八乙女楽(IDOLiSH7)
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18.二度目の催促
テレビ番組に出演すれば、出演者達に温かく慰められ、スタジオを出ればスタッフの人達が優しい言葉をかける。
サツキが自ら招いた苦しみの境地は、自然とサツキの人柄が回復へと導いていく。
SNSを用いて発信したサツキの幼い頃の姿や、サツキとTRIGGERの三人の親しげな雰囲気も、ファン達の間で少しずつ受け入れられつつあった。
「第二弾は『落ち込んでいる恋人へ励ましの言葉』、第三弾は『一番格好良いと思うポージング』……結局、体力勝負ものは今のところ最初だけだったな」
楽が言ったのは、七瀬陸が自身のラジオでやっている「男前度企画」のテーマの話だ。
一回目の腕立て伏せ勝負があまりにも予想通り過ぎたせいか、一癖あるテーマが続いている。
ちなみに二回目のテーマも大概予想通りで、七瀬陸の言葉が一番真っ直ぐで心に響くだとか、八乙女楽の言葉がまさに女性を抱くかのようだったとか、ともかく反響はあったらしい。
そして今回は「ポーズ」だ。サツキは恥ずかしそうに目を伏せ、カメラから逃れるように両手を突き出した。
「や……俺、最後にしない? こういうの、俺が一番慣れていないし、皆の見て参考にしたいんだけど……」
「ボク達の見ちゃったら、サツキらしさが出なくなるでしょ。慣れてないのがいいんじゃない」
「う、嘘だ。どうせ女々しい感じになっちゃって、あざといとか言われるの、知ってるんですから……」
SNS、ネットニュース、容赦のない意見は見ないようにしていても、世間にどう思われているかくらい分かっている。
ラジオを聞いて始めて次のテーマを知ったサツキは、その日からTRIGGERの全員と予定が合うまでの三日間、ずっと「男らしいポーズ」を考えていた。
思い浮かぶのは、龍之介のような自身の肉体を見せつけるようなセクシーなものや、楽のようにエロチックで誘うようなものばかりだ。
「俺がやって滑稽じゃ無いポーズなんて、思い浮かばないよ……」
「別に、男らしいの形って一つじゃ無いと思うよ。サツキらしく、サツキが思う男を見せればいいんだよ」
サツキの思考を察したのか、龍之介が口を挟む。
そう言われても頭を捻ったサツキに、ついに見かねた姉鷺が「早くなさいよ!」と煩わしそうに声を上げた。
TRIGGERの時間はサツキよりも自由がきかない。今日だって、スケジュールの合間を縫って集まったのだ。
「俺らしい……。じゃあ、あの、分かりました。やるので、上手く撮ってもらえますか?」
「誰に指図してんのよ。いいから早く! 後ろがつっかえてるんだから!」
サツキは大きく深呼吸をした後、すうっと強く息を吸い込んだ。肩幅くらいに足を開き、何も持たない手を握りしめて唇に寄せる。
その瞬間、姉鷺の手は慌ててカメラをビデオに切り替えた。
俺達の歌だ、と龍之介がぽつりと零す。サツキが選んだのはTRIGGERの曲を歌うことだった。
「ポーズじゃないし。それありなら、それが一番格好良いに決まってるじゃん」
「シー……聞こう、天」
サツキの口から紡がれる歌。いつものサツキの声とは違い、低い音を出すために締めた喉は少し掠れた音を奏でた。顔つきや手つきも普段と違い、男らしい仕草が随所に見られる。
サツキはワンコーラス歌いきったところで、ゆっくりとマイクを持つようにしていた手を下ろした。
自分が一番自分らしくいられるのは歌だ。そして、一番男らしいと思うのはTRIGGER。
「す、すみません……、こんな感じで、なんとかなりますか?」
サツキがカメラに隠れて見えない姉鷺の顔色をうかがいながら問いかける。
姉鷺は撮影していた手の形を崩さず、むしろ体を傾け、カメラの後ろから顔を覗かせた。
「……ほんっと、アンタ、いい声してるわよね……」
「あっ、有難うございます」
「意外だったのよ、最初は、まさか社長がこんなタイプの子を拾ってくるなんて。でも、本物よ。アンタの歌は……」
姉鷺は何か噛み締めるように、ぶつ切りの言葉を優しくサツキへ投げる。
それから一人気合いを入れるように頷いた姉鷺は、カメラを龍之介に押しつけ、両手でサツキの肩を掴んだ。
「やっぱりアンタ、こんなところで負けてちゃだめよ! 全力でサポートするから、頑張んなさい!」
「はっ、はい! 頑張ります!」
勢いに呑まれたサツキの背筋がぴんっと伸びる。姉鷺はそのサツキの肩を再びポンポンと二回叩いてから、「さ、次は誰!?」とTRIGGERの三人を振り返った。
その後の撮影は、当然のことながらすんなりと終えた。
姉鷺が何か要求する前に、格好良いポーズを決めていく三人。カメラの向こうにいるファンを想定したような目配せ、足先も手の先も、どこを取っても隙の無い姿。仲の良さアピールのための映像もばっちりだ。
「……俺、場違いなんじゃ」
「そんなことねぇよ」
サツキがぽつりと零すと、楽が素早く振り返った。
撮ったデータの確認をしている天や龍之介は、自分達の写真を見ることを楽しんでいる。
「俺は、あんまり好きじゃないんだ。嫌な、姿が映るかもしれない、とか……。人に見られたくない姿が、バレちゃうかもしれない、とか……」
「サツキにそんな姿なんてねぇだろ。お前は、どこ切り取ったって可愛いし、綺麗だ」
「ちが……っ」
サツキは跳ねるように顔を上げ、ハッと息を呑んだ。
脳裏に浮かんでいる、見知らぬ自分を記録した写真。誰も知らないサツキの姿は、浅ましく厭らしく、サツキの頭にこびりついている。
可愛くなんてないし、綺麗でもない。あの写真一枚で、全てが変わってしまう。
サツキは楽の澄んだ瞳を汚したくないという気持ちで頭を垂れた。知られたら、楽だって幻滅するかもしれない。
「本当の自分って、何なんだろう。嘘だって、一定数がそれを真実と言い張れば、きっと真実になっちゃう」
「そうかもな。でも、逆にだって言えるだろ。本当のサツキは俺が知ってる。俺が知っている限り、お前はお前だろ」
「それは……ただの俺の話でしょう? 歌手である俺は?」
卑屈にまみれた言葉が口をついて出る。
楽は大きく目を見開くと、思うよりも前にサツキの頬をぺちと叩いていた。
「落ち着け、サツキ。お前、最近悪い方に考えすぎだ」
「ご、ごめん……」
ただサツキの口を塞ぐためのそれに大した痛みはない。むしろ傷ついた表情を浮かべるのは楽の方だ。
楽は目を見張るほど美しい憂い顔で、しっとりとサツキの頬を撫でた。慰めるようで、たしなめるよう。サツキはぐっと下唇を噛み、再び「ごめんなさい」と声を沈ませた。
「お取り込み中のところ悪いけど、楽、アンタはそろそろ行くわよ」
二人を現実に引き戻す、姉鷺のさっぱりした声が響く。
楽はサツキの頬から手を離すと、その腕に付けた腕時計を見下ろし、ハァッと疲労の見える溜め息を吐き出した。
「サツキ、俺じゃなくてもいい。頼れる奴、頼ればいいから」
「ま、待って。違うよ楽、楽のこと頼ってないとかじゃない。俺が一番頼れるのは、楽なんだから……」
「なら、どうして言わねぇんだよ」
低い声に、ついに怒気が滲む。
サツキは思わず萎縮し肩を竦めたが、この状況に言い返せることなどなかった。
もしも自分が楽と同じ立場で自分を見ていたなら、きっとむかつくし、情けなくなる。どうして自分を頼ってくれないのかと悲しくなる。容易に想像できる状況を作ったのは、紛れもなく自分なのだ。
「TRIGGERに、俺の事、考えて欲しくないからだよ。これ以上、余計なことで負担かけたくない」
「なんでそれが余計なことなんだよ。お前のこと、余計だなんて考えたこと一度もねぇし」
「あ、ああもう、ほら、楽、行くんだろ?」
龍之介が楽とサツキの間に入り、どうどうと楽の背中を押す。
待ち受けていた姉鷺は楽の背を更に強く押し、腕を絡めるようにして無理矢理部屋の外へと連れ出していった。
パタンッとドアが閉まり、沈黙がサツキを責めるように押し寄せる。
「悪いけど、ボクも忙しいから」
そう呟いた天が楽の後を追うように立ち去ると、益々重苦しい空気が部屋を満たした。
二人の呼吸の音だけが、時折耳を触る程度に聞こえる。
情けない上に恥ずかしい。サツキは龍之介の視線から逃れようと、椅子に腰掛け、そのまま顔を腕の中に埋めた。
「……ごめん。隣、いいかな」
恐る恐る、探るような声音に、サツキは三秒かけて迷った挙げ句、ゆっくりと首を横に振った。服の擦れる音が虚しく響く。
しかし龍之介は「じゃあ、立ったまま」と言うと、テーブルに手を突き腰を屈めた。
「サツキが抱えてるのは、個人的な悩み? それとも……俺達や、事務所にも関わる話?」
龍之介の声に、サツキはバッと跳ねるように顔を上げた。
目に映った龍之介は、まるで何かを知っているような顔と声をサツキへ向けている。
「違ったらごめん。それは、もしかして、ツクモプロダクションが関係しているんじゃないか?」
サツキは鼻からすうっと息を吸い込んだまま、呼吸も忘れて静止していた。
薄ら茶色がかった瞳は宙を彷徨い、戸惑いと躊躇いを含んで揺れる。
どうしてそれを。口には出さない困惑を感じ取った龍之介は「やっぱり……」と心底落ち込んだ様子で自身の額を押さえた。
「実は最近、ツクモプロダクションが妙な動きをしているんだよ。前も少し話したと思うけど、まるでTRIGGERを潰したい、みたいな」
「な、何かされた……? 龍、な、何か……」
体を起き上がらせ、龍之介の腕に手を伸ばす。
その瞬間、携帯の着信音が鳴り響き、サツキはビクッと体を震わせた。
発信源はサツキの鞄の中。サツキは恐る恐る鞄を開き、龍之介に「ごめん」と小さく謝ってから、見知らぬ番号からの電話に出た。
「……もしもし」
この電話に出ることにも、無視することにも嫌な予感があった。
知り合い以外が知るはずのない、プライベートの端末。そこに、知らない電話番号が表示されている、しかもこのタイミングで。
『久しぶり。俺のこと、忘れてないよな?』
聞こえてきた声は、電話番号と同じく、馴染みないものだった。
しかし、サツキの頭の中には一人の男性の姿が浮かぶ。嫌な予感は的中してしまったのだ。
「サツキ、どうかした?」
『……今の声、十龍之介か? へぇ、やっぱりそうなのか』
ふうん、と楽しげな声が耳につく。
サツキは咄嗟に椅子から立ち上がり、龍之介に再び「ごめん、ちょっと」と声をかけてから部屋の隅に移動した。
「ど、どうして、この番号……」
『ンなことどうでもいいだろ。そこに龍之介、いるんだろ。龍之介にバラすなよ。一人で外へ出ろ』
「……どういう、」
『いいから。一人で俺が言う場所へ来い。この後スケジュール空いてんのも、知ってんだからな』
サツキはゾッとする感覚に、意味も無く辺りを見渡した。
部屋の中にいるのは、サツキと龍之介だけ。ここは八乙女事務所の一室だ、怯えるものなど何も無いはず。それなのに、どこかから見られているような寒気がサツキを襲う。
「どうして、ですか」
『理由なんてどうでもいいだろ。お前は俺の言うことを聞くしか無い、だろ? 忘れんなよ』
彼が言いたいのは撮られた写真のことで間違いないだろう。
サツキはバクバクと心臓が痛い程打つのを感じ、ふらと目眩を起こして壁に手を当てた。
こつんと冷たい壁に額をぶつけると、少しだけ、頭の中がスッと落ち着いてくる。サツキは通話の切れた携帯を握りしめたまま、咄嗟に龍之介を振り返った。
「龍……、俺、ちょっと、行かなきゃ」
「待って。サツキ、今のは誰から? 随分顔色が悪いけど……」
「大丈夫」
「大丈夫じゃ無いよ、待って、サツキ」
龍之介がサツキの腕を掴み、少し強めにぐっと引き寄せる。
足に力の入っていなかったサツキの体は、龍之介の胸に吸い込まれるように倒れ込んだ。
サツキの膝は震えていた。龍之介が掴んだ肩もだ。サツキは思わず龍之介の服にしがみつき、ゆっくりと顔を上げた。
「ご、ごめん、龍……、俺、全然大丈夫じゃなかったね」
「……さっき楽が言ってたの、俺でもいいよ。楽に言いづらくても、俺に言えることはない?」
「今は、何も……」
サツキがぽつりと返すと、龍之介は眉を寄せて、ゆっくりと手をサツキから放した。
「それじゃ、一つだけ、聞いてくれ。サツキ、ツクモプロには気を付けて」
サツキは小さく頷きながら、鞄を肩にかけて龍之介に背を向けた。
そんなこと分かってる。だってあの男、御堂はツクモプロからのデビューが決まっている人だ。そして、邪魔になるTRIGGERを排除しようとしている。
そして、サツキの弱みを握っている。
「大丈夫だよ」
そう呟いたのは、龍之介に向けた言葉だったのか、自分に言い聞かせたのか。
サツキは電話越しの声が指定した場所へ、一人向かって行った。
それが楽を裏切る行為だと認識していたが、今のサツキに出来ることは“敵”の言葉に従い、少しでも延命することしかなかったのだ。
(続く)
追加日:2018/12/17
テレビ番組に出演すれば、出演者達に温かく慰められ、スタジオを出ればスタッフの人達が優しい言葉をかける。
サツキが自ら招いた苦しみの境地は、自然とサツキの人柄が回復へと導いていく。
SNSを用いて発信したサツキの幼い頃の姿や、サツキとTRIGGERの三人の親しげな雰囲気も、ファン達の間で少しずつ受け入れられつつあった。
「第二弾は『落ち込んでいる恋人へ励ましの言葉』、第三弾は『一番格好良いと思うポージング』……結局、体力勝負ものは今のところ最初だけだったな」
楽が言ったのは、七瀬陸が自身のラジオでやっている「男前度企画」のテーマの話だ。
一回目の腕立て伏せ勝負があまりにも予想通り過ぎたせいか、一癖あるテーマが続いている。
ちなみに二回目のテーマも大概予想通りで、七瀬陸の言葉が一番真っ直ぐで心に響くだとか、八乙女楽の言葉がまさに女性を抱くかのようだったとか、ともかく反響はあったらしい。
そして今回は「ポーズ」だ。サツキは恥ずかしそうに目を伏せ、カメラから逃れるように両手を突き出した。
「や……俺、最後にしない? こういうの、俺が一番慣れていないし、皆の見て参考にしたいんだけど……」
「ボク達の見ちゃったら、サツキらしさが出なくなるでしょ。慣れてないのがいいんじゃない」
「う、嘘だ。どうせ女々しい感じになっちゃって、あざといとか言われるの、知ってるんですから……」
SNS、ネットニュース、容赦のない意見は見ないようにしていても、世間にどう思われているかくらい分かっている。
ラジオを聞いて始めて次のテーマを知ったサツキは、その日からTRIGGERの全員と予定が合うまでの三日間、ずっと「男らしいポーズ」を考えていた。
思い浮かぶのは、龍之介のような自身の肉体を見せつけるようなセクシーなものや、楽のようにエロチックで誘うようなものばかりだ。
「俺がやって滑稽じゃ無いポーズなんて、思い浮かばないよ……」
「別に、男らしいの形って一つじゃ無いと思うよ。サツキらしく、サツキが思う男を見せればいいんだよ」
サツキの思考を察したのか、龍之介が口を挟む。
そう言われても頭を捻ったサツキに、ついに見かねた姉鷺が「早くなさいよ!」と煩わしそうに声を上げた。
TRIGGERの時間はサツキよりも自由がきかない。今日だって、スケジュールの合間を縫って集まったのだ。
「俺らしい……。じゃあ、あの、分かりました。やるので、上手く撮ってもらえますか?」
「誰に指図してんのよ。いいから早く! 後ろがつっかえてるんだから!」
サツキは大きく深呼吸をした後、すうっと強く息を吸い込んだ。肩幅くらいに足を開き、何も持たない手を握りしめて唇に寄せる。
その瞬間、姉鷺の手は慌ててカメラをビデオに切り替えた。
俺達の歌だ、と龍之介がぽつりと零す。サツキが選んだのはTRIGGERの曲を歌うことだった。
「ポーズじゃないし。それありなら、それが一番格好良いに決まってるじゃん」
「シー……聞こう、天」
サツキの口から紡がれる歌。いつものサツキの声とは違い、低い音を出すために締めた喉は少し掠れた音を奏でた。顔つきや手つきも普段と違い、男らしい仕草が随所に見られる。
サツキはワンコーラス歌いきったところで、ゆっくりとマイクを持つようにしていた手を下ろした。
自分が一番自分らしくいられるのは歌だ。そして、一番男らしいと思うのはTRIGGER。
「す、すみません……、こんな感じで、なんとかなりますか?」
サツキがカメラに隠れて見えない姉鷺の顔色をうかがいながら問いかける。
姉鷺は撮影していた手の形を崩さず、むしろ体を傾け、カメラの後ろから顔を覗かせた。
「……ほんっと、アンタ、いい声してるわよね……」
「あっ、有難うございます」
「意外だったのよ、最初は、まさか社長がこんなタイプの子を拾ってくるなんて。でも、本物よ。アンタの歌は……」
姉鷺は何か噛み締めるように、ぶつ切りの言葉を優しくサツキへ投げる。
それから一人気合いを入れるように頷いた姉鷺は、カメラを龍之介に押しつけ、両手でサツキの肩を掴んだ。
「やっぱりアンタ、こんなところで負けてちゃだめよ! 全力でサポートするから、頑張んなさい!」
「はっ、はい! 頑張ります!」
勢いに呑まれたサツキの背筋がぴんっと伸びる。姉鷺はそのサツキの肩を再びポンポンと二回叩いてから、「さ、次は誰!?」とTRIGGERの三人を振り返った。
その後の撮影は、当然のことながらすんなりと終えた。
姉鷺が何か要求する前に、格好良いポーズを決めていく三人。カメラの向こうにいるファンを想定したような目配せ、足先も手の先も、どこを取っても隙の無い姿。仲の良さアピールのための映像もばっちりだ。
「……俺、場違いなんじゃ」
「そんなことねぇよ」
サツキがぽつりと零すと、楽が素早く振り返った。
撮ったデータの確認をしている天や龍之介は、自分達の写真を見ることを楽しんでいる。
「俺は、あんまり好きじゃないんだ。嫌な、姿が映るかもしれない、とか……。人に見られたくない姿が、バレちゃうかもしれない、とか……」
「サツキにそんな姿なんてねぇだろ。お前は、どこ切り取ったって可愛いし、綺麗だ」
「ちが……っ」
サツキは跳ねるように顔を上げ、ハッと息を呑んだ。
脳裏に浮かんでいる、見知らぬ自分を記録した写真。誰も知らないサツキの姿は、浅ましく厭らしく、サツキの頭にこびりついている。
可愛くなんてないし、綺麗でもない。あの写真一枚で、全てが変わってしまう。
サツキは楽の澄んだ瞳を汚したくないという気持ちで頭を垂れた。知られたら、楽だって幻滅するかもしれない。
「本当の自分って、何なんだろう。嘘だって、一定数がそれを真実と言い張れば、きっと真実になっちゃう」
「そうかもな。でも、逆にだって言えるだろ。本当のサツキは俺が知ってる。俺が知っている限り、お前はお前だろ」
「それは……ただの俺の話でしょう? 歌手である俺は?」
卑屈にまみれた言葉が口をついて出る。
楽は大きく目を見開くと、思うよりも前にサツキの頬をぺちと叩いていた。
「落ち着け、サツキ。お前、最近悪い方に考えすぎだ」
「ご、ごめん……」
ただサツキの口を塞ぐためのそれに大した痛みはない。むしろ傷ついた表情を浮かべるのは楽の方だ。
楽は目を見張るほど美しい憂い顔で、しっとりとサツキの頬を撫でた。慰めるようで、たしなめるよう。サツキはぐっと下唇を噛み、再び「ごめんなさい」と声を沈ませた。
「お取り込み中のところ悪いけど、楽、アンタはそろそろ行くわよ」
二人を現実に引き戻す、姉鷺のさっぱりした声が響く。
楽はサツキの頬から手を離すと、その腕に付けた腕時計を見下ろし、ハァッと疲労の見える溜め息を吐き出した。
「サツキ、俺じゃなくてもいい。頼れる奴、頼ればいいから」
「ま、待って。違うよ楽、楽のこと頼ってないとかじゃない。俺が一番頼れるのは、楽なんだから……」
「なら、どうして言わねぇんだよ」
低い声に、ついに怒気が滲む。
サツキは思わず萎縮し肩を竦めたが、この状況に言い返せることなどなかった。
もしも自分が楽と同じ立場で自分を見ていたなら、きっとむかつくし、情けなくなる。どうして自分を頼ってくれないのかと悲しくなる。容易に想像できる状況を作ったのは、紛れもなく自分なのだ。
「TRIGGERに、俺の事、考えて欲しくないからだよ。これ以上、余計なことで負担かけたくない」
「なんでそれが余計なことなんだよ。お前のこと、余計だなんて考えたこと一度もねぇし」
「あ、ああもう、ほら、楽、行くんだろ?」
龍之介が楽とサツキの間に入り、どうどうと楽の背中を押す。
待ち受けていた姉鷺は楽の背を更に強く押し、腕を絡めるようにして無理矢理部屋の外へと連れ出していった。
パタンッとドアが閉まり、沈黙がサツキを責めるように押し寄せる。
「悪いけど、ボクも忙しいから」
そう呟いた天が楽の後を追うように立ち去ると、益々重苦しい空気が部屋を満たした。
二人の呼吸の音だけが、時折耳を触る程度に聞こえる。
情けない上に恥ずかしい。サツキは龍之介の視線から逃れようと、椅子に腰掛け、そのまま顔を腕の中に埋めた。
「……ごめん。隣、いいかな」
恐る恐る、探るような声音に、サツキは三秒かけて迷った挙げ句、ゆっくりと首を横に振った。服の擦れる音が虚しく響く。
しかし龍之介は「じゃあ、立ったまま」と言うと、テーブルに手を突き腰を屈めた。
「サツキが抱えてるのは、個人的な悩み? それとも……俺達や、事務所にも関わる話?」
龍之介の声に、サツキはバッと跳ねるように顔を上げた。
目に映った龍之介は、まるで何かを知っているような顔と声をサツキへ向けている。
「違ったらごめん。それは、もしかして、ツクモプロダクションが関係しているんじゃないか?」
サツキは鼻からすうっと息を吸い込んだまま、呼吸も忘れて静止していた。
薄ら茶色がかった瞳は宙を彷徨い、戸惑いと躊躇いを含んで揺れる。
どうしてそれを。口には出さない困惑を感じ取った龍之介は「やっぱり……」と心底落ち込んだ様子で自身の額を押さえた。
「実は最近、ツクモプロダクションが妙な動きをしているんだよ。前も少し話したと思うけど、まるでTRIGGERを潰したい、みたいな」
「な、何かされた……? 龍、な、何か……」
体を起き上がらせ、龍之介の腕に手を伸ばす。
その瞬間、携帯の着信音が鳴り響き、サツキはビクッと体を震わせた。
発信源はサツキの鞄の中。サツキは恐る恐る鞄を開き、龍之介に「ごめん」と小さく謝ってから、見知らぬ番号からの電話に出た。
「……もしもし」
この電話に出ることにも、無視することにも嫌な予感があった。
知り合い以外が知るはずのない、プライベートの端末。そこに、知らない電話番号が表示されている、しかもこのタイミングで。
『久しぶり。俺のこと、忘れてないよな?』
聞こえてきた声は、電話番号と同じく、馴染みないものだった。
しかし、サツキの頭の中には一人の男性の姿が浮かぶ。嫌な予感は的中してしまったのだ。
「サツキ、どうかした?」
『……今の声、十龍之介か? へぇ、やっぱりそうなのか』
ふうん、と楽しげな声が耳につく。
サツキは咄嗟に椅子から立ち上がり、龍之介に再び「ごめん、ちょっと」と声をかけてから部屋の隅に移動した。
「ど、どうして、この番号……」
『ンなことどうでもいいだろ。そこに龍之介、いるんだろ。龍之介にバラすなよ。一人で外へ出ろ』
「……どういう、」
『いいから。一人で俺が言う場所へ来い。この後スケジュール空いてんのも、知ってんだからな』
サツキはゾッとする感覚に、意味も無く辺りを見渡した。
部屋の中にいるのは、サツキと龍之介だけ。ここは八乙女事務所の一室だ、怯えるものなど何も無いはず。それなのに、どこかから見られているような寒気がサツキを襲う。
「どうして、ですか」
『理由なんてどうでもいいだろ。お前は俺の言うことを聞くしか無い、だろ? 忘れんなよ』
彼が言いたいのは撮られた写真のことで間違いないだろう。
サツキはバクバクと心臓が痛い程打つのを感じ、ふらと目眩を起こして壁に手を当てた。
こつんと冷たい壁に額をぶつけると、少しだけ、頭の中がスッと落ち着いてくる。サツキは通話の切れた携帯を握りしめたまま、咄嗟に龍之介を振り返った。
「龍……、俺、ちょっと、行かなきゃ」
「待って。サツキ、今のは誰から? 随分顔色が悪いけど……」
「大丈夫」
「大丈夫じゃ無いよ、待って、サツキ」
龍之介がサツキの腕を掴み、少し強めにぐっと引き寄せる。
足に力の入っていなかったサツキの体は、龍之介の胸に吸い込まれるように倒れ込んだ。
サツキの膝は震えていた。龍之介が掴んだ肩もだ。サツキは思わず龍之介の服にしがみつき、ゆっくりと顔を上げた。
「ご、ごめん、龍……、俺、全然大丈夫じゃなかったね」
「……さっき楽が言ってたの、俺でもいいよ。楽に言いづらくても、俺に言えることはない?」
「今は、何も……」
サツキがぽつりと返すと、龍之介は眉を寄せて、ゆっくりと手をサツキから放した。
「それじゃ、一つだけ、聞いてくれ。サツキ、ツクモプロには気を付けて」
サツキは小さく頷きながら、鞄を肩にかけて龍之介に背を向けた。
そんなこと分かってる。だってあの男、御堂はツクモプロからのデビューが決まっている人だ。そして、邪魔になるTRIGGERを排除しようとしている。
そして、サツキの弱みを握っている。
「大丈夫だよ」
そう呟いたのは、龍之介に向けた言葉だったのか、自分に言い聞かせたのか。
サツキは電話越しの声が指定した場所へ、一人向かって行った。
それが楽を裏切る行為だと認識していたが、今のサツキに出来ることは“敵”の言葉に従い、少しでも延命することしかなかったのだ。
(続く)
追加日:2018/12/17