八乙女楽(IDOLiSH7)
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24.撮影前の悲劇
仕事に向かう途中の車内で、サツキはフゥと小さく嘆息を吐き出した。
法定速度の安全運転で車を走らせるのは、敏腕マネージャーの姉鷺だ。多忙な彼女の手を煩わせる事に対する罪悪感は未だにあるが、状況が状況なだけに、タクシーで構わないとサツキが申し出ることはない。
ツクモプロによる誘拐やTRIGGERへの仕打ちは、まだ記憶に新しかった。
だというのに、自分は暢気にもŹOOĻとの仕事を引き受けている。
今日もそうだ。サツキと男性アイドルによるグラビア写真を掲載する人気雑誌のシリーズは、十龍之介に始まり、御堂虎於、そして今回の相方は狗丸トウマだ。
「最近、狗丸トウマと仲良くしてるんですって?」
ふいに声をかけられ、サツキは目を丸くして運転席を見た。
サツキの後ろめたい心境に反し、姉鷺は心なしか口元を緩めている。
「え、えぇ。駄目だったでしょうか」
「まさか! 安全な相手と分かっていれば、プライベートに口出すつもりはないわ。でも外で会うのは気を付けなさいよ」
「はい、それは大丈夫です。たまに電話をするくらいなので。一人でいると落ち着かなくて、つい」
仕事の合間や仕事終わり、一人になるとサツキはつい携帯電話を握り締めた。
誰かに睨まれ、悪意ある虚言や暴言を向けられている。そんな不安と恐怖は、今なおサツキに襲い掛かっている。
夢に見るのは、闇に取り込まれる自分と、伸ばされた手を掴めず沈んでいくTRIGGERの姿。
そんな状況で、サツキは必ず電話に出てくれるトウマにすっかり頼り切っていた。
「最近TRIGGERについて聞かなくなったでしょう。だから少しホッとしたのよ」
「……そうですね」
笑みを湛える姉鷺に、サツキの顔が強張る。
何度も何度も、楽の電話番号を見つめては携帯電話を放り投げた。前に進もうと新たな道を行く彼等に対し、サツキはずっとその場に立ち尽くしたままだ。
「あぁ……この話をするには、気が早かったわね。ごめんなさい」
「あっ、いえ、こちらこそ……」
正面のミラー越しに見える姉鷺の笑顔が、サツキに倣うかのように眉を下げる。
慌てて首を横に振ったサツキを横目に、姉鷺はハンドルを切って目的地のスタジオに車を停めた。
撮影のスタッフと挨拶をした後、サツキの緊張は幾分か解消されていた。
今までと同じ撮影スタッフ達は、サツキが関わってきたトラブルを気にも留めず「今日も宜しく」と声をかけてくれる。
それどころか、案内された待合室の隣には「狗丸トウマ様」というプレートがかかっていた。
(このメンバーだったら、余計なことを考えずに撮影を楽しめそう、かな)
待合室のテーブルに置いてあるインタビュー記事用のアンケートに記入しながら撮影の時間を待つ。
暫くすると、コンコンとドアを叩く音があった。
どうぞ、とサツキよりも先に姉鷺が姿勢を正す。開いたドアから顔を覗かせたのは、今日のパートナーとなる狗丸トウマだった。
「あ、ども……今日は、よろしく」
「トウマさん! こちらこそ、今日はよろしくお願いします」
トウマが若干居心地悪そうに目線を逸らしたのは、サツキのマネージャーが警戒心丸出しでそこに立っていたからだろう。
その姉鷺は、訪れたのがトウマと分かると、目尻を下げて「あら~」と嬉しそうに声音を高くした。
「こんなに早く再会できるとは思っていなかったわ。ウチのサツキと親しくしてくれてどうも有難う」
恭しく頭を下げる姉鷺だが、職務中でなければトウマの手を取って、ぶんぶんと振り回していたことだろう。
トウマは「何を話したんだ」と一瞬サツキを睨んだが、それも束の間、そっとサツキの目元に指先を寄せた。
「目のクマ、ちゃんと消して来いよ」
「あっ、すみません。ふふ、こういう撮影お嫌いかと思ってました。真面目なんですね」
彼の生真面目な性格や、歌への想いが強いことからも、写真撮影まして露出の多いものを好むとは思えない。
彼はいつも「俺を買いかぶり過ぎだ」と一蹴するが、仕事に対して向き合っている姿勢はいつも凛としていて真っ直ぐで、本当に尊敬しているのだ。
「俺だって、こんな仕事やりたかったわけじゃねぇからな。ただ、俺が降りれば、別のヤツにい話がいくから……」
「何ですかそれ。じゃあ俺を守ってくれたんですね」
「おま、えは……なんで、いちいちそういう……」
トウマは照れくさそうに首をかいた後、ふっとサツキに笑いかけた。
「じゃあ、また後で」
「はい。後で、よろしくお願いいたします」
サツキへ、そして姉鷺へ。二回頭を下げてから、トウマは部屋を出て行った。
とはいえ、向かう先はすぐ隣の待合室だ。少し声を張って呼びかければ届く距離だろう。
サツキはすっかり緩んだ自身の頬を擦り、鏡を振り返って一息ついた。
こんな状況でも、すぐ和らぎ、すぐ絆され、油断してしまう。それが自分の悪いところの一つだ。
仕事なんだからシャンとしなきゃ―……そう気合を入れ直した時、姉鷺の携帯電話が高らかに鳴り出した。
「はい、もしもし、お疲れ様」
二回コールが鳴ったところで、姉鷺は素早く携帯電話を取り出してサツキに背中を向けた。
忙しいマネージャーだ、こういう場面は少なくない。
しかし、いつもならそのまま話し始めるところ、姉鷺は「あっ」と声を上げた。
「ごめんなさいね、今はちょっと……」
姉鷺はそう小声で話しながら、困ったように眉を下げ、ちらと視線をサツキに向ける。
サツキの傍では話しにくい電話のようだ。
「俺なら大丈夫ですよ。外で話してきてください」
「んー……そうね、ちょっとだけ席を外すわね。すぐ戻るから」
姉鷺は小さく何度も頭を下げながら、急く足どりで部屋を出て行った。
これまで、どんな電話だろうと姉鷺がサツキの傍を離れたことはない。
仕事の遅い部下への叱咤、腰を低くした営業……それ以上にサツキに聞かれたくない事だったのだろう。
(俺に聞かれたくない……きっと、TRIGGERの、誰かからだったんだろうな)
妙に落ち着かず、サツキはペットボトルに手を取りコクリと喉を潤した。
ふぅと一息のあと、ペンを手に取って再びアンケート用紙を呆然と見下ろす。
すると、ノックもなく、ガチャと部屋のドアが開いた。
早かったですねと言うつもりで振り返ると、帽子を深く被ったスタッフの男性が立っていた。
影のかかった顔に見覚えがないあたり、今回の撮影チームのメンバーだろうか。
「すみません、もう時間でしたか?」
慌てて取り繕って言うサツキに、その男性は肯定も否定もなくゆらりと近づいてくる。
手には何か、銀色に光るモノ。それが唐突に突き付けられたのを認識した時には、サツキはその場に倒れていた。
男の手からカシャンと落とされたのはハサミだった。
同時に数滴飛び散った赤。鋭痛が走る腕を押さえるサツキの手から、同じ赤が溢れて落ちていく。
「サツキちゃんを返せ……」
わずかに聞こえた声は、そう唸っていた。
「俺たちの サツキちゃんを返せ!」
ドクンドクンと激しく全身が脈打っている。ようやく自分が陥っている状況に気が付いても、 サツキは自身の荒い呼吸に言葉を乗せることが出来なかった。
熱い、痛い、怖い。誰か、誰か、と頭が叫ぶのに、震える唇が音を出すことを拒む。
目深に帽子をかぶったままの男性は、サツキの上に跨り、乱暴な手つきでサツキの服を捲り上げた。
露わになるのは凹凸の少ない腹部と平らな胸。それを見るや否や、男の目が怒りに血走るのが分かった。
「お前はサツキちゃんじゃない!」
叫びと同時に男の手がサツキの首にかかる。鬼の顔だった。まるで握り潰すように、サツキの細い首に体重をかける。
サツキは顔を歪ませながら、引っ掻くように男の手を掴んで顔を横に振った。
痛みと熱さと苦しさが、涙となって溢れ出す。
私が私だったからいけないのか、俺が俺だから悪いのか。
目の前が白んでいく。
力強く自分を呼ぶ声を聞いたが、サツキはその声に手を伸ばすことが出来なかった。
追加日:2021/08/17
仕事に向かう途中の車内で、サツキはフゥと小さく嘆息を吐き出した。
法定速度の安全運転で車を走らせるのは、敏腕マネージャーの姉鷺だ。多忙な彼女の手を煩わせる事に対する罪悪感は未だにあるが、状況が状況なだけに、タクシーで構わないとサツキが申し出ることはない。
ツクモプロによる誘拐やTRIGGERへの仕打ちは、まだ記憶に新しかった。
だというのに、自分は暢気にもŹOOĻとの仕事を引き受けている。
今日もそうだ。サツキと男性アイドルによるグラビア写真を掲載する人気雑誌のシリーズは、十龍之介に始まり、御堂虎於、そして今回の相方は狗丸トウマだ。
「最近、狗丸トウマと仲良くしてるんですって?」
ふいに声をかけられ、サツキは目を丸くして運転席を見た。
サツキの後ろめたい心境に反し、姉鷺は心なしか口元を緩めている。
「え、えぇ。駄目だったでしょうか」
「まさか! 安全な相手と分かっていれば、プライベートに口出すつもりはないわ。でも外で会うのは気を付けなさいよ」
「はい、それは大丈夫です。たまに電話をするくらいなので。一人でいると落ち着かなくて、つい」
仕事の合間や仕事終わり、一人になるとサツキはつい携帯電話を握り締めた。
誰かに睨まれ、悪意ある虚言や暴言を向けられている。そんな不安と恐怖は、今なおサツキに襲い掛かっている。
夢に見るのは、闇に取り込まれる自分と、伸ばされた手を掴めず沈んでいくTRIGGERの姿。
そんな状況で、サツキは必ず電話に出てくれるトウマにすっかり頼り切っていた。
「最近TRIGGERについて聞かなくなったでしょう。だから少しホッとしたのよ」
「……そうですね」
笑みを湛える姉鷺に、サツキの顔が強張る。
何度も何度も、楽の電話番号を見つめては携帯電話を放り投げた。前に進もうと新たな道を行く彼等に対し、サツキはずっとその場に立ち尽くしたままだ。
「あぁ……この話をするには、気が早かったわね。ごめんなさい」
「あっ、いえ、こちらこそ……」
正面のミラー越しに見える姉鷺の笑顔が、サツキに倣うかのように眉を下げる。
慌てて首を横に振ったサツキを横目に、姉鷺はハンドルを切って目的地のスタジオに車を停めた。
撮影のスタッフと挨拶をした後、サツキの緊張は幾分か解消されていた。
今までと同じ撮影スタッフ達は、サツキが関わってきたトラブルを気にも留めず「今日も宜しく」と声をかけてくれる。
それどころか、案内された待合室の隣には「狗丸トウマ様」というプレートがかかっていた。
(このメンバーだったら、余計なことを考えずに撮影を楽しめそう、かな)
待合室のテーブルに置いてあるインタビュー記事用のアンケートに記入しながら撮影の時間を待つ。
暫くすると、コンコンとドアを叩く音があった。
どうぞ、とサツキよりも先に姉鷺が姿勢を正す。開いたドアから顔を覗かせたのは、今日のパートナーとなる狗丸トウマだった。
「あ、ども……今日は、よろしく」
「トウマさん! こちらこそ、今日はよろしくお願いします」
トウマが若干居心地悪そうに目線を逸らしたのは、サツキのマネージャーが警戒心丸出しでそこに立っていたからだろう。
その姉鷺は、訪れたのがトウマと分かると、目尻を下げて「あら~」と嬉しそうに声音を高くした。
「こんなに早く再会できるとは思っていなかったわ。ウチのサツキと親しくしてくれてどうも有難う」
恭しく頭を下げる姉鷺だが、職務中でなければトウマの手を取って、ぶんぶんと振り回していたことだろう。
トウマは「何を話したんだ」と一瞬サツキを睨んだが、それも束の間、そっとサツキの目元に指先を寄せた。
「目のクマ、ちゃんと消して来いよ」
「あっ、すみません。ふふ、こういう撮影お嫌いかと思ってました。真面目なんですね」
彼の生真面目な性格や、歌への想いが強いことからも、写真撮影まして露出の多いものを好むとは思えない。
彼はいつも「俺を買いかぶり過ぎだ」と一蹴するが、仕事に対して向き合っている姿勢はいつも凛としていて真っ直ぐで、本当に尊敬しているのだ。
「俺だって、こんな仕事やりたかったわけじゃねぇからな。ただ、俺が降りれば、別のヤツにい話がいくから……」
「何ですかそれ。じゃあ俺を守ってくれたんですね」
「おま、えは……なんで、いちいちそういう……」
トウマは照れくさそうに首をかいた後、ふっとサツキに笑いかけた。
「じゃあ、また後で」
「はい。後で、よろしくお願いいたします」
サツキへ、そして姉鷺へ。二回頭を下げてから、トウマは部屋を出て行った。
とはいえ、向かう先はすぐ隣の待合室だ。少し声を張って呼びかければ届く距離だろう。
サツキはすっかり緩んだ自身の頬を擦り、鏡を振り返って一息ついた。
こんな状況でも、すぐ和らぎ、すぐ絆され、油断してしまう。それが自分の悪いところの一つだ。
仕事なんだからシャンとしなきゃ―……そう気合を入れ直した時、姉鷺の携帯電話が高らかに鳴り出した。
「はい、もしもし、お疲れ様」
二回コールが鳴ったところで、姉鷺は素早く携帯電話を取り出してサツキに背中を向けた。
忙しいマネージャーだ、こういう場面は少なくない。
しかし、いつもならそのまま話し始めるところ、姉鷺は「あっ」と声を上げた。
「ごめんなさいね、今はちょっと……」
姉鷺はそう小声で話しながら、困ったように眉を下げ、ちらと視線をサツキに向ける。
サツキの傍では話しにくい電話のようだ。
「俺なら大丈夫ですよ。外で話してきてください」
「んー……そうね、ちょっとだけ席を外すわね。すぐ戻るから」
姉鷺は小さく何度も頭を下げながら、急く足どりで部屋を出て行った。
これまで、どんな電話だろうと姉鷺がサツキの傍を離れたことはない。
仕事の遅い部下への叱咤、腰を低くした営業……それ以上にサツキに聞かれたくない事だったのだろう。
(俺に聞かれたくない……きっと、TRIGGERの、誰かからだったんだろうな)
妙に落ち着かず、サツキはペットボトルに手を取りコクリと喉を潤した。
ふぅと一息のあと、ペンを手に取って再びアンケート用紙を呆然と見下ろす。
すると、ノックもなく、ガチャと部屋のドアが開いた。
早かったですねと言うつもりで振り返ると、帽子を深く被ったスタッフの男性が立っていた。
影のかかった顔に見覚えがないあたり、今回の撮影チームのメンバーだろうか。
「すみません、もう時間でしたか?」
慌てて取り繕って言うサツキに、その男性は肯定も否定もなくゆらりと近づいてくる。
手には何か、銀色に光るモノ。それが唐突に突き付けられたのを認識した時には、サツキはその場に倒れていた。
男の手からカシャンと落とされたのはハサミだった。
同時に数滴飛び散った赤。鋭痛が走る腕を押さえるサツキの手から、同じ赤が溢れて落ちていく。
「サツキちゃんを返せ……」
わずかに聞こえた声は、そう唸っていた。
「俺たちの サツキちゃんを返せ!」
ドクンドクンと激しく全身が脈打っている。ようやく自分が陥っている状況に気が付いても、 サツキは自身の荒い呼吸に言葉を乗せることが出来なかった。
熱い、痛い、怖い。誰か、誰か、と頭が叫ぶのに、震える唇が音を出すことを拒む。
目深に帽子をかぶったままの男性は、サツキの上に跨り、乱暴な手つきでサツキの服を捲り上げた。
露わになるのは凹凸の少ない腹部と平らな胸。それを見るや否や、男の目が怒りに血走るのが分かった。
「お前はサツキちゃんじゃない!」
叫びと同時に男の手がサツキの首にかかる。鬼の顔だった。まるで握り潰すように、サツキの細い首に体重をかける。
サツキは顔を歪ませながら、引っ掻くように男の手を掴んで顔を横に振った。
痛みと熱さと苦しさが、涙となって溢れ出す。
私が私だったからいけないのか、俺が俺だから悪いのか。
目の前が白んでいく。
力強く自分を呼ぶ声を聞いたが、サツキはその声に手を伸ばすことが出来なかった。
追加日:2021/08/17