八乙女楽(IDOLiSH7)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
15.不安定なまま
「サツキ君」
唐突に名を呼ばれ、ハッと目を上げる。
視界には無数のカメラと観客。隣にいる共演者は少し心配そうにサツキへ視線を向けていた。
「それでぶっちゃけどうなの?」
芸人が司会を務める番組では、トークのネタも容赦がない。
覚悟して挑んだサツキは、その問いに動じる事なく小首を傾げた。
「誰のことから弁明したらいいですか?」
噂の愛てとして名が挙げられたのは、同じ事務所の先輩である八乙女楽と十龍之介。
それからIDOLiSH7の四葉環と七瀬陸。
サツキの隣に座るRe:valeの百は、授業参観で張り切る小学生のように高々と手を挙げた。
「あと俺!」
「も、百さん、なんでそんなに嬉しそうなんですか」
「だって俺やましくねーもん。ドラマでキスさしてもらっただけだし」
百の口ぶりに、共演者達がケラケラと笑う。
キスは嬉しかったのか?と問われれば、当然のように「そりゃあ!」と胸を張った。
「サツキ君的にはどうだった?百君とのキスは」
「…、十さんの方が上手かったです」
「いやそれ相手悪すぎるっしょ!」
ところどころ台本をなぞり、らしくないことを言って笑いを取る。
サツキは未だ事務所の鎖に繋がっていた。自由な回答は許されない。八乙女との関係は勿論、施設のことも。
サツキの口から言えるのは「古い付き合いなんです」という薄っぺらい回答だけ。
やましい事がないと言えば一部嘘になるが、真実など知る由もない百はウンウンと頷き、司会者もなるほどと唸った。
「そういえば最近CM見たけど、あれすごかったね」
そう体を乗り出したのは、中堅どころの男性俳優だった。
”CM”というワードにスタジオ中が「あー」という声に包まれたのは、それがかなり異色で注目を浴びたものだったからだろう。
「女の子にしか見えなくて、むしろ体が合成なんじゃないかと」
「あ、有難うございます」
女装と暖色のメイクを施した、サツキの女性としての姿。
それと同時に寒色のメイクでクールに魅せた、サツキの男性としての姿。
女性が男装するCMならさして珍しくはないが、女装で違和感なく見せたサツキには絶賛の声が集まっている。
「ちょっと確認とか、させてもらってもいいかな」
すくと立ち上がったその男性俳優に続き、司会者が「サツキ君も立って!」と煽る。
サツキは言われるがまま立ち上がると、その俳優と顔を突き合わせた。
「ちなみにサツキ君、どこまでお触りOK?」
「え、別にどこでも…お好きにどうぞ」
じゃあ下行こう!と司会者の言葉に従い、サツキの下半身に手が伸びる。
そういえば、TRIGGERとの初顔合わせでも同じことあったっけ。
サツキの下半身に触れてびくりと震えた手は、男の象徴を感じたのかどうなのか。
「あ、すみません。小さくて分かりにくいのかも…」
サツキが照れくさそうに言うと、スタジオは笑いに包まれ、その俳優も安心したように笑った。
そんなバラエティ番組の収録に、ライブイベント、雑誌のインタビュー。
仕事が順調なのは、共演者やスタッフからの信頼があったからだ。
「今日のやつどこまで放送されるかなぁ。楽が見たらやばそーなとこ結構あったね!」
一緒にスタジオを後にする百に、サツキは肩をすくめて笑い返す。
その微妙な反応に、百はハッと手で口を覆った。
「そういえば最近会えてないよね、TRIGGERライブ続きだし…」
「そうなんです。俺ももっと頑張らないと…」
「頑張ってるよサツキは」
百の眩しい笑顔に、サツキは目を細めた。
Re:valeだって順風満帆だったわけではない。険しく厳しい道を超えた先には、Re:valeのような輝かしい未来が待っているのだろうか。
「いつでも相談に乗るからね。あ、ユキも心配してるから、たまには連絡してあげてよ」
「…はい、有難うございます」
暖かい言葉に支えられ、燃えたままの網から目を逸らす。
いつまで続ければいいのか、いつまでも耐えなければいけないのか。
「あ、車一緒に乗ってく?」
「いいえ!今日は丁度この辺りで野外ライブがあって…近くまで行ってみます」
「ああ、はは!TRIGGERね、分かった!」
じゃあねと手を振る百へ、手を振り返して背を向ける。
誰かと二人きりにはならない。特にアイドルには気をつけること。それが事務所からの指示だ。
「…いつまで」
深く帽子を被り、俯いたまま歩く。
怪しい雲行きは天気予報通り。降り出した雨にサツキは鞄から取り出した傘を差した。
そのサツキの耳に微かに聞こえる熱。赤信号を前に立ち止まったサツキは、味わうように数秒間目を閉じた。
「…すごい、ここまで聴こえて来るんだ」
雨の中の野外ステージだろうと、彼等の音は変わらない。
響く音に通る人が足を止め、女性は高い声を上げて歓喜し、イヤホンをしていた男性も外して雰囲気を味わう。
昨年、大晦日のイベントでTRIGGERはIDOLiSH7に破れた。
それをきっかけに、再び君臨するために歩き出したTRIGGERの気迫。歌い続ける姿から感じるのは彼等の覚悟だ。
『今日もお疲れ様、ゆっくり休んでね。冷蔵庫の中に』
サツキは楽宛にメッセージを打ち込み、暫く迷った後、それを全て削除した。
這い上がる彼等の遥か下を落ちていく。そんな自分が彼らに向ける言葉などない。
雨粒が着いた画面を服で軽く拭い、信号が変わると同時に歩き出す。
夜の都会、人の流れる交差点。無数の人影の中、すらりと長い足が立ち止まった。
「…また会えたね」
その声に、サツキは視界を隠す傘を微かにずらした。
シックな傘に似合わない、派手な顔立ちがそこにある。
「すごい偶然…、よく、お会いしますね」
「ああ、本当に」
湧き上がる新たな旋風に、忍び寄る影。
足が取られていることに気付かないまま、サツキは前を向いていた。
・・・
夕飯、風呂、寝台、準備を済ませたサツキは、椅子に腰かけソワソワと時計に目を向けた。
連日するツアー、トーク番組の収録に、ドラマの収録、雑誌の撮影に舞台稽古。マルチに活躍の場を広げるTRIGGERの日々はあまりにもハードだ。
そんな生活の中でも、楽は時間を見つけて帰って来る。一週間ぶりに「今日は帰れる」という連絡を受けたサツキは、張り切って彼の帰宅を待っていた。
早く会いたい。テレビじゃなくて、雑誌の写真じゃなくて、遠く聴く声じゃなくて。
時計を見て、ドアを見て、窓の外を見て。
ガチャと鍵の開く音が聞こえると、サツキは跳ねるように立ち上がり玄関へ走った。
「おかえりなさい!ご飯もお風呂も用意してあるよ」
「その前にサツキ」
「えっ、うわ…!」
八乙女事務所の看板アイドル、TRIGGERのリーダーである八乙女楽。
楽と血の繋がらない兄弟であるサツキは、今恋人として楽を支えていた。
「…お疲れ様」
抱き寄せる力強い腕に身を任せ、楽の肩に顔を預ける。
互いの状況を知る手段はいくらでもあるが、こうして触れ合う以上の喜びはない。
それは楽も感じているようで、はぁっと吐き出された息は熱を帯びた。
「すげえ癒されんな…。だから一旦帰りゃ元気出るっつってたのに、姉鷺のやつ聞かねぇんだよ」
「そりゃそうだよ。その分移動で疲れてちゃ意味ないし」
「ハッ、分かってねぇな。サツキに会えると思えば移動時間も最高なんだよ」
楽の腕が緩み、体を離して見つめ合う。
至近距離で見る楽の目の下には、くっきりと隈が浮き出ていた。
「楽、やっぱり疲れてるでしょ。このまま寝てもいいよ。お風呂は朝にして…」
一緒にいる時間よりも何よりも、楽の健康が一番大事だ。
サツキは慌てて楽の手から鞄を受け取り、道を開けるように壁に背を寄せた。
そのまま寝室に導くつもりだったサツキは、その当人に立ち塞がれ、ぱちくりと目を瞬いた。
「…楽?あの、」
「駄目だ、まだ足んねぇ」
吐息混じりの声が、サツキを求めて震えている。
その唇は有無言わずサツキの唇を塞ぎ、逃げ道を塞ぐ体はサツキに隙間なくくっ付いた。
「口…閉じんなよ」
「そん…っ、ン…」
長く混ざるような口付けは未だに苦手だ。
しかし、溶けて一つになってしまえたらと、サツキは自ら開口して楽を招き入れる。
唇を食み、少し乱暴に髪をかき乱し、息をする間も惜しんで舌を合わせる。
「は…ッ、楽…、大丈夫…?」
「それ、お前が言うか?」
ぷはと唇を離すと、楽はサツキの目尻に見えた雫を親指で拭った。
ほんのりと緩んだ口元、柔らかく微笑んだ目元。しかし、楽の表情はすぐにもの憂げに歪む。
「…悪い、明日も夕飯いらねぇから」
「分かってるよ、なんか、パーティ…たったよね」
「サツキも参加すべきだっつったんだけど、ったくあのクソ親父」
苛立ったように言う楽は、恐らくサツキの出席を社長に申し出てくれたのだろう。
結果は見ての通りだ。
「お前も少しは我儘言っていいんだからな。嘘ばっかの記事に振り回されて、サツキを推さねぇとか阿呆すぎる」
「…ありがと、そう言ってもらえるだけで頑張れるよ」
嘗ては楽と一緒にいられればいいと思っていた。そんな願いはもはや叶わぬものと自覚している。
サツキは心配かけまいとニッと微笑み、楽の胸に手を重ねた。
「TRIGGERともIDOLiSH7とも共演してないし、プライベートも気をつけてるから、最近はだいぶ良くなって来たんだよ」
「そうみたいだな。でも、辛かったら連絡しろよ」
「楽もね」
心の奥底では、言い知れぬ不安が渦巻いている。
いつまで一人でいれば良いのだろう。家族にも会えない。友人と会うことも許されない。
この息苦しさを、吐き出す場所もない。
「…楽、今夜は一緒に寝ていい…?」
「なんだよ可愛い事言って。当然そのつもりだけど」
「……うん」
でも、彼の心とだけはずっと繋がっている。
それを糧に、サツキは歩を進めた。嘗て夢見た景色とは違う場所に立ち、不安定に揺さぶられながら。
(第十五話・終)
追加日:2018/09/17
移動前:2018/01/21
「サツキ君」
唐突に名を呼ばれ、ハッと目を上げる。
視界には無数のカメラと観客。隣にいる共演者は少し心配そうにサツキへ視線を向けていた。
「それでぶっちゃけどうなの?」
芸人が司会を務める番組では、トークのネタも容赦がない。
覚悟して挑んだサツキは、その問いに動じる事なく小首を傾げた。
「誰のことから弁明したらいいですか?」
噂の愛てとして名が挙げられたのは、同じ事務所の先輩である八乙女楽と十龍之介。
それからIDOLiSH7の四葉環と七瀬陸。
サツキの隣に座るRe:valeの百は、授業参観で張り切る小学生のように高々と手を挙げた。
「あと俺!」
「も、百さん、なんでそんなに嬉しそうなんですか」
「だって俺やましくねーもん。ドラマでキスさしてもらっただけだし」
百の口ぶりに、共演者達がケラケラと笑う。
キスは嬉しかったのか?と問われれば、当然のように「そりゃあ!」と胸を張った。
「サツキ君的にはどうだった?百君とのキスは」
「…、十さんの方が上手かったです」
「いやそれ相手悪すぎるっしょ!」
ところどころ台本をなぞり、らしくないことを言って笑いを取る。
サツキは未だ事務所の鎖に繋がっていた。自由な回答は許されない。八乙女との関係は勿論、施設のことも。
サツキの口から言えるのは「古い付き合いなんです」という薄っぺらい回答だけ。
やましい事がないと言えば一部嘘になるが、真実など知る由もない百はウンウンと頷き、司会者もなるほどと唸った。
「そういえば最近CM見たけど、あれすごかったね」
そう体を乗り出したのは、中堅どころの男性俳優だった。
”CM”というワードにスタジオ中が「あー」という声に包まれたのは、それがかなり異色で注目を浴びたものだったからだろう。
「女の子にしか見えなくて、むしろ体が合成なんじゃないかと」
「あ、有難うございます」
女装と暖色のメイクを施した、サツキの女性としての姿。
それと同時に寒色のメイクでクールに魅せた、サツキの男性としての姿。
女性が男装するCMならさして珍しくはないが、女装で違和感なく見せたサツキには絶賛の声が集まっている。
「ちょっと確認とか、させてもらってもいいかな」
すくと立ち上がったその男性俳優に続き、司会者が「サツキ君も立って!」と煽る。
サツキは言われるがまま立ち上がると、その俳優と顔を突き合わせた。
「ちなみにサツキ君、どこまでお触りOK?」
「え、別にどこでも…お好きにどうぞ」
じゃあ下行こう!と司会者の言葉に従い、サツキの下半身に手が伸びる。
そういえば、TRIGGERとの初顔合わせでも同じことあったっけ。
サツキの下半身に触れてびくりと震えた手は、男の象徴を感じたのかどうなのか。
「あ、すみません。小さくて分かりにくいのかも…」
サツキが照れくさそうに言うと、スタジオは笑いに包まれ、その俳優も安心したように笑った。
そんなバラエティ番組の収録に、ライブイベント、雑誌のインタビュー。
仕事が順調なのは、共演者やスタッフからの信頼があったからだ。
「今日のやつどこまで放送されるかなぁ。楽が見たらやばそーなとこ結構あったね!」
一緒にスタジオを後にする百に、サツキは肩をすくめて笑い返す。
その微妙な反応に、百はハッと手で口を覆った。
「そういえば最近会えてないよね、TRIGGERライブ続きだし…」
「そうなんです。俺ももっと頑張らないと…」
「頑張ってるよサツキは」
百の眩しい笑顔に、サツキは目を細めた。
Re:valeだって順風満帆だったわけではない。険しく厳しい道を超えた先には、Re:valeのような輝かしい未来が待っているのだろうか。
「いつでも相談に乗るからね。あ、ユキも心配してるから、たまには連絡してあげてよ」
「…はい、有難うございます」
暖かい言葉に支えられ、燃えたままの網から目を逸らす。
いつまで続ければいいのか、いつまでも耐えなければいけないのか。
「あ、車一緒に乗ってく?」
「いいえ!今日は丁度この辺りで野外ライブがあって…近くまで行ってみます」
「ああ、はは!TRIGGERね、分かった!」
じゃあねと手を振る百へ、手を振り返して背を向ける。
誰かと二人きりにはならない。特にアイドルには気をつけること。それが事務所からの指示だ。
「…いつまで」
深く帽子を被り、俯いたまま歩く。
怪しい雲行きは天気予報通り。降り出した雨にサツキは鞄から取り出した傘を差した。
そのサツキの耳に微かに聞こえる熱。赤信号を前に立ち止まったサツキは、味わうように数秒間目を閉じた。
「…すごい、ここまで聴こえて来るんだ」
雨の中の野外ステージだろうと、彼等の音は変わらない。
響く音に通る人が足を止め、女性は高い声を上げて歓喜し、イヤホンをしていた男性も外して雰囲気を味わう。
昨年、大晦日のイベントでTRIGGERはIDOLiSH7に破れた。
それをきっかけに、再び君臨するために歩き出したTRIGGERの気迫。歌い続ける姿から感じるのは彼等の覚悟だ。
『今日もお疲れ様、ゆっくり休んでね。冷蔵庫の中に』
サツキは楽宛にメッセージを打ち込み、暫く迷った後、それを全て削除した。
這い上がる彼等の遥か下を落ちていく。そんな自分が彼らに向ける言葉などない。
雨粒が着いた画面を服で軽く拭い、信号が変わると同時に歩き出す。
夜の都会、人の流れる交差点。無数の人影の中、すらりと長い足が立ち止まった。
「…また会えたね」
その声に、サツキは視界を隠す傘を微かにずらした。
シックな傘に似合わない、派手な顔立ちがそこにある。
「すごい偶然…、よく、お会いしますね」
「ああ、本当に」
湧き上がる新たな旋風に、忍び寄る影。
足が取られていることに気付かないまま、サツキは前を向いていた。
・・・
夕飯、風呂、寝台、準備を済ませたサツキは、椅子に腰かけソワソワと時計に目を向けた。
連日するツアー、トーク番組の収録に、ドラマの収録、雑誌の撮影に舞台稽古。マルチに活躍の場を広げるTRIGGERの日々はあまりにもハードだ。
そんな生活の中でも、楽は時間を見つけて帰って来る。一週間ぶりに「今日は帰れる」という連絡を受けたサツキは、張り切って彼の帰宅を待っていた。
早く会いたい。テレビじゃなくて、雑誌の写真じゃなくて、遠く聴く声じゃなくて。
時計を見て、ドアを見て、窓の外を見て。
ガチャと鍵の開く音が聞こえると、サツキは跳ねるように立ち上がり玄関へ走った。
「おかえりなさい!ご飯もお風呂も用意してあるよ」
「その前にサツキ」
「えっ、うわ…!」
八乙女事務所の看板アイドル、TRIGGERのリーダーである八乙女楽。
楽と血の繋がらない兄弟であるサツキは、今恋人として楽を支えていた。
「…お疲れ様」
抱き寄せる力強い腕に身を任せ、楽の肩に顔を預ける。
互いの状況を知る手段はいくらでもあるが、こうして触れ合う以上の喜びはない。
それは楽も感じているようで、はぁっと吐き出された息は熱を帯びた。
「すげえ癒されんな…。だから一旦帰りゃ元気出るっつってたのに、姉鷺のやつ聞かねぇんだよ」
「そりゃそうだよ。その分移動で疲れてちゃ意味ないし」
「ハッ、分かってねぇな。サツキに会えると思えば移動時間も最高なんだよ」
楽の腕が緩み、体を離して見つめ合う。
至近距離で見る楽の目の下には、くっきりと隈が浮き出ていた。
「楽、やっぱり疲れてるでしょ。このまま寝てもいいよ。お風呂は朝にして…」
一緒にいる時間よりも何よりも、楽の健康が一番大事だ。
サツキは慌てて楽の手から鞄を受け取り、道を開けるように壁に背を寄せた。
そのまま寝室に導くつもりだったサツキは、その当人に立ち塞がれ、ぱちくりと目を瞬いた。
「…楽?あの、」
「駄目だ、まだ足んねぇ」
吐息混じりの声が、サツキを求めて震えている。
その唇は有無言わずサツキの唇を塞ぎ、逃げ道を塞ぐ体はサツキに隙間なくくっ付いた。
「口…閉じんなよ」
「そん…っ、ン…」
長く混ざるような口付けは未だに苦手だ。
しかし、溶けて一つになってしまえたらと、サツキは自ら開口して楽を招き入れる。
唇を食み、少し乱暴に髪をかき乱し、息をする間も惜しんで舌を合わせる。
「は…ッ、楽…、大丈夫…?」
「それ、お前が言うか?」
ぷはと唇を離すと、楽はサツキの目尻に見えた雫を親指で拭った。
ほんのりと緩んだ口元、柔らかく微笑んだ目元。しかし、楽の表情はすぐにもの憂げに歪む。
「…悪い、明日も夕飯いらねぇから」
「分かってるよ、なんか、パーティ…たったよね」
「サツキも参加すべきだっつったんだけど、ったくあのクソ親父」
苛立ったように言う楽は、恐らくサツキの出席を社長に申し出てくれたのだろう。
結果は見ての通りだ。
「お前も少しは我儘言っていいんだからな。嘘ばっかの記事に振り回されて、サツキを推さねぇとか阿呆すぎる」
「…ありがと、そう言ってもらえるだけで頑張れるよ」
嘗ては楽と一緒にいられればいいと思っていた。そんな願いはもはや叶わぬものと自覚している。
サツキは心配かけまいとニッと微笑み、楽の胸に手を重ねた。
「TRIGGERともIDOLiSH7とも共演してないし、プライベートも気をつけてるから、最近はだいぶ良くなって来たんだよ」
「そうみたいだな。でも、辛かったら連絡しろよ」
「楽もね」
心の奥底では、言い知れぬ不安が渦巻いている。
いつまで一人でいれば良いのだろう。家族にも会えない。友人と会うことも許されない。
この息苦しさを、吐き出す場所もない。
「…楽、今夜は一緒に寝ていい…?」
「なんだよ可愛い事言って。当然そのつもりだけど」
「……うん」
でも、彼の心とだけはずっと繋がっている。
それを糧に、サツキは歩を進めた。嘗て夢見た景色とは違う場所に立ち、不安定に揺さぶられながら。
(第十五話・終)
追加日:2018/09/17
移動前:2018/01/21