黒バス(2012.10~2017.12)
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ある時から急に気になり始めたことがあった。
目の前をチラつく白い布。一度気になってしまうと、それの正体がわかるまで視界の外に出て行ってくれない。
部活の時にだけ見えなくなるそれは、一体何を表しているのだろう。
キュッとバッシュを鳴らして人の壁を超える。
そのまま軽くゴールへとボールを放ると、真司はふうっ息を吐いて汗を拭った。
「烏羽!リバウンド!」
「あ」
ガンッという重い音に続いて、てんてんとボールが落ちる。
帝光中バスケ部の、しかも一軍ではなかなか見れない光景だ。
呆れた赤司のため息が耳に届いて、真司はボールを拾うと赤司の元へ駆けて行った。
「シュートの成功率はまだまだだな」
「おっかしいなぁ…。入ると思ったんだけど」
「烏羽」
「すみません…」
赤司の拳骨が真司の額を小突く。
大げさにのけ反った真司は、怒られていながらへらっと笑っていた。
この人がついていてくれるなら、何でも出来そうな気がする。勿論気がするだけだが。
「全く、赤司。お前は烏羽に甘すぎるのだよ」
「そうか?」
「自覚していないのなら周りを良く見てみろ」
気に食わない。そんな視線が集まるのはもはやデフォだ。
今更驚くこともおののくこともなく、真司は緑間の指先を見つめた。
「…烏羽、何を見ているのだよ」
「いや、その」
「烏羽も緑間もさっさと再開しろ」
さっきの小突きとは違い、強めに背中をどんっと押され、真司は緑間から離れた。
緑間も眼鏡をくいっと持ち上げ練習に戻って行く。
それでも真司の視線は暫く緑間に向けられたままだった。
・・・
「真司っちぃい!どうしちゃったんスか!?」
ばたーんと部室の扉が開けられる。
汗で湿った部活用の服を脱ぎながら、真司はその騒がしい大男に目だけを向けた。
「なに?」
「いつの間に緑間っちとそんな関係に…!」
「は?何、どんな関係だって?」
「ずっと見てたじゃないっスかぁ」
ぶんぶんと振り回す黄瀬の指先は、しっかりと緑間に向けられている。
「あー、分かった?」
「分かるっスよ」
確かに、今日はずっと緑間を見ていたかもしれない。
心当たりがある為に、真司はうんうんと頷いて緑間に視線を向けた。
「俺さ、ずっと気になってたんだけど」
そう言いながら黄瀬の体をすり抜け、緑間の方へと足を進める。
それに気付いた緑間は思わずぴくりと肩を揺らした。
黄瀬が気付くほどだ。当の本人である緑間はそれよりももっと感じていたはずだ。
真司の視線が自分に向いているということを。
「烏羽…?」
自分の横に立った真司を見下ろす。緑間の身長からすると、横に立った真司は旋毛ばかりが見えてしまう。
艶のある髪がさらりと流れ、思わずごくりと唾を飲む。
そんな緑間の様子など気付く由も無く、真司は周りの視線を顧みずに緑間の手を取った。
「緑間君」
「な、なんなのだよ」
「これ、なんで巻いてるの?」
これ、と言いながら真司の指がとんとんと叩くのは、緑間の指。
部活が終わったのと同時に巻かれた左手のテーピングだ。
「……」
「なーんだ!気になってたのは緑間っちのテーピングっスかぁ」
「え?だって気になるじゃん毎日巻いててさ」
「まぁ確かに。毎日毎日丁寧に巻いてるっスけど」
今までは大して気にしていなかったことだが、急に目に留まったのだから仕方がない。
真司は緑間の指をきゅっきゅと指で挟みながら、上目で緑間を見た。
「怪我じゃないよね、見てたけどそんなものは無かったし」
「…これは、爪を保護する為のものなのだよ」
「爪?」
「正確なシュートの為には必要不可欠なのだよ」
へーという感動と不可解が混ざったような息を漏らしながら、真司はその指をまじまじと見つめた。
細身ながら、緑間の身長は黄瀬と青峰に並ぶ。当然その巨人の備わる手はそれに見あったもので。
「おっきい手…」
ちょんと重ねた真司の手は反対側の緑間からは見えないのではないかという程に隠れてしまった。
「ちょっ…!緑間っちずるいっス!オレも比べたい!」
「えー…そんなん結果目に見えてるし」
「真司が勝てんのはテツくらいだもんな」
「何言ってるんですか。ボクも負けてません」
「えちょ…テツ君まで」
実際黒子とはいい勝負だろうが、真司はぷくっと頬を膨らませた。
これから成長期が来て、それで皆を一気に抜かしてやる。なんて叶う気もしない野望を心に抱く。
そんな、デカい奴への敵意をむき出しにしていた真司の手が、大きな手にぎゅっと包まれていた。
「…緑間君?」
「いやその…今日、お前の運勢は最悪なのだよ」
「そうなんだ?」
「だから…今日一位のオレが、共にいてやらんこともない…」
真司を含めて皆が一瞬ぽかんとした。
共にいてやるも何も、今部活が終わったところで。残すところ帰宅だけというのに。
しかし、そこで一つ思い浮かぶことがあった。
「…緑間君の家に行ってもいいってこと?」
そういえば今日は火曜日だ。もし緑間がここで真司を誘わなかったとしても、赤司についていったかもしれない。
そして、そんなことを真司が続けていることを、当然緑間も知っているわけで。
このタイミングで緑間が誘ってくれるのだとあれば、嬉しい限りだ。という期待も込めて、緑間を見つめる。
「もしそうなら嬉しいなー」
「そ…き、帰宅して災難に見舞われたくないのなら…来るといいのだよ」
「やった!行く行く!」
真司は小さく跳ねて、緑間の腕を掴んだ。
いい加減、緑間の性格は分かっている。これは、是非とも来てくれと言っているようなものだ。
素直に嬉しくて、緑間の腕をぶんぶんと振る。それを、素早く黄瀬が引き剥がしていた。
「ちょ、ちょっと!なんスか今の流れ!」
「何が?」
「ダメっスよ、緑間っちの家なんて…絶対あんな顔してムッツリっスよ!?」
「黄瀬君、それ失礼」
ぺちん、と黄瀬の手を叩いて下ろしてもらう。
簡単にひょいと持ち上げられたことについては、深く言及しないとして。
ついでに黄瀬が一体何の心配をしているのかも追及しないことにした。
「黒子っちも、青峰っちも…いいんスか!?真司っちを緑間っちに任せて…!」
「少なくとも黄瀬君よりは安心でしょう」
「つか、“っち”がうるせぇ」
「今更!」
わぁんと喚くモデルは、正直に言うと真司にとって一番の要注意人物だった。
暫くじとっと黄瀬を睨んでから、着替え途中で全て止めきっていなかったボタンに手をかける。
「緑間く、あれ?」
「緑間君なら、さっき出ていきましたよ」
「まじか」
そこは待っていてくれてもいいのに。
真司は最後のボタンをそのままに、鞄を肩にかけると小走りで緑間の後を追った。
きいっという嫌な音と共にドアが閉まる。
部室は、話の中心だった真司がいなくなったことで急に静かになった。
沈黙とは違うが、空気が変わって妙な居心地の悪さが漂う。
「なぁ」
それに耐えきれなくなってか、青峰が小さく口を開いた。
「真司の奴、火曜は特に誰かん家行くけどよ…どーなってんだよアイツの家は」
「そーいや、未だ詳しい事情は聞いたことないっスね。黒子っちは?」
「少し話しを聞いたことはありますけど、詳しくは聞いてないです」
さすがに中学生で一人暮らしは無理だろう。部活に入っているあたり、バイトもしていないはずだ。
「親子仲が異常に悪い、とかっスかね、普通に」
「赤司君は知ってると言ってましたよ」
「赤司っちには聞けないっスよー」
頭をかきながら黄瀬がへらっと笑って、黒子もこくりと頷いた。
他愛のない話のネタ。ただ聞いているだけの人にはそう感じられただろう。
しかし、そんな単純なことではなかった。
「なんつーか…アイツの私生活って謎だよな」
「もっと、晒け出してくれたらいーのに」
「黄瀬君は晒け出し過ぎです」
「なんか黒子っち冷たい!」
「通常運転ですが」
さっさと着替えを済ませ、それぞれ部室を出る。
もちろん、そこに真司と緑間はいなかった。
お邪魔するのは二度目、しかしそこにいることを許されるのは初めて。
真司は濡れた髪をタオルで拭いながら、緑間の部屋の床に正座していた。
「なんか…緊張するな…」
いくら赤司の家に乗り込むことが多いとはいえ、他人の家というのはやはり緊張するもので。
特に、緑間の部屋はあまりにも整いすぎている。
自分のものとは異なる空間に、妙な感覚を覚えていた。
「待たせたな」
「あ、おかえりー」
ぱたん、と静かに扉が開いて、緑間が入ってくる。
その手にはドライヤーが持たれていて、何を思ったのか緑間はベッドに腰掛けとんとんと自分の太ももを叩いた。
「…?」
「乾かさないと風邪をひくだろう」
「あ、うん」
「だから、こっちに来いと言っているのだよ」
そう言う緑間の足と足の間にはしっかりと一人入る分の間が空けてある。
緑間は、こんなに世話焼きだったのか、なんて意外な発見に少し喜びを感じながら、真司は素直にそこへ移動した。
「お願いしまーす」
緑間の足の間で胡坐をかく。
暫くすると、緑間の手に持たれたドライヤーが真司の髪を揺らした。
優しい手つきで撫でる緑間の指先に、緊張が解かれて行く。
「ふぁ~…気持ちい」
「お前の髪は綺麗だな」
「ホント?いつもより良いシャンプー使ってるしねー」
「いつも、綺麗なのだよ」
なんだろう。いつもより優しい。
その違和感は真司の心拍数も変動させた。
いつもテーピングで守られている指も、風呂上りの今はまだ巻いていない。
その指先の爪の綺麗さと、がっちりとした手の割に長くすらりとした指。
何故だか、真司はそこにある指に欲情した。
「や、ばい…緑間君、テーピング巻いてよ」
「言われなくとも巻くつもりだが」
「う、ううん…今すぐ」
この指に触れられたら、さぞかし気持ち良いことだろう。
そんなことばかり考えてしまう。緑間の大切にしている指だからこそ、特別な感じがして。
「その指で触られると…なんか、ドキドキするから…」
「なっ…!」
真っ赤になった頬を隠すように、顔を俯かせる。
ごうごうとドライヤーの音だけが部屋の中に響いて、それがなんとか平常心を保つ安定剤になっている状況。
まずい、自分でも分かっていた。
やはり自分はもうおかしくなっているのだと自覚するしか無い。
「…オレは、この手でお前に触れたいのだが」
「え…?何?よく聞こえなかっ…」
ドライヤーの音が止まって、緑間の指が頬に触れた。
そのまま引き寄せられ緑の瞳に吸い込まれて行く。
「っ…!」
「すぐにテーピングを巻かなかったのは…この手で、お前に触りたかったからなのだよ」
「な、んで」
「なんでだと?今更そんなことを聞くのか?」
音を止めたドライヤーが、ことんと足元に置かれた。
頬に置かれた緑間の手がもはや逃げることなど許さず、唇が重なるのを待つ。
「ん…っ」
軽く触れて離れる。
当然それで終わるはずもなく。胸の上に滑り落ちた指が優しく服の上から真司の肌をなぞった。
「脱がせてもいいか」
「ど、ドウゾ…」
無意識に、真司は頷いていた。かつてない緊張が体を硬直させる。
緑間も同じように緊張しているからだろう。
鳴り響く心臓の音の煩さに、どうにかなってしまいそうだ。
「…っ」
はらりと真司の体を纏うものが無くなった時、緑間の喉が鳴った。
同じ男の体なのに、緑間は興奮している。
それが良いことなのかなんなのか真司には判断出来かねるが、それでも今は何故か嬉しく感じていた。
緑間も、同じであるという安堵と共に。
「小さい体だな」
「む、馬鹿にすんな」
「していない。この体でよく頑張っているなと」
「それが馬鹿にしてるんだってい…っ、」
ぴくっと真司の腰が跳ねた。
綺麗に整えられた緑間の指先が真司の胸を揉んでいる。
女子じゃないってのに、なんて反論は出来なかった。
「本当はこんなこと…してはいけないのだとずっと思っていたのだが」
「え、」
「それと同じくらい触りたいと思っていた」
「俺を?」
「そうだ。言っただろう、好きだと」
確かに、緑間は前に好きだとはっきり言ってくれた。
(あれ?俺…返事したっけ)
今更確認するが、告白というものはされたら返事をするのが礼儀だろう。
いや、そもそもあれは告白だったのかそれさえも微妙だ。
「烏羽」
「え…ぅわっ」
そろりと伸びた緑間の手が下半身に移動していた。
恐る恐るといった様子で撫でるその手が、真司にはもどかしい。どうせ触るならもっと。
「もっと…直接触ってよ…」
「っ、お、お前は…!」
かっと緑間の顔が赤くなった。
きゅっと唇を噛んで、少しためらった様子を見せた緑間の手が、ゆっくりズボンの中に入って来る。
緑間の服。ぶかぶかなウエストを締めていた紐を解いて下着越しに触れた瞬間、真司は小刻みに体を震わせ息を呑んだ。
「っ…」
「赤司と比べて文句を言うなよ」
「そ、んなことしねーしっ!」
確かに初めて赤司が触れたときの衝撃は大きすぎて忘れられないものになっているが。
ちょっと待て。どうして知っているんだ。
緑間の手に感覚に酔っていたせいで、うっかり聞き流すところだった。
「なんで、知ってんの…?」
「学校でやっていたお前らが悪いのだよ」
恐る恐る聞いた質問に、緑間は思いの外あっさりと返した。
そういえば一度だけ、学校で。
「…っ!まさか保健室の、見て、っあ!」
よりにもよって、赤司と紫原に挟まれた時のことだ。
それを見られていたということに、真司の羞恥心が募る。
しかし、そんなことを思い出している余裕も与えられず、ズボンがするりと足から抜かれた。
それと同時に全身に鳥肌が立つ。
至近距離で睨み付けた緑間の表情は、何故か複雑そうに歪んでいた。
「…?」
「せめて今くらいは、オレだけを見ていろ」
「ぁ、あっ、ちょ…ッ!」
ぐっと入り込んでくる圧力。
いつも丁寧に手入れをしている緑間の指が中に押し込まれて、真司の体は指先まで強張った。
「んっ、んぅ…」
「やはり、可愛いなお前は」
「ちょっとっ、なんでそんな…いつものツンはどこにいっ、」
体が徐々に慣らされていく。
目を細め、口元に笑みを浮かべる緑間は、思っていた以上に美人だ。普段そのような雰囲気を出さないからか、こういう瞬間に酷く思い知る。
そしてそれは、真司の心を乱すに十分すぎた。
「緑間君…!もう、入れてよっ」
「烏羽…」
「も…早く、もどかし…から…っ」
自ら緑間にしがみ付いたその瞬間、緑間がまた唇を噛んだのが見えた。
それが何故なのか考える余裕などなく、足を開いてねだる。
正気の沙汰ではなかった。そんなことは分かっている。
それでも真司は緑間を受け入れて、そのまま快楽の底へと堕ちて行った。
・・・
大きなベッドに二人の体が沈む。
少し窮屈な気もするが、真司が小さいおかげであまり気にならない。
そんなことを言った緑間の頭はしっかり殴らせてもらった。
「お前は…こんなことをしても平気でいられるのか」
「ん?どーいうこと?」
「はぁ」
さっきから緑間の様子がおかしい。
いい加減疲労もあって眠りに落ちてしまいたいところなのだが、そのせいで真司は目を閉じられずにいた。
「オレには無理なのだよ…」
「無理?俺、なんかいけなかった?」
「…鈍感な貴様にも分かりやすいように教えてやるのだよ」
もぞっと後ろで体を動かした緑間が上半身を起き上らせる。
真司もそれに釣られて顔を上げた。
「青峰と黒子」
「…?」
「奴等とこのようなことをしても、お前は平気でいられるのか?」
「青峰君と…テツ君…?」
緑間の言葉の通り、真司の頭には青峰と黒子が浮かべられる。
次に頭を過ぎった“このようなこと”に、真司の顔は真っ赤に染まった。
「…っ!」
「それは、お前の中で奴等が友だからだ」
「え、で、でも、だって緑間君は…?あ、赤司君は…」
以前、赤司に言ったことがある。皆が好きで、誰かを特別には出来ない、と。
しかし、今の真司の頭の中で、それが成り立っていなかった。
「お前にとって、赤司やオレは…ただの友か?」
「…こんなこと、友達とは、しない」
「そうだ。オレはお前と友人であるつもりはない」
「…そ、か」
悲しくはなかった。ただ、そんな当たり前のことに気付かなかった自分に驚いていた。
既に、赤司や緑間、紫原に…黄瀬も。皆、友達と言える関係ではなくなっていたのだ。
「でも、俺…皆好きだよ。誰か、なんて無理」
「そんなこと分かっているのだよ。だからこそ、青峰と黒子を大事にしろ」
「…え、なんで?」
「赤司の思惑通りというのは、気に食わん」
分かりやすいように説明すると言った緑間の、この最後の言葉だけは全く理解出来なかった。
しかし、真司の中にもあった、赤司への違和感。それは、緑間の知るその思惑のせいなのかもしれない。
青峰と黒子。二人と体を重ねたなら、今のままではいられないだろう。それには確信がある。
「じゃあ…俺は赤司君や緑間君のこと、愛してるのかな」
「知らん」
「あぁもう、難しいよー」
ばふんと体をベッドへと戻す。
緑間の呆れた溜め息が耳を掠めて、それに少し心が温かくなった。
(好き。確かに、俺は緑間君が好きだ)
その瞬間が無かったから、気付かなかったのかもしれない。
だとしたら、いつ青峰と黒子に向ける好きと差が付いたのか。もしかして、体を重ねたら変わるのだろうか。
「…俺って、変態だったのかも」
「愛に飢えているのだろう。お前の場合は…」
緑間の口から愛だの聞くのは何だか滑稽で。ぷっと笑うと、緑間は起こった様子で真司の顔に布団をかけた。
そのまま、暖かい布団に包まれて瞼が落ちてくる。
緑間のベッドは赤司のものよりも寝心地が良かった。
目の前をチラつく白い布。一度気になってしまうと、それの正体がわかるまで視界の外に出て行ってくれない。
部活の時にだけ見えなくなるそれは、一体何を表しているのだろう。
キュッとバッシュを鳴らして人の壁を超える。
そのまま軽くゴールへとボールを放ると、真司はふうっ息を吐いて汗を拭った。
「烏羽!リバウンド!」
「あ」
ガンッという重い音に続いて、てんてんとボールが落ちる。
帝光中バスケ部の、しかも一軍ではなかなか見れない光景だ。
呆れた赤司のため息が耳に届いて、真司はボールを拾うと赤司の元へ駆けて行った。
「シュートの成功率はまだまだだな」
「おっかしいなぁ…。入ると思ったんだけど」
「烏羽」
「すみません…」
赤司の拳骨が真司の額を小突く。
大げさにのけ反った真司は、怒られていながらへらっと笑っていた。
この人がついていてくれるなら、何でも出来そうな気がする。勿論気がするだけだが。
「全く、赤司。お前は烏羽に甘すぎるのだよ」
「そうか?」
「自覚していないのなら周りを良く見てみろ」
気に食わない。そんな視線が集まるのはもはやデフォだ。
今更驚くこともおののくこともなく、真司は緑間の指先を見つめた。
「…烏羽、何を見ているのだよ」
「いや、その」
「烏羽も緑間もさっさと再開しろ」
さっきの小突きとは違い、強めに背中をどんっと押され、真司は緑間から離れた。
緑間も眼鏡をくいっと持ち上げ練習に戻って行く。
それでも真司の視線は暫く緑間に向けられたままだった。
・・・
「真司っちぃい!どうしちゃったんスか!?」
ばたーんと部室の扉が開けられる。
汗で湿った部活用の服を脱ぎながら、真司はその騒がしい大男に目だけを向けた。
「なに?」
「いつの間に緑間っちとそんな関係に…!」
「は?何、どんな関係だって?」
「ずっと見てたじゃないっスかぁ」
ぶんぶんと振り回す黄瀬の指先は、しっかりと緑間に向けられている。
「あー、分かった?」
「分かるっスよ」
確かに、今日はずっと緑間を見ていたかもしれない。
心当たりがある為に、真司はうんうんと頷いて緑間に視線を向けた。
「俺さ、ずっと気になってたんだけど」
そう言いながら黄瀬の体をすり抜け、緑間の方へと足を進める。
それに気付いた緑間は思わずぴくりと肩を揺らした。
黄瀬が気付くほどだ。当の本人である緑間はそれよりももっと感じていたはずだ。
真司の視線が自分に向いているということを。
「烏羽…?」
自分の横に立った真司を見下ろす。緑間の身長からすると、横に立った真司は旋毛ばかりが見えてしまう。
艶のある髪がさらりと流れ、思わずごくりと唾を飲む。
そんな緑間の様子など気付く由も無く、真司は周りの視線を顧みずに緑間の手を取った。
「緑間君」
「な、なんなのだよ」
「これ、なんで巻いてるの?」
これ、と言いながら真司の指がとんとんと叩くのは、緑間の指。
部活が終わったのと同時に巻かれた左手のテーピングだ。
「……」
「なーんだ!気になってたのは緑間っちのテーピングっスかぁ」
「え?だって気になるじゃん毎日巻いててさ」
「まぁ確かに。毎日毎日丁寧に巻いてるっスけど」
今までは大して気にしていなかったことだが、急に目に留まったのだから仕方がない。
真司は緑間の指をきゅっきゅと指で挟みながら、上目で緑間を見た。
「怪我じゃないよね、見てたけどそんなものは無かったし」
「…これは、爪を保護する為のものなのだよ」
「爪?」
「正確なシュートの為には必要不可欠なのだよ」
へーという感動と不可解が混ざったような息を漏らしながら、真司はその指をまじまじと見つめた。
細身ながら、緑間の身長は黄瀬と青峰に並ぶ。当然その巨人の備わる手はそれに見あったもので。
「おっきい手…」
ちょんと重ねた真司の手は反対側の緑間からは見えないのではないかという程に隠れてしまった。
「ちょっ…!緑間っちずるいっス!オレも比べたい!」
「えー…そんなん結果目に見えてるし」
「真司が勝てんのはテツくらいだもんな」
「何言ってるんですか。ボクも負けてません」
「えちょ…テツ君まで」
実際黒子とはいい勝負だろうが、真司はぷくっと頬を膨らませた。
これから成長期が来て、それで皆を一気に抜かしてやる。なんて叶う気もしない野望を心に抱く。
そんな、デカい奴への敵意をむき出しにしていた真司の手が、大きな手にぎゅっと包まれていた。
「…緑間君?」
「いやその…今日、お前の運勢は最悪なのだよ」
「そうなんだ?」
「だから…今日一位のオレが、共にいてやらんこともない…」
真司を含めて皆が一瞬ぽかんとした。
共にいてやるも何も、今部活が終わったところで。残すところ帰宅だけというのに。
しかし、そこで一つ思い浮かぶことがあった。
「…緑間君の家に行ってもいいってこと?」
そういえば今日は火曜日だ。もし緑間がここで真司を誘わなかったとしても、赤司についていったかもしれない。
そして、そんなことを真司が続けていることを、当然緑間も知っているわけで。
このタイミングで緑間が誘ってくれるのだとあれば、嬉しい限りだ。という期待も込めて、緑間を見つめる。
「もしそうなら嬉しいなー」
「そ…き、帰宅して災難に見舞われたくないのなら…来るといいのだよ」
「やった!行く行く!」
真司は小さく跳ねて、緑間の腕を掴んだ。
いい加減、緑間の性格は分かっている。これは、是非とも来てくれと言っているようなものだ。
素直に嬉しくて、緑間の腕をぶんぶんと振る。それを、素早く黄瀬が引き剥がしていた。
「ちょ、ちょっと!なんスか今の流れ!」
「何が?」
「ダメっスよ、緑間っちの家なんて…絶対あんな顔してムッツリっスよ!?」
「黄瀬君、それ失礼」
ぺちん、と黄瀬の手を叩いて下ろしてもらう。
簡単にひょいと持ち上げられたことについては、深く言及しないとして。
ついでに黄瀬が一体何の心配をしているのかも追及しないことにした。
「黒子っちも、青峰っちも…いいんスか!?真司っちを緑間っちに任せて…!」
「少なくとも黄瀬君よりは安心でしょう」
「つか、“っち”がうるせぇ」
「今更!」
わぁんと喚くモデルは、正直に言うと真司にとって一番の要注意人物だった。
暫くじとっと黄瀬を睨んでから、着替え途中で全て止めきっていなかったボタンに手をかける。
「緑間く、あれ?」
「緑間君なら、さっき出ていきましたよ」
「まじか」
そこは待っていてくれてもいいのに。
真司は最後のボタンをそのままに、鞄を肩にかけると小走りで緑間の後を追った。
きいっという嫌な音と共にドアが閉まる。
部室は、話の中心だった真司がいなくなったことで急に静かになった。
沈黙とは違うが、空気が変わって妙な居心地の悪さが漂う。
「なぁ」
それに耐えきれなくなってか、青峰が小さく口を開いた。
「真司の奴、火曜は特に誰かん家行くけどよ…どーなってんだよアイツの家は」
「そーいや、未だ詳しい事情は聞いたことないっスね。黒子っちは?」
「少し話しを聞いたことはありますけど、詳しくは聞いてないです」
さすがに中学生で一人暮らしは無理だろう。部活に入っているあたり、バイトもしていないはずだ。
「親子仲が異常に悪い、とかっスかね、普通に」
「赤司君は知ってると言ってましたよ」
「赤司っちには聞けないっスよー」
頭をかきながら黄瀬がへらっと笑って、黒子もこくりと頷いた。
他愛のない話のネタ。ただ聞いているだけの人にはそう感じられただろう。
しかし、そんな単純なことではなかった。
「なんつーか…アイツの私生活って謎だよな」
「もっと、晒け出してくれたらいーのに」
「黄瀬君は晒け出し過ぎです」
「なんか黒子っち冷たい!」
「通常運転ですが」
さっさと着替えを済ませ、それぞれ部室を出る。
もちろん、そこに真司と緑間はいなかった。
お邪魔するのは二度目、しかしそこにいることを許されるのは初めて。
真司は濡れた髪をタオルで拭いながら、緑間の部屋の床に正座していた。
「なんか…緊張するな…」
いくら赤司の家に乗り込むことが多いとはいえ、他人の家というのはやはり緊張するもので。
特に、緑間の部屋はあまりにも整いすぎている。
自分のものとは異なる空間に、妙な感覚を覚えていた。
「待たせたな」
「あ、おかえりー」
ぱたん、と静かに扉が開いて、緑間が入ってくる。
その手にはドライヤーが持たれていて、何を思ったのか緑間はベッドに腰掛けとんとんと自分の太ももを叩いた。
「…?」
「乾かさないと風邪をひくだろう」
「あ、うん」
「だから、こっちに来いと言っているのだよ」
そう言う緑間の足と足の間にはしっかりと一人入る分の間が空けてある。
緑間は、こんなに世話焼きだったのか、なんて意外な発見に少し喜びを感じながら、真司は素直にそこへ移動した。
「お願いしまーす」
緑間の足の間で胡坐をかく。
暫くすると、緑間の手に持たれたドライヤーが真司の髪を揺らした。
優しい手つきで撫でる緑間の指先に、緊張が解かれて行く。
「ふぁ~…気持ちい」
「お前の髪は綺麗だな」
「ホント?いつもより良いシャンプー使ってるしねー」
「いつも、綺麗なのだよ」
なんだろう。いつもより優しい。
その違和感は真司の心拍数も変動させた。
いつもテーピングで守られている指も、風呂上りの今はまだ巻いていない。
その指先の爪の綺麗さと、がっちりとした手の割に長くすらりとした指。
何故だか、真司はそこにある指に欲情した。
「や、ばい…緑間君、テーピング巻いてよ」
「言われなくとも巻くつもりだが」
「う、ううん…今すぐ」
この指に触れられたら、さぞかし気持ち良いことだろう。
そんなことばかり考えてしまう。緑間の大切にしている指だからこそ、特別な感じがして。
「その指で触られると…なんか、ドキドキするから…」
「なっ…!」
真っ赤になった頬を隠すように、顔を俯かせる。
ごうごうとドライヤーの音だけが部屋の中に響いて、それがなんとか平常心を保つ安定剤になっている状況。
まずい、自分でも分かっていた。
やはり自分はもうおかしくなっているのだと自覚するしか無い。
「…オレは、この手でお前に触れたいのだが」
「え…?何?よく聞こえなかっ…」
ドライヤーの音が止まって、緑間の指が頬に触れた。
そのまま引き寄せられ緑の瞳に吸い込まれて行く。
「っ…!」
「すぐにテーピングを巻かなかったのは…この手で、お前に触りたかったからなのだよ」
「な、んで」
「なんでだと?今更そんなことを聞くのか?」
音を止めたドライヤーが、ことんと足元に置かれた。
頬に置かれた緑間の手がもはや逃げることなど許さず、唇が重なるのを待つ。
「ん…っ」
軽く触れて離れる。
当然それで終わるはずもなく。胸の上に滑り落ちた指が優しく服の上から真司の肌をなぞった。
「脱がせてもいいか」
「ど、ドウゾ…」
無意識に、真司は頷いていた。かつてない緊張が体を硬直させる。
緑間も同じように緊張しているからだろう。
鳴り響く心臓の音の煩さに、どうにかなってしまいそうだ。
「…っ」
はらりと真司の体を纏うものが無くなった時、緑間の喉が鳴った。
同じ男の体なのに、緑間は興奮している。
それが良いことなのかなんなのか真司には判断出来かねるが、それでも今は何故か嬉しく感じていた。
緑間も、同じであるという安堵と共に。
「小さい体だな」
「む、馬鹿にすんな」
「していない。この体でよく頑張っているなと」
「それが馬鹿にしてるんだってい…っ、」
ぴくっと真司の腰が跳ねた。
綺麗に整えられた緑間の指先が真司の胸を揉んでいる。
女子じゃないってのに、なんて反論は出来なかった。
「本当はこんなこと…してはいけないのだとずっと思っていたのだが」
「え、」
「それと同じくらい触りたいと思っていた」
「俺を?」
「そうだ。言っただろう、好きだと」
確かに、緑間は前に好きだとはっきり言ってくれた。
(あれ?俺…返事したっけ)
今更確認するが、告白というものはされたら返事をするのが礼儀だろう。
いや、そもそもあれは告白だったのかそれさえも微妙だ。
「烏羽」
「え…ぅわっ」
そろりと伸びた緑間の手が下半身に移動していた。
恐る恐るといった様子で撫でるその手が、真司にはもどかしい。どうせ触るならもっと。
「もっと…直接触ってよ…」
「っ、お、お前は…!」
かっと緑間の顔が赤くなった。
きゅっと唇を噛んで、少しためらった様子を見せた緑間の手が、ゆっくりズボンの中に入って来る。
緑間の服。ぶかぶかなウエストを締めていた紐を解いて下着越しに触れた瞬間、真司は小刻みに体を震わせ息を呑んだ。
「っ…」
「赤司と比べて文句を言うなよ」
「そ、んなことしねーしっ!」
確かに初めて赤司が触れたときの衝撃は大きすぎて忘れられないものになっているが。
ちょっと待て。どうして知っているんだ。
緑間の手に感覚に酔っていたせいで、うっかり聞き流すところだった。
「なんで、知ってんの…?」
「学校でやっていたお前らが悪いのだよ」
恐る恐る聞いた質問に、緑間は思いの外あっさりと返した。
そういえば一度だけ、学校で。
「…っ!まさか保健室の、見て、っあ!」
よりにもよって、赤司と紫原に挟まれた時のことだ。
それを見られていたということに、真司の羞恥心が募る。
しかし、そんなことを思い出している余裕も与えられず、ズボンがするりと足から抜かれた。
それと同時に全身に鳥肌が立つ。
至近距離で睨み付けた緑間の表情は、何故か複雑そうに歪んでいた。
「…?」
「せめて今くらいは、オレだけを見ていろ」
「ぁ、あっ、ちょ…ッ!」
ぐっと入り込んでくる圧力。
いつも丁寧に手入れをしている緑間の指が中に押し込まれて、真司の体は指先まで強張った。
「んっ、んぅ…」
「やはり、可愛いなお前は」
「ちょっとっ、なんでそんな…いつものツンはどこにいっ、」
体が徐々に慣らされていく。
目を細め、口元に笑みを浮かべる緑間は、思っていた以上に美人だ。普段そのような雰囲気を出さないからか、こういう瞬間に酷く思い知る。
そしてそれは、真司の心を乱すに十分すぎた。
「緑間君…!もう、入れてよっ」
「烏羽…」
「も…早く、もどかし…から…っ」
自ら緑間にしがみ付いたその瞬間、緑間がまた唇を噛んだのが見えた。
それが何故なのか考える余裕などなく、足を開いてねだる。
正気の沙汰ではなかった。そんなことは分かっている。
それでも真司は緑間を受け入れて、そのまま快楽の底へと堕ちて行った。
・・・
大きなベッドに二人の体が沈む。
少し窮屈な気もするが、真司が小さいおかげであまり気にならない。
そんなことを言った緑間の頭はしっかり殴らせてもらった。
「お前は…こんなことをしても平気でいられるのか」
「ん?どーいうこと?」
「はぁ」
さっきから緑間の様子がおかしい。
いい加減疲労もあって眠りに落ちてしまいたいところなのだが、そのせいで真司は目を閉じられずにいた。
「オレには無理なのだよ…」
「無理?俺、なんかいけなかった?」
「…鈍感な貴様にも分かりやすいように教えてやるのだよ」
もぞっと後ろで体を動かした緑間が上半身を起き上らせる。
真司もそれに釣られて顔を上げた。
「青峰と黒子」
「…?」
「奴等とこのようなことをしても、お前は平気でいられるのか?」
「青峰君と…テツ君…?」
緑間の言葉の通り、真司の頭には青峰と黒子が浮かべられる。
次に頭を過ぎった“このようなこと”に、真司の顔は真っ赤に染まった。
「…っ!」
「それは、お前の中で奴等が友だからだ」
「え、で、でも、だって緑間君は…?あ、赤司君は…」
以前、赤司に言ったことがある。皆が好きで、誰かを特別には出来ない、と。
しかし、今の真司の頭の中で、それが成り立っていなかった。
「お前にとって、赤司やオレは…ただの友か?」
「…こんなこと、友達とは、しない」
「そうだ。オレはお前と友人であるつもりはない」
「…そ、か」
悲しくはなかった。ただ、そんな当たり前のことに気付かなかった自分に驚いていた。
既に、赤司や緑間、紫原に…黄瀬も。皆、友達と言える関係ではなくなっていたのだ。
「でも、俺…皆好きだよ。誰か、なんて無理」
「そんなこと分かっているのだよ。だからこそ、青峰と黒子を大事にしろ」
「…え、なんで?」
「赤司の思惑通りというのは、気に食わん」
分かりやすいように説明すると言った緑間の、この最後の言葉だけは全く理解出来なかった。
しかし、真司の中にもあった、赤司への違和感。それは、緑間の知るその思惑のせいなのかもしれない。
青峰と黒子。二人と体を重ねたなら、今のままではいられないだろう。それには確信がある。
「じゃあ…俺は赤司君や緑間君のこと、愛してるのかな」
「知らん」
「あぁもう、難しいよー」
ばふんと体をベッドへと戻す。
緑間の呆れた溜め息が耳を掠めて、それに少し心が温かくなった。
(好き。確かに、俺は緑間君が好きだ)
その瞬間が無かったから、気付かなかったのかもしれない。
だとしたら、いつ青峰と黒子に向ける好きと差が付いたのか。もしかして、体を重ねたら変わるのだろうか。
「…俺って、変態だったのかも」
「愛に飢えているのだろう。お前の場合は…」
緑間の口から愛だの聞くのは何だか滑稽で。ぷっと笑うと、緑間は起こった様子で真司の顔に布団をかけた。
そのまま、暖かい布団に包まれて瞼が落ちてくる。
緑間のベッドは赤司のものよりも寝心地が良かった。