八乙女楽(IDOLiSH7)
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その日の終わり、サツキは自宅近くで彼らと別れた。
一人では危ないと一度小鳥遊事務所に戻った後、紡が車を出してくれたのだ。
「ここまで面倒をみてもらって…それに迷惑もかけてしまって、本当にすみませんでした。それから、有難うございました」
たったの一日で彼女を学ぼうとした浅はかさ。何より、彼女がマネジメントする七瀬陸を巻き込んだ始末の悪さ。
今日は楽しかった…そんな軽い考えでは済まされない状況に、サツキは深々と彼女へ頭を下げる。
そんなサツキへやんわりと首を横に振るのは、赤らんだ頬と艶やかな唇が愛らしい小鳥遊事務所のマネージャーだ。
「頭を上げてください。牧野さん、最後に言おうと思ってたことがあります」
「はい…?」
「私、初めて牧野さんを見た時、性別なんて全然気にならなかったんです」
静かで、落ち着いた声色だった。可憐なガーベラが淑やかなリンドウに変わったかのよう。
恐らくこれが彼女のマネージャーとしての立ち振る舞いなのだ、とサツキは息を呑んだ。
「牧野サツキという存在は性別なんて超越しているんです。それは、私なんかを真似て壊すべきものじゃないと思います」
「小鳥遊さん…」
「牧野さんはもう、女性らしさを兼ね備えてますよ。だって今日、牧野さんのこと本当に女性だと思って接することが出来ましたし」
サツキは自身の身体を見下ろし、眉を八の字に寄せた。
そりゃ今の恰好ならそう思われても不思議はない。
「ふふ、すみません。こんなことを提案した人間が言っても、説得力ないですよね」
「い、いえ…ただその、俺、普段女性と全然関わることなくて…女性のこと知らないのに…」
「なら余計に凄いことです。真似なんかで失っちゃ駄目です絶対に」
サツキは力強い言葉にスッと胸が軽くなるのを感じていた。
それは彼女がサツキが憧れるような可憐な女性だからなのか、確かなプロデュース力を持っているからなのか。
「…、有難う、小鳥遊さん。陸君も」
「いえいえ、またいつでも声をかけてくださいね!」
すくめた肩にかかる明るい髪が絹糸のように光る。
にこりと微笑む姿はやはり可愛らしく、サツキはつい彼女に見惚れて息を呑んだ。
「ちょっと気になったんだけど…サツキ、恋人とはほとんど会えないの?」
そのサツキへ、陸は後部座席の窓から顔を覗かせそう問いかけた。
「え?どうしてですか?」
「女性と関わることないって…。そういえばさっきも、頼れるのマネージャーだけって言ってたし」
サツキを覗き込む陸の大きな瞳は、紡を見つめるサツキの視線に違和感を覚えたのだろう。
サツキは彼の問いにきょとんと目を開き、首も深く傾けた。
「それは、だって俺の恋人はー……」
女性じゃないから。と、口をつきかけたことに誰よりも驚いたのはサツキ自身だった。
ばっと掌で口を覆い、目を陸から逸らして宙へとさ迷わせる。
「あー…あの、ガサツな人、で…参考にはならないから…?」
「そうなんだ?なんか意外だね」
「あ、あはは…」
サツキは誤魔化すように笑ってから、高鳴った胸を押さえて息を吐いた。
失われているのは、恋人が男性であると言う事実への違和感じゃない。自分が男であるという感覚の方だ。
サツキはドッドッと煩く鳴る胸を押さえ、紡が車を出すまで取り繕うように笑みを浮かべていた。
・・・
肩につく黒髪と、首元を飾るリボン。
今日一日でスカートにも慣れたらしく、サツキはお尻のあたりを押さえてから床に座った。
小鳥遊紡が履いていたものと違い、踵の高さがつま先とほとんど変わらないパンプスを脱ぐ。
初めてステージに立った時みたいな緊張感がそこにあった。
女性をよく知る人が、サツキを誰よりも知る人が、これを見てどう思うのか。
「…楽、ただいま」
怖いけれど約束は果たさなければ。
電気のついたリビングに足を進め、サツキはゆっくりと顔を上げた。
「おかえり。…って、お前、そのまま帰ってきたのかよ」
いつものソファで足を組む、楽の眉の下がった笑顔。何故楽がこんな顔をするのか、今なら分かる気がした。
いつだってそうだ。自分は気付くのが遅くて、いつも楽を悲しませてしまう。
「…今日は、この恰好のまま小鳥遊さんとショッピングして…そのあと陸…七瀬さんと合流したんだよ」
「そ。どうだった、そんな恰好で街ん中歩いた感想は」
心なしか棘がある楽の声。
そう思うことは自惚れかもしれないが、それでもサツキは迷わず再び頭を下げていた。
「ごめんなさい!俺、また自分のことばっかり考えてた…!」
陸に言われるまで気付かなかった、女性と二人で出かけるということの意味。
出かける前に見せた楽の神妙な面持ちの理由は、十中八九そこにあったのだろう。
「小鳥遊さんと二人でって、良くないよね…?少なくとも、俺がされたら絶対嫌だ…」
「そうだな」
「あの、言い訳になっちゃうって分かってるけどでも…俺は小鳥遊さんといるとき…違うこと考えてたよ」
楽に何か言われることを恐れるせいか、妙に饒舌になる。
一呼吸置くこともせず、サツキは思っていた事をそのまま声に乗せていた。
「ホントの女の子を見て、全然勝てないって思った。小鳥遊さん、可愛いな羨ましいなって…思って…」
「サツキ」
「楽、俺可愛い?可愛いって思われたい俺は、…変?」
サツキは言い切ってから自分の口を押さえた。
楽に謝りたかっただけのはずなのに、気付けば自分が欲しい言葉を楽から引き出そうとしている。
「そりゃ紡は可愛いよ。あいつはいい女だ。でもそれ、お前と比べるもんじゃねぇよ」
呆れた口調の中に、サツキを甘やかす吐息が混じる。
サツキは恐る恐る自分の顔の前から手を退かし、ゆっくり楽へと近付いた。
「お前はお前でいい。女の真似なんてする必要ねぇし…たぶん紡だってそう言うと思う」
「…すごいね、そう…小鳥遊さん言ってたよ」
「ま、当然一ファンとしちゃ言わずにはいられねぇだろ」
楽に言われるだけで、魔法にかかったみたいに心が軽くなる。
そして、胸の中を弄られるみたいに気持ちがぐらついた。
「小鳥遊さんのことも…よく知ってるんだね…」
「あぁ。ま、割とよく連絡とるし…紡も、お前が俺とそういう関係っての、知ってるからな」
仲良くて羨ましい。そんな嫉妬心が膨らみそうになった矢先、サツキは楽の言葉を数秒かけて理解した。
楽と自分の関係。それってつまり…と自分の口で言うには照れくさく、楽の続く言葉を待つ。
楽はそのサツキの空気を悟ったのか、「あー…」と言い辛そうに声を上げた。
「…アイツ、割と普通にアイドル好きなんだよな。IDOLiSH7のこともTRIGGERのことも普通にファンとして追っかけてるとこあんだよ」
「え、え…」
「その流れでお前のことも気にしてたらしいんだけど、相当ハマったみたいでよ」
思いもよらぬ話の方向に、サツキは落ち着かず自身のスカートを握り締めた。
紡の意外な一面だとか、それすら知っている楽に抱く不安だとか、それまでの話との繋がりの見えなさとか。
しかし、ぱっと立ち上がった楽の手がサツキの頬を撫でた瞬間、サツキの視界が一瞬にして明るくなった。
「お前のことすげぇ好きだって言うから、思わず…」
「思わず…?」
「サツキは俺のだから、何も教えてやらねぇって言った」
楽の指がサツキの唇をなぞる。
ぞくと背筋が震え、サツキは耐え切れずハァッと息を吐き出した。
何を、言おうとしたんだっけ。何を聞きたくて、何が不安だったんだっけ。
「だからお前が紡と二人で出かけるっての、そういう意味でも心配だったんだよ」
「そ、ういう意味…」
「お前に頼られて有頂天だろうし、浮かれて変なことしねぇだろうなって」
楽はサツキの髪の中に手を差し込み、慣れた手つきでピンを外した。
くいっと引かれた長い髪が、いとも容易く床へ落ちる。
「それより俺はお前がこんな恰好で外歩いたことが許せねぇ」
「…可愛い…?」
「可愛いよ。こんな恰好して…変な男に目ェつけられてたら、どうする気だったんだよ」
訝しげに目を細めた楽の目が、暴くようにサツキの全身に注がれる。
リボン、フリル、スカート。楽の目には、どう映っているのだろう。
「つかマジで可愛すぎんだろ。誰かに何かされたりしてねぇだろうな」
楽からの嬉しい言葉に酔いながらも、サツキは「あっ」と素直に声を零していた。
ナンパをされかけた時に触られたのは、楽の言う”何か”に当てはまるだろうか。
「なんだよ今の反応。紡と二人で?変なのに絡まれたのか」
「い、いや、小鳥遊さんは大丈夫!」
ぐっと握り拳を作って声高らかに返したサツキは直後はっと息を呑んだ。
眉を深く寄せた楽の手が、サツキの腕を強く掴んでいる。
「お前は何されたんだよ」
「えっ…あ、俺は、ちょっと声かけられて、でもすぐ陸君が助けてくれたから」
「り・く・く・ん?」
楽の眉間につくられたシワが一層深くなった。
確認するように「陸君ねぇ」と呟く楽の眼光に、サツキの顔がサッと青くなる。
サツキが下の名前で親しげに呼ぶのは、今日までTRIGGERのメンバーと環だけだったはずだ。
「あの…り、くくんって言うのは…IDOLiSH7の七瀬さんのことで」
「そうだな」
立て続けにしてしまった失言。下手な言い訳はしない方が良い、ならどうしたら。
その答えを探す時間はなく、楽に引っ張られたサツキの体は、そのままソファへと沈んでいた。
「うわ…っ」
置かれていたクッションに頭が乗り、掴まれた肩が柔らかなソファに押し付けられる。
衝撃に閉じた目をゆっくり開くと、息が重なるくらい近くに楽の顔があった。
「とりあえず俺はどっから問いただしたらいいんだ?なぁ」
「ち、ちが、ほんとに、ちょっと触られて、それだけ…」
「ちょっと触られた?それって知らない男にだろ、サツキは平気なのかよ」
へぇ…と囁きながら笑みを浮かべた楽の指が、サツキの胸元のリボンを摘まむ。
シュッと微かな音を立てて抜かれるさまを何気なく見ていたサツキの視界は、突如真っ暗に切り替わった。
「が、楽…?」
「細いけど、視界奪うには十分だな。取んなよ」
2センチ程度の幅のリボンがサツキの視界を覆っている。
困惑しながら楽の体を探り彼の肩に手を重ねたサツキは、ひやと冷たい指先に胸元を弄られ、ヒッと小さく息を吸い込んだ。
「あっ、嫌だ、なんで…?」
平たい胸を軽く撫でられた後、今度は強く中心を摘ままれる。
慌てて動かした手がぺちと触れたのは楽の頬。しかし、楽から返ってくる反応はない。
「ッ…ん、なんで、何も言ってくれないの…?なんで、目…」
然程太くないリボンは、指でかけば簡単に退いてくれるだろう。
しかし、サツキの指がリボンに触れると、楽の手がそうさせまいと掴みソファへ押し付けた。
頭の上で手を固定されたままスカートを捲られ、覆われていた足のラインが露になる。
ゴツくはないが、男性特有の筋。丸みのない腹部。女性とは違う体付きだ。
「あ、」
暗闇から与えられる刺激に、サツキの腰がぴくと揺れる。
怖い。けど気持ちいい。体の中心は既に熱を持ち始め、サツキはハァと息を吐いた。
「こんな体で…お前、襲われたらどうすんだよ」
「えっ…あ!」
「誰が相手でもこんな風に乱れて…相手を煽ってちゃ言い訳もできねぇな」
サツキの願いに応えるように、楽の手が足と足の間に差し込まれた。
そのまま布越しに指が押し込まれ、サツキはもどかしさに腰を自ら押し付けていた。
「ちが…、今は見えなくても、楽だって、分かってるから、ぁ…」
「…気持ちいい?」
「き…もち、よく…なっちゃうよ…」
誰でもなんてことはあり得ない。
こんな気持ちになるのは楽だからだ。
「だって、知らない手に触られたの…気持ち悪かった…っ」
「…どこだよ、触られたの」
「腰、ここ…、ここだけ…」
サツキは見知らぬ男に触られた腰に掌を重ねた。
少しくびれた部分。筋肉の少ないサツキだからこその、女性的なシルエットを作り出すラインだ。
楽はスカートの横にあるチャックを下すと、そのまま引きずり下ろした。
「ここ?」
「あっ…!?」
サツキに残る感触を上書きするみたいに、サツキの手を退かし、その場所を優しく撫でる。
かと思いきや乱暴に腰を引かれ、同じ場所を噛まれていた。歯が当たり痛みが走る。けれど同時に舌が触れ、ぞわと体が心地良く震える。
「あ、あぁ、あ…、」
「いつもより反応いいな。見えねぇの興奮すんだ?」
「んん、嫌だ、楽の顔見たい、俺に触ってる楽の顔…」
爪でリボンを引っ掻くと、やはりそれは簡単に解けて首に落ちた。
開けた視界に映るのは、サツキの腰に顔を寄せている楽。ソファに片足を乗り上げ、片手はサツキの腰に添えられ、もう片方の手はサツキの足と足の間に挿しこまれている。
分かってはいた状況だが、サツキは全身が熱くなるのを感じ、頭の下にあるクッションをぎゅっと掴んだ。
色白の楽の肌とサツキの肌とが重なっている。大きく綺麗な指はサツキの汚いところを弄って快楽を与えてくれる。
「ふ、あ、っ」
サツキは上ずった声を上げ、浮かせた腰を捩じった。
触られていないのに、熱を持ったものが下着を押し上げる。
「さっきまで女に見えてたのに、ここ、すげぇ可愛いことんなってんな」
「が、楽が、変なことするから…っ」
「ああ。悪かったな」
楽は上半身を起き上がらせると、サツキの頭に手を乗せた。
優しく頭を撫でられ、親指で目じりの涙を拭われる。
それで自分の目が濡れていることに気付いたサツキは、慌てて自分の頬を手の甲で拭った。
「あっ、これは…」
「怖かったよな。俺の不安ばっか押し付けて」
「不安…?楽が不安になるのは…お、俺が、え…エッチな子…だから…?」
眉と頭を下げた楽に、サツキは慌てて上半身を起き上がらせた。
楽が謝ることなんて何一つない。全部全部、自分の考えが甘くて、淫らだからなのだろう。
そう思い問いかけた言葉に、楽は目を見開き、はーっと大きな溜め息を吐いた。
「ほんっとにお前は…」
「楽?この涙は違うよ、怖かったとかじゃなくて、きもちくて恥ずかしかったから…」
「分かった、分かったからもう黙れ」
楽の言葉に従ったつもりはなかったが、サツキの声は口から出てこなかった。
噛みつくような口づけに、舌を絡めとられる。
巧みに上あごを舐められ、舌を吸われ、サツキには言葉にならない声を吐息混じりに零すことしかできない。
「ん…っ、ふ、楽…ッ」
ぽすんと再び押し倒されながらも自然と腰が浮き、サツキの熱を撫でるように刺激する楽の手に擦り付ける。
そうすることで物足りなさが少し緩和することに気が付いてしまえばもう止まらない。
名残惜しく舌と舌を触れ合わせてから口を離すと、楽はサツキの体を見下ろして、口角をニッと上げてみせた。
「はっ…サツキ、まじでエロくなったな」
楽の指がサツキの口の端を拭う。
妖艶な顔つきは、男も女も憧れるTRIGGERの八乙女楽そのものだ。
見惚れる。心底抱かれたいと願う。
「楽…俺、このまま、したい」
「は…っ、俺も」
ばさと床に落ちたスカートと、楽に引っ張られ脱がされたひらひらのブラウス。
体から離れたそれらを横目に、サツキは楽にしがみついた。
楽に女の子の恰好とどっちが良い?なんて聞いたら叱咤されるのだろう。
男も女も関係ない。そう言ってくれるはずだ。
「楽は…俺が好き、だもんね」
「今更何言ってんだよ。今日は寝かしてやんねぇからな」
愛されている。愛している。二人だけの時間も、彼等との時間も。全部大事で、全部大事にしたい。
この幸せな時間はずっと続くのだと、このときはまだ信じていた。
(第十四話・終)
追加日:2018/09/09
移動前:2017/04/16
一人では危ないと一度小鳥遊事務所に戻った後、紡が車を出してくれたのだ。
「ここまで面倒をみてもらって…それに迷惑もかけてしまって、本当にすみませんでした。それから、有難うございました」
たったの一日で彼女を学ぼうとした浅はかさ。何より、彼女がマネジメントする七瀬陸を巻き込んだ始末の悪さ。
今日は楽しかった…そんな軽い考えでは済まされない状況に、サツキは深々と彼女へ頭を下げる。
そんなサツキへやんわりと首を横に振るのは、赤らんだ頬と艶やかな唇が愛らしい小鳥遊事務所のマネージャーだ。
「頭を上げてください。牧野さん、最後に言おうと思ってたことがあります」
「はい…?」
「私、初めて牧野さんを見た時、性別なんて全然気にならなかったんです」
静かで、落ち着いた声色だった。可憐なガーベラが淑やかなリンドウに変わったかのよう。
恐らくこれが彼女のマネージャーとしての立ち振る舞いなのだ、とサツキは息を呑んだ。
「牧野サツキという存在は性別なんて超越しているんです。それは、私なんかを真似て壊すべきものじゃないと思います」
「小鳥遊さん…」
「牧野さんはもう、女性らしさを兼ね備えてますよ。だって今日、牧野さんのこと本当に女性だと思って接することが出来ましたし」
サツキは自身の身体を見下ろし、眉を八の字に寄せた。
そりゃ今の恰好ならそう思われても不思議はない。
「ふふ、すみません。こんなことを提案した人間が言っても、説得力ないですよね」
「い、いえ…ただその、俺、普段女性と全然関わることなくて…女性のこと知らないのに…」
「なら余計に凄いことです。真似なんかで失っちゃ駄目です絶対に」
サツキは力強い言葉にスッと胸が軽くなるのを感じていた。
それは彼女がサツキが憧れるような可憐な女性だからなのか、確かなプロデュース力を持っているからなのか。
「…、有難う、小鳥遊さん。陸君も」
「いえいえ、またいつでも声をかけてくださいね!」
すくめた肩にかかる明るい髪が絹糸のように光る。
にこりと微笑む姿はやはり可愛らしく、サツキはつい彼女に見惚れて息を呑んだ。
「ちょっと気になったんだけど…サツキ、恋人とはほとんど会えないの?」
そのサツキへ、陸は後部座席の窓から顔を覗かせそう問いかけた。
「え?どうしてですか?」
「女性と関わることないって…。そういえばさっきも、頼れるのマネージャーだけって言ってたし」
サツキを覗き込む陸の大きな瞳は、紡を見つめるサツキの視線に違和感を覚えたのだろう。
サツキは彼の問いにきょとんと目を開き、首も深く傾けた。
「それは、だって俺の恋人はー……」
女性じゃないから。と、口をつきかけたことに誰よりも驚いたのはサツキ自身だった。
ばっと掌で口を覆い、目を陸から逸らして宙へとさ迷わせる。
「あー…あの、ガサツな人、で…参考にはならないから…?」
「そうなんだ?なんか意外だね」
「あ、あはは…」
サツキは誤魔化すように笑ってから、高鳴った胸を押さえて息を吐いた。
失われているのは、恋人が男性であると言う事実への違和感じゃない。自分が男であるという感覚の方だ。
サツキはドッドッと煩く鳴る胸を押さえ、紡が車を出すまで取り繕うように笑みを浮かべていた。
・・・
肩につく黒髪と、首元を飾るリボン。
今日一日でスカートにも慣れたらしく、サツキはお尻のあたりを押さえてから床に座った。
小鳥遊紡が履いていたものと違い、踵の高さがつま先とほとんど変わらないパンプスを脱ぐ。
初めてステージに立った時みたいな緊張感がそこにあった。
女性をよく知る人が、サツキを誰よりも知る人が、これを見てどう思うのか。
「…楽、ただいま」
怖いけれど約束は果たさなければ。
電気のついたリビングに足を進め、サツキはゆっくりと顔を上げた。
「おかえり。…って、お前、そのまま帰ってきたのかよ」
いつものソファで足を組む、楽の眉の下がった笑顔。何故楽がこんな顔をするのか、今なら分かる気がした。
いつだってそうだ。自分は気付くのが遅くて、いつも楽を悲しませてしまう。
「…今日は、この恰好のまま小鳥遊さんとショッピングして…そのあと陸…七瀬さんと合流したんだよ」
「そ。どうだった、そんな恰好で街ん中歩いた感想は」
心なしか棘がある楽の声。
そう思うことは自惚れかもしれないが、それでもサツキは迷わず再び頭を下げていた。
「ごめんなさい!俺、また自分のことばっかり考えてた…!」
陸に言われるまで気付かなかった、女性と二人で出かけるということの意味。
出かける前に見せた楽の神妙な面持ちの理由は、十中八九そこにあったのだろう。
「小鳥遊さんと二人でって、良くないよね…?少なくとも、俺がされたら絶対嫌だ…」
「そうだな」
「あの、言い訳になっちゃうって分かってるけどでも…俺は小鳥遊さんといるとき…違うこと考えてたよ」
楽に何か言われることを恐れるせいか、妙に饒舌になる。
一呼吸置くこともせず、サツキは思っていた事をそのまま声に乗せていた。
「ホントの女の子を見て、全然勝てないって思った。小鳥遊さん、可愛いな羨ましいなって…思って…」
「サツキ」
「楽、俺可愛い?可愛いって思われたい俺は、…変?」
サツキは言い切ってから自分の口を押さえた。
楽に謝りたかっただけのはずなのに、気付けば自分が欲しい言葉を楽から引き出そうとしている。
「そりゃ紡は可愛いよ。あいつはいい女だ。でもそれ、お前と比べるもんじゃねぇよ」
呆れた口調の中に、サツキを甘やかす吐息が混じる。
サツキは恐る恐る自分の顔の前から手を退かし、ゆっくり楽へと近付いた。
「お前はお前でいい。女の真似なんてする必要ねぇし…たぶん紡だってそう言うと思う」
「…すごいね、そう…小鳥遊さん言ってたよ」
「ま、当然一ファンとしちゃ言わずにはいられねぇだろ」
楽に言われるだけで、魔法にかかったみたいに心が軽くなる。
そして、胸の中を弄られるみたいに気持ちがぐらついた。
「小鳥遊さんのことも…よく知ってるんだね…」
「あぁ。ま、割とよく連絡とるし…紡も、お前が俺とそういう関係っての、知ってるからな」
仲良くて羨ましい。そんな嫉妬心が膨らみそうになった矢先、サツキは楽の言葉を数秒かけて理解した。
楽と自分の関係。それってつまり…と自分の口で言うには照れくさく、楽の続く言葉を待つ。
楽はそのサツキの空気を悟ったのか、「あー…」と言い辛そうに声を上げた。
「…アイツ、割と普通にアイドル好きなんだよな。IDOLiSH7のこともTRIGGERのことも普通にファンとして追っかけてるとこあんだよ」
「え、え…」
「その流れでお前のことも気にしてたらしいんだけど、相当ハマったみたいでよ」
思いもよらぬ話の方向に、サツキは落ち着かず自身のスカートを握り締めた。
紡の意外な一面だとか、それすら知っている楽に抱く不安だとか、それまでの話との繋がりの見えなさとか。
しかし、ぱっと立ち上がった楽の手がサツキの頬を撫でた瞬間、サツキの視界が一瞬にして明るくなった。
「お前のことすげぇ好きだって言うから、思わず…」
「思わず…?」
「サツキは俺のだから、何も教えてやらねぇって言った」
楽の指がサツキの唇をなぞる。
ぞくと背筋が震え、サツキは耐え切れずハァッと息を吐き出した。
何を、言おうとしたんだっけ。何を聞きたくて、何が不安だったんだっけ。
「だからお前が紡と二人で出かけるっての、そういう意味でも心配だったんだよ」
「そ、ういう意味…」
「お前に頼られて有頂天だろうし、浮かれて変なことしねぇだろうなって」
楽はサツキの髪の中に手を差し込み、慣れた手つきでピンを外した。
くいっと引かれた長い髪が、いとも容易く床へ落ちる。
「それより俺はお前がこんな恰好で外歩いたことが許せねぇ」
「…可愛い…?」
「可愛いよ。こんな恰好して…変な男に目ェつけられてたら、どうする気だったんだよ」
訝しげに目を細めた楽の目が、暴くようにサツキの全身に注がれる。
リボン、フリル、スカート。楽の目には、どう映っているのだろう。
「つかマジで可愛すぎんだろ。誰かに何かされたりしてねぇだろうな」
楽からの嬉しい言葉に酔いながらも、サツキは「あっ」と素直に声を零していた。
ナンパをされかけた時に触られたのは、楽の言う”何か”に当てはまるだろうか。
「なんだよ今の反応。紡と二人で?変なのに絡まれたのか」
「い、いや、小鳥遊さんは大丈夫!」
ぐっと握り拳を作って声高らかに返したサツキは直後はっと息を呑んだ。
眉を深く寄せた楽の手が、サツキの腕を強く掴んでいる。
「お前は何されたんだよ」
「えっ…あ、俺は、ちょっと声かけられて、でもすぐ陸君が助けてくれたから」
「り・く・く・ん?」
楽の眉間につくられたシワが一層深くなった。
確認するように「陸君ねぇ」と呟く楽の眼光に、サツキの顔がサッと青くなる。
サツキが下の名前で親しげに呼ぶのは、今日までTRIGGERのメンバーと環だけだったはずだ。
「あの…り、くくんって言うのは…IDOLiSH7の七瀬さんのことで」
「そうだな」
立て続けにしてしまった失言。下手な言い訳はしない方が良い、ならどうしたら。
その答えを探す時間はなく、楽に引っ張られたサツキの体は、そのままソファへと沈んでいた。
「うわ…っ」
置かれていたクッションに頭が乗り、掴まれた肩が柔らかなソファに押し付けられる。
衝撃に閉じた目をゆっくり開くと、息が重なるくらい近くに楽の顔があった。
「とりあえず俺はどっから問いただしたらいいんだ?なぁ」
「ち、ちが、ほんとに、ちょっと触られて、それだけ…」
「ちょっと触られた?それって知らない男にだろ、サツキは平気なのかよ」
へぇ…と囁きながら笑みを浮かべた楽の指が、サツキの胸元のリボンを摘まむ。
シュッと微かな音を立てて抜かれるさまを何気なく見ていたサツキの視界は、突如真っ暗に切り替わった。
「が、楽…?」
「細いけど、視界奪うには十分だな。取んなよ」
2センチ程度の幅のリボンがサツキの視界を覆っている。
困惑しながら楽の体を探り彼の肩に手を重ねたサツキは、ひやと冷たい指先に胸元を弄られ、ヒッと小さく息を吸い込んだ。
「あっ、嫌だ、なんで…?」
平たい胸を軽く撫でられた後、今度は強く中心を摘ままれる。
慌てて動かした手がぺちと触れたのは楽の頬。しかし、楽から返ってくる反応はない。
「ッ…ん、なんで、何も言ってくれないの…?なんで、目…」
然程太くないリボンは、指でかけば簡単に退いてくれるだろう。
しかし、サツキの指がリボンに触れると、楽の手がそうさせまいと掴みソファへ押し付けた。
頭の上で手を固定されたままスカートを捲られ、覆われていた足のラインが露になる。
ゴツくはないが、男性特有の筋。丸みのない腹部。女性とは違う体付きだ。
「あ、」
暗闇から与えられる刺激に、サツキの腰がぴくと揺れる。
怖い。けど気持ちいい。体の中心は既に熱を持ち始め、サツキはハァと息を吐いた。
「こんな体で…お前、襲われたらどうすんだよ」
「えっ…あ!」
「誰が相手でもこんな風に乱れて…相手を煽ってちゃ言い訳もできねぇな」
サツキの願いに応えるように、楽の手が足と足の間に差し込まれた。
そのまま布越しに指が押し込まれ、サツキはもどかしさに腰を自ら押し付けていた。
「ちが…、今は見えなくても、楽だって、分かってるから、ぁ…」
「…気持ちいい?」
「き…もち、よく…なっちゃうよ…」
誰でもなんてことはあり得ない。
こんな気持ちになるのは楽だからだ。
「だって、知らない手に触られたの…気持ち悪かった…っ」
「…どこだよ、触られたの」
「腰、ここ…、ここだけ…」
サツキは見知らぬ男に触られた腰に掌を重ねた。
少しくびれた部分。筋肉の少ないサツキだからこその、女性的なシルエットを作り出すラインだ。
楽はスカートの横にあるチャックを下すと、そのまま引きずり下ろした。
「ここ?」
「あっ…!?」
サツキに残る感触を上書きするみたいに、サツキの手を退かし、その場所を優しく撫でる。
かと思いきや乱暴に腰を引かれ、同じ場所を噛まれていた。歯が当たり痛みが走る。けれど同時に舌が触れ、ぞわと体が心地良く震える。
「あ、あぁ、あ…、」
「いつもより反応いいな。見えねぇの興奮すんだ?」
「んん、嫌だ、楽の顔見たい、俺に触ってる楽の顔…」
爪でリボンを引っ掻くと、やはりそれは簡単に解けて首に落ちた。
開けた視界に映るのは、サツキの腰に顔を寄せている楽。ソファに片足を乗り上げ、片手はサツキの腰に添えられ、もう片方の手はサツキの足と足の間に挿しこまれている。
分かってはいた状況だが、サツキは全身が熱くなるのを感じ、頭の下にあるクッションをぎゅっと掴んだ。
色白の楽の肌とサツキの肌とが重なっている。大きく綺麗な指はサツキの汚いところを弄って快楽を与えてくれる。
「ふ、あ、っ」
サツキは上ずった声を上げ、浮かせた腰を捩じった。
触られていないのに、熱を持ったものが下着を押し上げる。
「さっきまで女に見えてたのに、ここ、すげぇ可愛いことんなってんな」
「が、楽が、変なことするから…っ」
「ああ。悪かったな」
楽は上半身を起き上がらせると、サツキの頭に手を乗せた。
優しく頭を撫でられ、親指で目じりの涙を拭われる。
それで自分の目が濡れていることに気付いたサツキは、慌てて自分の頬を手の甲で拭った。
「あっ、これは…」
「怖かったよな。俺の不安ばっか押し付けて」
「不安…?楽が不安になるのは…お、俺が、え…エッチな子…だから…?」
眉と頭を下げた楽に、サツキは慌てて上半身を起き上がらせた。
楽が謝ることなんて何一つない。全部全部、自分の考えが甘くて、淫らだからなのだろう。
そう思い問いかけた言葉に、楽は目を見開き、はーっと大きな溜め息を吐いた。
「ほんっとにお前は…」
「楽?この涙は違うよ、怖かったとかじゃなくて、きもちくて恥ずかしかったから…」
「分かった、分かったからもう黙れ」
楽の言葉に従ったつもりはなかったが、サツキの声は口から出てこなかった。
噛みつくような口づけに、舌を絡めとられる。
巧みに上あごを舐められ、舌を吸われ、サツキには言葉にならない声を吐息混じりに零すことしかできない。
「ん…っ、ふ、楽…ッ」
ぽすんと再び押し倒されながらも自然と腰が浮き、サツキの熱を撫でるように刺激する楽の手に擦り付ける。
そうすることで物足りなさが少し緩和することに気が付いてしまえばもう止まらない。
名残惜しく舌と舌を触れ合わせてから口を離すと、楽はサツキの体を見下ろして、口角をニッと上げてみせた。
「はっ…サツキ、まじでエロくなったな」
楽の指がサツキの口の端を拭う。
妖艶な顔つきは、男も女も憧れるTRIGGERの八乙女楽そのものだ。
見惚れる。心底抱かれたいと願う。
「楽…俺、このまま、したい」
「は…っ、俺も」
ばさと床に落ちたスカートと、楽に引っ張られ脱がされたひらひらのブラウス。
体から離れたそれらを横目に、サツキは楽にしがみついた。
楽に女の子の恰好とどっちが良い?なんて聞いたら叱咤されるのだろう。
男も女も関係ない。そう言ってくれるはずだ。
「楽は…俺が好き、だもんね」
「今更何言ってんだよ。今日は寝かしてやんねぇからな」
愛されている。愛している。二人だけの時間も、彼等との時間も。全部大事で、全部大事にしたい。
この幸せな時間はずっと続くのだと、このときはまだ信じていた。
(第十四話・終)
追加日:2018/09/09
移動前:2017/04/16