高尾と保健室の先生(黒バス)
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5.熱
高校の生徒(高校1年生、推定16歳)に告白された。
子供が大人に憧れを抱くということは当然有り得るし、こういうことも初めてではない。
いつもなら軽くかわして、もっと近くの子に目を向けてごらんと彼女達の恋の方向を変える手助けをしてきた。
「…高尾君」
その名を呼んで息を吐く。
今回は今までのように流すことができない。何せ彼は男子学生なのだ。
彼自身、戸惑いがありながらの告白だったことだろう。
そんな彼を気遣い、必死に頭を巡らせて告げた言葉は、お互いに考える時間を設けようというもの。
心の整理が必要だと思ったからだ。自分にも、そして高尾君にも。
「なァ、先生。咲哉先生って…名前の方で呼んでもいい?」
「…君は、分かってない」
「ん、何?」
それは決して、今まで通り会うことを肯定した言葉ではない。
「高尾君、自分が何を僕に告げたのか改めて考えてごらん」
「なんだよ、また言って欲しいって?」
「そうじゃなくて…」
教師と生徒、大人と子供、そして男同士。
例え気持ちが純粋なものだったとしても、印象として残るのは不健全というものだけだ。
とはいえ、高尾はそれが分からないほどの子供でもない。
「オレだって考えたよ、でもしょーがねぇじゃん。好きなんだって気付いちゃったんだからさ」
「だからって…思い通りにいくほど甘くないよ。僕の気持ちだって考えてくれ」
「…わーってるって。だからあれから何もしないよーにってセーブしてんだろ?」
だろ?と言われても。
咲哉はずきりと痛む頭を押さえて、深く溜息を吐いた。
「おかしいって思わないのか、高尾君は」
いきなり男を好きになった事を、普通は躊躇うはずだ。
なのに何故、彼はこんなにも真っ直ぐなのか。
素直すぎる彼が不思議で口走った咲哉の言葉に、高尾の表情が強張った。
「おかしい…?」
「あ…いや、おかしいっていうのは、その」
しまった、言葉を間違えた。
弁解せねばと焦り口を開いても、続く言葉がなかなか選べない。
そんな咲哉の開けど音を紡がない唇に、ちょんと高尾の人差し指が触れた。
「分かった。センセ、デートしよ」
「は…?」
「面倒なこと抜きにしてさ。ただ一人の人間としてデートしてよ」
唐突な高尾の提案に咲哉の脳内がフリーズする。
高尾の言っている事はなんとも無理があるのに、当人はまたもやあっけらかんとしている。
「このままだとオレ、フラれて終わりなんだろ?だったらその前に、少しくらい夢見させてよ」
「…高尾君、あまり先生を困らせないでくれ」
「外で会ったら変わるかもしんねーじゃん。やっぱ違うなとか、好きだなとか」
高尾の言うことは全く論理的ではない。
しかし、ばっさりと切り捨てられるものでもなかった。
好きだのなんだの言う割に、お互いの事を知らな過ぎる。
咲哉はズキズキと痛む頭に顔をしかめて、それから高尾の頬を軽くぺちんと叩いた。
「さすがに外は駄目だよ」
「…どうしても?」
「ああ。だから、うちにおいで」
彼をこんな風にさせた罪悪感があった。
それ以上に、情があったのも、好きだと言われて嬉しかったのも事実。
ぱっと嬉しそうに満面の笑みを浮かべた高尾に、胸が温かくなったことにも気付いていた。
・・・
約束した週末、咲哉は携帯のアラーム音ではなくメールの着信音で目を覚ました。
鳴り響く音に自然と携帯へ手を伸ばし、もぞもぞと体をうつ伏せにする。
「ん…、今、何時…」
寝すぎたのだろうか、頭が重い。
メールの内容を確認しようと目を凝らすと、高尾和成という名前が見えた。
今日の予定のために、交換することになった連絡先。
分別ある彼は、必要最低限のことにしか利用してこなかった。
だから、高尾からのメールもまだ三度目くらいだ。
日時の設定、感謝の言葉、そしてこの「もうすぐ着く」という連絡。
「え、もう…?」
確か予定は午後だったはずだ。
まさかと目を擦って時間を確認する。
そこに見えたのは、約束10分前を示す残酷な数字の並び。
「…!!」
咄嗟に体をかばっと起き上がらせる。
しかし咲哉の体はふらとよろめき、再度ベッドに沈んでいた。
そういえば体が熱い、ような。
たらりと汗が頬をつたうが、体は寒気のようなものを覚えている。
先日からやけに頭痛がするような気がしていたが、体調を崩していたらしい。
「…っ、高尾君に連絡しなきゃ…」
ベッドに腕を乗せて、携帯のボタンをとんとんと押す。
いくら約束していたからといって生徒に風邪をうつすわけにはいかない。
熱が出たから今回は無しに…そう打っていた途中、部屋にインターホンの音が鳴り響いた。
「……あぁ…」
間に合わなかったことに脱力しつつ、ゆっくりと立ち上がる。
咲哉は頭を押さえ、足取りの重いまま何とか玄関の扉を開けた。
こんな格好見られたくないから、少しだけ、姿が見える程度に顔を覗かせる。
「こんにちはーって、先生もしかして寝てた?」
元気な挨拶と、輝かしい程の笑顔。
そんな彼に、咲哉は心苦しく思いながら口を開いた。
「こんにちは…。ごめんね、高尾君、風邪ひいたみたいで」
「風邪?って、顔赤ぇじゃん!」
「うん、だから今日は…」
ここまで来させてしまった罪悪感はあるが、彼の体を思えば当然の選択だ。
今日は無しにして欲しい。
しかし、咲哉が言い切るよりも早く、高尾はドアの隙間からぐりと体を滑り込ませてきた。
「…!た、高尾君」
「あはは、先生寝起きじゃん。かんわいー」
「そ、そういうのは、どうでもいいから…っ」
恐らく頭もぼさぼさだろう。辛うじて寝る服装がシャツとジャージのズボンというものだったのが救いか。
そんな咲哉の横を、高尾は何の躊躇いも無く通り、靴をひょいと脱いだ。
「先生は寝てていいよ。オレ看病すっから」
「いやそんな」
「オレの足見てくれたお礼…つーのは建前で、本音は一緒にいたいだけだけど」
「高尾君…」
照れくさそうにはにかみながら言う。
そんな可愛い生徒を、追い返すことなんて出来るはずがなかった。
「じゃあ…お願いするよ」
「へへっ、了解!」
本当に高尾は自分を好きなのだ。改めて実感してむず痒い気持ちになる。
赤い頬は、恐らく熱のせいだ。でもこの胸の暖かさは高尾がくれたもので満たされている。
咲哉は高尾に体を支えられながら、自身の寝室へと案内していた。
「腹減ってない?なんなら果物とか買ってこよっか」
「ううん、大丈夫」
「じゃあ…汗拭くタオル持ってくる。勝手に家ん中、歩いて平気?」
「うん」
こんなこと、生徒にさせて良いのだろうか…まぁ、いいか。
どこか穴が空いたような思考回路のまま、咲哉は再びベッドへ潜り込むと、目を伏せ、息を吐いた。
「高尾君…」
彼の事が好きか嫌いかで答えろと言われたら「好き」と即答出来るだろう。
しかし、恋人になれるかという問いには応えられる自信が無かった。
もし、自分が先生でなかったら、女だったら。
高尾のクラスメイトだったなら、喜んで応えたのだろうか。
そんなこと、考えたって仕方ないのに。
つんとする胸の痛みに眉を寄せて、咲哉は静かに目を閉じた。
普段自分の生活音しか聞こえない家の中から、ぱたぱたと別の音が聞こえる。
高尾の軽やかな足音。少し乱暴にばたんと締まるドアの音。
なんだろう、すごく。愛しい。
「先生、おまたせー……、先生?」
「ん…大丈夫だよ」
寝ているのかと思ったのだろうか、小さな呼び声に優しさを感じる。
咲哉は薄らと目を開け、ベッドの脇で膝をついている高尾に目を向けた。
「なぁ先生、顔、触っていい?熱はかった?」
「はかって…ないな。体温計なんてどこにいったか…」
「だから顔」
高尾の手が咲哉の頬に触れる。
初めは軽く、それからしっかりと重ねられた。
「そんなんで…熱かどうかなんて分かる?」
「分かるくらい熱いって」
「…そっか。ごめん」
「なーに謝ってんだよ。オレがしたくてしてんだから」
そうじゃなくて、予定を台無しにしてしまったことが…そう口にしようとして止めた。
きっと、高尾は台無しになったとは思っていないのだろう。
「おかしいと思わないか…そう聞いたの、覚えてる?」
「え?」
ぽつりと咲哉はそう口に出していた。
「え、何だよ急に…まあ、覚えてるけど」
「おかしいって…僕は思ってた。大学生の頃…男の先輩を、好きになって」
熱が出て、ぼんやりとしていたせいだろう。
高尾が珍しく言葉を失っている事も気にせず、咲哉は話を続けた。
「優しい人、だった。勉強が出来て…運動は、苦手だったかな…」
「オレとは、違うタイプだな」
「そうだね、高尾君とは…真逆かもしれないな…」
高尾の視線が少し下に落ちる。
咲哉も高尾から視線を逸らして、天井をじっと見つめていた。
「今思うと、もしかしたらただの憧れを恋と勘違いしたのかもしれないけど…僕は、君のように素直にはなれなかった」
「先生」
「思いを伝えようだなんて…考えもしなかったな…」
淡すぎる思い出だ。
こんな機会がなければきっと忘れて、これから先は普通に女性に恋して結婚…なんて未来が待っていたのだろう。
「高尾君は…もしかしたら僕のその内面を、自然と見破ったのかもしれないな」
「それ、どういう意味だよ」
「だから…僕がそういう人間だから、好きになってしまったのかも」
「…んなの、関係ねーよ。そもそも、そんなこと知らなかったし」
高尾の言葉に咲哉は首を横に振った。
理由がどうか、なんて本当はどうでもいい。彼のような普通の青年が自分を好きになってしまったという事実が既に問題なのだ。
そして、自分が彼に惹かれているということも。
「ごめんな、高尾君。ちゃんと、考える。君のこと…君とのこと」
「っ、先生」
ばっと前のめりになった高尾の顔が近くに見える。
期待しているような、怯えているような、どちらともとれるような表情。
そんな顔も愛しく思ってしまうのは、もう手遅れだからだろう。
「…なんだろうな…すごく、熱い」
「そりゃ…熱、あるからじゃね?」
「熱だから、か…。そうだよな…」
ベッドが軋む。
近付いてくる高尾の首に手を回したのは、熱でぼうっとしていたからだ。
自ら顔を近付けたのも、熱のせい。
「先生、すっげぇ熱い」
「ん…」
唇が触れて、回した腕に力を込めた。
ベッドに乗った高尾の体を引き寄せて抱き込んだのも、熱のせいだった。
熱のせいだと思い込もうとしていた。
(第五話・終)
追加日:2017/10/19
移動前:2013/10/28
高校の生徒(高校1年生、推定16歳)に告白された。
子供が大人に憧れを抱くということは当然有り得るし、こういうことも初めてではない。
いつもなら軽くかわして、もっと近くの子に目を向けてごらんと彼女達の恋の方向を変える手助けをしてきた。
「…高尾君」
その名を呼んで息を吐く。
今回は今までのように流すことができない。何せ彼は男子学生なのだ。
彼自身、戸惑いがありながらの告白だったことだろう。
そんな彼を気遣い、必死に頭を巡らせて告げた言葉は、お互いに考える時間を設けようというもの。
心の整理が必要だと思ったからだ。自分にも、そして高尾君にも。
「なァ、先生。咲哉先生って…名前の方で呼んでもいい?」
「…君は、分かってない」
「ん、何?」
それは決して、今まで通り会うことを肯定した言葉ではない。
「高尾君、自分が何を僕に告げたのか改めて考えてごらん」
「なんだよ、また言って欲しいって?」
「そうじゃなくて…」
教師と生徒、大人と子供、そして男同士。
例え気持ちが純粋なものだったとしても、印象として残るのは不健全というものだけだ。
とはいえ、高尾はそれが分からないほどの子供でもない。
「オレだって考えたよ、でもしょーがねぇじゃん。好きなんだって気付いちゃったんだからさ」
「だからって…思い通りにいくほど甘くないよ。僕の気持ちだって考えてくれ」
「…わーってるって。だからあれから何もしないよーにってセーブしてんだろ?」
だろ?と言われても。
咲哉はずきりと痛む頭を押さえて、深く溜息を吐いた。
「おかしいって思わないのか、高尾君は」
いきなり男を好きになった事を、普通は躊躇うはずだ。
なのに何故、彼はこんなにも真っ直ぐなのか。
素直すぎる彼が不思議で口走った咲哉の言葉に、高尾の表情が強張った。
「おかしい…?」
「あ…いや、おかしいっていうのは、その」
しまった、言葉を間違えた。
弁解せねばと焦り口を開いても、続く言葉がなかなか選べない。
そんな咲哉の開けど音を紡がない唇に、ちょんと高尾の人差し指が触れた。
「分かった。センセ、デートしよ」
「は…?」
「面倒なこと抜きにしてさ。ただ一人の人間としてデートしてよ」
唐突な高尾の提案に咲哉の脳内がフリーズする。
高尾の言っている事はなんとも無理があるのに、当人はまたもやあっけらかんとしている。
「このままだとオレ、フラれて終わりなんだろ?だったらその前に、少しくらい夢見させてよ」
「…高尾君、あまり先生を困らせないでくれ」
「外で会ったら変わるかもしんねーじゃん。やっぱ違うなとか、好きだなとか」
高尾の言うことは全く論理的ではない。
しかし、ばっさりと切り捨てられるものでもなかった。
好きだのなんだの言う割に、お互いの事を知らな過ぎる。
咲哉はズキズキと痛む頭に顔をしかめて、それから高尾の頬を軽くぺちんと叩いた。
「さすがに外は駄目だよ」
「…どうしても?」
「ああ。だから、うちにおいで」
彼をこんな風にさせた罪悪感があった。
それ以上に、情があったのも、好きだと言われて嬉しかったのも事実。
ぱっと嬉しそうに満面の笑みを浮かべた高尾に、胸が温かくなったことにも気付いていた。
・・・
約束した週末、咲哉は携帯のアラーム音ではなくメールの着信音で目を覚ました。
鳴り響く音に自然と携帯へ手を伸ばし、もぞもぞと体をうつ伏せにする。
「ん…、今、何時…」
寝すぎたのだろうか、頭が重い。
メールの内容を確認しようと目を凝らすと、高尾和成という名前が見えた。
今日の予定のために、交換することになった連絡先。
分別ある彼は、必要最低限のことにしか利用してこなかった。
だから、高尾からのメールもまだ三度目くらいだ。
日時の設定、感謝の言葉、そしてこの「もうすぐ着く」という連絡。
「え、もう…?」
確か予定は午後だったはずだ。
まさかと目を擦って時間を確認する。
そこに見えたのは、約束10分前を示す残酷な数字の並び。
「…!!」
咄嗟に体をかばっと起き上がらせる。
しかし咲哉の体はふらとよろめき、再度ベッドに沈んでいた。
そういえば体が熱い、ような。
たらりと汗が頬をつたうが、体は寒気のようなものを覚えている。
先日からやけに頭痛がするような気がしていたが、体調を崩していたらしい。
「…っ、高尾君に連絡しなきゃ…」
ベッドに腕を乗せて、携帯のボタンをとんとんと押す。
いくら約束していたからといって生徒に風邪をうつすわけにはいかない。
熱が出たから今回は無しに…そう打っていた途中、部屋にインターホンの音が鳴り響いた。
「……あぁ…」
間に合わなかったことに脱力しつつ、ゆっくりと立ち上がる。
咲哉は頭を押さえ、足取りの重いまま何とか玄関の扉を開けた。
こんな格好見られたくないから、少しだけ、姿が見える程度に顔を覗かせる。
「こんにちはーって、先生もしかして寝てた?」
元気な挨拶と、輝かしい程の笑顔。
そんな彼に、咲哉は心苦しく思いながら口を開いた。
「こんにちは…。ごめんね、高尾君、風邪ひいたみたいで」
「風邪?って、顔赤ぇじゃん!」
「うん、だから今日は…」
ここまで来させてしまった罪悪感はあるが、彼の体を思えば当然の選択だ。
今日は無しにして欲しい。
しかし、咲哉が言い切るよりも早く、高尾はドアの隙間からぐりと体を滑り込ませてきた。
「…!た、高尾君」
「あはは、先生寝起きじゃん。かんわいー」
「そ、そういうのは、どうでもいいから…っ」
恐らく頭もぼさぼさだろう。辛うじて寝る服装がシャツとジャージのズボンというものだったのが救いか。
そんな咲哉の横を、高尾は何の躊躇いも無く通り、靴をひょいと脱いだ。
「先生は寝てていいよ。オレ看病すっから」
「いやそんな」
「オレの足見てくれたお礼…つーのは建前で、本音は一緒にいたいだけだけど」
「高尾君…」
照れくさそうにはにかみながら言う。
そんな可愛い生徒を、追い返すことなんて出来るはずがなかった。
「じゃあ…お願いするよ」
「へへっ、了解!」
本当に高尾は自分を好きなのだ。改めて実感してむず痒い気持ちになる。
赤い頬は、恐らく熱のせいだ。でもこの胸の暖かさは高尾がくれたもので満たされている。
咲哉は高尾に体を支えられながら、自身の寝室へと案内していた。
「腹減ってない?なんなら果物とか買ってこよっか」
「ううん、大丈夫」
「じゃあ…汗拭くタオル持ってくる。勝手に家ん中、歩いて平気?」
「うん」
こんなこと、生徒にさせて良いのだろうか…まぁ、いいか。
どこか穴が空いたような思考回路のまま、咲哉は再びベッドへ潜り込むと、目を伏せ、息を吐いた。
「高尾君…」
彼の事が好きか嫌いかで答えろと言われたら「好き」と即答出来るだろう。
しかし、恋人になれるかという問いには応えられる自信が無かった。
もし、自分が先生でなかったら、女だったら。
高尾のクラスメイトだったなら、喜んで応えたのだろうか。
そんなこと、考えたって仕方ないのに。
つんとする胸の痛みに眉を寄せて、咲哉は静かに目を閉じた。
普段自分の生活音しか聞こえない家の中から、ぱたぱたと別の音が聞こえる。
高尾の軽やかな足音。少し乱暴にばたんと締まるドアの音。
なんだろう、すごく。愛しい。
「先生、おまたせー……、先生?」
「ん…大丈夫だよ」
寝ているのかと思ったのだろうか、小さな呼び声に優しさを感じる。
咲哉は薄らと目を開け、ベッドの脇で膝をついている高尾に目を向けた。
「なぁ先生、顔、触っていい?熱はかった?」
「はかって…ないな。体温計なんてどこにいったか…」
「だから顔」
高尾の手が咲哉の頬に触れる。
初めは軽く、それからしっかりと重ねられた。
「そんなんで…熱かどうかなんて分かる?」
「分かるくらい熱いって」
「…そっか。ごめん」
「なーに謝ってんだよ。オレがしたくてしてんだから」
そうじゃなくて、予定を台無しにしてしまったことが…そう口にしようとして止めた。
きっと、高尾は台無しになったとは思っていないのだろう。
「おかしいと思わないか…そう聞いたの、覚えてる?」
「え?」
ぽつりと咲哉はそう口に出していた。
「え、何だよ急に…まあ、覚えてるけど」
「おかしいって…僕は思ってた。大学生の頃…男の先輩を、好きになって」
熱が出て、ぼんやりとしていたせいだろう。
高尾が珍しく言葉を失っている事も気にせず、咲哉は話を続けた。
「優しい人、だった。勉強が出来て…運動は、苦手だったかな…」
「オレとは、違うタイプだな」
「そうだね、高尾君とは…真逆かもしれないな…」
高尾の視線が少し下に落ちる。
咲哉も高尾から視線を逸らして、天井をじっと見つめていた。
「今思うと、もしかしたらただの憧れを恋と勘違いしたのかもしれないけど…僕は、君のように素直にはなれなかった」
「先生」
「思いを伝えようだなんて…考えもしなかったな…」
淡すぎる思い出だ。
こんな機会がなければきっと忘れて、これから先は普通に女性に恋して結婚…なんて未来が待っていたのだろう。
「高尾君は…もしかしたら僕のその内面を、自然と見破ったのかもしれないな」
「それ、どういう意味だよ」
「だから…僕がそういう人間だから、好きになってしまったのかも」
「…んなの、関係ねーよ。そもそも、そんなこと知らなかったし」
高尾の言葉に咲哉は首を横に振った。
理由がどうか、なんて本当はどうでもいい。彼のような普通の青年が自分を好きになってしまったという事実が既に問題なのだ。
そして、自分が彼に惹かれているということも。
「ごめんな、高尾君。ちゃんと、考える。君のこと…君とのこと」
「っ、先生」
ばっと前のめりになった高尾の顔が近くに見える。
期待しているような、怯えているような、どちらともとれるような表情。
そんな顔も愛しく思ってしまうのは、もう手遅れだからだろう。
「…なんだろうな…すごく、熱い」
「そりゃ…熱、あるからじゃね?」
「熱だから、か…。そうだよな…」
ベッドが軋む。
近付いてくる高尾の首に手を回したのは、熱でぼうっとしていたからだ。
自ら顔を近付けたのも、熱のせい。
「先生、すっげぇ熱い」
「ん…」
唇が触れて、回した腕に力を込めた。
ベッドに乗った高尾の体を引き寄せて抱き込んだのも、熱のせいだった。
熱のせいだと思い込もうとしていた。
(第五話・終)
追加日:2017/10/19
移動前:2013/10/28