八乙女楽(IDOLiSH7)
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・ドラマの話
●原作の情報
一部の層から高い評価を得た小説。
前編と後編で主人公が異なり、前編の主人公は拓実、後編の主人公は春加。
前編は一般的な青春恋愛小説。
拓実と清水の二人が様々な嫌がらせに巻き込まれながらも、所属する演劇部の公演を成功させるために立ち向かう。
後編は嫉妬にまみれた男の三角関係。
拓実と清水の青春の裏で行われていた嫌がらせの真相と春加の葛藤が語られる。
ドラマではラストにのみ後編で描かれた真相を挿入する。
●登場人物
・拓実
大学1年、演劇部に入部して清水と出会う。
同じ学科の春加とは小学校からの腐れ縁であり親友。
初めての舞台で清水と共に主演に抜擢されるが、自分がやったかのような痕跡のある清水への嫌がらせに頭を悩ませることになる。
・清水
拓実と同じく演劇部に入部した女性。
拓実と共にいた春加に好意を向けられ、困惑している。
台本がぐしゃぐしゃにされた状態で鞄から見つかる。
・春加
拓実、清水と同じ大学、同じ学科。拓実の幼馴染。
・楢崎
同大学3年の演劇部部長。
拓実と清水を主演に抜擢する。
●ストーリー
何よりもまず人の事を考えるお人好しな拓実と、可愛らしい容姿ながら可愛らしい女性に目がない軟派な春加。
幼なじみで、無二の親友。小学校から高校まで同じ学舎で育ち、当然のように同じ大学へ進学。
一見恋人同士にすら見える距離感。
それは拓実が演劇部に入部した事で、変わり出した。
「そういえば、すぐに新入生お披露目公演の準備始めるって、聞いた?」
「聞いた!確かシェイクスピアの喜劇…なんてタイトルだったかな…恋愛ものだって。なんか恥ずかしいよね」
部室の壁際に座り、仲良さそうに言葉を交わす男女。
照れくさそうに頬を赤らめる清水に、拓実は優しげな笑みをつくる。
その時、部室の外でばたばたと慌ただしく足音が鳴った。
「あ!待って君、ちょっと…」
続けて聞こえて来たのは、演劇部部長の楢崎の声。
楢崎は落ち込んだ様子で部室に入って来た。
「逃げられた!超有望な演劇部志望っぽい子がいたのに!」
楢崎の同学年である三年生たちが、またかよと呆れた様子で楢崎の背を叩く。
顔を上げた楢崎の視線の先には、仲睦まじい様子の拓実と清水。
「そこ!いいね!決めた!メインカップルはそこの二人にしよう!」
拓実と清水は驚き見つめ合った。
・・・
翌日、拓実と春加は肩を並べて登校していた。
いつものように春加の腕は拓実の腕に絡みつく。
「演劇部どう?楽しいんだ?」
「まだどうなるか分かんないけどな。でも、楽しいよ。わくわくしてる」
笑顔を見せる拓実に対し、春加は少しつまらなそうな顔をする。
「拓実くん!」
後ろから声をかけられ、拓実と春加は振り返った。
駆け寄って来る清水に、嬉しそうに破顔する拓実。
「拓実くん、おはよう!ちょっといい?」
「どうかした?」
拓実が春加の手を払う。
「明日読み合わせ行うからって、先に台本もらっちゃったんだ。拓実くんの分、コピーしておいたから。はい」
「お、サンキュ」
「ドキドキするね。拓実くんも初舞台でしょ?」
他愛のない会話に花を咲かせる二人。
それをじっと後ろから見つめる春加。
会話を終えて清水が立ち去ると、春加は拓実の腕を掴み顔を寄せる。
「今の子、超可愛いじゃん。何、演劇部?」
「へ?あぁうん。学科も同じだよ」
「そんなんだ。じゃあ必修なら間違いなく会えるわけだ。俺、あの子の事好きかも」
女性と見ればすぐに同じ反応を示す春加に、拓実の顔が曇った。
「…またかよ、お前」
「またじゃないよ。今回は本気」
その表情は確かに真剣で、拓実は困ったように頬をかいた。
・・・
翌日の朝、いつも校門で待ち伏せする春加の姿がなく、拓実は辺りを見渡しながら歩く。
春加を見つけられないまま教室に行くと、春加は清水と談笑していた。
「…あ!拓実、おはよ」
「拓実くん、おはよう」
「お、おう…何、俺の知らない所で仲良くなってんの」
「校門で拓実のこと待ってたんだけど、彼女のこと見かけたからさ。じゃね」
春加は清水に手を振って席を立つ。
それから拓実の腕を掴み、別の席へ。
「よ、良かったのか?」
「講義は仲良い女友達と受けたいでしょ。こういうのは程よい距離感が大事なの。っていうか拓実、俺まじだから。協力してくれよな」
「あぁ…うん、分かってる」
拓実は笑って返したが、複雑な心境だった。
・・・
翌日、拓実は緊張した面持ちで部室に入った。
初めての台本読み合わせ。他のメンバーはオーディションを兼ねているのに、拓実と清水はメインに固定して行うらしい。
勿論結果次第では、主役を降ろされるかもしれない。
「おはようございま…、ってどうしたんですか」
部室のざわつきに気付く拓実。
駆け寄ったそこにいたのは、泣いている清水。
「何があったんですか?」
「彼女の台本が…」
名前も知らない先輩が振り返る。
清水の鞄の中には切れた紙の残骸。その切れ端には清水のセリフが書かれている。
「私が鞄を教室に忘れてきて…、部長が持ってきてくれた時にはもう…」
誰もが内心今年の新入生の誰かだろうと疑った。
オーディションも無しにヒロインの名をもらった清水への嫉妬が、その犯行をさせたのだと。
「心あたりは?」
「……、わからない」
どこか含んだような清水の沈黙。
清水への嫌がらせは、これが始まりに過ぎなかった。
・・
昨日は部室に置いたままの清水の筆記用具がなくなり、何故か拓実の鞄から出てきた。
部室にあった清水の台本に誹謗中傷が書かれることもあった。
「…今日は、ハンカチ…」
部室で呆然とする清水に寄り添う拓実。
次第に部員は一番近くにいる拓実を怪しみ始めていた。
嫌がらせが出来る状況にあったのは拓実だけだった、と。実は清水とやりたくないんじゃないのか、と。
拓実はゴミ箱に捨てられたそれを一瞥し、清水の肩に手を置いた。
「清水さん、本当に心当たりはない?」
「…」
躊躇う表情。
清水はゆっくりと口を開く。
「実は…、台本が破かれた日ね、…あの人と会ってたの」
部室に向かう途中の清水。
ある教室のドアが突然開き、清水は腕を引っ張られた。
「こんにちは。これから部活?」
「び、びっくりした…そうだけど。春加くん、どうしたの?」
「うん。はっきり言っておこうかと思って。俺、君の事好きになっちゃったみたい。付き合ってよ」
「そんな…最近知り合ったばかりなのに、無理だよ」
清水には、春加が本気でないとすぐに分かった。
しかし春加は苛立った様子で清水の腕を掴む手に力を加えた。
「どうして?知り合ったばかりで駄目なら、付き合ってみてよ。俺のこと好きになれるかもしれないだろ?」
「…や、いや、放して…」
「ね、お願い。ほんとに好きなんだ。お願い」
「っごめんなさい!」
駆け出した清水は、肩からずり落ちた鞄をそのまま教室へ置いてきてしまった。
「部長は、私が教室から走って出てくの見てたんだって。部室に来てから私が鞄忘れたって言ったら、取りに行ってくれて…それで、その時には…」
「まさか、春加が…」
「拓実くんと仲良いの知ってたし、疑いたくなくて…でも、ほかに、心当たりなんて…」
「、話してくれてありがとう。俺が、聞いてみるよ」
悔しそうに涙を流す清水。
拓実は清水の頭を撫でると、ほんの少しだけ抱き寄せた。
・・・
翌日、拓実は春加を呼び出した。
昼食を食べに集まる学生ホール。コンビニの袋を手にぶら下げた春加は、拓実を見つけると、嬉しそうに駆け寄った。
「最近部活部活で全然会えなかったのに、急にどうした?」
「…春加、聞きたいことがあるんだけど…。清水さんの事、」
「え?あぁ、今アプローチ頑張ってるとこ。邪魔すんなよな」
「なら、どうして酷いことするんだよ」
拓実の言葉に、春加は不思議そうに顔を上げた。
「何?酷いことって。あぁ、ちょっと焦って困らせちゃったけど、それのこと?」
「違う!台本のこととか、筆記用具のこととか、ハンカチのことだよ!」
「…ごめん、何のことだか分からないんだけど」
拓実は呆然としたまま、春加の頬をつんと指先で突いた。
「嘘…じゃないよな。お前、嘘吐いたら頬膨らむ癖、あるし…」
「え!?嘘、俺そんなクセあんの!?」
「そっか…春加じゃないのか…」
安堵と同時に、拓実は更なる謎に首を捻る。
「何かあったのか?」
「…実は、清水さん、ここ最近ずっと嫌がらせ受けてて…」
「は?それの犯人が俺だって疑ってたのか?そんなん、どう考えたって彼女へ嫉妬する女子部員が犯人じゃん」
「それが、疑われてるの俺なんだよな…」
「は?え、なんで?」
事情を説明すると、春加は首を捻って考え込んだ。
誰かが何かを仕組んでいるとしか思えないからだ。
「何とか犯人見つけられないかな…このままじゃ本番まで彼女が辛いばっかりで」
「ふうん…」
拓実がそう言うと、春加は急に興味を失った様子でコンビニ袋から取り出したおにぎりを頬張りだした。
・・・
拓実の不安は一つ解消されたものの、清水への嫌がらせはまだ続いていた。
しかし稽古は順調に進み、拓実と清水の演技は恋人そのものになっていた。
「清水さん、大丈夫?」
「…うん、辛いけど、でも稽古の間は忘れていられるんだ」
「そっか。良かった」
稽古の休憩時間、二人寄り添い言葉を交わす。
「拓実くんがこうやって声かけてくれるし、一人じゃないから」
「ごめん。こんなことでしか力になれなくて…」
「ううん、拓実くんがいてくれて良かった」
微笑む清水に見惚れる拓実。
その時、稽古場の外から荒げた声が聞こえて来た。
「貴方誰!?ちょっと待ちなさい!」
同じ学年の女子部員の声。
拓実は一度清水を見てから教室の外へ出た。
「何かあった?」
「あ、拓実くん!今知らない男の子が部室を覗いてたの。もしかして例の…犯人じゃないかと思って」
「ど、どんな人だった!?俺、追いかけるよ」
「水色の服を着てて…パーカーの…。女の子みたいな顔してたけど、背は高かったから、男の子だと思うんだけど」
「…っ、」
その特徴は、今朝見た春加と合致していた。
拓実は慌てて女子部員の指さす方へ走り出した。
廊下の窓から外を見ると、春加が校舎から出ていくところだった。
「…そんな…やっぱり、春加が…?」
慌てて春加の携帯に電話をかける。
しかし春加が出ることはなかった。
春加は携帯の画面を見下ろしてから、窓の向こう、部室に戻っていく拓実を見上げる。
「…拓実」
その声は、怒りに震えていた。
・・・
ついに迎えた本番。
あの日、春加の背中を見た日以降、嫌がらせは起きていなかった。
「何もなく、迎えられて良かったね。頑張ろう、清水さん」
「うん!」
舞台袖で見つめ合い、手を握り合う。
この日まで支え合った二人に芽生えた感情は、友情を超えていた。
舞台に立ち、のびのびと演技をする二人。
それを見る演劇部部員は、声を潜めて言った。
「破かれた衣装、練習用のものだったんだって」
「怖いよね。本番成功させないつもりだったんだよきっと」
「本番の衣装が分からなかったってことは、やっぱり部外者が犯人だったんだね」
今朝、起こった最後の嫌がらせは衣装の破壊。
しかし衣装は本番用のものではなく、それで部外者が犯人だったのだと明確になった。
舞台は成功する。
拓実は千秋楽を終えた後、春加に再び声をかけた。
誰もいない教室、拓実の待つ教室に春加が現れる。
「どうしてだよ、春加…」
拓実の声に、春加は眉を寄せる。
泣きそうな顔をしながら、春加は拓実に歩み寄った。
「なんで酷いことしたんだよ。彼女のこと、どうして悲しませるようなことしたんだ…!好きなんじゃなかったのか!」
拓実の怒りに、春加は小さく首を横に振る。
「なあ、やっぱり譲れないよ。彼女のことは…俺が」
「俺が、悪い奴だから…?」
「わかんない、春加…お前が何を考えてんのか分かんねぇよ」
「そう、ずっと一緒にいたのに…やっぱり俺のことなんて、何も考えてくれなかったんだね」
春加は拓実の正面で立ち止まり、肩に手を置く。
そして唇を奪った。
「はは、ざまあみろ。どうせ彼女とのキスもまだなんだろ?俺が奪ってやった!はは!」
「春加!」
「じゃあな、俺との間接キスでも楽しめばいい!」
春加はそう言って教室から出て行った。
入れ替わるように、清水が教室に入って来る。
「…拓実くん」
「ごめん、清水さん。ごめん」
「ううん、有難う」
見つめ合い、抱き締め合う二人。
二人の想いは重なった。
・・・
「くそ、なんなんだよ」
噛み殺すように言葉を吐き出した春加は、誰もいない演劇部の部室に忍び込んだ。
机に置かれている拓実の衣装を握り締める。
「こんなもの!」
乱暴に掴み上げ、引き裂こうと左右に引っ張るが、その手は背後から掴まれていた。
振り返る春加。冷めた目で見下ろすのは、楢崎。
「やっと、捕まえた」
楢崎の手が春加の肩を掴む。
そのまま衣装の広がる机の上に押し倒された。
「この日を待ってたよ。良かった、全部上手くいって」
「まさか…」
「あの日から、君のことを考えない日はなかった。ああ、やっと俺のものだ」
楢崎の唇が春加の首をなぞる。
楢崎の手は春加の服をまくり上げ、腹部を撫でた。
二人が初めて会ったのは、とあるホテル。ベッドの上。
それが同じ大学に入学した事を知り、春加は拓実に惚れているのだと気付く。
男を漁って溺れる程に拓実への思いを募らせているのだと。
楢崎は嫌がらせを行っていた。
まるで清水への嫌がらせの犯人が春加であるかのように。
「愛してるよ」
恍惚に笑みを浮かべる楢崎と、悔しそうに涙を浮かべる春加。
二人の唇が重なった。
「…拓実」
その声が拓実に届くことはない。
(終・ドラマの話)
追加日:2018/05/28
●原作の情報
一部の層から高い評価を得た小説。
前編と後編で主人公が異なり、前編の主人公は拓実、後編の主人公は春加。
前編は一般的な青春恋愛小説。
拓実と清水の二人が様々な嫌がらせに巻き込まれながらも、所属する演劇部の公演を成功させるために立ち向かう。
後編は嫉妬にまみれた男の三角関係。
拓実と清水の青春の裏で行われていた嫌がらせの真相と春加の葛藤が語られる。
ドラマではラストにのみ後編で描かれた真相を挿入する。
●登場人物
・拓実
大学1年、演劇部に入部して清水と出会う。
同じ学科の春加とは小学校からの腐れ縁であり親友。
初めての舞台で清水と共に主演に抜擢されるが、自分がやったかのような痕跡のある清水への嫌がらせに頭を悩ませることになる。
・清水
拓実と同じく演劇部に入部した女性。
拓実と共にいた春加に好意を向けられ、困惑している。
台本がぐしゃぐしゃにされた状態で鞄から見つかる。
・春加
拓実、清水と同じ大学、同じ学科。拓実の幼馴染。
・楢崎
同大学3年の演劇部部長。
拓実と清水を主演に抜擢する。
●ストーリー
何よりもまず人の事を考えるお人好しな拓実と、可愛らしい容姿ながら可愛らしい女性に目がない軟派な春加。
幼なじみで、無二の親友。小学校から高校まで同じ学舎で育ち、当然のように同じ大学へ進学。
一見恋人同士にすら見える距離感。
それは拓実が演劇部に入部した事で、変わり出した。
「そういえば、すぐに新入生お披露目公演の準備始めるって、聞いた?」
「聞いた!確かシェイクスピアの喜劇…なんてタイトルだったかな…恋愛ものだって。なんか恥ずかしいよね」
部室の壁際に座り、仲良さそうに言葉を交わす男女。
照れくさそうに頬を赤らめる清水に、拓実は優しげな笑みをつくる。
その時、部室の外でばたばたと慌ただしく足音が鳴った。
「あ!待って君、ちょっと…」
続けて聞こえて来たのは、演劇部部長の楢崎の声。
楢崎は落ち込んだ様子で部室に入って来た。
「逃げられた!超有望な演劇部志望っぽい子がいたのに!」
楢崎の同学年である三年生たちが、またかよと呆れた様子で楢崎の背を叩く。
顔を上げた楢崎の視線の先には、仲睦まじい様子の拓実と清水。
「そこ!いいね!決めた!メインカップルはそこの二人にしよう!」
拓実と清水は驚き見つめ合った。
・・・
翌日、拓実と春加は肩を並べて登校していた。
いつものように春加の腕は拓実の腕に絡みつく。
「演劇部どう?楽しいんだ?」
「まだどうなるか分かんないけどな。でも、楽しいよ。わくわくしてる」
笑顔を見せる拓実に対し、春加は少しつまらなそうな顔をする。
「拓実くん!」
後ろから声をかけられ、拓実と春加は振り返った。
駆け寄って来る清水に、嬉しそうに破顔する拓実。
「拓実くん、おはよう!ちょっといい?」
「どうかした?」
拓実が春加の手を払う。
「明日読み合わせ行うからって、先に台本もらっちゃったんだ。拓実くんの分、コピーしておいたから。はい」
「お、サンキュ」
「ドキドキするね。拓実くんも初舞台でしょ?」
他愛のない会話に花を咲かせる二人。
それをじっと後ろから見つめる春加。
会話を終えて清水が立ち去ると、春加は拓実の腕を掴み顔を寄せる。
「今の子、超可愛いじゃん。何、演劇部?」
「へ?あぁうん。学科も同じだよ」
「そんなんだ。じゃあ必修なら間違いなく会えるわけだ。俺、あの子の事好きかも」
女性と見ればすぐに同じ反応を示す春加に、拓実の顔が曇った。
「…またかよ、お前」
「またじゃないよ。今回は本気」
その表情は確かに真剣で、拓実は困ったように頬をかいた。
・・・
翌日の朝、いつも校門で待ち伏せする春加の姿がなく、拓実は辺りを見渡しながら歩く。
春加を見つけられないまま教室に行くと、春加は清水と談笑していた。
「…あ!拓実、おはよ」
「拓実くん、おはよう」
「お、おう…何、俺の知らない所で仲良くなってんの」
「校門で拓実のこと待ってたんだけど、彼女のこと見かけたからさ。じゃね」
春加は清水に手を振って席を立つ。
それから拓実の腕を掴み、別の席へ。
「よ、良かったのか?」
「講義は仲良い女友達と受けたいでしょ。こういうのは程よい距離感が大事なの。っていうか拓実、俺まじだから。協力してくれよな」
「あぁ…うん、分かってる」
拓実は笑って返したが、複雑な心境だった。
・・・
翌日、拓実は緊張した面持ちで部室に入った。
初めての台本読み合わせ。他のメンバーはオーディションを兼ねているのに、拓実と清水はメインに固定して行うらしい。
勿論結果次第では、主役を降ろされるかもしれない。
「おはようございま…、ってどうしたんですか」
部室のざわつきに気付く拓実。
駆け寄ったそこにいたのは、泣いている清水。
「何があったんですか?」
「彼女の台本が…」
名前も知らない先輩が振り返る。
清水の鞄の中には切れた紙の残骸。その切れ端には清水のセリフが書かれている。
「私が鞄を教室に忘れてきて…、部長が持ってきてくれた時にはもう…」
誰もが内心今年の新入生の誰かだろうと疑った。
オーディションも無しにヒロインの名をもらった清水への嫉妬が、その犯行をさせたのだと。
「心あたりは?」
「……、わからない」
どこか含んだような清水の沈黙。
清水への嫌がらせは、これが始まりに過ぎなかった。
・・
昨日は部室に置いたままの清水の筆記用具がなくなり、何故か拓実の鞄から出てきた。
部室にあった清水の台本に誹謗中傷が書かれることもあった。
「…今日は、ハンカチ…」
部室で呆然とする清水に寄り添う拓実。
次第に部員は一番近くにいる拓実を怪しみ始めていた。
嫌がらせが出来る状況にあったのは拓実だけだった、と。実は清水とやりたくないんじゃないのか、と。
拓実はゴミ箱に捨てられたそれを一瞥し、清水の肩に手を置いた。
「清水さん、本当に心当たりはない?」
「…」
躊躇う表情。
清水はゆっくりと口を開く。
「実は…、台本が破かれた日ね、…あの人と会ってたの」
部室に向かう途中の清水。
ある教室のドアが突然開き、清水は腕を引っ張られた。
「こんにちは。これから部活?」
「び、びっくりした…そうだけど。春加くん、どうしたの?」
「うん。はっきり言っておこうかと思って。俺、君の事好きになっちゃったみたい。付き合ってよ」
「そんな…最近知り合ったばかりなのに、無理だよ」
清水には、春加が本気でないとすぐに分かった。
しかし春加は苛立った様子で清水の腕を掴む手に力を加えた。
「どうして?知り合ったばかりで駄目なら、付き合ってみてよ。俺のこと好きになれるかもしれないだろ?」
「…や、いや、放して…」
「ね、お願い。ほんとに好きなんだ。お願い」
「っごめんなさい!」
駆け出した清水は、肩からずり落ちた鞄をそのまま教室へ置いてきてしまった。
「部長は、私が教室から走って出てくの見てたんだって。部室に来てから私が鞄忘れたって言ったら、取りに行ってくれて…それで、その時には…」
「まさか、春加が…」
「拓実くんと仲良いの知ってたし、疑いたくなくて…でも、ほかに、心当たりなんて…」
「、話してくれてありがとう。俺が、聞いてみるよ」
悔しそうに涙を流す清水。
拓実は清水の頭を撫でると、ほんの少しだけ抱き寄せた。
・・・
翌日、拓実は春加を呼び出した。
昼食を食べに集まる学生ホール。コンビニの袋を手にぶら下げた春加は、拓実を見つけると、嬉しそうに駆け寄った。
「最近部活部活で全然会えなかったのに、急にどうした?」
「…春加、聞きたいことがあるんだけど…。清水さんの事、」
「え?あぁ、今アプローチ頑張ってるとこ。邪魔すんなよな」
「なら、どうして酷いことするんだよ」
拓実の言葉に、春加は不思議そうに顔を上げた。
「何?酷いことって。あぁ、ちょっと焦って困らせちゃったけど、それのこと?」
「違う!台本のこととか、筆記用具のこととか、ハンカチのことだよ!」
「…ごめん、何のことだか分からないんだけど」
拓実は呆然としたまま、春加の頬をつんと指先で突いた。
「嘘…じゃないよな。お前、嘘吐いたら頬膨らむ癖、あるし…」
「え!?嘘、俺そんなクセあんの!?」
「そっか…春加じゃないのか…」
安堵と同時に、拓実は更なる謎に首を捻る。
「何かあったのか?」
「…実は、清水さん、ここ最近ずっと嫌がらせ受けてて…」
「は?それの犯人が俺だって疑ってたのか?そんなん、どう考えたって彼女へ嫉妬する女子部員が犯人じゃん」
「それが、疑われてるの俺なんだよな…」
「は?え、なんで?」
事情を説明すると、春加は首を捻って考え込んだ。
誰かが何かを仕組んでいるとしか思えないからだ。
「何とか犯人見つけられないかな…このままじゃ本番まで彼女が辛いばっかりで」
「ふうん…」
拓実がそう言うと、春加は急に興味を失った様子でコンビニ袋から取り出したおにぎりを頬張りだした。
・・・
拓実の不安は一つ解消されたものの、清水への嫌がらせはまだ続いていた。
しかし稽古は順調に進み、拓実と清水の演技は恋人そのものになっていた。
「清水さん、大丈夫?」
「…うん、辛いけど、でも稽古の間は忘れていられるんだ」
「そっか。良かった」
稽古の休憩時間、二人寄り添い言葉を交わす。
「拓実くんがこうやって声かけてくれるし、一人じゃないから」
「ごめん。こんなことでしか力になれなくて…」
「ううん、拓実くんがいてくれて良かった」
微笑む清水に見惚れる拓実。
その時、稽古場の外から荒げた声が聞こえて来た。
「貴方誰!?ちょっと待ちなさい!」
同じ学年の女子部員の声。
拓実は一度清水を見てから教室の外へ出た。
「何かあった?」
「あ、拓実くん!今知らない男の子が部室を覗いてたの。もしかして例の…犯人じゃないかと思って」
「ど、どんな人だった!?俺、追いかけるよ」
「水色の服を着てて…パーカーの…。女の子みたいな顔してたけど、背は高かったから、男の子だと思うんだけど」
「…っ、」
その特徴は、今朝見た春加と合致していた。
拓実は慌てて女子部員の指さす方へ走り出した。
廊下の窓から外を見ると、春加が校舎から出ていくところだった。
「…そんな…やっぱり、春加が…?」
慌てて春加の携帯に電話をかける。
しかし春加が出ることはなかった。
春加は携帯の画面を見下ろしてから、窓の向こう、部室に戻っていく拓実を見上げる。
「…拓実」
その声は、怒りに震えていた。
・・・
ついに迎えた本番。
あの日、春加の背中を見た日以降、嫌がらせは起きていなかった。
「何もなく、迎えられて良かったね。頑張ろう、清水さん」
「うん!」
舞台袖で見つめ合い、手を握り合う。
この日まで支え合った二人に芽生えた感情は、友情を超えていた。
舞台に立ち、のびのびと演技をする二人。
それを見る演劇部部員は、声を潜めて言った。
「破かれた衣装、練習用のものだったんだって」
「怖いよね。本番成功させないつもりだったんだよきっと」
「本番の衣装が分からなかったってことは、やっぱり部外者が犯人だったんだね」
今朝、起こった最後の嫌がらせは衣装の破壊。
しかし衣装は本番用のものではなく、それで部外者が犯人だったのだと明確になった。
舞台は成功する。
拓実は千秋楽を終えた後、春加に再び声をかけた。
誰もいない教室、拓実の待つ教室に春加が現れる。
「どうしてだよ、春加…」
拓実の声に、春加は眉を寄せる。
泣きそうな顔をしながら、春加は拓実に歩み寄った。
「なんで酷いことしたんだよ。彼女のこと、どうして悲しませるようなことしたんだ…!好きなんじゃなかったのか!」
拓実の怒りに、春加は小さく首を横に振る。
「なあ、やっぱり譲れないよ。彼女のことは…俺が」
「俺が、悪い奴だから…?」
「わかんない、春加…お前が何を考えてんのか分かんねぇよ」
「そう、ずっと一緒にいたのに…やっぱり俺のことなんて、何も考えてくれなかったんだね」
春加は拓実の正面で立ち止まり、肩に手を置く。
そして唇を奪った。
「はは、ざまあみろ。どうせ彼女とのキスもまだなんだろ?俺が奪ってやった!はは!」
「春加!」
「じゃあな、俺との間接キスでも楽しめばいい!」
春加はそう言って教室から出て行った。
入れ替わるように、清水が教室に入って来る。
「…拓実くん」
「ごめん、清水さん。ごめん」
「ううん、有難う」
見つめ合い、抱き締め合う二人。
二人の想いは重なった。
・・・
「くそ、なんなんだよ」
噛み殺すように言葉を吐き出した春加は、誰もいない演劇部の部室に忍び込んだ。
机に置かれている拓実の衣装を握り締める。
「こんなもの!」
乱暴に掴み上げ、引き裂こうと左右に引っ張るが、その手は背後から掴まれていた。
振り返る春加。冷めた目で見下ろすのは、楢崎。
「やっと、捕まえた」
楢崎の手が春加の肩を掴む。
そのまま衣装の広がる机の上に押し倒された。
「この日を待ってたよ。良かった、全部上手くいって」
「まさか…」
「あの日から、君のことを考えない日はなかった。ああ、やっと俺のものだ」
楢崎の唇が春加の首をなぞる。
楢崎の手は春加の服をまくり上げ、腹部を撫でた。
二人が初めて会ったのは、とあるホテル。ベッドの上。
それが同じ大学に入学した事を知り、春加は拓実に惚れているのだと気付く。
男を漁って溺れる程に拓実への思いを募らせているのだと。
楢崎は嫌がらせを行っていた。
まるで清水への嫌がらせの犯人が春加であるかのように。
「愛してるよ」
恍惚に笑みを浮かべる楢崎と、悔しそうに涙を浮かべる春加。
二人の唇が重なった。
「…拓実」
その声が拓実に届くことはない。
(終・ドラマの話)
追加日:2018/05/28