高尾と保健室の先生(黒バス)
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4.告白
チャイムが鳴り、午前の授業が終わる。
ようやく訪れた休息の時間に、ほとんどの生徒は鞄から弁当やコンビニの袋を取り出す。
友人との一時だったり、睡眠に使ったり、それぞれの時間を過ごすのだろう。
そんな中、保健室を訪れる生徒も少なからずいるわけだが、具合が悪い、教室にいたくない…という子ばかりではない。
弁当持参でやってくる女子生徒の話題は、もっぱら甘酸っぱい青春劇だ。
「先生、今日も格好良いねー。超癒し」
「あはは、有難う。でもそんなに来てくれなくても大丈夫だよ」
「何言ってんの。高尾君の情報聞かなきゃなんだから!ね」
よく話す子と、恥ずかしそうに俯く子。
彼女達の目的は高尾和成という生徒の情報を聞き出すことのようだ。
「何か聞いてくれた?好きなものとか」
「はは…、困ったな。ここは恋愛相談室じゃないんだけど」
「だって、先生しかこういう話まじめに聞いてくれないんだもん」
笑って話を逸らそうとした咲哉の腕を、女子生徒がぐいと掴む。
そのまま顔を近付けられ、咄嗟に体を反らした咲哉の椅子がキイと泣いた。
「もったいぶらずに教えてってば、先生。高尾君のこと何でもいいから!」
「…、甘いもの、は、好きみたいだったけど」
勢いに押され、思い当たることを一つ伝える。
「甘いものだって!」と肩を叩かれた女の子は、ほんの少し嬉しそうに頬を染めた。
それで思い出す。彼女達も可愛い生徒だ。
皆平等でなくてはならないのに、高尾を可愛がりたい気持ちが芽生えてしまっていたかもしれない。
「ちなみに先生は?」
「え?ああ、食べ物?僕は…少し苦い方が好きかな」
「苦いって…ピーマンとかゴーヤとか?」
「はは、まあ、そんな感じ」
いけない、と思いながらも頭に浮かぶのは高尾の手から受け取ったチョコレート。
咲哉はやんわりと女子生徒の腕を解くと、ぽんと細い肩に手を乗せた。
「でもやっぱり、本人に聞いた方がいいんじゃないかな。その方が会話も弾むよ」
「もー先生分かってないな。この子はそういう積極的なことできないんだって!」
ね、と女の子が振り返る。
その視線の先、顔を赤く染めた少女がじいとドアを見つめていた。
どうしたのと覗き込む少女と、その声にびくと肩を揺らす少女。
「今、高尾君がいたような…」
ぽつりと震える声の紡いだ言葉に、咲哉も驚き目を見張った。
高尾が昼休みにここに来たことは今まで一度もない。
先日も来なくて良いと伝えたばかりだ。
「…高尾君」
「先生?」
「あ、いや、なんでもない。話すチャンスだったのに、惜しかったね」
彼女達に微笑みかけ、用が済んだら戻りなさいと背中を押す。
高尾に見られたくないことを見られたかもしれない、そんな焦りが咲哉の心を乱した。
放課後、来てくれたら聞いてみよう。
嫌な気をさせたのなら謝るから。
だから、早く高尾に会いたい。
しかし、その日の放課後、高尾は保健室に現れなかった。
・・・
イライラともやもやが入り乱れる。
休み時間、相棒である緑間の机に突っ伏す高尾は、今日何度目かになる溜息を吐き出した。
「…どうしよう、真ちゃん」
「はあ…お前は、さっきからなんなのだよ」
面倒そうに顔をしかめる緑間も、内心気が気ではない。
楽観的な高尾がバスケ以外のことでこうも心労する姿を見るのは初めてだからだ。
「聞いてくれんの?」
「……少しくらいなら構わないのだよ」
「実はさ、まあ…脈ナシってのが分かったっつか…オレに好意を持ってくれてる子の応援してたっつか」
目を点にした緑間が、暫くその高尾の意味不明な発言を理解しようと頭をめぐらせる。
そしてすぐに、それが理解してはいけなかったことだと察した。
「…!?な、オレにそういう話はするんじゃないのだよ!」
「なんつーかな…あっちが悪くないのは分かってんのに、すげぇイライラするし、虚しくもあるし?的な…」
既に3日、ここ最近通い詰めた保健室に寄らずに部活へ直行している。
参加出来ないと分かっていても、そうしないと余計なことばかり考えてしまう。
それをあの人がどう思うのか気にして、そんな自分の女々しさに虚しくなって。
本当は分かっているのだ。
優しい人だから、生徒の頼みを断れなかったのだろうと。
でも、あの絡んだ腕を受け入れていたあの姿に苛立ちが募る。
「どうしよう…、顔合わせたら酷いこと言っちまいそう」
「…」
「ねぇ真ちゃん」
「オレに聞くんじゃないのだよ!本人に聞け…!」
緑間のごもっともな返答に唇を尖らせた高尾の心情はシンプルなものだ。
それが出来たらとっくにしている。
「オレは知らん。先に行くぞ」
「…え?どこに」
緑間が冷めきっているのはいつもの事。
しかし、急に立ち上がった彼に、高尾はきょとんと顔を上げた。
「次は体育なのだよ」
「あ、やっべ」
こんなに他の事が考えられなくなるなんて初めてだ。
それだけ惹かれている。それを自覚して、胸の奥が熱くなる。
高尾は慌てて立ち上がり、とんとんと数回足を鳴らした。
「真ちゃん待ってって!」
正直、痛みはほとんどない。
大坪に言われた一週間という猶予の中だから安静にしているにすぎない。
それでも、高尾は緑間の隣をゆっくり歩き、見学するだけの体育のために校庭へ出る。
面倒そうにしながらも体育に参加する緑間と分かれ、校庭の端に座る高尾は見下ろした自身の足を撫でた。
「治ったら…あそこにはもう行かねぇのかな…」
賑やかなサッカーに励む音を聞きながら零れた溜め息。
この退屈な時間は嫌だし、すぐにでも部活に復帰したい。その思いと矛盾して存在する、保健室への未練。
「…オレ、完全に惚れてんじゃん」
まさか自分が一目惚れなんて、そんな夢物語を経験することになるとは思わなかった。
しかも相手は年上で先生で男で。何もかも想像していたものと違う。
「こんなの…良くねーんだろうな」
このまま会いに行くことを止めれば深追いする事なく忘れられるのかもしれない。
きっとその方がいい。
咲哉に触れられた感触を思い出しながら足を摩る。
その高尾の耳に、高い声が飛び込んできた。
「わ…!こっち見てるよ…!」
「ホントだ、珍しいね」
同じく外で体育をしている女子生徒の声。
その黄色い声の行く先に興味はなかったものの、無意識につられて顔を上げる。
高尾の目に映ったのは、何故か校舎の方に顔を向ける数人の女子生徒たち。
「っ、」
その視線の先を追った高尾の息が止まった。
保健室の窓からじっとこちらを見ている人がいる。
穏やかな表情の中に、切なさが混じる。寄せた眉と細めた目、薄く開いた口は色っぽくて綺麗で。
(違う違う、そうじゃねーって…!)
遠目からでも、咲哉がじいと高尾を見ていたのだと分かった。
きゅっと結ばれた口元は、高尾と目が合った瞬間に緩んだ。
見間違えるはずがない。この自慢の目が、それを確かに捕えたのだ。
「先生…」
高尾の口の動きは向こうから見えただろうか。
小さく上げられた手は、こちらに手を振ろうか迷って窓にこつんとぶつかっている。
「んだよそれ…っ」
どうしてそんな目で見るんだ。
どうして、こんな自分勝手な男を放っておいてくれないんだ。
高尾は体育教師をちらと確認して、ゆっくりと立ち上がった。
女子の視線が向いているなんて事は頭から離れて、そのまま保健室に向かって一直線に走り出す。
途端に咲哉の表情が焦りと困惑に変わった。
そんなところが愛しくて、たまらなくて。
辿り着く前にがららっと横に開いた窓の隙間に、高尾は体を乗り込ませていた。
「高尾君!走ったら駄目だろ…って、こら!」
「いーじゃん、入れてよ」
「あ、あぶな…っ」
怪我をしてない方の足を窓にかけて、ひょいと乗り上げる。
咄嗟に手を高尾の体へ伸ばした咲哉が高尾の体重を支えられるはずもなく、結局二人で保健室の床へと倒れてしまった。
「た、高尾君!」
「先生、ごめん!!」
さすがに怒気を含んだ声を上げる咲哉のその声を遮るように高尾が頭を下げる。
床にごつんと打つ程の勢いに押されて思わず黙ってしまった咲哉に、高尾は更にごめんなさいと謝った。
「心配かけてごめん!離れようとして、ごめん…!」
「は、離れ…?い、いや、そんな事より今の」
「オレ、先生がオレの事気にしてくれたんだって思って嬉しくなっちゃって」
先程の勢いのまま、今度はがばっと顔を上げる。
咲哉は目を丸くして高尾を見つめていた。
「勝手に期待したオレが悪かったのに先生にあたっちゃって」
「ちょっと、高尾君、よくわからな…」
「好き。先生、好き」
咲哉の目が更に大きく見開かれる。
そんな表情も可愛くて愛しい。
高尾は両手で咲哉の頬をぱしんと挟むと、咲哉の顔に自身の顔を近付けた。
「ちょ、高尾く…」
んむ、と二人の顔の間に間抜けな声が落ちる。
不思議な事に緊張は無かった。
唇が重なっているという事に喜びを感じて、それと同時に結構柔らかいんだなとか、初めてじゃんとか考える余裕もある。
「先生、オレ酷い生徒でごめん」
「い、まのは…事故ってことにするから」
「うん。それでもいい、今は」
高尾を気遣って差し伸べられた咲哉の手を取って立ち上がる。咲哉は困ったように目を細めながらも、高尾の頭をぽんと撫でた。
「足は、大丈夫だった?」
「ん。もうほとんど治ってっから」
「油断禁物っていっただろ、そこ座る」
咲哉の見せる大人な余裕に、本当なら悔しく思わなければいけないのかもしれないけれど。
今は思いが膨らむばかりで、咲哉を見下す高尾の顔は情けなくも緩み切っていた。
(第四話・終)
追加日:2017/10/14
移動前:2013/10/14
チャイムが鳴り、午前の授業が終わる。
ようやく訪れた休息の時間に、ほとんどの生徒は鞄から弁当やコンビニの袋を取り出す。
友人との一時だったり、睡眠に使ったり、それぞれの時間を過ごすのだろう。
そんな中、保健室を訪れる生徒も少なからずいるわけだが、具合が悪い、教室にいたくない…という子ばかりではない。
弁当持参でやってくる女子生徒の話題は、もっぱら甘酸っぱい青春劇だ。
「先生、今日も格好良いねー。超癒し」
「あはは、有難う。でもそんなに来てくれなくても大丈夫だよ」
「何言ってんの。高尾君の情報聞かなきゃなんだから!ね」
よく話す子と、恥ずかしそうに俯く子。
彼女達の目的は高尾和成という生徒の情報を聞き出すことのようだ。
「何か聞いてくれた?好きなものとか」
「はは…、困ったな。ここは恋愛相談室じゃないんだけど」
「だって、先生しかこういう話まじめに聞いてくれないんだもん」
笑って話を逸らそうとした咲哉の腕を、女子生徒がぐいと掴む。
そのまま顔を近付けられ、咄嗟に体を反らした咲哉の椅子がキイと泣いた。
「もったいぶらずに教えてってば、先生。高尾君のこと何でもいいから!」
「…、甘いもの、は、好きみたいだったけど」
勢いに押され、思い当たることを一つ伝える。
「甘いものだって!」と肩を叩かれた女の子は、ほんの少し嬉しそうに頬を染めた。
それで思い出す。彼女達も可愛い生徒だ。
皆平等でなくてはならないのに、高尾を可愛がりたい気持ちが芽生えてしまっていたかもしれない。
「ちなみに先生は?」
「え?ああ、食べ物?僕は…少し苦い方が好きかな」
「苦いって…ピーマンとかゴーヤとか?」
「はは、まあ、そんな感じ」
いけない、と思いながらも頭に浮かぶのは高尾の手から受け取ったチョコレート。
咲哉はやんわりと女子生徒の腕を解くと、ぽんと細い肩に手を乗せた。
「でもやっぱり、本人に聞いた方がいいんじゃないかな。その方が会話も弾むよ」
「もー先生分かってないな。この子はそういう積極的なことできないんだって!」
ね、と女の子が振り返る。
その視線の先、顔を赤く染めた少女がじいとドアを見つめていた。
どうしたのと覗き込む少女と、その声にびくと肩を揺らす少女。
「今、高尾君がいたような…」
ぽつりと震える声の紡いだ言葉に、咲哉も驚き目を見張った。
高尾が昼休みにここに来たことは今まで一度もない。
先日も来なくて良いと伝えたばかりだ。
「…高尾君」
「先生?」
「あ、いや、なんでもない。話すチャンスだったのに、惜しかったね」
彼女達に微笑みかけ、用が済んだら戻りなさいと背中を押す。
高尾に見られたくないことを見られたかもしれない、そんな焦りが咲哉の心を乱した。
放課後、来てくれたら聞いてみよう。
嫌な気をさせたのなら謝るから。
だから、早く高尾に会いたい。
しかし、その日の放課後、高尾は保健室に現れなかった。
・・・
イライラともやもやが入り乱れる。
休み時間、相棒である緑間の机に突っ伏す高尾は、今日何度目かになる溜息を吐き出した。
「…どうしよう、真ちゃん」
「はあ…お前は、さっきからなんなのだよ」
面倒そうに顔をしかめる緑間も、内心気が気ではない。
楽観的な高尾がバスケ以外のことでこうも心労する姿を見るのは初めてだからだ。
「聞いてくれんの?」
「……少しくらいなら構わないのだよ」
「実はさ、まあ…脈ナシってのが分かったっつか…オレに好意を持ってくれてる子の応援してたっつか」
目を点にした緑間が、暫くその高尾の意味不明な発言を理解しようと頭をめぐらせる。
そしてすぐに、それが理解してはいけなかったことだと察した。
「…!?な、オレにそういう話はするんじゃないのだよ!」
「なんつーかな…あっちが悪くないのは分かってんのに、すげぇイライラするし、虚しくもあるし?的な…」
既に3日、ここ最近通い詰めた保健室に寄らずに部活へ直行している。
参加出来ないと分かっていても、そうしないと余計なことばかり考えてしまう。
それをあの人がどう思うのか気にして、そんな自分の女々しさに虚しくなって。
本当は分かっているのだ。
優しい人だから、生徒の頼みを断れなかったのだろうと。
でも、あの絡んだ腕を受け入れていたあの姿に苛立ちが募る。
「どうしよう…、顔合わせたら酷いこと言っちまいそう」
「…」
「ねぇ真ちゃん」
「オレに聞くんじゃないのだよ!本人に聞け…!」
緑間のごもっともな返答に唇を尖らせた高尾の心情はシンプルなものだ。
それが出来たらとっくにしている。
「オレは知らん。先に行くぞ」
「…え?どこに」
緑間が冷めきっているのはいつもの事。
しかし、急に立ち上がった彼に、高尾はきょとんと顔を上げた。
「次は体育なのだよ」
「あ、やっべ」
こんなに他の事が考えられなくなるなんて初めてだ。
それだけ惹かれている。それを自覚して、胸の奥が熱くなる。
高尾は慌てて立ち上がり、とんとんと数回足を鳴らした。
「真ちゃん待ってって!」
正直、痛みはほとんどない。
大坪に言われた一週間という猶予の中だから安静にしているにすぎない。
それでも、高尾は緑間の隣をゆっくり歩き、見学するだけの体育のために校庭へ出る。
面倒そうにしながらも体育に参加する緑間と分かれ、校庭の端に座る高尾は見下ろした自身の足を撫でた。
「治ったら…あそこにはもう行かねぇのかな…」
賑やかなサッカーに励む音を聞きながら零れた溜め息。
この退屈な時間は嫌だし、すぐにでも部活に復帰したい。その思いと矛盾して存在する、保健室への未練。
「…オレ、完全に惚れてんじゃん」
まさか自分が一目惚れなんて、そんな夢物語を経験することになるとは思わなかった。
しかも相手は年上で先生で男で。何もかも想像していたものと違う。
「こんなの…良くねーんだろうな」
このまま会いに行くことを止めれば深追いする事なく忘れられるのかもしれない。
きっとその方がいい。
咲哉に触れられた感触を思い出しながら足を摩る。
その高尾の耳に、高い声が飛び込んできた。
「わ…!こっち見てるよ…!」
「ホントだ、珍しいね」
同じく外で体育をしている女子生徒の声。
その黄色い声の行く先に興味はなかったものの、無意識につられて顔を上げる。
高尾の目に映ったのは、何故か校舎の方に顔を向ける数人の女子生徒たち。
「っ、」
その視線の先を追った高尾の息が止まった。
保健室の窓からじっとこちらを見ている人がいる。
穏やかな表情の中に、切なさが混じる。寄せた眉と細めた目、薄く開いた口は色っぽくて綺麗で。
(違う違う、そうじゃねーって…!)
遠目からでも、咲哉がじいと高尾を見ていたのだと分かった。
きゅっと結ばれた口元は、高尾と目が合った瞬間に緩んだ。
見間違えるはずがない。この自慢の目が、それを確かに捕えたのだ。
「先生…」
高尾の口の動きは向こうから見えただろうか。
小さく上げられた手は、こちらに手を振ろうか迷って窓にこつんとぶつかっている。
「んだよそれ…っ」
どうしてそんな目で見るんだ。
どうして、こんな自分勝手な男を放っておいてくれないんだ。
高尾は体育教師をちらと確認して、ゆっくりと立ち上がった。
女子の視線が向いているなんて事は頭から離れて、そのまま保健室に向かって一直線に走り出す。
途端に咲哉の表情が焦りと困惑に変わった。
そんなところが愛しくて、たまらなくて。
辿り着く前にがららっと横に開いた窓の隙間に、高尾は体を乗り込ませていた。
「高尾君!走ったら駄目だろ…って、こら!」
「いーじゃん、入れてよ」
「あ、あぶな…っ」
怪我をしてない方の足を窓にかけて、ひょいと乗り上げる。
咄嗟に手を高尾の体へ伸ばした咲哉が高尾の体重を支えられるはずもなく、結局二人で保健室の床へと倒れてしまった。
「た、高尾君!」
「先生、ごめん!!」
さすがに怒気を含んだ声を上げる咲哉のその声を遮るように高尾が頭を下げる。
床にごつんと打つ程の勢いに押されて思わず黙ってしまった咲哉に、高尾は更にごめんなさいと謝った。
「心配かけてごめん!離れようとして、ごめん…!」
「は、離れ…?い、いや、そんな事より今の」
「オレ、先生がオレの事気にしてくれたんだって思って嬉しくなっちゃって」
先程の勢いのまま、今度はがばっと顔を上げる。
咲哉は目を丸くして高尾を見つめていた。
「勝手に期待したオレが悪かったのに先生にあたっちゃって」
「ちょっと、高尾君、よくわからな…」
「好き。先生、好き」
咲哉の目が更に大きく見開かれる。
そんな表情も可愛くて愛しい。
高尾は両手で咲哉の頬をぱしんと挟むと、咲哉の顔に自身の顔を近付けた。
「ちょ、高尾く…」
んむ、と二人の顔の間に間抜けな声が落ちる。
不思議な事に緊張は無かった。
唇が重なっているという事に喜びを感じて、それと同時に結構柔らかいんだなとか、初めてじゃんとか考える余裕もある。
「先生、オレ酷い生徒でごめん」
「い、まのは…事故ってことにするから」
「うん。それでもいい、今は」
高尾を気遣って差し伸べられた咲哉の手を取って立ち上がる。咲哉は困ったように目を細めながらも、高尾の頭をぽんと撫でた。
「足は、大丈夫だった?」
「ん。もうほとんど治ってっから」
「油断禁物っていっただろ、そこ座る」
咲哉の見せる大人な余裕に、本当なら悔しく思わなければいけないのかもしれないけれど。
今は思いが膨らむばかりで、咲哉を見下す高尾の顔は情けなくも緩み切っていた。
(第四話・終)
追加日:2017/10/14
移動前:2013/10/14