黒バス(2012.10~2017.12)
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キュッと靴が音を鳴らす。
ドリブルをしているとは思えない程の速さでコートの端から端まで駆け抜ける少年。
その才能とその美しさとで、今まさに注目を集めていた。
青峰がやる気を取り戻して、毎日ではないが部活に出るようになったのは最近のこと。
それが引き金となったのか、真司はもっと強くなりたいと赤司に訴えた。
「もっと姿勢を低くしろ」
「はいっ!」
「もっと速く」
「はい…っ!」
ほとんどマンツーマンで指導しているといってもいい。
赤司は真司の意思を汲んだ。
真司には、黄瀬や青峰、緑間、紫原、赤司のような才能はない。しかし、速さとドリブルだけは誰にも勝るものになる。
強くなりたいなら、それを極めろ。それが赤司の言葉だった。
(分かってる。青峰くんのようにはなれない)
どう足掻いたって、そこには辿り着けない。青峰の辛さを共有することは出来ない。
だから、その辛さを少しでも和らげるものになれたら。
「真司っち、やっぱすげぇ…」
「あーんなやる気出しちゃって、うざー」
「紫原君、そんなこと言っちゃ失礼です」
「黒ちんもうざーい」
それぞれ真司への評価は異なるが、確かにその速さは相当なもので。
うっとりと見惚れているのは、その速さ故か、その容姿故か。
「眼鏡外すなってあれ程言ったってのに…」
「緑間っち、鼻の下伸びてるっスよ」
「の、伸びてなんかないのだよ!」
本気でバスケに打ち込むようになった真司は、部活中には必ず眼鏡を外すようになった。バスケをやるのに眼鏡は邪魔だ、と誰でも分かる正論を残して。
その時、緑間に皆の視線が移ったのは言うまでもない。
「俺は…もっと、強くなる…もっと速く…っ」
背の低さも今は有難いと思える。低く低く。誰も取れないようなボールを手に。
その原動力は、青峰にあった。
・・・
休憩、との声が聞こえた瞬間、真司はどかっと体を壁に預けた。
いつも以上に体を動かした為に、疲労も倍だ。体力には自信があるとはいえ、いくらなんでも限界ってものはあるわけで。
はぁ、はぁ、と何度も呼吸を繰り返す。
その真司に大きな影がかかった。
「なんで急にやる気出してんの?」
すっと横から出てきたドリンクと、それに反したきつい言葉。
ちらっと目を向ければ、紫原が大して興味もなさげにドリンクをこちらに差し出していた。
「それ、くれんの?」
「そーだよ、早く受け取ってよ」
「ふふ、ありがと」
それを受け取り、そのまま口に運ぶ。
激しい運動の後、潤いはいつも以上に美味しくて。こくこくと喉を鳴らしていると、紫原が真司の隣に座り込んだ。
「ねー、なんで?」
「ん、…ん?」
「な、ん、で、急に真面目にやり出してんのってば」
「あー、そんなこと言ってたっけ?」
こく、ともう一度水を流し込んでから、真司は紫原を見上げた。
座っても変わらない身長差に、どうしても首が上を向く。それを少なからず煩わしく感じながらも、真司はふっと笑った。
「強くなりたいって思っただけだよ」
「強く?烏羽ちんになれるわけないじゃん」
「なんでよ」
「だってちっちゃいもん」
がしっと大きな手が真司の頭を掴んだ。
それほど力を入れたわけでない紫原のその行動で、真司はがくんと前のめりになる。
何が気に食わなかったって、体の大きさを言われたことだ。
「何それ!言っとっけど俺、絶対に紫原君にはボール取られないから」
「は?なんでよ」
「だって紫原君デカ過ぎるもん」
「意味わかんねー!烏羽ちんなんて簡単に吹っ飛ばしちゃうんだからね!」
いつの間にか話は逸れて、互いに相手の大きさを罵り合うだけになっている。
それを横で聞いていた赤司も呆れてため息を吐いている始末だ。
しかし、二人の言い合いは止まらない。
「でかいだけのくせに!」
「烏羽ちんがチビなんだよ!」
「巨人!」
「チビ!」
「二人ともいい加減にしろ」
さすがに余りにも幼稚すぎるやり取りに赤司の仲裁が入った。
バスケ部の中でも赤司の言うことを特に聞く二人だ。二人はぴたっと言い合うのを止めて、それでもずっと睨み合ったままでいた。
「烏羽ちんのせいで怒られたし」
「先に突っ掛って来たのは紫原君だろ。なんでそんな怒ってんだよ」
「だって、烏羽ちんがいけないんだもん…」
「はぁ?何言っ…」
真司の言葉が途中で途切れた。
紫原が泣きそうな顔をしている。理由は分からないが、何故かむすっとしたまま目元に涙を浮かべているのだ。
でかい子供のようだと思ってはいたが、ここまでとは。
「意味分かんないのはどっちだよ…」
「だって…烏羽ちんは仲間だと思ってたのに」
「仲間?」
「烏羽ちんのバーカ!」
「いッ!!」
がつんっと大きな拳骨が降り注いで、真司は自分の頭を両手で抱え込んだ。
大股で去っていく紫原を上目で見る。
子供は何を考えているのか分からない。それにしてもデカ過ぎるせいで、真司の痛みは尋常では無かったが。
「もう…なんなんだよー…」
「真司、お前紫原になんかしたのか?」
「してないよ!」
二人の様子を遠目に見ていた青峰が、笑いながら近付いてくる。完全に他人事って顔だ。
真司は涙目のまま青峰を見上げて、八つ当たりに青峰の足を蹴った。
「いって」
「俺の痛みに比べたら大したことないよ」
「そういう問題じゃねーだろ」
「あいたたた」
ぐりぐりと鳩尾を青峰の手が痛めつけてくる。
それでもこの場に青峰がいることの喜びが大きくて、真司は笑っていた。
ドMか、という青峰の言葉にはグーで返答してやった。
「…なんで峰ちんばっか」
真司の傍を離れた紫原は、小さく座り込んでいた。実際のところ、全く小さくなれてはいないが。
視線の先には、青峰とじゃれている真司。
青峰が戻って来た途端に真司の部活への姿勢が変わった。それがどういうことか分からない紫原ではない。
「むかつく。烏羽ちんなんてキライ」
ぷいっと顔を背けて、持っていたまいう棒に噛り付く。
美味しいはずのまいう棒なのに、あまり美味しさを感じられない。
「紫っち?どうしたんスか?」
「…もー!まじムカツク!」
「へっ!?」
そんな挙動不審の紫原に近寄った黄瀬は、ぴたっと動きを止めた。
そんな黄瀬を気にすることなく、紫原は再びばっと立ち上がる。
そして一度離れた真司の元へずかずかと向かっていって。
「峰ちん、そこ退いてよ」
「あ?なんだよ、真司と喧嘩してたんじゃねーの?」
「そうだよ、だから退いてよ」
「いや、意味わかんねーんだけど。なァ真司」
くるっと青峰が真司の方を向く。
うん、と頷こうとした真司は視界に映った紫原の行動に目を見開いた。
振り上げられた腕は青峰に向かって突っ込んでくる。
「あぶな…!」
咄嗟に青峰と紫原の間に入った真司は、先ほどとは比べものにならない痛みを感じて。
「あ!?真司!?」
「烏羽ちん!」
二人の声と、冷静な赤司の声が聞こえる。
殴られたことより、吹っ飛んで壁にぶつけた衝撃が余りにも大きすぎて、真司は目を閉じた。
暖かい布団、ゆさゆさと揺らしてくる大きな手。
デジャヴ過ぎる感覚に、真司は目を開くことを躊躇った。
どうしてこんなことになったって、今回は全く分からない。
「烏羽ちん…目開けてよぉ…」
ぐずぐずな声が耳を掠める。
誰が悪いと思っているんだ、誰が。なんて言い返してやりたいところ、真司はそれを飲み込んで、薄ら目を開いた。
「死なないで烏羽ちん…」
「死なないよ」
「烏羽ちん!」
その瞬間に大きな体が抱き着いてきて、再び昇天しそうになるのを気力で堪える。
こうなったのは誰のせいかって、そりゃあ紫原以外に誰がいるのかという程に彼が悪いのだが、真司は何も言う気が起こらなかった。
「ごめんねごめんね、痛くない?」
「いや、めちゃくちゃ痛い…」
「うぅ…」
殴られた頬を紫原の大きな手のひらが擦る。
「なんであんなことしたんだよ、紫原くん」
その手に顔を揺さぶられながら、真司は一番の疑問を口に出した。
なんの理由もなく突然青峰に殴りかかる、なんてことをする程紫原の性格は荒々しいものではないはずだ。
しかし、紫原はこてんと首を横に倒していた。
「んー…なんか、気に食わなかったんだよね~」
「え、えぇ…?」
「でも、烏羽ちんがいけないだよ」
「なんでだよ」
「峰ちんばっかりなんだもん」
青峰ばっかり。日本語なのに全く意味が分からなくて、真司は眉間にしわを寄せた。
しかし、紫原は思い出したらイラついてきた、と言って頬を膨らませている。
どういう意味なのか確認したいのと同時に、なんか聞くの面倒だなという思いが交差した。なんだか、面倒事になりそうな予感がする。
「烏羽ちんはさあ」
真司の疑問を察したわけではないだろう。しかし紫原は先に口を開いた。
「何?」
「赤ちんと峰ちん、どっちが好きなの?赤ちんだよね?」
「……はい?」
面倒そうだという予想はどうやら当たっていたようだ。
何やら紫原はさっきよりも理解しかねることを言い出している。
「赤ちんすっげー烏羽ちんのこと大事にしてるじゃん」
「や、ちょっと」
「なのに烏羽ちんは峰ちんばっか。そんなん絶対おかしーし!」
「はぁ…」
いやおかしいのはお前だ。
真司はそう突っ込みたい気持ちを抑えた。余計なことを言って紫原を怒らせたくはない。
そう思う程にさっきの打撃は真司の脳裏に焼き付いている。
「いーじゃん、峰ちんなんて。なんでそんな気にすんの?」
「友達だからじゃん…。つか、紫原君もなんでそんなこと気にすんの?」
「は!?そんなん…、」
ぱっと口を開いた紫原は、目線を泳がせてから口を閉じた。
二人揃って何が何やら分からない状況に陥っている。
途端にそこに沈黙が生まれて、保健室の匂いとベッドの固さが真司の体に強く感じられた。
以前ここに来たときは、赤司の理解不能な行動に真司と紫原が巻き込まれた。
とはいえ、それ以来紫原とはごく普通な関係を築いて来たし、何も不思議なことは無かったのに。
「だって…オレも赤ちんも烏羽ちんの事こんなに好きなのに…」
ぼそぼそと話し始めた紫原の顔は少しずつ赤みを帯びてきて。
「え?待った、それは初耳」
「は?」
「紫原君は俺のこと好きなの?」
「うん」
今度ははっきりと、その言葉を紫原の口から。
真司にとって“好き”という言葉が大きなものになり、そしてその価値が分からなくなっている。それは、最近の皆からの行為のせいだ。
それでも、紫原の行為に胸の奥が暖かくなって。
「俺も、紫原君のこと結構好きだよ」
「ふーん。結構?」
「結構」
「…それって、なんかビミョー」
紫原が真司の横に手を置いて、その反動でベッドが鳴った。
彼の細い目に、真司の姿だけがしっかりと映っている。
「ねぇ、烏羽ちん」
「ん?」
「烏羽ちんも、もっとオレのこと見てよ」
「赤司君じゃなくて?」
「うん。赤ちんと同じくらい」
なんだか難しいことを言う。
しかし、紫原にとって赤司がどれ程大きな存在かってことくらい普段の彼の言動から分かっているつもりだ。
それを考えれば、真司の、紫原にとっての地位は相当のものなのだと分かる。
「それって、なんか愛の告白みたい」
「は~?何それ、なんかサブい」
「ね」
真司がふっと笑うと、紫原も頬を緩めた。
紫原の、こういう柔らかい雰囲気は好きだ。黄瀬や緑間よりはずっと好ましかった。
「よし、もう平気。部活戻ろっか」
「え…もう平気なの?」
「え?うん」
「…」
じゃあ。そう呟いた紫原は再びむっとしてしまった。
ちょっと本音を伝え合えたと思ったのに、すぐまたこれだ。
「紫原君めんどくさーい」
「烏羽ちんもー」
立ち上がってとんとんと頭を叩く。壁に衝突したせいで頭もかなりの衝撃を受けたが、問題はなかったようだ。
横に並んだ紫原の顔を見上げる。
頭の重さを感じる程に、かくんと首が傾いて。
真司は紫原に手を伸ばした。
「紫原君、体育館まで抱っこ」
「いいよー」
めんどい、と言われると思ったのに、紫原はすぐに頷いた。なんの躊躇いなくヒョイと持ち上げられる。
こういう扱いはあまり好きではなかったが、紫原ならいいと思えた。
子ども扱い、というには紫原の方が子供っぽいし。大きすぎる為に紫原には真司に限らずどんな人間も小さく見えているようだし。
「ふふ、お姫様抱っこだ」
「だって赤ちんに担ぐなって言われたんだもん」
「うん、この方が嬉しい」
近くなった顔と顔の距離。首に手を回してぎゅっとしがみ付く。
そういえば、お菓子も食べずに待っていてくれたんだな、と思うと急に愛しさが込み上げて。
「紫原君」
「なに?」
「やっぱり、結構よりもうちょっと好きかも」
「何それ」
意味わかんない、という紫原の声には、いつもより覇気があるように感じた。
紫原の体から香るお菓子の匂い。それが嫌なものではなくて、真司は紫原の首元に顔を埋めていた。
・・・
「ちょ!なんで!?」
体育館に戻った時、一番大きな声を出したのは黄瀬だった。
紫原の腕に抱かれた真司。
「二人、喧嘩してたんじゃないんスか!?」
「黄瀬ちん煩い」
「黄瀬君煩い」
「ひどっ!」
もうすぐ部活も終わる時間だ。
頑張ろうと思った矢先、こんな形になってしまうとは。
ちらっと青峰の姿をうかがう。
以前と同じように黒子のパスを受け取っている青峰が向こうのコートにいる。
嬉しくて、もっと近くで見たくて、紫原の腕を引く。しかし、紫原は下ろそうとしないどころか、抱く腕に力を込めた。
「紫原君?」
「やだ。今日はこのまま下さねーし」
「え」
それを聞いていた黄瀬も緑間も目を丸くしている。
「烏羽ちんは赤ちん以外、誰にも譲んねー」
「な、なな…何言ってんスか!?」
「紫原に何をしたのだよ…烏羽…」
「いや、何も」
黄瀬と紫原の反応が面白くて、真司は特にそれ以上は言わなかった。
紫原の手の大きさも体の大きさも、腕の強さも好きだ。しかし、青峰のバスケが見たい今は、それが煩わしい。
「紫原君、下してよー」
「やだ、絶対やだ」
「紫原、下してやるのだよ」
「やーだー」
ばたばたと足を動かしても、紫原には何の障害にもならなかった。
赤司だけは何も言わずに、それでも嬉しそうに真司と紫原を見つめていた。
ドリブルをしているとは思えない程の速さでコートの端から端まで駆け抜ける少年。
その才能とその美しさとで、今まさに注目を集めていた。
青峰がやる気を取り戻して、毎日ではないが部活に出るようになったのは最近のこと。
それが引き金となったのか、真司はもっと強くなりたいと赤司に訴えた。
「もっと姿勢を低くしろ」
「はいっ!」
「もっと速く」
「はい…っ!」
ほとんどマンツーマンで指導しているといってもいい。
赤司は真司の意思を汲んだ。
真司には、黄瀬や青峰、緑間、紫原、赤司のような才能はない。しかし、速さとドリブルだけは誰にも勝るものになる。
強くなりたいなら、それを極めろ。それが赤司の言葉だった。
(分かってる。青峰くんのようにはなれない)
どう足掻いたって、そこには辿り着けない。青峰の辛さを共有することは出来ない。
だから、その辛さを少しでも和らげるものになれたら。
「真司っち、やっぱすげぇ…」
「あーんなやる気出しちゃって、うざー」
「紫原君、そんなこと言っちゃ失礼です」
「黒ちんもうざーい」
それぞれ真司への評価は異なるが、確かにその速さは相当なもので。
うっとりと見惚れているのは、その速さ故か、その容姿故か。
「眼鏡外すなってあれ程言ったってのに…」
「緑間っち、鼻の下伸びてるっスよ」
「の、伸びてなんかないのだよ!」
本気でバスケに打ち込むようになった真司は、部活中には必ず眼鏡を外すようになった。バスケをやるのに眼鏡は邪魔だ、と誰でも分かる正論を残して。
その時、緑間に皆の視線が移ったのは言うまでもない。
「俺は…もっと、強くなる…もっと速く…っ」
背の低さも今は有難いと思える。低く低く。誰も取れないようなボールを手に。
その原動力は、青峰にあった。
・・・
休憩、との声が聞こえた瞬間、真司はどかっと体を壁に預けた。
いつも以上に体を動かした為に、疲労も倍だ。体力には自信があるとはいえ、いくらなんでも限界ってものはあるわけで。
はぁ、はぁ、と何度も呼吸を繰り返す。
その真司に大きな影がかかった。
「なんで急にやる気出してんの?」
すっと横から出てきたドリンクと、それに反したきつい言葉。
ちらっと目を向ければ、紫原が大して興味もなさげにドリンクをこちらに差し出していた。
「それ、くれんの?」
「そーだよ、早く受け取ってよ」
「ふふ、ありがと」
それを受け取り、そのまま口に運ぶ。
激しい運動の後、潤いはいつも以上に美味しくて。こくこくと喉を鳴らしていると、紫原が真司の隣に座り込んだ。
「ねー、なんで?」
「ん、…ん?」
「な、ん、で、急に真面目にやり出してんのってば」
「あー、そんなこと言ってたっけ?」
こく、ともう一度水を流し込んでから、真司は紫原を見上げた。
座っても変わらない身長差に、どうしても首が上を向く。それを少なからず煩わしく感じながらも、真司はふっと笑った。
「強くなりたいって思っただけだよ」
「強く?烏羽ちんになれるわけないじゃん」
「なんでよ」
「だってちっちゃいもん」
がしっと大きな手が真司の頭を掴んだ。
それほど力を入れたわけでない紫原のその行動で、真司はがくんと前のめりになる。
何が気に食わなかったって、体の大きさを言われたことだ。
「何それ!言っとっけど俺、絶対に紫原君にはボール取られないから」
「は?なんでよ」
「だって紫原君デカ過ぎるもん」
「意味わかんねー!烏羽ちんなんて簡単に吹っ飛ばしちゃうんだからね!」
いつの間にか話は逸れて、互いに相手の大きさを罵り合うだけになっている。
それを横で聞いていた赤司も呆れてため息を吐いている始末だ。
しかし、二人の言い合いは止まらない。
「でかいだけのくせに!」
「烏羽ちんがチビなんだよ!」
「巨人!」
「チビ!」
「二人ともいい加減にしろ」
さすがに余りにも幼稚すぎるやり取りに赤司の仲裁が入った。
バスケ部の中でも赤司の言うことを特に聞く二人だ。二人はぴたっと言い合うのを止めて、それでもずっと睨み合ったままでいた。
「烏羽ちんのせいで怒られたし」
「先に突っ掛って来たのは紫原君だろ。なんでそんな怒ってんだよ」
「だって、烏羽ちんがいけないんだもん…」
「はぁ?何言っ…」
真司の言葉が途中で途切れた。
紫原が泣きそうな顔をしている。理由は分からないが、何故かむすっとしたまま目元に涙を浮かべているのだ。
でかい子供のようだと思ってはいたが、ここまでとは。
「意味分かんないのはどっちだよ…」
「だって…烏羽ちんは仲間だと思ってたのに」
「仲間?」
「烏羽ちんのバーカ!」
「いッ!!」
がつんっと大きな拳骨が降り注いで、真司は自分の頭を両手で抱え込んだ。
大股で去っていく紫原を上目で見る。
子供は何を考えているのか分からない。それにしてもデカ過ぎるせいで、真司の痛みは尋常では無かったが。
「もう…なんなんだよー…」
「真司、お前紫原になんかしたのか?」
「してないよ!」
二人の様子を遠目に見ていた青峰が、笑いながら近付いてくる。完全に他人事って顔だ。
真司は涙目のまま青峰を見上げて、八つ当たりに青峰の足を蹴った。
「いって」
「俺の痛みに比べたら大したことないよ」
「そういう問題じゃねーだろ」
「あいたたた」
ぐりぐりと鳩尾を青峰の手が痛めつけてくる。
それでもこの場に青峰がいることの喜びが大きくて、真司は笑っていた。
ドMか、という青峰の言葉にはグーで返答してやった。
「…なんで峰ちんばっか」
真司の傍を離れた紫原は、小さく座り込んでいた。実際のところ、全く小さくなれてはいないが。
視線の先には、青峰とじゃれている真司。
青峰が戻って来た途端に真司の部活への姿勢が変わった。それがどういうことか分からない紫原ではない。
「むかつく。烏羽ちんなんてキライ」
ぷいっと顔を背けて、持っていたまいう棒に噛り付く。
美味しいはずのまいう棒なのに、あまり美味しさを感じられない。
「紫っち?どうしたんスか?」
「…もー!まじムカツク!」
「へっ!?」
そんな挙動不審の紫原に近寄った黄瀬は、ぴたっと動きを止めた。
そんな黄瀬を気にすることなく、紫原は再びばっと立ち上がる。
そして一度離れた真司の元へずかずかと向かっていって。
「峰ちん、そこ退いてよ」
「あ?なんだよ、真司と喧嘩してたんじゃねーの?」
「そうだよ、だから退いてよ」
「いや、意味わかんねーんだけど。なァ真司」
くるっと青峰が真司の方を向く。
うん、と頷こうとした真司は視界に映った紫原の行動に目を見開いた。
振り上げられた腕は青峰に向かって突っ込んでくる。
「あぶな…!」
咄嗟に青峰と紫原の間に入った真司は、先ほどとは比べものにならない痛みを感じて。
「あ!?真司!?」
「烏羽ちん!」
二人の声と、冷静な赤司の声が聞こえる。
殴られたことより、吹っ飛んで壁にぶつけた衝撃が余りにも大きすぎて、真司は目を閉じた。
暖かい布団、ゆさゆさと揺らしてくる大きな手。
デジャヴ過ぎる感覚に、真司は目を開くことを躊躇った。
どうしてこんなことになったって、今回は全く分からない。
「烏羽ちん…目開けてよぉ…」
ぐずぐずな声が耳を掠める。
誰が悪いと思っているんだ、誰が。なんて言い返してやりたいところ、真司はそれを飲み込んで、薄ら目を開いた。
「死なないで烏羽ちん…」
「死なないよ」
「烏羽ちん!」
その瞬間に大きな体が抱き着いてきて、再び昇天しそうになるのを気力で堪える。
こうなったのは誰のせいかって、そりゃあ紫原以外に誰がいるのかという程に彼が悪いのだが、真司は何も言う気が起こらなかった。
「ごめんねごめんね、痛くない?」
「いや、めちゃくちゃ痛い…」
「うぅ…」
殴られた頬を紫原の大きな手のひらが擦る。
「なんであんなことしたんだよ、紫原くん」
その手に顔を揺さぶられながら、真司は一番の疑問を口に出した。
なんの理由もなく突然青峰に殴りかかる、なんてことをする程紫原の性格は荒々しいものではないはずだ。
しかし、紫原はこてんと首を横に倒していた。
「んー…なんか、気に食わなかったんだよね~」
「え、えぇ…?」
「でも、烏羽ちんがいけないだよ」
「なんでだよ」
「峰ちんばっかりなんだもん」
青峰ばっかり。日本語なのに全く意味が分からなくて、真司は眉間にしわを寄せた。
しかし、紫原は思い出したらイラついてきた、と言って頬を膨らませている。
どういう意味なのか確認したいのと同時に、なんか聞くの面倒だなという思いが交差した。なんだか、面倒事になりそうな予感がする。
「烏羽ちんはさあ」
真司の疑問を察したわけではないだろう。しかし紫原は先に口を開いた。
「何?」
「赤ちんと峰ちん、どっちが好きなの?赤ちんだよね?」
「……はい?」
面倒そうだという予想はどうやら当たっていたようだ。
何やら紫原はさっきよりも理解しかねることを言い出している。
「赤ちんすっげー烏羽ちんのこと大事にしてるじゃん」
「や、ちょっと」
「なのに烏羽ちんは峰ちんばっか。そんなん絶対おかしーし!」
「はぁ…」
いやおかしいのはお前だ。
真司はそう突っ込みたい気持ちを抑えた。余計なことを言って紫原を怒らせたくはない。
そう思う程にさっきの打撃は真司の脳裏に焼き付いている。
「いーじゃん、峰ちんなんて。なんでそんな気にすんの?」
「友達だからじゃん…。つか、紫原君もなんでそんなこと気にすんの?」
「は!?そんなん…、」
ぱっと口を開いた紫原は、目線を泳がせてから口を閉じた。
二人揃って何が何やら分からない状況に陥っている。
途端にそこに沈黙が生まれて、保健室の匂いとベッドの固さが真司の体に強く感じられた。
以前ここに来たときは、赤司の理解不能な行動に真司と紫原が巻き込まれた。
とはいえ、それ以来紫原とはごく普通な関係を築いて来たし、何も不思議なことは無かったのに。
「だって…オレも赤ちんも烏羽ちんの事こんなに好きなのに…」
ぼそぼそと話し始めた紫原の顔は少しずつ赤みを帯びてきて。
「え?待った、それは初耳」
「は?」
「紫原君は俺のこと好きなの?」
「うん」
今度ははっきりと、その言葉を紫原の口から。
真司にとって“好き”という言葉が大きなものになり、そしてその価値が分からなくなっている。それは、最近の皆からの行為のせいだ。
それでも、紫原の行為に胸の奥が暖かくなって。
「俺も、紫原君のこと結構好きだよ」
「ふーん。結構?」
「結構」
「…それって、なんかビミョー」
紫原が真司の横に手を置いて、その反動でベッドが鳴った。
彼の細い目に、真司の姿だけがしっかりと映っている。
「ねぇ、烏羽ちん」
「ん?」
「烏羽ちんも、もっとオレのこと見てよ」
「赤司君じゃなくて?」
「うん。赤ちんと同じくらい」
なんだか難しいことを言う。
しかし、紫原にとって赤司がどれ程大きな存在かってことくらい普段の彼の言動から分かっているつもりだ。
それを考えれば、真司の、紫原にとっての地位は相当のものなのだと分かる。
「それって、なんか愛の告白みたい」
「は~?何それ、なんかサブい」
「ね」
真司がふっと笑うと、紫原も頬を緩めた。
紫原の、こういう柔らかい雰囲気は好きだ。黄瀬や緑間よりはずっと好ましかった。
「よし、もう平気。部活戻ろっか」
「え…もう平気なの?」
「え?うん」
「…」
じゃあ。そう呟いた紫原は再びむっとしてしまった。
ちょっと本音を伝え合えたと思ったのに、すぐまたこれだ。
「紫原君めんどくさーい」
「烏羽ちんもー」
立ち上がってとんとんと頭を叩く。壁に衝突したせいで頭もかなりの衝撃を受けたが、問題はなかったようだ。
横に並んだ紫原の顔を見上げる。
頭の重さを感じる程に、かくんと首が傾いて。
真司は紫原に手を伸ばした。
「紫原君、体育館まで抱っこ」
「いいよー」
めんどい、と言われると思ったのに、紫原はすぐに頷いた。なんの躊躇いなくヒョイと持ち上げられる。
こういう扱いはあまり好きではなかったが、紫原ならいいと思えた。
子ども扱い、というには紫原の方が子供っぽいし。大きすぎる為に紫原には真司に限らずどんな人間も小さく見えているようだし。
「ふふ、お姫様抱っこだ」
「だって赤ちんに担ぐなって言われたんだもん」
「うん、この方が嬉しい」
近くなった顔と顔の距離。首に手を回してぎゅっとしがみ付く。
そういえば、お菓子も食べずに待っていてくれたんだな、と思うと急に愛しさが込み上げて。
「紫原君」
「なに?」
「やっぱり、結構よりもうちょっと好きかも」
「何それ」
意味わかんない、という紫原の声には、いつもより覇気があるように感じた。
紫原の体から香るお菓子の匂い。それが嫌なものではなくて、真司は紫原の首元に顔を埋めていた。
・・・
「ちょ!なんで!?」
体育館に戻った時、一番大きな声を出したのは黄瀬だった。
紫原の腕に抱かれた真司。
「二人、喧嘩してたんじゃないんスか!?」
「黄瀬ちん煩い」
「黄瀬君煩い」
「ひどっ!」
もうすぐ部活も終わる時間だ。
頑張ろうと思った矢先、こんな形になってしまうとは。
ちらっと青峰の姿をうかがう。
以前と同じように黒子のパスを受け取っている青峰が向こうのコートにいる。
嬉しくて、もっと近くで見たくて、紫原の腕を引く。しかし、紫原は下ろそうとしないどころか、抱く腕に力を込めた。
「紫原君?」
「やだ。今日はこのまま下さねーし」
「え」
それを聞いていた黄瀬も緑間も目を丸くしている。
「烏羽ちんは赤ちん以外、誰にも譲んねー」
「な、なな…何言ってんスか!?」
「紫原に何をしたのだよ…烏羽…」
「いや、何も」
黄瀬と紫原の反応が面白くて、真司は特にそれ以上は言わなかった。
紫原の手の大きさも体の大きさも、腕の強さも好きだ。しかし、青峰のバスケが見たい今は、それが煩わしい。
「紫原君、下してよー」
「やだ、絶対やだ」
「紫原、下してやるのだよ」
「やーだー」
ばたばたと足を動かしても、紫原には何の障害にもならなかった。
赤司だけは何も言わずに、それでも嬉しそうに真司と紫原を見つめていた。