八乙女楽(IDOLiSH7)
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5.チャンス
インターホンを押して数秒。
緊張を押し殺して待ちわびるサツキの目の前の扉がゆっくりと開く。
同時に覗いたのはふわと揺れる綺麗な髪と、サツキを見上げる大きな瞳。
「すみません、お忙しいところお邪魔してしまって…」
深々と頭を下げて、ちらと視線を前方に向ける。
そこにいるのは小柄で可愛らしい容貌の女性だ。ひらと揺れる短いスカートに思わず目を逸らし体を起こす。
その女性は、じいとサツキを見上げた後、恥ずかしそうに頬を薄く染めた。
「…牧野サツキさん」
「はい」
「あ、あの、お、お待ちしていました!どうぞ上がってください!」
可愛らしい少女にしか見えないが、どうやらこの事務所のマネージャーで間違いないらしい。
招かれるまま部屋に通され、「八乙女事務所の牧野サツキさんです。」と綺麗な声が紡げば、見たことのある面々の目が一斉にサツキに集まった。
・・・
・・
その日、サツキは事務所の一室に呼ばれていた。
話したいことがあると、連絡を寄こしたのは天だった。
そわそわと自分の手を意味もなく擦ってしまうのは、「天が呼んだ」という状況が原因だろう。
楽や龍之介と違って緊張してしまうのは相変わらずのまま、誰も入ってこないドアをじっと見つめていた。
「よお」
そんな軽い挨拶と同時に、部屋に入ってきたのは楽だった。
少しホッとして、小さく頭を下げる。
しかし続いて入って来た天に、サツキは背筋をぴっと伸ばした。
「久しぶり、サツキ」
「お、お久しぶりです」
「何それ。緊張してるの?」
今更どうしたの、なんて笑いながら言う九条天は、TRIGGERのセンターだ。
今や日本のトップアイドル、サツキは小刻みに首を横に振って天を見上げた。
「あれからどう?落ち着いてきた頃だと思うけど」
「あ…はい。九条さんの言う通り、時間が解決してくれました」
「そう。それは良かった」
サツキが楽とのことでTRIGGERのファンに目をつけられて数週間。
多少の批判には慣れてきたのと同時に、そんな言葉も次第に減ってきている。
だからもう大丈夫。サツキは懐疑を孕んだ目を向けてくる楽に、目配せして微笑んだ。
「じゃあ、サツキに朗報」
「朗報?」
「楽がどうしても自分から言いたいっていうから、君のマネージャーの仕事奪って来たんだよ」
「おい、それ言うなよ」
仕切り直すかのように、天は椅子を引いてサツキの横に座った。
楽もサツキの正面に座り、肘をテーブルについて頬杖をつく。
二人からの視線に、サツキは朗報とは言われつつもごくりと唾を呑んだ。
「音楽番組『サウンドシップ』、サツキも知っているよね」
「は、はい!今話題の方がよく出演するから、見るようにしてます」
「そう、良かった」
もし同じ番組に出ることがあった時に失礼がないよう、デビューしてからは特にチェックするようにしている。
それがどうしたのだろうと首を傾げると、楽がふっと目元を和らげた。
「サツキ、お前にも出演依頼が来てる」
「え…!?」
「冒頭に、他のグループとのコラボで盛り上げて欲しいんだって」
「共演するのは、俺達TRIGGERと、IDOLiSH7だ」
「ええ!?」
出演依頼という言葉への感動が掻き消えるほど、サツキは驚きで言葉を失っていた。
出演できるだけでも嬉しいのに共演者にTRIGGERがいるなんて。
「え…あ、こ、コラボって、も、もしかしてそれって、じゃあ」
「残念、ボク等じゃないよ」
「え、違うんだ?」
TRIGGERとのパフォーマンス。そんな期待を抱いたサツキに、天は小さく首を振った。
再びきょとんとしたサツキの様子に、楽がふっと笑いながら手を伸ばす。
頭に乗せられた大きな手はわしゃわしゃと乱暴に撫で、サツキの髪を乱した。
「サツキと一緒にパフォーマンスするのは、MEZZO"だ」
「MEZZO"…」
「そういう要望がかなり多いらしい。声の相性だろうな」
乱れた髪を直すこともせず、呆然とその楽の言葉に耳を傾ける。
MEZZO"はIDOLiSH7デビュー前に、人気のあるメンバーである四葉環と逢坂壮五の2名だけでデビューしたグループだ。
その二人とサツキが歌う。有名な番組の冒頭で。
「まあ…どんな理由であれ、嬉しいだろ?」
「うん、嬉しい…!嬉しいよ、皆と…TRIGGERと同じ舞台に立てるんだね…!」
「そう言ってくれると思ってた」
天も楽も嬉しそうに笑っている。
それが余計に嬉しくて、サツキは無意識に楽の手を掴んでぶんぶんと振っていた。
いつかは…なんて思ってはいたが、まさかこんなに早く機会をもらえるなんて。
「チャンス、ちゃんと生かせよ」
しかし、ただ喜んでいるだけではいられない。楽の言う通り、これは大きなチャンスだ。
牧野サツキとしても、それからサツキ個人としても。
「俺、頑張るよ」
本番のことだけではなく、そこに辿り着くまでの道もそう。
サツキには、解決しなければならない問題が残っていた。
・・
・・・
決意の日から、サツキの行動は早かった。
すぐさまIDOLiSH7にアポをとって、事前打合せの機会を与えてもらったのだ。
訪れたのは、IDOLiSH7が所属する小鳥遊事務所。
突然のサツキの訪問に、慌てた様子で真っ先に立ち上がったのは、IDOLiSH7のセンターを務める七瀬陸だった。
「うわあ、本当に牧野サツキだ!」
「ちょっと七瀬さん、失礼ですよ」
「サウンドシップで一緒にパフォーマンスをさせてもらうことになりましたので、今日は挨拶にきました」
お忙しい所すみませんと頭を下げてから、改めて部屋に集まるメンバーに目を向ける。
今人気のアイドル、7人。その全員が揃っているのは、事前にマネージャーに話しておいたおかげだろうか。
「わざわざ足を運んでいただいて有難うございます」
穏やかな声と品のある雰囲気を纏って近付いてくるのは、逢坂壮五…MEZZO"の一人だ。
サツキは緊張を表に出さないよう、笑顔でぱっと手を差し出した。
「はじめまして、逢坂壮五さん。この度は宜しくお願い致します」
「はじめまして。こちらこそ、お話をいただけてとても光栄です。宜しくお願いしますね」
それに気付いた壮五が、笑顔でサツキの手を握りしめる。
生で見るその端正な顔と柔らかい声に思わず頬が緩み、自然とドキドキと胸が高鳴った。
それから視界に映すのは、先程から部屋の奥でじっとこちらを見ている青年だ。
「あ、あの!四葉環…さん。サウンドシップでは、一緒に…」
「嫌だ」
もう一人のMEZZO"のメンバーである四葉環。
しかし、勇気を出してかけた声に、帰って来たのは拒絶の言葉だった。
「アンタとなんて、一緒に歌いたくない」
壮五が驚いた顔をして、環を振り返る。
他のメンバーも同様の反応だ。一斉に環へと視線が移っている。
「アンタとやるぐらいなら、辞退する」
「そ…そんな」
「な、何を言っているんだ環君!」
壮五が環に近付きその肩を叩く。
しかし怒りを露にした環は壮五の手を弾くと、一歩だけサツキの方へと踏み出した。
「そもそも、アンタ、八乙女事務所じゃん。一緒に歌うなんて無理」
「環君!どうしてそんなこと言うんだ…!」
壮五が焦ったように環の手を掴む。
けれど環の勢いは止まらなかった。
「じゃあ、奪った歌、返せよ!」
「え…」
「おいこら、たま!」
この状況をまずいと思ったのか、リーダーの二階堂大和が声を上げる。
それでも環の、サツキを睨むその鋭い目は変わらない。
サツキはつんと鼻の奥が痛くなるのを我慢しながら、ふらつく体を壁で支えた。
まさか、こんな風になってしまうなんて。
「あ、あの、すみません、俺…空気悪くしちゃったみたいで…また、改めて来ます…」
これ以上環の顔を見ていたら、泣き出してしまいそうで。重い空気にしてしまったことも、耐えられなくて。
呼び止める声が聞こえたが、サツキはそれを無視して事務所を飛び出していた。
胸が苦しい。混乱しているせいか、息の仕方さえ分からなくなっていく。
足もから回ってしまい、サツキは壁に手を付き足を止めていた。
「待ってください!」
逃げたいのに、その声はどんどん近付いてきてしまう。
観念して振り返ると、逃がすまいとサツキの腕を掴んだ壮五が揺れる瞳でサツキを見つめていた。
「ごめんなさい…環君が、酷い事を言ってしまって」
「……、」
いえ、お気になさらず。そう言いたかったのに、声が上手く出ない。
情けない顔を見られたくなくて俯いたまま首を横に振ると、壮五は優しくサツキの背中に触れた。
「あの…少し、お話ししませんか」
「…え」
「この近くに、お気に入りのカフェがあるんです。宜しければ」
優しい声に顔を上げると、壮五の手にはシンプルなデザインのハンカチが握られていた。
サツキの顔を見るなり、眉を下げて笑い、そのハンカチをサツキの頬へと当てる。
「本当に、すみませんでした」
「…、いえ…その…こちらこそお時間、いただいても…?」
「…有難うございます!」
きっと、話した方がいい。
一緒にステージに立って、成功させるためには、絶対に。
サツキは受け取ったハンカチで零れてしまった涙を拭い、先を歩き出した壮五の後に続いた。
・・・
爽やかな店員の声に導かれ、お洒落な照明に照らされた窓際の席に腰かける。
初対面の相手と向き合う緊張感。
更にはこれから打ち明ける事への緊張に、サツキはぎゅっとテーブルの下で自分の手を握りしめた。
「…」
どこから話すべきか。
サツキの口は小さく開き、音を発する前に閉じる。
そのサツキの様子を見てか、先に言葉を発したのは壮五だった。
「牧野さんは、環君と同じ施設出身ですよね」
「え…っ、どうしてそれを…!?」
驚きのあまり声が大きくなり、咄嗟に自分の口を押さえる。
壮五は肩をすくめると「やっぱり」と笑った。
「環君があんなに感情を荒立てるのは、妹さんのことを話す時くらいですから」
「あ…そう、なんですか…」
壮五がにこりと笑いながら言うのは、サツキを気遣っての事だろう。
まんまと鎌をかけられたことには気付かないまま、サツキはしゅんと頭を下げた。
「そうです。俺は、10年くらい前まで施設にいました」
「ずいぶん前になるんですね」
「はい…」
施設を出た日のことを忘れたことは一度もない。
あの日のことを思い出すだけで、未だに胸が痛くて苦しくなる。
またじわと込み上げてしまう涙をこらえて、サツキは大きく息を吸い込んだ。
「さっき環君が怒ったのは…環君が妹と離れる原因をつくったのが、俺だからです」
「…え」
壮五が目を大きく開く。その壮五の反応から察しがつく。
環にとってあの日のことは、未だに痛む傷なのだ。
同じグループの仲間である壮五にも相談して、助けを求めるくらい、深い傷になっている。
「俺の声が好きだって…歌ってって、毎日隣に来る環君に歌を聞かせるのが楽しくて、弟が出来たみたいで嬉しくて…」
ずっと一緒にいられると、そんな日常が当たり前だと思っていた幼い頃。
「…俺を引き取りたいって、言う人が現れるまでは…」
全てが変わってしまったあの日。
サツキは記憶を遡るために、天井を見上げて目を閉じた。
→
インターホンを押して数秒。
緊張を押し殺して待ちわびるサツキの目の前の扉がゆっくりと開く。
同時に覗いたのはふわと揺れる綺麗な髪と、サツキを見上げる大きな瞳。
「すみません、お忙しいところお邪魔してしまって…」
深々と頭を下げて、ちらと視線を前方に向ける。
そこにいるのは小柄で可愛らしい容貌の女性だ。ひらと揺れる短いスカートに思わず目を逸らし体を起こす。
その女性は、じいとサツキを見上げた後、恥ずかしそうに頬を薄く染めた。
「…牧野サツキさん」
「はい」
「あ、あの、お、お待ちしていました!どうぞ上がってください!」
可愛らしい少女にしか見えないが、どうやらこの事務所のマネージャーで間違いないらしい。
招かれるまま部屋に通され、「八乙女事務所の牧野サツキさんです。」と綺麗な声が紡げば、見たことのある面々の目が一斉にサツキに集まった。
・・・
・・
その日、サツキは事務所の一室に呼ばれていた。
話したいことがあると、連絡を寄こしたのは天だった。
そわそわと自分の手を意味もなく擦ってしまうのは、「天が呼んだ」という状況が原因だろう。
楽や龍之介と違って緊張してしまうのは相変わらずのまま、誰も入ってこないドアをじっと見つめていた。
「よお」
そんな軽い挨拶と同時に、部屋に入ってきたのは楽だった。
少しホッとして、小さく頭を下げる。
しかし続いて入って来た天に、サツキは背筋をぴっと伸ばした。
「久しぶり、サツキ」
「お、お久しぶりです」
「何それ。緊張してるの?」
今更どうしたの、なんて笑いながら言う九条天は、TRIGGERのセンターだ。
今や日本のトップアイドル、サツキは小刻みに首を横に振って天を見上げた。
「あれからどう?落ち着いてきた頃だと思うけど」
「あ…はい。九条さんの言う通り、時間が解決してくれました」
「そう。それは良かった」
サツキが楽とのことでTRIGGERのファンに目をつけられて数週間。
多少の批判には慣れてきたのと同時に、そんな言葉も次第に減ってきている。
だからもう大丈夫。サツキは懐疑を孕んだ目を向けてくる楽に、目配せして微笑んだ。
「じゃあ、サツキに朗報」
「朗報?」
「楽がどうしても自分から言いたいっていうから、君のマネージャーの仕事奪って来たんだよ」
「おい、それ言うなよ」
仕切り直すかのように、天は椅子を引いてサツキの横に座った。
楽もサツキの正面に座り、肘をテーブルについて頬杖をつく。
二人からの視線に、サツキは朗報とは言われつつもごくりと唾を呑んだ。
「音楽番組『サウンドシップ』、サツキも知っているよね」
「は、はい!今話題の方がよく出演するから、見るようにしてます」
「そう、良かった」
もし同じ番組に出ることがあった時に失礼がないよう、デビューしてからは特にチェックするようにしている。
それがどうしたのだろうと首を傾げると、楽がふっと目元を和らげた。
「サツキ、お前にも出演依頼が来てる」
「え…!?」
「冒頭に、他のグループとのコラボで盛り上げて欲しいんだって」
「共演するのは、俺達TRIGGERと、IDOLiSH7だ」
「ええ!?」
出演依頼という言葉への感動が掻き消えるほど、サツキは驚きで言葉を失っていた。
出演できるだけでも嬉しいのに共演者にTRIGGERがいるなんて。
「え…あ、こ、コラボって、も、もしかしてそれって、じゃあ」
「残念、ボク等じゃないよ」
「え、違うんだ?」
TRIGGERとのパフォーマンス。そんな期待を抱いたサツキに、天は小さく首を振った。
再びきょとんとしたサツキの様子に、楽がふっと笑いながら手を伸ばす。
頭に乗せられた大きな手はわしゃわしゃと乱暴に撫で、サツキの髪を乱した。
「サツキと一緒にパフォーマンスするのは、MEZZO"だ」
「MEZZO"…」
「そういう要望がかなり多いらしい。声の相性だろうな」
乱れた髪を直すこともせず、呆然とその楽の言葉に耳を傾ける。
MEZZO"はIDOLiSH7デビュー前に、人気のあるメンバーである四葉環と逢坂壮五の2名だけでデビューしたグループだ。
その二人とサツキが歌う。有名な番組の冒頭で。
「まあ…どんな理由であれ、嬉しいだろ?」
「うん、嬉しい…!嬉しいよ、皆と…TRIGGERと同じ舞台に立てるんだね…!」
「そう言ってくれると思ってた」
天も楽も嬉しそうに笑っている。
それが余計に嬉しくて、サツキは無意識に楽の手を掴んでぶんぶんと振っていた。
いつかは…なんて思ってはいたが、まさかこんなに早く機会をもらえるなんて。
「チャンス、ちゃんと生かせよ」
しかし、ただ喜んでいるだけではいられない。楽の言う通り、これは大きなチャンスだ。
牧野サツキとしても、それからサツキ個人としても。
「俺、頑張るよ」
本番のことだけではなく、そこに辿り着くまでの道もそう。
サツキには、解決しなければならない問題が残っていた。
・・
・・・
決意の日から、サツキの行動は早かった。
すぐさまIDOLiSH7にアポをとって、事前打合せの機会を与えてもらったのだ。
訪れたのは、IDOLiSH7が所属する小鳥遊事務所。
突然のサツキの訪問に、慌てた様子で真っ先に立ち上がったのは、IDOLiSH7のセンターを務める七瀬陸だった。
「うわあ、本当に牧野サツキだ!」
「ちょっと七瀬さん、失礼ですよ」
「サウンドシップで一緒にパフォーマンスをさせてもらうことになりましたので、今日は挨拶にきました」
お忙しい所すみませんと頭を下げてから、改めて部屋に集まるメンバーに目を向ける。
今人気のアイドル、7人。その全員が揃っているのは、事前にマネージャーに話しておいたおかげだろうか。
「わざわざ足を運んでいただいて有難うございます」
穏やかな声と品のある雰囲気を纏って近付いてくるのは、逢坂壮五…MEZZO"の一人だ。
サツキは緊張を表に出さないよう、笑顔でぱっと手を差し出した。
「はじめまして、逢坂壮五さん。この度は宜しくお願い致します」
「はじめまして。こちらこそ、お話をいただけてとても光栄です。宜しくお願いしますね」
それに気付いた壮五が、笑顔でサツキの手を握りしめる。
生で見るその端正な顔と柔らかい声に思わず頬が緩み、自然とドキドキと胸が高鳴った。
それから視界に映すのは、先程から部屋の奥でじっとこちらを見ている青年だ。
「あ、あの!四葉環…さん。サウンドシップでは、一緒に…」
「嫌だ」
もう一人のMEZZO"のメンバーである四葉環。
しかし、勇気を出してかけた声に、帰って来たのは拒絶の言葉だった。
「アンタとなんて、一緒に歌いたくない」
壮五が驚いた顔をして、環を振り返る。
他のメンバーも同様の反応だ。一斉に環へと視線が移っている。
「アンタとやるぐらいなら、辞退する」
「そ…そんな」
「な、何を言っているんだ環君!」
壮五が環に近付きその肩を叩く。
しかし怒りを露にした環は壮五の手を弾くと、一歩だけサツキの方へと踏み出した。
「そもそも、アンタ、八乙女事務所じゃん。一緒に歌うなんて無理」
「環君!どうしてそんなこと言うんだ…!」
壮五が焦ったように環の手を掴む。
けれど環の勢いは止まらなかった。
「じゃあ、奪った歌、返せよ!」
「え…」
「おいこら、たま!」
この状況をまずいと思ったのか、リーダーの二階堂大和が声を上げる。
それでも環の、サツキを睨むその鋭い目は変わらない。
サツキはつんと鼻の奥が痛くなるのを我慢しながら、ふらつく体を壁で支えた。
まさか、こんな風になってしまうなんて。
「あ、あの、すみません、俺…空気悪くしちゃったみたいで…また、改めて来ます…」
これ以上環の顔を見ていたら、泣き出してしまいそうで。重い空気にしてしまったことも、耐えられなくて。
呼び止める声が聞こえたが、サツキはそれを無視して事務所を飛び出していた。
胸が苦しい。混乱しているせいか、息の仕方さえ分からなくなっていく。
足もから回ってしまい、サツキは壁に手を付き足を止めていた。
「待ってください!」
逃げたいのに、その声はどんどん近付いてきてしまう。
観念して振り返ると、逃がすまいとサツキの腕を掴んだ壮五が揺れる瞳でサツキを見つめていた。
「ごめんなさい…環君が、酷い事を言ってしまって」
「……、」
いえ、お気になさらず。そう言いたかったのに、声が上手く出ない。
情けない顔を見られたくなくて俯いたまま首を横に振ると、壮五は優しくサツキの背中に触れた。
「あの…少し、お話ししませんか」
「…え」
「この近くに、お気に入りのカフェがあるんです。宜しければ」
優しい声に顔を上げると、壮五の手にはシンプルなデザインのハンカチが握られていた。
サツキの顔を見るなり、眉を下げて笑い、そのハンカチをサツキの頬へと当てる。
「本当に、すみませんでした」
「…、いえ…その…こちらこそお時間、いただいても…?」
「…有難うございます!」
きっと、話した方がいい。
一緒にステージに立って、成功させるためには、絶対に。
サツキは受け取ったハンカチで零れてしまった涙を拭い、先を歩き出した壮五の後に続いた。
・・・
爽やかな店員の声に導かれ、お洒落な照明に照らされた窓際の席に腰かける。
初対面の相手と向き合う緊張感。
更にはこれから打ち明ける事への緊張に、サツキはぎゅっとテーブルの下で自分の手を握りしめた。
「…」
どこから話すべきか。
サツキの口は小さく開き、音を発する前に閉じる。
そのサツキの様子を見てか、先に言葉を発したのは壮五だった。
「牧野さんは、環君と同じ施設出身ですよね」
「え…っ、どうしてそれを…!?」
驚きのあまり声が大きくなり、咄嗟に自分の口を押さえる。
壮五は肩をすくめると「やっぱり」と笑った。
「環君があんなに感情を荒立てるのは、妹さんのことを話す時くらいですから」
「あ…そう、なんですか…」
壮五がにこりと笑いながら言うのは、サツキを気遣っての事だろう。
まんまと鎌をかけられたことには気付かないまま、サツキはしゅんと頭を下げた。
「そうです。俺は、10年くらい前まで施設にいました」
「ずいぶん前になるんですね」
「はい…」
施設を出た日のことを忘れたことは一度もない。
あの日のことを思い出すだけで、未だに胸が痛くて苦しくなる。
またじわと込み上げてしまう涙をこらえて、サツキは大きく息を吸い込んだ。
「さっき環君が怒ったのは…環君が妹と離れる原因をつくったのが、俺だからです」
「…え」
壮五が目を大きく開く。その壮五の反応から察しがつく。
環にとってあの日のことは、未だに痛む傷なのだ。
同じグループの仲間である壮五にも相談して、助けを求めるくらい、深い傷になっている。
「俺の声が好きだって…歌ってって、毎日隣に来る環君に歌を聞かせるのが楽しくて、弟が出来たみたいで嬉しくて…」
ずっと一緒にいられると、そんな日常が当たり前だと思っていた幼い頃。
「…俺を引き取りたいって、言う人が現れるまでは…」
全てが変わってしまったあの日。
サツキは記憶を遡るために、天井を見上げて目を閉じた。
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