宮地と小さなクラスメイト(黒バス)
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6.アンラッキーな日
朝の教室は割と落ち着きが無い。
昨日見たテレビ番組の話とか、貸し借りしている漫画の話とか、話題の尽きない友人同士が楽しそうに談笑している。
咲哉はというと、一人豪快な欠伸をかまして頬杖をついていた。
一番親しいと自負している宮地清志はまだ登校していない。
ぼんやりとしたまま時計を見て、宮地遅いなと溜息を吐く。いや別に、他にも友達いっぱいいるけどさ。
何故か自分に言い訳をして腕に顔を埋める。
その咲哉の耳に、騒々しく開くドアの音が飛び込んできた。
思わず顔を上げた咲哉は、あまりの驚きに目を見開いて立ち上がる。
「み、宮地…!?」
そこにいるだけで目立ってしまうサイズの男、それがいつもより目立っている。
足元は泥で汚れ、袖は少し破れ、疲れた様子で肩を上下に動かしている。
何事かと問う間もなく、宮地は肩からずり落ちていた鞄を床に叩きつけた。
・・・
昼休みのチャイムが鳴り響き、咲哉はぱっと後ろを振り返った。
そこにいるはずの大きい体は、机に突っ伏し小さくなっている。
「宮地、大丈夫か?」
「大丈夫じゃねぇよ…」
声は擦れ、普段通りのふわふわの髪の毛も心なしかげんなりと落ち込んでいるように見える。
そう、今日の宮地は何かと不幸続きなのだ。
家を出るなり雨が降り出し、折り畳み傘は壊れていて、車が跳ねさせた泥水を見事にかぶる。
ゴミに集るカラスは何故か宮地に襲いかかり、曲がり角でぶつかった男は厳つくて、濡れるし転ぶし。
「なんだっけ、おは朝?」
「そーだよ、緑間の野郎が最下位だから気を付けろとか余計な連絡しやがってよ」
「で、ラッキーアイテムの“ちいさいもの”を身に付けろって?」
「ちっせーものなんて消しゴムだとか何でもあるだろ、何で駄目なのかわかんねェよ」
今日何度目になるか分からない溜め息を盛大に吐き、宮地は机に置かれた消しゴムを指先で転がした。
「でも授業中とか普通だったよな?すげー難しい所で指名されるかなとか期待してたのに」
「期待すんな」
おは朝ってのは一日の運勢ってやつを紹介してくれる朝の番組らしい。
それがかなり当たるのだと緑間、もといバスケ部内ではそこそこ有名なのだとか。
咲哉は未だ信じられない気持ちで、宮地の髪をちょんちょんと弄った。
ラッキーアイテムの有無でその日の運が見事に変わるなんて本当に有り得るのだろうか。
「あんま気にしなくていんじゃねーの?」
「でも実際休み時間に便所に立っただけで人にぶつかったり壁に頭打ったり…あり得ねぇだろこんなこと」
「宮地が鈍臭いだけじゃん」
「オレより鈍臭ぇお前に言われたくねーよ」
突っ伏したまま、机の上で伸びた宮地の腕が咲哉の肩を殴る。
そんな乱暴さも、なんだか今日は可哀相に見えて、咲哉はその掌をぎゅっと握りしめた。
あ、案外すべすべしてる。でも骨張っていて、長い指が格好良い。
「……何してんだよ」
「え、あ、手、格好良いなって思って」
「は?手に格好良いも悪いもあっかよ」
「あるよ!だって俺の手なんて宮地と違って―…」
体の大きさの違いのせいか、掌のサイズも指の長さも何もかも。
そこまで考えて、咲哉は口ごもった。
どうも最近宮地に対する感情が自然と口をついて出て来てしまう。
気持ちがバレてしまわないように、気を付けなきゃいけないのに。
「ん?咲哉の手が何だって?」
「い、いや?別に?良く見たら俺と変わんねーなー」
目を宮地から逸らし、窓の外にある木の葉の数を意味もなく数えてみる。
いち、に、さん、あ、重なってて数えられない。
「…フーン?なら手、貸せよ」
そんな咲哉の様子など関係ない宮地は、とんと指で机を叩いた。
ちらと視線を戻すと、宮地が上目で咲哉を見ている。
「は…はぁ?や、やだよ。宮地に貸す手なんて持ち合わせてないし」
「いいから、掌、ほら」
ん、と小さく顎で掌を差し出すように宮地が促す。
咲哉の前には大きく開かれた宮地の手。
「咲哉」
「…何だよ、馬鹿にしてんな?こんにゃろ…」
ただ名前を呼ばれるだけでも、何だか不思議な気持ちになる。
もはやどんな態度でいることが正しいのかわからなくなって、咲哉は眉を寄せたまま大きく息を吸い込んだ。
「……、ん」
おずと手を宮地の机の上に乗せる。
その咲哉の手に、宮地が掌を近付けた。
そのままぴたと重なる。咲哉の指より数センチも飛び出した宮地の指。
「ちっせーな。やっぱ体のサイズに比例すんのか」
「ち…っせくはない!俺が普通なの!」
ぺちんと宮地の手を叩き、そのまま宮地の頬をつまむ。
途端に宮地は不服そうに唇を尖らせ、再び自分の腕に頭を乗せた。
「はー…お前をからかって遊んでる場合じゃねぇんだよ…」
「さらっと遊んでた宣言してんじゃねぇ…!ったくなぁんだよ、俺がせっかく慰めてやろうとしてんのに!」
咲哉は照れ隠しも兼ねて、少し乱暴に立ち上がった。
かたんっと椅子が傾く音で、宮地がぱっと顔を上げる。
「どこ行くんだ」と言いたげな視線に、咲哉はへらと笑いながら片手を上げた。
「便所だよ」
「聞いてねーよ」
どうでもいい軽いやり取りをしてから、ぱたぱたと教室を後にする。
多少心配ではあるが、いくらなんでも教室にいて何か起こることもあるまい。
緑間とかいう厄介な男を発見したら、びしっと説教してやろう。
変な事言うから宮地がおかしくなったじゃないかと。
「あっれ?しょーがくせいじゃん!」
用を済ませて教室に戻る最中、咲哉はどんっと後ろから飛びかかってきた衝撃につんのめった。
この呼び方とこの調子の良い声。その情報から真っ先に浮かんだ顔は、まさに咲哉の肩に乗っかっていた。
「後輩君…いい加減その呼び方やめろよもー」
「いやあ、可愛いんでつい」
反省する様子もなくニヤつく顔がなんとも腹立たしい。
咲哉はむっと眉を寄せてから、無視するかのようにスタスタと通り過ぎた。
が、そんなことおかまいなしに、この高尾という男は咲哉の後ろをついて来る。
「ちょっと、ついて来んなよ。てか!なんでこんなとこいるんだよ」
「いや、宮地先輩生きてっかなって」
「は?あー例の占いの話だろ?ったくお前等が変なこと教えたんだろ」
「マジでおは朝はやべぇんだって!前も真ちゃん死にかけてさー、宮地先輩も朝からやばかったらしいじゃん?」
真ちゃん=緑間=宮地の後輩。
これは既に咲哉のバスケ部員把握リストの中に入っている。
咲哉は何気なく「フーン」と返し、朝の宮地の様子を思い出した。
「別に、稀に見るツイてない日って感じだけどなー」
ツイてない日の中でも更にツイていない日みたいな。
咲哉は不本意ながら隣にいる高尾を引き連れたまま、教室を覗き込んだ。
「みーやじー、お前の後輩君が……」
その瞬間、とあるクラスメイトが机に足を引っかけ転んだのが見えた。
すッ転んだ生徒の手から放たれた弁当が宙を舞う。そしてそれは、見事に宮地の顔へ。
「み、宮地―!!」
「ぶっは!嘘っしょ宮地サン!」
「くそ…何なんだよ緑間殺す!」
怒りの矛先はもはや弁当の持ち主ではなく緑間だ。
咲哉は宮地に駆け寄るなり、見事にぶちまけられた弁当の中身を喰らった宮地に言葉を失っていた。
・・・
バスケットボールが行き交う体育館。
宮地は一切集中を切らすことなく、真剣に周囲を警戒していた。
この体育館に来るまでもなかなか酷い目にあった。
教師に呼び止められ雑用を任されたり、開いていた窓から入ってきた虫が顔にとまったり。
地味ではあるが、ここまで続くと小さなことにも敏感になる。
1年に1回起こる程度の小さな災難を全部受け止めている気分だ。
「真ちゃん、まじで宮地サンのラッキーアイテム小さいモノ、なん?」
「そう聞いたのだよ」
「聞いた?自分で見てたんじゃねーの?」
「耳で聞いていたのだよ」
高尾と緑間が人の不幸をネタにして笑っている。
宮地は眉間のシワを深くし、俯いて溜め息を吐いた。
だから“ちいさいもの”ってなんだよ。何基準で小さいんだ。
「小さいモノっていくらでもあんじゃん。他にヒントねーの?」
「だいたい当てはまって入れば良いはずなのだよ」
「ま、だよなあ。つぶらな瞳で黒子だもんな…ブッ」
的を射た高尾の質問に耳を傾けたが、やはり謎は解明されなかった。
当てはまってりゃいいってことは、消しゴムとか何なら消しカスとか、なんでもアリに感じられる。
「なー宮地サン!」
何気なく考えていると、高尾が持っていたボールを緑間に手渡しこちらに駆け寄って来た。
「今日一日でこう、何も起こらない瞬間とヤバい時で何が違ったか覚えてないんすか?」
「は?」
「小さいモノ!実は近くにあって大丈夫だった時があったかもしれないなーって」
ラッキーアイテム探しは今更な気がするが、高尾はまだ“ちいさいもの”の正体を探すつもりらしい。
それが実は先輩を心配してのこと、であると思うと可愛らしいものだが高尾の口元は笑っている。
宮地は高尾を睨みつけながら、それでも何気なく思い返した。
「…授業中は特に何も起こらなかったな…」
「じゃあやっぱ文具なんですかね?それともチョーク?先生が持ってるものとか…」
教室が安全なのかというと、それも違った。
昼休みは見事に弁当の中身を顔面にくらったし。
「そういやあん時アイツがいればオレは無事だったんだよな」
「へ?何の話っすか?」
「あの昼休みのことだよ。オレの正面の席咲哉だから、アイツが座ってればアイツの頭に…」
宮地はそこまで言ってから口を押えた。
高尾が不思議そうに宮地を見上げている。
「…ちいさいもの…」
「宮地サン?」
「ちょっと悪い、大坪に便所行くって伝えといてくれ」
「え、ちょ…」
宮地はばっと高尾に背を向け走り出した。
いや正直走るのは危険だ。危険と分かっていても、そうかもしれないと思ったら早く手に入れなければいけない気がした。
今日一日、近くにいたから気が付かなかったのだ。
近くにいなかったのは、朝と、昼休みと、そして放課後教室を出てから。
大股で廊下を走る。
階段を上がって、通路を曲がって、そこに。
「うわ!」
どんっと曲がったところで飛び出してきた体とぶつかった。
その小さな体を咄嗟に抱きかかえて数歩後ずさる。
廊下に積み重ねられていた段ボールが目の前で崩れるのを見ながら、宮地は早鐘を打つ胸を整える為に息を吸い込んだ。
「…咲哉」
「み、宮地、お前こんなとこで何してんだ…って危ねー!段ボール崩れてんし!」
咲哉が背後で散らかる段ボールを見て目を丸くする。
咲哉とぶつかっていなければ、間違いなく体でそれを受け止めていただろう。
宮地ははーっと大きく息を吐き、咲哉の肩をぎゅっと掴んだ。
「宮地?」
「ちっせぇ…」
「は!?おい、今何つった!?喧嘩うってんのか!」
小さい体、そういえば手も小さかった。
目は大きいけれど、後はどこもかしこも小さい。
「売ってねえよ」
「え?」
「すげー抱き締め甲斐あんなお前」
「な、」
胸よりも低い位置の頭。
上から見ると、髪の毛の癖や流れ方までしっかりと見える。
不思議な感覚に、宮地は見上げてくる咲哉の体を改めてぎゅうと抱き締めた。
ぶっと宮地の体に吸収された声が微かに聞こえる。
見られたくなかったのだ、不思議と赤くなった頬、緩んだ顔を。
(第六話・終)
追加日:2017/11/19
移動前:2016/07/10
朝の教室は割と落ち着きが無い。
昨日見たテレビ番組の話とか、貸し借りしている漫画の話とか、話題の尽きない友人同士が楽しそうに談笑している。
咲哉はというと、一人豪快な欠伸をかまして頬杖をついていた。
一番親しいと自負している宮地清志はまだ登校していない。
ぼんやりとしたまま時計を見て、宮地遅いなと溜息を吐く。いや別に、他にも友達いっぱいいるけどさ。
何故か自分に言い訳をして腕に顔を埋める。
その咲哉の耳に、騒々しく開くドアの音が飛び込んできた。
思わず顔を上げた咲哉は、あまりの驚きに目を見開いて立ち上がる。
「み、宮地…!?」
そこにいるだけで目立ってしまうサイズの男、それがいつもより目立っている。
足元は泥で汚れ、袖は少し破れ、疲れた様子で肩を上下に動かしている。
何事かと問う間もなく、宮地は肩からずり落ちていた鞄を床に叩きつけた。
・・・
昼休みのチャイムが鳴り響き、咲哉はぱっと後ろを振り返った。
そこにいるはずの大きい体は、机に突っ伏し小さくなっている。
「宮地、大丈夫か?」
「大丈夫じゃねぇよ…」
声は擦れ、普段通りのふわふわの髪の毛も心なしかげんなりと落ち込んでいるように見える。
そう、今日の宮地は何かと不幸続きなのだ。
家を出るなり雨が降り出し、折り畳み傘は壊れていて、車が跳ねさせた泥水を見事にかぶる。
ゴミに集るカラスは何故か宮地に襲いかかり、曲がり角でぶつかった男は厳つくて、濡れるし転ぶし。
「なんだっけ、おは朝?」
「そーだよ、緑間の野郎が最下位だから気を付けろとか余計な連絡しやがってよ」
「で、ラッキーアイテムの“ちいさいもの”を身に付けろって?」
「ちっせーものなんて消しゴムだとか何でもあるだろ、何で駄目なのかわかんねェよ」
今日何度目になるか分からない溜め息を盛大に吐き、宮地は机に置かれた消しゴムを指先で転がした。
「でも授業中とか普通だったよな?すげー難しい所で指名されるかなとか期待してたのに」
「期待すんな」
おは朝ってのは一日の運勢ってやつを紹介してくれる朝の番組らしい。
それがかなり当たるのだと緑間、もといバスケ部内ではそこそこ有名なのだとか。
咲哉は未だ信じられない気持ちで、宮地の髪をちょんちょんと弄った。
ラッキーアイテムの有無でその日の運が見事に変わるなんて本当に有り得るのだろうか。
「あんま気にしなくていんじゃねーの?」
「でも実際休み時間に便所に立っただけで人にぶつかったり壁に頭打ったり…あり得ねぇだろこんなこと」
「宮地が鈍臭いだけじゃん」
「オレより鈍臭ぇお前に言われたくねーよ」
突っ伏したまま、机の上で伸びた宮地の腕が咲哉の肩を殴る。
そんな乱暴さも、なんだか今日は可哀相に見えて、咲哉はその掌をぎゅっと握りしめた。
あ、案外すべすべしてる。でも骨張っていて、長い指が格好良い。
「……何してんだよ」
「え、あ、手、格好良いなって思って」
「は?手に格好良いも悪いもあっかよ」
「あるよ!だって俺の手なんて宮地と違って―…」
体の大きさの違いのせいか、掌のサイズも指の長さも何もかも。
そこまで考えて、咲哉は口ごもった。
どうも最近宮地に対する感情が自然と口をついて出て来てしまう。
気持ちがバレてしまわないように、気を付けなきゃいけないのに。
「ん?咲哉の手が何だって?」
「い、いや?別に?良く見たら俺と変わんねーなー」
目を宮地から逸らし、窓の外にある木の葉の数を意味もなく数えてみる。
いち、に、さん、あ、重なってて数えられない。
「…フーン?なら手、貸せよ」
そんな咲哉の様子など関係ない宮地は、とんと指で机を叩いた。
ちらと視線を戻すと、宮地が上目で咲哉を見ている。
「は…はぁ?や、やだよ。宮地に貸す手なんて持ち合わせてないし」
「いいから、掌、ほら」
ん、と小さく顎で掌を差し出すように宮地が促す。
咲哉の前には大きく開かれた宮地の手。
「咲哉」
「…何だよ、馬鹿にしてんな?こんにゃろ…」
ただ名前を呼ばれるだけでも、何だか不思議な気持ちになる。
もはやどんな態度でいることが正しいのかわからなくなって、咲哉は眉を寄せたまま大きく息を吸い込んだ。
「……、ん」
おずと手を宮地の机の上に乗せる。
その咲哉の手に、宮地が掌を近付けた。
そのままぴたと重なる。咲哉の指より数センチも飛び出した宮地の指。
「ちっせーな。やっぱ体のサイズに比例すんのか」
「ち…っせくはない!俺が普通なの!」
ぺちんと宮地の手を叩き、そのまま宮地の頬をつまむ。
途端に宮地は不服そうに唇を尖らせ、再び自分の腕に頭を乗せた。
「はー…お前をからかって遊んでる場合じゃねぇんだよ…」
「さらっと遊んでた宣言してんじゃねぇ…!ったくなぁんだよ、俺がせっかく慰めてやろうとしてんのに!」
咲哉は照れ隠しも兼ねて、少し乱暴に立ち上がった。
かたんっと椅子が傾く音で、宮地がぱっと顔を上げる。
「どこ行くんだ」と言いたげな視線に、咲哉はへらと笑いながら片手を上げた。
「便所だよ」
「聞いてねーよ」
どうでもいい軽いやり取りをしてから、ぱたぱたと教室を後にする。
多少心配ではあるが、いくらなんでも教室にいて何か起こることもあるまい。
緑間とかいう厄介な男を発見したら、びしっと説教してやろう。
変な事言うから宮地がおかしくなったじゃないかと。
「あっれ?しょーがくせいじゃん!」
用を済ませて教室に戻る最中、咲哉はどんっと後ろから飛びかかってきた衝撃につんのめった。
この呼び方とこの調子の良い声。その情報から真っ先に浮かんだ顔は、まさに咲哉の肩に乗っかっていた。
「後輩君…いい加減その呼び方やめろよもー」
「いやあ、可愛いんでつい」
反省する様子もなくニヤつく顔がなんとも腹立たしい。
咲哉はむっと眉を寄せてから、無視するかのようにスタスタと通り過ぎた。
が、そんなことおかまいなしに、この高尾という男は咲哉の後ろをついて来る。
「ちょっと、ついて来んなよ。てか!なんでこんなとこいるんだよ」
「いや、宮地先輩生きてっかなって」
「は?あー例の占いの話だろ?ったくお前等が変なこと教えたんだろ」
「マジでおは朝はやべぇんだって!前も真ちゃん死にかけてさー、宮地先輩も朝からやばかったらしいじゃん?」
真ちゃん=緑間=宮地の後輩。
これは既に咲哉のバスケ部員把握リストの中に入っている。
咲哉は何気なく「フーン」と返し、朝の宮地の様子を思い出した。
「別に、稀に見るツイてない日って感じだけどなー」
ツイてない日の中でも更にツイていない日みたいな。
咲哉は不本意ながら隣にいる高尾を引き連れたまま、教室を覗き込んだ。
「みーやじー、お前の後輩君が……」
その瞬間、とあるクラスメイトが机に足を引っかけ転んだのが見えた。
すッ転んだ生徒の手から放たれた弁当が宙を舞う。そしてそれは、見事に宮地の顔へ。
「み、宮地―!!」
「ぶっは!嘘っしょ宮地サン!」
「くそ…何なんだよ緑間殺す!」
怒りの矛先はもはや弁当の持ち主ではなく緑間だ。
咲哉は宮地に駆け寄るなり、見事にぶちまけられた弁当の中身を喰らった宮地に言葉を失っていた。
・・・
バスケットボールが行き交う体育館。
宮地は一切集中を切らすことなく、真剣に周囲を警戒していた。
この体育館に来るまでもなかなか酷い目にあった。
教師に呼び止められ雑用を任されたり、開いていた窓から入ってきた虫が顔にとまったり。
地味ではあるが、ここまで続くと小さなことにも敏感になる。
1年に1回起こる程度の小さな災難を全部受け止めている気分だ。
「真ちゃん、まじで宮地サンのラッキーアイテム小さいモノ、なん?」
「そう聞いたのだよ」
「聞いた?自分で見てたんじゃねーの?」
「耳で聞いていたのだよ」
高尾と緑間が人の不幸をネタにして笑っている。
宮地は眉間のシワを深くし、俯いて溜め息を吐いた。
だから“ちいさいもの”ってなんだよ。何基準で小さいんだ。
「小さいモノっていくらでもあんじゃん。他にヒントねーの?」
「だいたい当てはまって入れば良いはずなのだよ」
「ま、だよなあ。つぶらな瞳で黒子だもんな…ブッ」
的を射た高尾の質問に耳を傾けたが、やはり謎は解明されなかった。
当てはまってりゃいいってことは、消しゴムとか何なら消しカスとか、なんでもアリに感じられる。
「なー宮地サン!」
何気なく考えていると、高尾が持っていたボールを緑間に手渡しこちらに駆け寄って来た。
「今日一日でこう、何も起こらない瞬間とヤバい時で何が違ったか覚えてないんすか?」
「は?」
「小さいモノ!実は近くにあって大丈夫だった時があったかもしれないなーって」
ラッキーアイテム探しは今更な気がするが、高尾はまだ“ちいさいもの”の正体を探すつもりらしい。
それが実は先輩を心配してのこと、であると思うと可愛らしいものだが高尾の口元は笑っている。
宮地は高尾を睨みつけながら、それでも何気なく思い返した。
「…授業中は特に何も起こらなかったな…」
「じゃあやっぱ文具なんですかね?それともチョーク?先生が持ってるものとか…」
教室が安全なのかというと、それも違った。
昼休みは見事に弁当の中身を顔面にくらったし。
「そういやあん時アイツがいればオレは無事だったんだよな」
「へ?何の話っすか?」
「あの昼休みのことだよ。オレの正面の席咲哉だから、アイツが座ってればアイツの頭に…」
宮地はそこまで言ってから口を押えた。
高尾が不思議そうに宮地を見上げている。
「…ちいさいもの…」
「宮地サン?」
「ちょっと悪い、大坪に便所行くって伝えといてくれ」
「え、ちょ…」
宮地はばっと高尾に背を向け走り出した。
いや正直走るのは危険だ。危険と分かっていても、そうかもしれないと思ったら早く手に入れなければいけない気がした。
今日一日、近くにいたから気が付かなかったのだ。
近くにいなかったのは、朝と、昼休みと、そして放課後教室を出てから。
大股で廊下を走る。
階段を上がって、通路を曲がって、そこに。
「うわ!」
どんっと曲がったところで飛び出してきた体とぶつかった。
その小さな体を咄嗟に抱きかかえて数歩後ずさる。
廊下に積み重ねられていた段ボールが目の前で崩れるのを見ながら、宮地は早鐘を打つ胸を整える為に息を吸い込んだ。
「…咲哉」
「み、宮地、お前こんなとこで何してんだ…って危ねー!段ボール崩れてんし!」
咲哉が背後で散らかる段ボールを見て目を丸くする。
咲哉とぶつかっていなければ、間違いなく体でそれを受け止めていただろう。
宮地ははーっと大きく息を吐き、咲哉の肩をぎゅっと掴んだ。
「宮地?」
「ちっせぇ…」
「は!?おい、今何つった!?喧嘩うってんのか!」
小さい体、そういえば手も小さかった。
目は大きいけれど、後はどこもかしこも小さい。
「売ってねえよ」
「え?」
「すげー抱き締め甲斐あんなお前」
「な、」
胸よりも低い位置の頭。
上から見ると、髪の毛の癖や流れ方までしっかりと見える。
不思議な感覚に、宮地は見上げてくる咲哉の体を改めてぎゅうと抱き締めた。
ぶっと宮地の体に吸収された声が微かに聞こえる。
見られたくなかったのだ、不思議と赤くなった頬、緩んだ顔を。
(第六話・終)
追加日:2017/11/19
移動前:2016/07/10