八乙女楽(IDOLiSH7)
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3.色っぽくなる為に
大きい手が素肌をなぞる。
ほんの少し触れる程度の刺激がくすぐったくて、捩った体は腰を抱く手に引き寄せられた。
同時に向けられる視線は慈しむようで、深く深く誘うよう。
「キスしてもいい?」
「…サツキがいいなら」
その熱い眼差しに応えて唇を寄せる。
これもほんの少し触れるだけ。指先に落とし、上目で見上げてにこりと微笑む。
途端に頬が色付き、腰に重なった手がぶると震えた。
「はぁ…サツキ…」
「何?」
「俺も、キスしていいか?」
その問いは答えを待たずにサツキの手を引いた。
執事が主の手を引くみたいに、騎士が姫に忠誠を誓うみたいに、優しく導かれた指先に柔らかい感触が触れる。
「サツキ…」
「ん、龍…」
名前を呼び合って、頬を寄せる。
細い肩を抱き寄せるその大きな手が熱くて、サツキは目を閉じて幸せを噛み締めるように微笑んだ。
そんなドラマのワンシーンみたいな一時。
圧倒された人達の溜め息の中、ぱんぱんと乾いた音がその空気をかき消した。
「おっけー!じゃあ少し休憩にしよう!」
同時に響いたのは男性の明るい声。
それを契機に、はーっと息を吐いた龍之介がベッドから足を下ろした。
「あ、りゅ…龍之介さんお疲れ様です」
咄嗟に顔を上げてそう声をかければ、龍之介が応えるようにパッと振り返る。
それまでの男らしさから一転、龍之介は照れ臭そうにはにかんだ。
「サツキもお疲れ様」
スタッフが持って来た上着を肩にかけて一歩踏み出した龍之介に続き、サツキもベッドから腰を浮かせる。
初めての事ばかりで困惑しているサツキに気付いたのだろう。
龍之介はもう一度振り返ってちょいちょいと手招いた。
「サツキ、こっちおいで」
「は、はい」
今撮った写真が確認出来るよ、と。
そう言って機材の近くに座った龍之介に、サツキも寄り添うようにして並ぶ。
少し大き目のモニターには、確かに今撮られたのだろう写真が映し出されていて、サツキは思わず「おお」と声を漏らした。
「それにしても、サツキがすごくて驚いたよ」
「すごい?」
「うん。表情とか仕草とか…なんていうのかな、大人っぽくて」
いつもなら「恥ずかしいこと言わないでよ」と照れ隠しに俯いていたようなセリフ。
しかし、サツキはその龍之介の言葉に納得していた。
モニターに映し出された写真には、思わず我ながら感動してしまう。
龍之介の浅黒い肌と、自分の白い肌が触れ合っている様は、見事に恋人同士の艶事を演出していた。
「自分じゃないみたい…」
「サツキが躊躇なく演じてくれたから、俺も助けられたよ」
「え!?そんな、龍…のすけさんほどじゃないです」
顔の前で手のひらを小刻みに振って、ついでに首も横に振る。
すると龍之介は、サツキの龍之介への敬意とは裏腹に、しゅんと眉を寄せてサツキを見つめる目を細めた。
「…ねえ、サツキ。それ、仕事場だから?」
「はい?」
「龍之介さんって、なんか無理して言ってるみたいだけど」
いつもみたいに「龍」でいいのに。
不服そうに言った龍之介に、サツキは肩をすくめて誤魔化した。
画面に映された画像がぺらぺらと捲られる。
指示があったわけでもなく寄せた唇。映された角度からは丁度見えるか見えないか。
「いやあ、牧野君すごいよ。かなり色っぽいね」
その撮影の成果を覗き込み、声をかけてきたカメラマンに、サツキはぱっと振り返った。
先日初めて顔を合わせたばかりのお兄さん。TRIGGERをよく担当する方らしい。
「あ、有難うございます。俺も、綺麗に撮ってもらえて嬉しいです」
「やっぱり十君の影響かな?」
「そうですね。TRIGGERの皆さんを見て勉強してますから」
皆色っぽいもんねぇ。と納得して笑うカメラマンと、自信なさげに笑う龍之介。
サツキは人知れずホッとして胸を撫で下ろしていた。
誰にも言えない、先日のトレーニングのこと。
思い出すだけで顔から熱が吹き出しそうで、サツキは顔を逸らして頬をかいた。
・・・
撮影の数週間前のこと。
この日、TRIGGERは近々リリース予定のCDジャケット撮影を行っていた。
三人が慣れているからか、スムーズに撮影を終えた現場には和やかな空気が流れる。
勉強のためと撮影について来ていたサツキは、終始口を開けたまま茫然としていた。
あまりに三人が格好良くて。何か言いたい思いと裏腹に、それが言葉にならない。
「サツキ、変な顔してどうした?」
「あ…、お疲れ様!相変わらず、本当に格好良かったよ!」
「はは、有難う」
目を細めて笑う龍之介に、つられて頬を緩める。
前の肌蹴た服のせいで、目の前に晒された肉体。男らしい筋肉のついた体は、恐らくTRIGGER一だろう。
「ああ、やっぱりいいね!」
そう考えていたサツキの後ろで、突然カメラを抱えた男性が声を上げた。
振り返ると、その男性は目をキラキラとさせて二人に近付いてくる。
「少しエッチな特集記事なんだけどね、十君で撮りたいと思ってるんだ」
「は、はあ」
「相手の女性が欲しいんだけど、どうにもピンと来る人が見つからなくて…今!ピンと来たよ!!」
ビシッと人差し指を向けられ、サツキはぽかんと口を開けた。
その指と同じように指を自分に向け、首をかしげる。
「お、俺?」
「色も白さとその華奢な体…十君と相性バッチリだ!」
その熱意ある声に、思わずサツキと龍之介とがぱちくりと目を合わせる。
いくらなんでも、男同士でそんな無茶な。
そんな気持ちを目で伝え合った二人だったが、既にやる気満々のカメラマンに断りの言葉を入れるなど出来るはずもなかった。
そんな勢いで撮影の仕事を受けた日の夜。
サツキの部屋の扉を叩いたのは、九条天だった。
すっすと優雅な歩みで近付いてきた天が、サツキのベッドに腰掛けサツキの顔を覗き込む。
「雑誌の撮影の話、…不安そうだったね」
「それはそうですよ…。内容が内容だしちょっと…」
「だろうね。僕もサツキには無理だと思うよ。今の、何にも知らない初心なサツキには、ね」
“今の”と強く主張した天の視線が、サツキの頭から足までをなぞった。
サツキが纏うのは風呂上りの緩めな服。
その少し緩んだ首元に触れると、天は深く溜め息を吐いた。
「一応聞くけど。ベッドの上で男女がすることなんて、勿論知らないんでしょ」
「え」
「そもそもそういう処理、ちゃんとしてる?」
当然のようにきょとんとしたサツキに、天は目を閉じて肩を落とした。
「仮にもそういう撮影するなら、行為の良さ…くらい知っておかないと」
「え…?」
「本当はこういうのは僕の役目じゃないと思うけど、あの二人じゃどうなるか分かったもんじゃないし」
「っ、え、ちょ、」
天が下から覗き込むようにサツキに顔を近付ける。
その彼の手がサツキの耳から首をなぞり、するりと胸の上で止まった。
「サツキ、好きな人は…いるわけないか。一番好きな人は誰?」
「えっ、え、何?」
「じゃあ一番エロいのは?」
「え、そ…楽、かな」
「へえ、僕じゃないんだ」
僕もエロいんだけど。と一言付け足して、怪しげに目を細める。
そんな天にドキッとしたのも束の間、天はサツキの頬に軽く口付けた。
驚きのあまり目を開いて固まったサツキの耳元で、天が呟く。
「…楽のどこが好き?」
「え、と…こ、声とか…、」
「想像して」
そんな無茶な要求をした天の手は、どんどん下へと降りていく。
どこかで止まるだろう、そんなサツキの予想は裏切られるらしい。
ズボンの隙間、そこから天の細い指が入り込む。サツキは咄嗟に身を引き、天の肩を掴んだ。
「ちょ、ちょっと、駄目だよ…!」
天の妙な行動を止める為に張り上げた声。
それと同時に前触れもなく開かれた扉。数歩近づこうとしたのだろう足音が止まった。
至近距離にある天の顔のその向こうに、天よりも薄い色の髪が揺れている。
「おい、何してんだ…?」
「うわ。嘘でしょ、なんで来るかな」
「天、お前…!」
歩み寄ってきた楽は、そのまま天に掴みかかる勢いで手を伸ばしていた。
何かいけない誤解を生んだ。それに気が付いても、どうしたら良いのか咄嗟に浮かぶはずもない。
ただこのままではマズイということは確かで、サツキは思わず楽の腕を掴んだ。
「ち、違うよ楽!これは、その、やましいことじゃなくて、今度の撮影のために九条さんが…!」
「は?」
「俺が、な、なんて言うのかな…そういうの、知らなすぎるから…」
この妙に必死の弁明は、逆に誤解を生んでしまうようなものだったかもしれない。
しかし、楽は暫く何も言わずに二人を交互に見てから、深く溜め息を吐いてその手を引っ込めた。
「ふざけんなよ、天。だからって、こんなことする必要ねえだろ」
「そう?この子、君が大切に育てすぎたせいで何にも知らないみたいだけど」
「そこまで重要な撮影じゃねぇだろ。ドラマじゃあるまいし」
「新人に仕事選ぶ余裕あるわけないでしょ。全て全力でこなすのがサツキの仕事だよ」
ね、と天の顔がこちらを向き、サツキは慌てて首を縦に大きく振った。
天の言う通りだ。サツキにとって雑誌の撮影は初めてのこと。その為に万全の準備をするのは至極当然。
「なら…後は俺がやる」
「ダメ」
「お前がしてる以上のことはしねえよ」
暫く二人が睨み合って、沈黙がサツキの部屋に流れる。
立ち上がったのは、天だった。
「はぁ。こんなことで楽ともめるなんて馬鹿馬鹿しいよ。勝手にすれば」
楽の横を通り過ぎて、天は小さく「あとはもう知らない」と乱暴に吐き出した。
そのままばたんと閉じられた扉を一度振り返り、楽が苛立った様子でサツキの肩に手を置く。
ぎゅうと掴まれた肩が軋む。サツキを見下ろす鋭い眼光は、胸を突き刺すようだ。
「お前、何されそうになったか分かってんのか?」
「わ、わか、ってる、と思う…。で、でも、九条さんの言う事、聞かない理由の方がないし…」
「お前な…」
その溜め息は呆れか、それとも軽蔑か。
どちらにせよサツキは顔を上げられず、楽から目を逸らした。
恥ずかしさもある、不甲斐無さもある。いろんな感情が、どくどくと心臓を打ちつける。
「はあ…。つまりお前は天みたいにエロくなりてぇってことだろ?」
「九条さん、っていうか…」
「いいよ。手本見せてやる。お前もやれよ」
「え…?」
楽が動き出すまでに、口を挟む余裕はなかった。
徐にこちらに差し出された手が、サツキの顔を優しく包む。
頬をするりと撫で、顎をなぞり、戸惑い泳ぐサツキの手を掴んで。楽はその指先を指で優しく掴み、流れるようにそこへ口付けた。
「っ…」
「ほら、サツキもしてみな」
楽が自分から手をこちらに向ける。
白い、綺麗な指だ。長くて、大きくて、細いけれど骨ばって男らしい。
「…楽は、本当に綺麗だね」
「は?何だよ急に」
「急、じゃないよ。顔も声も、仕草も、…全部、俺は楽が一番好き」
だから、楽にこんなことして欲しくない。
自分のことに楽を巻き込んでしまうなんて、自分が許せない。
「え、うわっ」
そんなことを考えて楽の指を見つめていたサツキの視界から、楽の顔が消えた。
首に暖かい感触と、ふわとくすぐった暖かい息。楽の柔らかい髪の毛が首を触り、サツキはびくりと体を震わせた。
「が、楽…!?」
ただ触れ合うんじゃない。恋人同士のような、熱のある触り方だ。
首に触れる楽の唇がしっとりと肌をなぞり、時折軽く啄まれる。
楽の息が触れる度に頭がぼうっとして、全身に血が巡っていくようで、熱くてたまらなくて。
「たった?」
耳元で息がそう言葉を作った。
「え…?」
「ここ」
一瞬なんのことか分からなかった。けれど楽の手がサツキの内腿に触れた時、サツキははっと顔を上げた。
下半身の疼き、明らかな違和感。
サツキは咄嗟に自分の股間を手で押さえ、真っ赤になった顔で楽を見上げた。
「手、どけろよ」
「む、無理!」
「別に遠慮すんな。俺は嫌じゃねえし、お前は気持ちいいだけ…」
「さ、さっきも言った!楽の手は…っ、俺が一番好きな手なんだよ…」
今にも触ろうとする楽の手を跳ねのけ、ぶんぶんと首を横に振る。
衣装の時は手袋で隠されたその手。ダンスの時に華麗に舞って、歌う時にはしっかりとマイクを掴む手だ。
「こんなことされたら、今度から申し訳なくて、どんな目で見たらいいか…」
ただ体に触れるだけならともかくだ。
そんな汚いところを触られたら、今までの背徳感とは比にならない。
だから止めてくれと楽を見上げたのに、楽の口元はニッと笑っていた。
「へえ」
楽の指がサツキの顎をなぞる。
思わずドキッとしたのは言うまでもない。顔を逸らそうとすれば、それを許すまいと大きな手で無理矢理顔の向きを変えられた。
「っ、」
「元々天もこうするつもりだったみたいだしな。いいから、気持ち良くなってろって」
先程天の手の侵入を食い止めた場所。
同じ場所へ辿って来た楽の手が、すんなりとサツキのズボンの内側に入り込んだ。
「、あ、待って…!」
咄嗟に楽の腕を掴み、抵抗を示す。
しかし、撫でるように手がそこを触り、連動して妙な感覚がサツキの体に走った。
「ひ、」
腰がぞくりと震え、自然と体が前に倒れる。
サツキは知らない刺激の耐えがたさに、楽の服をぎゅっと握りしめていた。
きつく目を閉じ、受け止められない現実から逃れようとあがく。
それを、服の擦れる音と自分の下半身から溢れる水音が許してくれない。
「あ、っ、嫌だ、待って、待って…!」
「気持ちいいか?」
「わかんない…、変、痛い、何か嫌だ…!」
追い詰められていくような感覚に、自然と声が大きくなる。
これが気持ち良いというものなのか、それすらも分からない焦燥感。
絡み付く楽の手に、サツキは自然と流れた涙を楽の肩に押し付けた。
「あ…っ、…っ!」
歯を食いしばって、叫びそうになった声を抑え込む。
勝手に腰が揺れ、閉じた視界がチカチカと瞬いた。
たぶん今、楽の手はサツキの体液で汚れている。
分かってしまうから目を開けられなくて、サツキは楽の肩に顔を埋めたまま肩を上下に揺らした。
「はあ…、っ…」
「サツキ…」
サツキに触れていないもう片方の手で、楽がぽんぽんとあやすようにサツキの肩を叩く。
そんなことをされても、暫くこの罪悪感と羞恥はなくならないだろう。
顔を上げられないサツキを抱き締めたまま、楽は色っぽ過ぎる溜め息の後、顔を寄せた。
「いれてぇ…」
耳元で聞こえた楽の声。
サツキは激しい耳鳴りの中、聞き取れなかった楽の声にようやく顔を上げた。
「…ん、何…?」
「いや、なんでもねぇよ」
ぼうっとしたまま、楽の顔を覗き込む。
楽は小さく首を振って、サツキの頬を濡らす涙を拭った。
「その撮影っての、シチュエーションはよく聞いてねえけど」
「…うん?」
「今はどうだ?気持ち良さと相まって、相手に触りてぇって感じるだろ」
触りたい、誰に、楽に。
サツキは茫然と楽の体を見つめて、それからまた体が熱くなるのを感じた。
「はっ…もう終わり?って、顔してるぜ」
「そ、そう、なの?」
「すげぇ、エロい」
その不敵な笑みの方がよっぽどエロい。
サツキは自分のもので汚れた手を軽く舌で舐めとった楽から目を逸らし、また込み上げた恥ずかしさに目を伏せた。
・・・
「それで、サツキはどうだった?」
雑誌の撮影があった翌日。
事務所の一室で、天はチラと龍之介を見上げた。
「すごく良かったよ。カメラマンさんもスタッフさんも皆釘付けだった」
龍之介のさっぱりとした返答に、天はふうんと息を漏らし目を細める。
身長差から、自然と龍之介を見る天は上目遣いになる。
なっているはずなのに、可愛げを感じさせない視線に、龍之介は困ったように笑った。
「え、何?」
「龍から見たサツキは?」
「お、俺から見た?」
「そ。違うでしょ、実際に目の前で見るのとでは」
龍之介は思い出すように視線を天井へと移動させて「ううん」と声を漏らした。
撮影で撮った写真に写っていたのは女性のような細く綺麗な背中、指。恋人同士のような空間。
意図的だろう、サツキの顔はほとんど写っていなかったのだ。
「…本当に愛されている気分になった」
「うん」
「何よりあの表情が…すごく、色っぽかったんだ」
だから、写真にほとんど撮られなかったのが心底もったいなくて。
けれどそれ以上に優越感があった。自分だけが見れた、サツキの姿。
「…天、なにかしたんだろ」
それと同時に沸き上がったのは、優越感以上の困惑だ。
サツキが演技できるなんて知らなかったし、何より見たことのない姿に、当初龍之介は驚きを隠すので精一杯だった。
「天、サツキが一緒に撮るって話、乗り気じゃない感じだったもんな」
「いや、僕は何もできなかったよ。楽に邪魔されて」
「…楽?」
天は不服そうに、というか納得いかないといった様子でため息をついた。
腰に手を当て、頭をかいて、そのまま龍之介を見上げる目は、ファンであったら悩殺ものだろう。
「あの二人…兄弟のくせに、どうかしてる」
「な、何かあったのか」
「さあね」
一度しっかり龍之介を見つめた天の瞳は、既にどこか違う方を見ている。
「でも…、サツキと楽は」
「知ってるよ。知ってるから余計に」
嫌になる、そう吐き出した天には、何か見えているのだろう。
龍之介は眉を寄せて腕を組んだ。
沈黙が落ちる。いやな沈黙だ。
「あ、九条さん、十さん!事務所にいらしたんですね」
そんな沈黙をかき消したのは、一人の男性の声だった。
ぱっと振り返ると、大きな箱を持って何か焦った様子で部屋の中を見渡すサツキのマネージャーが立っている。
「どうかしたんですか?」
「いえその…サツキが、どこにいるかご存知ですか!?」
少し早口にそう言ったマネージャーに対し、天と龍之介は目を見合わせた。
確か今日は事務所には来ていたはずだが、どこにいるかまで把握はしていない。
「知らない、ですか…すみません、失礼します」
「あ、そのダンボール、運ぶの手伝いましょうか?」
「い、いえこれは…」
マネージャーはやはり焦った様子で段ボール箱を腕に抱き寄せる。
天は何を思ったのか、徐にその箱に手を入れていた。
「九条さん!」
マネージャーが声を上げたのも気にせず、天は取り出した紙をペラと開いて目を動かす。
書かれた文字を追ったその目は怪訝そうに細められ、マネージャーを睨みつけた。
「何があったの」
「…、」
「サツキのところに行くよ、龍も」
「えっ…、な、何が…」
天はマネージャーを押し退け、手に握っていた紙を龍之介に押し付けた。
いいから早くと、そう言いたげな視線に、龍之介も慌ててその後ろに続く。
紙を開いた龍之介の目は大きく開かれ、言葉無い口を開くことしか出来なかった。
(第三話・終)
追加日:2017/10/01
移動前:2015/11/04
大きい手が素肌をなぞる。
ほんの少し触れる程度の刺激がくすぐったくて、捩った体は腰を抱く手に引き寄せられた。
同時に向けられる視線は慈しむようで、深く深く誘うよう。
「キスしてもいい?」
「…サツキがいいなら」
その熱い眼差しに応えて唇を寄せる。
これもほんの少し触れるだけ。指先に落とし、上目で見上げてにこりと微笑む。
途端に頬が色付き、腰に重なった手がぶると震えた。
「はぁ…サツキ…」
「何?」
「俺も、キスしていいか?」
その問いは答えを待たずにサツキの手を引いた。
執事が主の手を引くみたいに、騎士が姫に忠誠を誓うみたいに、優しく導かれた指先に柔らかい感触が触れる。
「サツキ…」
「ん、龍…」
名前を呼び合って、頬を寄せる。
細い肩を抱き寄せるその大きな手が熱くて、サツキは目を閉じて幸せを噛み締めるように微笑んだ。
そんなドラマのワンシーンみたいな一時。
圧倒された人達の溜め息の中、ぱんぱんと乾いた音がその空気をかき消した。
「おっけー!じゃあ少し休憩にしよう!」
同時に響いたのは男性の明るい声。
それを契機に、はーっと息を吐いた龍之介がベッドから足を下ろした。
「あ、りゅ…龍之介さんお疲れ様です」
咄嗟に顔を上げてそう声をかければ、龍之介が応えるようにパッと振り返る。
それまでの男らしさから一転、龍之介は照れ臭そうにはにかんだ。
「サツキもお疲れ様」
スタッフが持って来た上着を肩にかけて一歩踏み出した龍之介に続き、サツキもベッドから腰を浮かせる。
初めての事ばかりで困惑しているサツキに気付いたのだろう。
龍之介はもう一度振り返ってちょいちょいと手招いた。
「サツキ、こっちおいで」
「は、はい」
今撮った写真が確認出来るよ、と。
そう言って機材の近くに座った龍之介に、サツキも寄り添うようにして並ぶ。
少し大き目のモニターには、確かに今撮られたのだろう写真が映し出されていて、サツキは思わず「おお」と声を漏らした。
「それにしても、サツキがすごくて驚いたよ」
「すごい?」
「うん。表情とか仕草とか…なんていうのかな、大人っぽくて」
いつもなら「恥ずかしいこと言わないでよ」と照れ隠しに俯いていたようなセリフ。
しかし、サツキはその龍之介の言葉に納得していた。
モニターに映し出された写真には、思わず我ながら感動してしまう。
龍之介の浅黒い肌と、自分の白い肌が触れ合っている様は、見事に恋人同士の艶事を演出していた。
「自分じゃないみたい…」
「サツキが躊躇なく演じてくれたから、俺も助けられたよ」
「え!?そんな、龍…のすけさんほどじゃないです」
顔の前で手のひらを小刻みに振って、ついでに首も横に振る。
すると龍之介は、サツキの龍之介への敬意とは裏腹に、しゅんと眉を寄せてサツキを見つめる目を細めた。
「…ねえ、サツキ。それ、仕事場だから?」
「はい?」
「龍之介さんって、なんか無理して言ってるみたいだけど」
いつもみたいに「龍」でいいのに。
不服そうに言った龍之介に、サツキは肩をすくめて誤魔化した。
画面に映された画像がぺらぺらと捲られる。
指示があったわけでもなく寄せた唇。映された角度からは丁度見えるか見えないか。
「いやあ、牧野君すごいよ。かなり色っぽいね」
その撮影の成果を覗き込み、声をかけてきたカメラマンに、サツキはぱっと振り返った。
先日初めて顔を合わせたばかりのお兄さん。TRIGGERをよく担当する方らしい。
「あ、有難うございます。俺も、綺麗に撮ってもらえて嬉しいです」
「やっぱり十君の影響かな?」
「そうですね。TRIGGERの皆さんを見て勉強してますから」
皆色っぽいもんねぇ。と納得して笑うカメラマンと、自信なさげに笑う龍之介。
サツキは人知れずホッとして胸を撫で下ろしていた。
誰にも言えない、先日のトレーニングのこと。
思い出すだけで顔から熱が吹き出しそうで、サツキは顔を逸らして頬をかいた。
・・・
撮影の数週間前のこと。
この日、TRIGGERは近々リリース予定のCDジャケット撮影を行っていた。
三人が慣れているからか、スムーズに撮影を終えた現場には和やかな空気が流れる。
勉強のためと撮影について来ていたサツキは、終始口を開けたまま茫然としていた。
あまりに三人が格好良くて。何か言いたい思いと裏腹に、それが言葉にならない。
「サツキ、変な顔してどうした?」
「あ…、お疲れ様!相変わらず、本当に格好良かったよ!」
「はは、有難う」
目を細めて笑う龍之介に、つられて頬を緩める。
前の肌蹴た服のせいで、目の前に晒された肉体。男らしい筋肉のついた体は、恐らくTRIGGER一だろう。
「ああ、やっぱりいいね!」
そう考えていたサツキの後ろで、突然カメラを抱えた男性が声を上げた。
振り返ると、その男性は目をキラキラとさせて二人に近付いてくる。
「少しエッチな特集記事なんだけどね、十君で撮りたいと思ってるんだ」
「は、はあ」
「相手の女性が欲しいんだけど、どうにもピンと来る人が見つからなくて…今!ピンと来たよ!!」
ビシッと人差し指を向けられ、サツキはぽかんと口を開けた。
その指と同じように指を自分に向け、首をかしげる。
「お、俺?」
「色も白さとその華奢な体…十君と相性バッチリだ!」
その熱意ある声に、思わずサツキと龍之介とがぱちくりと目を合わせる。
いくらなんでも、男同士でそんな無茶な。
そんな気持ちを目で伝え合った二人だったが、既にやる気満々のカメラマンに断りの言葉を入れるなど出来るはずもなかった。
そんな勢いで撮影の仕事を受けた日の夜。
サツキの部屋の扉を叩いたのは、九条天だった。
すっすと優雅な歩みで近付いてきた天が、サツキのベッドに腰掛けサツキの顔を覗き込む。
「雑誌の撮影の話、…不安そうだったね」
「それはそうですよ…。内容が内容だしちょっと…」
「だろうね。僕もサツキには無理だと思うよ。今の、何にも知らない初心なサツキには、ね」
“今の”と強く主張した天の視線が、サツキの頭から足までをなぞった。
サツキが纏うのは風呂上りの緩めな服。
その少し緩んだ首元に触れると、天は深く溜め息を吐いた。
「一応聞くけど。ベッドの上で男女がすることなんて、勿論知らないんでしょ」
「え」
「そもそもそういう処理、ちゃんとしてる?」
当然のようにきょとんとしたサツキに、天は目を閉じて肩を落とした。
「仮にもそういう撮影するなら、行為の良さ…くらい知っておかないと」
「え…?」
「本当はこういうのは僕の役目じゃないと思うけど、あの二人じゃどうなるか分かったもんじゃないし」
「っ、え、ちょ、」
天が下から覗き込むようにサツキに顔を近付ける。
その彼の手がサツキの耳から首をなぞり、するりと胸の上で止まった。
「サツキ、好きな人は…いるわけないか。一番好きな人は誰?」
「えっ、え、何?」
「じゃあ一番エロいのは?」
「え、そ…楽、かな」
「へえ、僕じゃないんだ」
僕もエロいんだけど。と一言付け足して、怪しげに目を細める。
そんな天にドキッとしたのも束の間、天はサツキの頬に軽く口付けた。
驚きのあまり目を開いて固まったサツキの耳元で、天が呟く。
「…楽のどこが好き?」
「え、と…こ、声とか…、」
「想像して」
そんな無茶な要求をした天の手は、どんどん下へと降りていく。
どこかで止まるだろう、そんなサツキの予想は裏切られるらしい。
ズボンの隙間、そこから天の細い指が入り込む。サツキは咄嗟に身を引き、天の肩を掴んだ。
「ちょ、ちょっと、駄目だよ…!」
天の妙な行動を止める為に張り上げた声。
それと同時に前触れもなく開かれた扉。数歩近づこうとしたのだろう足音が止まった。
至近距離にある天の顔のその向こうに、天よりも薄い色の髪が揺れている。
「おい、何してんだ…?」
「うわ。嘘でしょ、なんで来るかな」
「天、お前…!」
歩み寄ってきた楽は、そのまま天に掴みかかる勢いで手を伸ばしていた。
何かいけない誤解を生んだ。それに気が付いても、どうしたら良いのか咄嗟に浮かぶはずもない。
ただこのままではマズイということは確かで、サツキは思わず楽の腕を掴んだ。
「ち、違うよ楽!これは、その、やましいことじゃなくて、今度の撮影のために九条さんが…!」
「は?」
「俺が、な、なんて言うのかな…そういうの、知らなすぎるから…」
この妙に必死の弁明は、逆に誤解を生んでしまうようなものだったかもしれない。
しかし、楽は暫く何も言わずに二人を交互に見てから、深く溜め息を吐いてその手を引っ込めた。
「ふざけんなよ、天。だからって、こんなことする必要ねえだろ」
「そう?この子、君が大切に育てすぎたせいで何にも知らないみたいだけど」
「そこまで重要な撮影じゃねぇだろ。ドラマじゃあるまいし」
「新人に仕事選ぶ余裕あるわけないでしょ。全て全力でこなすのがサツキの仕事だよ」
ね、と天の顔がこちらを向き、サツキは慌てて首を縦に大きく振った。
天の言う通りだ。サツキにとって雑誌の撮影は初めてのこと。その為に万全の準備をするのは至極当然。
「なら…後は俺がやる」
「ダメ」
「お前がしてる以上のことはしねえよ」
暫く二人が睨み合って、沈黙がサツキの部屋に流れる。
立ち上がったのは、天だった。
「はぁ。こんなことで楽ともめるなんて馬鹿馬鹿しいよ。勝手にすれば」
楽の横を通り過ぎて、天は小さく「あとはもう知らない」と乱暴に吐き出した。
そのままばたんと閉じられた扉を一度振り返り、楽が苛立った様子でサツキの肩に手を置く。
ぎゅうと掴まれた肩が軋む。サツキを見下ろす鋭い眼光は、胸を突き刺すようだ。
「お前、何されそうになったか分かってんのか?」
「わ、わか、ってる、と思う…。で、でも、九条さんの言う事、聞かない理由の方がないし…」
「お前な…」
その溜め息は呆れか、それとも軽蔑か。
どちらにせよサツキは顔を上げられず、楽から目を逸らした。
恥ずかしさもある、不甲斐無さもある。いろんな感情が、どくどくと心臓を打ちつける。
「はあ…。つまりお前は天みたいにエロくなりてぇってことだろ?」
「九条さん、っていうか…」
「いいよ。手本見せてやる。お前もやれよ」
「え…?」
楽が動き出すまでに、口を挟む余裕はなかった。
徐にこちらに差し出された手が、サツキの顔を優しく包む。
頬をするりと撫で、顎をなぞり、戸惑い泳ぐサツキの手を掴んで。楽はその指先を指で優しく掴み、流れるようにそこへ口付けた。
「っ…」
「ほら、サツキもしてみな」
楽が自分から手をこちらに向ける。
白い、綺麗な指だ。長くて、大きくて、細いけれど骨ばって男らしい。
「…楽は、本当に綺麗だね」
「は?何だよ急に」
「急、じゃないよ。顔も声も、仕草も、…全部、俺は楽が一番好き」
だから、楽にこんなことして欲しくない。
自分のことに楽を巻き込んでしまうなんて、自分が許せない。
「え、うわっ」
そんなことを考えて楽の指を見つめていたサツキの視界から、楽の顔が消えた。
首に暖かい感触と、ふわとくすぐった暖かい息。楽の柔らかい髪の毛が首を触り、サツキはびくりと体を震わせた。
「が、楽…!?」
ただ触れ合うんじゃない。恋人同士のような、熱のある触り方だ。
首に触れる楽の唇がしっとりと肌をなぞり、時折軽く啄まれる。
楽の息が触れる度に頭がぼうっとして、全身に血が巡っていくようで、熱くてたまらなくて。
「たった?」
耳元で息がそう言葉を作った。
「え…?」
「ここ」
一瞬なんのことか分からなかった。けれど楽の手がサツキの内腿に触れた時、サツキははっと顔を上げた。
下半身の疼き、明らかな違和感。
サツキは咄嗟に自分の股間を手で押さえ、真っ赤になった顔で楽を見上げた。
「手、どけろよ」
「む、無理!」
「別に遠慮すんな。俺は嫌じゃねえし、お前は気持ちいいだけ…」
「さ、さっきも言った!楽の手は…っ、俺が一番好きな手なんだよ…」
今にも触ろうとする楽の手を跳ねのけ、ぶんぶんと首を横に振る。
衣装の時は手袋で隠されたその手。ダンスの時に華麗に舞って、歌う時にはしっかりとマイクを掴む手だ。
「こんなことされたら、今度から申し訳なくて、どんな目で見たらいいか…」
ただ体に触れるだけならともかくだ。
そんな汚いところを触られたら、今までの背徳感とは比にならない。
だから止めてくれと楽を見上げたのに、楽の口元はニッと笑っていた。
「へえ」
楽の指がサツキの顎をなぞる。
思わずドキッとしたのは言うまでもない。顔を逸らそうとすれば、それを許すまいと大きな手で無理矢理顔の向きを変えられた。
「っ、」
「元々天もこうするつもりだったみたいだしな。いいから、気持ち良くなってろって」
先程天の手の侵入を食い止めた場所。
同じ場所へ辿って来た楽の手が、すんなりとサツキのズボンの内側に入り込んだ。
「、あ、待って…!」
咄嗟に楽の腕を掴み、抵抗を示す。
しかし、撫でるように手がそこを触り、連動して妙な感覚がサツキの体に走った。
「ひ、」
腰がぞくりと震え、自然と体が前に倒れる。
サツキは知らない刺激の耐えがたさに、楽の服をぎゅっと握りしめていた。
きつく目を閉じ、受け止められない現実から逃れようとあがく。
それを、服の擦れる音と自分の下半身から溢れる水音が許してくれない。
「あ、っ、嫌だ、待って、待って…!」
「気持ちいいか?」
「わかんない…、変、痛い、何か嫌だ…!」
追い詰められていくような感覚に、自然と声が大きくなる。
これが気持ち良いというものなのか、それすらも分からない焦燥感。
絡み付く楽の手に、サツキは自然と流れた涙を楽の肩に押し付けた。
「あ…っ、…っ!」
歯を食いしばって、叫びそうになった声を抑え込む。
勝手に腰が揺れ、閉じた視界がチカチカと瞬いた。
たぶん今、楽の手はサツキの体液で汚れている。
分かってしまうから目を開けられなくて、サツキは楽の肩に顔を埋めたまま肩を上下に揺らした。
「はあ…、っ…」
「サツキ…」
サツキに触れていないもう片方の手で、楽がぽんぽんとあやすようにサツキの肩を叩く。
そんなことをされても、暫くこの罪悪感と羞恥はなくならないだろう。
顔を上げられないサツキを抱き締めたまま、楽は色っぽ過ぎる溜め息の後、顔を寄せた。
「いれてぇ…」
耳元で聞こえた楽の声。
サツキは激しい耳鳴りの中、聞き取れなかった楽の声にようやく顔を上げた。
「…ん、何…?」
「いや、なんでもねぇよ」
ぼうっとしたまま、楽の顔を覗き込む。
楽は小さく首を振って、サツキの頬を濡らす涙を拭った。
「その撮影っての、シチュエーションはよく聞いてねえけど」
「…うん?」
「今はどうだ?気持ち良さと相まって、相手に触りてぇって感じるだろ」
触りたい、誰に、楽に。
サツキは茫然と楽の体を見つめて、それからまた体が熱くなるのを感じた。
「はっ…もう終わり?って、顔してるぜ」
「そ、そう、なの?」
「すげぇ、エロい」
その不敵な笑みの方がよっぽどエロい。
サツキは自分のもので汚れた手を軽く舌で舐めとった楽から目を逸らし、また込み上げた恥ずかしさに目を伏せた。
・・・
「それで、サツキはどうだった?」
雑誌の撮影があった翌日。
事務所の一室で、天はチラと龍之介を見上げた。
「すごく良かったよ。カメラマンさんもスタッフさんも皆釘付けだった」
龍之介のさっぱりとした返答に、天はふうんと息を漏らし目を細める。
身長差から、自然と龍之介を見る天は上目遣いになる。
なっているはずなのに、可愛げを感じさせない視線に、龍之介は困ったように笑った。
「え、何?」
「龍から見たサツキは?」
「お、俺から見た?」
「そ。違うでしょ、実際に目の前で見るのとでは」
龍之介は思い出すように視線を天井へと移動させて「ううん」と声を漏らした。
撮影で撮った写真に写っていたのは女性のような細く綺麗な背中、指。恋人同士のような空間。
意図的だろう、サツキの顔はほとんど写っていなかったのだ。
「…本当に愛されている気分になった」
「うん」
「何よりあの表情が…すごく、色っぽかったんだ」
だから、写真にほとんど撮られなかったのが心底もったいなくて。
けれどそれ以上に優越感があった。自分だけが見れた、サツキの姿。
「…天、なにかしたんだろ」
それと同時に沸き上がったのは、優越感以上の困惑だ。
サツキが演技できるなんて知らなかったし、何より見たことのない姿に、当初龍之介は驚きを隠すので精一杯だった。
「天、サツキが一緒に撮るって話、乗り気じゃない感じだったもんな」
「いや、僕は何もできなかったよ。楽に邪魔されて」
「…楽?」
天は不服そうに、というか納得いかないといった様子でため息をついた。
腰に手を当て、頭をかいて、そのまま龍之介を見上げる目は、ファンであったら悩殺ものだろう。
「あの二人…兄弟のくせに、どうかしてる」
「な、何かあったのか」
「さあね」
一度しっかり龍之介を見つめた天の瞳は、既にどこか違う方を見ている。
「でも…、サツキと楽は」
「知ってるよ。知ってるから余計に」
嫌になる、そう吐き出した天には、何か見えているのだろう。
龍之介は眉を寄せて腕を組んだ。
沈黙が落ちる。いやな沈黙だ。
「あ、九条さん、十さん!事務所にいらしたんですね」
そんな沈黙をかき消したのは、一人の男性の声だった。
ぱっと振り返ると、大きな箱を持って何か焦った様子で部屋の中を見渡すサツキのマネージャーが立っている。
「どうかしたんですか?」
「いえその…サツキが、どこにいるかご存知ですか!?」
少し早口にそう言ったマネージャーに対し、天と龍之介は目を見合わせた。
確か今日は事務所には来ていたはずだが、どこにいるかまで把握はしていない。
「知らない、ですか…すみません、失礼します」
「あ、そのダンボール、運ぶの手伝いましょうか?」
「い、いえこれは…」
マネージャーはやはり焦った様子で段ボール箱を腕に抱き寄せる。
天は何を思ったのか、徐にその箱に手を入れていた。
「九条さん!」
マネージャーが声を上げたのも気にせず、天は取り出した紙をペラと開いて目を動かす。
書かれた文字を追ったその目は怪訝そうに細められ、マネージャーを睨みつけた。
「何があったの」
「…、」
「サツキのところに行くよ、龍も」
「えっ…、な、何が…」
天はマネージャーを押し退け、手に握っていた紙を龍之介に押し付けた。
いいから早くと、そう言いたげな視線に、龍之介も慌ててその後ろに続く。
紙を開いた龍之介の目は大きく開かれ、言葉無い口を開くことしか出来なかった。
(第三話・終)
追加日:2017/10/01
移動前:2015/11/04