黒バス(2012.10~2017.12)
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ボールが床の上で跳ねる。
茫然と活躍し続ける彼等を眺めていた真司が感じていたのは、確かな違和感だった。
帝光中学校バスケ部の強さは誰もが知っている。いつだって勝利し、それを誇りとしてきた。
しかし。夏の大会、それは余りにも圧倒的で、なんとも呆気ないものだった。
・・・
「青峰君、部活は?」
帰りの支度をしている青峰の腕をちょんちょんと引く。
教室の溢れるざわつきの中、青峰は椅子に腰かけたままじっとしていた。
「青峰君?」
「行かねー…」
「なんでだよ。青峰君連れてかないと、俺が怒られるんだけど」
「なんとか言い訳しろよ」
「無理無理、困る」
夏休みが明けて、青峰は急にバスケをしたがらなくなった。
バスケだけが取り柄、心からのバスケ馬鹿。そんな青峰だからこそ、今までなら部活をさぼるなんてことは有り得なかったのに。
「もう何日目だと思ってんだよ…」
「あ?知らね」
「赤司君、怒ってるよ」
ぴくっと青峰の眉が動く。さすがの青峰も、赤司は怖いらしい。
それでも、頷こうとはしなかった。
「青峰君が行かないなら俺もさぼろっかな」
「あ?真司は下手なんだから行けよ」
「…そんなはっきり言わなくても」
全く動く気のない青峰に、真司は諦めて後ろを向いた。
一軍とはいえスタメンとは一緒に練習出来ない。
それでも真司は青峰の練習する姿を見る事が大好きだった。
その青峰がいない。どこにも青峰の楽しそうな姿がない。
だから、どうしても寂しさを覆い隠すことは難しくて。
あっ、という声と共にボールがたんっと転がった。
「烏羽、集中力が散漫しているぞ」
「っ、ごめんなさい…」
一人で向かった部活。
シュートを何度も外し、得意のドリブルさえも足にぶつかり転がして。赤司も、怒りを通り越して呆れている。
暫く無くなっていた陰口も、悪化している始末だ。
明らかに、真司に聞こえるように大きな声で交わされている。
「青峰がいなくちゃなんも出来ねーのな」
「犬がボール追ってるみたいにしか見えねーんだけど!」
「はは、言えてる」
それに言い返すことも出来ずに、真司は唇をぎゅっと噛んだ。
何か言われることはまだ耐えられる。しかし、皆に幻滅されることが怖い。
「はぁ…」
結局何も上手くいかずに日は落ちて、部活は終了してしまった。
赤司の怒りと呆れの混ざったような表情が忘れられない。
真司は部室で着替えながら大きなため息を吐き出した。
「真司っち…なんか調子悪かったっスね」
「あ…うん。ちょっと…」
「人事を尽くしていないからなのだよ」
「うん…」
黄瀬と緑間も心配してくれているのだろうが、それも申し訳なくて。真司はこくりと頷いた後、そのまま俯いてしまった。
「真司っち…」
「どーせ峰ちんのこと気にしてんでしょ?めんどくせー」
「ちょっ、紫っち!」
青峰がいないというだけなのに。いつも黒子と楽しそうにしていた青峰が。
真司は自分の思ったことにはっとして顔を上げた。
「テツ君…!」
「お疲れ様です烏羽君」
いつの間にか隣に立っていた黒子がぺこりと頭を下げる。
青峰の相棒である黒子。顔には出ていないが、一番辛いのは黒子なのではないか。
真司はワイシャツに腕を通すと、既に着替えを終えて帰ろうとしていた黒子の鞄を掴んだ。
「烏羽君?」
「テツ君…」
「…待ってますから、一緒に帰りましょう」
真司の思うことを察したらしい黒子が足を止めた。恐らく、黒子は青峰の現状を知っている。
真司は素早く帰る準備をまとめて黒子の横に並んだ。
周りの目から逃れるように、足早に体育館を通り抜ける。二人の歩幅はほとんど一緒だった。
・・・
暦的に夏はもう終わったとはいえ、まだその名残がある。その証拠に辺りは薄暗くなっているが、寒さを感じない。
隣を歩く黒子をちらちらと確認しながら、真司はどう話を切り出すかに頭を悩ませていた。
もし、青峰のことで黒子が悲しんでいたなら、簡単に踏み込んで良いものではない気がする。
しかし、そんな心配を余所に、黒子は先に口を開いた。
「烏羽君は、青峰君がどうして部活に来なくなったか…知っていますか」
初っ端から核心を突いてきた黒子の言葉に、真司の喉が鳴る。
「え…?いや、特に何も聞いてないけど」
「そうですか…。青峰君は烏羽君に話していないんですね」
「う、うん」
二人の足は、無意識にマジバに向かっていた。
何か話をしたいとき、二人で行くのはいつでもマジバ。バニラシェイクとコーラ、いつも手に取るのは同じものだ。
「ボクは、青峰君から少し話を聞きました」
「それ…俺が聞いても…?」
真司がおずおずと体を小さくして問うと、黒子はにこりと笑った。無言の肯定、ととって良いだろう。
そして妙な緊張を感じている真司には容赦なく、間髪入れずに黒子は続けた。
「強くなりすぎたそうです」
「…」
真司は思わず言葉を失って。
その沈黙を破ったのは、ウイーンという自動ドアの音と爽やかな挨拶だった。
「とりあえず、バニラシェイクを買っても良いですか」
「あ、うん、俺も買う」
お目当てのモノを互いに頼んで、いつもと同じ窓際の席につく。
ごくごくと喉を潤してから、真司は小さく口を開いた。
「つまり…青峰君は、相手が弱くてつまらなくなっちゃったってこと?」
「そうですね、まぁそんな感じでしょう」
「贅沢な悩み第二号じゃねーか…」
モテモテな黄瀬のモテたくないって奴と同じような。
真司にはとうてい理解し得ない悩み。
脳裏に過るのは、夏の大会の圧倒的な勝利。それに貢献していた青峰の完璧すぎるバスケ。
赤司も黄瀬も緑間も紫原も、勿論黒子もすごかった。真司とは比べものにならないバスケだ。
しかしその中でも青峰は群を抜いていた。
「練習して今以上に上手くなるのが怖いそうです」
「まぁ…確かに青峰君はすごい、けどさ」
そういうものなのか。そんなことが理由で大好きなバスケから離れられるのか。
「…」
「お願いです、烏羽君。君からも説得して下さい」
「え、」
「ボクなんかの言葉じゃ…青峰君を連れ戻せません」
相棒の黒子の言葉以上のものなんて、あるとは思えないが。
真司はうーんと唸りながら、ストローに口をつけた。
甘さのぴりっとした刺激で頭が少し冴える。
「青峰君は、君のことがとても好きなようですから…。君の言葉なら」
「まぁ…俺も青峰君いないと調子でないしなー」
「お願いします」
ぱっと明るい笑みを浮かべた黒子に、真司もようやく笑顔を返した。
ずずっと二人が同時にストローを吸う。
そうしながらも、どうしたら青峰を部活に連れ戻せるのか考えを巡らせていた。
黒子も真司も、楽しそうにバスケをする青峰の姿を見たかったのだ。
翌日の放課後。
真司は帰る準備を始めている青峰の前に立った。
「青峰君」
部活に来ないだけならまだしも、青峰とは再び微妙な関係になりつつある。
昼休みなんか互いの存在を確認しながらも、声をかけることは無かった。
じとっととした青峰の目に真司の姿が映る。
「んだよ」
「青峰君、帰るの?」
「分かってんならさっさと一人で行けよ」
「やだ」
明らかに不機嫌だ。もう少し隠せば良いのに、と思う程。
真司は、めんどくさそうに眉間にシワを寄せた青峰の鞄を手に取った。
「一緒に帰る」
「…は?」
「帰ろ」
「ちょ、真司…!?」
そのまま青峰を待たずに先を歩き出す。
青峰はさすがに慌てて真司の手を掴んだ。
「俺が一緒じゃヤ?」
「そ、いうんじゃなくてよ…」
「じゃいーでしょ、行こ」
「…」
青峰の手は思いの外すぐに離れ、むすっとしたままだったが先に帰ろうとはしなかった。
バッグという人質があるのだから当然だが。
当たり前に過ぎ行く人の流れに従って、学校の外に出る。
こんなことをしたら、赤司に怒られるのだろう。それでも、部活に行かなきゃとは思わなかった。
「いいのかよ、真司」
「いいんじゃない?」
「何も考えてねーんだろ」
「そうとも言うね」
黒子とは違う、大きな歩幅。
むしろこの歩幅に安心するのは、ずっと一緒にいたからだろう。
「あ、青峰君」
ふと、真司が足を止めた。
「あ?」
「あそこで、ちょっとやってこ」
「…」
真司の指さす先には、バスケットコート。
青峰は怪訝そうな顔をしてから真司の手にある鞄を奪い取った。
「ちょっと青峰君!」
「ったく、これが目的かよ」
「いーじゃん!久しぶりに1on1しよう!」
先にコートを過ぎ去ろうとした青峰の腕を今度は掴み返す。
力では敵わないけれど、どうしても分かって欲しくて。
「…」
「…っ」
じっと、逸らすことなく見つめ続ける。
「…はぁ、わーったよ」
「やった!」
はぁっと諦めたようなため息を吐いて、青峰は体の向きを変えた。
珍しく、コートには人一人いない。
ぽつんと転がっているボールを拾い上げて、真司は青峰と向き合った。
「強いのが…自分だけだと思うなよ」
「真司?」
たんっとボールを打つ。
先日までの不調が嘘だったかのように、ボールの吸い付きが良い。目の前に青峰がいるからだろうか。
「チャンスは五回。一回でも俺を止めたら青峰くんの勝ちな」
「へー。勝ったら何かしてくれんのかよ」
「いーよ。一個言うこと聞いたげる」
「ハッ」
にやっと青峰の口角があがる。
彼に敗北の二文字は有り得ない。バスケで敗北を味わったことなどないのだろう。
それが、今青峰を苦しめているのだとしたら。
強くなるしかない。
「行くよ」
姿勢を低くして、目指すは青峰の向こうのゴール。
ふわっと揺れて視界が開けると、真司は一気にゴール下まで抜けた。
ぱしっと風を切るような音。ボールはなんとかゴールを通ってくれた。
「っしゃ!」
未だシュートには自信が無い真司はガッツポーズをとって振り返った。
青峰は一歩も動いていない。恐らく、動けなかったのだろう。
「青峰君。油断した?」
「いや。真司、お前前より早くなってる」
「当然。ちゃんと練習してたんだから!」
「あぁ、すげーよ」
青峰が素直に褒めるから、真司の顔が赤く色づいた。
しかしそれも束の間、青峰の表情が本気のものに変わる。
速さと瞬発力なら青峰に負けていない。
その数値的な事実が真司の心の安定を保っているに過ぎない状況。
真司はボールをつくと、もう一度青峰の向こうを見上げた。
二回目、三回目、四回目。
真司の体は青峰を避けてシュートを打つ。
しかし、回数を重ねれば重ねる程、青峰の目は真司を捕らえ始めた。
そして五回目。
「おら、オレの勝ちだぜ」
手から離れたボールが跳ねている。
たん、たん。聞き慣れたこの音が胸を叩くかのように響いた。
「確かに…青峰君は強いよ」
「あ?」
「俺じゃ勝てない。今は、今のままじゃ」
「…」
悔しさ故にずきずきと痛む胸を押さえて、真司は青峰を睨み付けた。
青峰はバスケの才能もあって、しかも体格にも恵まれている。真司にはどう頑張ったところで辿り着けない場所だ。
「でも!俺まだ背伸びてるし!」
「あー、オレも」
「…き、んトレもするし」
「あ?してなかったのかよ」
「……もっと、速くなるし」
「ぶはっ」
どんどん小さくなる真司に対して、青峰が腹を押さえて笑い出した。
そう、何よりも楽しいのだ。彼とのバスケは。だからまだまだ辞めてもらっては困る。
「強くなるから俺。一緒にやろ」
「そーだな。まずはベンチ入りから頑張れよ」
「馬鹿にしてんな」
青峰の言う通りだ。ベンチ入りも出来ていない人間が青峰に勝とうなんて馬鹿げた話。
とはいえ、今は青峰がバスケへのやる気を取り戻してくれたことが嬉しくて、真司は青峰を見て心から笑った。
「あーあ。まんまとやられたっつか。誰に言われて来たんだよ」
「え?」
がしがしと頭をかきながら、青峰が真司を見下ろしている。
「青峰君、俺は別に君を部活に連れていくよう仕向けられたわけじゃないよ」
「そーなのか?」
「うん」
ちらっと振り返った青峰の目がぱちぱちと瞬いている。
そんな間抜けな表情を見た真司は思わずぷっと吹き出してしまった。
「だってさ、友達じゃん?俺ら」
「お、おう」
「友達が萎えてんのに無視なんて出来ないよ」
にっと笑って青峰にボールを渡す。
青峰は少し躊躇いがちに手を出して、それでもしっかりと受け取った。
「仕方ねーな、真司は」
「え?」
「俺がいなきゃ寂しいんだって言えよ」
「……ばーか」
大好きな青峰の笑顔が咲いて、手から放られたボールは吸い込まれるようにゴールを通り抜けた。
これが青峰のバスケ。そこにはフォームや決まりなんてない。
「あ、そーだ。一個なんでも聞いてくれんだったな?」
「うっわ、そんなこと言ったっけ」
「言った。そーだな、どーっすっかな」
んーっと考えるような仕草をとる。
にやにやと口角を持ち上げている青峰の表情からは嫌な予感しかしない。
しかし、青峰は顎に当てていた手を真司の頭に置いた。
「お前は、ずっとバスケ続けろよ」
「え」
「諦めんな」
「わ、分かってるよ…そんなこと…」
もっと酷いことを言われると思ったのに。
そんなこと、言われずともそうするつもりだったのに。
このタイミングでそんなこと。
真司はどうしても感じてしまう不安から、ぎゅっと青峰の腕を掴んだ。
「青峰君…」
「真司?」
「…いなくならないで」
「オレはここにいんだろ」
「、うん」
自分でも、何故こんなことを口走ったのか分からなかった。
その時はただ、今の青峰がいなくなってしまうのが嫌だったのだ。
・・・
部活に青峰と、調子を取り戻した真司が戻った。
嬉しそうな黒子と引き換えに、二人は無断で部活をさぼった罰を受けている。
「走ってこい、とは。やはり烏羽には甘いな、赤司」
「ん?そんなつもりは無かったが」
青峰は外を30周、真司は10周。真司には造作もないことだろう。
「赤司、今何を考えている?」
赤司の様子をうかがうように緑間が問う。
真司と青峰が二人揃って部活に現れるのは久しぶりのことだった。
その二人の距離は、一層近くなったように見えた。誰の目にも。
「そろそろ…とは思っているさ」
「何がそろそろ、なのだよ」
「聞きたいのか?」
「…」
赤い瞳が光っている。
また嫌なことを考えている目だ。緑間は、何も言わずにその目から逃げた。
「あーっ!終わった!」
「青峰君、遅すぎ」
「うっせ!」
ばたばたと戻ってきた青峰と真司に皆の視線が移る。
二人とも呼吸を荒くしているのは、しっかりと罰をこなしたからだろう。
「烏羽?ずいぶんと疲れているな」
それにしても、真司の息の切らし様は少しおかしい。
赤司が問いかけると、真司は薄ら笑いを浮かべながら汗を拭った。
「あ、あぁ…青峰君と一緒に30周して来まして」
「…お前は…」
「ちょっと走りたくなっちゃって!俺が勝手に」
「分かってる。もう練習に戻れ」
「はーい…」
やはり真司には相当の体力がある。
それが、青峰以上のものであるからこその一軍だ。
「青峰」
「お、おう…」
「烏羽の手を焼かせるなよ」
「あ?なんだそれ」
意味わかんねー、とだけ残して青峰は練習に戻っていく。
その背中を見る赤司の目は、一層鋭く光っていた。
茫然と活躍し続ける彼等を眺めていた真司が感じていたのは、確かな違和感だった。
帝光中学校バスケ部の強さは誰もが知っている。いつだって勝利し、それを誇りとしてきた。
しかし。夏の大会、それは余りにも圧倒的で、なんとも呆気ないものだった。
・・・
「青峰君、部活は?」
帰りの支度をしている青峰の腕をちょんちょんと引く。
教室の溢れるざわつきの中、青峰は椅子に腰かけたままじっとしていた。
「青峰君?」
「行かねー…」
「なんでだよ。青峰君連れてかないと、俺が怒られるんだけど」
「なんとか言い訳しろよ」
「無理無理、困る」
夏休みが明けて、青峰は急にバスケをしたがらなくなった。
バスケだけが取り柄、心からのバスケ馬鹿。そんな青峰だからこそ、今までなら部活をさぼるなんてことは有り得なかったのに。
「もう何日目だと思ってんだよ…」
「あ?知らね」
「赤司君、怒ってるよ」
ぴくっと青峰の眉が動く。さすがの青峰も、赤司は怖いらしい。
それでも、頷こうとはしなかった。
「青峰君が行かないなら俺もさぼろっかな」
「あ?真司は下手なんだから行けよ」
「…そんなはっきり言わなくても」
全く動く気のない青峰に、真司は諦めて後ろを向いた。
一軍とはいえスタメンとは一緒に練習出来ない。
それでも真司は青峰の練習する姿を見る事が大好きだった。
その青峰がいない。どこにも青峰の楽しそうな姿がない。
だから、どうしても寂しさを覆い隠すことは難しくて。
あっ、という声と共にボールがたんっと転がった。
「烏羽、集中力が散漫しているぞ」
「っ、ごめんなさい…」
一人で向かった部活。
シュートを何度も外し、得意のドリブルさえも足にぶつかり転がして。赤司も、怒りを通り越して呆れている。
暫く無くなっていた陰口も、悪化している始末だ。
明らかに、真司に聞こえるように大きな声で交わされている。
「青峰がいなくちゃなんも出来ねーのな」
「犬がボール追ってるみたいにしか見えねーんだけど!」
「はは、言えてる」
それに言い返すことも出来ずに、真司は唇をぎゅっと噛んだ。
何か言われることはまだ耐えられる。しかし、皆に幻滅されることが怖い。
「はぁ…」
結局何も上手くいかずに日は落ちて、部活は終了してしまった。
赤司の怒りと呆れの混ざったような表情が忘れられない。
真司は部室で着替えながら大きなため息を吐き出した。
「真司っち…なんか調子悪かったっスね」
「あ…うん。ちょっと…」
「人事を尽くしていないからなのだよ」
「うん…」
黄瀬と緑間も心配してくれているのだろうが、それも申し訳なくて。真司はこくりと頷いた後、そのまま俯いてしまった。
「真司っち…」
「どーせ峰ちんのこと気にしてんでしょ?めんどくせー」
「ちょっ、紫っち!」
青峰がいないというだけなのに。いつも黒子と楽しそうにしていた青峰が。
真司は自分の思ったことにはっとして顔を上げた。
「テツ君…!」
「お疲れ様です烏羽君」
いつの間にか隣に立っていた黒子がぺこりと頭を下げる。
青峰の相棒である黒子。顔には出ていないが、一番辛いのは黒子なのではないか。
真司はワイシャツに腕を通すと、既に着替えを終えて帰ろうとしていた黒子の鞄を掴んだ。
「烏羽君?」
「テツ君…」
「…待ってますから、一緒に帰りましょう」
真司の思うことを察したらしい黒子が足を止めた。恐らく、黒子は青峰の現状を知っている。
真司は素早く帰る準備をまとめて黒子の横に並んだ。
周りの目から逃れるように、足早に体育館を通り抜ける。二人の歩幅はほとんど一緒だった。
・・・
暦的に夏はもう終わったとはいえ、まだその名残がある。その証拠に辺りは薄暗くなっているが、寒さを感じない。
隣を歩く黒子をちらちらと確認しながら、真司はどう話を切り出すかに頭を悩ませていた。
もし、青峰のことで黒子が悲しんでいたなら、簡単に踏み込んで良いものではない気がする。
しかし、そんな心配を余所に、黒子は先に口を開いた。
「烏羽君は、青峰君がどうして部活に来なくなったか…知っていますか」
初っ端から核心を突いてきた黒子の言葉に、真司の喉が鳴る。
「え…?いや、特に何も聞いてないけど」
「そうですか…。青峰君は烏羽君に話していないんですね」
「う、うん」
二人の足は、無意識にマジバに向かっていた。
何か話をしたいとき、二人で行くのはいつでもマジバ。バニラシェイクとコーラ、いつも手に取るのは同じものだ。
「ボクは、青峰君から少し話を聞きました」
「それ…俺が聞いても…?」
真司がおずおずと体を小さくして問うと、黒子はにこりと笑った。無言の肯定、ととって良いだろう。
そして妙な緊張を感じている真司には容赦なく、間髪入れずに黒子は続けた。
「強くなりすぎたそうです」
「…」
真司は思わず言葉を失って。
その沈黙を破ったのは、ウイーンという自動ドアの音と爽やかな挨拶だった。
「とりあえず、バニラシェイクを買っても良いですか」
「あ、うん、俺も買う」
お目当てのモノを互いに頼んで、いつもと同じ窓際の席につく。
ごくごくと喉を潤してから、真司は小さく口を開いた。
「つまり…青峰君は、相手が弱くてつまらなくなっちゃったってこと?」
「そうですね、まぁそんな感じでしょう」
「贅沢な悩み第二号じゃねーか…」
モテモテな黄瀬のモテたくないって奴と同じような。
真司にはとうてい理解し得ない悩み。
脳裏に過るのは、夏の大会の圧倒的な勝利。それに貢献していた青峰の完璧すぎるバスケ。
赤司も黄瀬も緑間も紫原も、勿論黒子もすごかった。真司とは比べものにならないバスケだ。
しかしその中でも青峰は群を抜いていた。
「練習して今以上に上手くなるのが怖いそうです」
「まぁ…確かに青峰君はすごい、けどさ」
そういうものなのか。そんなことが理由で大好きなバスケから離れられるのか。
「…」
「お願いです、烏羽君。君からも説得して下さい」
「え、」
「ボクなんかの言葉じゃ…青峰君を連れ戻せません」
相棒の黒子の言葉以上のものなんて、あるとは思えないが。
真司はうーんと唸りながら、ストローに口をつけた。
甘さのぴりっとした刺激で頭が少し冴える。
「青峰君は、君のことがとても好きなようですから…。君の言葉なら」
「まぁ…俺も青峰君いないと調子でないしなー」
「お願いします」
ぱっと明るい笑みを浮かべた黒子に、真司もようやく笑顔を返した。
ずずっと二人が同時にストローを吸う。
そうしながらも、どうしたら青峰を部活に連れ戻せるのか考えを巡らせていた。
黒子も真司も、楽しそうにバスケをする青峰の姿を見たかったのだ。
翌日の放課後。
真司は帰る準備を始めている青峰の前に立った。
「青峰君」
部活に来ないだけならまだしも、青峰とは再び微妙な関係になりつつある。
昼休みなんか互いの存在を確認しながらも、声をかけることは無かった。
じとっととした青峰の目に真司の姿が映る。
「んだよ」
「青峰君、帰るの?」
「分かってんならさっさと一人で行けよ」
「やだ」
明らかに不機嫌だ。もう少し隠せば良いのに、と思う程。
真司は、めんどくさそうに眉間にシワを寄せた青峰の鞄を手に取った。
「一緒に帰る」
「…は?」
「帰ろ」
「ちょ、真司…!?」
そのまま青峰を待たずに先を歩き出す。
青峰はさすがに慌てて真司の手を掴んだ。
「俺が一緒じゃヤ?」
「そ、いうんじゃなくてよ…」
「じゃいーでしょ、行こ」
「…」
青峰の手は思いの外すぐに離れ、むすっとしたままだったが先に帰ろうとはしなかった。
バッグという人質があるのだから当然だが。
当たり前に過ぎ行く人の流れに従って、学校の外に出る。
こんなことをしたら、赤司に怒られるのだろう。それでも、部活に行かなきゃとは思わなかった。
「いいのかよ、真司」
「いいんじゃない?」
「何も考えてねーんだろ」
「そうとも言うね」
黒子とは違う、大きな歩幅。
むしろこの歩幅に安心するのは、ずっと一緒にいたからだろう。
「あ、青峰君」
ふと、真司が足を止めた。
「あ?」
「あそこで、ちょっとやってこ」
「…」
真司の指さす先には、バスケットコート。
青峰は怪訝そうな顔をしてから真司の手にある鞄を奪い取った。
「ちょっと青峰君!」
「ったく、これが目的かよ」
「いーじゃん!久しぶりに1on1しよう!」
先にコートを過ぎ去ろうとした青峰の腕を今度は掴み返す。
力では敵わないけれど、どうしても分かって欲しくて。
「…」
「…っ」
じっと、逸らすことなく見つめ続ける。
「…はぁ、わーったよ」
「やった!」
はぁっと諦めたようなため息を吐いて、青峰は体の向きを変えた。
珍しく、コートには人一人いない。
ぽつんと転がっているボールを拾い上げて、真司は青峰と向き合った。
「強いのが…自分だけだと思うなよ」
「真司?」
たんっとボールを打つ。
先日までの不調が嘘だったかのように、ボールの吸い付きが良い。目の前に青峰がいるからだろうか。
「チャンスは五回。一回でも俺を止めたら青峰くんの勝ちな」
「へー。勝ったら何かしてくれんのかよ」
「いーよ。一個言うこと聞いたげる」
「ハッ」
にやっと青峰の口角があがる。
彼に敗北の二文字は有り得ない。バスケで敗北を味わったことなどないのだろう。
それが、今青峰を苦しめているのだとしたら。
強くなるしかない。
「行くよ」
姿勢を低くして、目指すは青峰の向こうのゴール。
ふわっと揺れて視界が開けると、真司は一気にゴール下まで抜けた。
ぱしっと風を切るような音。ボールはなんとかゴールを通ってくれた。
「っしゃ!」
未だシュートには自信が無い真司はガッツポーズをとって振り返った。
青峰は一歩も動いていない。恐らく、動けなかったのだろう。
「青峰君。油断した?」
「いや。真司、お前前より早くなってる」
「当然。ちゃんと練習してたんだから!」
「あぁ、すげーよ」
青峰が素直に褒めるから、真司の顔が赤く色づいた。
しかしそれも束の間、青峰の表情が本気のものに変わる。
速さと瞬発力なら青峰に負けていない。
その数値的な事実が真司の心の安定を保っているに過ぎない状況。
真司はボールをつくと、もう一度青峰の向こうを見上げた。
二回目、三回目、四回目。
真司の体は青峰を避けてシュートを打つ。
しかし、回数を重ねれば重ねる程、青峰の目は真司を捕らえ始めた。
そして五回目。
「おら、オレの勝ちだぜ」
手から離れたボールが跳ねている。
たん、たん。聞き慣れたこの音が胸を叩くかのように響いた。
「確かに…青峰君は強いよ」
「あ?」
「俺じゃ勝てない。今は、今のままじゃ」
「…」
悔しさ故にずきずきと痛む胸を押さえて、真司は青峰を睨み付けた。
青峰はバスケの才能もあって、しかも体格にも恵まれている。真司にはどう頑張ったところで辿り着けない場所だ。
「でも!俺まだ背伸びてるし!」
「あー、オレも」
「…き、んトレもするし」
「あ?してなかったのかよ」
「……もっと、速くなるし」
「ぶはっ」
どんどん小さくなる真司に対して、青峰が腹を押さえて笑い出した。
そう、何よりも楽しいのだ。彼とのバスケは。だからまだまだ辞めてもらっては困る。
「強くなるから俺。一緒にやろ」
「そーだな。まずはベンチ入りから頑張れよ」
「馬鹿にしてんな」
青峰の言う通りだ。ベンチ入りも出来ていない人間が青峰に勝とうなんて馬鹿げた話。
とはいえ、今は青峰がバスケへのやる気を取り戻してくれたことが嬉しくて、真司は青峰を見て心から笑った。
「あーあ。まんまとやられたっつか。誰に言われて来たんだよ」
「え?」
がしがしと頭をかきながら、青峰が真司を見下ろしている。
「青峰君、俺は別に君を部活に連れていくよう仕向けられたわけじゃないよ」
「そーなのか?」
「うん」
ちらっと振り返った青峰の目がぱちぱちと瞬いている。
そんな間抜けな表情を見た真司は思わずぷっと吹き出してしまった。
「だってさ、友達じゃん?俺ら」
「お、おう」
「友達が萎えてんのに無視なんて出来ないよ」
にっと笑って青峰にボールを渡す。
青峰は少し躊躇いがちに手を出して、それでもしっかりと受け取った。
「仕方ねーな、真司は」
「え?」
「俺がいなきゃ寂しいんだって言えよ」
「……ばーか」
大好きな青峰の笑顔が咲いて、手から放られたボールは吸い込まれるようにゴールを通り抜けた。
これが青峰のバスケ。そこにはフォームや決まりなんてない。
「あ、そーだ。一個なんでも聞いてくれんだったな?」
「うっわ、そんなこと言ったっけ」
「言った。そーだな、どーっすっかな」
んーっと考えるような仕草をとる。
にやにやと口角を持ち上げている青峰の表情からは嫌な予感しかしない。
しかし、青峰は顎に当てていた手を真司の頭に置いた。
「お前は、ずっとバスケ続けろよ」
「え」
「諦めんな」
「わ、分かってるよ…そんなこと…」
もっと酷いことを言われると思ったのに。
そんなこと、言われずともそうするつもりだったのに。
このタイミングでそんなこと。
真司はどうしても感じてしまう不安から、ぎゅっと青峰の腕を掴んだ。
「青峰君…」
「真司?」
「…いなくならないで」
「オレはここにいんだろ」
「、うん」
自分でも、何故こんなことを口走ったのか分からなかった。
その時はただ、今の青峰がいなくなってしまうのが嫌だったのだ。
・・・
部活に青峰と、調子を取り戻した真司が戻った。
嬉しそうな黒子と引き換えに、二人は無断で部活をさぼった罰を受けている。
「走ってこい、とは。やはり烏羽には甘いな、赤司」
「ん?そんなつもりは無かったが」
青峰は外を30周、真司は10周。真司には造作もないことだろう。
「赤司、今何を考えている?」
赤司の様子をうかがうように緑間が問う。
真司と青峰が二人揃って部活に現れるのは久しぶりのことだった。
その二人の距離は、一層近くなったように見えた。誰の目にも。
「そろそろ…とは思っているさ」
「何がそろそろ、なのだよ」
「聞きたいのか?」
「…」
赤い瞳が光っている。
また嫌なことを考えている目だ。緑間は、何も言わずにその目から逃げた。
「あーっ!終わった!」
「青峰君、遅すぎ」
「うっせ!」
ばたばたと戻ってきた青峰と真司に皆の視線が移る。
二人とも呼吸を荒くしているのは、しっかりと罰をこなしたからだろう。
「烏羽?ずいぶんと疲れているな」
それにしても、真司の息の切らし様は少しおかしい。
赤司が問いかけると、真司は薄ら笑いを浮かべながら汗を拭った。
「あ、あぁ…青峰君と一緒に30周して来まして」
「…お前は…」
「ちょっと走りたくなっちゃって!俺が勝手に」
「分かってる。もう練習に戻れ」
「はーい…」
やはり真司には相当の体力がある。
それが、青峰以上のものであるからこその一軍だ。
「青峰」
「お、おう…」
「烏羽の手を焼かせるなよ」
「あ?なんだそれ」
意味わかんねー、とだけ残して青峰は練習に戻っていく。
その背中を見る赤司の目は、一層鋭く光っていた。