宮地と小さなクラスメイト(黒バス)
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5.変化
いつもより華やかに飾られた教室。
文化祭を目前にした学校は、いつもより浮かれていた。
まだ完成していない装飾品が散らばる廊下。壁に貼られた出し物を紹介するポスター。
がらっとドアを開いて足を踏み込んだそこには、ここまでの道程より浮かれた男が立っていた。
「あ、宮地!おっせーぞお前!」
待ち構えていたように腰に手を当てて、どんっと仁王立ちしているのは咲哉だ。
宮地は暫く茫然としたまま、自分を見上げる男を凝視した。
「…なんつー恰好してんだお前」
足の先から頭まで。ゆっくりと視線で辿り、尚も理解しがたい状況に宮地の顔がひきつる。
咲哉の膝の上で揺れるひらひらの布。頭に乗せられたひらひらのカチューシャ。
「メイド服だよ!!」
堂々と言ってのける友人は、頬を膨らませたまま、ずいと宮地に近付いた。
大股で歩くものだから、本来隠れてしかるべき腿がチラと見える。
白くて細くて、でもそこそこ肉付きの良い足。不覚にも宮地はごくりと生唾を呑んだ。
「テメェが来ない間にも!俺は学祭の為にこーんなに体張ってんだぞ!」
「は…」
「なんでか俺だけ!」
宮地は朝から元気な声に片耳を塞ぎ、改めて咲哉の姿を凝視した。
残念ながら良く似合っている。それこそ「咲哉だけ」がこんな目に合うのも仕方なしと思ってしまうほどに。
「なんだよじろじろ見やがって」
「良くわかんねぇけど、似合ってんぞ」
「っ…、んなこと分かってんだよ、だから余計に気に食わないんだろうが…!!」
ぽんと肩に手を置き実感するのは、咲哉のその体の細さ。
足もそうだが肩幅もなく、後ろ姿や遠目に見れば女子そのものだろう。
そう思うのは宮地だけでないようで、傍から見ているクラスメイト達もうんうんと満足げに唸っている。
「はは、良かったな目立ってんぞ」
「こんな目立ち方したくねーよ!」
模擬店だとか、女子がメイド服を着るだとか、昨日までは全く興味もなかった学園祭。
宮地は咲哉の肩をぽんぽんと数回叩き、ついにブッと噴出した。
「ふ…や、まじでハマってんなそのかっこ…」
「てめ…っガチで笑ってんじゃねーぞ…!ちょっと、コイツに着せる服ねーの!?」
咲哉の叫びに、いやあるわけないでしょと女子達が一斉に首を横に振る。
男子用のメイド服なんて元々ない。咲哉が着ているのは女子の為に用意されたものだ。
それが余計に悔しいのか、膨れた頬はみるみると赤く色づいていく。
「おい宮地、まだ笑ってんだろ、こっち向けよ!」
「…っ、お前似合いすぎなんだよふざけんな」
「ふっざけてねーし!」
咲哉はふてくされた顔でどかっと椅子に腰掛けた。
左右に大きく足を開き頬杖をつく、彼のよくある怠けスタイルだ。
「お前、もうちょっと気を遣えよ」
「んあ?」
「足。んでそんな堂々としてんだ、みっととねーだろ」
膝に布がかかるのが煩わしく、咲哉はスカートの裾をわざと足の上に捲り上げている。
先程も確認した通り、椅子と体重にはさまれ弛んだ肉は健康的だ。
宮地は椅子に横向きで腰かけた咲哉の正面に立ち、ぼうっとその男子らしからぬ姿を見下ろした。
「…」
「何じっと見てんだよ…スケベか?」
咲哉が心なしか嬉しそうに口元をニヤつかせ、宮地の足をつんつんと人差し指でつつく。
宮地はそんな調子に乗った様子を無視して、咲哉のそのスカートをちょいと指さした。
「…中、どうなってんだよ」
「何?なか?」
「そん中だよ」
宮地の問いに、咲哉は一度自身の恰好を見下ろした。
それから宮地ににーんまりと緩んだ顔を見せつける。
その咲哉の小さな手は、スカートの裾を持ち上げた。
「見たい?」
「…まあ、気になっけど」
まさか中まで本気の衣装チェンジではあるまいし。
とは思いながらも宮地はそのひらひらから覗く足から目を逸らせない。
だってこちとら健全な男子だ。
女子の中身気にしたらやばいけど、男ならセーフ。あと可愛いんだからセーフだ。
「ちらっ…」
「いや、別にそんなんされても興奮しねーから」
「一応演出した方がいいかと思ってやったんだろ、仕方ねぇなー青少年宮地君は」
こっちだって恥を偲んでだな!と今更恥じらうように頬を赤らめて、咲哉はスカートをぎゅっと掴んだ。
そのままバッと豪快に捲り上げる。
スカートの下にあったのは、無理やり折り曲げて裾を上げたハーフパンツ。
「残念でした!フツーだよ!」
何が残念で普通なのかは分からないが、宮地の視線の位置は変わらなかった。
膝上かなり高いところまで露わになっている様は、体育のための着替えなんかで見る機会のあるものだ。
それが、スカートを捲くってみせるという行為が間に挟まることで、異様な雰囲気を纏う。
「…あれ?宮地?」
その視線に気付いた咲哉がきょとんと目を丸くする。
そのまま暫く見つめ合い、咲哉はそそくさとスカートを元に戻した。
「な、なんでそんな見るんだよ…変なら変とか、可愛いなら可愛いとかさー」
「普通に可愛いから見てんだろ」
「っ…うへ、宮地気持ち悪ぃ!」
「うへーとか言ってるお前のほうがきめぇよ」
ぱこっと軽く頭をはたくと、頭に乗せられていたカチューシャがぽろりと落ちる。
足に落ちたそれを拾い上げた咲哉は、おもむろに宮地の方へそれを差し出した。
「宮地君、似合いそうですね!」
「お前が爆笑する未来しか見えねぇのに付けっかよ」
「けち。まあ…宮地は普通に王子とかが似合いそうだよなぁ」
カチューシャを差し出したまま、咲哉は少し目線を宮地から逸らした。
どこか遠くを見て、頭に浮かべるのは宮地の王子姿。
メイドなら対は執事かな、なんて呟いた後、咲哉はハッと息を吸い込んだ。
「…なんて、冗談だよ!」
こういう咲哉の些細な抵抗こそが偽りだということは分かっている。
宮地はそんな素直じゃないクラスメイトのカチューシャを奪い取ると、机の上にぽいと投げた。
「分かったから、さっさと着替えろよ」
「あ、もうこんな時間か。やべやべ」
教師に見つかれば面倒の騒ぎじゃない。
咲哉はばっと立ち上がると、その場でメイド服を脱ぎ始めた。
その下は、ただの体操着だった。
・・・
「似合うと思ってたけどまじ似合ってたな」
その日の昼休みを迎えても、話題の中心は咲哉に向いていた。
咲哉を話題にするクラスメイトの手には携帯。そこには朝行われた撮影会の名残があるのだろう。
「正直あれならいけると思った」
「はは、童貞こじらせすぎだろ」
あまりに低俗な会話に寒気がする。
宮地がその会話の方へと睨みをきかせると、その視線に気付いたクラスメイトはケラケラと笑い出した。
「こえーよ宮地!つか冗談だって!」
「は?」
「いくら可愛いっつっても見た目だけだし!男同士なのに咲哉をどうこうとか考えるわけないから安心しろって!」
な、と二人が顔を見合わせて笑う。
そんな二人の反応に、宮地は暫く呆然としていた。
「安心しろ」の意味が分からない。それに、「どうこう考えるわけない」という断言も気に入らない。
「そんなこと、ねーだろ」
「ん?どうした宮地?」
「…いや、何でもねぇ」
男同士だから、咲哉だから。どちらも納得いかない。
そもそも咲哉が可愛いのは服のせいなんかじゃなくて、元々…。
宮地は自身の考えにぶんっと一度顔を横に振った。なんだか今、妙なことを考えていた気がする。
「…そういや、その咲哉は?」
ふと、男子生徒が呟いた。
この異様な会話の最中、一番騒ぐだろう当人の不在に気付く。
「あ、さっき隣のクラスの女子に連れてかれてたぜ」
「…は!?」
さらりと出てきた返答に、宮地はばっと顔を上げた。
これがもし悪い意味でなければ、告白だとか、咲哉が待ちに待った展開なのではなかろうかと。
「いやいや落ち着きなよ宮地君。アイツの場合は、いつものあのパターンだって」
「な、何だよパターンって」
「宮地君の連絡先教えて下さいとか」
「宮地君と仲良くなるきっかけ作って下さいとか」
なーっと息ぴったりに言う二人に、宮地は一度じとっと視線を向けた。
それからゆっくりと、その意味を理解する。
「は…?あいつ、んな面倒なことに巻き込まれてんのかよ」
「咲哉と宮地が仲良いって噂になった直後は多かったよな」
宮地本人に声をかける自信がないからと、話しかけやすい咲哉を間に挟もうとする。
奥手、いや策士な女子が考えそうなことだ。
「んなの、知らねぇんだけど」
「そりゃ言わないだろ!宮地にそれ言うって負け認めてるようなもんだし」
「咲哉、そういう男前度?みたいの気にするもんな」
対抗心から来る妨害のつもりだったのか。
それとも、もしかしたらその手のことが嫌いな宮地に気を遣って、遮断していたのかもしれない。
宮地は都合の良いことを考え、緩んだ口元を手でぱっと覆った。
なんだか今日は変だ。くしゃと髪を乱暴に掴み、冷静になりたくて息を大きく吐き出す。
その宮地の後ろで、教室のドアが開け放たれた。
「あーいた!宮地サン!」
喧しい声に振り返ると、バスケ部の後輩である高尾が立っている。
息を切らして、目をキラキラと輝かせて、震える肩は…どうやら笑いを堪えている。
「やっべぇって宮地サン!!」
「だよ、うるせぇ」
「今屋上で!小学生が告られてた!!」
だだっと宮地の座る机まで近付いてきた高尾は、興奮した様子で、けれど極力抑えた声で言った。
そしてそれを聞いた宮地は、口を開いたまま言葉を失っていた。
・・・
屋上の柵に手をかけて校庭を見下ろす。
吹き抜けていく風が気持ち良い。ちょっと寒いけど、今はこれぐらいが丁度良い。
らしくもなく、物思いにふけ風を浴びる咲哉の胸には虚しさだけが残っていた。
人生初の女子からの告白だった。
応えられないというのに、告げられた瞬間胸に満ちたのは歓びだ。
しかし、「もし好きな人がいるなら諦めます」という、名も知らぬ女子生徒からの典型染みた告白の言葉に、咲哉は何も言い返せなかった。
宮地を好きであることを、躊躇ったのだ。
「…ばか、当たり前だろ。男、なんだから…」
独り言を零して嘲笑する。そうでもしなきゃ落ち込んでしまいそうだった。
自分が女の子だったなら、とか。さっきの子と付き合ったら、気持ちを変えられたんじゃないか、とか。
考えるのは、自分の気持ちを否定するものばかり。
「はー…、だめだめ、シャキッとしろ俺…っ」
ぱちぱちと軽く自分の頬を叩き、そのままぎゅーっと掌で頬を挟む。
教室に戻ったら、宮地に胸を張って言わなければ。「俺も、告白されたぞ。どうだ」って。
そんなしょうもないシミュレーションをして振り返る。
その咲哉の目の前で、ドアがばんっと勢い良く開かれていた。
「咲哉!」
「おわあ!?」
咄嗟に声を上げて背中を柵にぶつける。
屋上に息を切らして駆け込んできたのは、がたいのでっかいイケメン。
「…、女はいねぇな」
「み、みみみ、宮地、ど、どうしたんだよ…!?」
周辺を見回したイケメンこと宮地が、ふーっと息を吐き出してから歩み寄って来る。
咲哉は、また一歩下がりたくなり、柵を後ろ手で掴んだ。
「は、なんだ、すげー浮かれた顔してっと思ってたけど、んなことはねぇんだな」
「え、あー、何、知ってんの?」
「お前、本当に告られてたのかよ」
「…ん」
小さくこくりと頷き、上目で宮地を見る。
その間にも容赦なく距離を縮めてくる宮地は、暑さ故か首元をぐいと指で引っ張った。
「うぐ…お前、なんでそんな格好良いんだよ…」
「あ?何」
咲哉の小さな独り言に、宮地が首を傾げる。
そういう仕草一つ一つに高鳴る胸を押さえ、咲哉は耐え切れず宮地から目を逸らした。
やっぱり、さっきの子を好きになる努力をすべきだったかもしれない。それぐらい、宮地が好きすぎる。
「あ、はは、知らない子だったから断っちゃったんだよなー。でも、付き合ってみんのも良かったかもな!」
「…は?」
「ほら、付き合ってから好きなるみたいなのも割と聞くし?」
宮地から目を逸らした咲哉の口は、勝手に強がった言葉を吐き出していた。
全部、自分に言い聞かせた言葉だ。
同じ男である宮地を意識している自分に。もっと宮地を好きになっていく自分に。
「まーでも俺って実はモテちゃう的な?割といくらでもチャンスあったりしてー…」
「はあ…」
そんな咲哉の情けない言葉を遮るように、宮地が大きく溜め息を吐き出した。
宮地に呆れられた。この期に及んでそれがショックで、俯いた咲哉の視界に宮地の足が映る。
近い。嫌だ、見ないでくれ。
赤くなる顔を背けた咲哉の目の前に、とんっと宮地の手が置かれていた。
「っざけんなよ、そんなに彼女が欲しいのかよ…っ」
「え…」
「オレがいんのに、不満かよ」
宮地は発する言葉の意味が理解出来ず、思わず顔を上げる。
そうして気付くのは鼻先が触れそうなほど近い顔と顔。
「…あれ、オレ、今何言って…」
しかし、困惑するのは咲哉だけではなかったらしい。
宮地自身も目を大きく開き、眉を寄せて息を震わせている。
「…み、宮地…?」
「あ…いや、…」
こんな宮地の顔は初めて見る。こんな風に口ごもる姿も初めてだ。
今冷静でないから、調子良く考えてしまっているのかもしれない。
この状況を整理できないまま、咲哉は慌てて宮地の腕を掴んでいた
「み、宮地…、俺に、彼女出来たら、困る…?」
「は!?んなわけ…」
「だ、だよなあ、あはは」
乾いた笑いで誤魔化しても、その場の空気は変わらなかった。
困惑して自身の口元を覆う宮地。
彼を見上げる咲哉の心拍数は跳ね上がったまま。
「…俺、宮地がいてくれるなら…彼女なんていらない、けど」
「そ、かよ」
「うん、付き合わないよ、誰とも…」
恐る恐る、宮地の様子をうかがいながら言葉を紡ぐ。
宮地は暫く目を開いたまま固まって、それから安心したように微笑んだ。
「ならいいんだよ。ったく、オレだってお前の為に彼女作ってねぇんだから」
「はあ?何強がってんだよ!宮地はただのバスケ馬鹿だろ!」
「…そりゃ、違いねーけど」
何か、変わり始めている。
咲哉はこの予感が勘違いでないことを祈りながら、宮地の腰に腕を回した。
はーっと頭の上で吐かれた息は、呆れか安堵か。
咲哉の頭にぽんと乗せられた手は、暖かかった。
(第五話・終)
追加日:2017/11/12
移動前:2016/06/11
いつもより華やかに飾られた教室。
文化祭を目前にした学校は、いつもより浮かれていた。
まだ完成していない装飾品が散らばる廊下。壁に貼られた出し物を紹介するポスター。
がらっとドアを開いて足を踏み込んだそこには、ここまでの道程より浮かれた男が立っていた。
「あ、宮地!おっせーぞお前!」
待ち構えていたように腰に手を当てて、どんっと仁王立ちしているのは咲哉だ。
宮地は暫く茫然としたまま、自分を見上げる男を凝視した。
「…なんつー恰好してんだお前」
足の先から頭まで。ゆっくりと視線で辿り、尚も理解しがたい状況に宮地の顔がひきつる。
咲哉の膝の上で揺れるひらひらの布。頭に乗せられたひらひらのカチューシャ。
「メイド服だよ!!」
堂々と言ってのける友人は、頬を膨らませたまま、ずいと宮地に近付いた。
大股で歩くものだから、本来隠れてしかるべき腿がチラと見える。
白くて細くて、でもそこそこ肉付きの良い足。不覚にも宮地はごくりと生唾を呑んだ。
「テメェが来ない間にも!俺は学祭の為にこーんなに体張ってんだぞ!」
「は…」
「なんでか俺だけ!」
宮地は朝から元気な声に片耳を塞ぎ、改めて咲哉の姿を凝視した。
残念ながら良く似合っている。それこそ「咲哉だけ」がこんな目に合うのも仕方なしと思ってしまうほどに。
「なんだよじろじろ見やがって」
「良くわかんねぇけど、似合ってんぞ」
「っ…、んなこと分かってんだよ、だから余計に気に食わないんだろうが…!!」
ぽんと肩に手を置き実感するのは、咲哉のその体の細さ。
足もそうだが肩幅もなく、後ろ姿や遠目に見れば女子そのものだろう。
そう思うのは宮地だけでないようで、傍から見ているクラスメイト達もうんうんと満足げに唸っている。
「はは、良かったな目立ってんぞ」
「こんな目立ち方したくねーよ!」
模擬店だとか、女子がメイド服を着るだとか、昨日までは全く興味もなかった学園祭。
宮地は咲哉の肩をぽんぽんと数回叩き、ついにブッと噴出した。
「ふ…や、まじでハマってんなそのかっこ…」
「てめ…っガチで笑ってんじゃねーぞ…!ちょっと、コイツに着せる服ねーの!?」
咲哉の叫びに、いやあるわけないでしょと女子達が一斉に首を横に振る。
男子用のメイド服なんて元々ない。咲哉が着ているのは女子の為に用意されたものだ。
それが余計に悔しいのか、膨れた頬はみるみると赤く色づいていく。
「おい宮地、まだ笑ってんだろ、こっち向けよ!」
「…っ、お前似合いすぎなんだよふざけんな」
「ふっざけてねーし!」
咲哉はふてくされた顔でどかっと椅子に腰掛けた。
左右に大きく足を開き頬杖をつく、彼のよくある怠けスタイルだ。
「お前、もうちょっと気を遣えよ」
「んあ?」
「足。んでそんな堂々としてんだ、みっととねーだろ」
膝に布がかかるのが煩わしく、咲哉はスカートの裾をわざと足の上に捲り上げている。
先程も確認した通り、椅子と体重にはさまれ弛んだ肉は健康的だ。
宮地は椅子に横向きで腰かけた咲哉の正面に立ち、ぼうっとその男子らしからぬ姿を見下ろした。
「…」
「何じっと見てんだよ…スケベか?」
咲哉が心なしか嬉しそうに口元をニヤつかせ、宮地の足をつんつんと人差し指でつつく。
宮地はそんな調子に乗った様子を無視して、咲哉のそのスカートをちょいと指さした。
「…中、どうなってんだよ」
「何?なか?」
「そん中だよ」
宮地の問いに、咲哉は一度自身の恰好を見下ろした。
それから宮地ににーんまりと緩んだ顔を見せつける。
その咲哉の小さな手は、スカートの裾を持ち上げた。
「見たい?」
「…まあ、気になっけど」
まさか中まで本気の衣装チェンジではあるまいし。
とは思いながらも宮地はそのひらひらから覗く足から目を逸らせない。
だってこちとら健全な男子だ。
女子の中身気にしたらやばいけど、男ならセーフ。あと可愛いんだからセーフだ。
「ちらっ…」
「いや、別にそんなんされても興奮しねーから」
「一応演出した方がいいかと思ってやったんだろ、仕方ねぇなー青少年宮地君は」
こっちだって恥を偲んでだな!と今更恥じらうように頬を赤らめて、咲哉はスカートをぎゅっと掴んだ。
そのままバッと豪快に捲り上げる。
スカートの下にあったのは、無理やり折り曲げて裾を上げたハーフパンツ。
「残念でした!フツーだよ!」
何が残念で普通なのかは分からないが、宮地の視線の位置は変わらなかった。
膝上かなり高いところまで露わになっている様は、体育のための着替えなんかで見る機会のあるものだ。
それが、スカートを捲くってみせるという行為が間に挟まることで、異様な雰囲気を纏う。
「…あれ?宮地?」
その視線に気付いた咲哉がきょとんと目を丸くする。
そのまま暫く見つめ合い、咲哉はそそくさとスカートを元に戻した。
「な、なんでそんな見るんだよ…変なら変とか、可愛いなら可愛いとかさー」
「普通に可愛いから見てんだろ」
「っ…うへ、宮地気持ち悪ぃ!」
「うへーとか言ってるお前のほうがきめぇよ」
ぱこっと軽く頭をはたくと、頭に乗せられていたカチューシャがぽろりと落ちる。
足に落ちたそれを拾い上げた咲哉は、おもむろに宮地の方へそれを差し出した。
「宮地君、似合いそうですね!」
「お前が爆笑する未来しか見えねぇのに付けっかよ」
「けち。まあ…宮地は普通に王子とかが似合いそうだよなぁ」
カチューシャを差し出したまま、咲哉は少し目線を宮地から逸らした。
どこか遠くを見て、頭に浮かべるのは宮地の王子姿。
メイドなら対は執事かな、なんて呟いた後、咲哉はハッと息を吸い込んだ。
「…なんて、冗談だよ!」
こういう咲哉の些細な抵抗こそが偽りだということは分かっている。
宮地はそんな素直じゃないクラスメイトのカチューシャを奪い取ると、机の上にぽいと投げた。
「分かったから、さっさと着替えろよ」
「あ、もうこんな時間か。やべやべ」
教師に見つかれば面倒の騒ぎじゃない。
咲哉はばっと立ち上がると、その場でメイド服を脱ぎ始めた。
その下は、ただの体操着だった。
・・・
「似合うと思ってたけどまじ似合ってたな」
その日の昼休みを迎えても、話題の中心は咲哉に向いていた。
咲哉を話題にするクラスメイトの手には携帯。そこには朝行われた撮影会の名残があるのだろう。
「正直あれならいけると思った」
「はは、童貞こじらせすぎだろ」
あまりに低俗な会話に寒気がする。
宮地がその会話の方へと睨みをきかせると、その視線に気付いたクラスメイトはケラケラと笑い出した。
「こえーよ宮地!つか冗談だって!」
「は?」
「いくら可愛いっつっても見た目だけだし!男同士なのに咲哉をどうこうとか考えるわけないから安心しろって!」
な、と二人が顔を見合わせて笑う。
そんな二人の反応に、宮地は暫く呆然としていた。
「安心しろ」の意味が分からない。それに、「どうこう考えるわけない」という断言も気に入らない。
「そんなこと、ねーだろ」
「ん?どうした宮地?」
「…いや、何でもねぇ」
男同士だから、咲哉だから。どちらも納得いかない。
そもそも咲哉が可愛いのは服のせいなんかじゃなくて、元々…。
宮地は自身の考えにぶんっと一度顔を横に振った。なんだか今、妙なことを考えていた気がする。
「…そういや、その咲哉は?」
ふと、男子生徒が呟いた。
この異様な会話の最中、一番騒ぐだろう当人の不在に気付く。
「あ、さっき隣のクラスの女子に連れてかれてたぜ」
「…は!?」
さらりと出てきた返答に、宮地はばっと顔を上げた。
これがもし悪い意味でなければ、告白だとか、咲哉が待ちに待った展開なのではなかろうかと。
「いやいや落ち着きなよ宮地君。アイツの場合は、いつものあのパターンだって」
「な、何だよパターンって」
「宮地君の連絡先教えて下さいとか」
「宮地君と仲良くなるきっかけ作って下さいとか」
なーっと息ぴったりに言う二人に、宮地は一度じとっと視線を向けた。
それからゆっくりと、その意味を理解する。
「は…?あいつ、んな面倒なことに巻き込まれてんのかよ」
「咲哉と宮地が仲良いって噂になった直後は多かったよな」
宮地本人に声をかける自信がないからと、話しかけやすい咲哉を間に挟もうとする。
奥手、いや策士な女子が考えそうなことだ。
「んなの、知らねぇんだけど」
「そりゃ言わないだろ!宮地にそれ言うって負け認めてるようなもんだし」
「咲哉、そういう男前度?みたいの気にするもんな」
対抗心から来る妨害のつもりだったのか。
それとも、もしかしたらその手のことが嫌いな宮地に気を遣って、遮断していたのかもしれない。
宮地は都合の良いことを考え、緩んだ口元を手でぱっと覆った。
なんだか今日は変だ。くしゃと髪を乱暴に掴み、冷静になりたくて息を大きく吐き出す。
その宮地の後ろで、教室のドアが開け放たれた。
「あーいた!宮地サン!」
喧しい声に振り返ると、バスケ部の後輩である高尾が立っている。
息を切らして、目をキラキラと輝かせて、震える肩は…どうやら笑いを堪えている。
「やっべぇって宮地サン!!」
「だよ、うるせぇ」
「今屋上で!小学生が告られてた!!」
だだっと宮地の座る机まで近付いてきた高尾は、興奮した様子で、けれど極力抑えた声で言った。
そしてそれを聞いた宮地は、口を開いたまま言葉を失っていた。
・・・
屋上の柵に手をかけて校庭を見下ろす。
吹き抜けていく風が気持ち良い。ちょっと寒いけど、今はこれぐらいが丁度良い。
らしくもなく、物思いにふけ風を浴びる咲哉の胸には虚しさだけが残っていた。
人生初の女子からの告白だった。
応えられないというのに、告げられた瞬間胸に満ちたのは歓びだ。
しかし、「もし好きな人がいるなら諦めます」という、名も知らぬ女子生徒からの典型染みた告白の言葉に、咲哉は何も言い返せなかった。
宮地を好きであることを、躊躇ったのだ。
「…ばか、当たり前だろ。男、なんだから…」
独り言を零して嘲笑する。そうでもしなきゃ落ち込んでしまいそうだった。
自分が女の子だったなら、とか。さっきの子と付き合ったら、気持ちを変えられたんじゃないか、とか。
考えるのは、自分の気持ちを否定するものばかり。
「はー…、だめだめ、シャキッとしろ俺…っ」
ぱちぱちと軽く自分の頬を叩き、そのままぎゅーっと掌で頬を挟む。
教室に戻ったら、宮地に胸を張って言わなければ。「俺も、告白されたぞ。どうだ」って。
そんなしょうもないシミュレーションをして振り返る。
その咲哉の目の前で、ドアがばんっと勢い良く開かれていた。
「咲哉!」
「おわあ!?」
咄嗟に声を上げて背中を柵にぶつける。
屋上に息を切らして駆け込んできたのは、がたいのでっかいイケメン。
「…、女はいねぇな」
「み、みみみ、宮地、ど、どうしたんだよ…!?」
周辺を見回したイケメンこと宮地が、ふーっと息を吐き出してから歩み寄って来る。
咲哉は、また一歩下がりたくなり、柵を後ろ手で掴んだ。
「は、なんだ、すげー浮かれた顔してっと思ってたけど、んなことはねぇんだな」
「え、あー、何、知ってんの?」
「お前、本当に告られてたのかよ」
「…ん」
小さくこくりと頷き、上目で宮地を見る。
その間にも容赦なく距離を縮めてくる宮地は、暑さ故か首元をぐいと指で引っ張った。
「うぐ…お前、なんでそんな格好良いんだよ…」
「あ?何」
咲哉の小さな独り言に、宮地が首を傾げる。
そういう仕草一つ一つに高鳴る胸を押さえ、咲哉は耐え切れず宮地から目を逸らした。
やっぱり、さっきの子を好きになる努力をすべきだったかもしれない。それぐらい、宮地が好きすぎる。
「あ、はは、知らない子だったから断っちゃったんだよなー。でも、付き合ってみんのも良かったかもな!」
「…は?」
「ほら、付き合ってから好きなるみたいなのも割と聞くし?」
宮地から目を逸らした咲哉の口は、勝手に強がった言葉を吐き出していた。
全部、自分に言い聞かせた言葉だ。
同じ男である宮地を意識している自分に。もっと宮地を好きになっていく自分に。
「まーでも俺って実はモテちゃう的な?割といくらでもチャンスあったりしてー…」
「はあ…」
そんな咲哉の情けない言葉を遮るように、宮地が大きく溜め息を吐き出した。
宮地に呆れられた。この期に及んでそれがショックで、俯いた咲哉の視界に宮地の足が映る。
近い。嫌だ、見ないでくれ。
赤くなる顔を背けた咲哉の目の前に、とんっと宮地の手が置かれていた。
「っざけんなよ、そんなに彼女が欲しいのかよ…っ」
「え…」
「オレがいんのに、不満かよ」
宮地は発する言葉の意味が理解出来ず、思わず顔を上げる。
そうして気付くのは鼻先が触れそうなほど近い顔と顔。
「…あれ、オレ、今何言って…」
しかし、困惑するのは咲哉だけではなかったらしい。
宮地自身も目を大きく開き、眉を寄せて息を震わせている。
「…み、宮地…?」
「あ…いや、…」
こんな宮地の顔は初めて見る。こんな風に口ごもる姿も初めてだ。
今冷静でないから、調子良く考えてしまっているのかもしれない。
この状況を整理できないまま、咲哉は慌てて宮地の腕を掴んでいた
「み、宮地…、俺に、彼女出来たら、困る…?」
「は!?んなわけ…」
「だ、だよなあ、あはは」
乾いた笑いで誤魔化しても、その場の空気は変わらなかった。
困惑して自身の口元を覆う宮地。
彼を見上げる咲哉の心拍数は跳ね上がったまま。
「…俺、宮地がいてくれるなら…彼女なんていらない、けど」
「そ、かよ」
「うん、付き合わないよ、誰とも…」
恐る恐る、宮地の様子をうかがいながら言葉を紡ぐ。
宮地は暫く目を開いたまま固まって、それから安心したように微笑んだ。
「ならいいんだよ。ったく、オレだってお前の為に彼女作ってねぇんだから」
「はあ?何強がってんだよ!宮地はただのバスケ馬鹿だろ!」
「…そりゃ、違いねーけど」
何か、変わり始めている。
咲哉はこの予感が勘違いでないことを祈りながら、宮地の腰に腕を回した。
はーっと頭の上で吐かれた息は、呆れか安堵か。
咲哉の頭にぽんと乗せられた手は、暖かかった。
(第五話・終)
追加日:2017/11/12
移動前:2016/06/11