八乙女楽(IDOLiSH7)
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軽く触れて、離れたと思うと角度を変えて重なり、舌がサツキの口をこじ開ける。
慣れない感覚。頭に響く水音も、自由に呼吸できない息苦しさも。
きつく目を閉じるサツキに追い打ちをかけるように、楽はサツキの服をたくし上げた。
「わ!?」
驚き開いたサツキの視界には、自身の露わになった薄い胸板が映る。
その胸を撫でる楽の掌。指先はつんとサツキの乳首を突きながら、もう片方の胸には楽の舌が絡みついた。
「な、なんで、そんなことするの…?」
「ん?食っちまいたいくらい可愛いからに決まってんだろ」
楽の低い声を纏った吐息が胸にかかり、同時に甘い痺れが体に走る。
八乙女楽が自分の胸を啄む光景はあまりにも耽美で、サツキは羞恥を逃す為に目を逸らした。
「楽…、恥ずかしい…」
「お前が言ったんだろ。して欲しいって」
「こ、こんな、だって胸…、ないのに…」
平坦な胸なのに、楽は柔らかい胸でも揉むみたいに愛撫する。
意図せず触れる楽の毛先も、くすぐったくて、もどかしい。
「サツキ、こっち見ろよ。ちゃんと俺を見ろ」
サツキは「うぅ」と小さく唸った後、楽の声に従って恐る恐る目を開いた。
サツキを見下ろす楽の顔はすぐそこにある。白い肌は赤らみ、息が乱れている。
「俺だって、ようやくサツキに触れられて…すげぇ、興奮してんだぜ」
「が、楽が、興奮…お、俺に?」
「こっち、触っていいか?」
「あ…!」
楽はサツキの返事を待つことなく、サツキの股間を手の甲で撫でた。
反射的に震えたサツキの腰。熱を帯びたそこは、喜ぶみたいに膨張する。
「良かった、勃ってるな。気持ち良かったか?」
「き…、っていうか…、その、」
きもちいい、なんて。
はしたない子に思われるのが嫌で口ごもる。
それなのに頭の中は素直に叫び続けた。もっと触って、早く触って。楽のその白くて細くて、綺麗な手で、もっと。
「…ん、駄目だ俺…っ、変なこと考えてる…」
「言えよ、何でも」
嫌でも頭に残るあの日の記憶が蘇る。
楽の指がサツキの体液で濡れて、ぐちゃぐちゃと音を立てる。
生み出される刺激は何にも言い換えられない程気持ちが良くて、感覚が麻痺するようで怖い。
そう、あの時はそれが怖かったのに、今、すごく欲しい。
「…、つ、強く、いっぱい、して…」
「…サツキ」
「ん…もっと、気持ち良くしてほしい…、とか…っ、何言ってんだろ…」
心が許すよりも前に、口が勝手にそう動いた。
楽の手はぴくと震えた後、サツキから離れる。
「…わかって、ねぇんだろうな」
小さく呟いた楽は、なぜか少し切なげだ。
しかしそれに違和感を覚える間もなく、頬から首、胸を辿って太腿へと滑る楽の手に、サツキの意識は全て引き寄せられた。
「言っとくけど、もう後戻りできねぇから」
「ぁ…後戻り…」
「もう兄弟には戻れねぇからな。まぁ…戻る気なんてねぇけど」
そう言いながらはにかんだ楽に、サツキは完全に心を奪われていた。
顔の前から離れなかった手は、楽の頬へと伸ばされる。
「いい、いいよ。俺を、全部、楽のものにして」
「俺も全部サツキのもんだよ」
「ん…俺にもいっぱい触らせて?いっぱい、気持ち良くしてあげたい」
くしゃと楽の髪ごと掌で包み込むと、その手に楽の手が重なった。
顔を横に向けた楽の唇が、サツキの掌へ押し当てられる。
今度は舌が、指の隙間から指先へと滑る。
「っ、」
「びびんなよ」
兄弟でなくなる。いや、もう疾うに兄弟としてなんて見ていなかったかもしれない。
サツキは自分を見つめる熱っぽい視線に歓びを覚え、噛み締めるように息を吸い込んだ。
「全部、脱がすからな」
楽は宣言するなりサツキのズボンを剥ぎ取り、既に胸の上まで捲っていた服も抜き取った。
隠したいところも全部、楽は嬉しそうに見つめる。
「細ぇな…。昔っから、少食だったよな」
「ん…ぅ、なんでいま、お兄ちゃんみたいな事言うの…」
「は、兄貴っぽかったか?俺はずっとそうやってお前のこと見ながら…すげぇ好きだって、思ってた」
柔らかいベッドと厚い楽の体に挟まれ、深く唇が重なり合う。
同時に下半身へ移動した楽の手が、サツキの熱に直接触れた。
一度味わったことがあるせいで、先のもっと激しい刺激を想像する。
想像して、興奮して、声が出てしまう。高く、情けない声。
「ッ!ん…、や、」
「もう濡れてる…サツキの体がこうやって反応してくれんの、すげぇ嬉しい」
「だって楽が…、」
「ん。そうだな、でもやっぱ嬉しいよ。やじゃねーんだなって実感できるし」
嫌なわけないのに。そう言い返そうとしたが、楽の手が付け根から先端にかけて強く握り込み、サツキは口を噤んだ。
自分の肩を掴んで、少し爪を立てる。そんな小さな痛みでは緩和されない程、与えられる刺激は鋭利だ。
「っ…ふ…、」
「おい、そうやって隠したり我慢したりすんなよ」
「でも、恥ずかし、っんん…」
サツキが口を開けたところで、再び深く唇が重ねられた。
楽の舌が、声を出すまいと力んでいた体を解して行く。
緩んだ口の端からはどちらのものか分からない唾液が流れ落ちた。
「ぅあ…ッ!」
口が離れた瞬間、サツキは感じるままの声を漏らしていた。
咄嗟に口を掌で覆っても遅い。楽が目を開いてサツキを見つめている。
「…っ、が、楽…」
胸を上下にさせながら、恥ずかしさに滲んだ涙のせいで鼻をすんと吸う。
その涙に、楽がちゅっと口付けた。
「可愛い声…。ほんっと、すげぇ可愛いよお前。これ以上惚れさせてどうすんだよ」
「え…?んッ!やめ、て、それ…一回、止め…ッ」
「やだよ。イけって一回。見せろよ、またお前の…とろけてる顔」
首を横にぶんぶんと振って、自然と漏れてしまう変な声を塞ぐ。
それに気付きながらも、楽の手は止まるどころか更に早く強く扱き始めた。
足の先から頭まで自分ではコントロール出来なくなる程真っ白で、ただただ快感から逃れる為にシーツを掻く。
けれど逃げられない。追われるように、波が押し寄せる。
「ひ…っ、う…」
「サツキ、大丈夫だから」
「っあ、ああ…!」
ぐりと先端を押された瞬間、サツキは腰を浮かせ、自分の腹部に精液を吐き出していた。
一瞬目の前がチカチカと真っ白になって、それからじわじわと開放感と充足感に満たされる。
「っ…は、ぁ…楽…?」
しかし、ゆっくりと開いた視界で見えた光景に、サツキは驚き言葉を失った。
楽がサツキの膝の裏に手をかけ、体を折り曲げるようにサツキの足を持ち上げる。
楽の目の前に、自分の恥ずかしい、汚い場所を晒していた。
「悪い。ここ…痛かったらごめんな」
「な、何…ッあ!」
楽の指が触れる。ぐっと押し込まれ感じた異物感に、サツキはばっと肘をついて顔を上げた。
楽の指が入り込むのは、後ろの穴だ。排泄する為の場所。
「な、なんで!?」
「解すだけ…、気持ち良くしてやるだけだから…」
「っい…!?」
ゆっくりと内側へ入ってくる指に、サツキは無意識に自分の指を噛んで楽を見つめた。
以前性器を触られるだけでも相当の罪悪感があった。八乙女楽にこんなことをさせているという、罪悪感と優越感。
あの八乙女楽の指が、今度は体の中に入っている。
「ッ…、ゃ、ぁ…やだ、楽…」
「怖いか?ごめんな」
「んん…、ちが、」
中を何か探すかのように指が動く。
妙な感覚に目を閉じる瞼に力が籠った。
「サツキ…」
「楽、ん…っ」
指を中に入れたまま、楽がサツキに口付ける。
苦しい。嬉しいのに、何もかもが苦しい。楽が求める通りに体が反応してくれなくて、もどかしい。
楽の指が、あの白くて細くて綺麗な指が、中で動く。
「…あッ…!」
突然、サツキは腰を震わせ、声が出てしまった口を押さえた。
ぱっと楽を見ると、楽もサツキを見つめている。その口元がニッと笑った。
「ちょっと解れてきたか?ここ、気持ちい?」
「うぅ、…っ、なんか、おかし…」
「やべぇな、すげぇ可愛い…」
女の子じゃないのに、楽に言われる‟可愛い”に胸が高鳴る。
そのせいか緩んだ口で「気持ちいい」と零すと、楽は中に入ったままの指で奥を突いた。
「あ!」
「なあ、サツキ、このままイけっか試すからな」
「え、や、とめ、とめて…っ」
「少しずつ、感じられるように解そうな?俺の、入れて感じられるくらい」
「あ、ま、待って、ぁ、ぁあ、待って…!」
また自分だけ気持ち良くなってしまう。
サツキは楽の腕を掴んで、ぶんと首を横に振った。それに気付いた楽が、少しだけ動きを緩める。
「俺、俺も…楽のこと、気持ち良くしてあげたいのに…」
「俺のこと?いいんだよ、俺は…。いつかここに、入れさせてもらうから」
ここ、と言いながら、楽はもう片方の手でサツキの孔のふちを撫でた。
それでようやく理解するのは、男性同士の性行為の方法だ。
中に入れる。入って来るのは楽の熱い体。
「っ!」
「大丈夫だよ、ちゃんと…もっと柔らかくしてから、痛くないようにしてからすっから」
「う、ううん、俺怖くないよ!楽と一つになれるんでしょ?」
楽が欲しい、それは紛れもなくサツキに芽生えた欲求だ。
しかし楽は眉を寄せたまま、「んー…」と迷うように唸った。それからゆっくり自分のズボンのベルトを外す。
「…サツキも、触ってくれるか?」
「え…でも、」
「人に触られんのなんて、俺だって初めてなんだからな。すぐイッたら格好悪ィだろ。入れんのはまた今度にしようぜ」
サツキの体を労わった気遣いだ。
あんなに熱っぽく求めていながら、残った理性でサツキを甘やかす。
サツキは少し迷ったが、こくりと頷くと楽の下半身に手を伸ばした。
熱を帯び、脈打つそれは、サツキの手の中に納まらない。
「お…大きい…」
「ん、無理だろ?サツキに、痛い思いさせたくねぇから…、サツキの手で、イかせて」
楽の低く甘い声が、吐息を含んで更に色づく。
サツキは楽にされたのを思い出しながら、熱いそれを握りこみ根元から先端へと手を動かした。
繰り返す程、先端から溢れた体液で音が変わる。
「が、楽も、きもちい?」
「あぁ…はは、サツキが触ってるってだけでやべぇ」
「そう、そう、俺も…っ、待って楽…」
「一緒に、気持ち良くなろうぜ…な?」
楽の息が上がる。その息が頬にかかって、サツキは全身が楽を求めて震えるのを感じた。
足の指でシーツを掴み、片手を楽の背に回す。
胸と胸が重なる。自然とそのまま唇を重ねて、お互いの吐息を貪った。
「サツキ…」
意識が飛びそうになる中、繋ぎとめるように楽が名前を呼ぶ。
サツキはまた精液を吐き出す感覚に息を止め、楽にしがみ付いていた。
・・・
・・
ぺたぺたと後ろをついて来る小さな足音。
人より過酷な生活を送っていた少年の願いは叶った。
恋い焦がれた少年が家族となって、自分を兄として慕ってくれている。
「お兄ちゃん!今日、俺もね、お稽古したよ」
「はあ…あのクソオヤジ…。本当にサツキにもさせる気なのかよ」
「え?ど、どうして怒るの?俺楽しかったから、大丈夫だよ?」
しかし、家族になって一ヶ月も経たないうちに、着実に準備は進められた。
歌にダンスに芝居。
いつの日か芸能人としてデビューする為の準備、それは学校の友達と遊ぶ時間を削って行われているはずだ。
「何かやなことあったら、俺にすぐ言えよ」
「うん、有難う。でも俺、お兄ちゃんと同じこと出来て嬉しいよ」
だから大丈夫、と拳を作る。
弟になったサツキに、楽の罪悪感は膨らむばかりだった。
少しずつ父であり社長である八乙女宗助の思惑通りに育て上げられていくサツキ。
そして、楽の中にある熱情。兄と呼ばれて慕われる度に、もどかしくなる。
「…なあ、楽って呼べよ。‟お兄ちゃん”って、なんか慣れねえから…」
「楽…お兄ちゃん?」
「楽。楽だけでいい」
はっきりとそう言う楽に、サツキは少し戸惑った様子で体の前に持って来た指と指を合わせた。
言い辛そうにするのは、小さいながらに年上に対する礼儀を心得ているからだろう。
「……が、楽…?」
「ん。それでいいよ」
ほっと一息吐いたのと同時に胸が熱くなった。
お兄ちゃんと呼ばれるのも心地が良かったけれど、名前で呼ばれるのはもっと違う歓びが胸に宿る。
ああやっぱり、この子が好きだ。
恋をしているんだと再確認しながら、もう一つとサツキの手を掴んだ。
「部屋もいっぱいあるだろ?一緒に寝んのは今日で最後にしようぜ」
「…ど、どうして?」
「ベッド一つに二人じゃ狭いだろ。それに普通男同士で一緒に寝たりしないから、な」
一緒に眠る夜をサツキが楽しみにしているのを知っていたから、言い聞かせるようにサツキの手をぎゅっと握りしめる。
サツキはやはり一度不服そうに口を閉ざしたが、楽の目を見てしゅんと眉を下げた。
「……うん、分かった」
「ありがとな」
これで、兄弟らしく過ごした部分を切り取った。
兄とは呼ばせない。一緒に寝る事もしない。同じ家に住む男二人。
楽は掴んだ手もぱっと放してサツキに背を向けた。
後はこの子を父から守るだけ。
大人達の世界で苦しまないように、俺が守ってやるんだ。
・・・
カーテンの隙間から差し込む朝日に、サツキはゆっくりと体を起き上らせた。
懐かしい夢を見た気がする。
サツキはぼんやりとする視界に目を擦り、それから目の前にある綺麗な顔を見つめた。
八乙女家に引き取られて一ヶ月経った頃だったか、急に楽から呼び方を変えるように言われたのだ。
それから一緒にベッドで寝ることを拒まれた。
それは少し切なくて、何かいけないことをしたのかだとか考えた。
あの時答えは出なかったけれど、今思えばあれも楽なりの気遣いと葛藤だったのだろう。
「ん…サツキ?」
「あ…おはよう、楽。起こしちゃった?」
「いや」
目を開けた楽が上半身を起こしたサツキを見上げて微笑む。
それからすぐに伸びて来た腕がサツキの体を引き寄せ、ぼふんとベッドに引き戻された。
「あ、ちょっと楽…」
「いいだろ。いつでもこうして一緒にいられるわけじゃねぇんだし…」
スケジュールびっしりのTRIGGERの仕事の時間は一定でない。
せっかく同じ家に住んでいても、常に一緒にいられないし、こうして夜から朝までゆっくり出来る日はそうないだろう。
確かに、すぐに起きてしまうのは名残惜しい。
甘えた声で頭を撫でてくる楽に、サツキは抵抗せずに擦り寄った。
「サツキ、今日の予定は?」
「今日は打ち合わせ…、ドラマの」
チラと時計を見て、仕事の時間から逆算して準備する時間を考える。
残念だが、やはりダラダラはしていられなそうだ。
「って…ドラマ!?」
突然荒げた楽の声がひっくり返る。
小さい声で誤魔化したつもりだったが、さすがに無理だったらしい。
隠していた手前言い辛くて、楽の目を見つめたまま口ごもる。
対抗するかのように楽も鋭くサツキを見つめ返す。
先に折れるのはサツキだった。
「…まだ確定したわけじゃないんだけどね?監督さんが、俺じゃないと駄目だって言ってるとかで」
「は?なんだそれ、どういうことだよ」
「ずっとドラマ化したかったんだけど、ぴったりな役者がいなくて…、それで俺が、男で…ぴったり、みたいな」
上手く説明できないのは、本当によく知らないからだ。だから今日直接会って話を聞くことになっている。
サツキは昨夜寝る前に読んでいた本を手に取った。
「女性に人気の小説なんだけど、これを原作にドラマ化するんだって。でも俺を起用したいってその役が…ちょっと、引っかかってて」
「やりたくねぇ役ってことか?」
「んー…まあ、ちょっと」
さらっと小説を読んだだけでも分かるくらい、厄介そうな役。やりたくないシーンも目に付いた。
だからちょっと、嫌だなぁ、なんて。
チラと視線を上げると、既に話を聞く準備が出来ている楽はじっとサツキを見たまま口を閉ざしていた。
「…楽は、今までやりたくない役ってあった?」
「そりゃあるだろ。好きでもねぇ女を愛すのも最初は嫌だったし、犯人の役だってやったしな」
「だよね、そうだよね…」
「でも、どんな役でも出来るってすごいだろ。ヤな奴も良い奴も格好良い奴も、八乙女楽はなんでも出来んだぜってアピールだと思えばさ」
ニッと楽が歯を見せて笑う。
胸の奥が苦しくなったのは、自分を包み込む目の前の人があまりに格好良かったからだ。
大変なこともいっぱいあったのに、そういう弱いところを全然見せない。それでいて、いつでも欲しい言葉をくれる。
「サツキも今は何でもやってみんのがいいと思うぜ。らしくねぇって思うだろうけどさ」
「うん…」
「ん?なんだよ、どうした?」
「ううん、楽、俺頑張るよ。楽に相応しい人になれるように」
サツキの言葉に楽は眉を寄せ、サツキの髪に指を絡めた。
くしゃと乱暴に撫でられ、くすぐったい気持ちになる。
サツキも応えるように楽の髪を指で梳き、上半身を起こして楽の頬に口付けた。
「牧野サツキと、楽の牧野サツキも別人だからね」
「なんだよ、分かってるって」
「うん。でも、たぶん大事なことだから…ちゃんと言っておかなきゃと思って」
サツキはようやく軽くなった胸を自分で撫で、よいしょとベッドから降りた。
振り返ると、ベッドに横になったままの楽がサツキを見上げている。
「そもそも、俺なんかに演技が出来るとは思えないんだけど」
「何言ってんだよ、昔から才能あったよサツキは」
「えぇ、そうかな?」
日常的なワンシーンで、こうも色気が漂うなんて。
サツキは楽を見て熱くなった頬を押さえ、乱れた髪を耳にかけた。
「じゃあ俺、朝ご飯の支度するね。したらたぶん、すぐに準備して出ると思う」
「おう、ありがとな」
「うん、あの…昨日は、有難う」
更にじわと色濃くなった頬を隠す為に、俯いたまま部屋を後にする。
楽は茫然としたまま、逃げるように出ていったサツキの背中が消えたドアをじっと見つめていた。
昨日のことをまさか自分から言い出すとは。
照れて泣いてしまうのではと思う、それ程のことをしたのに。
「…くそ、可愛いな」
楽はベッドの上で腕を目一杯伸ばし、それから足を降ろした。
頭をかきながら、何気なくサツキが置いて行った小説を手に取る。
サツキが出演するかもしれないドラマの原作。当然興味があってページを捲る。
「うわ、確かにサツキが嫌いそうな…」
本の帯には『男女の交錯する恋愛模様』と書かれている。
楽はぱらぱらと適当に数ページ飛ばしながら目を通した。
「メインの登場人物は…三人か?」
主人公と、恐らく恋の相手になるだろうヒロイン。
それから主人公の幼馴染が登場している。
その幼馴染の容姿の説明は、ドンピシャと言えるほどサツキに合致していた。
「…こいつだろうな」
少し長い髪と長い睫毛。
女性と見紛う容姿の幼馴染は、主人公と仲良く腕を絡めて歩く。
「…あ?」
無意識に低い声を漏らし、楽はページを捲る手を止めた。
主人公とあまりにも仲の良い幼馴染。それがヒロインの登場で崩れ始める。
二人は同じ女性を好きになってしまったのだ。
なるほど、単純に主人公の恋敵となるのならまあ有りか。
楽は妙な基準で首を縦に動かし、更にページを捲った。
「…は?」
楽は茫然としたまま本をばさと落とした。
少しページの端が折れたかもしれない。が、そんなこと考える余裕はなかった。
ドラマでどこまで再現されるか定かではないが、原作のまま行われたならサツキは。
サツキの肌と唇が。
「…サツキ!さっきのナシ!やっぱ駄目だ!!」
楽は慌てて部屋から飛び出すと、そのままサツキがいるだろうリビングを目指して走った。
こんなことと知っていたなら、あんな助言はしなかったのに。
そんな楽の気持ちを知る由もないサツキは、駆け寄ってきた楽に「俺頑張るよ!」と笑顔で返した。
(第九話・終)
追加日:2017/02/03
移動前:2016/01/03
慣れない感覚。頭に響く水音も、自由に呼吸できない息苦しさも。
きつく目を閉じるサツキに追い打ちをかけるように、楽はサツキの服をたくし上げた。
「わ!?」
驚き開いたサツキの視界には、自身の露わになった薄い胸板が映る。
その胸を撫でる楽の掌。指先はつんとサツキの乳首を突きながら、もう片方の胸には楽の舌が絡みついた。
「な、なんで、そんなことするの…?」
「ん?食っちまいたいくらい可愛いからに決まってんだろ」
楽の低い声を纏った吐息が胸にかかり、同時に甘い痺れが体に走る。
八乙女楽が自分の胸を啄む光景はあまりにも耽美で、サツキは羞恥を逃す為に目を逸らした。
「楽…、恥ずかしい…」
「お前が言ったんだろ。して欲しいって」
「こ、こんな、だって胸…、ないのに…」
平坦な胸なのに、楽は柔らかい胸でも揉むみたいに愛撫する。
意図せず触れる楽の毛先も、くすぐったくて、もどかしい。
「サツキ、こっち見ろよ。ちゃんと俺を見ろ」
サツキは「うぅ」と小さく唸った後、楽の声に従って恐る恐る目を開いた。
サツキを見下ろす楽の顔はすぐそこにある。白い肌は赤らみ、息が乱れている。
「俺だって、ようやくサツキに触れられて…すげぇ、興奮してんだぜ」
「が、楽が、興奮…お、俺に?」
「こっち、触っていいか?」
「あ…!」
楽はサツキの返事を待つことなく、サツキの股間を手の甲で撫でた。
反射的に震えたサツキの腰。熱を帯びたそこは、喜ぶみたいに膨張する。
「良かった、勃ってるな。気持ち良かったか?」
「き…、っていうか…、その、」
きもちいい、なんて。
はしたない子に思われるのが嫌で口ごもる。
それなのに頭の中は素直に叫び続けた。もっと触って、早く触って。楽のその白くて細くて、綺麗な手で、もっと。
「…ん、駄目だ俺…っ、変なこと考えてる…」
「言えよ、何でも」
嫌でも頭に残るあの日の記憶が蘇る。
楽の指がサツキの体液で濡れて、ぐちゃぐちゃと音を立てる。
生み出される刺激は何にも言い換えられない程気持ちが良くて、感覚が麻痺するようで怖い。
そう、あの時はそれが怖かったのに、今、すごく欲しい。
「…、つ、強く、いっぱい、して…」
「…サツキ」
「ん…もっと、気持ち良くしてほしい…、とか…っ、何言ってんだろ…」
心が許すよりも前に、口が勝手にそう動いた。
楽の手はぴくと震えた後、サツキから離れる。
「…わかって、ねぇんだろうな」
小さく呟いた楽は、なぜか少し切なげだ。
しかしそれに違和感を覚える間もなく、頬から首、胸を辿って太腿へと滑る楽の手に、サツキの意識は全て引き寄せられた。
「言っとくけど、もう後戻りできねぇから」
「ぁ…後戻り…」
「もう兄弟には戻れねぇからな。まぁ…戻る気なんてねぇけど」
そう言いながらはにかんだ楽に、サツキは完全に心を奪われていた。
顔の前から離れなかった手は、楽の頬へと伸ばされる。
「いい、いいよ。俺を、全部、楽のものにして」
「俺も全部サツキのもんだよ」
「ん…俺にもいっぱい触らせて?いっぱい、気持ち良くしてあげたい」
くしゃと楽の髪ごと掌で包み込むと、その手に楽の手が重なった。
顔を横に向けた楽の唇が、サツキの掌へ押し当てられる。
今度は舌が、指の隙間から指先へと滑る。
「っ、」
「びびんなよ」
兄弟でなくなる。いや、もう疾うに兄弟としてなんて見ていなかったかもしれない。
サツキは自分を見つめる熱っぽい視線に歓びを覚え、噛み締めるように息を吸い込んだ。
「全部、脱がすからな」
楽は宣言するなりサツキのズボンを剥ぎ取り、既に胸の上まで捲っていた服も抜き取った。
隠したいところも全部、楽は嬉しそうに見つめる。
「細ぇな…。昔っから、少食だったよな」
「ん…ぅ、なんでいま、お兄ちゃんみたいな事言うの…」
「は、兄貴っぽかったか?俺はずっとそうやってお前のこと見ながら…すげぇ好きだって、思ってた」
柔らかいベッドと厚い楽の体に挟まれ、深く唇が重なり合う。
同時に下半身へ移動した楽の手が、サツキの熱に直接触れた。
一度味わったことがあるせいで、先のもっと激しい刺激を想像する。
想像して、興奮して、声が出てしまう。高く、情けない声。
「ッ!ん…、や、」
「もう濡れてる…サツキの体がこうやって反応してくれんの、すげぇ嬉しい」
「だって楽が…、」
「ん。そうだな、でもやっぱ嬉しいよ。やじゃねーんだなって実感できるし」
嫌なわけないのに。そう言い返そうとしたが、楽の手が付け根から先端にかけて強く握り込み、サツキは口を噤んだ。
自分の肩を掴んで、少し爪を立てる。そんな小さな痛みでは緩和されない程、与えられる刺激は鋭利だ。
「っ…ふ…、」
「おい、そうやって隠したり我慢したりすんなよ」
「でも、恥ずかし、っんん…」
サツキが口を開けたところで、再び深く唇が重ねられた。
楽の舌が、声を出すまいと力んでいた体を解して行く。
緩んだ口の端からはどちらのものか分からない唾液が流れ落ちた。
「ぅあ…ッ!」
口が離れた瞬間、サツキは感じるままの声を漏らしていた。
咄嗟に口を掌で覆っても遅い。楽が目を開いてサツキを見つめている。
「…っ、が、楽…」
胸を上下にさせながら、恥ずかしさに滲んだ涙のせいで鼻をすんと吸う。
その涙に、楽がちゅっと口付けた。
「可愛い声…。ほんっと、すげぇ可愛いよお前。これ以上惚れさせてどうすんだよ」
「え…?んッ!やめ、て、それ…一回、止め…ッ」
「やだよ。イけって一回。見せろよ、またお前の…とろけてる顔」
首を横にぶんぶんと振って、自然と漏れてしまう変な声を塞ぐ。
それに気付きながらも、楽の手は止まるどころか更に早く強く扱き始めた。
足の先から頭まで自分ではコントロール出来なくなる程真っ白で、ただただ快感から逃れる為にシーツを掻く。
けれど逃げられない。追われるように、波が押し寄せる。
「ひ…っ、う…」
「サツキ、大丈夫だから」
「っあ、ああ…!」
ぐりと先端を押された瞬間、サツキは腰を浮かせ、自分の腹部に精液を吐き出していた。
一瞬目の前がチカチカと真っ白になって、それからじわじわと開放感と充足感に満たされる。
「っ…は、ぁ…楽…?」
しかし、ゆっくりと開いた視界で見えた光景に、サツキは驚き言葉を失った。
楽がサツキの膝の裏に手をかけ、体を折り曲げるようにサツキの足を持ち上げる。
楽の目の前に、自分の恥ずかしい、汚い場所を晒していた。
「悪い。ここ…痛かったらごめんな」
「な、何…ッあ!」
楽の指が触れる。ぐっと押し込まれ感じた異物感に、サツキはばっと肘をついて顔を上げた。
楽の指が入り込むのは、後ろの穴だ。排泄する為の場所。
「な、なんで!?」
「解すだけ…、気持ち良くしてやるだけだから…」
「っい…!?」
ゆっくりと内側へ入ってくる指に、サツキは無意識に自分の指を噛んで楽を見つめた。
以前性器を触られるだけでも相当の罪悪感があった。八乙女楽にこんなことをさせているという、罪悪感と優越感。
あの八乙女楽の指が、今度は体の中に入っている。
「ッ…、ゃ、ぁ…やだ、楽…」
「怖いか?ごめんな」
「んん…、ちが、」
中を何か探すかのように指が動く。
妙な感覚に目を閉じる瞼に力が籠った。
「サツキ…」
「楽、ん…っ」
指を中に入れたまま、楽がサツキに口付ける。
苦しい。嬉しいのに、何もかもが苦しい。楽が求める通りに体が反応してくれなくて、もどかしい。
楽の指が、あの白くて細くて綺麗な指が、中で動く。
「…あッ…!」
突然、サツキは腰を震わせ、声が出てしまった口を押さえた。
ぱっと楽を見ると、楽もサツキを見つめている。その口元がニッと笑った。
「ちょっと解れてきたか?ここ、気持ちい?」
「うぅ、…っ、なんか、おかし…」
「やべぇな、すげぇ可愛い…」
女の子じゃないのに、楽に言われる‟可愛い”に胸が高鳴る。
そのせいか緩んだ口で「気持ちいい」と零すと、楽は中に入ったままの指で奥を突いた。
「あ!」
「なあ、サツキ、このままイけっか試すからな」
「え、や、とめ、とめて…っ」
「少しずつ、感じられるように解そうな?俺の、入れて感じられるくらい」
「あ、ま、待って、ぁ、ぁあ、待って…!」
また自分だけ気持ち良くなってしまう。
サツキは楽の腕を掴んで、ぶんと首を横に振った。それに気付いた楽が、少しだけ動きを緩める。
「俺、俺も…楽のこと、気持ち良くしてあげたいのに…」
「俺のこと?いいんだよ、俺は…。いつかここに、入れさせてもらうから」
ここ、と言いながら、楽はもう片方の手でサツキの孔のふちを撫でた。
それでようやく理解するのは、男性同士の性行為の方法だ。
中に入れる。入って来るのは楽の熱い体。
「っ!」
「大丈夫だよ、ちゃんと…もっと柔らかくしてから、痛くないようにしてからすっから」
「う、ううん、俺怖くないよ!楽と一つになれるんでしょ?」
楽が欲しい、それは紛れもなくサツキに芽生えた欲求だ。
しかし楽は眉を寄せたまま、「んー…」と迷うように唸った。それからゆっくり自分のズボンのベルトを外す。
「…サツキも、触ってくれるか?」
「え…でも、」
「人に触られんのなんて、俺だって初めてなんだからな。すぐイッたら格好悪ィだろ。入れんのはまた今度にしようぜ」
サツキの体を労わった気遣いだ。
あんなに熱っぽく求めていながら、残った理性でサツキを甘やかす。
サツキは少し迷ったが、こくりと頷くと楽の下半身に手を伸ばした。
熱を帯び、脈打つそれは、サツキの手の中に納まらない。
「お…大きい…」
「ん、無理だろ?サツキに、痛い思いさせたくねぇから…、サツキの手で、イかせて」
楽の低く甘い声が、吐息を含んで更に色づく。
サツキは楽にされたのを思い出しながら、熱いそれを握りこみ根元から先端へと手を動かした。
繰り返す程、先端から溢れた体液で音が変わる。
「が、楽も、きもちい?」
「あぁ…はは、サツキが触ってるってだけでやべぇ」
「そう、そう、俺も…っ、待って楽…」
「一緒に、気持ち良くなろうぜ…な?」
楽の息が上がる。その息が頬にかかって、サツキは全身が楽を求めて震えるのを感じた。
足の指でシーツを掴み、片手を楽の背に回す。
胸と胸が重なる。自然とそのまま唇を重ねて、お互いの吐息を貪った。
「サツキ…」
意識が飛びそうになる中、繋ぎとめるように楽が名前を呼ぶ。
サツキはまた精液を吐き出す感覚に息を止め、楽にしがみ付いていた。
・・・
・・
ぺたぺたと後ろをついて来る小さな足音。
人より過酷な生活を送っていた少年の願いは叶った。
恋い焦がれた少年が家族となって、自分を兄として慕ってくれている。
「お兄ちゃん!今日、俺もね、お稽古したよ」
「はあ…あのクソオヤジ…。本当にサツキにもさせる気なのかよ」
「え?ど、どうして怒るの?俺楽しかったから、大丈夫だよ?」
しかし、家族になって一ヶ月も経たないうちに、着実に準備は進められた。
歌にダンスに芝居。
いつの日か芸能人としてデビューする為の準備、それは学校の友達と遊ぶ時間を削って行われているはずだ。
「何かやなことあったら、俺にすぐ言えよ」
「うん、有難う。でも俺、お兄ちゃんと同じこと出来て嬉しいよ」
だから大丈夫、と拳を作る。
弟になったサツキに、楽の罪悪感は膨らむばかりだった。
少しずつ父であり社長である八乙女宗助の思惑通りに育て上げられていくサツキ。
そして、楽の中にある熱情。兄と呼ばれて慕われる度に、もどかしくなる。
「…なあ、楽って呼べよ。‟お兄ちゃん”って、なんか慣れねえから…」
「楽…お兄ちゃん?」
「楽。楽だけでいい」
はっきりとそう言う楽に、サツキは少し戸惑った様子で体の前に持って来た指と指を合わせた。
言い辛そうにするのは、小さいながらに年上に対する礼儀を心得ているからだろう。
「……が、楽…?」
「ん。それでいいよ」
ほっと一息吐いたのと同時に胸が熱くなった。
お兄ちゃんと呼ばれるのも心地が良かったけれど、名前で呼ばれるのはもっと違う歓びが胸に宿る。
ああやっぱり、この子が好きだ。
恋をしているんだと再確認しながら、もう一つとサツキの手を掴んだ。
「部屋もいっぱいあるだろ?一緒に寝んのは今日で最後にしようぜ」
「…ど、どうして?」
「ベッド一つに二人じゃ狭いだろ。それに普通男同士で一緒に寝たりしないから、な」
一緒に眠る夜をサツキが楽しみにしているのを知っていたから、言い聞かせるようにサツキの手をぎゅっと握りしめる。
サツキはやはり一度不服そうに口を閉ざしたが、楽の目を見てしゅんと眉を下げた。
「……うん、分かった」
「ありがとな」
これで、兄弟らしく過ごした部分を切り取った。
兄とは呼ばせない。一緒に寝る事もしない。同じ家に住む男二人。
楽は掴んだ手もぱっと放してサツキに背を向けた。
後はこの子を父から守るだけ。
大人達の世界で苦しまないように、俺が守ってやるんだ。
・・・
カーテンの隙間から差し込む朝日に、サツキはゆっくりと体を起き上らせた。
懐かしい夢を見た気がする。
サツキはぼんやりとする視界に目を擦り、それから目の前にある綺麗な顔を見つめた。
八乙女家に引き取られて一ヶ月経った頃だったか、急に楽から呼び方を変えるように言われたのだ。
それから一緒にベッドで寝ることを拒まれた。
それは少し切なくて、何かいけないことをしたのかだとか考えた。
あの時答えは出なかったけれど、今思えばあれも楽なりの気遣いと葛藤だったのだろう。
「ん…サツキ?」
「あ…おはよう、楽。起こしちゃった?」
「いや」
目を開けた楽が上半身を起こしたサツキを見上げて微笑む。
それからすぐに伸びて来た腕がサツキの体を引き寄せ、ぼふんとベッドに引き戻された。
「あ、ちょっと楽…」
「いいだろ。いつでもこうして一緒にいられるわけじゃねぇんだし…」
スケジュールびっしりのTRIGGERの仕事の時間は一定でない。
せっかく同じ家に住んでいても、常に一緒にいられないし、こうして夜から朝までゆっくり出来る日はそうないだろう。
確かに、すぐに起きてしまうのは名残惜しい。
甘えた声で頭を撫でてくる楽に、サツキは抵抗せずに擦り寄った。
「サツキ、今日の予定は?」
「今日は打ち合わせ…、ドラマの」
チラと時計を見て、仕事の時間から逆算して準備する時間を考える。
残念だが、やはりダラダラはしていられなそうだ。
「って…ドラマ!?」
突然荒げた楽の声がひっくり返る。
小さい声で誤魔化したつもりだったが、さすがに無理だったらしい。
隠していた手前言い辛くて、楽の目を見つめたまま口ごもる。
対抗するかのように楽も鋭くサツキを見つめ返す。
先に折れるのはサツキだった。
「…まだ確定したわけじゃないんだけどね?監督さんが、俺じゃないと駄目だって言ってるとかで」
「は?なんだそれ、どういうことだよ」
「ずっとドラマ化したかったんだけど、ぴったりな役者がいなくて…、それで俺が、男で…ぴったり、みたいな」
上手く説明できないのは、本当によく知らないからだ。だから今日直接会って話を聞くことになっている。
サツキは昨夜寝る前に読んでいた本を手に取った。
「女性に人気の小説なんだけど、これを原作にドラマ化するんだって。でも俺を起用したいってその役が…ちょっと、引っかかってて」
「やりたくねぇ役ってことか?」
「んー…まあ、ちょっと」
さらっと小説を読んだだけでも分かるくらい、厄介そうな役。やりたくないシーンも目に付いた。
だからちょっと、嫌だなぁ、なんて。
チラと視線を上げると、既に話を聞く準備が出来ている楽はじっとサツキを見たまま口を閉ざしていた。
「…楽は、今までやりたくない役ってあった?」
「そりゃあるだろ。好きでもねぇ女を愛すのも最初は嫌だったし、犯人の役だってやったしな」
「だよね、そうだよね…」
「でも、どんな役でも出来るってすごいだろ。ヤな奴も良い奴も格好良い奴も、八乙女楽はなんでも出来んだぜってアピールだと思えばさ」
ニッと楽が歯を見せて笑う。
胸の奥が苦しくなったのは、自分を包み込む目の前の人があまりに格好良かったからだ。
大変なこともいっぱいあったのに、そういう弱いところを全然見せない。それでいて、いつでも欲しい言葉をくれる。
「サツキも今は何でもやってみんのがいいと思うぜ。らしくねぇって思うだろうけどさ」
「うん…」
「ん?なんだよ、どうした?」
「ううん、楽、俺頑張るよ。楽に相応しい人になれるように」
サツキの言葉に楽は眉を寄せ、サツキの髪に指を絡めた。
くしゃと乱暴に撫でられ、くすぐったい気持ちになる。
サツキも応えるように楽の髪を指で梳き、上半身を起こして楽の頬に口付けた。
「牧野サツキと、楽の牧野サツキも別人だからね」
「なんだよ、分かってるって」
「うん。でも、たぶん大事なことだから…ちゃんと言っておかなきゃと思って」
サツキはようやく軽くなった胸を自分で撫で、よいしょとベッドから降りた。
振り返ると、ベッドに横になったままの楽がサツキを見上げている。
「そもそも、俺なんかに演技が出来るとは思えないんだけど」
「何言ってんだよ、昔から才能あったよサツキは」
「えぇ、そうかな?」
日常的なワンシーンで、こうも色気が漂うなんて。
サツキは楽を見て熱くなった頬を押さえ、乱れた髪を耳にかけた。
「じゃあ俺、朝ご飯の支度するね。したらたぶん、すぐに準備して出ると思う」
「おう、ありがとな」
「うん、あの…昨日は、有難う」
更にじわと色濃くなった頬を隠す為に、俯いたまま部屋を後にする。
楽は茫然としたまま、逃げるように出ていったサツキの背中が消えたドアをじっと見つめていた。
昨日のことをまさか自分から言い出すとは。
照れて泣いてしまうのではと思う、それ程のことをしたのに。
「…くそ、可愛いな」
楽はベッドの上で腕を目一杯伸ばし、それから足を降ろした。
頭をかきながら、何気なくサツキが置いて行った小説を手に取る。
サツキが出演するかもしれないドラマの原作。当然興味があってページを捲る。
「うわ、確かにサツキが嫌いそうな…」
本の帯には『男女の交錯する恋愛模様』と書かれている。
楽はぱらぱらと適当に数ページ飛ばしながら目を通した。
「メインの登場人物は…三人か?」
主人公と、恐らく恋の相手になるだろうヒロイン。
それから主人公の幼馴染が登場している。
その幼馴染の容姿の説明は、ドンピシャと言えるほどサツキに合致していた。
「…こいつだろうな」
少し長い髪と長い睫毛。
女性と見紛う容姿の幼馴染は、主人公と仲良く腕を絡めて歩く。
「…あ?」
無意識に低い声を漏らし、楽はページを捲る手を止めた。
主人公とあまりにも仲の良い幼馴染。それがヒロインの登場で崩れ始める。
二人は同じ女性を好きになってしまったのだ。
なるほど、単純に主人公の恋敵となるのならまあ有りか。
楽は妙な基準で首を縦に動かし、更にページを捲った。
「…は?」
楽は茫然としたまま本をばさと落とした。
少しページの端が折れたかもしれない。が、そんなこと考える余裕はなかった。
ドラマでどこまで再現されるか定かではないが、原作のまま行われたならサツキは。
サツキの肌と唇が。
「…サツキ!さっきのナシ!やっぱ駄目だ!!」
楽は慌てて部屋から飛び出すと、そのままサツキがいるだろうリビングを目指して走った。
こんなことと知っていたなら、あんな助言はしなかったのに。
そんな楽の気持ちを知る由もないサツキは、駆け寄ってきた楽に「俺頑張るよ!」と笑顔で返した。
(第九話・終)
追加日:2017/02/03
移動前:2016/01/03