八乙女楽(IDOLiSH7)
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撮影のあと、百はとあるバーのカウンターで項垂れていた。
最終的に、一番NGを重ねたのは百だった。台詞を覚えていなかったわけでも、役作りを怠ったわけでもない。
サツキを目の前にして、動揺を抑えることが出来なかったせいだ。
「だってもう、何か変な意識しちゃうんだよ。サツキもだんだん可愛さ振り切れ始めるし…!」
「へぇ、例えばどんなところ?」
「好きな人がいるのにゴメンねって、探り入れてみたら顔真っ赤っか!」
女の子みたいだと思ったことは数知れず、兄である八乙女楽を羨んだ事だって星の数ほどある。
十龍之介との関係を意識すれば、途端に二人がお似合いのカップルに見える始末だ。
「僕言ったよね?後で話聞くから落ち着いてって」
「言われたけど無理! あでも、さっきのセリフはもっと格好良かったよ。『周りがどうとか関係ないでしょ。モモには僕がいるんだから』だった!」
「…その渾身のセリフを無駄にしてくれたワケだけど?」
百の連続するNGに、見かねた千からの耳打ち。
その最高の殺し文句に一時は有頂天になったものの、サツキの艶やかな唇を前にした途端、やはり百はぎこちなくなった。
「二人の事考えたら申し訳ないし、隠れてそういう関係だった二人が人前でキスしたんだと思ったら、なんか恥ずかしいし…」
「そんな可愛い事考えてたんだ」
「あ、可愛かった?」
とはいえ、やはり千の言葉にあっさりと百の気分は高揚するらしい。
既に良い気分になった百はへらと千へ微笑みかけ、彼の兄上様は不愉快そうに眉を寄せた。
「あの、さっきから何の話っすか。」
千、百、そしてその隣に八乙女楽。
先程二人に迎えられ席についた楽は、未だ自分が呼ばれた理由が分からず眉をひそめていた。
「実はモモが今日の撮影でちょっと参っちゃってね」
「はぁ…あまり今日の撮影の話は聞きたくないんですけど」
それでなくとも楽は、撮影の内容を危惧して落ち着かない一日を過ごしていた。
そして先輩である百と千の話の内容が、撮影の裏話的なことであるとは勘付いている。
「違うんだよ、今日の撮影のことよりも!もっと重大なニュースがあるんだって」
「は? いいってなんすか。サツキに触ったんですよね」
「サツキは可愛いよ、唇めっちゃやらかかったけど、それよりも!」
拳を握って力強く言う百に、楽の顔が更に険しく引きつる。
それに気が付いた千は、現状を楽しむかのようにふっと口元を緩めた。
「楽くん、呼んだのは…たぶん君が知らない、重大な秘密を知ったからだよ」
「…? はあ、秘密、ですか」
「たぶんサツキと龍は付き合ってるよ…!」
前のめりに、口元には手を添えて、極力声もひそめて。
それでも勢いよくカミングアウトされたその内容に、楽の目が一瞬大きく見開かれた。
「オレ見ちゃったんだ、向き合って好きだよって、伝え合ってるとこ…」
「…いや、そもそも、なんで龍が出てくるんですか」
「え、そりゃ龍とサツキがー…」
「モモ、それ言っちゃ駄目でしょ」
龍之介からサツキへの口付け。それはドラマのラストシーンであり、役者がそれをバラすのはご法度だ。
百は「そうだった!」と口を塞ぎ、一方で楽はぽかんと開いた口を閉じられずにいた。
龍之介は多少なりともサツキに好意を抱いているかもしれない。
しかし、サツキに限っては有り得ないはずだ。どれだけ自分が愛されているか、楽は誰よりも知っている。
楽はカウンターに体を向け直し、グラスを手に取ると一気にそれを飲み干した。
「そんな話だけなら、俺はこれで失礼します」
百の「えーそんだけ!?」という楽の反応に対する文句に背を向け、逃げるように店を後にする。
無心のまま車に乗り込み、帰路を走る楽の胸の内は、拭えない違和感でざわついていた。
「…龍と会うなんて、聞いてねぇ…」
龍之介はサツキを相当気に入っていたし、サツキだって龍之介を心底信頼している。
しかし、二人がそんな関係になり得そうな瞬間を見た事は一度もない。
百は一体何を見て、それを確信したのか―…?
「サツキに聞きゃいいじゃねぇか…バッカじゃねぇの、こんなことで」
楽は自分に言い聞かせるように吐き出し、苛立った手付きで車を降りた。
ドアの鍵を開け、静かに「ただいま」と玄関で呟く。今一番聞きたい「おかえり」の声はない。
代わりに聞こえてきたのは、リビングで誰かと話すサツキの声。
ソファに背を預け膝を立てるサツキの声は、しっかりと楽の耳に届いてしまった。
『…恥ずかしかったけど、龍がリードしてくれたから』
信じている、サツキが自分以外となんて、有り得ない。
サツキは誰よりも、自分を愛しているはずだ。
『俺なんかが相手で…、ううん、俺は、嫌なわけないよ』
電話の相手はタイミング良く、どうやら十龍之介だ。
話の内容はよく分からない。サツキの顔は、愛らしく赤らんでいる。
『うん、また、宜しくね』
サツキが電話を耳から離すと、楽は俯いたまま静かにドアを開いていた。
その音に気付き顔を上げたサツキは、いつも通り、ぱっと顔を綻ばせる。
「おかえり、楽」
いつもなら心癒される笑顔と声だ。
それを向けられながら、楽はつかつかとサツキに歩み寄り、肩に掴みかかっていた。
驚いたサツキの手から、携帯が床に転がり落ちる。
「…龍と何を話した?」
いつから連絡を取り合っていたのか。何があった、何を話した。
怒りか悲しみか、渦巻く嫉妬のような感情に、楽の顔が歪む。
それでも、サツキが「何もないよ」笑って言ったなら、楽はそれを信じただろう。
「あ、えっと、違うよ?その、…楽どうしたの?何か、怒ってる」
明らかにサツキは動揺を顔に浮かべ、楽から目を逸らした。
「お前こそ…なんで誤魔化すんだよ」
「ご、誤魔化してなんて…。あの、でも、ごめん、今は言えないっていうか、」
もごもごと声が小さくなるサツキの手が、楽の胸に重なる。
小刻みに振られた首、薄っすらと塗れた瞳。
「隠し事して…ごめん」
サツキは心底申し訳なさそうに首を垂れた。
その態度はまるで、楽が想像した最悪の結末の、その前兆のよう。
楽は一度深く息を吐き出してから、サツキの頭にぽんと手を置いた。
「…また今度、ゆっくり、話そうぜ」
「う、うん…」
楽が今この時に結論を急がなかったのは、「この関係の終わり」が来ることをどこかで恐れたからだった。
サツキにそれを告げられるまでは気付かぬフリを続けてしまおうと、つまりは逃げたのだ。
部屋を後にする楽と、取り残されたサツキ。
楽の怒りの矛先など知り得ないサツキは、ただ動揺し、同じように口を閉ざしてしまった。
・・・
そこそこ広い部屋に集められた、楽と龍之介と天。
同じ楽屋に通されたサツキは、ただならぬ緊張感にごくりと唾を飲んだ。
理由のわからぬ楽の苛立ちと、それから秘密裏に聞かされた龍之介の思い。
無意識に熱い視線を送ってしまったサツキに、龍之介は首を傾げながら顔を上げた。
「サツキ?どうかした?」
「あ…っ、ごめん、なんか見ちゃって…」
「はは、俺に用があるのかと思った」
あの電話の日から態度が一変した楽に対し、龍之介は一切変わらない。
その優しさにチクリと胸を痛めながら、サツキはいそいそと辺りを見渡した。
トーク番組の撮影で、サツキはドラマの番宣のために呼ばれている。
TRIGGERと共演ということもあり、この日までに解決させたかった楽との隔たりはそのままだ。
「サツキもこっちおいでよ。そんな離れてないで、一緒に台本確認しよう?」
龍之介の柔らかい声色に、サツキは自然と逃げるように龍之介に近付いた。
そして気付く。楽の目が、あの日見た鋭さでサツキを見ていることに。
「…っ」
「サツキ?」
思わず足を止めて楽に目を向ける。
その視線に気が付いた龍之介が楽へ顔を向けると、二人の視線が交わった。
「楽、どうかしたのか?」
「どうかした、じゃねぇよ。龍、何か隠してんだろ」
楽の棘のある声が、龍之介に向けられる。
その問いかけに一度きょとんと目を丸くした龍之介は、「ああ」と言いながら手を打った。
「もしかして、それでずっとイライラしてたのか…。誰に聞いたんだ?」
「百さんだよ」
「百さん…はあ、仕方ないか」
困惑するサツキの前で、二人が見つめ合っている。
天は何も言わないまま、一人台本に目を通している。
「ずっと、隠しておくつもりだったのか」
「え、いや、そういうタイミングが来ればとは思ってたけど」
薄らと赤くなった龍之介の頬。
そこに龍之介の恋心を垣間見たサツキは、思わずその広い肩に手を乗せた。
「りゅ、龍…大丈夫?」
「ん?大丈夫だよ。全く、そんなことで怒ってるのか、楽は。仕方ないだろ」
「仕方なくなんかねぇよ…、俺にとってサツキは…」
「分かってる。俺だって同じ気持ちだから」
あれ、と。唐突にサツキは二人の会話に違和感を覚えた。
楽にはまだ、龍之介とドラマで共演する話をしていないはずだ。
「サツキに、触れたのか」
「そんな言い方ないだろ?」
何か変だ、サツキは思わず龍之介の腕を掴んだ。
「ねぇ、龍、今話しているのって…」
ドラマの話だよね、と。
そうと言いかけるよりも前に、楽が立ち上がった。
「サツキ…っ」
大股で近付いてきた楽の手がサツキの腕を掴む。
そのまま楽に引っ張られたサツキの体は、楽の腕の中に閉じ込められていた。
「俺は、サツキを誰かに譲る気なんてねえ」
「楽…?」
「サツキが誰を選んだとしても俺は…っ」
唸るように低い楽の声と、吐息が耳にかかる。
楽の腕の力が、その思いの強さを体に染み込ませていくようだ。などと呆けている場合ではない。
サツキはおずおずと顔を上げ、二つの視線に目を向けた。
開けた口が塞がらない龍之介と、額に手を当てため息を吐いた天。
「あ、あの、楽…楽が気にしてるのって、俺と龍がドラマの撮影でキスしたこと、だよね…?」
「は?」
恐る恐る問いかけると、楽の顔が間の抜けたものに切り替わった。
暫しの沈黙は、楽と龍之介が状況を理解するためにかかった時間。
龍之介もサツキの言葉で気付いたのか、「ああ!」と声を上げた。
「まさか楽、プライベートのことだとでも思ってたのか!?」
「は!?いやだって、百さんはお前らが二人っきりで『好きだ』とか言い合ってたって…!」
「え?ああ、それは…楽に嫉妬するくらい、サツキのこと本当の弟みたいに好きだって言っただけだよ」
再びの沈黙。楽と龍之介は互いの言葉とその真意を探り合うかのように見つめ合った。
サツキへの想いの方向と、疑いの生まれた原因と。
やがて龍之介が照れ臭そうに先に目を逸らすと、楽はそれを契機に大きく息を吐き出した。
「んだよ…最初っからそういえよ…。てっきり俺は、お前等が俺に内緒でそういう関係になったんだと…」
「そ、そりゃサツキなら大歓迎だけど、そんなわけないだろ、なあ?」
楽が脱力した勢いで椅子に腰かけ、龍之介はへらとサツキに笑いかける。
しかしサツキは呆然としたまま、小さく首を傾けた。
「あの時の好きって…龍、楽のことが好きだって、言ったんじゃなかったの…?」
龍之介がきょとんと目を丸くし、後ろで楽が「はぁ?」と馬鹿にしたように漏らす。
更には少し離れたところで額を押さえていた天が、持っていた書類をばさっとテーブルに叩きつけた。
「三人とも、面白いネタ提供どうもありがとう」
にこりと微笑む天の冷え切った声が、気付かぬうちに彼を怒らせたのだと彼等に教える。
しかし、勘違いや誤解が解けた安堵のせいか、サツキは謝ることも忘れて笑っていた。
・・・
事務所の一室、何気なく足を踏み入れた千は、数歩進んでから立ち止まった。
テレビがついている。その前に陣取るのは、祈るように手を合わせている百。
「何見てるの?」
「っ、ユキ…!」
「あぁ、TRIGGERとサツキがゲストの…」
百が真剣に見ていたのは、今話題の…という名目ではあるものの、番組宣伝の為に来るゲストと芸人司会者で繰り広げられるトーク番組だ。
「あ…モモ、もしかして」
千は百に近付きながら、ぽんと手を打った。
百がうっかり聞いてしまったTRIGGERの十龍之介と牧野サツキの熱愛疑惑。
このところ、百はそれを楽に伝えてしまったことを悔やんでいた。
「オレが変なこと言ったせいで、なんか最近ギスギスしちゃってるみたいで心配なんだよ…」
「ふ、そんなことだろうと思った」
「なんで笑うんだよー…」
そもそも百に「楽へ伝えてあげたら?」などとけしかけたのは千なのだが。
百が自分を責めないのを良い事に、千は慰めるように百の肩に手を置いた。
「大丈夫だよ、モモ。皆ちゃんとプロなんだから」
「そ、そんな理由かよ!」
妙に楽しげな千に、百の頬がぷくと膨らむ。
その頬を人差指で突き、益々笑みを深くした千に、百は当てる気のない拳骨を振りかざした。
「もー!笑いごとじゃないんだよ!」
「はいはい、ごめんね」
トーク番組の撮影時期を考えれば、丁度ギスギス具合が甚だしい頃だろうと予想がつく。
どうしよう、もしも、龍之介と楽が目を合わせないみたいな状況に陥っていたら。
…とか、考えているんだろうな、と千は傍目に読み取りながらテレビに視線を移した。
『聞いてくださいよ、さっき楽屋で面白いことが起きたんです』
長いソファに、上手から楽、天、龍之介、そしてサツキと並ぶ。
真っ先に口を開いたのは天だった。
『突然楽が龍に掴みかかって』
『掴みかかってねぇよ』
『それでなんて言ったと思います?「サツキに手ェ出したのか」って』
天は眉を下げて、困っていますとでも言うように溜め息を漏らす。
唐突に始められた話題にしては、ずいぶんと衝撃的なものだ。
番組の司会者、そして観客が驚きの声を上げ、それと同じように百があんぐりと口を開けた。
『んな誤解生む言い方すんなよ。龍、言ってやれ』
『俺も心当たりがあったんで「仕方ないだろ」って返したんですよ。そうしたら楽が怒って』
『まさに修羅場でしたよ。サツキを取り合った二人の』
『おい』
天と龍之介が率先して話す内容に、少し前のめりになった司会者が「それで?」と先を促す。
百の顔面は蒼白だ。まさに想像できた内容の中で一番最悪のことが起こったことが本人達から語られている。
これを機に活動を停止しますみたいな、最悪な発表が行われたらどうしよう。
もしそんなことになれば、原因を作ったRe:valeだってこのままではいられない―…
『そこでサツキはなんて言ったと思います?「龍は楽のことが好きなんじゃなかったの?」ですって』
一瞬の沈黙の後、観客の女性の安堵を含んだような笑い声が響いた。
アップになったサツキが恥ずかしそうに顔を掌で覆っている。
一体どういうことだ、と。
百は目を丸くしたまま千を見上げた。
「なんだ、そういうこと」
明らかになった真実を前に、千は純粋にトーク番組を楽しむ視聴者かのように笑った。
つまり、龍之介はサツキのことが弟のように「好き」と言い、サツキは楽のことが「好き」と言い、「好き」だけ捉えた楽は二人が好き合っていると誤解した。
そして、楽が誤解する原因を作ったのは紛れもなく。
『俺は百さんに聞いたんですよ、二人がデキてるかもって』
観客や司会者の納得したかのような「あー」という声はさておき、見事に流れを作った龍之介が『そんな百さん主演のスペシャルドラマが放送されます!』と番宣を始める。
見事な後輩のトークスキルに、普段なら手を打って称賛しただろう百は、まだ動けずにいた。
「モモ?よかったね、彼等ちゃんと和解したみたいで」
「よ…良くない…」
「ん?何?」
「は、恥ずかしい上に、いらないことで引っかき回したのオレだよ…!?」
羞恥心やら罪悪感やらの反動か、百が勢いよく千の服を引っ張る。
その勢いに少しよろけた千の髪が、百の頬をくすぐった。
「いいんじゃない?面白いネタを提供できたってことで」
「っ…そもそもオレは、ユキが〝楽と龍とサツキが三角関係だ”とか妙なこと言ってたから余計に意識して…!」
「なら、僕のせいかな」
「~…オレのせいだよー!!」
腕を左右に大きく広げた百に、千も受け入れるために体の向きを変える。
その千の優しさに気付くなり、百はに腰に絡みつき、大げさに「うわーん」と声を上げた。
「よしよし」
ふわふわの頭を見下ろし、ぽんと背中をあやす。
その手を止めることなく、千はちらとテレビに目を向けた。
『とはいえ?十くん的に牧野くんはどうなの?』
『ま、抱けますね』
『ちょ…っ十さん!?』
『おい、てめ…龍!!』
トーク番組のためのキャラづくり、には全然見えないんだけど。
何気なくそう考えながら、千は手の焼ける相棒と後輩に、やれやれと息をついた。
・・・
ぱたん、と静かにドアを閉める。
先日の状況とは逆。ソファの前で座っているのは楽、その楽へ近寄るのはサツキだ。
「…反省中?」
「反省中。すげぇ情けねぇ」
頭を深く下げ、目を伏せる楽。強調された睫毛の長さと通った鼻筋は、まるで作り物のように綺麗だ。
サツキは見惚れそうになりながらも、反省モードの楽の横に並んで座った。
数日ぶりだからだろうか、妙に緊張する。
その緊張感のせいか楽の言葉を待っていたサツキの肩に、楽の腕がするりと回された。
「妙な状況だったとはいえ…サツキを信じられなかった、俺が悪い」
「えっ…そんな、俺が隠し事してたのは事実だし」
「いや。お前は〝牧野サツキ”を全うしてただけだろ」
楽の声が耳元で響く。くすぐったいのは、吐息がかかる耳と、胸の奥と。
耐え切れずに楽の胸を小さく押すと、体を起き上がらせた楽と目があった。
真っ直ぐ視線は逸らされないけれど、しゅんと下がった眉はあまりに楽らしくない。
「…なあ、何か、俺にして欲しいことねぇの?何か、してやんなきゃ気が済まねぇんだけど」
楽の覇気のない声に、サツキは困惑しながら迷った。
今回の事はサツキにも非がある上に、楽に対して怒りはない。
しかもこれ以上楽に願う事なんて何も。
「あ…一つだけ、欲張りたいことがあるんだけど…」
「何でもいい、聞かせてくれ」
「今度コンサートで…一曲でいいから、俺のことだけ思って歌って欲しい」
TRIGGERの八乙女楽はサツキのものではない。だからこそ、これは我慢しなければいけない事だ。
我儘だと呆れられるだろうか。そんなサツキの不安は、楽の笑顔一つで解消された。
「はは、んなことでいいのかよ」
「んなことって…俺にとってはかなり重要なことだよ」
楽の手がサツキの頬を擦り、そのまま顔が寄せられる。
額と額が重なり、サツキは思わず目を閉じた。
「サツキにだけ、サツキだけを思って、歌ってやる」
「…うん」
「本当は…誰かに知られたっていい…」
囁かれた楽の想いとサツキの想いは同じだった。
本当は、この人は俺の大事な人ですと叫んでしまいたい。
「でも…ごめんな。俺たちは、一人じゃねぇから」
「分かってるよ」
頬をなぞった手がサツキの頭に回される。
唇が重なり、サツキは応えるように楽の背へ手を回した。
この数週間後までもやもやとしている先輩がいることなど知らず。
さすがに勘づいてしまい、これから二人とどう接したら良いのか悩んでいるメンバーがいることも知らず。
犯している罪を考えてしまわないように、二人は朝まで強く抱き締め合っていた。
(第十三話・終)
追加日:2018/07/22
移動前:2017/01/28
最終的に、一番NGを重ねたのは百だった。台詞を覚えていなかったわけでも、役作りを怠ったわけでもない。
サツキを目の前にして、動揺を抑えることが出来なかったせいだ。
「だってもう、何か変な意識しちゃうんだよ。サツキもだんだん可愛さ振り切れ始めるし…!」
「へぇ、例えばどんなところ?」
「好きな人がいるのにゴメンねって、探り入れてみたら顔真っ赤っか!」
女の子みたいだと思ったことは数知れず、兄である八乙女楽を羨んだ事だって星の数ほどある。
十龍之介との関係を意識すれば、途端に二人がお似合いのカップルに見える始末だ。
「僕言ったよね?後で話聞くから落ち着いてって」
「言われたけど無理! あでも、さっきのセリフはもっと格好良かったよ。『周りがどうとか関係ないでしょ。モモには僕がいるんだから』だった!」
「…その渾身のセリフを無駄にしてくれたワケだけど?」
百の連続するNGに、見かねた千からの耳打ち。
その最高の殺し文句に一時は有頂天になったものの、サツキの艶やかな唇を前にした途端、やはり百はぎこちなくなった。
「二人の事考えたら申し訳ないし、隠れてそういう関係だった二人が人前でキスしたんだと思ったら、なんか恥ずかしいし…」
「そんな可愛い事考えてたんだ」
「あ、可愛かった?」
とはいえ、やはり千の言葉にあっさりと百の気分は高揚するらしい。
既に良い気分になった百はへらと千へ微笑みかけ、彼の兄上様は不愉快そうに眉を寄せた。
「あの、さっきから何の話っすか。」
千、百、そしてその隣に八乙女楽。
先程二人に迎えられ席についた楽は、未だ自分が呼ばれた理由が分からず眉をひそめていた。
「実はモモが今日の撮影でちょっと参っちゃってね」
「はぁ…あまり今日の撮影の話は聞きたくないんですけど」
それでなくとも楽は、撮影の内容を危惧して落ち着かない一日を過ごしていた。
そして先輩である百と千の話の内容が、撮影の裏話的なことであるとは勘付いている。
「違うんだよ、今日の撮影のことよりも!もっと重大なニュースがあるんだって」
「は? いいってなんすか。サツキに触ったんですよね」
「サツキは可愛いよ、唇めっちゃやらかかったけど、それよりも!」
拳を握って力強く言う百に、楽の顔が更に険しく引きつる。
それに気が付いた千は、現状を楽しむかのようにふっと口元を緩めた。
「楽くん、呼んだのは…たぶん君が知らない、重大な秘密を知ったからだよ」
「…? はあ、秘密、ですか」
「たぶんサツキと龍は付き合ってるよ…!」
前のめりに、口元には手を添えて、極力声もひそめて。
それでも勢いよくカミングアウトされたその内容に、楽の目が一瞬大きく見開かれた。
「オレ見ちゃったんだ、向き合って好きだよって、伝え合ってるとこ…」
「…いや、そもそも、なんで龍が出てくるんですか」
「え、そりゃ龍とサツキがー…」
「モモ、それ言っちゃ駄目でしょ」
龍之介からサツキへの口付け。それはドラマのラストシーンであり、役者がそれをバラすのはご法度だ。
百は「そうだった!」と口を塞ぎ、一方で楽はぽかんと開いた口を閉じられずにいた。
龍之介は多少なりともサツキに好意を抱いているかもしれない。
しかし、サツキに限っては有り得ないはずだ。どれだけ自分が愛されているか、楽は誰よりも知っている。
楽はカウンターに体を向け直し、グラスを手に取ると一気にそれを飲み干した。
「そんな話だけなら、俺はこれで失礼します」
百の「えーそんだけ!?」という楽の反応に対する文句に背を向け、逃げるように店を後にする。
無心のまま車に乗り込み、帰路を走る楽の胸の内は、拭えない違和感でざわついていた。
「…龍と会うなんて、聞いてねぇ…」
龍之介はサツキを相当気に入っていたし、サツキだって龍之介を心底信頼している。
しかし、二人がそんな関係になり得そうな瞬間を見た事は一度もない。
百は一体何を見て、それを確信したのか―…?
「サツキに聞きゃいいじゃねぇか…バッカじゃねぇの、こんなことで」
楽は自分に言い聞かせるように吐き出し、苛立った手付きで車を降りた。
ドアの鍵を開け、静かに「ただいま」と玄関で呟く。今一番聞きたい「おかえり」の声はない。
代わりに聞こえてきたのは、リビングで誰かと話すサツキの声。
ソファに背を預け膝を立てるサツキの声は、しっかりと楽の耳に届いてしまった。
『…恥ずかしかったけど、龍がリードしてくれたから』
信じている、サツキが自分以外となんて、有り得ない。
サツキは誰よりも、自分を愛しているはずだ。
『俺なんかが相手で…、ううん、俺は、嫌なわけないよ』
電話の相手はタイミング良く、どうやら十龍之介だ。
話の内容はよく分からない。サツキの顔は、愛らしく赤らんでいる。
『うん、また、宜しくね』
サツキが電話を耳から離すと、楽は俯いたまま静かにドアを開いていた。
その音に気付き顔を上げたサツキは、いつも通り、ぱっと顔を綻ばせる。
「おかえり、楽」
いつもなら心癒される笑顔と声だ。
それを向けられながら、楽はつかつかとサツキに歩み寄り、肩に掴みかかっていた。
驚いたサツキの手から、携帯が床に転がり落ちる。
「…龍と何を話した?」
いつから連絡を取り合っていたのか。何があった、何を話した。
怒りか悲しみか、渦巻く嫉妬のような感情に、楽の顔が歪む。
それでも、サツキが「何もないよ」笑って言ったなら、楽はそれを信じただろう。
「あ、えっと、違うよ?その、…楽どうしたの?何か、怒ってる」
明らかにサツキは動揺を顔に浮かべ、楽から目を逸らした。
「お前こそ…なんで誤魔化すんだよ」
「ご、誤魔化してなんて…。あの、でも、ごめん、今は言えないっていうか、」
もごもごと声が小さくなるサツキの手が、楽の胸に重なる。
小刻みに振られた首、薄っすらと塗れた瞳。
「隠し事して…ごめん」
サツキは心底申し訳なさそうに首を垂れた。
その態度はまるで、楽が想像した最悪の結末の、その前兆のよう。
楽は一度深く息を吐き出してから、サツキの頭にぽんと手を置いた。
「…また今度、ゆっくり、話そうぜ」
「う、うん…」
楽が今この時に結論を急がなかったのは、「この関係の終わり」が来ることをどこかで恐れたからだった。
サツキにそれを告げられるまでは気付かぬフリを続けてしまおうと、つまりは逃げたのだ。
部屋を後にする楽と、取り残されたサツキ。
楽の怒りの矛先など知り得ないサツキは、ただ動揺し、同じように口を閉ざしてしまった。
・・・
そこそこ広い部屋に集められた、楽と龍之介と天。
同じ楽屋に通されたサツキは、ただならぬ緊張感にごくりと唾を飲んだ。
理由のわからぬ楽の苛立ちと、それから秘密裏に聞かされた龍之介の思い。
無意識に熱い視線を送ってしまったサツキに、龍之介は首を傾げながら顔を上げた。
「サツキ?どうかした?」
「あ…っ、ごめん、なんか見ちゃって…」
「はは、俺に用があるのかと思った」
あの電話の日から態度が一変した楽に対し、龍之介は一切変わらない。
その優しさにチクリと胸を痛めながら、サツキはいそいそと辺りを見渡した。
トーク番組の撮影で、サツキはドラマの番宣のために呼ばれている。
TRIGGERと共演ということもあり、この日までに解決させたかった楽との隔たりはそのままだ。
「サツキもこっちおいでよ。そんな離れてないで、一緒に台本確認しよう?」
龍之介の柔らかい声色に、サツキは自然と逃げるように龍之介に近付いた。
そして気付く。楽の目が、あの日見た鋭さでサツキを見ていることに。
「…っ」
「サツキ?」
思わず足を止めて楽に目を向ける。
その視線に気が付いた龍之介が楽へ顔を向けると、二人の視線が交わった。
「楽、どうかしたのか?」
「どうかした、じゃねぇよ。龍、何か隠してんだろ」
楽の棘のある声が、龍之介に向けられる。
その問いかけに一度きょとんと目を丸くした龍之介は、「ああ」と言いながら手を打った。
「もしかして、それでずっとイライラしてたのか…。誰に聞いたんだ?」
「百さんだよ」
「百さん…はあ、仕方ないか」
困惑するサツキの前で、二人が見つめ合っている。
天は何も言わないまま、一人台本に目を通している。
「ずっと、隠しておくつもりだったのか」
「え、いや、そういうタイミングが来ればとは思ってたけど」
薄らと赤くなった龍之介の頬。
そこに龍之介の恋心を垣間見たサツキは、思わずその広い肩に手を乗せた。
「りゅ、龍…大丈夫?」
「ん?大丈夫だよ。全く、そんなことで怒ってるのか、楽は。仕方ないだろ」
「仕方なくなんかねぇよ…、俺にとってサツキは…」
「分かってる。俺だって同じ気持ちだから」
あれ、と。唐突にサツキは二人の会話に違和感を覚えた。
楽にはまだ、龍之介とドラマで共演する話をしていないはずだ。
「サツキに、触れたのか」
「そんな言い方ないだろ?」
何か変だ、サツキは思わず龍之介の腕を掴んだ。
「ねぇ、龍、今話しているのって…」
ドラマの話だよね、と。
そうと言いかけるよりも前に、楽が立ち上がった。
「サツキ…っ」
大股で近付いてきた楽の手がサツキの腕を掴む。
そのまま楽に引っ張られたサツキの体は、楽の腕の中に閉じ込められていた。
「俺は、サツキを誰かに譲る気なんてねえ」
「楽…?」
「サツキが誰を選んだとしても俺は…っ」
唸るように低い楽の声と、吐息が耳にかかる。
楽の腕の力が、その思いの強さを体に染み込ませていくようだ。などと呆けている場合ではない。
サツキはおずおずと顔を上げ、二つの視線に目を向けた。
開けた口が塞がらない龍之介と、額に手を当てため息を吐いた天。
「あ、あの、楽…楽が気にしてるのって、俺と龍がドラマの撮影でキスしたこと、だよね…?」
「は?」
恐る恐る問いかけると、楽の顔が間の抜けたものに切り替わった。
暫しの沈黙は、楽と龍之介が状況を理解するためにかかった時間。
龍之介もサツキの言葉で気付いたのか、「ああ!」と声を上げた。
「まさか楽、プライベートのことだとでも思ってたのか!?」
「は!?いやだって、百さんはお前らが二人っきりで『好きだ』とか言い合ってたって…!」
「え?ああ、それは…楽に嫉妬するくらい、サツキのこと本当の弟みたいに好きだって言っただけだよ」
再びの沈黙。楽と龍之介は互いの言葉とその真意を探り合うかのように見つめ合った。
サツキへの想いの方向と、疑いの生まれた原因と。
やがて龍之介が照れ臭そうに先に目を逸らすと、楽はそれを契機に大きく息を吐き出した。
「んだよ…最初っからそういえよ…。てっきり俺は、お前等が俺に内緒でそういう関係になったんだと…」
「そ、そりゃサツキなら大歓迎だけど、そんなわけないだろ、なあ?」
楽が脱力した勢いで椅子に腰かけ、龍之介はへらとサツキに笑いかける。
しかしサツキは呆然としたまま、小さく首を傾けた。
「あの時の好きって…龍、楽のことが好きだって、言ったんじゃなかったの…?」
龍之介がきょとんと目を丸くし、後ろで楽が「はぁ?」と馬鹿にしたように漏らす。
更には少し離れたところで額を押さえていた天が、持っていた書類をばさっとテーブルに叩きつけた。
「三人とも、面白いネタ提供どうもありがとう」
にこりと微笑む天の冷え切った声が、気付かぬうちに彼を怒らせたのだと彼等に教える。
しかし、勘違いや誤解が解けた安堵のせいか、サツキは謝ることも忘れて笑っていた。
・・・
事務所の一室、何気なく足を踏み入れた千は、数歩進んでから立ち止まった。
テレビがついている。その前に陣取るのは、祈るように手を合わせている百。
「何見てるの?」
「っ、ユキ…!」
「あぁ、TRIGGERとサツキがゲストの…」
百が真剣に見ていたのは、今話題の…という名目ではあるものの、番組宣伝の為に来るゲストと芸人司会者で繰り広げられるトーク番組だ。
「あ…モモ、もしかして」
千は百に近付きながら、ぽんと手を打った。
百がうっかり聞いてしまったTRIGGERの十龍之介と牧野サツキの熱愛疑惑。
このところ、百はそれを楽に伝えてしまったことを悔やんでいた。
「オレが変なこと言ったせいで、なんか最近ギスギスしちゃってるみたいで心配なんだよ…」
「ふ、そんなことだろうと思った」
「なんで笑うんだよー…」
そもそも百に「楽へ伝えてあげたら?」などとけしかけたのは千なのだが。
百が自分を責めないのを良い事に、千は慰めるように百の肩に手を置いた。
「大丈夫だよ、モモ。皆ちゃんとプロなんだから」
「そ、そんな理由かよ!」
妙に楽しげな千に、百の頬がぷくと膨らむ。
その頬を人差指で突き、益々笑みを深くした千に、百は当てる気のない拳骨を振りかざした。
「もー!笑いごとじゃないんだよ!」
「はいはい、ごめんね」
トーク番組の撮影時期を考えれば、丁度ギスギス具合が甚だしい頃だろうと予想がつく。
どうしよう、もしも、龍之介と楽が目を合わせないみたいな状況に陥っていたら。
…とか、考えているんだろうな、と千は傍目に読み取りながらテレビに視線を移した。
『聞いてくださいよ、さっき楽屋で面白いことが起きたんです』
長いソファに、上手から楽、天、龍之介、そしてサツキと並ぶ。
真っ先に口を開いたのは天だった。
『突然楽が龍に掴みかかって』
『掴みかかってねぇよ』
『それでなんて言ったと思います?「サツキに手ェ出したのか」って』
天は眉を下げて、困っていますとでも言うように溜め息を漏らす。
唐突に始められた話題にしては、ずいぶんと衝撃的なものだ。
番組の司会者、そして観客が驚きの声を上げ、それと同じように百があんぐりと口を開けた。
『んな誤解生む言い方すんなよ。龍、言ってやれ』
『俺も心当たりがあったんで「仕方ないだろ」って返したんですよ。そうしたら楽が怒って』
『まさに修羅場でしたよ。サツキを取り合った二人の』
『おい』
天と龍之介が率先して話す内容に、少し前のめりになった司会者が「それで?」と先を促す。
百の顔面は蒼白だ。まさに想像できた内容の中で一番最悪のことが起こったことが本人達から語られている。
これを機に活動を停止しますみたいな、最悪な発表が行われたらどうしよう。
もしそんなことになれば、原因を作ったRe:valeだってこのままではいられない―…
『そこでサツキはなんて言ったと思います?「龍は楽のことが好きなんじゃなかったの?」ですって』
一瞬の沈黙の後、観客の女性の安堵を含んだような笑い声が響いた。
アップになったサツキが恥ずかしそうに顔を掌で覆っている。
一体どういうことだ、と。
百は目を丸くしたまま千を見上げた。
「なんだ、そういうこと」
明らかになった真実を前に、千は純粋にトーク番組を楽しむ視聴者かのように笑った。
つまり、龍之介はサツキのことが弟のように「好き」と言い、サツキは楽のことが「好き」と言い、「好き」だけ捉えた楽は二人が好き合っていると誤解した。
そして、楽が誤解する原因を作ったのは紛れもなく。
『俺は百さんに聞いたんですよ、二人がデキてるかもって』
観客や司会者の納得したかのような「あー」という声はさておき、見事に流れを作った龍之介が『そんな百さん主演のスペシャルドラマが放送されます!』と番宣を始める。
見事な後輩のトークスキルに、普段なら手を打って称賛しただろう百は、まだ動けずにいた。
「モモ?よかったね、彼等ちゃんと和解したみたいで」
「よ…良くない…」
「ん?何?」
「は、恥ずかしい上に、いらないことで引っかき回したのオレだよ…!?」
羞恥心やら罪悪感やらの反動か、百が勢いよく千の服を引っ張る。
その勢いに少しよろけた千の髪が、百の頬をくすぐった。
「いいんじゃない?面白いネタを提供できたってことで」
「っ…そもそもオレは、ユキが〝楽と龍とサツキが三角関係だ”とか妙なこと言ってたから余計に意識して…!」
「なら、僕のせいかな」
「~…オレのせいだよー!!」
腕を左右に大きく広げた百に、千も受け入れるために体の向きを変える。
その千の優しさに気付くなり、百はに腰に絡みつき、大げさに「うわーん」と声を上げた。
「よしよし」
ふわふわの頭を見下ろし、ぽんと背中をあやす。
その手を止めることなく、千はちらとテレビに目を向けた。
『とはいえ?十くん的に牧野くんはどうなの?』
『ま、抱けますね』
『ちょ…っ十さん!?』
『おい、てめ…龍!!』
トーク番組のためのキャラづくり、には全然見えないんだけど。
何気なくそう考えながら、千は手の焼ける相棒と後輩に、やれやれと息をついた。
・・・
ぱたん、と静かにドアを閉める。
先日の状況とは逆。ソファの前で座っているのは楽、その楽へ近寄るのはサツキだ。
「…反省中?」
「反省中。すげぇ情けねぇ」
頭を深く下げ、目を伏せる楽。強調された睫毛の長さと通った鼻筋は、まるで作り物のように綺麗だ。
サツキは見惚れそうになりながらも、反省モードの楽の横に並んで座った。
数日ぶりだからだろうか、妙に緊張する。
その緊張感のせいか楽の言葉を待っていたサツキの肩に、楽の腕がするりと回された。
「妙な状況だったとはいえ…サツキを信じられなかった、俺が悪い」
「えっ…そんな、俺が隠し事してたのは事実だし」
「いや。お前は〝牧野サツキ”を全うしてただけだろ」
楽の声が耳元で響く。くすぐったいのは、吐息がかかる耳と、胸の奥と。
耐え切れずに楽の胸を小さく押すと、体を起き上がらせた楽と目があった。
真っ直ぐ視線は逸らされないけれど、しゅんと下がった眉はあまりに楽らしくない。
「…なあ、何か、俺にして欲しいことねぇの?何か、してやんなきゃ気が済まねぇんだけど」
楽の覇気のない声に、サツキは困惑しながら迷った。
今回の事はサツキにも非がある上に、楽に対して怒りはない。
しかもこれ以上楽に願う事なんて何も。
「あ…一つだけ、欲張りたいことがあるんだけど…」
「何でもいい、聞かせてくれ」
「今度コンサートで…一曲でいいから、俺のことだけ思って歌って欲しい」
TRIGGERの八乙女楽はサツキのものではない。だからこそ、これは我慢しなければいけない事だ。
我儘だと呆れられるだろうか。そんなサツキの不安は、楽の笑顔一つで解消された。
「はは、んなことでいいのかよ」
「んなことって…俺にとってはかなり重要なことだよ」
楽の手がサツキの頬を擦り、そのまま顔が寄せられる。
額と額が重なり、サツキは思わず目を閉じた。
「サツキにだけ、サツキだけを思って、歌ってやる」
「…うん」
「本当は…誰かに知られたっていい…」
囁かれた楽の想いとサツキの想いは同じだった。
本当は、この人は俺の大事な人ですと叫んでしまいたい。
「でも…ごめんな。俺たちは、一人じゃねぇから」
「分かってるよ」
頬をなぞった手がサツキの頭に回される。
唇が重なり、サツキは応えるように楽の背へ手を回した。
この数週間後までもやもやとしている先輩がいることなど知らず。
さすがに勘づいてしまい、これから二人とどう接したら良いのか悩んでいるメンバーがいることも知らず。
犯している罪を考えてしまわないように、二人は朝まで強く抱き締め合っていた。
(第十三話・終)
追加日:2018/07/22
移動前:2017/01/28