八乙女楽(IDOLiSH7)
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25.再び
姉鷺との通話が切れてから、二時間が経過した。
楽が訝しげにスマホを見下ろすこと幾度か。サツキの仕事中である事は認識しているものの、一報も入れないとは敏腕マネージャーの名折れだろうと眉間のシワを一層深くする。
「まだ姉鷺さんから連絡来ないのか」
「あぁ、次の企画会議までのスケジュール確認は、今日中に済ませたいんだけどな」
「まぁ……忙しい人だからね」
自分たちが散々振り回しているのだ、これくらいはね、と龍之介が眉を下げる。
姉鷺はもともとTRIGGER退所と同時に事務所を辞めてついてくる予定だったらしい。それをサツキの面倒も見てやって欲しいと頼んだのは他でもない、楽だ。
「だな。サツキのこと頼まれてくれただけで十分だってのに、TRIGGERの面倒見れるのは自分だけだって、譲らないんだからな」
「でも実際のところ、マネジメントの事は全然分からないから助かってるよ」
練習場所のセッティング、初ステージに向けてのスケジュールやその会場選び。彼女がいなくては、最善の選択を選ぶことは出来ないだろう。
それに。と楽は一息つく。
今この状況において、楽とサツキをつなぐ唯一の存在が姉鷺だ。
「さっき、電話越しに、サツキの声を聞いたよ。元気そうだった」
独り言のように、呟くように零す。
その楽の細い声に、足を組んで椅子に腰かけていた天が顔を上げた。
「本当に連絡とってないんだ。マネージャーと電話してるのにサツキとは駄目なんて理屈おかしいと思うけど」
「アイツには思い出して欲しくないんだよ。俺と話せば、開口すぐにゴメンとか、言われるに決まってる」
楽のため息混じりの言葉に、天は「あぁ」と納得の相槌を打つ。
「TRIGGERと聞けば脊髄反射で罪悪感を覚えるだろ。今は自分を大事にして欲しい、会えない寂しさよりも辛いことが無くなるまではさ」
「僕は、サツキの強さをもう少し信じてあげても良いと思うけど」
「……やめろよ、一つ許したら止まんなくなる」
愛しい彼を思いやるようで、自分の弱さを誤魔化す手段でもある。
天は「はいはい」と一転して呆れ気味のため息を吐くと、足を組み直してコーヒーカップを手に取った。
その矢先。ふいに、龍之介が椅子から立ち上がった。
勢い余りに、椅子が大きくガタンガタンと音を立てて揺れ動く。
「何、どうかしたの」
「……いや、ごめん、いや、そんなはず」
酷く動揺した様子の龍之介に、天と楽は丸くした目を見合わせる。
龍之介の手には彼のスマートフォンが握られている。
「ネットのニュースに変なのが……いや、待って、でもこんなの、信憑性が……」
震える手、強張った声。
思わず天が立ち上がり、その肩をトンと叩くと、ネットニュースを開いたスマートフォンが龍之介の手から滑り落ちた。
「あっ、ごめん。龍、大丈夫? いったい何を見てたの」
ゆっくりと振り返った龍之介の視線が天から楽へと移る。
「……サツキが、刃物で刺されて、容体は不明、って」
ぽつりぽつりと、繋がれた言葉。
それを理解するよりも早く、楽は上着を片手に掴んで走り出した。
・・・
ぱっと白けた世界が広がった。
病院なのだろう、とサツキは意外にも冷静に固いベッドを受け入れる。理不尽な攻撃を受けて負傷したのだ。
自分を外側から見下ろして、他人事のように「大変だったね」と声をかけると、無意識に喉がぎゅっと締まった。
「サツキ」
現実に引き戻すのは、マネージャーの落ち着いた声。
サツキはもぞりと首を動かし、少し髪の乱れた姉鷺を視界にとらえた。
「体は痛くない? 撮影は中止よ、何があったか覚えてる? あ、いいえ、話す必要は無いのよ」
腫れ物に触るかのように、姉鷺の声がそっとサツキの肌を撫でる。
その優しさが胸を搔きむしるかのようで、サツキは小さく唇を噛んだ。
「すみません、俺、こんなんばっかで」
「なんでサツキが謝るの! 悪いのは、私やあんな危険なのに気付かなかったスタッフ達でしょうっ」
声をわずかに荒げた姉鷺が、息を吐き切るや否や、ハッと大きく息を吸い込む。しまったという様子で口を手で覆うと、そのまま首を横に振った。
「っ違うわね、今はそんな話いいの。とにかく養生すること。大事をとって今日は入院だけど、腕の傷が残る程度で済むそうよ」
姉鷺の言葉に、サツキはちらと腕に目を向けた。包帯の下がどうなっているか分からないが、処置を施された腕に痛みはほとんどない。
これが第三者につけられた痕だと記憶をたどると、サツキは苦々しく眉をひそめた。
「これ、警察とか、話聞かれますか。俺大丈夫ですから、大事にはしたくないです」
「……今回は難しいわね。事務所の中だけの話ではないし、目撃者も多いのよ。誰かに先に記事を書かれる可能性が高いなら、先に公表した方がダメージは少なくてすむわ」
「そんな……」
例え撮影スタジオ側の問題だとしても、八乙女事務所の管理システムの問題に見られるだろう。
それでなくともツクモプロとのことで言われのない悪評が独り歩きし続けている時だというのに。
「あの、もしかしてこれも、ツクモの……」
「……無関係よ」
姉鷺はサツキから目を逸らし、はぁっと息を吐き出しながら額を押えた。
まるで痛ましいことを話すかのような姉鷺に対して、サツキはホッと息をついた。
ツクモではなく単独の犯行ならば。八乙女ではなくサツキへの恨みなら、この一回で済むかもしれない。
「……俺が嫌われているだけなら、いいんです」
ぽつりと気丈に呟く。それに反して不意に目頭が熱くなり、サツキは姉鷺から顔を逸らした。
「あの、少し、一人にしてもらっても、良いですか」
「……もう片時も一人にはしたくないのだけど……少しだけね、出たところで見張りをしておくわ」
サツキの心情を察したのだろう、姉鷺の足音がドアの方へ向かう。
サツキは白い布団に顔を埋めると、ドアが閉まる音よりも前にすんと鼻を啜った。
顔が熱くなり、涙が勝手に零れて頬を濡らす。自分でも理由は定かでなかった。
脳裏に焼き付いた恐怖の瞬間。理解されない悲しさや孤独。そして理不尽への苛立ち。いろんなモノが混ざって頭をかき回す。
(泣いたってしょうがないのに、泣きたくなんてないのに……)
布団の中で目を覆い、漏れそうになる声を必死に抑え込む。
気持ちは気丈であろうとしても、堰を切ったように涙は次から次へと溢れて止まらなかった。
「ぅ……っ、なんで俺……なんで……っ」
布団を握り締め、顔に押しつけ、情けない声を涙と共に吐き出す。
これまで一人になる時間がなかった反動だろう。誰にも見せたくなかった自分、表に出せなかった姿が、抑えきれずに情けなく嘆いている。
その嗚咽の後ろにコツンと小さな足音が聞こえ、サツキはハッと息を呑んだ。
「……隠さなくていい」
姉鷺がまだ部屋に残っていた。そう思い体を強張らせたサツキの耳に聞こえてきた声は、想定していた姉鷺の声よりもずっと低かった。
「サツキ、近くに行ってもいいか」
吐息混じりの声が耳を撫でる。
その瞬間、わけが分からず無意識に息を殺して身を隠した。止めたはずの息が荒くなり、布団を上下に揺らしている。
もう遅い、気付いた時には、近づいた影がそっと頭に触れていた。
追加日:2021/11/30
姉鷺との通話が切れてから、二時間が経過した。
楽が訝しげにスマホを見下ろすこと幾度か。サツキの仕事中である事は認識しているものの、一報も入れないとは敏腕マネージャーの名折れだろうと眉間のシワを一層深くする。
「まだ姉鷺さんから連絡来ないのか」
「あぁ、次の企画会議までのスケジュール確認は、今日中に済ませたいんだけどな」
「まぁ……忙しい人だからね」
自分たちが散々振り回しているのだ、これくらいはね、と龍之介が眉を下げる。
姉鷺はもともとTRIGGER退所と同時に事務所を辞めてついてくる予定だったらしい。それをサツキの面倒も見てやって欲しいと頼んだのは他でもない、楽だ。
「だな。サツキのこと頼まれてくれただけで十分だってのに、TRIGGERの面倒見れるのは自分だけだって、譲らないんだからな」
「でも実際のところ、マネジメントの事は全然分からないから助かってるよ」
練習場所のセッティング、初ステージに向けてのスケジュールやその会場選び。彼女がいなくては、最善の選択を選ぶことは出来ないだろう。
それに。と楽は一息つく。
今この状況において、楽とサツキをつなぐ唯一の存在が姉鷺だ。
「さっき、電話越しに、サツキの声を聞いたよ。元気そうだった」
独り言のように、呟くように零す。
その楽の細い声に、足を組んで椅子に腰かけていた天が顔を上げた。
「本当に連絡とってないんだ。マネージャーと電話してるのにサツキとは駄目なんて理屈おかしいと思うけど」
「アイツには思い出して欲しくないんだよ。俺と話せば、開口すぐにゴメンとか、言われるに決まってる」
楽のため息混じりの言葉に、天は「あぁ」と納得の相槌を打つ。
「TRIGGERと聞けば脊髄反射で罪悪感を覚えるだろ。今は自分を大事にして欲しい、会えない寂しさよりも辛いことが無くなるまではさ」
「僕は、サツキの強さをもう少し信じてあげても良いと思うけど」
「……やめろよ、一つ許したら止まんなくなる」
愛しい彼を思いやるようで、自分の弱さを誤魔化す手段でもある。
天は「はいはい」と一転して呆れ気味のため息を吐くと、足を組み直してコーヒーカップを手に取った。
その矢先。ふいに、龍之介が椅子から立ち上がった。
勢い余りに、椅子が大きくガタンガタンと音を立てて揺れ動く。
「何、どうかしたの」
「……いや、ごめん、いや、そんなはず」
酷く動揺した様子の龍之介に、天と楽は丸くした目を見合わせる。
龍之介の手には彼のスマートフォンが握られている。
「ネットのニュースに変なのが……いや、待って、でもこんなの、信憑性が……」
震える手、強張った声。
思わず天が立ち上がり、その肩をトンと叩くと、ネットニュースを開いたスマートフォンが龍之介の手から滑り落ちた。
「あっ、ごめん。龍、大丈夫? いったい何を見てたの」
ゆっくりと振り返った龍之介の視線が天から楽へと移る。
「……サツキが、刃物で刺されて、容体は不明、って」
ぽつりぽつりと、繋がれた言葉。
それを理解するよりも早く、楽は上着を片手に掴んで走り出した。
・・・
ぱっと白けた世界が広がった。
病院なのだろう、とサツキは意外にも冷静に固いベッドを受け入れる。理不尽な攻撃を受けて負傷したのだ。
自分を外側から見下ろして、他人事のように「大変だったね」と声をかけると、無意識に喉がぎゅっと締まった。
「サツキ」
現実に引き戻すのは、マネージャーの落ち着いた声。
サツキはもぞりと首を動かし、少し髪の乱れた姉鷺を視界にとらえた。
「体は痛くない? 撮影は中止よ、何があったか覚えてる? あ、いいえ、話す必要は無いのよ」
腫れ物に触るかのように、姉鷺の声がそっとサツキの肌を撫でる。
その優しさが胸を搔きむしるかのようで、サツキは小さく唇を噛んだ。
「すみません、俺、こんなんばっかで」
「なんでサツキが謝るの! 悪いのは、私やあんな危険なのに気付かなかったスタッフ達でしょうっ」
声をわずかに荒げた姉鷺が、息を吐き切るや否や、ハッと大きく息を吸い込む。しまったという様子で口を手で覆うと、そのまま首を横に振った。
「っ違うわね、今はそんな話いいの。とにかく養生すること。大事をとって今日は入院だけど、腕の傷が残る程度で済むそうよ」
姉鷺の言葉に、サツキはちらと腕に目を向けた。包帯の下がどうなっているか分からないが、処置を施された腕に痛みはほとんどない。
これが第三者につけられた痕だと記憶をたどると、サツキは苦々しく眉をひそめた。
「これ、警察とか、話聞かれますか。俺大丈夫ですから、大事にはしたくないです」
「……今回は難しいわね。事務所の中だけの話ではないし、目撃者も多いのよ。誰かに先に記事を書かれる可能性が高いなら、先に公表した方がダメージは少なくてすむわ」
「そんな……」
例え撮影スタジオ側の問題だとしても、八乙女事務所の管理システムの問題に見られるだろう。
それでなくともツクモプロとのことで言われのない悪評が独り歩きし続けている時だというのに。
「あの、もしかしてこれも、ツクモの……」
「……無関係よ」
姉鷺はサツキから目を逸らし、はぁっと息を吐き出しながら額を押えた。
まるで痛ましいことを話すかのような姉鷺に対して、サツキはホッと息をついた。
ツクモではなく単独の犯行ならば。八乙女ではなくサツキへの恨みなら、この一回で済むかもしれない。
「……俺が嫌われているだけなら、いいんです」
ぽつりと気丈に呟く。それに反して不意に目頭が熱くなり、サツキは姉鷺から顔を逸らした。
「あの、少し、一人にしてもらっても、良いですか」
「……もう片時も一人にはしたくないのだけど……少しだけね、出たところで見張りをしておくわ」
サツキの心情を察したのだろう、姉鷺の足音がドアの方へ向かう。
サツキは白い布団に顔を埋めると、ドアが閉まる音よりも前にすんと鼻を啜った。
顔が熱くなり、涙が勝手に零れて頬を濡らす。自分でも理由は定かでなかった。
脳裏に焼き付いた恐怖の瞬間。理解されない悲しさや孤独。そして理不尽への苛立ち。いろんなモノが混ざって頭をかき回す。
(泣いたってしょうがないのに、泣きたくなんてないのに……)
布団の中で目を覆い、漏れそうになる声を必死に抑え込む。
気持ちは気丈であろうとしても、堰を切ったように涙は次から次へと溢れて止まらなかった。
「ぅ……っ、なんで俺……なんで……っ」
布団を握り締め、顔に押しつけ、情けない声を涙と共に吐き出す。
これまで一人になる時間がなかった反動だろう。誰にも見せたくなかった自分、表に出せなかった姿が、抑えきれずに情けなく嘆いている。
その嗚咽の後ろにコツンと小さな足音が聞こえ、サツキはハッと息を呑んだ。
「……隠さなくていい」
姉鷺がまだ部屋に残っていた。そう思い体を強張らせたサツキの耳に聞こえてきた声は、想定していた姉鷺の声よりもずっと低かった。
「サツキ、近くに行ってもいいか」
吐息混じりの声が耳を撫でる。
その瞬間、わけが分からず無意識に息を殺して身を隠した。止めたはずの息が荒くなり、布団を上下に揺らしている。
もう遅い、気付いた時には、近づいた影がそっと頭に触れていた。
追加日:2021/11/30
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