」
そう言ってレアはまた笑ったが、目は冷たいままで射抜くように私を見た。怯えて威嚇する、小さな猫のようだと思った。この話で私がどんな反応を返しても自分が自分で居られるように、レアは常に気を張っている。
「……いいや。もしまだそいつらが生きているなら、私が殺して回っていた。」
「ふふふ、嬉しいわ。」
レアはほっと息を吐きながらまた深く椅子に座り直した。
「どう?彼の顔でも見えたかしら?」
「見えなかったな、かけらも」
「そうでしょう?得意なのよ、私。開くのも、閉じるのも。嘘をつくのちょっと苦手だけど。だから大丈夫よ、セブルス。あなたの秘密も、私はちゃんと守るわ。」
そう言ってレアはまた一口紅茶を飲んだが、手が震えてこぼしそうになっていた。
「……レア、お前の心は読めないが、1つだけわかることがある。」
「なあに?」
「お前は、自分のことを少しも分かっていないということだ。」
レアは理解ができないという顔で私を見た。私はその視線を逃さず、静かに告げた。
「その程度の傷で、お前の魂が損なわれるなどと思うな。他人の悪意がお前を定義するのではない。お前がその男たちに下した裁きこそが、お前の誇りだ。……少なくとも、私の前に座っているのは、何者にも汚されていない一人の勇敢な魔女だ。」
「……っ」
初めてレアが表情を崩し、唇を噛んで眉を寄せた。俯いて両手で顔を覆い、細い肩が震えていた。
「セブルスは少しっ、優しすぎると、思うわ……!」
言葉を詰まらせながらそう言って、彼女は必死で泣くのを堪えていた。
「私、全部見えるからっ、人より自分が優れてると思ってた……!だから私がっ、私がこんな風になるなんて、私、思ってなくて、人生が終わったと思った……!」
彼女の人生と私の人生はあまりに違うけれど、味わった絶望の深さはきっと同じだろうと思った。人生のどん底でどこにも這い上がれないと苦しみながら、それでも生きていることへの閉塞感。きっと彼女はまだそのどん底で足掻いていて、私も同じようなものだというなら、私たちは案外似合っているのかもしれない。
このとき初めて、私はレアを心から愛おしいと思った。自分と同じように深い過ちを犯して、怒鳴り声ひとつで息も吸えなくなる彼女となら、この先を共に生きてみたいと思った。
私はただゆっくり彼女の頭を撫でた。少し落ち着いて彼女が顔を上げて、自然と唇を重ねた。彼女が身を乗り出すように椅子から立ち上がり、私もそれに合わせた。
二度、三度と触れるだけのキスをしてもレアが私の服を掴んで離さなかったので、それから少しだけ舌を絡ませるキスをした。彼女はやっぱり体を強ばらせていたので、あまり深くはせずにゆっくりと口を離した。
「幸せよ、本当だわ。私、いつかセブルスとちゃんと全部したい、最後まで。普通の恋人みたいに、したいわ。」
「すでにもうそこらの人間より十分魅力的だと思うが、これ以上があるなら楽しみにしておこう」
「ふふふ、好きよセブルス……。愛してる。」
「レア、私も……君を愛してる。」
レアは穏やかに笑って私の腕の中で小さく丸くなり、私は流れるような金色の髪を指に絡めた。胸がざわつくような不思議な気持ちだった、きっとこれを幸せと呼ぶんだろう。
リリーを渇望し選ばれないことを憎み恨んだあの恋は、美しくあれど苦しかった。今、レアと罪で繋がるようなこの恋は、歪かもしれないが私に救いをもたらしている。生きるも死ぬも、彼女となら共にしてもいいと、そんな愚かな考えを持つのが恋なんだろう。
「お前は先ほど、私がまだあと何をしなくてはいけないのかと聞いたな。」
「ええ、教えてくれるの?」
「ダンブルドアに言われているのはホグワーツで生徒たちをできる限り守ること、それからハリー・ポッターに伝言を届けることだ」
「伝言って?」
「ハリー・ポッターは闇の帝王に殺されて、死ななければいけないと」
「……まあ」
レアはそう言って、悲しそうな顔で私を見た。
「セブルスはハリー・ポッターを死なせたくないのね」
「……ああ、そうだな」
あの小僧のためではない、リリーのために。そんな言葉も、もう言う気にもならなかった。本当はそれだけでないと、私自身気付いていたからだ。ああそうだ、情が移ったのだ、あの小僧に。校長室で、ダンブルドアに言われた言葉を思い出した。
リリーに永遠を誓ったのは確かだ。永遠の愛と変わらぬ懺悔を。そしてそれとは別に、きっとあの小僧に情が湧いていた。もうどっちでもいい、どちらにせよ私が死に導くことになるのだから。
「レア、私の隣はあまり安全ではないだろう。君を幸せにすると誓うことも出来やしない。それでもいいのか。」
「もちろん、自分の身は自分で守るし、私は自分でちゃんと幸せになれるわ。それにね、私結構役に立つと思うの。開心術と閉心術以外にもね、忘却術も得意なのよ。きっと誰よりも上手にかけられるわ。そういうの、意外と使えるでしょう?」
「ああ、それならお前の忘却術に頼るのは最後の切り札にしておこう」
「まぁ。頼りにならないって思ってるわね」
「そのお得意の忘却術を、自分にかけようとは思わなかったのか?」
「少し考えたわ、でもやめたの。たとえ一部でも、記憶を失ったまま生きるのって、私が私じゃなくなっちゃう気がして。あと負けたようで嫌だったの。」
レアはそう言って、少し自嘲的に笑った。
「……まぁそのおかげでお前は今イギリスまで来て死喰い人に献上されたというのだから、その無謀な勇気に感謝しよう。」
「素直じゃないわ、もう」
楽しそうに笑う目の前の彼女が心から愛おしいと感じた、もし本当に彼女を汚したマグルが生きていたら殺しに行っていただろうと思うほどに。
リリーを守り切ることができなかった分のその後悔のすべてでレアを守りたい。彼女がもう二度と傷つくことの無いように。
魔法省では死喰い人が魔法大臣を殺しそのポジションに服従の呪文で傀儡にした別の人間を据えた。人事を動かして、中枢に闇の帝王の息がかかった人間を揃えその機能を乗っ取った。早速、マグル生まれ登録委員会というのが設置され、過去の家系図で魔法族が居ると証明出来なかった者はアズカバンへ送られることになった。
心底バカバカしい決め事だ。朝刊に挟まっていた、穢れた血についてというパンフレットを食卓に投げ捨てた。
「穢れた血ね。イギリス人はこの言葉が好きね?」
それをレアが手に取って、紅茶を片手にそう言った。
「アメリカでは違うのか?」
「そうね、あんまり聞かないわ。なんというか、個人主義なの。出自で判断するのは前時代的、良い評価も悪い評価もね。親は選べないもの。もちろんゼロじゃないわ、純血主義。」
レアはパンフレットから目線を上げて私を見た。
「セブルスはあまり好きじゃないの?穢れた血って言葉」
「くだらない差別用語だ。イギリスで純血を語る一族もほとんどどこかにマグルが混ざっている。それを棚に上げて他人を指差すなど愚行にすぎない。」
「セブルスは相変わらず論理的ね」
レアはそう言いながらパンフレットを捲って真剣に読み始めた。彼女が余計な知識を得るのが嫌で、私はそれを取り上げた。
「もう、読んでたのに」
「こんなもの読まなくてもいい」
「なんで?闇の帝王が推奨しているお考えでしょう?知っておかなくていいの?」
ああそうだ、彼女の前で私は今死喰い人なのだ。
「知りたいなら私がいくらでも教えてやる」
気は乗らないが、それでもこんなパンフレットよりはマシだろう。
「冗談よ、私、セブルスが嫌がることはしないわ。ねぇ、ハリー・ポッターってどんな人?」
今度は新聞の一面にでかでかと乗っているポッターの写真をみてレアは首を傾げた。危険因子No.1の文字と共に、まるで手配書のような写真だった。
「……傲慢で鼻持ちならない、校則を破ることを趣味とする生意気なガキだ」
「うん?知り合いなの?」
「私はホグワーツの教員だが?」
「うそ!知らなかった!」
そういえばわざわざそんな話をしたことも無かった。レアは本当に何も知らされずに、ただ死喰い人と結婚するのだと言われてここに来ただけなのかと何度目かわからないが驚いた。随分雑な処遇だ。彼女の親はそれに何も思わなかったのだろうか。
「なんの教科?」
「長いこと魔法薬学を教えていたが去年は闇の魔術に対する防衛術を教えていた。今年はどうなるかわからないがな。」
私がダンブルドアを殺したことも、レアは知らない。
「魔法薬学ね。イルヴァーニーではちょっと苦手だったわ。闇の魔術に対する防衛術なんて特にダメ。ふふふ、そう、セブルスは先生なの。道理でお話が上手だと思ったわ。ね、教員はいつから?」
「21からだ。」
「本当?!ホグワーツの教授を21から?それって最年少じゃないの?凄いわね、とっても優秀だったのね!」
自分が教員になったのはダンブルドアの采配であり優秀だからでもなんでもないが、レアに褒められるのは悪くない気分だった。
「ねぇ今度セブルスの授業が見たいわ。私に授業して?」
「流石にそれは断る」
「けち」
「当たり前だ」
彼女は唇を突き出してわかりやすく拗ねた顔をした。
「……キスしたい?」
「唐突に何を言ってるんだお前は。会話というものがわかっているのか?」
「ふふふ、だってセブルスがじっとみてるから」
そんなつもりは無かったのだが、そんなに見ていただろうか、自分は。
「ね、こっち来て、こっちこっち」
彼女が席を立って私を引っ張るので、仕方なく私も朝刊を置いて立ち上がった。レアはそのままゆっくり私に抱きつき、私もそっと彼女の細い肩に手を回した。
最近、ことある事に彼女はこうして私に触れる。少しずつ練習するのと言って笑っていたが、別にそんなことをしなくていい良いのにと思った。彼女が目の前で笑ってくだらないことを喋っているだけで、私はそれなりに満足していた。
「セブルスは身長、6フィートくらい?」
「……そこまでない、5フィート9インチくらいだろう」
「私はね、5フィート4インチ。だからセブルスとの差は、えっと……」
「6インチだな。計算に杖が必要か?」
「意地悪ね。そう、6インチ差。男女の身長差って、そのくらいが理想なんですって。知ってる?」
「知らないな。そもそも誰が、何に基づいて理想などと定義したんだ。」
「並んだ時シルエットが綺麗で、ヒールを履いても身長を越さなくて、ハグがしやすいらしいのよ。それとキスも」
レアはそう言って少し恥ずかしそうに私を見た。
「ね、だから今日は口にキスをして?セブルス」
彼女はいつもそれをせがんだ。仕方なく、私は彼女の震える唇を指でなぞった。
「いいのか?」
「女性に何度も確認するなんて野暮よ」
そう言って強がって笑う彼女に少し呆れながら、ゆっくりと触れるだけのキスをした。彼女の手は震えていて唇も強ばっていたが、目は楽しそうだった。
「……幸せだわ、私いま。」
「そうか」
まだ朝食を食べたばかりで窓の外からはようやく高く昇った日差しがさんさんと降り注いでいたが、レアはそんなことお構い無しで私にそっと抱きついた。
「ありがとうセブルス、私のわがままに付き合ってくれて」
「わがままだと自覚があるのが驚きだ」
なるべく怖がらせないように、ゆっくりと頭を撫でた。ようやく手が届いた金色の髪は思った通り柔らかかった。
「なんていうか、闇の帝王はお話で聞いていたよりも少しこう、うん、行動力がある方なのね」
「随分可愛らしくまとめてくれたな」
8月の中旬、夕飯に彼女が作ったビーフシチューを食べながらワインを飲んだ。2週間前に魔法省の中枢を乗っ取ってからの闇の陣営の動きは素早く、マグル生まれを差別する波は瞬く間に魔法界全体へ広がった。
「セブルスは純血主義ではないでしょう?どうして闇の帝王に使えているの?」
「あの方の魔法使いとしての能力の高さを純粋に尊敬している。それに純血主義でないという訳では無い。」
「そうなの、複雑なのね。ハリー・ポッターに言われてる、予言の子ってなあに?」
「……ポッターが唯一、あの方を倒すことが出来る存在であると、そういう予言があったに違いないと囃し立てる連中のでっち上げだ。」
「ふーん、でもセブルスもそれを信じてるのね」
さらりと言ったレアの言葉に驚いて私はグラスを置いた。
「……なんだと?」
「あれ?違った?ハリー・ポッターが唯一、闇の帝王に抵抗出来る存在だって、セブルスもそう思ってるのかなって」
「お得意の勘か?」
「うんそうよ、お得意の勘」
彼女の勘は鋭すぎてやや恐ろしい。いったいこの琥珀色の瞳には何が見えているのだろうか。私がこのポッターを、リリーの子を死に導かないといけないことも、レアには見通しなんだろうか。
この2か月、ダンブルドアのあの言葉を何度も頭の中で反芻していた。ポッターが生きているかぎり闇の帝王は死ぬ事が出来ない。ポッターは死ななければならない。それを私が告げなくてはならない。17年間、リリーの子を守ってきた私に意味など無かった。
「……セブルス?どうしたの、ぼーっとして。」
「ああいや、なんでもない。今日のパンは悪くないな」
「あ、わかる?水を変えてみたの!水の高度なんて今まで気にしたこと無かったんだけど、こういう柔らかいパンだと結構差が出るのね。」
レアはまた楽しそうに笑ってパンの話しを続けた。彼女にとっての世界はこの家とせいぜい徒歩5分の教会くらいで、イギリス魔法省の事などどうでもいいようでほっとした。今日のパンが上手に焼けるかどうか、その方が彼女の心を躍らせるのだ。
いっそ魔法界のことなど全て投げ出して彼女と共に逃げてしまいたい。そう思うことも少なくなかった。これ以上、ここで罪を重ねるよりその方がマシなのではないかと、そんな気すらしてきた。
「……ダメだよ、セブルス」
「何が?」
「飲みすぎはダメ。昨日も飲んでたでしょう?」
レアは困った顔で笑っていた。
「セブルスは色んなものを抱えてるのね。とっても複雑。見てて飽きないわ。」
「そんな複雑に見えるか?ただの死喰い人だろう。」
少なくとも、彼女はそれしか知らないはずだ。なのになぜ彼女はいつもこんな風に全てを見透かしたような目をするんだろうか。
「私ね、子供が好きなの。子供って、考えてることがそのまま顔に出るじゃない?裏表がなくて、純粋で好き。ね、ホグワーツの生徒は可愛い?」
先程は私に複雑だから良いと言い、今度は子度に対して単純だから好きという。相変わらず彼女の思考は説明が欠けていているなと思いながら返事をした。
「学生はちっとも可愛くはないな。知能が低くてやっていられない。」
「ふふふ、セブルスは子供が嫌いなのに教師になったのね。変わってる。」
「別に、他に選択肢が無かっただけだ」
リリーを死なせたあの時、ダンブルドアに言われて教師になった。リリーに代わって息子を守るのだと。そう、そのはずだったのに、決して死なせるつもりでは無かったのに。
「ダンブルドアは、未来がなんでも見えてるみたいだったって、よくクィニーおばあちゃんが言ってた。私たちみたいには見えないはずなのに、ダンブルドアはもっとずっと違うことが全部見えてたって。」
「……私たちみたいに、とは?」
「あっ!」
瞬間、レアはしまったという顔をして両手で口を抑えた。
「私たち、じゃないわ。私みたいによ、クィニーおばあちゃんみたいに。」
「……それでいいから話してみろ」
レアは黙ったまま曖昧に笑って違う話にしようとしたが、嘘も誤魔化しもとにかく下手くそだった。
「あのね、明日はマカロンを焼いてみようと思っているの」
「今隠したことを言え」
そう言いながら、私は心の中で開心術を使った。
「だめよ、私のは見れないわ。セブルスじゃ見れない。」
「……どういうことだ」
「……クィニーおばあちゃんも、私もね、開心術が得意なの。なんというか、使おうと思わなくても見えるの。ね、例えば音を聞こうとして耳を開くわけじゃないでしょ?耳がついてれば音は聞こえるでしょう?それと同じ。なんとなく考えてることが伝わるの、イメージがちらっと見えるの。」
レアは観念したようにそう言って諦めて笑った。
「ごめんなさい、言ってなくて。その、大抵の人は嫌がるから。あまり言いたくなかったの。」
「道理で察しがいい訳だ……。」
そういう人間がいるとは聞いたことはある。知識も訓練も必要なく、感覚で開心術と閉心術を使いこなすもの。実際に会ったことはなかったし、実在するとも思っていなかった。
私は驚愕がじわじわと恐怖に変わるのを感じた。
自分はそれなりに閉心術は出来る方だと自負があったし、まさかレアに見られているとはまるで思ってもいなかった。レアはどこまでみた?何を知った?ふう、と長く息を吐いて混乱しそうな頭を落ち着けた。まず確認しなくてはいけないことは1つだ。
「お前は、誰の味方だ」
「セブルスの味方よ。本当に、嘘じゃないわ。私がここに来たのは偶然よ、闇の帝王の差し金でも、両親の思惑でもない。」
急に目の前の人物が遠く感じた。自分が自覚をしないままに、自分の考えを知る人間がこんな目の前に居た。純粋に、それが恐ろしい。
「お願い信じて、セブルス。あなたを裏切ったりしないわ。……愛してるの。」
懇願するように、レアはそう言って頭をさげた。
「初めに言うべきだったわ、ごめんなさい」
レアを信用していいものか、私はまだ彼女について知らないことが多すぎる。それでも信じたいと思っている。共に過ごしたのがたったの2ヶ月弱だったとしても、彼女の人となりをそれなりに知ったつもりで居たのだ。でもそれも嘘だったら?私を探るための物だったとしたら?
「少し、時間をくれ」
「ええ、もちろん……」
レアはそう言って寂しそうに微笑んで、そっとワインを置いた。
その日から、レアは私の目を見なくなった。彼女が私に気を使っているのだと、すぐにそう気付いた。いつものようにことあるごとにハグやキス要求するのをやめて、日中はよく出かけるようになった。その日も日が暮れてからレアは帰ってきて、まっすぐキッチンで料理をし始めた。
「大丈夫、慣れてるわこういうの。あんまり気にしないで。母も私のこと少し苦手だったの、しょうがないことだと思う。」
夕飯の後、私が何かを言う前に、レアはそう言って微笑んだ。
「明日は日曜日だし、朝から教会に行くわ。あそこの神父は人が良くてね、それから教会に来る人たちとおしゃべりしていたら一日があっという間なの、本当よ。
ね、イエス・キリストってすごいわよね?それは、あの手の奇跡が魔法使いにとって難しいものではないのはわかるわ。でもわざわざ神の使いを名乗ってノーマジに教えを説いて歩いてヨーロッパを回るなんて、とっても信念がないとやり遂げられないわ。そうまでして、やり抜かないといけないことがあったのね。」
私がしゃべることを止めれば、レアはその隙間を埋めるようにずっと喋っていた。
「お前がそうやって自分の考えを全て口に出すのは、人の信頼を得るためか?」
「元々よ、おしゃべりが好きなの。でもそうね、セブルスの言うことも一理あるかもしれない。セブルスは本当に頭がいいわ。うん、確かに、私が黙っていると、隣にいる人を不安にさせてしまうみたいだから。私だけ色々見てしまうのも不公平だし。それにね、自分がずっと喋っていると、他の人の声が聞こえにくくなるから、その方が少し落ち着くのよ。」
レアは今、ハンカチに刺繍をしその針の行く先だけを一心に見つめていた。
「でもセブルスは閉心術がとても得意でしょう?ちょっと驚いたわ、私。こんなに見えてこないことは無いの、普段。他の人はもう少し駄々洩れだわ。」
「ああ、得意だと思っていた。君にすべてを見られるまではな。レア、君は自分の考えにどこまで確信を持っている?」
そう聞けば、少し長い間のあとやはりゆっくりと針を動かしながらいつものようにレアはすらすらと答えた。
「初めに見えたのはね、ダンブルドアを殺した場面と強い後悔。ああそうなんだ、って思った。この人は死食い人だけど、きっとダンブルドアのことも慕っていて、本当は殺したくなかったのねって。あんまり驚きはしなかったわ、人ってみんな矛盾だらけだから。
次によく見えたのはね、死んでしまった女性のことを抱えて泣いているあなた。最初はね、恋人かなって思った。でも奥に子供がいたから、そっか、元奥さんかって思ったの。それでね、先月あなた、その女性の手紙と写真を見たでしょう?写真には、女性と、あなたではない男性と、子供の3人で写ってた。セブルス、その写真から女性の部分だけ破ってた。だからそう、別の人の奥さんだったのねって思った。
それから、その女性とセブルスの学生自体の頃の思い出もたまに見えたわ。学生の頃から好きだった人が、他の男性と結婚してしまって、そして死んでしまったのねって思った。とても悲しい恋のお話だと思った。
それからハリー・ポッターのこともよく思い出していた。あなたはハリー・ポッターの緑の瞳と、その女性を重ねていたわ。ああきっと、女性の息子があのハリー・ポッターなのねって思ったわ。
そこで少し察したの。きっとあなたは闇の帝王の忠実な下僕ではないのでしょうと。死んでしまった女性の息子を守るために、ダンブルドアと動いているんだろうって。たまにダンブルドアの肖像画とお話しているでしょう?きっとそう言う話をしているんだろうな、と思ったわ。
だってセブルス、優しいもの。話で聞いていた死食い人と全然違う、私がノーマジにパンやお菓子をあげるのだって嫌な顔ひとつしない。変だなってちょっと思ってたの。
あなたの心はずっと後悔と深い悲しみ、そして揺るぎない愛ばかりよ。ずっと見てた。それでね、思ってしまったの。あなたに少しでも幸せを感じて欲しいって。どうか私が、あなたに寄り添うことはできないかなって。うん、好きになってしまったの。リリーっていうのね、女性の名前。その人に一途に愛を捧げるあなたに、恋をしたの。
本当のことを言うとね、あなたが例え闇の帝王を敬愛していようとそうでなかろうと初めはあんまり気にならなかったのよ。イギリス魔法界の行く末がどうなってしまっても、正直他人事だった。
でもあなたが人の死に心を痛めて、暗い世を憂いているのを見るとね、やっぱりとても優しい人なんだと思って、あなたが守るものを私も守りたいと思ったの。」
そう言って、レアは手慣れた様子で糸端を切り完成した刺繍をランプの明かりにかざして出来栄えを見ていた。きれいな、一輪の大きな白い百合の刺繍だった。
「ごめんなさい、そんなに怖がらないで。見えてしまうの、見るつもりではなかったけど、あなたのことを知りたいと思う気持ちが止められなかったの。そんな顔をしないで、セブルス。」
「感情を読むのを、今はやめてくれないか」
「……ごめんなさい、わざとじゃないの。動揺している人の心は、より見えてしまうの。」
彼女の推測があまりに的確で、恐怖した。ひた隠しにしていなければいけなかったそれが、すべて漏れていた。これがもし闇の帝王であれば、私の命は簡単に消えていた。
「言わないわ、あの人になんか。私はセブルスの味方よ、あなたが不利になることはひとつもしないわ。」
「読むなと言っただろう!!」
思考に返事をされたようで、思わず焦って怒鳴りつけた。レアはびくりと肩を震わせて、何か言おうとした口をきゅっと閉じた。みるみるうちに顔色が悪くなって、呼吸が乱れて冷汗を浮かべ、彼女は爪の先が白くなるまで強く自分の体を抱きしめた。
それを見てはっとした。私の怒鳴り声は彼女のトラウマを刺激したのだ。
「だ、大丈夫よ。私は大丈夫、ごめんなさい。」
はっはっと犬のように短く何度も息を吸って、床に這いつくばりながら彼女はそれでも笑って曖昧に首を振った。
「すぐ、収まるわ……」
私は両手を強く握りしめて、キッチンでお湯を沸かした。彼女に触れることはできなかった、きっと逆効果だ。ああ、私が臆病だから、私が恐怖に駆られて彼女を怒鳴りつけたからこうなった。
「……すまない」
レアはもう返事もできずに、ただ首を横に振った。
彼女が心を読むのは意図的ではないと説明されたのに。私がただ未熟なばかりに彼女にすべてを晒しただけだ。それでも彼女はただまっすぐに自分を信じて欲しいと、敵ではないと何度も繰り返しているのに、それを受け入れる勇気すらなかった。
レアが好きだと言っていたラベンダーティーをいれて、そっとテーブルに置いた。ようやく体を起こせるようになった彼女が、ゆっくりと椅子に座り直し両手で紅茶を持った。
「ありがとう、いい香りだわ。私ね、ラベンダーが好きなの。家の庭にね、沢山生えてたの。ラベンダーってとっても育てやすくてね、小学生の私でも簡単にたくさん咲かせられた。毎年夏になったらそれを摘んでね、乾燥させて袋に詰めてサシェにするの。母がそれを喜んでくれた、いい香りねって。ね、セブルスも好き?ラベンダーの香り」
「……ああ。お前が好きだというから好きになった。」
そう伝えれば、レアは少し驚いてから嬉しそうに笑った。
「今までで一番うれしい言葉かもしれない。ありがとう、セブルス。あなたのおかげで元気が出たわ。」
「さっきは悪かった」
「ううん、もう謝らないで。お互い様だと思うから。謝罪ってあんまり好きじゃないの、なんて言えばいいのかわからなくなっちゃって。」
「ならもう謝るのはやめよう。気持ちは落ち着いたか?」
「うん、みっともない所を見せて恥ずかしいわ。男の人の怒鳴り声が苦手でね、少しびっくりしてしまっただけ。」
レアは相変わらず私の方を見ずに、じっと紅茶を見ていた。私はそんな彼女の手に自分の手をそっと重ね、レアはようやく目線をあげて私を見た。5日ぶりに見た彼女の瞳は、変わらずにただすべてを見透かすように悟っていた。
ああ、素直で無邪気な性格に見合わないこの静かな瞳は、彼女が人の声と向き合ってすり減った、その疲労の蓄積だったんだろう。それでもこの陽気さを失わなかっのは、きっと彼女なりの意地だったに違いない。
「私を見てくれ、レア。お前のその琥珀色の瞳で。無理して逸らさなくていい。」
「でも……いいの?」
「私がいいと言ったんだ。二度も言わせるのは、お前の言葉を借りるなら野暮というものだろう?」
「ええ、そうね。確かにそうだわ。」
レアはようやくいつものように楽しそうに笑った。
「セブルス、何度でも誓うわ、私あなたの秘密は絶対に守る。セブルスはこのイギリス魔法界の未来のために必要な人よ。そうでしょう?
ふふふ、思っても見なかったわ。海を越えて悪の組織に嫁入りに来たら、その相手が正体を隠した正義のヒーローだったなんて!すごいわ、わくわくしちゃう。きっとクィニーおばあちゃんも同じ気持ちだったのね、いつも言っていたもの。死んじゃうかもと思ってとっても怖かったけど、その何倍もどきどきわくわくしたって。」
「本当によくしゃべるな。遊びではないのだからもう少し真面目にしてもらいたいものだが。」
「遊びだと思ってるわけじゃないわ、ちゃんと真剣よ?」
そうはいってもこんなに楽しそうに目を輝かせて笑っていては説得力がない。さっきまで息も絶え絶えに震えていた女性と同一人物とは思えない切り替えに、正直こちらがついていけないと思った。
怖いもの知らずというか、度胸があるというか、愚か者というか。私は呆れて少し笑った。まぁそのくらい鈍感な方がいいのかもしれない。
「ね、セブルスはあと何をしなくちゃいけないの?」
「……お前、それを聞いて本当に秘密が守れるのか?」
「あら、試してみる?開心術と同じようにね、閉心術もなんにも難しくないわ。頭の扉を閉じるだけだもの。」
レアがそう言って私の目を見て、さぁどうぞと言わんばかりに微笑んだ。遠慮なく心を集中させながら質問を選んだ。
「暴行にあったのは3年前だと言っていたな。知り合いだったのか?」
「あら、本当に遠慮ない質問で来るのね。でも聞いてくれてありがとう、これも話さないといけないと思っていたの。うん、相手は付き合っていた人だった。」
閉心術というのは動揺するほど難しくなる。彼女をもっとも揺るがす質問ならこれだという考えもあったが、単純に何があったのか正確に知りたいと思っていた。きつそうならやめようと思いながら、じっと彼女の表情を観察した。
「ノーマジの男の人だったの。別にね、ノーマジがよかったわけじゃないわよ?でも、私が開心術の使い手だって、身近な男の人はみんな知ってたからね、私に近づこうなんてもの好きはあんまりいなかったのよ。私ね、惚れっぽいけど飽きっぽいの。その人のいろんなところが見えると、だんだん幻滅しちゃうの。」
「それは怖いことを聞いたな」
「ふふふ、そうよ。ちゃんと私を捕まえておいてね?」
「ああそうしよう。それで?」
「それでね、そのノーマジの男の人はよく行くコーヒー屋さんの店員だったの。ノーマジに偏見は無かったわ、クィニーおばあちゃんはノーマジと結婚しているからね。そのノーマジの人、私の見た目がとっても好みだったみたいで、毎日とってもたくさん愛を囁くの。それが嬉しくてね、付き合ったの。」
そう言って、レアは少し言葉を区切り紅茶を一口飲んだ。
「お前が辛いならこの話はやめようか」
「ううん、大丈夫よ。これはね、私の戦いだから。あんまりか弱い女性を隣に置くことはできないでしょう?セブルスは巨大な悪と戦わなきゃいけないからね?」
少し悪戯っぽくそう言って、また話を続けた。
「そのノーマジと付き合ってからね、うん、なんていうか、だんだん彼の興味が別のことに逸れているのは気付いていたわ。彼、私の体にしか興味なかった。中身なんて誰が入ってても良かったんだと思う。でもね、とにかく好きとか愛してるとか毎日ぺらぺら繰り返すし、何よりノーマジだから開心術なんて存在も知らないでしょ?私のこと一ミリも怖がらないから、私それがよかったの。
その日は私ちょっと風邪をひいててね、あんまりうまく心が読めなかったの。だから行かないつもりだったんだけど……。」
レアはそこで口を閉ざして、うつむいてそわそわと手をこすり合わせた。
「悪かった、もういい。話さなくて。」
「ううん、最後まで話すわ。だからちゃんと見て、私のこと。開心術もちゃんと続けて。一片だってあなたに見せないわ。私結構頑固で、負けず嫌いなの。」
「あぁ、そのようだな……。」
こんな話題にするんじゃなかったと後悔しながら、彼女の手を掴んだ。レアはそれに嬉しそうに目を細めて、指を絡めて握り返した。
「その日は彼だけじゃなくて、お友達もいてね。彼、お友達からお金を受け取って私を部屋に引っ張ったわ。売ったのね、私のこと。あんまり素行の良くない雰囲気だったわ、お酒とたばことドラッグの匂いがきつかった。そこで、うん、レイプされたの。うん、大丈夫よ、セブルス。そんな辛そうな顔しないで?それでね、全部終わって、家に帰って、風邪が治って、私ちゃんとお返しに行ったの。……全員、殺して回ったわ。」
思ってもなかった結末に驚いて私は目を見開いた。レアは初めて笑うのをやめて、そっと私から手を離し背筋を伸ばして私の目を見た。
「彼を含めて、ノーマジの男性3人を殺したの。事情を考慮されて、私は2年6ヶ月の執行猶予付きになったわ。3か月前、ようやくそれが終わったの。もうアメリカの魔法界で前科持ちの私を相手にしようなんてもの好きは、いよいよ一人もいなくなったわ。当然仕事もね。家族も私を持て余した。
それでこの話に飛びついたの。イギリスなら私の話はそこまで知られていないし、ノーマジ……マグルを嫌う闇の帝王の元なら私への風当たりも強く無いでしょうって。
セブルス、私の両親のことも少し不審に思っていたでしょう?違うのよ、私自身に問題があるの。イギリスにきて、知らない誰かと結婚をするか、上手くいかなければ名前も顔も変えて一生どこかに逃げようと思っていたわ。ねぇ、何度でも言うわセブルス。紹介されたのがあなたで良かった。
これで全部よ、長くなっちゃってごめんね。幻滅、したかしら。」
そう言ってレアはまた笑ったが、目は冷たいままで射抜くように私を見た。怯えて威嚇する、小さな猫のようだと思った。この話で私がどんな反応を返しても自分が自分で居られるように、レアは常に気を張っている。
「……いいや。もしまだそいつらが生きているなら、私が殺して回っていた。」
「ふふふ、嬉しいわ。」
レアはほっと息を吐きながらまた深く椅子に座り直した。
「どう?彼の顔でも見えたかしら?」
「見えなかったな、かけらも」
「そうでしょう?得意なのよ、私。開くのも、閉じるのも。嘘をつくのちょっと苦手だけど。だから大丈夫よ、セブルス。あなたの秘密も、私はちゃんと守るわ。」
そう言ってレアはまた一口紅茶を飲んだが、手が震えてこぼしそうになっていた。
「……レア、お前の心は読めないが、1つだけわかることがある。」
「なあに?」
「お前は、自分のことを少しも分かっていないということだ。」
レアは理解ができないという顔で私を見た。私はその視線を逃さず、静かに告げた。
「その程度の傷で、お前の魂が損なわれるなどと思うな。他人の悪意がお前を定義するのではない。お前がその男たちに下した裁きこそが、お前の誇りだ。……少なくとも、私の前に座っているのは、何者にも汚されていない一人の勇敢な魔女だ。」
「……っ」
初めてレアが表情を崩し、唇を噛んで眉を寄せた。俯いて両手で顔を覆い、細い肩が震えていた。
「セブルスは少しっ、優しすぎると、思うわ……!」
言葉を詰まらせながらそう言って、彼女は必死で泣くのを堪えていた。
「私、全部見えるからっ、人より自分が優れてると思ってた……!だから私がっ、私がこんな風になるなんて、私、思ってなくて、人生が終わったと思った……!」
彼女の人生と私の人生はあまりに違うけれど、味わった絶望の深さはきっと同じだろうと思った。人生のどん底でどこにも這い上がれないと苦しみながら、それでも生きていることへの閉塞感。きっと彼女はまだそのどん底で足掻いていて、私も同じようなものだというなら、私たちは案外似合っているのかもしれない。
このとき初めて、私はレアを心から愛おしいと思った。自分と同じように深い過ちを犯して、怒鳴り声ひとつで息も吸えなくなる彼女となら、この先を共に生きてみたいと思った。
私はただゆっくり彼女の頭を撫でた。少し落ち着いて彼女が顔を上げて、自然と唇を重ねた。彼女が身を乗り出すように椅子から立ち上がり、私もそれに合わせた。
二度、三度と触れるだけのキスをしてもレアが私の服を掴んで離さなかったので、それから少しだけ舌を絡ませるキスをした。彼女はやっぱり体を強ばらせていたので、あまり深くはせずにゆっくりと口を離した。
「幸せよ、本当だわ。私、いつかセブルスとちゃんと全部したい、最後まで。普通の恋人みたいに、したいわ。」
「すでにもうそこらの人間より十分魅力的だと思うが、これ以上があるなら楽しみにしておこう」
「ふふふ、好きよセブルス……。愛してる。」
「レア、私も……君を愛してる。」
レアは穏やかに笑って私の腕の中で小さく丸くなり、私は流れるような金色の髪を指に絡めた。胸がざわつくような不思議な気持ちだった、きっとこれを幸せと呼ぶんだろう。
リリーを渇望し選ばれないことを憎み恨んだあの恋は、美しくあれど苦しかった。今、レアと罪で繋がるようなこの恋は、歪かもしれないが私に救いをもたらしている。生きるも死ぬも、彼女となら共にしてもいいと、そんな愚かな考えを持つのが恋なんだろう。
「お前は先ほど、私がまだあと何をしなくてはいけないのかと聞いたな。」
「ええ、教えてくれるの?」
「ダンブルドアに言われているのはホグワーツで生徒たちをできる限り守ること、それからハリー・ポッターに伝言を届けることだ」
「伝言って?」
「ハリー・ポッターは闇の帝王に殺されて、死ななければいけないと」
「……まあ」
レアはそう言って、悲しそうな顔で私を見た。
「セブルスはハリー・ポッターを死なせたくないのね」
「……ああ、そうだな」
あの小僧のためではない、リリーのために。そんな言葉も、もう言う気にもならなかった。本当はそれだけでないと、私自身気付いていたからだ。ああそうだ、情が移ったのだ、あの小僧に。校長室で、ダンブルドアに言われた言葉を思い出した。
リリーに永遠を誓ったのは確かだ。永遠の愛と変わらぬ懺悔を。そしてそれとは別に、きっとあの小僧に情が湧いていた。もうどっちでもいい、どちらにせよ私が死に導くことになるのだから。
「レア、私の隣はあまり安全ではないだろう。君を幸せにすると誓うことも出来やしない。それでもいいのか。」
「もちろん、自分の身は自分で守るし、私は自分でちゃんと幸せになれるわ。それにね、私結構役に立つと思うの。開心術と閉心術以外にもね、忘却術も得意なのよ。きっと誰よりも上手にかけられるわ。そういうの、意外と使えるでしょう?」
「ああ、それならお前の忘却術に頼るのは最後の切り札にしておこう」
「まぁ。頼りにならないって思ってるわね」
「そのお得意の忘却術を、自分にかけようとは思わなかったのか?」
「少し考えたわ、でもやめたの。たとえ一部でも、記憶を失ったまま生きるのって、私が私じゃなくなっちゃう気がして。あと負けたようで嫌だったの。」
レアはそう言って、少し自嘲的に笑った。
「……まぁそのおかげでお前は今イギリスまで来て死喰い人に献上されたというのだから、その無謀な勇気に感謝しよう。」
「素直じゃないわ、もう」
楽しそうに笑う目の前の彼女が心から愛おしいと感じた、もし本当に彼女を汚したマグルが生きていたら殺しに行っていただろうと思うほどに。
リリーを守り切ることができなかった分のその後悔のすべてでレアを守りたい。彼女がもう二度と傷つくことの無いように。