アメリカ人、女性
A Short Memory
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その日は最悪な気分だった。不死鳥の騎士団の動きを探るために恐らく今はもう使ってないだろうグリモールドプレイスのアジトに行けば悪趣味なトラップに出くわすし、シリウス・ブラックの部屋ではリリーが奴に宛てた手紙を見つけて気持ちが揺さぶられた。
リリー、リリー。愛しのリリー。私の罪の証。愚かな自分の罰。リリーへ恋していた、あの時間が人生の中で1番幸福だった。薄汚れた自分の人生で唯一輝いていた時だった。リリーのことを思う日々は私の心を洗ってくれた。リリーが私に声をかけてくれて、リリーが私の名前を呼んでくれて、どうしてその時に私は自分の愚かさに気づかなかったのだろうか。
リリーが死なずに済む方法があるならば、私は自分の何を投げ捨ててもいいのに、もうそれだけは決して叶わない。死んだ人間は生き返らないという普遍の事実が痛いほどに辛い。
家に帰り、なるべく無表情のままドアを開けた。いつものように香ばしいパンの香りが漂い、今はそれが不快だった。
「おかえりなさい!セブ、ルス」
レアは私の顔を見た瞬間、表情を曇らせて動揺しているようだった。
「何か……あったの?」
「別に」
相変わらず、同居人はやたらと表情を読むのが上手くて息が詰まる。目線を避けるようにして自室にこもった。
「あの、出かけてくるね、私。だからその、気にしないでね」
数時間後、ドア越しにそう声をかけてレアは家を出ていった。気を使わせている情けなさと、そもそもここはわたしの家なのだという苛立ちがちょうど同じくらいあって私は何も返事をしなかった。
その日の夜、彼女は家に帰ってこなかった。アメリカ育ちの彼女がこのイギリスでどこに行くのだろうかと、夜寝る時はそればかりが気になった。まともな場所で寝ているのだろうか。翌朝ふと目を覚ますと、レアが鼻歌を歌いながらキッチンで何かを作っている音がしてドアを開けた。
「おはようセブルス!良かった、今日は顔色が良さそう!じゃがいもの冷たいポタージュを作ったのよ、私はこれが好きなの」
いつものように明るい声で、何事も無かったように彼女がそう言った。
「昨日はどこに居た」
「駅前の、少し歩いたところのホテルに泊まったわ」
「……マグルの?」
「そうよ、あのね、私そんなに赤ちゃんじゃないわ。教会でできたお友達も居るし、そんなに気にしなくても大丈夫よ?あれよね、急に私が同じ家に住むようになってごめんなさい、気を使わせてしまうわよね。特に私なんて……。」
そう言ったまま、彼女は笑いながら不自然に目を逸らした。
「あ、そうだ!さっきね、帰りにラベンダーが綺麗に咲いてたの、だから少しだけつんできちゃった。ね、ほらいい匂いじゃない?」
パタパタと走って小さな手製のブーケを持ってきた彼女はいつも通りだった。
「みて!セブルス、シュークリームって家でもできるのね!」
相変わらずレアは今日も楽しそうだった。昼過ぎから今度はシュークリームを焼き始めて、綺麗に膨らんだ生地をわざわざ部屋まで見せに来た。
「わかったから、いちいち見せに来なくていい」
「そう言って、ちょっと楽しみにしてた癖に。知ってるんだから私、美味しそうな匂いしてるなって思ってたんでしょ?」
図星だった。ため息をついて手を振って外に出ろとジェスチャーした。
「しつこいやつだな、後で食べるから1つ置いておいておけ」
「うん!」
嬉しそうに笑って彼女は部屋のドアを閉じた。
「ね、セブルスは何が好きなの?」
レアはいつもそう聞いた。食べ物、飲み物、家具、本、花、季節、服装、魔法、国、動物。あげていけばキリがない。嫌いなものはあっても好きなものを考えたことのなかった私は毎回返答に迷った。その度に彼女は私にいろんな質問を繰り返し、じゃあこれが好きなのねと結論付けた。
しっくりくるものもあれば正直どうでもいいものも多かったが、そんな会話をするがだんだん苦ではなくなっている自分がいた。
「私はね、猫が好きなの。母が動物アレルギーで飼えなかったんだけど、いつか猫を飼うのが夢。」
「ペットは面倒だ」
「良いじゃない、どうせ私がお世話するわ」
「この家で飼うのか?」
「ダメ?」
「却下だ」
にべも無く断っても、レアは楽しそうに笑っていた。そう言われるのがわかっていたという顔だった。
「セブルスもいつかペット飼うといいわ。私は昔鳥を飼っていたの。小さな文鳥よ。ピチピチってよく鳴いて可愛かったわ。」
「ふん、鳥が鳥の世話をしているようなものだな」
「まぁ、私のこと可愛い小鳥さんだと思ってるの?嬉しいわ」
「随分都合のいい解釈だな」
「そうよ、よく言うじゃない?コップに水が半分しかないのか、半分も残ってるのかって。現実が変わらないなら、半分もあるって喜んだ方が良いと思うの。ね?」
「まぁそういう考えもあるだろう」
否定はしないが自分はそうは考えられないだろう。レアは優しく笑うだけだった。
7月の下旬、レアが私の家にきて1ヶ月が経った頃、闇の帝王が死喰い人を集めて全体会議を開いた。レアは死喰い人ではないので家に置いてきた。
その会議で闇の帝王はホグワーツのマグル学の教員、チャリティー・バーベッジを殺した。慣れたとはいえ、顔見知りが死んでいくのは良い気分ではない。どうせ今日も顔を見ればレアは一目で私の気分を察するんだろう、そんなことを思いながら家のドアを開けた。
「おかえりなさい!セブルス。……あら、今日はちょっと大変だったのね。」
そう言いながら、レアは淡い紫色のエプロンをつけたまま私の外出用のマントを受け取った。リビングのテーブルにはいつの間に買ったのか生成色のテーブルクロスが掛けられて、隅にはきっと彼女が施した植物のツタのような刺繍があった。
「紅茶飲む?」
「ああ」
紅茶を出しながら、レアはそっと聞いた。
「私、居ない方がいいかしら?」
「……いや、ここにいてくれ」
なんで自分がそういったのかも不思議だった。レアは一瞬驚いたあと、嬉しそうに笑って頷いた。その後はいつものように食事をとったが、今日何があったのかとは一度も聞かなかった。レアはひたすら最近焼いたパンの話をして、食後はまた黙って刺繍を刺していた。
その数日後、ポッターが実家から移動するところを大勢の死喰い人と闇の帝王で追いかけ回した。全ては私と、そして肖像画となったダンブルドアの計画で。私は途中、ルーピンを狙った死喰い人の腕を切り落とそうとセクタムセンプラを唱え、乱気流で外れたそれはポッターの頭を掠めた。ポッターか、ポッターに扮した誰かか。傷がどれほどかわからない、当たり所が悪ければ死んでいてもおかしくない。
ああ、自分は一体何をしているんだろう。罪ばかり重ねて、リリーはもう死んでいるのに何を救おうとしているのだろう。魔法界ため?本当にそんな大義が私にあるのか?私はただダンブルドアの指示に従っているだけ、そのダンブルドアすら私が殺したのに。
ここは地獄か?
「……おかえり、セブルス」
「ああ」
レアは私の顔を見て悲しそうに目尻を下げた。
「今日はね、ラベンダーで紅茶をいれたの。いい匂いで、気持ちが落ち着くのよ。飲んでみない?」
「ああ、貰おうか」
そう言って、なんとなくそっと手を伸ばして彼女の頭に手を置いた。少しだけ、その綺麗な柔らかい金色の髪に触りたかった。その瞬間、レアは小さく叫んでしゃがみこみ頭を抑えた。
「……す、すまない」
そんなに怖がると思っていなくて、私は少し狼狽えた。
「違う、違うの、セブルスは悪くないの。ごめんなさい、少し驚いただけで……」
レアはそう言って下手くそな笑顔を浮かべた。
「あの、私男の人が怖いんです。前にちょっと、色々あって。だからその、セブルスが悪いんじゃないんです。」
「ああ……。悪かった。気軽に触れようとして。」
それなら尚更、知り合って間もない、私のような無愛想な男に触られるのは嫌だっただろう。
それにしてもそれならなぜ、彼女はこんな所にいるのだろうか。急に異国の地に送り出され、結婚を前提に苦手な男と同じ屋根の下で暮らすなど、彼女にとっては刑罰に近い処遇だったのではないか。親は何故それを勧めた?
「ううん、違うの。セブルスのことが嫌いなわけじゃないの。むしろ逆よ……。」
思わず少し考え込んでいたら、レアがそう言って震える両手で私の手を掴んだ。レアは焦るように私を見て言葉を続けた。
「私……好きよ。セブルスのこと。会って間もないのに、こんなこと言ってごめんなさい。」
真っ直ぐな言葉に少し動揺したが、レアの手はまだ冷たく強ばっていてこれは本心ではないだろうと思った。
「わざわざ嘘をつく必要はない、そこまでしなくていい」
「嘘じゃないわ。でも、そうよね、急にこんなこと言われても困るわよね。その、誤解させてしまったままなのが嫌で……。セブルスには、ちゃんと違う人が居るのにね。」
そう言ってレアは悲しそうに笑った。
「……どういうことだ?」
「ただの女の勘よ、よく当たるの。その顔見るとやっぱり図星ね。」
違う人?そんなもの別に居ない。私に親しくしている女などない、それこそ押し付けられた目の前の彼女以外には。誤解と言うなら君の方だと、そんな言葉が喉まで出たが口にしなかった。そんな風に彼女を引き止めるのが好ましい事かわからなかった。私はリリーを死なせた罪を償わなければいけないのに、恋愛だ結婚だなどに踏み込むつもりは無かった。
ただレアにさらりと言われた好きという言葉が頭の中に残っていた。嬉しいと、思ってしまった。
「紅茶、一緒に飲みましょう?」
レアはもういつも通りの笑顔だった。ただ私だけが立ち尽くしたままだった。
「そんな顔されたら勘違いしちゃうわ、私。なんて言ったってコップ半分の水も喜ぶ女だから。」
「……それでもいいと言ったら?」
レアはキッチンに向けていた足を戻して、私にゆっくり向き直った。顔を赤くして、嬉しそうに、恥じらいの笑みを浮かべて。
「じゃあね、嘘でもいいの。……私に好きって言って?セブルス」
「……好きだ、レア」
「私も好き、セブルス」
レアはそう言って私にそっと抱きついた。
「大丈夫よ、私壊れたりしないわ。」
抱き締め返しても良いのかと躊躇っていたら、レアがそれをからかうように笑った。それでも笑顔がどことなく強ばっていて、私は少し申し訳なくなった。
初めて真正面から、こんなにじっくり彼女の顔を見た気がした。相変わらず彼女の顔は綺麗に整っているのに、何故かまるで感情のない蝋人形のようだと思った。それでも人を惑わすような琥珀色の瞳が思慮深さを感じさせた。
ああそう、私は彼女のそういう所に惹かれているのだ。愛くるしい女性らしさを装いながら、突然全てを諦めたように悟った顔をするその歪さに。
「なぜ男に怯えるようになった?」
「……アメリカで、うん、そう、乱暴されたんです。3年前。それから段々怖くなってしまって、不思議なんです、頭と心で違うことを考えてる。」
レアは苦笑いしながら震えている自分の右手を見つめた。それでも左手は私の背中に回して、離そうとはしなかった。
「頭の中で考えていることを聞かせてくれ」
「……セブルスとキスがしたいわ」
そう言われて、私はゆっくりと彼女の頬を撫でた。それだけで、彼女はぴくりと体を震わせて少し呼吸が浅くなった。私は彼女の額に優しく口づけをした。
「セブルス……」
「怖がらせたくないんだ、わかってくれ」
「わかってるわ、セブルスは優しいの。だから好きになったんだもの。」
レアは嬉しそうに笑ってぎゅっと私に抱きついた。
「ああ、もっと好きになっちゃう。困ったわ。」
「変わった趣味だな……」
「そうかしら?セブルスは自分の魅力をわかってないわ。もったいない。」
まぁ正直、これは役得だなと思った。こんな政略結婚のようなもの、外の圧力で決められて逃げ出すことも容易くはない。レアの容姿は優れている、客観的に見て。それでいて器量も性格もいいのだ、もっと別の人間を選ぶ事が出来ただろう。
「もう、セブルスったら。聞いてる?私の言葉」
「え?ああ」
「セブルスはかっこいいわ。とってもクールだし頭も良くて、私はあなたの論理的な話し方がとても落ち着くの。」
「は?……何を言ってるんだお前は、正気か?」
「なあに?誰も教えてくれなかったの?じゃあ私が何回でも言うわ。セブルスはかっこいいの。私の好きな人よ、いつまでも悪く考えるのはやめてちょうだい。」
何を言っているのだろうか、思わず抱きしめていたレアの体を離してまじまじと顔を見た。目が合えば少ししてレアはふふっと微笑んだ。
「人ってね、言われた通りの姿になるのよ。可愛いって毎日言われたら可愛くなるし、かっこいいねって言われたらかっこよくなるの。ね、セブルス。私に毎日可愛いって言って?私もセブルスに毎日かっこいいって言うわ。私ね、そんな風に好きな人と毎日を過ごすのが夢だったの。」
「……勘弁してくれ」
「あらつれないわ。じゃあ私だけ毎日言うんだから。かっこ良くて優しいセブルスが大好きよ。」
こうなったらもう彼女のペースだ、調子のいいレアに適う気がしなかった。私は照れた顔を隠すように口元を手で抑えてキッチンに向かった。
「……紅茶飲むんだろう、たまには私がいれるから座ってろ」
「うふふ、嬉しい。ありがとう。」
もう37だぞ、いい歳してと思いながらため息をついて杖を振りコンロに火をつけた。そういえはレアは幾つだろうか。よく考えたら正確な年齢すら知らない。
「お前、年はいくつだ」
「31よ。先週誕生日だったの。」
「……聞いてないが?」
「もうこの歳でわざわざ誕生日を申告しないわよ。でも気にしてくれて嬉しい、ありがとう。」
私は眉をひそめたまま知らぬ間に色々と増えた紅茶の缶を見た。何が何だかもうわからない。
「ふふふ、私がいれるわ。色々増やしちゃってごめんなさい。」
レアは私の様子を見て、クスクスと笑いながら席を立ちキッチンに来た。
「いつの間にこんなに買ってきた、二フラーかお前は」
「気になって色々買っちゃうのよ。アメリカではコーヒーばっかり飲んでたけど、紅茶も美味しいのね。ね、紅茶飲んでたら私もイギリス人みたいに見えるかしら?」
「紅茶を1杯飲んだ程度で1000年の歴史の重みが身につくとでも?まぁその賑やかな母音さえどうにかすれば通行人程度は騙せるかもな」
「もう、セブルスったら。好きな子はいじめちゃダメなのよ。」
隣に来たレアがいつものように楽しそうに笑って金色の紅茶の缶を1つ手に取った。
「この前買ったラベンダーのはこれ」
「ハーブ系が多いな」
そう言いながら他の缶も眺めた。
「落ち着くの」
「そうか」
適当に返事をしながら茶葉をティーポットにいれた。レアは楽しそうに笑って私の肩に擦り寄るようにくっついた。
「邪魔だ、動きにくい」
「いいじゃない、蒸らしてる間だけ」
自分からは触れられないのにくっつかれるのは生殺しだなと思った。なるべく彼女から目を逸らして、余計なことを考えないようにした。彼女の過去を聞いて、例え頭の中でも彼女を汚したくなかった。
「……あんまり1人で出歩くな。ここら辺は治安が良くない」
「ええ、ありがとう」
ティーポットから紅茶を注ぎ、キッチンで立ったまま1口飲んだ。ラベンダーティーというのは初めて飲んだが、存外悪くなかった。
「ね、手を繋いでもいい?」
「ああ」
まるで学生の恋愛の様だったが、レアの手が強ばって冷たくなっているのに気づいてこれは彼女なりのリハビリなのだと気づいた。
「きっとすぐに慣れるわ。だから少しだけ付き合って欲しいの。」
「……構わない」
レアは終始嬉しそうに笑っていた。
「セブルス手、温かくて安心するわ。」
「お前の手が冷たいだけだ」
「そうかも……。でもこうやってあなたに触れて嬉しいの、本当よ。」
「そうか。……私もだ」
ぼそっと最後の言葉を付け加えれば、レアは少し驚いて私を見上げた。その頬に、なるべくゆっくり手を近づけて優しく撫でた。これ以上深く触れることが出来なくとも、目の前の彼女には確かに触ることができる。まだ生きている。それだけでとても尊いことだと思った。
ああ、私はいつの間に彼女の事をこんな愛おしく思っていたのだろう。