八乙女楽(IDOLiSH7)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
7.できること
サウンドシップ後、サツキはこっぴどくマネージャーに叱られることとなった。
一部世間で騒がれるようになった四葉環と牧野サツキの噂。
恋人だとか、熱愛だとか、実は四葉環の妹だとか…四葉環が他事務所のアーティストを抱き締めたという事実は尾をつけて広がっていった。
むしろ被害者はサツキのはずだが、アイドルを相手にしている以上注意すべきは自分だった。
そうガミガミと言われたままミーティングルームに置き去りにされ、サツキはしょぼくれた顔で机に突っ伏した。
「俺だって…悩んでるのにな…」
環のこともそう。それからIDOLiSH7とTRIGGERの楽曲にまつわる疑惑。
そして、楽への想い。
「…ッ」
思い返しただけで顔が熱くなり、涙が出そうになる。
あの日以降、楽とはまともに顔を合わせていない。
「こういう時こそ…傍にいたいのに…」
楽が傍にいてくれるだけで、どれだけ救われるか。
でも今会ってしまったら、この気持ちをどうしたら良いのか分からなくなるだろう。
サツキはすんっと息を吸い込み、もぞと顔を上げた。
「誰が?」
「…っ!!??」
頭の上から聞こえて来た声に、サツキは椅子をがたっと揺らしてのけ反っていた。
見上げた先にいるのは、TRIGGERのセンター九条天だ。
「び、びっくり、した…。お疲れ様、サウンドシップ以来…あっ」
ばくばくと高鳴った胸を押さえ、誤魔化すために焦って口をついた言葉に青ざめる。
サウンドシップ、八乙女社長の勝手な都合に振り回され、TRIGGERはプライドを傷つけられたのだ。
まだ和解だってしていないだろう。
「いいよ、別に。それよりサツキこそ、何か嘆いていたけど」
「あ、えっと…。はい、サウンドシップでのこと、怒られちゃって」
「仕方ないよ。人気者が正義だから」
天の手が、サツキの頭にぽんと置かれた。
なんだか自嘲するような、天らしくない反応だ。言葉もそう、天らしくない諦めたような。
「…落ち込んでいるところ申し訳ないけど、僕からも一つ言っておきたいことがあるんだよね」
「え、あ、何ですか?」
「楽にその気持ち、伝えないで。絶対に」
サツキは暫くぽかんとしたまま天を見上げていた。
その気持ちって、どの。当然のように抱いた疑問は、次第に明確なものへと変わっていく。
「え…、あ、なんで…」
「サツキの思いは、TRIGGERを壊すから」
なんで知っているの。と、問いかける前に、天は静かに首を横に振った。
天の目があまりに透き通っていて、全て見透かされたかのような錯覚に血の気が引く。
さっきの独り言のせいか、それともあの日の歌から察するものがあったのか、それとも。
「知ってたよ、ずっと。自覚してないみたいだから目をつぶってたけど」
「っ…」
「…サツキは、今のままじゃ不満なの?」
ぱくぱくと口の開閉を口返すサツキに、天は小さく溜め息を吐いた。
呆れと同情を含んだ「じゃあね」を告げた天は、また音を立てずにひっそりと部屋を出ていく。
再び一人にされたサツキは、俯くと同時に両手で自分の顔を覆った。
「…」
人気アイドルである八乙女楽。兄弟である八乙女楽。どうあっても、この思いは認められるものではない。
そんなこと、考えるまでもなかった。
「…不満なんて、あるわけないよ」
小さな施設で育ち、楽の弟になった。
楽が帰る家で待っていられるなんて、多くの人が思い描く、叶えることの出来ない夢の中にいるのに。
サツキは胸の中のもやを吐き出すように、大きく息を吐いた。
「この想いがどうなろうと、好きな人の傍にはいられるんだから…」
だから現状に満足しなければならないし、それだけでも駄目だ。
サツキは一度深呼吸をしてから、自分の携帯電話を握り締めた。
せめて楽の弟としてふさわしくある為に。
楽への恋心を忘れていられるように。
「もしもし、環君?」
携帯電話に耳を寄せながら、椅子を引いて立ち上がる。
お節介で余計なお世話である自覚はあった。それでも気にせずにはいられない問題に向き合う為に、サツキはスケジュール帳へ新たな予定を書き込んでいた。
・・・
珍しくびっしり埋まったスケジュール。
といっても仕事が入っているのではなく、レッスンの他、美容室、買い出しとプライベートの予定ばかりだ。
普段ならリフレッシュできる良い期間。しかし、サツキはげっそりとした顔で事務所に向かっていた。
「はぁ…」
サツキはここ数日小鳥遊事務所に通っていた。
一度目は、「関係者以外にお話しすることはありません」と和泉一織に追い返された。
二度目は、「マネージャーがいないからな…」とIDOLiSH7のリーダーである二階堂大和を困らせた。
そして三度目。
ようやく面会を許されたサツキは、小鳥遊紡を目の前に深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。俺はただ…疑いたくなくて、確かめたかっただけなんです」
TRIGGERの新曲は、IDOLiSH7のものだったのではないですか。
サツキが環が口走った言葉が気付くきっかけだったと言えば、紡と一織は目を合わせ、悩んだ末に口を開いた。
「楽曲のことは、牧野さんの想像通りです。ですが、このことは他言無用でお願いします。事実の追及なんて、我々は求めていません」
「ファンの皆さんを悲しませることは、したくないんです」
一織と紡の言葉に、サツキは異論なく頷いた。
元々犯人捜しだとか、公にしようだとか考えているわけでない。ただの自己満足だ。
せめて自分の父親が悪い道に足を踏み込んでいるのなら、引き留める役目は担うつもりだった。
しかし、結局サツキは得たものは、自分の無力さへの自覚だけ。
歌を奪われたIDOLiSH7の苦悩、何も知らずに歌っているTRIGGERの傷つけられていく名誉。
彼等を救うことなど、サツキにはどう足掻いてもできないのだ。
「っ集中しなきゃ…この後ミーティングで、マネージャーとの打ち合わせ…」
などとプライベートを引きずっていては、またマネージャーに怒られてしまう。
サツキは一度腰に手を当て、背筋を伸ばしてから顔を上げた。
虚しさとか悔しさとか、いろんな感情に心の整理が出来ていないまま、鞄を肩にかけて部屋を出る。
その時、偶然にもサツキの視界に見知った人の姿が映った。
「…天…?」
思わず嘗てのように名前を呼んでしまい、ぱっと口を押さえる。
サツキが見たのは、九条天が階段を上がっていく姿。
無意識に知った背中を追いかけたサツキは、天の消えた部屋の前で立ち尽くした。
参っていたせいだろう、もしこの部屋にTRIGGERがいるのなら、楽がいるのなら顔だけでも見たい。それで安心したい、気持ちを落ち着けたい、だなんて。
その誘惑に負け、ノックする為の拳をきゅっと握り締める。。
「…どういうことだよ、それ!」
その瞬間、荒げた楽の声と、ばんっと何かを叩くような音が聞こえて来た。
ノックをするつもりだったサツキの手は咄嗟にドアノブを掴む。
「盗んだ歌を歌ってたってのかよ…!」
勢いよく開けたドアの内側で、楽は怒りを露わにしていた。
楽が座っていたのだろう椅子は床に倒れ、何かドラマかトーク番組かの台本が床に落ちている。
そしてそこにいた三人の視線は、同時にサツキの方へと向けられた。
「あ…っ」
「なに、してんだよ、サツキ…」
楽が呆然としたまま声を震わせる。
龍之介も楽と同じような表情で固まり、天はゆっくりとサツキの方へ体を向けた。
「サツキ、ノックもなく覗くなんて許した覚えないけど」
「ご、ごめんなさい…」
「…今の聞いた?」
天が無表情のまま問いかける。
サツキは目を開いたまま固まってしまった。
確かに聞いた。そして確信した、TRIGGERの皆も知ってしまったのだと。
「その割には、驚いてないね?知ってた?」
「俺…は、」
「サツキのマネージャーが言ってたよ。最近一人で小鳥遊事務所に行ってるって」
向こうのお友達から聞いたの?と冗談めかして言う天の顔は、吐息混じりの声とは裏腹に全然笑えていない。
サツキは慌てて部屋に足を踏み入れると、天の腕をぎゅっと掴んだ。
「…、九条さん、ごめんなさい、勝手なことして…」
「別に」
冷めきったような、絶望したような顔。
サツキは震える手を天から離すと、体の前で両手をぎゅっと合わせた。
空気が重い。息苦しい。何を言ったら良いのか、整理できない。
「いつから知ってた?知ってて…どうして俺達に言わなかった」
いつもは甘さと色気を帯びる楽の声が、怒りを含んで低く響く。
楽の気高い心とプライドは傷ついているはずだ。
だからこそ、サツキは俯いたまま唇を噛む。
「小鳥遊のマネージャーが口走ったんだよ。俺達がリリースする前から、あの曲を歌ってたってこと」
「…っ」
「問い詰めたらやっぱりそうだった。俺達の新曲は、あいつらのデビュー曲になるはずだったってな」
どうしてそれを黙っていたのか。楽がもう一度サツキに問いかける。
サツキは楽の足元を見つめたまま息を吸い込んだ。
「っ、い…言わなかったのは、楽に、皆に教えても悲しくなるだけって分かってたから…」
「だからって、知らずに歌い続けろってのか」
「でも、そうするしか…!だって、今更どうすることも出来ないでしょう…!?」
知ったら悲しくなる。歌えなくなる。
一度TRIGGERのものになった曲をIDOLiSH7に返せるはずもない。
「知らない方がいい…俺は、そう思って…」
これ以上何を言って良いか分からず、サツキは逃げるように後ずさった。
同時に楽が距離を縮める。
追い詰められたサツキの背中は壁にとんとぶつかっていた。
「…幻滅したろ」
「えっ…」
「お前の大好きなグループの曲奪って歌ってたんだもんな」
「、そんなの…!皆はもらった歌を歌っただけで…悪くないのにそんなこと…っ」
楽の切ない嘆きに、思わず顔を上げる。
思っていたよりも近くにあった楽の顔は、今にも涙が零れ落ちそうな程に歪んでいた。
「でも、お前は…あっちを選んだ」
「え…」
「そういうことだろ」
どういうことか分からず、楽の顔をじっと見つめる。
その視線は交じわることなく、楽の手がとんっとサツキの肩を押した。
「お前はもうこのことに首突っ込むな」
「楽…」
「これ以上…お前に格好悪い所、見せたくねぇから」
楽の手が、サツキの背中にあるドアを開け放った。
そのまま部屋を追い出され、ばたんと空間を遮断させられる。
静寂の中、サツキは動くことが出来なかった。
楽の歪んだ顔が頭を離れない。それでなくても悔しい思いをしたばかりなのに、また突き落とされたのだ。
「俺に、出来ることはないの…?」
TRIGGERの問題に口は出せない。
なら、今の自分には何ができる。
「八乙女さん…、俺は、」
意味もなく振り返り、迷子のように視線をさまよわせる。
サツキは今まで社長の言うことには全て従ってきた。
女であるように振舞うことも、八乙女の養子であることを隠すことも、何もかも八乙女が考えた設定どおり。
その結果、サツキは四葉環をスキャンダルに巻き込むことになった。
「貴方は、これも、笑って見てるんですか…。もしそうなら、俺は…」
サツキは深呼吸の後、一歩踏み出した。
事務所の前には、誰かしらカメラを構えて立っているはずだ。
今の自分にできる精一杯の抵抗の為に、サツキは事務所の外へと駆け出した。
そして言う、「真実をお話しします」と。
(第七話・終)
追加日:2017/01/01
移動前:2016/03/19
サウンドシップ後、サツキはこっぴどくマネージャーに叱られることとなった。
一部世間で騒がれるようになった四葉環と牧野サツキの噂。
恋人だとか、熱愛だとか、実は四葉環の妹だとか…四葉環が他事務所のアーティストを抱き締めたという事実は尾をつけて広がっていった。
むしろ被害者はサツキのはずだが、アイドルを相手にしている以上注意すべきは自分だった。
そうガミガミと言われたままミーティングルームに置き去りにされ、サツキはしょぼくれた顔で机に突っ伏した。
「俺だって…悩んでるのにな…」
環のこともそう。それからIDOLiSH7とTRIGGERの楽曲にまつわる疑惑。
そして、楽への想い。
「…ッ」
思い返しただけで顔が熱くなり、涙が出そうになる。
あの日以降、楽とはまともに顔を合わせていない。
「こういう時こそ…傍にいたいのに…」
楽が傍にいてくれるだけで、どれだけ救われるか。
でも今会ってしまったら、この気持ちをどうしたら良いのか分からなくなるだろう。
サツキはすんっと息を吸い込み、もぞと顔を上げた。
「誰が?」
「…っ!!??」
頭の上から聞こえて来た声に、サツキは椅子をがたっと揺らしてのけ反っていた。
見上げた先にいるのは、TRIGGERのセンター九条天だ。
「び、びっくり、した…。お疲れ様、サウンドシップ以来…あっ」
ばくばくと高鳴った胸を押さえ、誤魔化すために焦って口をついた言葉に青ざめる。
サウンドシップ、八乙女社長の勝手な都合に振り回され、TRIGGERはプライドを傷つけられたのだ。
まだ和解だってしていないだろう。
「いいよ、別に。それよりサツキこそ、何か嘆いていたけど」
「あ、えっと…。はい、サウンドシップでのこと、怒られちゃって」
「仕方ないよ。人気者が正義だから」
天の手が、サツキの頭にぽんと置かれた。
なんだか自嘲するような、天らしくない反応だ。言葉もそう、天らしくない諦めたような。
「…落ち込んでいるところ申し訳ないけど、僕からも一つ言っておきたいことがあるんだよね」
「え、あ、何ですか?」
「楽にその気持ち、伝えないで。絶対に」
サツキは暫くぽかんとしたまま天を見上げていた。
その気持ちって、どの。当然のように抱いた疑問は、次第に明確なものへと変わっていく。
「え…、あ、なんで…」
「サツキの思いは、TRIGGERを壊すから」
なんで知っているの。と、問いかける前に、天は静かに首を横に振った。
天の目があまりに透き通っていて、全て見透かされたかのような錯覚に血の気が引く。
さっきの独り言のせいか、それともあの日の歌から察するものがあったのか、それとも。
「知ってたよ、ずっと。自覚してないみたいだから目をつぶってたけど」
「っ…」
「…サツキは、今のままじゃ不満なの?」
ぱくぱくと口の開閉を口返すサツキに、天は小さく溜め息を吐いた。
呆れと同情を含んだ「じゃあね」を告げた天は、また音を立てずにひっそりと部屋を出ていく。
再び一人にされたサツキは、俯くと同時に両手で自分の顔を覆った。
「…」
人気アイドルである八乙女楽。兄弟である八乙女楽。どうあっても、この思いは認められるものではない。
そんなこと、考えるまでもなかった。
「…不満なんて、あるわけないよ」
小さな施設で育ち、楽の弟になった。
楽が帰る家で待っていられるなんて、多くの人が思い描く、叶えることの出来ない夢の中にいるのに。
サツキは胸の中のもやを吐き出すように、大きく息を吐いた。
「この想いがどうなろうと、好きな人の傍にはいられるんだから…」
だから現状に満足しなければならないし、それだけでも駄目だ。
サツキは一度深呼吸をしてから、自分の携帯電話を握り締めた。
せめて楽の弟としてふさわしくある為に。
楽への恋心を忘れていられるように。
「もしもし、環君?」
携帯電話に耳を寄せながら、椅子を引いて立ち上がる。
お節介で余計なお世話である自覚はあった。それでも気にせずにはいられない問題に向き合う為に、サツキはスケジュール帳へ新たな予定を書き込んでいた。
・・・
珍しくびっしり埋まったスケジュール。
といっても仕事が入っているのではなく、レッスンの他、美容室、買い出しとプライベートの予定ばかりだ。
普段ならリフレッシュできる良い期間。しかし、サツキはげっそりとした顔で事務所に向かっていた。
「はぁ…」
サツキはここ数日小鳥遊事務所に通っていた。
一度目は、「関係者以外にお話しすることはありません」と和泉一織に追い返された。
二度目は、「マネージャーがいないからな…」とIDOLiSH7のリーダーである二階堂大和を困らせた。
そして三度目。
ようやく面会を許されたサツキは、小鳥遊紡を目の前に深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。俺はただ…疑いたくなくて、確かめたかっただけなんです」
TRIGGERの新曲は、IDOLiSH7のものだったのではないですか。
サツキが環が口走った言葉が気付くきっかけだったと言えば、紡と一織は目を合わせ、悩んだ末に口を開いた。
「楽曲のことは、牧野さんの想像通りです。ですが、このことは他言無用でお願いします。事実の追及なんて、我々は求めていません」
「ファンの皆さんを悲しませることは、したくないんです」
一織と紡の言葉に、サツキは異論なく頷いた。
元々犯人捜しだとか、公にしようだとか考えているわけでない。ただの自己満足だ。
せめて自分の父親が悪い道に足を踏み込んでいるのなら、引き留める役目は担うつもりだった。
しかし、結局サツキは得たものは、自分の無力さへの自覚だけ。
歌を奪われたIDOLiSH7の苦悩、何も知らずに歌っているTRIGGERの傷つけられていく名誉。
彼等を救うことなど、サツキにはどう足掻いてもできないのだ。
「っ集中しなきゃ…この後ミーティングで、マネージャーとの打ち合わせ…」
などとプライベートを引きずっていては、またマネージャーに怒られてしまう。
サツキは一度腰に手を当て、背筋を伸ばしてから顔を上げた。
虚しさとか悔しさとか、いろんな感情に心の整理が出来ていないまま、鞄を肩にかけて部屋を出る。
その時、偶然にもサツキの視界に見知った人の姿が映った。
「…天…?」
思わず嘗てのように名前を呼んでしまい、ぱっと口を押さえる。
サツキが見たのは、九条天が階段を上がっていく姿。
無意識に知った背中を追いかけたサツキは、天の消えた部屋の前で立ち尽くした。
参っていたせいだろう、もしこの部屋にTRIGGERがいるのなら、楽がいるのなら顔だけでも見たい。それで安心したい、気持ちを落ち着けたい、だなんて。
その誘惑に負け、ノックする為の拳をきゅっと握り締める。。
「…どういうことだよ、それ!」
その瞬間、荒げた楽の声と、ばんっと何かを叩くような音が聞こえて来た。
ノックをするつもりだったサツキの手は咄嗟にドアノブを掴む。
「盗んだ歌を歌ってたってのかよ…!」
勢いよく開けたドアの内側で、楽は怒りを露わにしていた。
楽が座っていたのだろう椅子は床に倒れ、何かドラマかトーク番組かの台本が床に落ちている。
そしてそこにいた三人の視線は、同時にサツキの方へと向けられた。
「あ…っ」
「なに、してんだよ、サツキ…」
楽が呆然としたまま声を震わせる。
龍之介も楽と同じような表情で固まり、天はゆっくりとサツキの方へ体を向けた。
「サツキ、ノックもなく覗くなんて許した覚えないけど」
「ご、ごめんなさい…」
「…今の聞いた?」
天が無表情のまま問いかける。
サツキは目を開いたまま固まってしまった。
確かに聞いた。そして確信した、TRIGGERの皆も知ってしまったのだと。
「その割には、驚いてないね?知ってた?」
「俺…は、」
「サツキのマネージャーが言ってたよ。最近一人で小鳥遊事務所に行ってるって」
向こうのお友達から聞いたの?と冗談めかして言う天の顔は、吐息混じりの声とは裏腹に全然笑えていない。
サツキは慌てて部屋に足を踏み入れると、天の腕をぎゅっと掴んだ。
「…、九条さん、ごめんなさい、勝手なことして…」
「別に」
冷めきったような、絶望したような顔。
サツキは震える手を天から離すと、体の前で両手をぎゅっと合わせた。
空気が重い。息苦しい。何を言ったら良いのか、整理できない。
「いつから知ってた?知ってて…どうして俺達に言わなかった」
いつもは甘さと色気を帯びる楽の声が、怒りを含んで低く響く。
楽の気高い心とプライドは傷ついているはずだ。
だからこそ、サツキは俯いたまま唇を噛む。
「小鳥遊のマネージャーが口走ったんだよ。俺達がリリースする前から、あの曲を歌ってたってこと」
「…っ」
「問い詰めたらやっぱりそうだった。俺達の新曲は、あいつらのデビュー曲になるはずだったってな」
どうしてそれを黙っていたのか。楽がもう一度サツキに問いかける。
サツキは楽の足元を見つめたまま息を吸い込んだ。
「っ、い…言わなかったのは、楽に、皆に教えても悲しくなるだけって分かってたから…」
「だからって、知らずに歌い続けろってのか」
「でも、そうするしか…!だって、今更どうすることも出来ないでしょう…!?」
知ったら悲しくなる。歌えなくなる。
一度TRIGGERのものになった曲をIDOLiSH7に返せるはずもない。
「知らない方がいい…俺は、そう思って…」
これ以上何を言って良いか分からず、サツキは逃げるように後ずさった。
同時に楽が距離を縮める。
追い詰められたサツキの背中は壁にとんとぶつかっていた。
「…幻滅したろ」
「えっ…」
「お前の大好きなグループの曲奪って歌ってたんだもんな」
「、そんなの…!皆はもらった歌を歌っただけで…悪くないのにそんなこと…っ」
楽の切ない嘆きに、思わず顔を上げる。
思っていたよりも近くにあった楽の顔は、今にも涙が零れ落ちそうな程に歪んでいた。
「でも、お前は…あっちを選んだ」
「え…」
「そういうことだろ」
どういうことか分からず、楽の顔をじっと見つめる。
その視線は交じわることなく、楽の手がとんっとサツキの肩を押した。
「お前はもうこのことに首突っ込むな」
「楽…」
「これ以上…お前に格好悪い所、見せたくねぇから」
楽の手が、サツキの背中にあるドアを開け放った。
そのまま部屋を追い出され、ばたんと空間を遮断させられる。
静寂の中、サツキは動くことが出来なかった。
楽の歪んだ顔が頭を離れない。それでなくても悔しい思いをしたばかりなのに、また突き落とされたのだ。
「俺に、出来ることはないの…?」
TRIGGERの問題に口は出せない。
なら、今の自分には何ができる。
「八乙女さん…、俺は、」
意味もなく振り返り、迷子のように視線をさまよわせる。
サツキは今まで社長の言うことには全て従ってきた。
女であるように振舞うことも、八乙女の養子であることを隠すことも、何もかも八乙女が考えた設定どおり。
その結果、サツキは四葉環をスキャンダルに巻き込むことになった。
「貴方は、これも、笑って見てるんですか…。もしそうなら、俺は…」
サツキは深呼吸の後、一歩踏み出した。
事務所の前には、誰かしらカメラを構えて立っているはずだ。
今の自分にできる精一杯の抵抗の為に、サツキは事務所の外へと駆け出した。
そして言う、「真実をお話しします」と。
(第七話・終)
追加日:2017/01/01
移動前:2016/03/19