Let's go カラスバ!
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没頭すると周りが見えなくなる。
小学校の頃のあだ名は洞窟博士だった、女の子なのにと母は呆れていた。洞窟の中のすべてが好きだった、世界と切り離されたようなその1つの空間が神秘だと思った。将来の夢はフィールドワークもする研究者、それ一本だった。幸い、学校では元研究者の先生に恵まれて私はまっすぐやりたいことをやり続けた。
そんなこんなで私はパルデア地方の大穴、通称エリアゼロの探検家になった。時にチームでもぐったり、一人で降りることもある。そうして持ち帰ったテラレイド結晶を研究していたのだが、最近未来都市ミアレシティで見慣れない結晶が街中に大量にあふれるようになったと報告を受けた。
それはメガ結晶と呼ばれるもので、メガエネルギーがたまることによって発生すると考えられている。メガメガメガ目がとよくわからないが、私はその研究にすぐ飛びついた。単純に、行ったことない場所に行ってみたかった。自分のお金じゃなく、研究費で渡航代がでるから最高だ。
ミアレシティについてみたら、未来都市と呼ばれるだけあってありのままの自然が全然なくて少し息苦しく感じた。まぁしょうがないかと思いながらスポンサーであるクエーサー社という企業に顔を出し簡単に施設の説明を受け、私は早速メガ結晶を集めに街の中を歩き回っていた。
全てが整った未来都市は、屋上がやたらと発展していた。どうにも場所が無くて高く高く伸びているようなそのビルは、まるで日の光を集めて異常に高く伸びる谷底の大木のようで面白いなと思った。
「クロバット、Let’s go.」
特に指示をしなくても、彼は目に見える結晶を次々と破壊して戻ってきた。私は彼の頭をよしよしと撫でて、羽の下をくすぐった。散らばった結晶を集め、地べたに座りルーペで石を眺めていたら急に声をかけられた。
「おうおうおうおう、なんだお前は。見慣れないポケモン連れてんな、よそもんか?ここがどこかわかってて荒らしてんのか?」
「え?」
見るからにチンピラ風の男の人が、ペンギンのように足を外側に開きながらポケットに手を入れてがに股でこちらに歩いてきた。屋上は基本的にどのビルも自由に開放しているから、好きに出入りしていいと説明を受けていたがここは私有地だったのだろうか。
「すみません、知らないまま入ってしまって。あー、すぐ出て行きますね。」
どう考えてもめんどくさそうだなと思い、すぐに道具をしまって立ち上がったが彼は許してくれなさそうだった。
「ごめんで済むなら警察は要らないよなあ?」
「あー、はい。」
「勝負に決まってるんだろ、ポケモン勝負」
まいったな、どうしよう。私の危機などどこ吹く風で頭の上を飛び回るクロバットを見上げて、内心ため息をついた。ポケモン勝負はあまり得意ではない、なんと言っても私のポケモンはこのクロバットしか居ないのだ。
普通、ポケモン勝負と言えば少なくとも2匹以上のポケモンを持ち、多い人は6匹も連れ歩くという。ポケモントレーナーでも何でもない私には関係ない事だと思っていた。ミアレシティの人はみんなこんな風にポケモンバトルで問題を解決するのだろうか、そんな馬鹿な。
「すみません、できれば他の方法で、どうにかできないでしょうか」
「はぁ?舐めてんのかお前ぇ!」
ひぃーどうしよう、このお兄さん怖い。
「あ、あの、じゃあもしポケモン勝負で私が負けたらどうするんでしょうか、、、、?」
「あー?そうだな、事務所まで来てもらってボスに話をつけてもらうか、、、。」
お兄さんもその先を考えていなかったようで、そう言いながら首を傾げた。よくわからないが、それならもう先に事務所とやらに行った方がいいような気がした。少なくとも、勝負に負けたという負い目を持ったまま行くよりはマシなはずだ。そう思って、私は勝負をせずにお兄さんと一緒に事務所とやらに向かった。
「で?お前はこのどう見ても堅気のお嬢さんをわざわざ事務所まで連れてきたと」
「で、でもボス、うちのビルの屋上でこそこそしててその、ポケモンもこちらでは見慣れませんし、指示も出さずに結晶を破壊してて、、、」
「ほう、それは気になるな」
私はふかふかで高級そうなソファに座りながら、身分証をテーブルに出しふたりの会話を聞いていた。連れてこられた場所は『サビ組』というまぁどう見てもヤクザか何かの事務所で、そのボスという人とさっきの下っ端のような彼が話すのただ不安を募らせて見守った。
事務所と言うからもっと普通の、会社みたいな所を想像していた私は完全に萎縮していた。膝の上に相棒のクロバットをのせて、手汗をぐっしょりかきながら二人の会話を見守った。クロバットは私に掴まれるのを嫌そうにして飛び立とうとしたが、それをぐっと抑えた。
「パっ、パルデア地方ではLet's goという一般的なポケモンとのコミュニケーションでして、ポケモンの自主性を尊重して自分で考えて動いてもらうんです。簡単なバトルや、物を壊すなどの動作であれば特に指示は不要でして、、、」
「ほう?それで?室内でもボールにいれないのもパルデア地方では当たり前だと?」
そう言われて私は心臓が裏側にひっくり返りそうになった。彼をボールにいれないのは、ただの私たちなりのこだわりだった。
「いえ、それは違くて、普通はボールにいれるんですが、あっでも確かにボールから出して一緒に街中を歩くのも一般的というか、あっでも別にボールを持ち歩くのはもちろん常識で私が非常識なんですが、あのっ」
ああどうしよう、我ながら支離滅裂だ、誰か止めてくれと泣きそうになったら、クロバットが「ぎゅい」と鳴きながらめんどくさそうに羽でぱたぱたと私を叩いた。私はじっと彼の目を見てゆっくり深呼吸して、「そうだね」と呟いた。緊張するとパニックになるのは私の悪い癖だ。こんな怖い人に睨まれたら誰でもそうだと思うけど。
「先ほどお伝えしたように私はフィールドワークも行う研究者です。外で何かあった時にポケモンを道づれにしないよう、それから私自身、彼にすぐに助けてもらえるように、日ごろから彼をボールには入れていないんです。決して、敵意があるわけではありません。」
「ほう、ずいぶんな信頼関係やな」
「はい。生きるも死ぬも彼と一緒です。」
サビ組のボス、カラスバという男性は私の言葉に怪しく目を細めた。
「えらい立派な愛の告白やな」
「えっ、いや、その、、、」
そう言われるととても恥ずかしくて、私はやっぱり冷汗をだらだらとかきながら手汗をこっそりクロバットで拭いた。彼は嫌そうに私の手を噛んだ、痛い。
「ま、今回はお嬢さんも知らんかったってことで済ませたるさかい。一応、この書類にサインだけしてくれるかいな。」
「あ、はい。」
がちがちに緊張した私は、書類の中身もろくに確認せずそれに署名して判子を押した。カラスバさんは機嫌良さそうにその紙を眺め、隣で控えているやたらとガタイのいい付き人に渡した。
それから週末まで、私は何事もなく過ごしていた。土曜日、やっと最初の1週間が終わったと朝ものんびり寝ていたらスマホロトムがロトロトロトと鳴った。平日の目覚まし設定を解除し忘れたのかと思ったが音が違う。画面を見れば非通知の電話だったので、何かの営業だろうと出ることなく切った。その数秒後、またスマホが鳴った。相手が電話番号を間違えてるのだろうか。
「、、、もしもし」
「ああお嬢さん、初日から遅刻とはえらいご身分やなぁ」
「はぁ、、、?」
私はスマホを耳から話して画面を見たが、やはり非通知の3文字しか見えない。
「あの、電話番号お間違えでは無いでしょうか?」
「そやろかなぁ?みょうじなまえのスマホやろ?これ」
「え?あ、はい、、、。あの、どなたでしょうか?」
誰かとなにか予定をすっぽかしただろうか。
「サビ組のカラスバいうもんや」
「カラ、、、スバ、、、さん」
その途端、月曜日の夕方の記憶が一気に頭を駆け巡った。
「は、はい!!」
なぜ?なぜあのヤクザのボスが私のスマホに電話をかけているんだろうか。何かの間違えに違いないと思いながらとにかく大慌てでベッドの上で正座した。まだ髪もボサボサでヨダレのあともそのままだ。
「今すぐ、ブロスター噴水の水道橋下に来いや。ほな」
私は何も分からず、大慌てで服を着た。とりあえず雑に顔も洗って、ろくに身だしなみも整えないまま家を出た。いつものようにクロバットに捕まって空を飛び地図を見ながら一直線で向かった。まだ慣れないミアレの街を歩いていたら迷子は確実だと思った。
「すみませーん!」
空から大声でそう呼びかけて、クロバットは急降下した。カラスバさんはぎょっとしたようにこちらを見て、私に巻き込まれないように身を引いた。クロバットは雑に私を地面に落とし、私はその場で転んだ。
「い、痛いよクロバット。急に起こしてごめんって、機嫌直してよ、、、」
本来は夜行性のクロバットは朝が弱い。せっかくゆっくり寝れると思ったところ急に叩き起されて彼は不機嫌そうだった。私は派手に打ち付けた腰を擦りながら、四つん這いのままカラスバさんを見上げた。
「あの、私また何か約束を破りましたか?」
「また?」
「あ、いえ、その、私良く色んなこと忘れちゃうので、、、」
私は本当に忘れっぽくて、いつもスマホのカレンダーにあれやこれやと書き込むのだけどこの書き込みすら雑なのでよく約束をすっぽかす。仲のいい友達は私と遊ぶ日は朝から電話で2時間おきにリマインドをくれるくらい、そういうタイプの人間だ。
「ほーん、研究者さん言うのは変わり者が多いんやな」
「ははは、、、」
私のせいで研究者全体の評価を下げてしまって申し訳ない。
「あの、それで私は何故ここに?」
「そりゃお嬢さん、この前書類にキチッとサインしはったやろ?毎週土曜日はサビ組で無償奉仕するって」
「はぁ、、、」
そんな書類にサインをした覚えないけど、曖昧に返事をして頷いた。不注意で忘れっぽい私が、またきっと何かしたんだろうくらいに思った。
「じゃぁえっと、何をすれば?」
大人しくまた頷いてそう聞けば、カラスバさんは少し目を丸くしたあとバカにしたように笑った。
「お嬢さん、あんた簡単に騙されるタイプやろ?もっと用心しーや」
「えええ、それあなたが言うんですか、、、」
どう見ても騙す側の人なのに。
「ま、話が早くて助かるわ。こん中、うちで管理してるんやけどやたらメガ結晶が出来んねん。掃除してついでに原因も調べてくれるやろか。」
「あ、、、はぁ」
もっととんでもない依頼でなくて良かったなと思いつつ、土曜日なのに仕事と同じことをするのはとても嫌だった。しかも無償奉仕だなんて。
「何や、えらい嫌そうやな」
「はい。土曜ですから。」
「あっはははは!意外と怖いもの知らずやな、嬢ちゃん!」
「はぁ、、、」
何でこの人が笑ってるのか分からなかったけど、怒ってるよりはマシかと思った。そのあとこのカラスバさんは部下を置いてどこかに出かけて、私は仕方なく地下水道の中の結晶を掃除した。といってもクロバットが拗ねて全く動いてくれなかったので、仕方なく自分でツルハシで壊して回った。最初は嫌々だったけど、これはいい運動になる。
「おいあんた、、、飯は?」
「、、、」
「無視かよ、感じわる」
「、、、」
私は自分で削った結晶をなんとなくぼーっと眺めて、そして結晶が生えていた場所をまじまじと見つめて、だんだんとそれにのめり込んだ。地下水道は大好きな洞窟の雰囲気に似ていて、案外居心地も悪くなかった。
「、、、お嬢さん、こないな地べた座り込んで、研究者ってそういうもんなん?」
「、、、」
「おーい、無視かいな」
「、、、うん、研究者だけど、フィールドワークも結構やる」
「なんでなん?」
「1人で全部やりたいから。ねぇ、それとって。」
「これかいな?」
「違うバカ、その隣の小さいトンカチに決まって、、、る」
何だかうるさいなと思い、ぱっと顔を上げて固まった。ヤクザのボスがこめかみに青筋をたててこちらを見ていた。
「ほんにええ度胸やな、嬢ちゃん」
「すみませんでした、、、、。」
ああ、ひとつの事に没頭するのはほんとに昔から私の悪い癖だ。
「何でもしますから、、、ゆ、許してください」
「それはお嬢ちゃん次第やな」
「あ、あの、、、そのお嬢ちゃんという呼び方をやめてください。」
「なんでや?」
「今日、20歳になったので」
「、、、何やあんた、今日誕生日やったんか。」
「はい。」
流石に20歳になってお嬢ちゃんは無いだろう。
「あの、、、なにか御用でしょうか。」
「あんたが食事もとらんと働いてる聞いたから様子見に来ただけや」
「あ、食事。忘れてた、クロバット」
暗闇に手を伸ばせば、どこからともなく彼がやって来て腕の中に収まった。
「今日慌ててたからご飯持ってきてないや。私でいい?」
「ぎゅい」
「どゆこと、、、は?」
彼はそのまま私の首元に噛み付いて、血を吸った。
「い、痛いよ、、、そんなに歯たてないで、、、忘れててごめんって」
しばらくその採血のような痛みに耐えて、彼は十分血を吸ってからまた離れた。
「飲みすぎだよ、ちょっと手加減して欲しい。」
「、、、どういうことや、あんた」
「え?彼の食事、忘れてきちゃったので」
「そんなこと聞いてるんちゃうわ、なんやそのクロバット」
「、、、彼?」
「人の血ぃ吸うなんて、聞いたことないわ」
「でも野生のクロバットは、他のポケモンの血を吸います。同じことです。」
カラスバさんは急に死ぬほど怖い顔をしてじっとクロバットを睨みつけた。私はぎゅっと小さな石を削るためのトンカチを握りしめて、もうなんだか恐怖がキャパを超えてそのまま泣いた。
「ちゃ、ちゃんと言われた通りに掃除も研究もしてるじゃないですか。誕生日なのに。もうミアレ嫌だ、、、」
訳が分からない、まだここに来て1週間も経ってないのに急にヤクザに絡まれて、折角の二十歳の誕生日でおまけに土曜日なのに地下水道に閉じ込められて、お腹も空いたし眠いし湿った匂いはちょっと臭いし、パルデアに帰りたい。こんなところ来なければ良かった。ミアレはきっと君に向かないけど大丈夫?と、ジニア先生が言ってくれたのをもっとちゃんと聞けばよかった。
ぐずぐずと目元を擦りながら私は散らかした自分の道具を片付けた。20歳にもなって人前で泣くなんて恥ずかしい。どうやら地下水道の他の結晶は知らないうちにクロバットが全部壊してくれたようで、後ろを向けば山積みの結晶があった。やっぱり愛してる、彼のこと。
「あの、カラスバさん」
「、、、なんや」
「袋かなにかください。これこのまま置いておかない方がいいと思います。」
「え、ああ。あんた、もうええんか」
「何がですか?」
「いや、、、泣いとったやん」
「はい、もう帰ります。パルデアの大穴に。」
「は?あんたあそこからきたんか?」
「そうです。もう行こう、クロバット。ケーキ買って帰ろ、ああケーキ屋さんも知らないや。」
20歳のお祝いくらいしたい。今は何時だろうとスマホロトムを見れば充電が切れていた。そう言えば昨日充電器に置いた記憶もない。散々だ。
「、、、しゃあないな、飯くらい食わせたる」
「え、結構です。」
「は?」
「人前で食事をとるの、苦手なので。」
「、、、絶対連れてったる、ジプソ!これ事務所に連れてってまともな服着せたり!」
「い、良いです!嫌です!」
「ミアレで1番ええレストラン連れてったる、覚悟せぇや」
「結構です!」
どこからともなくぬっと現れた体の大きな男性は私を簡単にひょいと抱えて地下水道を出た。外に出たらもう夕日が輝いていて、朝から飲まず食わずだった私は暴れる元気もなく大人しく車に乗せられた。車が嫌いなクロバットは乗らなかったけど、事務所についたらまたふらっと空から飛んできて私のそばに寄り添った。彼のそう言うところがたまらなく好き。
月曜日と同じ、やたらいかつい事務所についてされるがままに化粧をされたり髪を弄られた。その全てが嫌で、私はずっと泣きそうだったけど、化粧が落ちるので泣かないでくださいと言われて大人しく涙を堪えた。クロバットが近くで見守っていたので、いざとなれば彼と逃げればいいと思って心を落ち着けた。彼は強いから。
パルデアの大穴より怖いところは無いと思ってたけど、この地球上で1番怖いところはこの事務所に違いないと思った。
「ええやん、馬子にも衣装やな」
そのままやたらと高級なレストランの個室に連れていかれて、私は一言も喋らずブスっと目の前の男性から目を逸らした。
「この俺の誘いをそんな無下にするやつは初めてやな」
「ヤクザのボスって暇なんですか?」
「くっそ忙しいわボケ」
じゃあなんでこんなところに居るんだろうか。意地でも食べないつもりだったが、いい匂いに誘われて自分のお腹がぐぅと鳴った。
「ほら、さっさと食べ。コース料理の次が出せんくてウェイターさん困っとるやろ。」
そう言われると意地を張っているのが申し訳なくなってしまう。確かに、ウェイターさんはチラチラとテーブルを見て何かをイヤホンで呼びかけていた。私は仕方なく目の前の前菜に手をつけた。
「はっ、なんや。俺に迷惑かけるのはええけどウェイターには気使うんか?」
「あなたはそれ以上に私に迷惑をかけてます」
口に入れた何かの冷たい野菜の塊は、上品な味付けで美味しかったけど食べ慣れなくて苦手だった。最初に出してくれたシャンパンを私は乾杯もせず無言のまま飲んだ。
「なんやお嬢ちゃん、今日が20歳の誕生日なのにもう飲み慣れとるやん」
「お嬢ちゃんはやめて欲しいと言いました。フィールドワークの終わりにはチームで祝杯をあげます。生還の祝いです。あと誰かが死んだ時にも飲みます、弔いの酒です。」
「、、、厳しい世界やな」
「だから良いんです。余計なことを皆気にしません。」
「ほう?余計なこと?」
「例えばこういう、身だしなみです!」
私はそう言いながらごてごてと飾り付けられた髪の毛やアクセサリーを引っ張った。
「ふははっ!そんな嫌やったんか?」
「嫌です!人に触られるのは苦手なんです!」
「あんた、苦手なもんが多いなぁ」
「あなたみたいな人も苦手です!」
もう気を使うのも馬鹿らしくなって、私はぐびぐびとグラスを傾けた。どちらにせよもう明日の朝には荷物をまとめて街を出ていく、絶対だ。
「なんであんた、クロバットのこと彼って呼ぶん?」
「ペットでは無いからです」
「じゃあなんなん?」
「彼は彼です。好きにさせてください。」
「いつから血ぃ吸わせてるん?」
「初めて会った時からです。」
「それ襲われとるやん。」
「彼はカッコイイんです!元からとても広い洞窟を支配してたボスだったんです、こんなに大きなゴルバットで、誰よりも早くて誰よりも強かったんです。神秘的なオーラをまとって、彼がその場に居るだけで洞窟中のポケモンが彼に従うんです。人間のヤクザごっこじゃ無いですよ!」
「お前さっきから容赦ないな」
「もういいです、私明日には出ていくんで、こんな街!」
「何がそんな不満なんや、ええ街やろが。殺すで。」
「ヤクザが居ます!!!」
「どこにでもおるやろそんなもん」
「大穴には居ません」
「比べるとこ強すぎるねん」
食事はどれも美味しくて、お酒も全部美味しかった。カラスバさんは意外にも楽しそうに話していて、喋りやすかった。
「カラスバさんのポケモンは?」
「ふっ。お前やっと俺の事聞いたな?」
「ポケモン、出したくないなら良いです」
「ちゃうわボケ。ほれ、良くみぃ」
そう言ってカラスバさんは大きなペンドラーをだした。私は椅子から立ち上がってカラスバさんに聞いた。
「触ってもいいですか?」
「ええよ」
ペンドラーはカラスバさんの隣で誇らしげに胸を張っていた。爪をそっと触って、体を撫でた。引き締まっていい筋肉だった。良くバトルをするのだろうか、所々大きな傷があったがそれが勲章のようだった。
「素敵で、、、ぐふっ」
ペンドラーを褒めようとしたら横からクロバットがとんできて私はよろめいた。ああ、そんな嫉妬深い彼も好き。慣れないヒールで1ミリも踏ん張れずよろよろと倒れて、それを咄嗟にカラスバさんが支えた。
「すみません、、、」
「ええけど、あんたクロバットに舐められとんとちゃうか?」
「私たちの力関係は彼の方が上です。」
「お前、それでええんか。」
「はい。彼にはずっとカッコよくいて欲しいので。」
カラスバさんは私の言葉にふっと笑って、「ええ女やな」と言った。なんだか急に恥ずかしくなって、私は目を逸らした。
「もう一人で立てます、、、」
「足、捻っとったで」
「ヒールに慣れてないので」
なんでだろう、心臓がうるさい。お酒を飲みすぎたのかも、きっとそう。そうに違いない。私はよく分からない緊張で震えながらカラスバさんの手を離して自分の席に戻った。カラスバさんってなんだかクロバットみたい。
「飲みすぎました」
「そゆことにしといたろか」
カラスバさんは余裕たっぷりにそう言って、私は黙って水を飲んだ。
「、、、土曜日、働くのは構いませんからせめてお給料をください」
「ずうずうしいやっちゃな」
私は返事をしなかった。ミアレは嫌いだけどこのお酒は美味しい。
小学校の頃のあだ名は洞窟博士だった、女の子なのにと母は呆れていた。洞窟の中のすべてが好きだった、世界と切り離されたようなその1つの空間が神秘だと思った。将来の夢はフィールドワークもする研究者、それ一本だった。幸い、学校では元研究者の先生に恵まれて私はまっすぐやりたいことをやり続けた。
そんなこんなで私はパルデア地方の大穴、通称エリアゼロの探検家になった。時にチームでもぐったり、一人で降りることもある。そうして持ち帰ったテラレイド結晶を研究していたのだが、最近未来都市ミアレシティで見慣れない結晶が街中に大量にあふれるようになったと報告を受けた。
それはメガ結晶と呼ばれるもので、メガエネルギーがたまることによって発生すると考えられている。メガメガメガ目がとよくわからないが、私はその研究にすぐ飛びついた。単純に、行ったことない場所に行ってみたかった。自分のお金じゃなく、研究費で渡航代がでるから最高だ。
ミアレシティについてみたら、未来都市と呼ばれるだけあってありのままの自然が全然なくて少し息苦しく感じた。まぁしょうがないかと思いながらスポンサーであるクエーサー社という企業に顔を出し簡単に施設の説明を受け、私は早速メガ結晶を集めに街の中を歩き回っていた。
全てが整った未来都市は、屋上がやたらと発展していた。どうにも場所が無くて高く高く伸びているようなそのビルは、まるで日の光を集めて異常に高く伸びる谷底の大木のようで面白いなと思った。
「クロバット、Let’s go.」
特に指示をしなくても、彼は目に見える結晶を次々と破壊して戻ってきた。私は彼の頭をよしよしと撫でて、羽の下をくすぐった。散らばった結晶を集め、地べたに座りルーペで石を眺めていたら急に声をかけられた。
「おうおうおうおう、なんだお前は。見慣れないポケモン連れてんな、よそもんか?ここがどこかわかってて荒らしてんのか?」
「え?」
見るからにチンピラ風の男の人が、ペンギンのように足を外側に開きながらポケットに手を入れてがに股でこちらに歩いてきた。屋上は基本的にどのビルも自由に開放しているから、好きに出入りしていいと説明を受けていたがここは私有地だったのだろうか。
「すみません、知らないまま入ってしまって。あー、すぐ出て行きますね。」
どう考えてもめんどくさそうだなと思い、すぐに道具をしまって立ち上がったが彼は許してくれなさそうだった。
「ごめんで済むなら警察は要らないよなあ?」
「あー、はい。」
「勝負に決まってるんだろ、ポケモン勝負」
まいったな、どうしよう。私の危機などどこ吹く風で頭の上を飛び回るクロバットを見上げて、内心ため息をついた。ポケモン勝負はあまり得意ではない、なんと言っても私のポケモンはこのクロバットしか居ないのだ。
普通、ポケモン勝負と言えば少なくとも2匹以上のポケモンを持ち、多い人は6匹も連れ歩くという。ポケモントレーナーでも何でもない私には関係ない事だと思っていた。ミアレシティの人はみんなこんな風にポケモンバトルで問題を解決するのだろうか、そんな馬鹿な。
「すみません、できれば他の方法で、どうにかできないでしょうか」
「はぁ?舐めてんのかお前ぇ!」
ひぃーどうしよう、このお兄さん怖い。
「あ、あの、じゃあもしポケモン勝負で私が負けたらどうするんでしょうか、、、、?」
「あー?そうだな、事務所まで来てもらってボスに話をつけてもらうか、、、。」
お兄さんもその先を考えていなかったようで、そう言いながら首を傾げた。よくわからないが、それならもう先に事務所とやらに行った方がいいような気がした。少なくとも、勝負に負けたという負い目を持ったまま行くよりはマシなはずだ。そう思って、私は勝負をせずにお兄さんと一緒に事務所とやらに向かった。
「で?お前はこのどう見ても堅気のお嬢さんをわざわざ事務所まで連れてきたと」
「で、でもボス、うちのビルの屋上でこそこそしててその、ポケモンもこちらでは見慣れませんし、指示も出さずに結晶を破壊してて、、、」
「ほう、それは気になるな」
私はふかふかで高級そうなソファに座りながら、身分証をテーブルに出しふたりの会話を聞いていた。連れてこられた場所は『サビ組』というまぁどう見てもヤクザか何かの事務所で、そのボスという人とさっきの下っ端のような彼が話すのただ不安を募らせて見守った。
事務所と言うからもっと普通の、会社みたいな所を想像していた私は完全に萎縮していた。膝の上に相棒のクロバットをのせて、手汗をぐっしょりかきながら二人の会話を見守った。クロバットは私に掴まれるのを嫌そうにして飛び立とうとしたが、それをぐっと抑えた。
「パっ、パルデア地方ではLet's goという一般的なポケモンとのコミュニケーションでして、ポケモンの自主性を尊重して自分で考えて動いてもらうんです。簡単なバトルや、物を壊すなどの動作であれば特に指示は不要でして、、、」
「ほう?それで?室内でもボールにいれないのもパルデア地方では当たり前だと?」
そう言われて私は心臓が裏側にひっくり返りそうになった。彼をボールにいれないのは、ただの私たちなりのこだわりだった。
「いえ、それは違くて、普通はボールにいれるんですが、あっでも確かにボールから出して一緒に街中を歩くのも一般的というか、あっでも別にボールを持ち歩くのはもちろん常識で私が非常識なんですが、あのっ」
ああどうしよう、我ながら支離滅裂だ、誰か止めてくれと泣きそうになったら、クロバットが「ぎゅい」と鳴きながらめんどくさそうに羽でぱたぱたと私を叩いた。私はじっと彼の目を見てゆっくり深呼吸して、「そうだね」と呟いた。緊張するとパニックになるのは私の悪い癖だ。こんな怖い人に睨まれたら誰でもそうだと思うけど。
「先ほどお伝えしたように私はフィールドワークも行う研究者です。外で何かあった時にポケモンを道づれにしないよう、それから私自身、彼にすぐに助けてもらえるように、日ごろから彼をボールには入れていないんです。決して、敵意があるわけではありません。」
「ほう、ずいぶんな信頼関係やな」
「はい。生きるも死ぬも彼と一緒です。」
サビ組のボス、カラスバという男性は私の言葉に怪しく目を細めた。
「えらい立派な愛の告白やな」
「えっ、いや、その、、、」
そう言われるととても恥ずかしくて、私はやっぱり冷汗をだらだらとかきながら手汗をこっそりクロバットで拭いた。彼は嫌そうに私の手を噛んだ、痛い。
「ま、今回はお嬢さんも知らんかったってことで済ませたるさかい。一応、この書類にサインだけしてくれるかいな。」
「あ、はい。」
がちがちに緊張した私は、書類の中身もろくに確認せずそれに署名して判子を押した。カラスバさんは機嫌良さそうにその紙を眺め、隣で控えているやたらとガタイのいい付き人に渡した。
それから週末まで、私は何事もなく過ごしていた。土曜日、やっと最初の1週間が終わったと朝ものんびり寝ていたらスマホロトムがロトロトロトと鳴った。平日の目覚まし設定を解除し忘れたのかと思ったが音が違う。画面を見れば非通知の電話だったので、何かの営業だろうと出ることなく切った。その数秒後、またスマホが鳴った。相手が電話番号を間違えてるのだろうか。
「、、、もしもし」
「ああお嬢さん、初日から遅刻とはえらいご身分やなぁ」
「はぁ、、、?」
私はスマホを耳から話して画面を見たが、やはり非通知の3文字しか見えない。
「あの、電話番号お間違えでは無いでしょうか?」
「そやろかなぁ?みょうじなまえのスマホやろ?これ」
「え?あ、はい、、、。あの、どなたでしょうか?」
誰かとなにか予定をすっぽかしただろうか。
「サビ組のカラスバいうもんや」
「カラ、、、スバ、、、さん」
その途端、月曜日の夕方の記憶が一気に頭を駆け巡った。
「は、はい!!」
なぜ?なぜあのヤクザのボスが私のスマホに電話をかけているんだろうか。何かの間違えに違いないと思いながらとにかく大慌てでベッドの上で正座した。まだ髪もボサボサでヨダレのあともそのままだ。
「今すぐ、ブロスター噴水の水道橋下に来いや。ほな」
私は何も分からず、大慌てで服を着た。とりあえず雑に顔も洗って、ろくに身だしなみも整えないまま家を出た。いつものようにクロバットに捕まって空を飛び地図を見ながら一直線で向かった。まだ慣れないミアレの街を歩いていたら迷子は確実だと思った。
「すみませーん!」
空から大声でそう呼びかけて、クロバットは急降下した。カラスバさんはぎょっとしたようにこちらを見て、私に巻き込まれないように身を引いた。クロバットは雑に私を地面に落とし、私はその場で転んだ。
「い、痛いよクロバット。急に起こしてごめんって、機嫌直してよ、、、」
本来は夜行性のクロバットは朝が弱い。せっかくゆっくり寝れると思ったところ急に叩き起されて彼は不機嫌そうだった。私は派手に打ち付けた腰を擦りながら、四つん這いのままカラスバさんを見上げた。
「あの、私また何か約束を破りましたか?」
「また?」
「あ、いえ、その、私良く色んなこと忘れちゃうので、、、」
私は本当に忘れっぽくて、いつもスマホのカレンダーにあれやこれやと書き込むのだけどこの書き込みすら雑なのでよく約束をすっぽかす。仲のいい友達は私と遊ぶ日は朝から電話で2時間おきにリマインドをくれるくらい、そういうタイプの人間だ。
「ほーん、研究者さん言うのは変わり者が多いんやな」
「ははは、、、」
私のせいで研究者全体の評価を下げてしまって申し訳ない。
「あの、それで私は何故ここに?」
「そりゃお嬢さん、この前書類にキチッとサインしはったやろ?毎週土曜日はサビ組で無償奉仕するって」
「はぁ、、、」
そんな書類にサインをした覚えないけど、曖昧に返事をして頷いた。不注意で忘れっぽい私が、またきっと何かしたんだろうくらいに思った。
「じゃぁえっと、何をすれば?」
大人しくまた頷いてそう聞けば、カラスバさんは少し目を丸くしたあとバカにしたように笑った。
「お嬢さん、あんた簡単に騙されるタイプやろ?もっと用心しーや」
「えええ、それあなたが言うんですか、、、」
どう見ても騙す側の人なのに。
「ま、話が早くて助かるわ。こん中、うちで管理してるんやけどやたらメガ結晶が出来んねん。掃除してついでに原因も調べてくれるやろか。」
「あ、、、はぁ」
もっととんでもない依頼でなくて良かったなと思いつつ、土曜日なのに仕事と同じことをするのはとても嫌だった。しかも無償奉仕だなんて。
「何や、えらい嫌そうやな」
「はい。土曜ですから。」
「あっはははは!意外と怖いもの知らずやな、嬢ちゃん!」
「はぁ、、、」
何でこの人が笑ってるのか分からなかったけど、怒ってるよりはマシかと思った。そのあとこのカラスバさんは部下を置いてどこかに出かけて、私は仕方なく地下水道の中の結晶を掃除した。といってもクロバットが拗ねて全く動いてくれなかったので、仕方なく自分でツルハシで壊して回った。最初は嫌々だったけど、これはいい運動になる。
「おいあんた、、、飯は?」
「、、、」
「無視かよ、感じわる」
「、、、」
私は自分で削った結晶をなんとなくぼーっと眺めて、そして結晶が生えていた場所をまじまじと見つめて、だんだんとそれにのめり込んだ。地下水道は大好きな洞窟の雰囲気に似ていて、案外居心地も悪くなかった。
「、、、お嬢さん、こないな地べた座り込んで、研究者ってそういうもんなん?」
「、、、」
「おーい、無視かいな」
「、、、うん、研究者だけど、フィールドワークも結構やる」
「なんでなん?」
「1人で全部やりたいから。ねぇ、それとって。」
「これかいな?」
「違うバカ、その隣の小さいトンカチに決まって、、、る」
何だかうるさいなと思い、ぱっと顔を上げて固まった。ヤクザのボスがこめかみに青筋をたててこちらを見ていた。
「ほんにええ度胸やな、嬢ちゃん」
「すみませんでした、、、、。」
ああ、ひとつの事に没頭するのはほんとに昔から私の悪い癖だ。
「何でもしますから、、、ゆ、許してください」
「それはお嬢ちゃん次第やな」
「あ、あの、、、そのお嬢ちゃんという呼び方をやめてください。」
「なんでや?」
「今日、20歳になったので」
「、、、何やあんた、今日誕生日やったんか。」
「はい。」
流石に20歳になってお嬢ちゃんは無いだろう。
「あの、、、なにか御用でしょうか。」
「あんたが食事もとらんと働いてる聞いたから様子見に来ただけや」
「あ、食事。忘れてた、クロバット」
暗闇に手を伸ばせば、どこからともなく彼がやって来て腕の中に収まった。
「今日慌ててたからご飯持ってきてないや。私でいい?」
「ぎゅい」
「どゆこと、、、は?」
彼はそのまま私の首元に噛み付いて、血を吸った。
「い、痛いよ、、、そんなに歯たてないで、、、忘れててごめんって」
しばらくその採血のような痛みに耐えて、彼は十分血を吸ってからまた離れた。
「飲みすぎだよ、ちょっと手加減して欲しい。」
「、、、どういうことや、あんた」
「え?彼の食事、忘れてきちゃったので」
「そんなこと聞いてるんちゃうわ、なんやそのクロバット」
「、、、彼?」
「人の血ぃ吸うなんて、聞いたことないわ」
「でも野生のクロバットは、他のポケモンの血を吸います。同じことです。」
カラスバさんは急に死ぬほど怖い顔をしてじっとクロバットを睨みつけた。私はぎゅっと小さな石を削るためのトンカチを握りしめて、もうなんだか恐怖がキャパを超えてそのまま泣いた。
「ちゃ、ちゃんと言われた通りに掃除も研究もしてるじゃないですか。誕生日なのに。もうミアレ嫌だ、、、」
訳が分からない、まだここに来て1週間も経ってないのに急にヤクザに絡まれて、折角の二十歳の誕生日でおまけに土曜日なのに地下水道に閉じ込められて、お腹も空いたし眠いし湿った匂いはちょっと臭いし、パルデアに帰りたい。こんなところ来なければ良かった。ミアレはきっと君に向かないけど大丈夫?と、ジニア先生が言ってくれたのをもっとちゃんと聞けばよかった。
ぐずぐずと目元を擦りながら私は散らかした自分の道具を片付けた。20歳にもなって人前で泣くなんて恥ずかしい。どうやら地下水道の他の結晶は知らないうちにクロバットが全部壊してくれたようで、後ろを向けば山積みの結晶があった。やっぱり愛してる、彼のこと。
「あの、カラスバさん」
「、、、なんや」
「袋かなにかください。これこのまま置いておかない方がいいと思います。」
「え、ああ。あんた、もうええんか」
「何がですか?」
「いや、、、泣いとったやん」
「はい、もう帰ります。パルデアの大穴に。」
「は?あんたあそこからきたんか?」
「そうです。もう行こう、クロバット。ケーキ買って帰ろ、ああケーキ屋さんも知らないや。」
20歳のお祝いくらいしたい。今は何時だろうとスマホロトムを見れば充電が切れていた。そう言えば昨日充電器に置いた記憶もない。散々だ。
「、、、しゃあないな、飯くらい食わせたる」
「え、結構です。」
「は?」
「人前で食事をとるの、苦手なので。」
「、、、絶対連れてったる、ジプソ!これ事務所に連れてってまともな服着せたり!」
「い、良いです!嫌です!」
「ミアレで1番ええレストラン連れてったる、覚悟せぇや」
「結構です!」
どこからともなくぬっと現れた体の大きな男性は私を簡単にひょいと抱えて地下水道を出た。外に出たらもう夕日が輝いていて、朝から飲まず食わずだった私は暴れる元気もなく大人しく車に乗せられた。車が嫌いなクロバットは乗らなかったけど、事務所についたらまたふらっと空から飛んできて私のそばに寄り添った。彼のそう言うところがたまらなく好き。
月曜日と同じ、やたらいかつい事務所についてされるがままに化粧をされたり髪を弄られた。その全てが嫌で、私はずっと泣きそうだったけど、化粧が落ちるので泣かないでくださいと言われて大人しく涙を堪えた。クロバットが近くで見守っていたので、いざとなれば彼と逃げればいいと思って心を落ち着けた。彼は強いから。
パルデアの大穴より怖いところは無いと思ってたけど、この地球上で1番怖いところはこの事務所に違いないと思った。
「ええやん、馬子にも衣装やな」
そのままやたらと高級なレストランの個室に連れていかれて、私は一言も喋らずブスっと目の前の男性から目を逸らした。
「この俺の誘いをそんな無下にするやつは初めてやな」
「ヤクザのボスって暇なんですか?」
「くっそ忙しいわボケ」
じゃあなんでこんなところに居るんだろうか。意地でも食べないつもりだったが、いい匂いに誘われて自分のお腹がぐぅと鳴った。
「ほら、さっさと食べ。コース料理の次が出せんくてウェイターさん困っとるやろ。」
そう言われると意地を張っているのが申し訳なくなってしまう。確かに、ウェイターさんはチラチラとテーブルを見て何かをイヤホンで呼びかけていた。私は仕方なく目の前の前菜に手をつけた。
「はっ、なんや。俺に迷惑かけるのはええけどウェイターには気使うんか?」
「あなたはそれ以上に私に迷惑をかけてます」
口に入れた何かの冷たい野菜の塊は、上品な味付けで美味しかったけど食べ慣れなくて苦手だった。最初に出してくれたシャンパンを私は乾杯もせず無言のまま飲んだ。
「なんやお嬢ちゃん、今日が20歳の誕生日なのにもう飲み慣れとるやん」
「お嬢ちゃんはやめて欲しいと言いました。フィールドワークの終わりにはチームで祝杯をあげます。生還の祝いです。あと誰かが死んだ時にも飲みます、弔いの酒です。」
「、、、厳しい世界やな」
「だから良いんです。余計なことを皆気にしません。」
「ほう?余計なこと?」
「例えばこういう、身だしなみです!」
私はそう言いながらごてごてと飾り付けられた髪の毛やアクセサリーを引っ張った。
「ふははっ!そんな嫌やったんか?」
「嫌です!人に触られるのは苦手なんです!」
「あんた、苦手なもんが多いなぁ」
「あなたみたいな人も苦手です!」
もう気を使うのも馬鹿らしくなって、私はぐびぐびとグラスを傾けた。どちらにせよもう明日の朝には荷物をまとめて街を出ていく、絶対だ。
「なんであんた、クロバットのこと彼って呼ぶん?」
「ペットでは無いからです」
「じゃあなんなん?」
「彼は彼です。好きにさせてください。」
「いつから血ぃ吸わせてるん?」
「初めて会った時からです。」
「それ襲われとるやん。」
「彼はカッコイイんです!元からとても広い洞窟を支配してたボスだったんです、こんなに大きなゴルバットで、誰よりも早くて誰よりも強かったんです。神秘的なオーラをまとって、彼がその場に居るだけで洞窟中のポケモンが彼に従うんです。人間のヤクザごっこじゃ無いですよ!」
「お前さっきから容赦ないな」
「もういいです、私明日には出ていくんで、こんな街!」
「何がそんな不満なんや、ええ街やろが。殺すで。」
「ヤクザが居ます!!!」
「どこにでもおるやろそんなもん」
「大穴には居ません」
「比べるとこ強すぎるねん」
食事はどれも美味しくて、お酒も全部美味しかった。カラスバさんは意外にも楽しそうに話していて、喋りやすかった。
「カラスバさんのポケモンは?」
「ふっ。お前やっと俺の事聞いたな?」
「ポケモン、出したくないなら良いです」
「ちゃうわボケ。ほれ、良くみぃ」
そう言ってカラスバさんは大きなペンドラーをだした。私は椅子から立ち上がってカラスバさんに聞いた。
「触ってもいいですか?」
「ええよ」
ペンドラーはカラスバさんの隣で誇らしげに胸を張っていた。爪をそっと触って、体を撫でた。引き締まっていい筋肉だった。良くバトルをするのだろうか、所々大きな傷があったがそれが勲章のようだった。
「素敵で、、、ぐふっ」
ペンドラーを褒めようとしたら横からクロバットがとんできて私はよろめいた。ああ、そんな嫉妬深い彼も好き。慣れないヒールで1ミリも踏ん張れずよろよろと倒れて、それを咄嗟にカラスバさんが支えた。
「すみません、、、」
「ええけど、あんたクロバットに舐められとんとちゃうか?」
「私たちの力関係は彼の方が上です。」
「お前、それでええんか。」
「はい。彼にはずっとカッコよくいて欲しいので。」
カラスバさんは私の言葉にふっと笑って、「ええ女やな」と言った。なんだか急に恥ずかしくなって、私は目を逸らした。
「もう一人で立てます、、、」
「足、捻っとったで」
「ヒールに慣れてないので」
なんでだろう、心臓がうるさい。お酒を飲みすぎたのかも、きっとそう。そうに違いない。私はよく分からない緊張で震えながらカラスバさんの手を離して自分の席に戻った。カラスバさんってなんだかクロバットみたい。
「飲みすぎました」
「そゆことにしといたろか」
カラスバさんは余裕たっぷりにそう言って、私は黙って水を飲んだ。
「、、、土曜日、働くのは構いませんからせめてお給料をください」
「ずうずうしいやっちゃな」
私は返事をしなかった。ミアレは嫌いだけどこのお酒は美味しい。
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