高尾と保健室の先生(黒バス)
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3.好きと興味
この秀徳高校の保健室に、人が訪れない日はない。
怪我や具合を悪くする人が一人として出ない平和な日があってもいいものだが、思いの外高校生は無邪気だ。
しかしここへやって来る生徒皆が体調を崩しているわけではない。
今日も今日とて、バターンとドアを開けた女子生徒は、元気な姿を咲哉に見せた。
「ねぇねぇ先生、最近高尾君がここに来てるって本当?」
「え?どうしたの急に」
女子生徒が来るのももはや日課。
具合の悪い子を除けば、サボりたくて来る子、何か悩みを抱えて来る子、ただ話をしたくて来る子と目的は様々だ。
しかし今日のこの質問は初めてのもので、咲哉は思わずきょとと目を開いた。
「あ!センセ―聞いてよ、この子ったらさ」
「ちょ、ちょっと余計な事言わないでよぉ」
「入学してすぐ高尾君に一目惚れしちゃってんの!先生最近仲良くしてるみたいだから、話聞きたいなーって」
三十路の咲哉がついて行くには早すぎる話の流れだ。
咲哉を置き去りにしたまま、穏やかそうな顔をした少女はやだぁと恥ずかしそうに顔を伏せて、もう一人の子はケラケラと笑っている。
「ねぇ先生、高尾君にさ、いろいろ聞いてよ!この子のためと思って!」
生徒と先生の距離感ってやつは一体どこへやら。
咲哉は苦笑いを浮かべつつ、ぼんやりとあの青年を思い出していた。
高尾和成君、高校一年生、バスケ部。
咲哉が知るのはたったのそれだけ。他に分かるのは見て分かる特徴くらいだ。
一見きつそうな顔つきだけどよく笑い、声は割と低くて大人びていて、でも可愛らしい。
「ほら、あんたからもお願いしときなよ!」
「えぇ…。でも先生そんなの迷惑ですよね?」
「迷惑っていうか…。君達が思っている程そんな…僕に出来るかな」
「出来る出来る!よろしく先生!」
顔を見合わせてやったねと喜ぶ女子生徒の姿に、咲哉は愛想笑いを浮かべて見送る。
彼女達が期待するほど仲良くなんてないのに。
変な探りを入れて、彼に嫌われたくないのに。
この感情がどこから来るのか分からないまま昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
一人になった咲哉は、椅子に深く腰かけ、ひっそりと頭を抱えた。
・・・
「…先生、今日何かあった?」
ふと、切れ長の目に覗き込まれ、咲哉はばっと顔を上げた。
ちらと横目で時計を見れば、いつの間にやら今日は放課後をむかえている。
珍しく午後は平和だったようだ。
「こんにちは、高尾君」
「うん、いやこんにちはだけど。いつもよりぼーっとしてね?寝てないのも珍しいよな」
そんなに寝てばかりだっただろうか。
顎に手を当て、視線を斜め上へと移動させる。
その視界の中に入り込んだ高尾は、ニッと笑って咲哉の頭に手を乗せた。
「お疲れさん、先生」
「…っ、びっくりした…。全く、皆して先生をなんだと思っているんだか」
自然と落ちた溜め息。
それに気付いた高尾は神妙な面持ちで咲哉の顔を覗き込んだ。
「皆して?オレ以外にもこういうことする奴いんの」
「へ?ああ、いや。いないよ。皆ノリが軽いから…僕が先生だってちゃんと分かってる?」
「あーそういう…はは、分かってっけど!先生ってなんか構いたくなるんだよなー」
学級担任よりもちょろいとか思われているのだろう。
咲哉はへらへらと笑いながら制服のポケットをまさぐり出した高尾を呆然と見つめていた。
バスケ部にしては、それほど背は高くない。
怪我した足は良くなって来たようで、歩く姿に覚える違和感は減ってきた。
手触り良さそうな髪の毛には、一体どんな手入れがされているだろう。
若いだけあって、肌も綺麗だ。
「何だよセンセ、照れるじゃん」
「え?」
「すげー見てたっしょ。足の心配?それとも単にオレが気になっちゃった的な?」
振り返った高尾が照れくさそうに頬をかく。
それで自分の失礼な態度に気付き、ぱっと視線を逸らした。
「ご、ごめん。なんかじろじろ見ちゃったよね。高尾君が格好良くてつい」
「まさかの後者!っはは!先生冗談とか言えんだな」
割と冗談でもなかったりするが、そういうことにして一緒に笑う。
咲哉に高尾のことを聞いてきた生徒達と変わらない。高尾のことが知りたいのは、咲哉も同じだ。
何か一つ、質問してみようか。
女子生徒に背を押される形ではあるが、そう思って聞きたいことを考える。
その咲哉の前で、高尾はとんっと指で机をたたいた。
「ぼーっとしてっけどホント平気?これ、おすそ分けな」
机の上に転がっている、見知らぬ小さな銀の包み。
高尾が手に取り開いたそれは、チョコレートだった。
「お世話になってる礼…にしちゃショボイけど」
「そんな、何もしてないのにお礼なんてもらえないよ」
「何言ってんだよ。いっつもオレの相手してくれてんじゃん。話聞いてくれるだけでも超感謝感激だから!」
はいどうぞ、と差し出されるチョコに、胸を奥がじんと暖かくなった気がした。
女子生徒からのもらい物はあっても、男子生徒からの感謝の品など初めてだ。
「あ、もしかしてチョコ嫌いだった?」
「いや…好きだよ。それなら有難くいただくね」
高尾の手から受け取ったチョコを、口の中に放り込む。
溶け出したチョコは甘すぎず、少しの苦さを口に残した。高校生には、少し背伸びしたみたいな大人の味。
「…先生、好きなんだ」
「ん?うん、好きだよ。コーヒーに合うしね」
「へー。今のコメント、なんかオトナって感じ」
「はは、どう見ても大人だろ?」
咲哉の言葉に、高尾が少しつまらなそうに唇を尖らせる。
なんとなく何を考えているか分かる気がするのは、高校生ならではの良くある悩みの一つに当てはまったからだ。
高校生は子供。オトナとの境界線ってなんだろう、と。
「先生にとってオレってやっぱ子供?」
そら来た、と予感的中に思わず笑ってしまう。
そんな咲哉の反応はやはり高尾にとって気に食わないものだったのだろう、むすと頬を膨らんでいく。
「わーっかってるよ。どうせガキだと思ってんだろ?」
「そりゃあね、可愛い生徒だから」
事実、高尾は間違いなく子供だ。
それを高尾自身分かっているようで、ふてくされながらも「そりゃそうだ」と笑ってみせた。
「…さっきコーヒーって言ってたけど、自分で入れたりすんの?」
「そうだね、入れたり、買ったり」
普段は具合の悪くなった子のために使用される椅子に、高尾が足をかばいながら腰かける。
よくある雑談。
彼は子供、そう思っているはずなのに、既にただの友人のような距離感だ。
「昼飯は?購買とかって先生が使うことあんの?」
「購買は使わないかな。でもコンビニで買ったり…作って持ってきたり」
「へー…え!?作んの!?先生って生活感なさそーって思ってた」
「なんだよそれ、酷いな」
目を丸くして、体を仰け反らせた高尾が程なくして笑い出す。
年頃、のせいだけではないだろう。高尾は良く笑い、表情をころころと変える。
そんな高尾を前にして、咲哉は自然と質問を投げかけていた。
「高尾君は?やっぱりお昼はお弁当?」
「いやーコンビニとか、足んなかったら購買で追加とかかな。すげぇ量食うからさ」
「バスケ部だもんね。でも今は油断してると無駄にお肉ついちゃったりして」
「ゲッ、言うなよそれ~」
けらけらと笑う高尾に、今日一日の疲れが癒されていくようだった。
会話の中で自然とお互いのことが分かっていくのが心地良い。
「へへ、なんか今日、センセー積極的じゃん。すげぇ嬉しい」
「積極的?」
「先生のこともっと知りてぇし、オレのことももっと知って欲しいから」
少し躊躇いがちに伸びてきた高尾の手が、咲哉の手をきゅっと握り締めた。
なんだかそれは、年齢差を気にしない友情の証みたいで。
咲哉はそれに応えるように、高尾の手に自分の手を重ねた。
「へへっ…」
重なったところから汗ばんでいく。
照れくさそうにはにかんだ高尾は年相応に愛らしく、なんだか、甘酸っぱい青春の雰囲気が漂った。
「…なー先生、昼はここで食っちゃ駄目?」
「何、悩みがあるわけでもあるまいし。クラスにお友達、いるだろ?」
「そりゃいるけど…」
「お昼まで先生の相手してくれなくて平気だよ。他の生徒も、具合悪い子も来るからね」
お昼休みでは、せっかく高尾が来てくれてもこうして相手をしてあげられないだろう。
恋悩み多き女子高生も来るかもしれないし。
「そっか、やっぱ教室居心地悪くて来るみたいな生徒もいるんだ」
「え、まぁ、そういう場所でもあるから…」
「ならしゃーないか。にしても先生、ウザがらず相手してくれてあんがと」
そしてまた嬉しそうにはにかむ。
可愛らしい笑顔に芽生えるのは、間違いなく愛情だ。
咲哉はふわふわとした暖かい感情を抱えながら、誤魔化すように高尾の足に視線を落とした。
・・・
自然とにやける口元を押さえて廊下を歩く。
足を怪我してから何度目かになる放課後。
日課のように保健室に通う高尾の目的は、初日を除き治療ではない。
「はぁ…昨日の先生、まじで可愛かったな…」
今まで話を聞くだけだった先生は、昨日ついに自分に興味を持ってくれたように感じた。
手と手が重なった感覚は、未だ忘れられず残っている。
細い指、暖かい掌。綺麗な爪の形。全部覚えている。
それでもまだ咲哉にとっては一生徒でしかない。だから、独り占めできる放課後に通い詰めるしかないのだ。
「失礼しまーす」
もっと仲良くなりたい一心で、初日には躊躇いがあったはずの保健室のドアを堂々と開く。
今日の高尾の目に映ったのは、机に突っ伏して目を閉じる咲哉の寝顔。
呼吸に合わせて動く背中。
そういう何気ない動作にすら、ドキと胸が鳴る。
「…先生」
可愛い。そう呟きそうになった口をぱっと押える。
高尾の見下ろす先で、咲哉が身じろぎした。
「あ…高尾君、おはよ」
「っはは!はよ、じゃねーよセンセ。今放課後」
「ふ、そうだよな」
寝ぼけてたかな?と咲哉が顔を上げて笑う。
そんなところも可愛い。こういう穏やかな雰囲気が最高にいい。
「あ、そうだ高尾君。今日来てくれて良かったよ。手、出して」
「ん?手?」
言われるがまま掌を上に向けて出す。
手に置かれたのは、ピンクのかすみ草がデザインされた包装。
その中に見えるのは、クッキーと丸いチョコレート。
「昨日のお礼。高尾君、本当は甘いやつの方が好きなんじゃないかと思って」
「へ…?な、なにこれ、もしかして手作りじゃ…」
「昨日僕が料理できるかどうかって疑ってただろ?簡単なのだけど、作ったから確認してみてよ」
お礼ったって、高尾が昨日渡したのは市販のチョコ。しかも大袋から取り出した数個だ。
あまりにも大きすぎる見返りに困惑しながらも、それ以上の感動に顔が緩む。
今食ってもいいかと目で訴えると、咲哉は「どうぞ」と目を細めた。
「っ…いただきまーす」
こういうのは本来作った方が緊張するものなのだろう。
今緊張しているのは高尾の方だ。
だってあの手が、この人が作った。
「ん…んめぇ!」
「はは、それは良かった」
「先生、ありがと!すげー大好き!」
「大げさだなぁ、これくらいでこんなに喜んでくれるなら、安いものだよ」
言葉通り嬉しそうに笑う先生。
皆の先生の笑顔だ、高尾のものではない。
それでもこの時間、放課後のひと時だけは高尾のものだ。
なんて。どこか物足りなさを感じながら、高尾はいつもの椅子に腰かけた。
「あ…忘れてた、足はどう?」
「忘れてたって!先生、寝ぼけてんじゃん!」
足の痛みは、まだ少し残っている。
(第三話・終)
追加日:2017/10/07
この秀徳高校の保健室に、人が訪れない日はない。
怪我や具合を悪くする人が一人として出ない平和な日があってもいいものだが、思いの外高校生は無邪気だ。
しかしここへやって来る生徒皆が体調を崩しているわけではない。
今日も今日とて、バターンとドアを開けた女子生徒は、元気な姿を咲哉に見せた。
「ねぇねぇ先生、最近高尾君がここに来てるって本当?」
「え?どうしたの急に」
女子生徒が来るのももはや日課。
具合の悪い子を除けば、サボりたくて来る子、何か悩みを抱えて来る子、ただ話をしたくて来る子と目的は様々だ。
しかし今日のこの質問は初めてのもので、咲哉は思わずきょとと目を開いた。
「あ!センセ―聞いてよ、この子ったらさ」
「ちょ、ちょっと余計な事言わないでよぉ」
「入学してすぐ高尾君に一目惚れしちゃってんの!先生最近仲良くしてるみたいだから、話聞きたいなーって」
三十路の咲哉がついて行くには早すぎる話の流れだ。
咲哉を置き去りにしたまま、穏やかそうな顔をした少女はやだぁと恥ずかしそうに顔を伏せて、もう一人の子はケラケラと笑っている。
「ねぇ先生、高尾君にさ、いろいろ聞いてよ!この子のためと思って!」
生徒と先生の距離感ってやつは一体どこへやら。
咲哉は苦笑いを浮かべつつ、ぼんやりとあの青年を思い出していた。
高尾和成君、高校一年生、バスケ部。
咲哉が知るのはたったのそれだけ。他に分かるのは見て分かる特徴くらいだ。
一見きつそうな顔つきだけどよく笑い、声は割と低くて大人びていて、でも可愛らしい。
「ほら、あんたからもお願いしときなよ!」
「えぇ…。でも先生そんなの迷惑ですよね?」
「迷惑っていうか…。君達が思っている程そんな…僕に出来るかな」
「出来る出来る!よろしく先生!」
顔を見合わせてやったねと喜ぶ女子生徒の姿に、咲哉は愛想笑いを浮かべて見送る。
彼女達が期待するほど仲良くなんてないのに。
変な探りを入れて、彼に嫌われたくないのに。
この感情がどこから来るのか分からないまま昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
一人になった咲哉は、椅子に深く腰かけ、ひっそりと頭を抱えた。
・・・
「…先生、今日何かあった?」
ふと、切れ長の目に覗き込まれ、咲哉はばっと顔を上げた。
ちらと横目で時計を見れば、いつの間にやら今日は放課後をむかえている。
珍しく午後は平和だったようだ。
「こんにちは、高尾君」
「うん、いやこんにちはだけど。いつもよりぼーっとしてね?寝てないのも珍しいよな」
そんなに寝てばかりだっただろうか。
顎に手を当て、視線を斜め上へと移動させる。
その視界の中に入り込んだ高尾は、ニッと笑って咲哉の頭に手を乗せた。
「お疲れさん、先生」
「…っ、びっくりした…。全く、皆して先生をなんだと思っているんだか」
自然と落ちた溜め息。
それに気付いた高尾は神妙な面持ちで咲哉の顔を覗き込んだ。
「皆して?オレ以外にもこういうことする奴いんの」
「へ?ああ、いや。いないよ。皆ノリが軽いから…僕が先生だってちゃんと分かってる?」
「あーそういう…はは、分かってっけど!先生ってなんか構いたくなるんだよなー」
学級担任よりもちょろいとか思われているのだろう。
咲哉はへらへらと笑いながら制服のポケットをまさぐり出した高尾を呆然と見つめていた。
バスケ部にしては、それほど背は高くない。
怪我した足は良くなって来たようで、歩く姿に覚える違和感は減ってきた。
手触り良さそうな髪の毛には、一体どんな手入れがされているだろう。
若いだけあって、肌も綺麗だ。
「何だよセンセ、照れるじゃん」
「え?」
「すげー見てたっしょ。足の心配?それとも単にオレが気になっちゃった的な?」
振り返った高尾が照れくさそうに頬をかく。
それで自分の失礼な態度に気付き、ぱっと視線を逸らした。
「ご、ごめん。なんかじろじろ見ちゃったよね。高尾君が格好良くてつい」
「まさかの後者!っはは!先生冗談とか言えんだな」
割と冗談でもなかったりするが、そういうことにして一緒に笑う。
咲哉に高尾のことを聞いてきた生徒達と変わらない。高尾のことが知りたいのは、咲哉も同じだ。
何か一つ、質問してみようか。
女子生徒に背を押される形ではあるが、そう思って聞きたいことを考える。
その咲哉の前で、高尾はとんっと指で机をたたいた。
「ぼーっとしてっけどホント平気?これ、おすそ分けな」
机の上に転がっている、見知らぬ小さな銀の包み。
高尾が手に取り開いたそれは、チョコレートだった。
「お世話になってる礼…にしちゃショボイけど」
「そんな、何もしてないのにお礼なんてもらえないよ」
「何言ってんだよ。いっつもオレの相手してくれてんじゃん。話聞いてくれるだけでも超感謝感激だから!」
はいどうぞ、と差し出されるチョコに、胸を奥がじんと暖かくなった気がした。
女子生徒からのもらい物はあっても、男子生徒からの感謝の品など初めてだ。
「あ、もしかしてチョコ嫌いだった?」
「いや…好きだよ。それなら有難くいただくね」
高尾の手から受け取ったチョコを、口の中に放り込む。
溶け出したチョコは甘すぎず、少しの苦さを口に残した。高校生には、少し背伸びしたみたいな大人の味。
「…先生、好きなんだ」
「ん?うん、好きだよ。コーヒーに合うしね」
「へー。今のコメント、なんかオトナって感じ」
「はは、どう見ても大人だろ?」
咲哉の言葉に、高尾が少しつまらなそうに唇を尖らせる。
なんとなく何を考えているか分かる気がするのは、高校生ならではの良くある悩みの一つに当てはまったからだ。
高校生は子供。オトナとの境界線ってなんだろう、と。
「先生にとってオレってやっぱ子供?」
そら来た、と予感的中に思わず笑ってしまう。
そんな咲哉の反応はやはり高尾にとって気に食わないものだったのだろう、むすと頬を膨らんでいく。
「わーっかってるよ。どうせガキだと思ってんだろ?」
「そりゃあね、可愛い生徒だから」
事実、高尾は間違いなく子供だ。
それを高尾自身分かっているようで、ふてくされながらも「そりゃそうだ」と笑ってみせた。
「…さっきコーヒーって言ってたけど、自分で入れたりすんの?」
「そうだね、入れたり、買ったり」
普段は具合の悪くなった子のために使用される椅子に、高尾が足をかばいながら腰かける。
よくある雑談。
彼は子供、そう思っているはずなのに、既にただの友人のような距離感だ。
「昼飯は?購買とかって先生が使うことあんの?」
「購買は使わないかな。でもコンビニで買ったり…作って持ってきたり」
「へー…え!?作んの!?先生って生活感なさそーって思ってた」
「なんだよそれ、酷いな」
目を丸くして、体を仰け反らせた高尾が程なくして笑い出す。
年頃、のせいだけではないだろう。高尾は良く笑い、表情をころころと変える。
そんな高尾を前にして、咲哉は自然と質問を投げかけていた。
「高尾君は?やっぱりお昼はお弁当?」
「いやーコンビニとか、足んなかったら購買で追加とかかな。すげぇ量食うからさ」
「バスケ部だもんね。でも今は油断してると無駄にお肉ついちゃったりして」
「ゲッ、言うなよそれ~」
けらけらと笑う高尾に、今日一日の疲れが癒されていくようだった。
会話の中で自然とお互いのことが分かっていくのが心地良い。
「へへ、なんか今日、センセー積極的じゃん。すげぇ嬉しい」
「積極的?」
「先生のこともっと知りてぇし、オレのことももっと知って欲しいから」
少し躊躇いがちに伸びてきた高尾の手が、咲哉の手をきゅっと握り締めた。
なんだかそれは、年齢差を気にしない友情の証みたいで。
咲哉はそれに応えるように、高尾の手に自分の手を重ねた。
「へへっ…」
重なったところから汗ばんでいく。
照れくさそうにはにかんだ高尾は年相応に愛らしく、なんだか、甘酸っぱい青春の雰囲気が漂った。
「…なー先生、昼はここで食っちゃ駄目?」
「何、悩みがあるわけでもあるまいし。クラスにお友達、いるだろ?」
「そりゃいるけど…」
「お昼まで先生の相手してくれなくて平気だよ。他の生徒も、具合悪い子も来るからね」
お昼休みでは、せっかく高尾が来てくれてもこうして相手をしてあげられないだろう。
恋悩み多き女子高生も来るかもしれないし。
「そっか、やっぱ教室居心地悪くて来るみたいな生徒もいるんだ」
「え、まぁ、そういう場所でもあるから…」
「ならしゃーないか。にしても先生、ウザがらず相手してくれてあんがと」
そしてまた嬉しそうにはにかむ。
可愛らしい笑顔に芽生えるのは、間違いなく愛情だ。
咲哉はふわふわとした暖かい感情を抱えながら、誤魔化すように高尾の足に視線を落とした。
・・・
自然とにやける口元を押さえて廊下を歩く。
足を怪我してから何度目かになる放課後。
日課のように保健室に通う高尾の目的は、初日を除き治療ではない。
「はぁ…昨日の先生、まじで可愛かったな…」
今まで話を聞くだけだった先生は、昨日ついに自分に興味を持ってくれたように感じた。
手と手が重なった感覚は、未だ忘れられず残っている。
細い指、暖かい掌。綺麗な爪の形。全部覚えている。
それでもまだ咲哉にとっては一生徒でしかない。だから、独り占めできる放課後に通い詰めるしかないのだ。
「失礼しまーす」
もっと仲良くなりたい一心で、初日には躊躇いがあったはずの保健室のドアを堂々と開く。
今日の高尾の目に映ったのは、机に突っ伏して目を閉じる咲哉の寝顔。
呼吸に合わせて動く背中。
そういう何気ない動作にすら、ドキと胸が鳴る。
「…先生」
可愛い。そう呟きそうになった口をぱっと押える。
高尾の見下ろす先で、咲哉が身じろぎした。
「あ…高尾君、おはよ」
「っはは!はよ、じゃねーよセンセ。今放課後」
「ふ、そうだよな」
寝ぼけてたかな?と咲哉が顔を上げて笑う。
そんなところも可愛い。こういう穏やかな雰囲気が最高にいい。
「あ、そうだ高尾君。今日来てくれて良かったよ。手、出して」
「ん?手?」
言われるがまま掌を上に向けて出す。
手に置かれたのは、ピンクのかすみ草がデザインされた包装。
その中に見えるのは、クッキーと丸いチョコレート。
「昨日のお礼。高尾君、本当は甘いやつの方が好きなんじゃないかと思って」
「へ…?な、なにこれ、もしかして手作りじゃ…」
「昨日僕が料理できるかどうかって疑ってただろ?簡単なのだけど、作ったから確認してみてよ」
お礼ったって、高尾が昨日渡したのは市販のチョコ。しかも大袋から取り出した数個だ。
あまりにも大きすぎる見返りに困惑しながらも、それ以上の感動に顔が緩む。
今食ってもいいかと目で訴えると、咲哉は「どうぞ」と目を細めた。
「っ…いただきまーす」
こういうのは本来作った方が緊張するものなのだろう。
今緊張しているのは高尾の方だ。
だってあの手が、この人が作った。
「ん…んめぇ!」
「はは、それは良かった」
「先生、ありがと!すげー大好き!」
「大げさだなぁ、これくらいでこんなに喜んでくれるなら、安いものだよ」
言葉通り嬉しそうに笑う先生。
皆の先生の笑顔だ、高尾のものではない。
それでもこの時間、放課後のひと時だけは高尾のものだ。
なんて。どこか物足りなさを感じながら、高尾はいつもの椅子に腰かけた。
「あ…忘れてた、足はどう?」
「忘れてたって!先生、寝ぼけてんじゃん!」
足の痛みは、まだ少し残っている。
(第三話・終)
追加日:2017/10/07