八乙女楽(IDOLiSH7)
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8.本当の姿
『皆さん、私と四葉環君との関係、気になっていらっしゃるみたいなので』
パシャパシャというシャッターの音と、チカチカと光るフラッシュ。
その眩しさに一度目を細めたサツキは、それを誤魔化すように微笑んだ。
『私と四葉環君は幼馴染なんです。舞台に立つ前から仲良しなんですよ』
サツキの背後に映っているのは八乙女事務所の入り口だ。
詰め寄る数人のマスコミに、警備員が慌てて間に割り込もうとする。
それも軽い笑みで制したサツキは「よく聞いてくださいね」とマイクに向けて言った。
『俺は男です。…妹とか恋人とか、そういうのは有り得ません』
まあ今更改めて言うことではないですよね。
と笑いながら言うサツキに対し、困惑の声が上がる。
とはいえスッピンのせいか、確かに少し顔つきが青年らしいものだ。
『ここで、男性であるという証拠を見せていただくことは…?』
すぐさま向けられた質問に、サツキの眉が八の字に下がる。
「胸でも触りますか?」と問い返せば、テレビの演出か、一度胸に画面が寄った。
『どうして突然プロフィールを公開することにしたのですか?』
『他の方々に迷惑をかけてまで守りたいことではないですから』
『事務所の指示で?』
『あー…いえ。今独断で…もしかしたら明日首になってるかもしれません。牧野サツキの見納めにならないよう、祈っていて下さい』
テレビに映るサツキの姿は、開き直っているのか涼しいものだった。
いや、本当は、もっと他に方法があったのではないかと冷静になった頭で考える。
けれど社長の卑劣な策略を知ったあの時。冷静な判断など出来るはずもなかったのだ。
「まさか…お前が先に親父に啖呵切るとはな」
テレビから目を逸らしたサツキの後ろで、楽がふっと吐息混じりに呟く。
ずっと楽が後ろにいることには気付いていた。けれど、振り返れなかった。
こんな勝手な行動、TRIGGERは許さないはず。
「サツキ」
「…」
「俺らもあの後親父をこらしめてやったよ」
サツキの言葉を待たず、楽は静かに続けた。
「サウンドシップでステージに立てなかったのも、曲盗んだってのも、許せるわけねぇだろ」
「…、」
「お前だけじゃねえよ。俺達だって同じこと思ってる」
足音が近付いて来る。
思わず振り返ろうと手をソファに乗せたサツキは、そのまま後ろから抱き締められていた。
振り返れない。頬に楽の髪が触れている。
「サツキ…悪かったな」
「どうして…?」
「あんときは頭真っ白で、お前の気持ち全然考えてやれなかった」
あの時とは。
一瞬考えて、それが昨日のことだとすぐに分かった。
お前は首を突っ込むなと突き放された、あの時のことだ。
「俺達のために、一人で小鳥遊事務所に話聞きに行ってたんだろ。辛かったよな」
「う、ううん…、結局俺は、当事者じゃないし…ただ、確かめたかっただけで…」
だからごめんなさい。謝ろうとしたサツキの体から楽の腕が離れる。
ホッと息を吐いたのも束の間、楽はサツキの正面に回り込むと、腰を折ってサツキの顔を覗き込んだ。
「…良かった、泣いてねぇな?」
「な、泣きたいの…俺じゃないでしょ」
目の前に近付いてきた楽の顔から目を逸らす。
あの決断の日からたったの1日。思いを封印する為に楽と距離を開けてから数日。
サツキには、まだこの距離が耐え難かった。
「…あの、ごめん俺…台本読むから部屋に…」
「待てよ」
楽の手が、ソファの背に置かれた。
目の前には楽の体。後ろはソファ。自然と逃げ道を失って、サツキははっと息を飲んだ。
「…あ、あの、楽…あんまり、顔近づけないで」
「なんで?」
「だって…、」
一度口を開いて、すぐに閉じる。
楽に言えるわけがない。楽の事を好きになって、どうしたら良いのかわからないのだとは。
「俺に、言いたいことあんじゃねぇのか」
ちらと楽の顔を視界に入れると、その色の薄い瞳がじいとサツキを見つめていた。
それだけで体が震え出す。
熱い、体が、顔が、全部楽に持って行かれる。
「待って、楽、ほんと俺駄目…」
「…ふ、お前、分かりやすすぎだろ。はあ…今まで、なんで気付かなかったんだろうな…」
「っ!」
楽が目を細めて、小さく溜め息を吐いた。
その息がサツキの髪を揺らし、サツキはぱっと口元を手で覆った。
震える息と煩く鳴り響く鼓動で、ばれてしまう。だから、早く離れて。
「サツキ…もう、ばれてっから、白状しろよ」
「っ、え…」
「愛してるって、言えよ」
サツキの瞳には、テレビで見る八乙女楽が映っていた。
余裕の笑みと、夜に誘う妖艶な口元。
「もう…」
「ん?」
「気付いてるなら、引き出そうとしないでよ…!俺の、こんな気持ち、間違ってるのに…!」
もう隠すことも逃げることも出来ないのだろう。
でもまだ言葉にしていない、今なら引き返せる。
サツキは両手で顔を覆って、首を左右に振った。
見えない視界の向こうで、離れてくれていることを願う。
しかしそれは叶わず、楽の手はサツキの腕を無理矢理引き剥がした。
「っ!?」
「間違ってなんかねぇよ」
さっきよりもずっと近付いていた顔。
そのまま更に距離を縮め、二人の息が一つになる。
「……サツキ、愛してる。俺も同じだ」
唇が震えて、言葉が出ない。
サツキはさっきまで乾いていた唇が、薄らと濡れていることに気付いていた。
ほんの一瞬。一瞬でも確かに触れてしまった。
「が…、」
「言えよ、お前の、本当の気持ちってやつ」
駄目だ。言ったらTRIGGERを駄目にしてしまうかもしれないから。
以前言われた天の言葉を思い出して、再び首を横に振る。
それなのに、サツキの手は楽の頬に伸びていた。
白い肌を包み込んで、そのままするりと頭に回す。
「好き…」
「サツキ」
「どうしよう、俺…っ、楽…!」
「馬鹿。いいんだよ」
楽が嬉しそうに頬を緩めて笑う。
それだけで、全部どうでも良い気がした。
今この瞬間、八乙女楽の笑顔はサツキのだけのものだ。
サツキしか見ていない。サツキだけの。
「やっと…サツキ、俺のもんだ」
同じように楽がサツキの頬を両手で包み込む。
今度は深く重なる唇に、サツキは初めて体で楽を求めた。
全部全部あげたい。でも全部欲しい。
一度溢れ出した思いの止め方など知らず、掻き乱すように楽の背中に回した腕を絡ませた。
・・・
手に持った携帯を見下ろして、一人静かにため息を吐く。
ああ、今頃あの二人はどうしているのか。想像したくもない。
いつもはすぐに気付く電話に応答もなく、送ったメールの返事もない。
「何、やってるんだか」
アイドルとして暗黙のルールがある。
それを破らないようにとサツキに言ったことが裏目に出たのは確かだ。
だからって、どうして背中を押してしまったんだろう。
サツキが部屋を去った後、サツキを哀しませた苛立ちをぶつけるかのように社長へ詰め寄った。
実の息子の言葉が響いたのか、無理矢理部屋に閉じ込め尋問したのが聞いたのか、社長も反省したようだった。
しかしその後だ。
楽が壁に頭をぶつけたきり、動かなくなった。
「…ちょっと、何してんの」
「猛烈な反省中だ、声かけんじゃねえ」
深いため息と、きつく握られた拳。
どうやらふざけているわけではないらしい色男の異様な姿に、天は龍之介を部屋から追い出した。
それからサツキのことでしょ、と。そう言うと、楽は小さく舌を打つ。
「今回ばかりは、まじで情けねぇとこ見せたし…。でも、サツキを誰かに取られると思うと、…くそ、駄目だ」
掠れた声が壁に吸い込まれて消えた。
こんな八乙女楽、見たくない。それが天を焦らせたのかもしれない。
「…僕が言ったんだ。サツキに…本当の気持ちは、気付かれないようにって」
「…本当の気持ち?何だよ、それ」
楽の心は嘗てない程傷付いた。
それを目の前で見ていて、それでも黙っているのがアイドルとしての責務だったのかもしれない。
「サツキが楽のことどう思ってるか…本当に気付いてないの?」
「…俺のこと」
「サツキが楽のことどんな目で見つめてたか…最近いろいろあったせいで忘れてない?」
それでも天は言った。
「僕がそれを隠せって言ったから、サツキは楽に触れられなくなったんだよ」
八乙女楽が、わからないはずないでしょと。
そう問いかければ、案の定楽は一度目を開いて、柄にもなく頬を染めた。
今ようやく波にのったのに、アイドルが恋愛なんて。
不安で、胸がつぶれそうになる。やはり、黙っているべきだっただろうか。
「サンキュ、天」
しかし、楽は笑った。ちゃんと“八乙女楽”の顔で。
天は体を伸ばしたベッドの上で、大きく欠伸をした。
考えるだけ無駄だろう。きっと二人で超えてくれる。それを信じるしかない。
「…はぁ、ほんと、迷惑な人達」
自然に零れた冷たい声は、一人の部屋に沈んだ。
(第八話:終)
追加日:2018/01/20
移動前:2016/05/15
『皆さん、私と四葉環君との関係、気になっていらっしゃるみたいなので』
パシャパシャというシャッターの音と、チカチカと光るフラッシュ。
その眩しさに一度目を細めたサツキは、それを誤魔化すように微笑んだ。
『私と四葉環君は幼馴染なんです。舞台に立つ前から仲良しなんですよ』
サツキの背後に映っているのは八乙女事務所の入り口だ。
詰め寄る数人のマスコミに、警備員が慌てて間に割り込もうとする。
それも軽い笑みで制したサツキは「よく聞いてくださいね」とマイクに向けて言った。
『俺は男です。…妹とか恋人とか、そういうのは有り得ません』
まあ今更改めて言うことではないですよね。
と笑いながら言うサツキに対し、困惑の声が上がる。
とはいえスッピンのせいか、確かに少し顔つきが青年らしいものだ。
『ここで、男性であるという証拠を見せていただくことは…?』
すぐさま向けられた質問に、サツキの眉が八の字に下がる。
「胸でも触りますか?」と問い返せば、テレビの演出か、一度胸に画面が寄った。
『どうして突然プロフィールを公開することにしたのですか?』
『他の方々に迷惑をかけてまで守りたいことではないですから』
『事務所の指示で?』
『あー…いえ。今独断で…もしかしたら明日首になってるかもしれません。牧野サツキの見納めにならないよう、祈っていて下さい』
テレビに映るサツキの姿は、開き直っているのか涼しいものだった。
いや、本当は、もっと他に方法があったのではないかと冷静になった頭で考える。
けれど社長の卑劣な策略を知ったあの時。冷静な判断など出来るはずもなかったのだ。
「まさか…お前が先に親父に啖呵切るとはな」
テレビから目を逸らしたサツキの後ろで、楽がふっと吐息混じりに呟く。
ずっと楽が後ろにいることには気付いていた。けれど、振り返れなかった。
こんな勝手な行動、TRIGGERは許さないはず。
「サツキ」
「…」
「俺らもあの後親父をこらしめてやったよ」
サツキの言葉を待たず、楽は静かに続けた。
「サウンドシップでステージに立てなかったのも、曲盗んだってのも、許せるわけねぇだろ」
「…、」
「お前だけじゃねえよ。俺達だって同じこと思ってる」
足音が近付いて来る。
思わず振り返ろうと手をソファに乗せたサツキは、そのまま後ろから抱き締められていた。
振り返れない。頬に楽の髪が触れている。
「サツキ…悪かったな」
「どうして…?」
「あんときは頭真っ白で、お前の気持ち全然考えてやれなかった」
あの時とは。
一瞬考えて、それが昨日のことだとすぐに分かった。
お前は首を突っ込むなと突き放された、あの時のことだ。
「俺達のために、一人で小鳥遊事務所に話聞きに行ってたんだろ。辛かったよな」
「う、ううん…、結局俺は、当事者じゃないし…ただ、確かめたかっただけで…」
だからごめんなさい。謝ろうとしたサツキの体から楽の腕が離れる。
ホッと息を吐いたのも束の間、楽はサツキの正面に回り込むと、腰を折ってサツキの顔を覗き込んだ。
「…良かった、泣いてねぇな?」
「な、泣きたいの…俺じゃないでしょ」
目の前に近付いてきた楽の顔から目を逸らす。
あの決断の日からたったの1日。思いを封印する為に楽と距離を開けてから数日。
サツキには、まだこの距離が耐え難かった。
「…あの、ごめん俺…台本読むから部屋に…」
「待てよ」
楽の手が、ソファの背に置かれた。
目の前には楽の体。後ろはソファ。自然と逃げ道を失って、サツキははっと息を飲んだ。
「…あ、あの、楽…あんまり、顔近づけないで」
「なんで?」
「だって…、」
一度口を開いて、すぐに閉じる。
楽に言えるわけがない。楽の事を好きになって、どうしたら良いのかわからないのだとは。
「俺に、言いたいことあんじゃねぇのか」
ちらと楽の顔を視界に入れると、その色の薄い瞳がじいとサツキを見つめていた。
それだけで体が震え出す。
熱い、体が、顔が、全部楽に持って行かれる。
「待って、楽、ほんと俺駄目…」
「…ふ、お前、分かりやすすぎだろ。はあ…今まで、なんで気付かなかったんだろうな…」
「っ!」
楽が目を細めて、小さく溜め息を吐いた。
その息がサツキの髪を揺らし、サツキはぱっと口元を手で覆った。
震える息と煩く鳴り響く鼓動で、ばれてしまう。だから、早く離れて。
「サツキ…もう、ばれてっから、白状しろよ」
「っ、え…」
「愛してるって、言えよ」
サツキの瞳には、テレビで見る八乙女楽が映っていた。
余裕の笑みと、夜に誘う妖艶な口元。
「もう…」
「ん?」
「気付いてるなら、引き出そうとしないでよ…!俺の、こんな気持ち、間違ってるのに…!」
もう隠すことも逃げることも出来ないのだろう。
でもまだ言葉にしていない、今なら引き返せる。
サツキは両手で顔を覆って、首を左右に振った。
見えない視界の向こうで、離れてくれていることを願う。
しかしそれは叶わず、楽の手はサツキの腕を無理矢理引き剥がした。
「っ!?」
「間違ってなんかねぇよ」
さっきよりもずっと近付いていた顔。
そのまま更に距離を縮め、二人の息が一つになる。
「……サツキ、愛してる。俺も同じだ」
唇が震えて、言葉が出ない。
サツキはさっきまで乾いていた唇が、薄らと濡れていることに気付いていた。
ほんの一瞬。一瞬でも確かに触れてしまった。
「が…、」
「言えよ、お前の、本当の気持ちってやつ」
駄目だ。言ったらTRIGGERを駄目にしてしまうかもしれないから。
以前言われた天の言葉を思い出して、再び首を横に振る。
それなのに、サツキの手は楽の頬に伸びていた。
白い肌を包み込んで、そのままするりと頭に回す。
「好き…」
「サツキ」
「どうしよう、俺…っ、楽…!」
「馬鹿。いいんだよ」
楽が嬉しそうに頬を緩めて笑う。
それだけで、全部どうでも良い気がした。
今この瞬間、八乙女楽の笑顔はサツキのだけのものだ。
サツキしか見ていない。サツキだけの。
「やっと…サツキ、俺のもんだ」
同じように楽がサツキの頬を両手で包み込む。
今度は深く重なる唇に、サツキは初めて体で楽を求めた。
全部全部あげたい。でも全部欲しい。
一度溢れ出した思いの止め方など知らず、掻き乱すように楽の背中に回した腕を絡ませた。
・・・
手に持った携帯を見下ろして、一人静かにため息を吐く。
ああ、今頃あの二人はどうしているのか。想像したくもない。
いつもはすぐに気付く電話に応答もなく、送ったメールの返事もない。
「何、やってるんだか」
アイドルとして暗黙のルールがある。
それを破らないようにとサツキに言ったことが裏目に出たのは確かだ。
だからって、どうして背中を押してしまったんだろう。
サツキが部屋を去った後、サツキを哀しませた苛立ちをぶつけるかのように社長へ詰め寄った。
実の息子の言葉が響いたのか、無理矢理部屋に閉じ込め尋問したのが聞いたのか、社長も反省したようだった。
しかしその後だ。
楽が壁に頭をぶつけたきり、動かなくなった。
「…ちょっと、何してんの」
「猛烈な反省中だ、声かけんじゃねえ」
深いため息と、きつく握られた拳。
どうやらふざけているわけではないらしい色男の異様な姿に、天は龍之介を部屋から追い出した。
それからサツキのことでしょ、と。そう言うと、楽は小さく舌を打つ。
「今回ばかりは、まじで情けねぇとこ見せたし…。でも、サツキを誰かに取られると思うと、…くそ、駄目だ」
掠れた声が壁に吸い込まれて消えた。
こんな八乙女楽、見たくない。それが天を焦らせたのかもしれない。
「…僕が言ったんだ。サツキに…本当の気持ちは、気付かれないようにって」
「…本当の気持ち?何だよ、それ」
楽の心は嘗てない程傷付いた。
それを目の前で見ていて、それでも黙っているのがアイドルとしての責務だったのかもしれない。
「サツキが楽のことどう思ってるか…本当に気付いてないの?」
「…俺のこと」
「サツキが楽のことどんな目で見つめてたか…最近いろいろあったせいで忘れてない?」
それでも天は言った。
「僕がそれを隠せって言ったから、サツキは楽に触れられなくなったんだよ」
八乙女楽が、わからないはずないでしょと。
そう問いかければ、案の定楽は一度目を開いて、柄にもなく頬を染めた。
今ようやく波にのったのに、アイドルが恋愛なんて。
不安で、胸がつぶれそうになる。やはり、黙っているべきだっただろうか。
「サンキュ、天」
しかし、楽は笑った。ちゃんと“八乙女楽”の顔で。
天は体を伸ばしたベッドの上で、大きく欠伸をした。
考えるだけ無駄だろう。きっと二人で超えてくれる。それを信じるしかない。
「…はぁ、ほんと、迷惑な人達」
自然に零れた冷たい声は、一人の部屋に沈んだ。
(第八話:終)
追加日:2018/01/20
移動前:2016/05/15