八乙女楽(IDOLiSH7)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「俺がお前をツクモの事務所に連れてった時……助け呼んだの、アイツだって知らねぇだろ」
サツキは暫く顔をしかめた後、ハッと息を呑んだ。
あの日、あの悲劇の日。サツキは駆けつけた社長によって救い出された。
なぜ誰にも言わず飛び出したサツキの居場所が分かったのか、その答えは未だ明らかになっていなかった。姉鷺から聞いたのは、匿名の電話がサツキの危機を知らせたということだけ。
根拠はない。しかし、サツキは狗丸トウマが自分へ向けた言葉をしっかり覚えている。
-絶対に最悪の結果にはさせねえ。俺が何とかしてやるから。
「どうしてそれを、俺に……」
「別に、アイツが無名のヒーローである必要は無いと思っただけ。礼の一言、あったっていいんじゃないかってな」
耳をくすぐる声が僅かに強ばったのを、サツキは聞き逃さなかった。
憎らしい相手が、許し難い存在が、ゆらりと形を変える。サツキはそっと目線を持ち上げると、指示通りに御堂の髪に指を通した。
「……意外です。仲間のことは大事にしているんですね」
「おい、今の話でどうしてそうなる」
「そういう心があるのなら、どうして……。貴方とは、もっと別の形で会いたかった、今でも思います」
心根から悪人ではない。今更そんなことに気付きたくなかった。
意外にも柔らかい赤茶色の髪を梳いたサツキの手を、御堂の冷たい手が掴み取る。指と指が絡み、唇が触れそうな程に近付いた。
「ふ、最高だな。これを龍之介から奪えたってのが何よりイイ」
「そういうこと……っ」
「怒んなよ。撮影中だろ」
まるで恋人同士だ。公にはされなかった偽りの情事が、今、人目に晒されているなんて。
ぶるりとサツキの体が震えたことに気付いたのだろう、御堂はフッと鼻で笑うと、サツキの耳元で囁いた。
「安心しろよ。TRIGGERが潰れた今、お前には興味ないから」
御堂の髪がサツキの肩を滑る。
指示のない口付けがサツキの襟足に落ちると、カシャカシャとシャッター音が響いた。
・・・
間もなく撮影が終わると、サツキは駆け寄ってきた姉鷺によって上着を羽織らされた。
御堂の演技に気が気でなかったのだろう。御堂から引き離すかのように、姉鷺がサツキの腕を引く。
同じく上着を肩に羽織った御堂は、「ちょっと待てよ」と自身のポケットをまさぐった。
「これ、トウマの連絡先」
差し出された小さなメモに、サツキは思わず足を止める。
そこには右上がりの男らしい字で、電話番号が記されていた。
「え……」
「盗聴とか疑ってんのか? これアイツのプライペート用だから、事務所は関与してねぇよ。ま、どうするかはお前次第だけど」
受け取らないサツキに、半ば強引に押し付ける。御堂はそれだけ済ませると、ひらりと片手を振ってサツキに背を向けた。
これまで受けてきた仕打ちを考えれば、拍子抜けなほど。呆気なく消える背中を呆然と見送ったサツキの肩に、とんっと姉鷺の手がかかった。
「サツキ、何受け取ってんのよ」
事情を知らない姉鷺は、そんなもの捨てちゃいなさいと顔を歪める。
ŹOOĻは宿敵だ、それは姉鷺にとっても変わらない。一番大事なTRIGGERを蹴落としてのし上がった連中なのだ。
「でも、狗丸トウマさんは俺のこと助けてくれたんです。変なこと話しませんから、一度だけ、かけてみてもいいですか」
「……でもねぇ」
姉鷺が渋るのは当然だ。サツキはぎゅうとスマートフォンを胸に寄せ、戸惑いと迷いの中、目を閉じた。
「……ここじゃ誰に聞かれるか分からないから。ひとまず楽屋に戻りましょう」
姉鷺の呆れた声に頭が下がる。
サツキはコクリと頷くと、こんな状況でもサツキを使ってくれたスタッフ達に目を配った。
もめたばかりの八乙女とツクモのコラボ企画だ。スタッフや取材のカメラは、撮影の規模より明らかに多い。
一人一人に向けて「お疲れ様です」と会釈する最中、サツキは反射的に姉鷺の腕を掴んだ。
帽子を目深にかぶったスタッフに睨まれた気がした。
「あ、姉鷺さん。今、奥にいたスタッフの方、知ってます? 入りの時にいましたっけ」
「スタッフ? 悪いけど、私はアンタみたいにその日のスタッフまで把握してないわよ。というか、よく入りの挨拶だけでスタッフにまで目が行き届くわね。才能よ才能」
「……有難うございます」
女性らしさから一転、男性としての姿を売る。
そんな今のサツキが気に入らない人は少なくない。ファンに限らず、スタッフの中にも、同じ事務所の中にもいないとは限らない。
(きっと狗丸さんなら応援してくれるとか、思ってんのかな俺)
お礼が言いたいなんて建前で、味方が欲しいだけ。
サツキはふるふると首を横に振ると、最後に「有難うございました」と腰を深く折り曲げてスタジオを後にした。
(俺は甘い……でも、安全な道なんて、この業界にいる限り無いんでしょう。守られながら続けるなんて無理だ)
入口に「牧野サツキ様」と書かれた楽屋に入ると、姉鷺は物言いたげなサツキに先手を打って「ほら」と顎をしゃくった。
「え、いいんですか」
「いいも何も……ダメって言ったらアンタ、私がいないとこでかけるでしょ。さっさとかけちゃいなさいよ」
「有難うございますっ」
サツキは姉鷺にも聞こえるようスマートフォンを持つと、電話のアイコンに指を重ねた。
プルルと電子音。姉鷺が眉を寄せたまま、ごくりと息を呑む。
『もしもし』
暫くして聞こえてきた低い声に、サツキは思わず姉鷺と視線を交えた。
姉鷺が小声で「彼なの?」と問うのに重なって、スピーカーから『サツキか!』と声が聞こえて来た。
「あの、はい、サツキです。こちら、狗丸トウマさんのお電話で……」
『ハァ……そうだけどな、御堂の仕業だろ。お前、のこのこ電話よこして大丈夫かよ』
ため息混じりの正論に、姉鷺が「ほらね」と言わんばかりに目を細める。
狗丸の口振りからすると、今日御堂との撮影があることを知っていたのだろう。見知らぬ電話番号に出たのも、連絡先を教える下りまで伝わっていたからかもしれない。
『いま、楽屋か?』
「え、はい。先程撮影が終わって、御堂さんとはその時に……」
『……ちょっと、待ってろ』
電話の向こうから、カチャン、バタンッとドアを開閉する音が聞こえる。
その数秒後、まさにサツキが今いる楽屋と連動するかのように、楽屋をノックする音がゴンゴンと響いた。
困惑しながらも、反射的に「はいっ」と声を上げる。それに合わせて、楽屋のドアが開かれると、電話の向こうにいるはずの狗丸トウマが顔を覗かせた。
「お前、何も無かったか。無事だな」
「えっ! なんで……」
困惑するサツキに対し、狗丸は安堵した様子で肩をストンと落とし、姉鷺に視線を向けると小さく会釈した。
姉鷺は驚いた様子で目を見開いたが、直ぐに「なるほどね」と頷く。
「次はアンタだから、見て学んでこいーみたいな感じかしら」
「そ……、いや、まぁ、サツキに会える機会が、仕事以外じゃココしかないと思って……。元気そうで安心した」
関係者の控え室はこの楽屋の近くにある。
そこで待機していたのだろう。それが仕事の事情だけでないことは、狗丸の口振りから察しがつく。
「……狗丸さん、お気遣い有難うございます。以前、ツクモプロさんと揉めた時に助けを呼んでくださったと聞きました」
「あ、あぁ……別に礼なんかいらねぇからな。借りを返しただけだ」
彼の言う「借り」とやらが、そう大層な事情でないことはサツキも知っている。
彼が以前所属していたアイドルグループで思い悩んでいた時に声をかけた。ただそれだけ。
そんなの借りでもなんでもないのに、とサツキは首を横に振ったが、狗丸は「それより」と照れくさそうに頭をかいた。
「何かあったら俺を頼っていいからな。お前が思っている以上に、たぶん敵は少なくねぇと思う。ツクモの話だけじゃなくてな」
「……狗丸さん」
「まあ、なんだ……俺は、サツキのこと、応援してっから」
そう言うと、狗丸はチラと姉鷺に視線を向け、居心地悪そうに眉をひそめた。その後に僅かに聞き取れた吐息は「連絡待ってる」の一言。
サツキが見た姉鷺は、面白いものを見たと言わんばかりに目を輝かせていた。
追加日:2021/04/11
サツキは暫く顔をしかめた後、ハッと息を呑んだ。
あの日、あの悲劇の日。サツキは駆けつけた社長によって救い出された。
なぜ誰にも言わず飛び出したサツキの居場所が分かったのか、その答えは未だ明らかになっていなかった。姉鷺から聞いたのは、匿名の電話がサツキの危機を知らせたということだけ。
根拠はない。しかし、サツキは狗丸トウマが自分へ向けた言葉をしっかり覚えている。
-絶対に最悪の結果にはさせねえ。俺が何とかしてやるから。
「どうしてそれを、俺に……」
「別に、アイツが無名のヒーローである必要は無いと思っただけ。礼の一言、あったっていいんじゃないかってな」
耳をくすぐる声が僅かに強ばったのを、サツキは聞き逃さなかった。
憎らしい相手が、許し難い存在が、ゆらりと形を変える。サツキはそっと目線を持ち上げると、指示通りに御堂の髪に指を通した。
「……意外です。仲間のことは大事にしているんですね」
「おい、今の話でどうしてそうなる」
「そういう心があるのなら、どうして……。貴方とは、もっと別の形で会いたかった、今でも思います」
心根から悪人ではない。今更そんなことに気付きたくなかった。
意外にも柔らかい赤茶色の髪を梳いたサツキの手を、御堂の冷たい手が掴み取る。指と指が絡み、唇が触れそうな程に近付いた。
「ふ、最高だな。これを龍之介から奪えたってのが何よりイイ」
「そういうこと……っ」
「怒んなよ。撮影中だろ」
まるで恋人同士だ。公にはされなかった偽りの情事が、今、人目に晒されているなんて。
ぶるりとサツキの体が震えたことに気付いたのだろう、御堂はフッと鼻で笑うと、サツキの耳元で囁いた。
「安心しろよ。TRIGGERが潰れた今、お前には興味ないから」
御堂の髪がサツキの肩を滑る。
指示のない口付けがサツキの襟足に落ちると、カシャカシャとシャッター音が響いた。
・・・
間もなく撮影が終わると、サツキは駆け寄ってきた姉鷺によって上着を羽織らされた。
御堂の演技に気が気でなかったのだろう。御堂から引き離すかのように、姉鷺がサツキの腕を引く。
同じく上着を肩に羽織った御堂は、「ちょっと待てよ」と自身のポケットをまさぐった。
「これ、トウマの連絡先」
差し出された小さなメモに、サツキは思わず足を止める。
そこには右上がりの男らしい字で、電話番号が記されていた。
「え……」
「盗聴とか疑ってんのか? これアイツのプライペート用だから、事務所は関与してねぇよ。ま、どうするかはお前次第だけど」
受け取らないサツキに、半ば強引に押し付ける。御堂はそれだけ済ませると、ひらりと片手を振ってサツキに背を向けた。
これまで受けてきた仕打ちを考えれば、拍子抜けなほど。呆気なく消える背中を呆然と見送ったサツキの肩に、とんっと姉鷺の手がかかった。
「サツキ、何受け取ってんのよ」
事情を知らない姉鷺は、そんなもの捨てちゃいなさいと顔を歪める。
ŹOOĻは宿敵だ、それは姉鷺にとっても変わらない。一番大事なTRIGGERを蹴落としてのし上がった連中なのだ。
「でも、狗丸トウマさんは俺のこと助けてくれたんです。変なこと話しませんから、一度だけ、かけてみてもいいですか」
「……でもねぇ」
姉鷺が渋るのは当然だ。サツキはぎゅうとスマートフォンを胸に寄せ、戸惑いと迷いの中、目を閉じた。
「……ここじゃ誰に聞かれるか分からないから。ひとまず楽屋に戻りましょう」
姉鷺の呆れた声に頭が下がる。
サツキはコクリと頷くと、こんな状況でもサツキを使ってくれたスタッフ達に目を配った。
もめたばかりの八乙女とツクモのコラボ企画だ。スタッフや取材のカメラは、撮影の規模より明らかに多い。
一人一人に向けて「お疲れ様です」と会釈する最中、サツキは反射的に姉鷺の腕を掴んだ。
帽子を目深にかぶったスタッフに睨まれた気がした。
「あ、姉鷺さん。今、奥にいたスタッフの方、知ってます? 入りの時にいましたっけ」
「スタッフ? 悪いけど、私はアンタみたいにその日のスタッフまで把握してないわよ。というか、よく入りの挨拶だけでスタッフにまで目が行き届くわね。才能よ才能」
「……有難うございます」
女性らしさから一転、男性としての姿を売る。
そんな今のサツキが気に入らない人は少なくない。ファンに限らず、スタッフの中にも、同じ事務所の中にもいないとは限らない。
(きっと狗丸さんなら応援してくれるとか、思ってんのかな俺)
お礼が言いたいなんて建前で、味方が欲しいだけ。
サツキはふるふると首を横に振ると、最後に「有難うございました」と腰を深く折り曲げてスタジオを後にした。
(俺は甘い……でも、安全な道なんて、この業界にいる限り無いんでしょう。守られながら続けるなんて無理だ)
入口に「牧野サツキ様」と書かれた楽屋に入ると、姉鷺は物言いたげなサツキに先手を打って「ほら」と顎をしゃくった。
「え、いいんですか」
「いいも何も……ダメって言ったらアンタ、私がいないとこでかけるでしょ。さっさとかけちゃいなさいよ」
「有難うございますっ」
サツキは姉鷺にも聞こえるようスマートフォンを持つと、電話のアイコンに指を重ねた。
プルルと電子音。姉鷺が眉を寄せたまま、ごくりと息を呑む。
『もしもし』
暫くして聞こえてきた低い声に、サツキは思わず姉鷺と視線を交えた。
姉鷺が小声で「彼なの?」と問うのに重なって、スピーカーから『サツキか!』と声が聞こえて来た。
「あの、はい、サツキです。こちら、狗丸トウマさんのお電話で……」
『ハァ……そうだけどな、御堂の仕業だろ。お前、のこのこ電話よこして大丈夫かよ』
ため息混じりの正論に、姉鷺が「ほらね」と言わんばかりに目を細める。
狗丸の口振りからすると、今日御堂との撮影があることを知っていたのだろう。見知らぬ電話番号に出たのも、連絡先を教える下りまで伝わっていたからかもしれない。
『いま、楽屋か?』
「え、はい。先程撮影が終わって、御堂さんとはその時に……」
『……ちょっと、待ってろ』
電話の向こうから、カチャン、バタンッとドアを開閉する音が聞こえる。
その数秒後、まさにサツキが今いる楽屋と連動するかのように、楽屋をノックする音がゴンゴンと響いた。
困惑しながらも、反射的に「はいっ」と声を上げる。それに合わせて、楽屋のドアが開かれると、電話の向こうにいるはずの狗丸トウマが顔を覗かせた。
「お前、何も無かったか。無事だな」
「えっ! なんで……」
困惑するサツキに対し、狗丸は安堵した様子で肩をストンと落とし、姉鷺に視線を向けると小さく会釈した。
姉鷺は驚いた様子で目を見開いたが、直ぐに「なるほどね」と頷く。
「次はアンタだから、見て学んでこいーみたいな感じかしら」
「そ……、いや、まぁ、サツキに会える機会が、仕事以外じゃココしかないと思って……。元気そうで安心した」
関係者の控え室はこの楽屋の近くにある。
そこで待機していたのだろう。それが仕事の事情だけでないことは、狗丸の口振りから察しがつく。
「……狗丸さん、お気遣い有難うございます。以前、ツクモプロさんと揉めた時に助けを呼んでくださったと聞きました」
「あ、あぁ……別に礼なんかいらねぇからな。借りを返しただけだ」
彼の言う「借り」とやらが、そう大層な事情でないことはサツキも知っている。
彼が以前所属していたアイドルグループで思い悩んでいた時に声をかけた。ただそれだけ。
そんなの借りでもなんでもないのに、とサツキは首を横に振ったが、狗丸は「それより」と照れくさそうに頭をかいた。
「何かあったら俺を頼っていいからな。お前が思っている以上に、たぶん敵は少なくねぇと思う。ツクモの話だけじゃなくてな」
「……狗丸さん」
「まあ、なんだ……俺は、サツキのこと、応援してっから」
そう言うと、狗丸はチラと姉鷺に視線を向け、居心地悪そうに眉をひそめた。その後に僅かに聞き取れた吐息は「連絡待ってる」の一言。
サツキが見た姉鷺は、面白いものを見たと言わんばかりに目を輝かせていた。
追加日:2021/04/11