黒バス(2012.10~2017.12)
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授業が終わり、後ろを振り返る。するとそこには突っ伏して眠っている青峰がいて。
ああ、また授業聞かないで。なんて呆れながら真司は起こす為にちょいちょいと短い髪に触る。
そんな穏やかな日常が、終わる日が来てしまった。
「席替えしまーす!」
教室中が騒がしくなる。
歓喜の声か、それとも落胆の声か。いろんな声色が鳴り響く教室で、真司はゆっくり後ろを見やった。
「青峰君」
いつも通り寝ている彼の頭を叩く。
本当に寝過ぎではないかと疑う程よく寝る男だ。
「んー……何」
「席替えだって」
「…だりぃ」
「だりぃ、じゃなくて。くじ回すから引けってさ」
席替えをする、という事実には大して反応を示さなかった青峰にほんのり寂しくなる。
真司は再び寝に戻ろうとする青峰の頬を指で挟んで、それからくいっと引っ張った。
「い、てててて」
「もー。家で寝てないの?」
「あ?何、席替え?」
「時間差ありずきだから」
呆れて笑いながら、真司は回されてきた袋の中から紙を一枚引いた。
別に席が前だろうと後ろだろうと構わない。強いて言えば、教壇に近いのは少し面倒そうで嫌だという程度か。
「ほーら、青峰君も」
「めんどくせー」
「面倒でも引かなきゃ」
「…」
かったるそうに頭をがしがしとかいてから、青峰が長い手を袋に突っ込んだ。
また席が近くなりますように。
思わずそう祈ってしまった自分に、真司は小さく笑みを口元に浮かべた。
深い人間関係なんて基本的に作らず生きてきた。
浅く広く。それが一番楽でいいってもんだ。最近までは、そう思っていた。
「なぁ真司」
「ん?」
「また近いといーな」
「…うん」
興味なさそうな顔をしていた青峰も、どうやら同じ気持ちを抱いてくれたようだ。それがすごく嬉しい。
真司はふにゃっと頬を緩めて微笑むと、引いた紙をぎゅっと両手で挟み込んだ。
青峰の近くがいいというのも勿論だが、今度青峰の近くになれる人が羨ましいというのもあった。
その席で、青峰は自分より仲良しの友達を作るかもしれない。それが、嫌で。
「じゃあ番号のとこに名前記入してー」
指揮する女の子が黒板をたんたんと叩いて、それを合図に一人一人と席を立ち始めた。
「真司、お前なんだった?」
「え、と“3”。青峰君は?」
「オレは34。綺麗に離れちまったな」
「うーわ。本当だ」
真司は右端。青峰は左端。
どうってことのない、ただの席替え。
しかし真司は、これからの学校生活が憂鬱な気がしていた。
・・・
チャイムの音と机と椅子が擦れる音で教室が埋め尽くされる。その音の中に、真司のものも混ざっていた。
それも全ては席替えのせいだ。そこにいた青峰が離れてしまった為に、真司は昼休みに移動しなければいけなくなってしまった。
しかし、真司は青峰に辿り着く前に足を止めた。
「青峰君、ここ寝癖ついてるよー」
「あ、わりぃ」
「ううん!」
きゃっきゃと楽しそうにしているのは、青峰とその隣の席の女の子。
一緒にお昼を食べようと誘いに教室の端から端まで移動した真司は、なんとなく居たたまれなくなった。
ここ最近、青峰にモテ期が到来したかのように、青峰は周辺の女子に絡まれている。
そもそも、青峰は大人しくしていれば相当のイケメンだ。少し色黒なだけだ。
「…」
地味な男子生徒一人か女子生徒数名かなんて選択肢を出されたら。
そりゃあ…女の子のがいい、のではないか?
真司の頭の中で、勝手に自己簡潔される。そしてその結果、真司は青峰に声をかけることが出来なくなってしまった。
(どうして、自分が一番だなんて思い込んでたんだろ)
他に友人がいることも、女の子にモテることも、少し考えればわかることなのに。
真司は手にしていた弁当の袋をぎゅっと握り込んで、教室を後にした。
・・・
楽しそうな声が通り過ぎて行く。
「…」
急に一人ぼっちになった気分になるのは、いつも隣にいてくれた青峰がいないからだろう。
「べ、別に…青峰君だけじゃないし」
ぼそっと呟くと丁度すれ違った女子生徒にちらっと見られる。
恥ずかしさと、寂しさといろんなものが渦巻いて、真司は俯いたまま足を速めた。
とりあえず、一緒に来てくれそうな黄瀬の教室に行こう。別に、青峰がいなくたって問題ないんだから。
自分に言い聞かせるように教室を移動していた真司は、初っ端から愕然とすることとなった。
「黄瀬君!一緒に食べよー」
「黄瀬君、今日は私と」
「ううん、私と!」
「あーはいはい、押さないで」
黄瀬がもっとモテる人間だということをすっかり忘れていた。
クラス、学年問わず、様々な女子生徒に囲まれている黄瀬の姿はほとんど確認出来ない。
「…これは、無理」
たぶん呼べば黄瀬は人混みを掻き分けて来てくれるだろう。
しかし、黄瀬という名の獲物を目の前にしたオナゴ達からそれを奪い取るなんてことをする度胸は、真司にはなかった。
「テツ君、は」
派手な黄瀬と違って、黒子に関してはそもそも探し出す自信がない。
では緑間や赤司は…昼休みには将棋をうっているという噂を耳にしたことがある。
紫原はわざわざ昼食を共にする仲でもないし。
「………」
真司はとぼとぼと一人で歩き出した。
一人でいることには慣れていたはずなのに、横を通り過ぎていく生徒の群れに顔を伏せたくなる。
初めからわかっていたんだ。
青峰や黄瀬、みんなみんな真司とはタイプが違う。ずっと仲良く、なんて出来るはずがない。
「…考えすぎ、かなぁ」
ぽつりと呟いても誰も答えてはくれない。
「はぁ」
溜め息を吐いた真司の足は、屋上を目指していた。
青峰の好きな場所。日の当たる暖かい、時には北風の寒い場所。
階段を上がって行けば行くほど、ひやりとした空気が真司の体を包んでいく。
その先にある重たい扉を一人で開けるのは初めてだった。
「…はあ」
そこに誰もいないことを確認して、真司は大げさにため息を吐いた。
ここはこんなに静かな場所だっただろうか。
ゆっくりとした足取りで端まで移動すると、髪を風が吹き上げた。 一気に広がる視界は走っているときと似ている。
「青峰君」
こんな気持ちになるのも、全ては青峰のせいだ。青峰が自分を誘ったりするから。真司の存在に目をつけたから。
なんて、いない人の名を呼んだりして、余計虚しくなるだけだ。
真司は柵に背中を預けてその場にしゃがんだ。
「青峰君はいませんよ?」
「っ!!!」
目の前に現れた丸い目に、真司は驚いて体を反らせた。同時に聞こえたゴン、という音は、真司が頭を柵に強打した音だ。
「て、テツ君…いつから」
「君が来る前からですが」
「そ、そうですか…」
「大丈夫ですか?」
相変わらず影の薄い黒子が心配そうに覗き込んできた。
頭を打ったのも勿論痛いのだが、それよりも同じクラスの彼の名を呼んだのを聞かれたのが恥ずかしすぎる。
「そういえば、青峰君は一緒じゃなんですね」
「う、ん。まぁ」
「喧嘩でもしたんですか?」
「ううん、ただ別の友達といるだけだよ」
友達、という表現が正しいのかは知らないが、少なくとも相手の女子生徒は青峰とそうなりたいはずだ。
「青峰君は薄情な男ですね」
「え」
「隣、いいですか?」
「ドウゾ…」
屋上の端で、黒子と肩を合わせて座る。
広げた弁当を手に取ると、黒子はじっと真司の弁当を見つめてきた。
「テツ君弁当は?」
「ボクはお腹がすいてないので」
「そう、なの?」
「それより、そのお弁当は自分で作ってるんですよね」
「あー、うん」
弁当を見つめていたのはそれが気になったからか。
黒子は真司の家に誰もいないということにすぐ気付いた人だ。結構観察力はあるらしい。
「上手ですね」
「ありがと」
別に料理は趣味じゃない。作ってくれる人がいないならだけだ。
なんて思いながらも褒められたことが嬉しくて、真司は素直に笑った。
「青峰君とお昼を共にしたいんですよね」
「、え」
「さっきのは、そういうことですよね?」
さっきの、とは。
真司がきょとんと首を傾げると、黒子は小さくふふっと笑った。
「大丈夫ですよ」
「ん?」
「きっと、大丈夫です」
優しく笑った黒子がゆっくり立ち上がった。
もう教室に戻るのだろう。真司もそれに続いてゆっくり立ち上がった。
しかし黒子の言葉に勇気づけられたのもほんのひと時だけ。
青峰が他の人と親しげにしているのを見るだけで真司は耐えられなくて。
結局妙な距離感が出来上がったまま時間は過ぎて行った。
・・・
何故か避けられている気がする。
初めは気のせいだと思っていたが、そうとも思えなくなっていた。
何せ、真司とまともな会話を交わさずに、もう一週間も経過してしまったのだから。
「…オレ、あいつに何かしちまったのかなー」
「烏羽君のことですか?」
「はぁ、わっかんねー」
昼休み、偶然発見することに成功した黒子を捕まえて、青峰は愚痴をだらだらとこぼしていた。
「だってよぉ、昼休みは気付くと消えてっし、部活にも一人で行くし」
「はぁ」
「話かけても適当な返事しかしねーし」
「そうですか」
「今のテツみたいにな!!」
どいつもこいつも、とぶつぶつ言っている青峰の頬はぷっくりと膨らんでいる。
これは怒っているというよりは、拗ねているようにしか見えない。
「残念ながら、可愛くないですよ」
「あぁ?」
「いえ。つまり、烏羽君に構って欲しいってことですか」
「はぁ!?んでそーなんだよ」
「そうにしかなりませんが」
真顔で何を考えているのか全く読めない瞳が、青峰を捕らえて離さない。
教室のざわつきが、耳を通り過ぎて行く。
「…真司がいねぇ」
「そうですね」
「いつも、ここで一緒に飯食ってたのに」
「羨ましい限りです」
髪の毛を痛くない程度に引っ張ってきた細い指。
顔を上げると可愛らしく目を細めて笑っていた真司。
席替えして、教室内での物理的な距離が開いてからだ。心の距離までが見えなくなってしまった。
「どうして二人揃ってそんなに不器用なんですか」
「あ?」
「二人から話を聞かされるボクの身にもなって下さい」
「テツとは話してんのかよ…」
「……はぁ」
黒子は盛大にため息を吐くと、箸を置いた。
「君が好きな場所」
「…は?」
「烏羽君は君を待っているのだと思います」
「……」
青峰が何か考えるように視線を上にやった。
暫く二人の間にだけ沈黙が訪れる。そしてがたっと大きな音を立てて立ち上がった。
「ったく!めんどくせー奴だ」
「…全くです」
だっと教室から駆け出していった青峰の背中を視線だけで追っていた黒子は、言葉と裏腹に優しく微笑んでいた。
・・・
好きな場所、そう言われて浮かんだのは一か所だけだった。青峰の足はただその一か所を目指して進んでいく。
ひやりとする階段を越えた先の扉。
きいっと音を立てながら重々しく開いた扉の向こうには。
「青峰君…?」
「ったく毎日毎日どこに消えてんのかと思ったらよぉ」
ずかずかと大股で真司に近付いた青峰は、その前まで来ると足を止めた。
ようやく正面から顔を見ることが出来た、真司がそこにいる。
真司は呆然と目の前の大男を見上げていた。
どうして、青峰がここに。まさか、まさか自分を探してきてくれたというのか。
「あ、おみねく」
「テメェ、オレに一声くらいかけてけっての」
「いったぁ!」
青峰の拳は真司の頭にヒットした。
首が飛ぶんじゃないかという程に傾いた真司は、さすがに怒って立ち上がった。
「何すんだよ!」
「そりゃこっちの台詞だ!急に無視しやがって、女かっつの」
「無視なんかしてないし!」
「はぁ!?してたろーが」
青峰は怒っている。何故。
青峰が言うには、真司が無視をしたから。
無視なんかしてない。青峰が他の人と楽しそうにしていたから話しかけなかっただけだ。
「別に、話しかけなかっただけじゃん。青峰君には他に友達が一杯いるから」
「あぁ?」
「俺なんかいなくたって、別になんも問題ないじゃん。俺と違ってさ」
「真司、お前、何いってんだ?」
青峰が眉間に寄せていたシワを解いてきょとんとした。
お互いに噛み合っていないことがわかって沈黙が訪れる。
なんだろう、この空気は。
「真司、冷静に、一つ答えてくれっか」
「ん」
「寂しかったのか」
「、え」
真司が渋って黙っても、青峰はじっと見つめてくる目を逸らさない。
寂しかったか、なんて。寂しかったに決まっている。
どうしてか、と聞かれたら答えられないけれど、とにかく寂しさを感じていたのは確かだ。
恐る恐る首を縦に動かす。
すぐに青峰がふっと笑うのが聞こえた。
「オレも」
「え?」
「オレも同じだっつってんだよ。仲良くなったと思ってたのに、急に離れていきやがって」
青峰の人差し指が真司の額をつんっと押す。
少しだけ後ろに反った真司は額を押さえて、そしてそのまま両手で顔を覆った。
「真司?」
「何それ、何それ…っ」
「何だよ」
「俺の方が、ずっとずっと寂しかったんだからな…!」
真司の両手では隠しきれていない耳が、明らかに赤くなっている。
それに気付いた青峰は照れ臭そうに頬をかいて、それからその手を真司の頭の上に置いた。
なんだろう、すごく可愛い。目の前の友人が可愛くて仕方がない。
「なー…真司」
「な、に」
「顔隠すなよ」
「やだ」
「真っ赤だな」
「わかってんならスルーしてよ…っ」
指と指の間が開いて真司の瞳が覗く。
その真司の目には、自分と同じように頬を薄っすらと赤く染めた青峰が映った。
なんだ、青峰も同じだったのか。
安心して手のひらを顔から外す。
そしてそのまま真司は青峰の胸に飛び込んでいた。
・・・
暖かい日差しの元、涼しげな風が吹き付ける。
重たい扉を開いた先には、幸せそうな顔をした二人が体を重ねるようにして寝息を吐いていた。
「…なんとかなったようですね」
二人を見下ろしている黒子は、普段崩さない顔を柔らかくしていた。
こんな二人だからこそ目が離せない。
「今日は…ボクから赤司君に言い訳しておいてあげますよ」
サボり癖のある青峰が、ここ最近は授業に出ていたのだという。
出ているだけで、恐らく教師の話は一切聞いていないのだろうが。
それも全て、自分とは違う真司に近付く為だったのだろう。賢くて、教師からも厚い信頼を得る真司に。
少しずつ生徒が門から出て行く光景が、黒子の目に映る。
自分も早く部活へ向かわなければ。
黒子は自分のブレザーを二人にかけると、再び扉を開いた。
ああ、また授業聞かないで。なんて呆れながら真司は起こす為にちょいちょいと短い髪に触る。
そんな穏やかな日常が、終わる日が来てしまった。
「席替えしまーす!」
教室中が騒がしくなる。
歓喜の声か、それとも落胆の声か。いろんな声色が鳴り響く教室で、真司はゆっくり後ろを見やった。
「青峰君」
いつも通り寝ている彼の頭を叩く。
本当に寝過ぎではないかと疑う程よく寝る男だ。
「んー……何」
「席替えだって」
「…だりぃ」
「だりぃ、じゃなくて。くじ回すから引けってさ」
席替えをする、という事実には大して反応を示さなかった青峰にほんのり寂しくなる。
真司は再び寝に戻ろうとする青峰の頬を指で挟んで、それからくいっと引っ張った。
「い、てててて」
「もー。家で寝てないの?」
「あ?何、席替え?」
「時間差ありずきだから」
呆れて笑いながら、真司は回されてきた袋の中から紙を一枚引いた。
別に席が前だろうと後ろだろうと構わない。強いて言えば、教壇に近いのは少し面倒そうで嫌だという程度か。
「ほーら、青峰君も」
「めんどくせー」
「面倒でも引かなきゃ」
「…」
かったるそうに頭をがしがしとかいてから、青峰が長い手を袋に突っ込んだ。
また席が近くなりますように。
思わずそう祈ってしまった自分に、真司は小さく笑みを口元に浮かべた。
深い人間関係なんて基本的に作らず生きてきた。
浅く広く。それが一番楽でいいってもんだ。最近までは、そう思っていた。
「なぁ真司」
「ん?」
「また近いといーな」
「…うん」
興味なさそうな顔をしていた青峰も、どうやら同じ気持ちを抱いてくれたようだ。それがすごく嬉しい。
真司はふにゃっと頬を緩めて微笑むと、引いた紙をぎゅっと両手で挟み込んだ。
青峰の近くがいいというのも勿論だが、今度青峰の近くになれる人が羨ましいというのもあった。
その席で、青峰は自分より仲良しの友達を作るかもしれない。それが、嫌で。
「じゃあ番号のとこに名前記入してー」
指揮する女の子が黒板をたんたんと叩いて、それを合図に一人一人と席を立ち始めた。
「真司、お前なんだった?」
「え、と“3”。青峰君は?」
「オレは34。綺麗に離れちまったな」
「うーわ。本当だ」
真司は右端。青峰は左端。
どうってことのない、ただの席替え。
しかし真司は、これからの学校生活が憂鬱な気がしていた。
・・・
チャイムの音と机と椅子が擦れる音で教室が埋め尽くされる。その音の中に、真司のものも混ざっていた。
それも全ては席替えのせいだ。そこにいた青峰が離れてしまった為に、真司は昼休みに移動しなければいけなくなってしまった。
しかし、真司は青峰に辿り着く前に足を止めた。
「青峰君、ここ寝癖ついてるよー」
「あ、わりぃ」
「ううん!」
きゃっきゃと楽しそうにしているのは、青峰とその隣の席の女の子。
一緒にお昼を食べようと誘いに教室の端から端まで移動した真司は、なんとなく居たたまれなくなった。
ここ最近、青峰にモテ期が到来したかのように、青峰は周辺の女子に絡まれている。
そもそも、青峰は大人しくしていれば相当のイケメンだ。少し色黒なだけだ。
「…」
地味な男子生徒一人か女子生徒数名かなんて選択肢を出されたら。
そりゃあ…女の子のがいい、のではないか?
真司の頭の中で、勝手に自己簡潔される。そしてその結果、真司は青峰に声をかけることが出来なくなってしまった。
(どうして、自分が一番だなんて思い込んでたんだろ)
他に友人がいることも、女の子にモテることも、少し考えればわかることなのに。
真司は手にしていた弁当の袋をぎゅっと握り込んで、教室を後にした。
・・・
楽しそうな声が通り過ぎて行く。
「…」
急に一人ぼっちになった気分になるのは、いつも隣にいてくれた青峰がいないからだろう。
「べ、別に…青峰君だけじゃないし」
ぼそっと呟くと丁度すれ違った女子生徒にちらっと見られる。
恥ずかしさと、寂しさといろんなものが渦巻いて、真司は俯いたまま足を速めた。
とりあえず、一緒に来てくれそうな黄瀬の教室に行こう。別に、青峰がいなくたって問題ないんだから。
自分に言い聞かせるように教室を移動していた真司は、初っ端から愕然とすることとなった。
「黄瀬君!一緒に食べよー」
「黄瀬君、今日は私と」
「ううん、私と!」
「あーはいはい、押さないで」
黄瀬がもっとモテる人間だということをすっかり忘れていた。
クラス、学年問わず、様々な女子生徒に囲まれている黄瀬の姿はほとんど確認出来ない。
「…これは、無理」
たぶん呼べば黄瀬は人混みを掻き分けて来てくれるだろう。
しかし、黄瀬という名の獲物を目の前にしたオナゴ達からそれを奪い取るなんてことをする度胸は、真司にはなかった。
「テツ君、は」
派手な黄瀬と違って、黒子に関してはそもそも探し出す自信がない。
では緑間や赤司は…昼休みには将棋をうっているという噂を耳にしたことがある。
紫原はわざわざ昼食を共にする仲でもないし。
「………」
真司はとぼとぼと一人で歩き出した。
一人でいることには慣れていたはずなのに、横を通り過ぎていく生徒の群れに顔を伏せたくなる。
初めからわかっていたんだ。
青峰や黄瀬、みんなみんな真司とはタイプが違う。ずっと仲良く、なんて出来るはずがない。
「…考えすぎ、かなぁ」
ぽつりと呟いても誰も答えてはくれない。
「はぁ」
溜め息を吐いた真司の足は、屋上を目指していた。
青峰の好きな場所。日の当たる暖かい、時には北風の寒い場所。
階段を上がって行けば行くほど、ひやりとした空気が真司の体を包んでいく。
その先にある重たい扉を一人で開けるのは初めてだった。
「…はあ」
そこに誰もいないことを確認して、真司は大げさにため息を吐いた。
ここはこんなに静かな場所だっただろうか。
ゆっくりとした足取りで端まで移動すると、髪を風が吹き上げた。 一気に広がる視界は走っているときと似ている。
「青峰君」
こんな気持ちになるのも、全ては青峰のせいだ。青峰が自分を誘ったりするから。真司の存在に目をつけたから。
なんて、いない人の名を呼んだりして、余計虚しくなるだけだ。
真司は柵に背中を預けてその場にしゃがんだ。
「青峰君はいませんよ?」
「っ!!!」
目の前に現れた丸い目に、真司は驚いて体を反らせた。同時に聞こえたゴン、という音は、真司が頭を柵に強打した音だ。
「て、テツ君…いつから」
「君が来る前からですが」
「そ、そうですか…」
「大丈夫ですか?」
相変わらず影の薄い黒子が心配そうに覗き込んできた。
頭を打ったのも勿論痛いのだが、それよりも同じクラスの彼の名を呼んだのを聞かれたのが恥ずかしすぎる。
「そういえば、青峰君は一緒じゃなんですね」
「う、ん。まぁ」
「喧嘩でもしたんですか?」
「ううん、ただ別の友達といるだけだよ」
友達、という表現が正しいのかは知らないが、少なくとも相手の女子生徒は青峰とそうなりたいはずだ。
「青峰君は薄情な男ですね」
「え」
「隣、いいですか?」
「ドウゾ…」
屋上の端で、黒子と肩を合わせて座る。
広げた弁当を手に取ると、黒子はじっと真司の弁当を見つめてきた。
「テツ君弁当は?」
「ボクはお腹がすいてないので」
「そう、なの?」
「それより、そのお弁当は自分で作ってるんですよね」
「あー、うん」
弁当を見つめていたのはそれが気になったからか。
黒子は真司の家に誰もいないということにすぐ気付いた人だ。結構観察力はあるらしい。
「上手ですね」
「ありがと」
別に料理は趣味じゃない。作ってくれる人がいないならだけだ。
なんて思いながらも褒められたことが嬉しくて、真司は素直に笑った。
「青峰君とお昼を共にしたいんですよね」
「、え」
「さっきのは、そういうことですよね?」
さっきの、とは。
真司がきょとんと首を傾げると、黒子は小さくふふっと笑った。
「大丈夫ですよ」
「ん?」
「きっと、大丈夫です」
優しく笑った黒子がゆっくり立ち上がった。
もう教室に戻るのだろう。真司もそれに続いてゆっくり立ち上がった。
しかし黒子の言葉に勇気づけられたのもほんのひと時だけ。
青峰が他の人と親しげにしているのを見るだけで真司は耐えられなくて。
結局妙な距離感が出来上がったまま時間は過ぎて行った。
・・・
何故か避けられている気がする。
初めは気のせいだと思っていたが、そうとも思えなくなっていた。
何せ、真司とまともな会話を交わさずに、もう一週間も経過してしまったのだから。
「…オレ、あいつに何かしちまったのかなー」
「烏羽君のことですか?」
「はぁ、わっかんねー」
昼休み、偶然発見することに成功した黒子を捕まえて、青峰は愚痴をだらだらとこぼしていた。
「だってよぉ、昼休みは気付くと消えてっし、部活にも一人で行くし」
「はぁ」
「話かけても適当な返事しかしねーし」
「そうですか」
「今のテツみたいにな!!」
どいつもこいつも、とぶつぶつ言っている青峰の頬はぷっくりと膨らんでいる。
これは怒っているというよりは、拗ねているようにしか見えない。
「残念ながら、可愛くないですよ」
「あぁ?」
「いえ。つまり、烏羽君に構って欲しいってことですか」
「はぁ!?んでそーなんだよ」
「そうにしかなりませんが」
真顔で何を考えているのか全く読めない瞳が、青峰を捕らえて離さない。
教室のざわつきが、耳を通り過ぎて行く。
「…真司がいねぇ」
「そうですね」
「いつも、ここで一緒に飯食ってたのに」
「羨ましい限りです」
髪の毛を痛くない程度に引っ張ってきた細い指。
顔を上げると可愛らしく目を細めて笑っていた真司。
席替えして、教室内での物理的な距離が開いてからだ。心の距離までが見えなくなってしまった。
「どうして二人揃ってそんなに不器用なんですか」
「あ?」
「二人から話を聞かされるボクの身にもなって下さい」
「テツとは話してんのかよ…」
「……はぁ」
黒子は盛大にため息を吐くと、箸を置いた。
「君が好きな場所」
「…は?」
「烏羽君は君を待っているのだと思います」
「……」
青峰が何か考えるように視線を上にやった。
暫く二人の間にだけ沈黙が訪れる。そしてがたっと大きな音を立てて立ち上がった。
「ったく!めんどくせー奴だ」
「…全くです」
だっと教室から駆け出していった青峰の背中を視線だけで追っていた黒子は、言葉と裏腹に優しく微笑んでいた。
・・・
好きな場所、そう言われて浮かんだのは一か所だけだった。青峰の足はただその一か所を目指して進んでいく。
ひやりとする階段を越えた先の扉。
きいっと音を立てながら重々しく開いた扉の向こうには。
「青峰君…?」
「ったく毎日毎日どこに消えてんのかと思ったらよぉ」
ずかずかと大股で真司に近付いた青峰は、その前まで来ると足を止めた。
ようやく正面から顔を見ることが出来た、真司がそこにいる。
真司は呆然と目の前の大男を見上げていた。
どうして、青峰がここに。まさか、まさか自分を探してきてくれたというのか。
「あ、おみねく」
「テメェ、オレに一声くらいかけてけっての」
「いったぁ!」
青峰の拳は真司の頭にヒットした。
首が飛ぶんじゃないかという程に傾いた真司は、さすがに怒って立ち上がった。
「何すんだよ!」
「そりゃこっちの台詞だ!急に無視しやがって、女かっつの」
「無視なんかしてないし!」
「はぁ!?してたろーが」
青峰は怒っている。何故。
青峰が言うには、真司が無視をしたから。
無視なんかしてない。青峰が他の人と楽しそうにしていたから話しかけなかっただけだ。
「別に、話しかけなかっただけじゃん。青峰君には他に友達が一杯いるから」
「あぁ?」
「俺なんかいなくたって、別になんも問題ないじゃん。俺と違ってさ」
「真司、お前、何いってんだ?」
青峰が眉間に寄せていたシワを解いてきょとんとした。
お互いに噛み合っていないことがわかって沈黙が訪れる。
なんだろう、この空気は。
「真司、冷静に、一つ答えてくれっか」
「ん」
「寂しかったのか」
「、え」
真司が渋って黙っても、青峰はじっと見つめてくる目を逸らさない。
寂しかったか、なんて。寂しかったに決まっている。
どうしてか、と聞かれたら答えられないけれど、とにかく寂しさを感じていたのは確かだ。
恐る恐る首を縦に動かす。
すぐに青峰がふっと笑うのが聞こえた。
「オレも」
「え?」
「オレも同じだっつってんだよ。仲良くなったと思ってたのに、急に離れていきやがって」
青峰の人差し指が真司の額をつんっと押す。
少しだけ後ろに反った真司は額を押さえて、そしてそのまま両手で顔を覆った。
「真司?」
「何それ、何それ…っ」
「何だよ」
「俺の方が、ずっとずっと寂しかったんだからな…!」
真司の両手では隠しきれていない耳が、明らかに赤くなっている。
それに気付いた青峰は照れ臭そうに頬をかいて、それからその手を真司の頭の上に置いた。
なんだろう、すごく可愛い。目の前の友人が可愛くて仕方がない。
「なー…真司」
「な、に」
「顔隠すなよ」
「やだ」
「真っ赤だな」
「わかってんならスルーしてよ…っ」
指と指の間が開いて真司の瞳が覗く。
その真司の目には、自分と同じように頬を薄っすらと赤く染めた青峰が映った。
なんだ、青峰も同じだったのか。
安心して手のひらを顔から外す。
そしてそのまま真司は青峰の胸に飛び込んでいた。
・・・
暖かい日差しの元、涼しげな風が吹き付ける。
重たい扉を開いた先には、幸せそうな顔をした二人が体を重ねるようにして寝息を吐いていた。
「…なんとかなったようですね」
二人を見下ろしている黒子は、普段崩さない顔を柔らかくしていた。
こんな二人だからこそ目が離せない。
「今日は…ボクから赤司君に言い訳しておいてあげますよ」
サボり癖のある青峰が、ここ最近は授業に出ていたのだという。
出ているだけで、恐らく教師の話は一切聞いていないのだろうが。
それも全て、自分とは違う真司に近付く為だったのだろう。賢くて、教師からも厚い信頼を得る真司に。
少しずつ生徒が門から出て行く光景が、黒子の目に映る。
自分も早く部活へ向かわなければ。
黒子は自分のブレザーを二人にかけると、再び扉を開いた。