宮地と小さなクラスメイト(黒バス)
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7.隠した思い
「っなんでお前がここにいんだよ!」
朝から部室に足を運んだ宮地は、予期せぬ光景に声を荒げた。
服がはみ出したロッカー、収納スペースが足りていても床に散らばる漫画やタオル。とまあ、それはいつも通りだ。
「あ、宮地サン!」
そしていつもと変わらぬテンションで振り返った高尾。
学ランを脱いで、ワイシャツの袖をまくっている。その腕には、大きなタオル。
「全く、ほんっと咲哉さんってどうなってんの?」
「俺は悪くない!あんなとこに水入ったバケツ置いてんじゃねーよ!」
「いやだからひっかからねぇってあんなん!」
ケラケラと笑いながら、高尾が小さな頭にタオルを投げつける。
それを顔面で受け止めた咲哉は、子犬みたいに顔を左右に振って髪を揺さぶった。
「お前ホントむかつ…くしゅっ」
「ほらもー、バケツに足突っ込んでずっこけた拍子に水被ったりすっから…ブッ」
「てっめ、ちゃっかり宮地に説明してんじゃねぇ!つか笑うなー!!」
ばっと立ち上がった勢いで、咲哉の羽織っていた学ランがひらと揺れる。
見えたのは肌色だ。筋肉のつかない腹部と、薄い胸板を飾る薄桃色。
「なっ…!咲哉お前!」
「うわびっくりした、何でっかい声出してんだよ宮地」
「それはお前が、…何、でそんな変態じみた恰好…!」
咲哉がむっと眉を寄せて宮地の方へ向き直る。
特別に運動をしていない怠けた体は、普段よく見る男どもの体と違って柔らかそうだ。
それが何か情欲を煽るようで、宮地は喉を上下に動かした。
「変態はどっちなんすかね~?」
「あ?」
「いえいえー何でも?」
そんな宮地に気付いてか、高尾はニヤと口元に笑みを浮かべ、指を咲哉の纏う学ランに引っ掻ける。
よく見なくても、だ。咲哉の着ている学ランは、彼の小さな体に見合っていない。
「咲哉さん、俺の学ランの着心地ど?」
「いや、着心地とかねーだろ」
「ちょっと大きいなーとか?」
分かりやすく舌を打った咲哉は、悔しそうに手の甲まで覆う学ランの袖をぐいとまくった。
それからタオルでがしがしと頭を拭き、「もー最悪だー…」とタオルの中でぼやいている。
もはや察する必要もない。
咲哉が朝からバケツの中の水をかぶり、偶然見かけた高尾がここに連れて来た。
咲哉の濡れた服は窓際に、今咲哉が着ているのは高尾の学ラン。高尾が説明した通りだ。
「ああ、宮地サン。朝練しにきたんですよね?こっちのことはいいですって」
「は?」
「偶然見かけたかわいそーな先輩を、俺が連れてきただけなんで。ドライヤー借りまーす」
高尾は立ち上がると同時に咲哉の頭をタオルごと撫でた。
唸りながらも受け入れる咲哉。
ああもう、まただ。宮地はまた、目の前の光景に苛立っている。
「あーあ、宮地に引き続き俺が災難かよ」
「いやいや、咲哉さんのは単純に鈍臭いだけっしょ」
「は!?お前な…少しでかいからって調子のんなよこんにゃろ!」
咲哉の喧嘩腰は、別に特別なものではないのだ。
ドライヤーを取りにロッカーを開けた高尾の背中に飛び乗り、小さな手で頭をぽかぽか叩く。
スキンシップが激しいのも、仲良くなってしまえば誰にだって。
「何なんだよ」
ぽつりと低い声を漏らした宮地を、高尾の細い目がちらと見た。
「…宮地サン」
「、んだよ」
「っふ、すません、笑わずにはいられなくって!」
ぶっと吹き出した高尾が自分の背中にのしかかる男の濡れた髪を梳く。
その手を「ガキ扱いすんな!」と弾いた咲哉のその態度も、宮地が良く見る照れ隠しの姿だ。
自分は全然特別じゃない。それをはっきりと自覚する。
「咲哉さんって、肌の色赤いんすね?」
「は?赤い?」
「ほら、俺よりちっと桃色がかっててかんわいー」
「…ぶっとばしていいか?」
二人のじゃれ合う様子に、宮地は眉を寄せてがしがしと自分の頭をかいた。
無性にイライラする。朝からバスケの気分を削がれたせい、だけじゃない。
宮地はばんっとすぐ横にあったロッカーを掌で叩き、そのまま部室を後にしていた。
ばたんっと乱暴に音を立てたドアが軋む。
それを驚き目で追った咲哉と高尾は、二人ゆっくり視線を合わせた。
「…なんだぁ?あいつ朝からカリカリしてやんの」
「いやぁ、からかい甲斐あり過ぎて面白ぇ、ほんとすげぇよ咲哉さん」
「何、お前なんかしたの?」
「んふふ」
大きな目で高尾をキッと睨む。
それを受け流した高尾は、かちとスイッチを入れたドライヤーで咲哉の顔面に風を吹き当てた。
・・・
咲哉が宮地に突っ掛かる姿は教室でも体育館でも廊下でも見られた。
体育の球技で負け、数学のテストの点数で負け。
更には昼飯のパン食いの早さ、朝学校に来る時間、ペン回しの速度、何で勝負をしかけても結果は同じ。
「なあ、宮地!」
それが分かっているからなのだろうか。
宮地はちらと咲哉を見上げるだけで、ふいと窓の外へ視線を逸らした。
「みーやーじ…なんで、目ェ逸らすんだよー」
「はぁ…」
なんだか最近、以前よりあしらい方が雑だ。
咲哉はもっと構えと言わんばかりに宮地の机に手を乗せ、体を左右に揺らす。
宮地の唇が尖っている。でも怒っているのとは違う妙な表情に、咲哉は首を小さく傾けた。
「宮地…?」
「もう、いいんじゃねぇのか?こんなこと、続けなくても」
「は?え、何?」
「他にもいんだろ、高尾とか。お前なんでそんな俺に突っ掛かってくんだよ。オレは、お前と結構仲良くなったって思ってんだけど…?」
宮地の尖らせた唇から放たれる声は、不服そうな色を鳴らす。
咲哉は暫くぽかんとして、それから宮地に気付かれないように俯き口元を押さえた。
仲良い、そう思ってもらえていたことが嬉しい。
それと同時に湧き上がる衝動に、咲哉はぶんっと顔を左右に振った。
「だ、だめだめ、これは譲れない!」
「あ?」
体に見合った小さな手で人差し指をピシと立て、真っ直ぐに宮地へと向ける。
「お前に勝つ!じゃないと俺…なんか、駄目なんだよ!」
仲良い、それだけで満足なんて出来ないから。
あれ、そんな理由だったっけ。
ふと自分の行動の理由を見失った咲哉の目の前で、宮地はばしっと咲哉の手を弾き立ち上がった。
「いい加減にしろよ、お前」
「え?」
「まじでいつまで続けんだよ、こんなこと」
宮地の声に棘がある。でも声の割に怒っているようには見えない表情が、咲哉をドキとさせた。
なんだろう、宮地が、心なしか泣きそうになっているような。
咲哉は前のめりに宮地の顔を覗き込んだ。
「って、何してんだテメ、宮地!」
「急に近付いてんじゃねェよ」
「はー!?」
宮地の手が咲哉の顔を掴んでいる。
引き剥がそうと宮地の腕を掴んだが、放す気の無い手は更に力を込めて咲哉のこめかみを押さえた。
「いっ…!!」
容赦ない仕打ちに、ぱしぱしと宮地の腕を叩いて抵抗する。
ぱっと手を離した宮地は、眉を寄せたまま咲哉から目を逸らした。
「なん、だよ宮地お前、…ああ!とうとう俺に負けるのが怖くて怖気づいたか!」
「…はぁ」
「んだよ、その溜め息は。勝ち逃げなんて許さないからな…!」
「…勝ったら?」
唐突に向けられた問いに、咲哉はぽかんと口を開いたまま固まっていた。
勝ったら、とは。
「勝ったら終わりなのかよ」
「おわ、…なにが?」
「……なんでもねぇよ」
それきり、宮地は咲哉を見なかった。
もう一度大きく溜め息を吐いた後、咲哉の横を通り過ぎていなくなる。
つかつかと大股で廊下へ出て行った宮地は、あっという間に見えなくなった。
「……だー!わっかんねぇ!!お前なんなんだよー!」
咲哉の大きな声など既に慣れきっているクラスメイトは、一人叫んだ咲哉を気にする様子もなくいつも通りだ。
席について足をばたつかせたって何も変わらない。
咲哉の困惑は宮地に伝わらない。そして宮地の困惑もまた、咲哉には想像出来なかった。
「俺はこんなに好きなのに、なんで分かってくんねーんだよ」
そうだ、こんなに好きなのに。
「…って、え?」
突然聞こえてきたいかにも自分が言ったかのような台詞に、咲哉はがばと顔を上げた。
そこにいたのは、肩を小刻みに震わせて俯いている黒髪男と、そいつを見下ろして額を押さえている大男。
「なんだ、大坪君と煩い後輩君か」
「いやーっほんと、…ふ、面白いネタ提供ごちそーさんでした…ふは」
「笑い堪えながらなんなんだお前、ほんっと失礼な後輩だな…!」
机に肘をついて、頭をかきながら二人を見上げる。
笑っている失礼な方が高尾で、そんな後輩に申し訳なさそうにするのが大坪。
きっと宮地に用があったんだろう、そう思い宮地の去った廊下に目をやると、その視線に気付いた大坪が息を吐いた。
「ああ、宮地に用があったんだが…、声をかけづらい気がしてな。終わりがどうこう、聞こえたが」
「…」
大坪に言われ、先程の会話を思い出す。
勝ったら終わりなのか、と確かそう言われた。
「なあ、友達同士の関係に、終わりってあんの?」
「…喧嘩、はあるだろうが、それで終わるような友情はないんじゃないか?少なくとも俺はそう思っている」
そう言いながら、大坪は咲哉の前、昼休みになって持ち主のいなくなった椅子に腰かける。
それを見ていた高尾は、咲哉の机に顎を乗せた。
高尾の目がじっと咲哉を見上げている。この瞳は、なんだか嫌いだ。
「ああ、でも、新たなスタートという意味での終わりなら有り得るだろうな」
「…え?」
「男女の友情になら終わりがあるだろうって話だ」
目を細めて、優しげな顔をする大坪は、同い年とは思えない程のお父さん感を漂わせている。
すっと内側に入ってくる低い声、説得力を感じる、迷いのない言葉。
咲哉は「そっか」と目を開いた。
やはり自分は宮地に勝たないと駄目だ。宮地に勝って、自信を持てば、終わりに出来るかもしれない。
ちゃんと、宮地の言葉を聞き出せるかもしれない。
「終わらせたいんだ、咲哉サン」
「…え?」
「勝って、終わらせてーなって顔、してたっしょ」
高尾が何もかも知ってるとでも言いたげな目で咲哉を見上げる。
腹立たしい、けれどその通りだ。
「だって…このままが駄目なら、終わらせるしかないじゃん」
きっと、ただの友達でいるのは辛い。
今のままでい続けたいのに、宮地が、それを拒むなら。
俺は、宮地に勝って、終わらせないと。
「宮地?」
そう言い聞かせていた咲哉は、大坪の声にはっと顔を上げた。
大坪は廊下の方へ顔を向けて、前に伸ばしかけた手を体の前で止めている。
「今、そこに宮地サンいましたね」
「ああ」
「う、うっそ!?聞かれた!?」
机にばんと掌を置いて、咲哉は慌てて立ち上がった。
その衝撃音に、高尾が片耳を押さえながら体を起き上らせる。
そんな高尾の迷惑そうな顔など、咲哉の視界には入っていない。
「あー…面白ぇ」
「こら、高尾」
それどころかぼそりと交わされた二人の声も聞こえず、咲哉は呆然と廊下の方を見つめた。
宮地が今、もし咲哉の言葉を聞いてしまったのだとしたら。
「…、俺、やばいこと言ってた、よな」
「んー?いやぁ、宮地サンに聞こえてたかどうかは…って、咲哉サン?」
咲哉はがたっと椅子が倒れそうな勢いで立ち上がった。
とにかく、何はともあれ弁解をしなければ。
高尾や大坪に声をかけることもせず、呆然と宮地がいたかもしれない廊下へと駆け出す。
教室を出て、とりあえず右!と靴をキュッと鳴らして方向変換。
教師の「走るなよー」だとか言う定型文など気にしない。
「っ、宮地!」
左右の賭けには勝っていたらしく、前方に見えた背中に呼びかける。
宮地はぴくりと肩を揺らし、怪訝そうな顔で咲哉を振り返った。
「宮地…お前、なんっつー顔してんだよ」
「あ?んだよ、元からだろ」
「まーたキレてる…お前最近イライラしすぎじゃね?でかいくせにカルシウム足りてねーんじゃん?」
いつもの調子で笑いながら、宮地の腕をぺたと叩く。
それでも宮地の纏う空気に変化はなく、咲哉は静かに手を自分の体に引き戻した。
「い、今の話、聞こえてた?」
「…聞こえてたら、どうなんだよ」
「え?ど、どうって…お前こそ…」
どう思ったのか、と問おうとした咲哉の口が、開いたまま固まる。
険しい顔だ。宮地の目には、咲哉が映っていない。さっきの顔とはまた違う。
「悪ィ、気分悪い。ついてくんな」
「は…!?」
宮地が再び背を向けて歩き出す。
低い声で突きつけられた言葉は、恐らく咲哉が一番聞きたくなかったものだった。
「……嘘だ」
廊下の真ん中に立ち尽くしたまま呆然とする。
チャイムが鳴り響き教師に教科書でぱこと頭を叩かれるまで、咲哉はそこに立ち続けていた。
(第七話・終)
「っなんでお前がここにいんだよ!」
朝から部室に足を運んだ宮地は、予期せぬ光景に声を荒げた。
服がはみ出したロッカー、収納スペースが足りていても床に散らばる漫画やタオル。とまあ、それはいつも通りだ。
「あ、宮地サン!」
そしていつもと変わらぬテンションで振り返った高尾。
学ランを脱いで、ワイシャツの袖をまくっている。その腕には、大きなタオル。
「全く、ほんっと咲哉さんってどうなってんの?」
「俺は悪くない!あんなとこに水入ったバケツ置いてんじゃねーよ!」
「いやだからひっかからねぇってあんなん!」
ケラケラと笑いながら、高尾が小さな頭にタオルを投げつける。
それを顔面で受け止めた咲哉は、子犬みたいに顔を左右に振って髪を揺さぶった。
「お前ホントむかつ…くしゅっ」
「ほらもー、バケツに足突っ込んでずっこけた拍子に水被ったりすっから…ブッ」
「てっめ、ちゃっかり宮地に説明してんじゃねぇ!つか笑うなー!!」
ばっと立ち上がった勢いで、咲哉の羽織っていた学ランがひらと揺れる。
見えたのは肌色だ。筋肉のつかない腹部と、薄い胸板を飾る薄桃色。
「なっ…!咲哉お前!」
「うわびっくりした、何でっかい声出してんだよ宮地」
「それはお前が、…何、でそんな変態じみた恰好…!」
咲哉がむっと眉を寄せて宮地の方へ向き直る。
特別に運動をしていない怠けた体は、普段よく見る男どもの体と違って柔らかそうだ。
それが何か情欲を煽るようで、宮地は喉を上下に動かした。
「変態はどっちなんすかね~?」
「あ?」
「いえいえー何でも?」
そんな宮地に気付いてか、高尾はニヤと口元に笑みを浮かべ、指を咲哉の纏う学ランに引っ掻ける。
よく見なくても、だ。咲哉の着ている学ランは、彼の小さな体に見合っていない。
「咲哉さん、俺の学ランの着心地ど?」
「いや、着心地とかねーだろ」
「ちょっと大きいなーとか?」
分かりやすく舌を打った咲哉は、悔しそうに手の甲まで覆う学ランの袖をぐいとまくった。
それからタオルでがしがしと頭を拭き、「もー最悪だー…」とタオルの中でぼやいている。
もはや察する必要もない。
咲哉が朝からバケツの中の水をかぶり、偶然見かけた高尾がここに連れて来た。
咲哉の濡れた服は窓際に、今咲哉が着ているのは高尾の学ラン。高尾が説明した通りだ。
「ああ、宮地サン。朝練しにきたんですよね?こっちのことはいいですって」
「は?」
「偶然見かけたかわいそーな先輩を、俺が連れてきただけなんで。ドライヤー借りまーす」
高尾は立ち上がると同時に咲哉の頭をタオルごと撫でた。
唸りながらも受け入れる咲哉。
ああもう、まただ。宮地はまた、目の前の光景に苛立っている。
「あーあ、宮地に引き続き俺が災難かよ」
「いやいや、咲哉さんのは単純に鈍臭いだけっしょ」
「は!?お前な…少しでかいからって調子のんなよこんにゃろ!」
咲哉の喧嘩腰は、別に特別なものではないのだ。
ドライヤーを取りにロッカーを開けた高尾の背中に飛び乗り、小さな手で頭をぽかぽか叩く。
スキンシップが激しいのも、仲良くなってしまえば誰にだって。
「何なんだよ」
ぽつりと低い声を漏らした宮地を、高尾の細い目がちらと見た。
「…宮地サン」
「、んだよ」
「っふ、すません、笑わずにはいられなくって!」
ぶっと吹き出した高尾が自分の背中にのしかかる男の濡れた髪を梳く。
その手を「ガキ扱いすんな!」と弾いた咲哉のその態度も、宮地が良く見る照れ隠しの姿だ。
自分は全然特別じゃない。それをはっきりと自覚する。
「咲哉さんって、肌の色赤いんすね?」
「は?赤い?」
「ほら、俺よりちっと桃色がかっててかんわいー」
「…ぶっとばしていいか?」
二人のじゃれ合う様子に、宮地は眉を寄せてがしがしと自分の頭をかいた。
無性にイライラする。朝からバスケの気分を削がれたせい、だけじゃない。
宮地はばんっとすぐ横にあったロッカーを掌で叩き、そのまま部室を後にしていた。
ばたんっと乱暴に音を立てたドアが軋む。
それを驚き目で追った咲哉と高尾は、二人ゆっくり視線を合わせた。
「…なんだぁ?あいつ朝からカリカリしてやんの」
「いやぁ、からかい甲斐あり過ぎて面白ぇ、ほんとすげぇよ咲哉さん」
「何、お前なんかしたの?」
「んふふ」
大きな目で高尾をキッと睨む。
それを受け流した高尾は、かちとスイッチを入れたドライヤーで咲哉の顔面に風を吹き当てた。
・・・
咲哉が宮地に突っ掛かる姿は教室でも体育館でも廊下でも見られた。
体育の球技で負け、数学のテストの点数で負け。
更には昼飯のパン食いの早さ、朝学校に来る時間、ペン回しの速度、何で勝負をしかけても結果は同じ。
「なあ、宮地!」
それが分かっているからなのだろうか。
宮地はちらと咲哉を見上げるだけで、ふいと窓の外へ視線を逸らした。
「みーやーじ…なんで、目ェ逸らすんだよー」
「はぁ…」
なんだか最近、以前よりあしらい方が雑だ。
咲哉はもっと構えと言わんばかりに宮地の机に手を乗せ、体を左右に揺らす。
宮地の唇が尖っている。でも怒っているのとは違う妙な表情に、咲哉は首を小さく傾けた。
「宮地…?」
「もう、いいんじゃねぇのか?こんなこと、続けなくても」
「は?え、何?」
「他にもいんだろ、高尾とか。お前なんでそんな俺に突っ掛かってくんだよ。オレは、お前と結構仲良くなったって思ってんだけど…?」
宮地の尖らせた唇から放たれる声は、不服そうな色を鳴らす。
咲哉は暫くぽかんとして、それから宮地に気付かれないように俯き口元を押さえた。
仲良い、そう思ってもらえていたことが嬉しい。
それと同時に湧き上がる衝動に、咲哉はぶんっと顔を左右に振った。
「だ、だめだめ、これは譲れない!」
「あ?」
体に見合った小さな手で人差し指をピシと立て、真っ直ぐに宮地へと向ける。
「お前に勝つ!じゃないと俺…なんか、駄目なんだよ!」
仲良い、それだけで満足なんて出来ないから。
あれ、そんな理由だったっけ。
ふと自分の行動の理由を見失った咲哉の目の前で、宮地はばしっと咲哉の手を弾き立ち上がった。
「いい加減にしろよ、お前」
「え?」
「まじでいつまで続けんだよ、こんなこと」
宮地の声に棘がある。でも声の割に怒っているようには見えない表情が、咲哉をドキとさせた。
なんだろう、宮地が、心なしか泣きそうになっているような。
咲哉は前のめりに宮地の顔を覗き込んだ。
「って、何してんだテメ、宮地!」
「急に近付いてんじゃねェよ」
「はー!?」
宮地の手が咲哉の顔を掴んでいる。
引き剥がそうと宮地の腕を掴んだが、放す気の無い手は更に力を込めて咲哉のこめかみを押さえた。
「いっ…!!」
容赦ない仕打ちに、ぱしぱしと宮地の腕を叩いて抵抗する。
ぱっと手を離した宮地は、眉を寄せたまま咲哉から目を逸らした。
「なん、だよ宮地お前、…ああ!とうとう俺に負けるのが怖くて怖気づいたか!」
「…はぁ」
「んだよ、その溜め息は。勝ち逃げなんて許さないからな…!」
「…勝ったら?」
唐突に向けられた問いに、咲哉はぽかんと口を開いたまま固まっていた。
勝ったら、とは。
「勝ったら終わりなのかよ」
「おわ、…なにが?」
「……なんでもねぇよ」
それきり、宮地は咲哉を見なかった。
もう一度大きく溜め息を吐いた後、咲哉の横を通り過ぎていなくなる。
つかつかと大股で廊下へ出て行った宮地は、あっという間に見えなくなった。
「……だー!わっかんねぇ!!お前なんなんだよー!」
咲哉の大きな声など既に慣れきっているクラスメイトは、一人叫んだ咲哉を気にする様子もなくいつも通りだ。
席について足をばたつかせたって何も変わらない。
咲哉の困惑は宮地に伝わらない。そして宮地の困惑もまた、咲哉には想像出来なかった。
「俺はこんなに好きなのに、なんで分かってくんねーんだよ」
そうだ、こんなに好きなのに。
「…って、え?」
突然聞こえてきたいかにも自分が言ったかのような台詞に、咲哉はがばと顔を上げた。
そこにいたのは、肩を小刻みに震わせて俯いている黒髪男と、そいつを見下ろして額を押さえている大男。
「なんだ、大坪君と煩い後輩君か」
「いやーっほんと、…ふ、面白いネタ提供ごちそーさんでした…ふは」
「笑い堪えながらなんなんだお前、ほんっと失礼な後輩だな…!」
机に肘をついて、頭をかきながら二人を見上げる。
笑っている失礼な方が高尾で、そんな後輩に申し訳なさそうにするのが大坪。
きっと宮地に用があったんだろう、そう思い宮地の去った廊下に目をやると、その視線に気付いた大坪が息を吐いた。
「ああ、宮地に用があったんだが…、声をかけづらい気がしてな。終わりがどうこう、聞こえたが」
「…」
大坪に言われ、先程の会話を思い出す。
勝ったら終わりなのか、と確かそう言われた。
「なあ、友達同士の関係に、終わりってあんの?」
「…喧嘩、はあるだろうが、それで終わるような友情はないんじゃないか?少なくとも俺はそう思っている」
そう言いながら、大坪は咲哉の前、昼休みになって持ち主のいなくなった椅子に腰かける。
それを見ていた高尾は、咲哉の机に顎を乗せた。
高尾の目がじっと咲哉を見上げている。この瞳は、なんだか嫌いだ。
「ああ、でも、新たなスタートという意味での終わりなら有り得るだろうな」
「…え?」
「男女の友情になら終わりがあるだろうって話だ」
目を細めて、優しげな顔をする大坪は、同い年とは思えない程のお父さん感を漂わせている。
すっと内側に入ってくる低い声、説得力を感じる、迷いのない言葉。
咲哉は「そっか」と目を開いた。
やはり自分は宮地に勝たないと駄目だ。宮地に勝って、自信を持てば、終わりに出来るかもしれない。
ちゃんと、宮地の言葉を聞き出せるかもしれない。
「終わらせたいんだ、咲哉サン」
「…え?」
「勝って、終わらせてーなって顔、してたっしょ」
高尾が何もかも知ってるとでも言いたげな目で咲哉を見上げる。
腹立たしい、けれどその通りだ。
「だって…このままが駄目なら、終わらせるしかないじゃん」
きっと、ただの友達でいるのは辛い。
今のままでい続けたいのに、宮地が、それを拒むなら。
俺は、宮地に勝って、終わらせないと。
「宮地?」
そう言い聞かせていた咲哉は、大坪の声にはっと顔を上げた。
大坪は廊下の方へ顔を向けて、前に伸ばしかけた手を体の前で止めている。
「今、そこに宮地サンいましたね」
「ああ」
「う、うっそ!?聞かれた!?」
机にばんと掌を置いて、咲哉は慌てて立ち上がった。
その衝撃音に、高尾が片耳を押さえながら体を起き上らせる。
そんな高尾の迷惑そうな顔など、咲哉の視界には入っていない。
「あー…面白ぇ」
「こら、高尾」
それどころかぼそりと交わされた二人の声も聞こえず、咲哉は呆然と廊下の方を見つめた。
宮地が今、もし咲哉の言葉を聞いてしまったのだとしたら。
「…、俺、やばいこと言ってた、よな」
「んー?いやぁ、宮地サンに聞こえてたかどうかは…って、咲哉サン?」
咲哉はがたっと椅子が倒れそうな勢いで立ち上がった。
とにかく、何はともあれ弁解をしなければ。
高尾や大坪に声をかけることもせず、呆然と宮地がいたかもしれない廊下へと駆け出す。
教室を出て、とりあえず右!と靴をキュッと鳴らして方向変換。
教師の「走るなよー」だとか言う定型文など気にしない。
「っ、宮地!」
左右の賭けには勝っていたらしく、前方に見えた背中に呼びかける。
宮地はぴくりと肩を揺らし、怪訝そうな顔で咲哉を振り返った。
「宮地…お前、なんっつー顔してんだよ」
「あ?んだよ、元からだろ」
「まーたキレてる…お前最近イライラしすぎじゃね?でかいくせにカルシウム足りてねーんじゃん?」
いつもの調子で笑いながら、宮地の腕をぺたと叩く。
それでも宮地の纏う空気に変化はなく、咲哉は静かに手を自分の体に引き戻した。
「い、今の話、聞こえてた?」
「…聞こえてたら、どうなんだよ」
「え?ど、どうって…お前こそ…」
どう思ったのか、と問おうとした咲哉の口が、開いたまま固まる。
険しい顔だ。宮地の目には、咲哉が映っていない。さっきの顔とはまた違う。
「悪ィ、気分悪い。ついてくんな」
「は…!?」
宮地が再び背を向けて歩き出す。
低い声で突きつけられた言葉は、恐らく咲哉が一番聞きたくなかったものだった。
「……嘘だ」
廊下の真ん中に立ち尽くしたまま呆然とする。
チャイムが鳴り響き教師に教科書でぱこと頭を叩かれるまで、咲哉はそこに立ち続けていた。
(第七話・終)