八乙女楽(IDOLiSH7)
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・TRIGGER結成
それは、ある冬の日のこと。
学校、歌やダンスのレッスン、家事…一日のやるべきことを全て終えたサツキは、ベッドの上に膝を立てて座っていた。
振り返ると曇った窓ガラスから、ぼやけた外の景色が見える。
まるで自分の未来を見ているかのよう…等と途方もない事を考える程度に、サツキは自身の将来像を見失っていた。
大手芸能事務所の社長である八乙女宗助に引き取られて早数年。
学校生活や友人との交友等の時間を犠牲にし、芸能人になるべくあらゆるレッスンを受けてきた。かといってデビューの兆しもなく、時間だけが刻々と過ぎていく。
いつしかサツキの楽しみは、兄である八乙女楽の為に家事を熟すことに代わり始めたが、きっとそれも長くは続かないのだろう。
だってそれは、まるで母のようで、それでいて妻のような振舞い。
いつまで楽の傍にいられるか分からないのに-…
「サツキ、ちょっといいか」
サツキの思考を見透かしたかのようなタイミングで、とんとドアが叩かれた。
返事も待たずに開いたドアから顔を覗かせたのは、世界で一番綺麗で格好良い兄。
「あ…、びっくりした、どうしたの?」
「ん。お前には先に言っとこうと思って」
楽はサツキの隣に腰かけると、優雅な所作で足を組んだ。
色素の薄い瞳がサツキを映す。それだけで元気を取り戻したサツキは、なんだろうと大きな瞳で見つめ返す。
「三人組の男性アイドル、名前はTRIGGER。俺はそのアイドルグループのリーダーだ」
「え…、と、とりがー?」
サツキは目がぱちくりと瞬く。
TRIGGERなんてアイドルも、楽がリーダーだということも聞いたことがない。
と、そこまで考えてから、サツキは「あ!」と声を上げながら手を打った。
「…決まったんだ…!?」
「決まったつか、決まってたってのが正しいけどな」
「すごい、おめでとう!」
眉を下げて笑う楽の手を掴み取り、ぶんぶんと上下に振り回す。
楽はサツキと同じように、いつかデビューする為の活動を続けていた。それがようやく実ったのだ。
「俺、早くたくさんの人に楽のこと知って欲しいって思ってたから…すごく楽しみ、すっごく嬉しいよ…!」
「はあ?」
「だって、こんなに格好良くて素敵な人、他にいないもん」
他を語るほど世間を知っているわけではないが、少なくともサツキの世界では楽が一番だ。
いつかこの日が来ると分かっていた。だからこそサツキは歓び、同時に抱く寂しさに顔を下げた。
「でも、ちょっと寂しい。ずっと一緒には、いられなくなるね」
「…そうだな」
ぎゅっと握りしめた楽の手を、自分の頬へと導く。
大好きなこの手が離れていく。触れることが出来なくなるくらい、ずっとずっと遠くに。
「…恥ずかしいこと、言ってもいい?ちょっとだけ、ぎゅって、抱き締めて欲しい…」
「はは、そんなの、いくらでもしてやるって」
楽は甘い吐息を零してから、サツキの頭に手を回した。
その手は優しくサツキの髪を梳き、ゆっくりと楽の胸へとサツキを導く。
「大丈夫だ。サツキは俺の唯一、大事な家族だ。何も変わらない、変わってたまるかよ」
父である宗助は、家に帰らず、ずっと事務所で生活しているらしい。
二人で使うには大きすぎる家で、文句も言わず二人で過ごした来た。
その事実が、楽の言葉を証明する。少し寂しくなるだけで、二人を裂くことなど、きっと誰にも出来ない。きっと。
「さて、まだ顔も知らねー仲間に挨拶して来ねえとな」
「え…今から?顔も知らないって…」
「まだTRIGGER結成が決まっただけの状態だからな。どうなっかはこれから決まる」
思わずサツキの表情が、不安を纏って曇る。
楽はそのサツキの頭をぽんと優しく撫でてから立ち上がった。
言葉とは裏腹に、楽の背中は凛していて、自信と期待に満ちている。
見送るサツキを振り返ることなく出かけて行った楽に、サツキは祈るように手を重ね合わせた。
「TRIGGER…」
一体どんな人達が集まるのだろう。どんな飛躍を遂げるのだろう。
サツキもまた、既に楽の輝かしい未来を見つめていた。
・・・
楽のデビューが決まってから一週間近く経過した。
顔合わせから、マネージャーとの打ち合わせ、グループでのミーティングと楽の生活は一気に忙しなくなった。
家ですることと言えば、食事と睡眠くらい。
TRIGGERの事を心底気にしながらも、楽を気遣って聞き出せずにいたサツキは、この日ついに事務所で彼等と会う機会に恵まれた。
「…は、はじめまして…!」
思わず声が震えたのは、これからデビューする新人とは思えないオーラを放つ三人を目の前にしていたからだろう。
格好良いお兄さんと、目が大きくて綺麗な男の子。
楽だって相当のものなのに、初対面である二人も既に楽に並ぶほど輝いて見える。
「牧野サツキと申します。宜しくお願いいたします…!」
「十龍之介です。宜しくお願いします」
すぐさま立ち上がり手を差し出してくれたのは、穏やかな顔をした格好良い人。
サツキは龍之介にたたと駆け寄ると、その手をぎゅっと握りしめた。
大きな手だ。それに背も高い。
「まだデビューしてないんだってね。信じられないな」
「え?」
「楽や天を見た時も感じたけど、画面の向こうから出てきたみたいに綺麗だから」
慣れない言葉を素敵な男性に言われ、サツキは自らの頬をぺしと掌で覆った。
そんなサツキを見て、楽がふっと息を漏らす。
「何照れてんだよ」
「だって、十さん格好良いから…!」
「毎日俺の顔見てて、まだそんなこと言えんのか?」
「が、楽も格好良いけど、また違う格好良さというか…」
呆れた口調で楽に突っ込まれ、少し緊張がほぐれる。
それから視界に映った綺麗な少年に、サツキは思わず息を呑んだ。
大きな瞳がじっとサツキを見つめている。楽とはまた違う、けれど目が離せなくなる瞳。
「九条天」
「あ、宜しくお願いします」
さらりと放たれたその一言。
それが彼の名前だと分かったサツキは、慌てて頭を下げた。
年はサツキと同じくらいだろうか。声もサツキと同じように透き通る高音だ。
「ねえ一応聞くけど、仮にもアイドルとしてデビューするのに、恋人がいるとか言わないでよね」
「はあ?言わねーよ。なんだよ急に」
「じゃあこの人、楽の何なの?」
一度楽の方へ移動した視線が、サツキへと戻って来る。
美しい無表情は心なしか吊り上がり、サツキは思わずぶると身震いした。
話の流れを汲むなら、どうやらサツキは楽との関係を疑われている。
サツキは慌てて首を横に振り、ついでに手も顔の前で大きく仰いだ。
「俺はそんなじゃ…お、男ですし!そもそも楽とは兄弟で…!」
「え、男?」
疑問を抱いたのは天だけではないらしく、龍之介が落ち着かず楽のサツキの間で視線を泳がせる。
天は疑いの眼差しを向けたまま「ちょっと、こっち来て」とサツキを手招いた。
正面に立つと、九条天の背丈はサツキとさほどかわらなかった。やけに大きく見えるのは、恐らく存在感のせいだ。愛らしい顔つきながら、凛とした佇まいには既に大物さも漂う。
呆然と天に見惚れていたサツキは、次の瞬間びくりと肩を揺らして固まった。
「うわあ!?」
「ほんとだ、ついてる」
九条天の細い指がサツキの股間に重ねられている。
しっかりとそこにある男の象徴を確認され、サツキはカァッと顔を赤く染めた。
「おい、お前何触ってんだよ」
「何って、この子が本当に男か確認しただけだけど」
「する必要ねぇし、つか他に方法あんだろ!」
がたんっと椅子を揺らして立ち上がった楽が天に詰め寄る。
天は冷めた目で楽を見上げ、「何怒ってんの?」と怪訝そうに目を細めた。
「サツキはお前より年上だし何よりキャリアだって上なんだよ」
「だから何?」
「そういう舐めた態度とんじゃねえって言ってんだよ」
楽の低くドスの利いた声にも、天は怯みも怖気づきもしない。
その態度が益々楽を苛立たせるのだろう、楽は天に掴みかかり、天はその手はパシと弾く。
「男だったんだから問題ないでしょ」
「そ、そうだよ、楽。いいよ、俺男だし」
「良くねーよ」
どうにか鎮静しようにも、楽にぴしゃりと遮断されてしまう。
おろおろと険悪な雰囲気の二人に困惑していると、龍之介がため息を零した。
「ごめんね。楽と天、ずっとこんな調子なんだ。でも大丈夫だよ」
「ほ、本当ですか…?」
根拠もなさそうだが、止める気もないらしい。
龍之介はあっさりと二人から目を逸らし、「そういえば」とサツキを見下ろした。
「さっき楽と兄弟って言ってたけど、それってどういう…?」
「あ、はい。俺10歳くらいまで施設で育ってて…八乙女さんに、引き取ってもらったんです」
「あ、なるほど養子なんだ」
血の繋がりがないのは勿論のこと、苗字も異なったまま。
そんな曖昧な関係ではあるが、龍之介は納得した様子で頷いた。
「ミーティング長引いた時とか、楽、家のことかなり気にしてたんだよ。大事な弟が一人で待ってるって」
「あ…、そう、だったんですか」
「俺にも弟がいるから、なんだか親近感湧いちゃってさ」
ニコニコと微笑む龍之介には”優しい兄感”がそこはかとなく漂う。
サツキは自然と緊張を解き、破顔して龍之介を見上げた。
「十さんはきっと、良いお兄さんなんでしょうね」
「龍でいいよ」
龍之介は大きな手をぽんとサツキの肩に置いた。
それが親しんで良いことを、サツキに強く実感させる。
「楽と兄弟なんだろ?これからずっと一緒にやっていくわけだし、俺もことも兄弟みたいに気軽に…」
「おいこら龍、何勝手に仲良くなろうとしてんだ」
「えっ、だ、だめ?」
それを遮るかのように割り込む楽の声。
怒ったり笑ったり、表情豊かな楽を目の前に、サツキは「ああ…」と声を零した。
やっぱり少し寂しい。サツキの知らない、サツキには見せない楽の顔があることを今になって知る。
けれどそれ以上に胸に膨らむのは、これでもかってくらいの期待や羨望だった。
「え、ど、どうしたの?」
「サツキ!?」
肩に置かれていた龍之介の手がぱっと離れる。
それから飛び込んできた楽の声に驚いて顔を上げると、ぽろと涙が零れ落ちた。
「おい龍!」
「え、お、俺!?ごめんね!」
「ち、違います、その…俺今、すごい瞬間に立ち会ってるんだなって…、思って…」
この三人は、明らかに何か違うものを持っている。
アイドル界を、日本を変えてしまうような、そんな存在になる。
そう根拠なく確信する。
「TRIGGER、絶対に、日本一の…世界に誇れるグループになります、そう、思えて、感動して」
「サツキ…」
「俺、TRIGGERのファン第一号になりますね…!」
「泣きながら何言ってんだよ、馬鹿」
近寄ってきた楽の手が、サツキの頬に触れて涙を拭い取る。
それだけで胸がいっぱいになる。寂しさが埋められていく。
「…大好き、楽。ずっと、見てるからね」
「ああ、目を逸らすなよ」
呆れたような天の色香の漂う溜め息を聞きながら、サツキは楽の胸に自分の体を預けた。
見失っていた道筋に一本の光が通る。
きっとこの道を追いかければ良いんだ、彼等と共にある為の険しい道を。
サツキの決意の日。
TRIGGERとの出会いは、サツキの中の何かを確実に変えていた。
(TRIGGER結成・終)
追加日:2018/07/22
移動前:2016/05/15
小説「アイドリッシュセブン流星に祈る」の一部
before The Radiant Glory
を少しだけ参考にしました。
それは、ある冬の日のこと。
学校、歌やダンスのレッスン、家事…一日のやるべきことを全て終えたサツキは、ベッドの上に膝を立てて座っていた。
振り返ると曇った窓ガラスから、ぼやけた外の景色が見える。
まるで自分の未来を見ているかのよう…等と途方もない事を考える程度に、サツキは自身の将来像を見失っていた。
大手芸能事務所の社長である八乙女宗助に引き取られて早数年。
学校生活や友人との交友等の時間を犠牲にし、芸能人になるべくあらゆるレッスンを受けてきた。かといってデビューの兆しもなく、時間だけが刻々と過ぎていく。
いつしかサツキの楽しみは、兄である八乙女楽の為に家事を熟すことに代わり始めたが、きっとそれも長くは続かないのだろう。
だってそれは、まるで母のようで、それでいて妻のような振舞い。
いつまで楽の傍にいられるか分からないのに-…
「サツキ、ちょっといいか」
サツキの思考を見透かしたかのようなタイミングで、とんとドアが叩かれた。
返事も待たずに開いたドアから顔を覗かせたのは、世界で一番綺麗で格好良い兄。
「あ…、びっくりした、どうしたの?」
「ん。お前には先に言っとこうと思って」
楽はサツキの隣に腰かけると、優雅な所作で足を組んだ。
色素の薄い瞳がサツキを映す。それだけで元気を取り戻したサツキは、なんだろうと大きな瞳で見つめ返す。
「三人組の男性アイドル、名前はTRIGGER。俺はそのアイドルグループのリーダーだ」
「え…、と、とりがー?」
サツキは目がぱちくりと瞬く。
TRIGGERなんてアイドルも、楽がリーダーだということも聞いたことがない。
と、そこまで考えてから、サツキは「あ!」と声を上げながら手を打った。
「…決まったんだ…!?」
「決まったつか、決まってたってのが正しいけどな」
「すごい、おめでとう!」
眉を下げて笑う楽の手を掴み取り、ぶんぶんと上下に振り回す。
楽はサツキと同じように、いつかデビューする為の活動を続けていた。それがようやく実ったのだ。
「俺、早くたくさんの人に楽のこと知って欲しいって思ってたから…すごく楽しみ、すっごく嬉しいよ…!」
「はあ?」
「だって、こんなに格好良くて素敵な人、他にいないもん」
他を語るほど世間を知っているわけではないが、少なくともサツキの世界では楽が一番だ。
いつかこの日が来ると分かっていた。だからこそサツキは歓び、同時に抱く寂しさに顔を下げた。
「でも、ちょっと寂しい。ずっと一緒には、いられなくなるね」
「…そうだな」
ぎゅっと握りしめた楽の手を、自分の頬へと導く。
大好きなこの手が離れていく。触れることが出来なくなるくらい、ずっとずっと遠くに。
「…恥ずかしいこと、言ってもいい?ちょっとだけ、ぎゅって、抱き締めて欲しい…」
「はは、そんなの、いくらでもしてやるって」
楽は甘い吐息を零してから、サツキの頭に手を回した。
その手は優しくサツキの髪を梳き、ゆっくりと楽の胸へとサツキを導く。
「大丈夫だ。サツキは俺の唯一、大事な家族だ。何も変わらない、変わってたまるかよ」
父である宗助は、家に帰らず、ずっと事務所で生活しているらしい。
二人で使うには大きすぎる家で、文句も言わず二人で過ごした来た。
その事実が、楽の言葉を証明する。少し寂しくなるだけで、二人を裂くことなど、きっと誰にも出来ない。きっと。
「さて、まだ顔も知らねー仲間に挨拶して来ねえとな」
「え…今から?顔も知らないって…」
「まだTRIGGER結成が決まっただけの状態だからな。どうなっかはこれから決まる」
思わずサツキの表情が、不安を纏って曇る。
楽はそのサツキの頭をぽんと優しく撫でてから立ち上がった。
言葉とは裏腹に、楽の背中は凛していて、自信と期待に満ちている。
見送るサツキを振り返ることなく出かけて行った楽に、サツキは祈るように手を重ね合わせた。
「TRIGGER…」
一体どんな人達が集まるのだろう。どんな飛躍を遂げるのだろう。
サツキもまた、既に楽の輝かしい未来を見つめていた。
・・・
楽のデビューが決まってから一週間近く経過した。
顔合わせから、マネージャーとの打ち合わせ、グループでのミーティングと楽の生活は一気に忙しなくなった。
家ですることと言えば、食事と睡眠くらい。
TRIGGERの事を心底気にしながらも、楽を気遣って聞き出せずにいたサツキは、この日ついに事務所で彼等と会う機会に恵まれた。
「…は、はじめまして…!」
思わず声が震えたのは、これからデビューする新人とは思えないオーラを放つ三人を目の前にしていたからだろう。
格好良いお兄さんと、目が大きくて綺麗な男の子。
楽だって相当のものなのに、初対面である二人も既に楽に並ぶほど輝いて見える。
「牧野サツキと申します。宜しくお願いいたします…!」
「十龍之介です。宜しくお願いします」
すぐさま立ち上がり手を差し出してくれたのは、穏やかな顔をした格好良い人。
サツキは龍之介にたたと駆け寄ると、その手をぎゅっと握りしめた。
大きな手だ。それに背も高い。
「まだデビューしてないんだってね。信じられないな」
「え?」
「楽や天を見た時も感じたけど、画面の向こうから出てきたみたいに綺麗だから」
慣れない言葉を素敵な男性に言われ、サツキは自らの頬をぺしと掌で覆った。
そんなサツキを見て、楽がふっと息を漏らす。
「何照れてんだよ」
「だって、十さん格好良いから…!」
「毎日俺の顔見てて、まだそんなこと言えんのか?」
「が、楽も格好良いけど、また違う格好良さというか…」
呆れた口調で楽に突っ込まれ、少し緊張がほぐれる。
それから視界に映った綺麗な少年に、サツキは思わず息を呑んだ。
大きな瞳がじっとサツキを見つめている。楽とはまた違う、けれど目が離せなくなる瞳。
「九条天」
「あ、宜しくお願いします」
さらりと放たれたその一言。
それが彼の名前だと分かったサツキは、慌てて頭を下げた。
年はサツキと同じくらいだろうか。声もサツキと同じように透き通る高音だ。
「ねえ一応聞くけど、仮にもアイドルとしてデビューするのに、恋人がいるとか言わないでよね」
「はあ?言わねーよ。なんだよ急に」
「じゃあこの人、楽の何なの?」
一度楽の方へ移動した視線が、サツキへと戻って来る。
美しい無表情は心なしか吊り上がり、サツキは思わずぶると身震いした。
話の流れを汲むなら、どうやらサツキは楽との関係を疑われている。
サツキは慌てて首を横に振り、ついでに手も顔の前で大きく仰いだ。
「俺はそんなじゃ…お、男ですし!そもそも楽とは兄弟で…!」
「え、男?」
疑問を抱いたのは天だけではないらしく、龍之介が落ち着かず楽のサツキの間で視線を泳がせる。
天は疑いの眼差しを向けたまま「ちょっと、こっち来て」とサツキを手招いた。
正面に立つと、九条天の背丈はサツキとさほどかわらなかった。やけに大きく見えるのは、恐らく存在感のせいだ。愛らしい顔つきながら、凛とした佇まいには既に大物さも漂う。
呆然と天に見惚れていたサツキは、次の瞬間びくりと肩を揺らして固まった。
「うわあ!?」
「ほんとだ、ついてる」
九条天の細い指がサツキの股間に重ねられている。
しっかりとそこにある男の象徴を確認され、サツキはカァッと顔を赤く染めた。
「おい、お前何触ってんだよ」
「何って、この子が本当に男か確認しただけだけど」
「する必要ねぇし、つか他に方法あんだろ!」
がたんっと椅子を揺らして立ち上がった楽が天に詰め寄る。
天は冷めた目で楽を見上げ、「何怒ってんの?」と怪訝そうに目を細めた。
「サツキはお前より年上だし何よりキャリアだって上なんだよ」
「だから何?」
「そういう舐めた態度とんじゃねえって言ってんだよ」
楽の低くドスの利いた声にも、天は怯みも怖気づきもしない。
その態度が益々楽を苛立たせるのだろう、楽は天に掴みかかり、天はその手はパシと弾く。
「男だったんだから問題ないでしょ」
「そ、そうだよ、楽。いいよ、俺男だし」
「良くねーよ」
どうにか鎮静しようにも、楽にぴしゃりと遮断されてしまう。
おろおろと険悪な雰囲気の二人に困惑していると、龍之介がため息を零した。
「ごめんね。楽と天、ずっとこんな調子なんだ。でも大丈夫だよ」
「ほ、本当ですか…?」
根拠もなさそうだが、止める気もないらしい。
龍之介はあっさりと二人から目を逸らし、「そういえば」とサツキを見下ろした。
「さっき楽と兄弟って言ってたけど、それってどういう…?」
「あ、はい。俺10歳くらいまで施設で育ってて…八乙女さんに、引き取ってもらったんです」
「あ、なるほど養子なんだ」
血の繋がりがないのは勿論のこと、苗字も異なったまま。
そんな曖昧な関係ではあるが、龍之介は納得した様子で頷いた。
「ミーティング長引いた時とか、楽、家のことかなり気にしてたんだよ。大事な弟が一人で待ってるって」
「あ…、そう、だったんですか」
「俺にも弟がいるから、なんだか親近感湧いちゃってさ」
ニコニコと微笑む龍之介には”優しい兄感”がそこはかとなく漂う。
サツキは自然と緊張を解き、破顔して龍之介を見上げた。
「十さんはきっと、良いお兄さんなんでしょうね」
「龍でいいよ」
龍之介は大きな手をぽんとサツキの肩に置いた。
それが親しんで良いことを、サツキに強く実感させる。
「楽と兄弟なんだろ?これからずっと一緒にやっていくわけだし、俺もことも兄弟みたいに気軽に…」
「おいこら龍、何勝手に仲良くなろうとしてんだ」
「えっ、だ、だめ?」
それを遮るかのように割り込む楽の声。
怒ったり笑ったり、表情豊かな楽を目の前に、サツキは「ああ…」と声を零した。
やっぱり少し寂しい。サツキの知らない、サツキには見せない楽の顔があることを今になって知る。
けれどそれ以上に胸に膨らむのは、これでもかってくらいの期待や羨望だった。
「え、ど、どうしたの?」
「サツキ!?」
肩に置かれていた龍之介の手がぱっと離れる。
それから飛び込んできた楽の声に驚いて顔を上げると、ぽろと涙が零れ落ちた。
「おい龍!」
「え、お、俺!?ごめんね!」
「ち、違います、その…俺今、すごい瞬間に立ち会ってるんだなって…、思って…」
この三人は、明らかに何か違うものを持っている。
アイドル界を、日本を変えてしまうような、そんな存在になる。
そう根拠なく確信する。
「TRIGGER、絶対に、日本一の…世界に誇れるグループになります、そう、思えて、感動して」
「サツキ…」
「俺、TRIGGERのファン第一号になりますね…!」
「泣きながら何言ってんだよ、馬鹿」
近寄ってきた楽の手が、サツキの頬に触れて涙を拭い取る。
それだけで胸がいっぱいになる。寂しさが埋められていく。
「…大好き、楽。ずっと、見てるからね」
「ああ、目を逸らすなよ」
呆れたような天の色香の漂う溜め息を聞きながら、サツキは楽の胸に自分の体を預けた。
見失っていた道筋に一本の光が通る。
きっとこの道を追いかければ良いんだ、彼等と共にある為の険しい道を。
サツキの決意の日。
TRIGGERとの出会いは、サツキの中の何かを確実に変えていた。
(TRIGGER結成・終)
追加日:2018/07/22
移動前:2016/05/15
小説「アイドリッシュセブン流星に祈る」の一部
before The Radiant Glory
を少しだけ参考にしました。