八乙女楽(IDOLiSH7)
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第十一話 ドラマ撮影に向けて
昼食を済ませた頃、鳴り響いたインターホンの音に、サツキはぱたぱたと玄関に走った。
喜びと緊張から逸る気持ちを抑えて、鼓動のリズムよりもゆっくりとドアを開く。
「サツキ、久しぶりー!」
眩しい笑顔を見せたその人は、サツキの気分に合わせるように勢いよく抱き着いて来た。
ふわふわの髪の毛が頬をくすぐり、男らしい爽やかな香水が香る。
「こら、モモ。サツキちゃんが困ってる」
その後ろからは澄み渡る程に美しい声。
サツキは押し倒されんばかりの勢いに耐えながら、視界にさらりと流れる髪の毛を映した。
「百さん、千さんも、お久しぶりです!」
「まあ僕はただの付き添いだけとね。モモが何しでかすか心配だったから」
「いやいや嘘!ユキも久しぶりにサツキに会いたいってついてきたんだからな」
「じゃあもうそれでいいから、離してあげなよ」
キャリアや人気の差を感じさせない、明るさと人懐っこさが魅力的な百。
落ち着いた態度と見た目とは裏腹に、百とのバラエティ満載なやり取りが魅力的な千。
二人はRe:valeというトップアイドルだ。
「もしかしてサツキ、やだった?あ、重かったか!」
「いえ、俺はそんな…」
「モモ、前」
「前?って、うわ!」
千がちょいちょいと人差し指を前方に示す。
その指の方向を振り返った百は、慌ててサツキから体を離した。
そこに立っていたのは、腕を組みドアに肩を預けている八乙女楽だ。
「どうもお久しぶりです」
「おー楽も久しぶり!っつか怖い顔して立ってんなよ、客だぞ、客―」
「すみません、元々こんな顔なもので」
いつもより心なしか低いトーンで挨拶した楽の目は、じっとサツキの肩に乗せられた手を睨んでいる。
赤いネイルがお洒落な、百の手。
サツキはその視線の意味に気付き、百の手を掴んでくいと引っ張った。
「あの、とりあえず上がってください!」
「そうだねお邪魔しよう。モモ」
「ん!お邪魔しまーす!」
素早く客人用のスリッパを出してから、楽の背中を押して部屋に向かう。
部屋に入った百は「やっぱり広いなー」と感嘆の声を漏らしながら、大きなソファに腰掛けた。
「相変わらずこの家で二人きりなんだ。…楽くん、大丈夫?」
「なんですか、大丈夫って…大丈夫ですよ」
「いいなぁ、広い家とはいえ、サツキがいれば寂しくないよね、手料理とか美味そー」
「美味いっすよ。まあ、これは俺の特権なんで」
サツキとRe:valeにこれといった接点はない。
親密な関係を築けているのは、TRIGGERとRe:valeの繋がりの恩恵、そして彼等の人柄のおかげだろう。
一ファンであるサツキの緊張たるや計り知れないが、一方楽はソファに腰掛けた彼等の前で胡坐をかくと、鋭い視線で百を見上げた。
「それで、今回の百さんの役って…」
「主演に決まってるじゃん!」
「……っ!!」
気前よく返された答えに、楽が敗者のごとく項垂れる。
それを見た百はきょとんと目を開き、千は「ああ」と察して口元をにやけさせた。
「原作の小説読んだんだ」
「サツキが持ってたんで」
「まあサツキちゃんがどの役かなんて、見た目の特徴から分かるもんね」
話題は百が主演のドラマの話だ。
といってもアイドルファン向けの特別ドラマというのが本質で、一夜で終わる2時間もの。
サツキが今日、百を呼んだのも演技の教授のためだった。
撮影に向かう為の心構えとか、今回の役作りはとか。
「あの…まさかキスシーン、まじでやらないですよね」
サツキは用意した紅茶をテーブルへ置いたままピタと固まった。
楽の口から放たれた質問に、サツキの血の気が引いていく。
楽にドラマの内容を話した覚えはない。
「サツキ、練習しとく?」
「は、はい…?」
「キス」
百はソファから降りるとサツキのすぐ横で足を崩した。
首に腕が回され、肩と肩がぶつかる。鼻先が触れてしまいそうなくらい顔が近い。
「い、いいです!いいです!本番一発で決めてますから!」
「あれ、ばらしちゃうんだ」
意外そうに千が呟き、サツキははっと口を掌で覆った。
別に隠すつもりはなかったのだ。言い辛い上にわざわざ言うのもおかしいと思って言及しなかっただけ。
サツキは結局隠すことになってしまった手前、恐る恐る楽を覗き見た。
「あの楽…」
「いやあ、ごめんねお兄さん!俺ちゃんとサツキのこと大事にするからさ!」
「脚本以外のことしたら、いくら百さんでも怒りますよ」
しかめっ面ではあるが、普段通りの楽だ。
サツキは呆気にとられて、思わず茫然と楽を見つめてしまった。
なんだ、全然、気にならないんだ。
「何?束縛兄貴のこと気にしてるの?」
「えっ、そ、束縛兄貴…?」
「最近本性出して、バラエティ番組でもサツキちゃんのこと話すようになったでしょ。俺のもんだオーラすごいよ」
「そりゃ、可愛い可愛い後輩ですから」
千の指摘に顔を上げた楽と目が合う。
思わず胸が跳ねて、サツキはぱっと目を逸らしてしまった。
「いい機会じゃない?話題が八乙女楽と牧野サツキから逸れるよ。Re:valeの二人を裂くのは牧野サツキだってね」
「そ、そんな、困ります」
「ちょっと、いつでもどこでも俺のNo.1はユキだよ!」
「サツキとキスできるやったーとか言ってたの誰だっけ?」
細められた千の目に、百がサツキの後ろに隠れきれない体を隠す。
千はハァッと溜め息を吐き、唐突に楽の方へ手を伸ばした。
「あーあ、お互い残り物でやんなっちゃうね。こっちもいちゃついてみる?」
「はい?」
「ほら、顔上げて」
くいと千の細い指が楽の顔を持ち上げる。
ソファで足を組み見下ろす千と、膝をついたまま見上げる楽。
まさにドラマのワンシーンを見紛う、淫靡な空気が漂う。
「だ、駄目駄目!浮気禁止!!」
それも束の間、百の声がそれを吹き飛ばすと、千は笑いながら楽から手を離した。
既に彼の演技は終わっている。
しかしサツキは一瞬の余韻に引き込まれたまま、千を見つめ続けた。
「おや、サツキちゃんはどうしたのかな」
「す、すみません。あまりに素敵で、感動しちゃいました」
「何が素敵?」
「な、なんでしょう…世界観…とかでしょうか」
熱くなってしまった頬を掌で仰ぎながらそう言うと、三人揃って目を丸くした。
ブッと息を吐き出し笑いだすのは百、困ったように眉を下げる千、楽は呆れ気味にため息を吐く。
「ちょっとサツキ!違うよ今は、そういう反応求めてないから!」
「ほんと、なんでモモばっかり可愛い反応しちゃうかな」
「え、可愛かった?」
「モモはいつでも可愛いよ。サツキちゃんの次に」
二人の作り出す空間は、例えカメラがなくても変わらない。
思わず笑ってしまったサツキは、口元を手で覆いながらチラと楽を伺った。
なんだか、妙だ。怒っているでもない、悲しんでいるでもない。
「あの…楽…?」
恐る恐る体を乗り出し声をかける。
すると楽は、サツキの頭をくしゃと撫でてから立ち上がった。
「すみません、俺この後予定あって、先出ます」
「ありゃ、そうだったの?忙しいときに押しかけてゴメン!」
「いえ俺は…今回は部外者ですから」
事実を述べただけの楽の声が冷たい。
サツキは不安に眉を寄せたまま、出ていく楽の背中を見送った。
「いってらっしゃーい!」
ぶんぶんと腕を振る百に軽く手だけ上げた楽がドアの向こうに消える。
ソファに座った二人を見上げたサツキは、一度きゅっと唇を噛んだ。
「なんか、すみません。俺…」
「ん?どした?謝るとこなんて何もなかったよ?」
「でもなんだか…上手くいってない、気がして…」
何が、というわけでもないのだ。
ただ何か、思う通りにいかない。妙に噛み合わなくて、どこかスッキリしない。
しゅんと眉を下げたサツキを前に、千と百は視線を合わせた。
「…そういえば、楽くんもとうとう標的になってたね?」
「え、標的?」
「週刊誌の…、ってもしかしてサツキちゃん知らなかった?」
千が驚いた様子で切れ長の目を開く。
その横であちゃーっと百が額を押さえ、その押さえた手の上から更に千がパシッと叩いた。
「あ、あのそれって…」
「いや全然全然!大した事はないけどね!無理やり二人きりに見えるようにとったような!?」
「でも相手の女性は結構本気らしいよ。写真だってプライベートでのキスっぽいような…」
「だああ!ユキ!」
週刊誌で標的。それだけで大体想像がつく。
また何か厄介な記事を書かれてしまったのだろう。
サツキは口を開いたまま、どこに置いて良いか分からない視線を泳がせた。
そもそも今更キスの一つや二つ、楽にとっては大した問題ではないのだろう。
サツキがドラマのワンシーンでぐるぐる考えるのなんて、きっと馬鹿らしいことだ。
「今度はちゃんと嫉妬したね」
「…え?」
「相変わらず楽くんが片思いこじらせ続けてるのかと思った」
千が優しい顔で微笑んでいる。
サツキはドキと高鳴った胸を片手で押さえつつ、ごくりと唾を呑んだ。
綺麗だ、などと見惚れている場合じゃない。まさか、バレて、なんて。
「でも俺、楽の気持ちわかるよ。サツキ可愛いもん、俺だってこんな弟いたら大事にしちゃう」
「ん、モモは純粋で可愛いね」
「え!?なになに、なんで!?」
百の肩を抱きながら、千はサツキにウインクしてみせた。
千の目は、何もかも見透かしているような気がする。
思わず口ごもり俯いてしまったサツキだったが、それに気付かない百は「それにしても!」と続けた。
「楽のブラコンは結構重症だなー。あんなでサツキのラストシーン耐えられるかな」
「ラストシーン…って確か、もう一人の」
「真犯人とのシーンが俺とのより結構ハードなはずだよね?」
百は自分の鞄に手を伸ばし、そこに入れていた脚本をぱさと取り出した。
まだもう一人のキャストは発表されていない。
監督曰く、「まさかの黒幕!っていうシーンだから、あえてキャストにも撮影の日まで秘密にしちゃおう」ってことらしい。
「完全にファン向けのサービスシーンだよね。サツキ、乳首初お披露目なんでしょ?」
「っ、そ、その言い方恥ずかしいですよ…!」
「初めてのドラマ出演だしね、サツキちゃんへの注目は大きいから」
「そう…だといいんですけど。ちゃんと爪痕残せるように、なんだってする覚悟は出来てますし…」
多少脱ぐくらいどうってことない。キスシーンだって耐えられる。
早く楽に相応しい人間になりたいからだ。
キスシーンの一つや二つ、全く動揺しない楽みたいに。
「サツキ?」
「あ、いえその、俺なんかに、色っぽい演技なんで出来るでしょうか…」
「出来る出来る!サツキ、歌ってる時いっつもエロいもん!」
「艶があるって言いなさい」
千と百がいつもと変わらない調子で笑い合う。
サツキはそれに合わせて微笑みながらも、もやもやとした気持ちでドアを見つめていた。
・・・
0時を回って暫く、楽はまだ帰って来ない。
百と千から聞いた、久しぶりのゴシップ記事。
今日はその人も出演しているドラマの撮影なんじゃないの、と千が言っていた。
「…俺ばっかり…」
いちいち気にして馬鹿みたいだ。
サツキはソファに乗り上げた足を抱えて小さくなった。
今楽は何をしているだろう、あの手に、あの声に、何人の女性が心惹かれるのだろう。
「八乙女楽は…俺のものじゃない。分かってるよ…」
独り言で沈黙を紛らわせても胸のしこりは無くならず、 サツキは息を吐いて目を閉じた。
家族三人で過ごした時間はほとんどないのに、家族二人では大きすぎる家。
一人じゃ寒い。心細い。寂しい。
「……、サツキ?」
「っ!」
予期せず聞こえてきた声に、サツキはばっと顔を上げた。
驚いた顔をして立っている楽は、鞄をずりとそこに下ろし、サツキに駆け寄ってくる。
サツキは思わず自分の頬に触り、濡れていない事を確かめてから微笑んだ。
「なんで起きてんだよ、お前…!」
「おかえり、楽」
「ただいま、じゃなくて、寝てろって。今何時だと思ってんだ…」
口調は乱雑なのに、楽の手はサツキの頬を撫で、優しく髪を梳く。
その瞬間ふわと漂った楽と違う香りに、サツキは思わず身を引いていた。
「あ、俺…ごめん…」
「…なんでだよ、参ってんのは俺の方だってのに…。あの後、千さんと百さんに何かされたのか?」
楽は一瞬寂しそうに眉を寄せたが、すぐに優しい表情に戻った。
優しい、サツキだけの楽だ。
それでも不安で苦しくて胸が痛いのは、たぶん欲張りで、身勝手な自分のせい。
「そ、そうだ、今日の…。お、女の人に、何かされてない?」
「は?」
「共演者に、その、…なんか、噂、」
「あー、知ってんのか。大したことじゃねぇよ」
楽がサツキの腕を掴んで立たせようとする。
いいから早く寝ろと急かす楽に、サツキはその手を弾き抵抗していた。
「俺には、大したことだよ」
ぽつりと零れた、自分でも驚く程冷たい声。
サツキは自分の腕をぎゅっと掴み、それでも抑えの効かない気持ちを溢れさせた。
「自分が楽と同じ立場になって、俺は、楽の事考えて…楽に、どう説明しようって」
「…」
「牧野サツキと楽の牧野サツキは違うなんて言っておいて…混同してる」
それは楽のことだって同じだ。
サツキだけの八乙女楽と八乙女楽は違う、言い聞かせても、結局その体は一つしかない。
「俺、楽みたいに普通の顔してられない…!全部気になって仕方ないよ!」
訴える声が大きくなり、サツキは羞恥心から顔を下げた。
頭上から聞こえてくるのは小さな溜め息。
サツキは慌てて再び口を開いた。
「っ、違うよ、楽に気にして欲しいとかじゃなくて!お、俺が、駄目だって話…!」
「違ぇ」
「ち、違くない!俺が、楽みたいに出来ないから…ホント、馬鹿で、こんな馬鹿みたいに遅くまで待ったりして…」
無理矢理笑顔をつくって、役作りのために少し伸び始めた髪をくしゃと掴む。
それでも楽はサツキから目を逸らす事無く、静かに首を横に振った。
「なんで、俺は気にしてないなんて思ったんだよ」
少し苛立ったような声。
サツキは驚き楽を凝視した。
「だって、さっき…、俺の役のことなんて全然気にしてなかった…」
「千さんが勘付いてるっぽかったから隠してただけだろ。隠せてた…かは微妙だけどな」
「え…」
「俺だって、サツキが他の奴に触れるなんて正直嫌だよ。相手が百さんだろうと」
楽が心なしか色付いた頬をかき、徐にサツキの横に腰掛ける。
そのままソファの背に体を預けて腕を組むと、楽は上を向いて目を閉じた。
「はあ…ったく、俺がどんだけ長い間お前の事思い続けたと思ってんだ」
「し、信じてないとかじゃないよ」
「分かってるよ。ただ、心外だと思っては」
楽の腕がサツキの肩に回される。
サツキが楽に体を寄せると、楽も同じように体をサツキの方へ傾けた。
「まさかお前が、俺以外の男とキスなんて…」
「俺だって嫌だよ。するのも、見るのも…楽が女性に触るところなんて、本当はもう見たくない」
「だよな。お前の俺の出演してるドラマ見てる顔、すげぇ面白い」
「え!お、面白い?」
「百面相。赤くなったり青くなったり」
楽もそうなってくれるのだろうか。
チラと楽を上目で見ると、視線に気付いた楽がふっと微笑んだ。
「でも俺は、この仕事が好きだ。TRIGGERで良かったと思ってる」
「俺も、…」
自分も、TRIGGERである楽を見ているのは好きだ。
じゃあ、自分は。
そう考えたら、すぐに言葉が続かなかった。
「俺は…牧野サツキが、歌ってるの…歌うのが、好き」
「サツキ…」
「あ、俺また楽に心配かけちゃってるかな。大丈夫、俺は…」
言葉を探し、口を噤む。
楽は眉を下げたままフッと笑うと、ソファに足を乗せて体を横に倒した。
柔らかくもないだろうサツキの足を枕にして、気持ちよさそうに目を細める。
「ごめんな」
「…謝らないでよ…」
「泣くなよ」
「泣いてない」
楽の手がサツキの頬に重なる。
サツキは楽の柔らかい頭を撫でて、愛しさに頬を緩ませた。
「…このまま、寝ちまいたいな」
「え?ふふ、いいけど、俺、楽の寝顔ずっと見ちゃうよ」
「いいよ、お前のもんだ」
そう言いながら楽が目を閉じる。
サツキはその髪を指で梳き、苦しい程の胸の高鳴りに息を吐き出した。
・・・
八乙女楽のスキャンダルが週刊誌に掲載されて数日後。
関連する記事はそれ以降なく、事務所でも然程問題にならず過ぎ去るところだった。
それを、楽の前に突き付ける天。
それを見せられて顔をしかめる楽。
「この相手って、この前サツキのことストーカーしてた人でしょ」
「そうかもな」
「…何したの」
先日サツキから打ち明けられたストーカー被害。
その時サツキの携帯を回収した楽は、その相手が自分の共演者だと知った。
「別に、ドラマの撮影でちょっと親しくなっただけだろ」
「…ボク達は一人じゃないんだよ。TRIGGERを壊す気?」
「は?そんなわけねぇだろ」
「それも同然だって言ってんの」
怒気を孕んだ声に、動揺するのは見ていた龍之介の方だった。
楽がしたのは、女性の意識をサツキから逸らすための演技だ。
TRIGGERに影響が出ないという自信があってやった。実際に既に収束し出している。
「…天、今回のことはもういいじゃないか。結果サツキも解放されて、楽も…何もないんだろう?」
「そういう問題じゃない。TRIGGERの事を思うなら、もうこういう事はしないで」
冷たいようだが、天の言っていることは正しかった。
TRIGGERはグループだ。一人が何か問題を起こせば、全員が問題視される。
「気を付けるよ、でもな」
しかし、楽は声色を変えずに天と向かい合った。
「俺が歌うことでサツキが苦しむ事があったら、俺は歌えなくなると思う」
「…楽」
「お前達だってそうだろ。自分の夢より家族が大事だ」
天には七瀬陸が。そして龍之介には大事な弟達が。
二人は息を飲み、言葉なく見つめ合った。
「この手のスキャンダルは気を付けるよ。俺のせいでお前たちに面倒かけたなら謝る」
「…いいよ、まだかかってないから」
天が雑誌を乱暴にテーブルへ置く。
楽の気持ちを理解はできるが納得はできない。
だから余計に腹立たしいのだろう、天は顔をしかめたまま部屋を出ていった。
ばたんっとドアが激しく音を立てる。
龍之介は頭をかき、困ったように眉を下げた。
「…天の気持ちも、楽の気持ちも分かるよ。悲しいことが起きないのが一番だ」
人気になればなる程、敵が増える業界だ。
きっといつか、龍之介のような綺麗ごとでは済まなくなる。
楽は週刊誌の上に手を置き、ぐしゃと握りしめた。
(第十一話・終)
追加日:2018/05/19
移動前:2016/08/28
昼食を済ませた頃、鳴り響いたインターホンの音に、サツキはぱたぱたと玄関に走った。
喜びと緊張から逸る気持ちを抑えて、鼓動のリズムよりもゆっくりとドアを開く。
「サツキ、久しぶりー!」
眩しい笑顔を見せたその人は、サツキの気分に合わせるように勢いよく抱き着いて来た。
ふわふわの髪の毛が頬をくすぐり、男らしい爽やかな香水が香る。
「こら、モモ。サツキちゃんが困ってる」
その後ろからは澄み渡る程に美しい声。
サツキは押し倒されんばかりの勢いに耐えながら、視界にさらりと流れる髪の毛を映した。
「百さん、千さんも、お久しぶりです!」
「まあ僕はただの付き添いだけとね。モモが何しでかすか心配だったから」
「いやいや嘘!ユキも久しぶりにサツキに会いたいってついてきたんだからな」
「じゃあもうそれでいいから、離してあげなよ」
キャリアや人気の差を感じさせない、明るさと人懐っこさが魅力的な百。
落ち着いた態度と見た目とは裏腹に、百とのバラエティ満載なやり取りが魅力的な千。
二人はRe:valeというトップアイドルだ。
「もしかしてサツキ、やだった?あ、重かったか!」
「いえ、俺はそんな…」
「モモ、前」
「前?って、うわ!」
千がちょいちょいと人差し指を前方に示す。
その指の方向を振り返った百は、慌ててサツキから体を離した。
そこに立っていたのは、腕を組みドアに肩を預けている八乙女楽だ。
「どうもお久しぶりです」
「おー楽も久しぶり!っつか怖い顔して立ってんなよ、客だぞ、客―」
「すみません、元々こんな顔なもので」
いつもより心なしか低いトーンで挨拶した楽の目は、じっとサツキの肩に乗せられた手を睨んでいる。
赤いネイルがお洒落な、百の手。
サツキはその視線の意味に気付き、百の手を掴んでくいと引っ張った。
「あの、とりあえず上がってください!」
「そうだねお邪魔しよう。モモ」
「ん!お邪魔しまーす!」
素早く客人用のスリッパを出してから、楽の背中を押して部屋に向かう。
部屋に入った百は「やっぱり広いなー」と感嘆の声を漏らしながら、大きなソファに腰掛けた。
「相変わらずこの家で二人きりなんだ。…楽くん、大丈夫?」
「なんですか、大丈夫って…大丈夫ですよ」
「いいなぁ、広い家とはいえ、サツキがいれば寂しくないよね、手料理とか美味そー」
「美味いっすよ。まあ、これは俺の特権なんで」
サツキとRe:valeにこれといった接点はない。
親密な関係を築けているのは、TRIGGERとRe:valeの繋がりの恩恵、そして彼等の人柄のおかげだろう。
一ファンであるサツキの緊張たるや計り知れないが、一方楽はソファに腰掛けた彼等の前で胡坐をかくと、鋭い視線で百を見上げた。
「それで、今回の百さんの役って…」
「主演に決まってるじゃん!」
「……っ!!」
気前よく返された答えに、楽が敗者のごとく項垂れる。
それを見た百はきょとんと目を開き、千は「ああ」と察して口元をにやけさせた。
「原作の小説読んだんだ」
「サツキが持ってたんで」
「まあサツキちゃんがどの役かなんて、見た目の特徴から分かるもんね」
話題は百が主演のドラマの話だ。
といってもアイドルファン向けの特別ドラマというのが本質で、一夜で終わる2時間もの。
サツキが今日、百を呼んだのも演技の教授のためだった。
撮影に向かう為の心構えとか、今回の役作りはとか。
「あの…まさかキスシーン、まじでやらないですよね」
サツキは用意した紅茶をテーブルへ置いたままピタと固まった。
楽の口から放たれた質問に、サツキの血の気が引いていく。
楽にドラマの内容を話した覚えはない。
「サツキ、練習しとく?」
「は、はい…?」
「キス」
百はソファから降りるとサツキのすぐ横で足を崩した。
首に腕が回され、肩と肩がぶつかる。鼻先が触れてしまいそうなくらい顔が近い。
「い、いいです!いいです!本番一発で決めてますから!」
「あれ、ばらしちゃうんだ」
意外そうに千が呟き、サツキははっと口を掌で覆った。
別に隠すつもりはなかったのだ。言い辛い上にわざわざ言うのもおかしいと思って言及しなかっただけ。
サツキは結局隠すことになってしまった手前、恐る恐る楽を覗き見た。
「あの楽…」
「いやあ、ごめんねお兄さん!俺ちゃんとサツキのこと大事にするからさ!」
「脚本以外のことしたら、いくら百さんでも怒りますよ」
しかめっ面ではあるが、普段通りの楽だ。
サツキは呆気にとられて、思わず茫然と楽を見つめてしまった。
なんだ、全然、気にならないんだ。
「何?束縛兄貴のこと気にしてるの?」
「えっ、そ、束縛兄貴…?」
「最近本性出して、バラエティ番組でもサツキちゃんのこと話すようになったでしょ。俺のもんだオーラすごいよ」
「そりゃ、可愛い可愛い後輩ですから」
千の指摘に顔を上げた楽と目が合う。
思わず胸が跳ねて、サツキはぱっと目を逸らしてしまった。
「いい機会じゃない?話題が八乙女楽と牧野サツキから逸れるよ。Re:valeの二人を裂くのは牧野サツキだってね」
「そ、そんな、困ります」
「ちょっと、いつでもどこでも俺のNo.1はユキだよ!」
「サツキとキスできるやったーとか言ってたの誰だっけ?」
細められた千の目に、百がサツキの後ろに隠れきれない体を隠す。
千はハァッと溜め息を吐き、唐突に楽の方へ手を伸ばした。
「あーあ、お互い残り物でやんなっちゃうね。こっちもいちゃついてみる?」
「はい?」
「ほら、顔上げて」
くいと千の細い指が楽の顔を持ち上げる。
ソファで足を組み見下ろす千と、膝をついたまま見上げる楽。
まさにドラマのワンシーンを見紛う、淫靡な空気が漂う。
「だ、駄目駄目!浮気禁止!!」
それも束の間、百の声がそれを吹き飛ばすと、千は笑いながら楽から手を離した。
既に彼の演技は終わっている。
しかしサツキは一瞬の余韻に引き込まれたまま、千を見つめ続けた。
「おや、サツキちゃんはどうしたのかな」
「す、すみません。あまりに素敵で、感動しちゃいました」
「何が素敵?」
「な、なんでしょう…世界観…とかでしょうか」
熱くなってしまった頬を掌で仰ぎながらそう言うと、三人揃って目を丸くした。
ブッと息を吐き出し笑いだすのは百、困ったように眉を下げる千、楽は呆れ気味にため息を吐く。
「ちょっとサツキ!違うよ今は、そういう反応求めてないから!」
「ほんと、なんでモモばっかり可愛い反応しちゃうかな」
「え、可愛かった?」
「モモはいつでも可愛いよ。サツキちゃんの次に」
二人の作り出す空間は、例えカメラがなくても変わらない。
思わず笑ってしまったサツキは、口元を手で覆いながらチラと楽を伺った。
なんだか、妙だ。怒っているでもない、悲しんでいるでもない。
「あの…楽…?」
恐る恐る体を乗り出し声をかける。
すると楽は、サツキの頭をくしゃと撫でてから立ち上がった。
「すみません、俺この後予定あって、先出ます」
「ありゃ、そうだったの?忙しいときに押しかけてゴメン!」
「いえ俺は…今回は部外者ですから」
事実を述べただけの楽の声が冷たい。
サツキは不安に眉を寄せたまま、出ていく楽の背中を見送った。
「いってらっしゃーい!」
ぶんぶんと腕を振る百に軽く手だけ上げた楽がドアの向こうに消える。
ソファに座った二人を見上げたサツキは、一度きゅっと唇を噛んだ。
「なんか、すみません。俺…」
「ん?どした?謝るとこなんて何もなかったよ?」
「でもなんだか…上手くいってない、気がして…」
何が、というわけでもないのだ。
ただ何か、思う通りにいかない。妙に噛み合わなくて、どこかスッキリしない。
しゅんと眉を下げたサツキを前に、千と百は視線を合わせた。
「…そういえば、楽くんもとうとう標的になってたね?」
「え、標的?」
「週刊誌の…、ってもしかしてサツキちゃん知らなかった?」
千が驚いた様子で切れ長の目を開く。
その横であちゃーっと百が額を押さえ、その押さえた手の上から更に千がパシッと叩いた。
「あ、あのそれって…」
「いや全然全然!大した事はないけどね!無理やり二人きりに見えるようにとったような!?」
「でも相手の女性は結構本気らしいよ。写真だってプライベートでのキスっぽいような…」
「だああ!ユキ!」
週刊誌で標的。それだけで大体想像がつく。
また何か厄介な記事を書かれてしまったのだろう。
サツキは口を開いたまま、どこに置いて良いか分からない視線を泳がせた。
そもそも今更キスの一つや二つ、楽にとっては大した問題ではないのだろう。
サツキがドラマのワンシーンでぐるぐる考えるのなんて、きっと馬鹿らしいことだ。
「今度はちゃんと嫉妬したね」
「…え?」
「相変わらず楽くんが片思いこじらせ続けてるのかと思った」
千が優しい顔で微笑んでいる。
サツキはドキと高鳴った胸を片手で押さえつつ、ごくりと唾を呑んだ。
綺麗だ、などと見惚れている場合じゃない。まさか、バレて、なんて。
「でも俺、楽の気持ちわかるよ。サツキ可愛いもん、俺だってこんな弟いたら大事にしちゃう」
「ん、モモは純粋で可愛いね」
「え!?なになに、なんで!?」
百の肩を抱きながら、千はサツキにウインクしてみせた。
千の目は、何もかも見透かしているような気がする。
思わず口ごもり俯いてしまったサツキだったが、それに気付かない百は「それにしても!」と続けた。
「楽のブラコンは結構重症だなー。あんなでサツキのラストシーン耐えられるかな」
「ラストシーン…って確か、もう一人の」
「真犯人とのシーンが俺とのより結構ハードなはずだよね?」
百は自分の鞄に手を伸ばし、そこに入れていた脚本をぱさと取り出した。
まだもう一人のキャストは発表されていない。
監督曰く、「まさかの黒幕!っていうシーンだから、あえてキャストにも撮影の日まで秘密にしちゃおう」ってことらしい。
「完全にファン向けのサービスシーンだよね。サツキ、乳首初お披露目なんでしょ?」
「っ、そ、その言い方恥ずかしいですよ…!」
「初めてのドラマ出演だしね、サツキちゃんへの注目は大きいから」
「そう…だといいんですけど。ちゃんと爪痕残せるように、なんだってする覚悟は出来てますし…」
多少脱ぐくらいどうってことない。キスシーンだって耐えられる。
早く楽に相応しい人間になりたいからだ。
キスシーンの一つや二つ、全く動揺しない楽みたいに。
「サツキ?」
「あ、いえその、俺なんかに、色っぽい演技なんで出来るでしょうか…」
「出来る出来る!サツキ、歌ってる時いっつもエロいもん!」
「艶があるって言いなさい」
千と百がいつもと変わらない調子で笑い合う。
サツキはそれに合わせて微笑みながらも、もやもやとした気持ちでドアを見つめていた。
・・・
0時を回って暫く、楽はまだ帰って来ない。
百と千から聞いた、久しぶりのゴシップ記事。
今日はその人も出演しているドラマの撮影なんじゃないの、と千が言っていた。
「…俺ばっかり…」
いちいち気にして馬鹿みたいだ。
サツキはソファに乗り上げた足を抱えて小さくなった。
今楽は何をしているだろう、あの手に、あの声に、何人の女性が心惹かれるのだろう。
「八乙女楽は…俺のものじゃない。分かってるよ…」
独り言で沈黙を紛らわせても胸のしこりは無くならず、 サツキは息を吐いて目を閉じた。
家族三人で過ごした時間はほとんどないのに、家族二人では大きすぎる家。
一人じゃ寒い。心細い。寂しい。
「……、サツキ?」
「っ!」
予期せず聞こえてきた声に、サツキはばっと顔を上げた。
驚いた顔をして立っている楽は、鞄をずりとそこに下ろし、サツキに駆け寄ってくる。
サツキは思わず自分の頬に触り、濡れていない事を確かめてから微笑んだ。
「なんで起きてんだよ、お前…!」
「おかえり、楽」
「ただいま、じゃなくて、寝てろって。今何時だと思ってんだ…」
口調は乱雑なのに、楽の手はサツキの頬を撫で、優しく髪を梳く。
その瞬間ふわと漂った楽と違う香りに、サツキは思わず身を引いていた。
「あ、俺…ごめん…」
「…なんでだよ、参ってんのは俺の方だってのに…。あの後、千さんと百さんに何かされたのか?」
楽は一瞬寂しそうに眉を寄せたが、すぐに優しい表情に戻った。
優しい、サツキだけの楽だ。
それでも不安で苦しくて胸が痛いのは、たぶん欲張りで、身勝手な自分のせい。
「そ、そうだ、今日の…。お、女の人に、何かされてない?」
「は?」
「共演者に、その、…なんか、噂、」
「あー、知ってんのか。大したことじゃねぇよ」
楽がサツキの腕を掴んで立たせようとする。
いいから早く寝ろと急かす楽に、サツキはその手を弾き抵抗していた。
「俺には、大したことだよ」
ぽつりと零れた、自分でも驚く程冷たい声。
サツキは自分の腕をぎゅっと掴み、それでも抑えの効かない気持ちを溢れさせた。
「自分が楽と同じ立場になって、俺は、楽の事考えて…楽に、どう説明しようって」
「…」
「牧野サツキと楽の牧野サツキは違うなんて言っておいて…混同してる」
それは楽のことだって同じだ。
サツキだけの八乙女楽と八乙女楽は違う、言い聞かせても、結局その体は一つしかない。
「俺、楽みたいに普通の顔してられない…!全部気になって仕方ないよ!」
訴える声が大きくなり、サツキは羞恥心から顔を下げた。
頭上から聞こえてくるのは小さな溜め息。
サツキは慌てて再び口を開いた。
「っ、違うよ、楽に気にして欲しいとかじゃなくて!お、俺が、駄目だって話…!」
「違ぇ」
「ち、違くない!俺が、楽みたいに出来ないから…ホント、馬鹿で、こんな馬鹿みたいに遅くまで待ったりして…」
無理矢理笑顔をつくって、役作りのために少し伸び始めた髪をくしゃと掴む。
それでも楽はサツキから目を逸らす事無く、静かに首を横に振った。
「なんで、俺は気にしてないなんて思ったんだよ」
少し苛立ったような声。
サツキは驚き楽を凝視した。
「だって、さっき…、俺の役のことなんて全然気にしてなかった…」
「千さんが勘付いてるっぽかったから隠してただけだろ。隠せてた…かは微妙だけどな」
「え…」
「俺だって、サツキが他の奴に触れるなんて正直嫌だよ。相手が百さんだろうと」
楽が心なしか色付いた頬をかき、徐にサツキの横に腰掛ける。
そのままソファの背に体を預けて腕を組むと、楽は上を向いて目を閉じた。
「はあ…ったく、俺がどんだけ長い間お前の事思い続けたと思ってんだ」
「し、信じてないとかじゃないよ」
「分かってるよ。ただ、心外だと思っては」
楽の腕がサツキの肩に回される。
サツキが楽に体を寄せると、楽も同じように体をサツキの方へ傾けた。
「まさかお前が、俺以外の男とキスなんて…」
「俺だって嫌だよ。するのも、見るのも…楽が女性に触るところなんて、本当はもう見たくない」
「だよな。お前の俺の出演してるドラマ見てる顔、すげぇ面白い」
「え!お、面白い?」
「百面相。赤くなったり青くなったり」
楽もそうなってくれるのだろうか。
チラと楽を上目で見ると、視線に気付いた楽がふっと微笑んだ。
「でも俺は、この仕事が好きだ。TRIGGERで良かったと思ってる」
「俺も、…」
自分も、TRIGGERである楽を見ているのは好きだ。
じゃあ、自分は。
そう考えたら、すぐに言葉が続かなかった。
「俺は…牧野サツキが、歌ってるの…歌うのが、好き」
「サツキ…」
「あ、俺また楽に心配かけちゃってるかな。大丈夫、俺は…」
言葉を探し、口を噤む。
楽は眉を下げたままフッと笑うと、ソファに足を乗せて体を横に倒した。
柔らかくもないだろうサツキの足を枕にして、気持ちよさそうに目を細める。
「ごめんな」
「…謝らないでよ…」
「泣くなよ」
「泣いてない」
楽の手がサツキの頬に重なる。
サツキは楽の柔らかい頭を撫でて、愛しさに頬を緩ませた。
「…このまま、寝ちまいたいな」
「え?ふふ、いいけど、俺、楽の寝顔ずっと見ちゃうよ」
「いいよ、お前のもんだ」
そう言いながら楽が目を閉じる。
サツキはその髪を指で梳き、苦しい程の胸の高鳴りに息を吐き出した。
・・・
八乙女楽のスキャンダルが週刊誌に掲載されて数日後。
関連する記事はそれ以降なく、事務所でも然程問題にならず過ぎ去るところだった。
それを、楽の前に突き付ける天。
それを見せられて顔をしかめる楽。
「この相手って、この前サツキのことストーカーしてた人でしょ」
「そうかもな」
「…何したの」
先日サツキから打ち明けられたストーカー被害。
その時サツキの携帯を回収した楽は、その相手が自分の共演者だと知った。
「別に、ドラマの撮影でちょっと親しくなっただけだろ」
「…ボク達は一人じゃないんだよ。TRIGGERを壊す気?」
「は?そんなわけねぇだろ」
「それも同然だって言ってんの」
怒気を孕んだ声に、動揺するのは見ていた龍之介の方だった。
楽がしたのは、女性の意識をサツキから逸らすための演技だ。
TRIGGERに影響が出ないという自信があってやった。実際に既に収束し出している。
「…天、今回のことはもういいじゃないか。結果サツキも解放されて、楽も…何もないんだろう?」
「そういう問題じゃない。TRIGGERの事を思うなら、もうこういう事はしないで」
冷たいようだが、天の言っていることは正しかった。
TRIGGERはグループだ。一人が何か問題を起こせば、全員が問題視される。
「気を付けるよ、でもな」
しかし、楽は声色を変えずに天と向かい合った。
「俺が歌うことでサツキが苦しむ事があったら、俺は歌えなくなると思う」
「…楽」
「お前達だってそうだろ。自分の夢より家族が大事だ」
天には七瀬陸が。そして龍之介には大事な弟達が。
二人は息を飲み、言葉なく見つめ合った。
「この手のスキャンダルは気を付けるよ。俺のせいでお前たちに面倒かけたなら謝る」
「…いいよ、まだかかってないから」
天が雑誌を乱暴にテーブルへ置く。
楽の気持ちを理解はできるが納得はできない。
だから余計に腹立たしいのだろう、天は顔をしかめたまま部屋を出ていった。
ばたんっとドアが激しく音を立てる。
龍之介は頭をかき、困ったように眉を下げた。
「…天の気持ちも、楽の気持ちも分かるよ。悲しいことが起きないのが一番だ」
人気になればなる程、敵が増える業界だ。
きっといつか、龍之介のような綺麗ごとでは済まなくなる。
楽は週刊誌の上に手を置き、ぐしゃと握りしめた。
(第十一話・終)
追加日:2018/05/19
移動前:2016/08/28