黒バス(2012.10~2017.12)
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なんだか空気がギスギスしている。真司がそう思ったのは、部室に黄瀬と黒子が居合わせたときだった。
灰崎が強制的に退部させられて、代わりに黄瀬がレギュラーとなったのは最近のこと。
二人は互いにあまり好いていなかったらしく、というか黄瀬が灰崎に負けたという記録が残っていた為に、黄瀬が複雑そうにしていたのを真司は知っている。
とはいえ慣れてくれば、そこは尊敬している青峰のいる場所でもあり、徐々に楽しげに練習するようになっていった。
と思っていたのだが。
「黄瀬君、今日スタメンは残って練習します」
「あー。そうなんスか」
「はい。なので部活終わっても帰らないで下さい」
「はいはい」
「あと、黄瀬君には最後の後片付けをやってもらいます。ボクが説明しますから」
「はぁ」
黒子は、たぶん普通だ。らしくないのは黄瀬の方。
そして、こんな黄瀬の態度には真司の身にも覚えがあった。
本当にあからさまな態度とる人だなぁなんて思いながらも、黄瀬が部室を出て行ったのを確認して、真司は黒子に近付いた。
「テツ君、大丈夫?」
「はい?」
「黄瀬君、当たりキツイでしょ」
「そうですね」
そうですね、という言葉とは裏腹、黒子はいつもと変わらない顔でけろっとしている。
恐らく、黒子は慣れてしまっているのだろう。
レギュラーとして青峰や赤司達と同じ場所に立っている黒子へ向けられる、見下したような周りの視線に。
「…烏羽君、ボクは大丈夫ですから、黄瀬君に何か言ったりしないで下さい」
「でも」
「実力で認めさせてみせます」
きりっと拳を作りながら言う黒子は頼りない。声に覇気はないし、拳を握る腕は細いし。
しかし、それはいつも通りの黒子テツヤなのだ。
「わかった。でも、なんかされたら言ってよね」
「わかりました」
黄瀬がなんかをするような人でないことも知っている。
ただ何か言葉をかけようと思ったらそんな言葉しか浮かばなかったのだ。
時間が解決してくれることだとはいえ、好きな者同士の関係がよくないのは真司の目には良く映らなかった。
「黄瀬君」
部室を出て、黄瀬の背中を見つける。
特に用もなく名前を呼ぶと、黄瀬は爽やかな笑顔を真司に向けた。
「真司っち!どーしたんスか?」
「あ、ううん、呼んだだけ」
「…っ、な、何でそんな可愛いことするんスか」
「そこに黄瀬君がいたから」
ほわあぁ、と黄瀬が空気の抜けた奇声を発する。
うん、やっぱり黄瀬は黒子が気に食わないだけだ。
とすれば真司に出来ることはないのだろう。二人の溝が埋まるのを待つことしか出来ないというのは、なんとももどかしいものだった。
「烏羽、黒子」
ぴくっと烏羽の肩が揺れた。
「赤司君?」
「来い」
「あ、はい」
赤司の声にか、真司の反応にか、目を丸くした黄瀬に軽く手を振ってから、真司は赤司の元へと駆け寄った。同時に黒子もやって来る。
赤司はいつも通り、整った顔を飾る綺麗な赤い瞳をこちらに向けた。
「今日はレギュラーを含む一軍内で練習試合をしようと思っているんだが」
「そーなんだ?」
「あぁ。そこでお前ら二人を組ませる」
「え」
真司と黒子は顔を見合わせ、互いに困惑していることを確認した。
真司も黒子も相当の変わり者だ。それを急に組めと言われて出来るとは思えない。
「赤司君、それはいくらなんでも」
「そーだよ。俺にテツ君のパスは取れないし、テツ君に俺の速さはついてこれない」
黒子は、ついてこれないと真司が断言したことに少し不満そうだったが、こくりと頷いた。
実際に二人が同時に走ったことやボールのパス回しをしたことはないのだが、恐らく真司の言う通りになることだろう。
しかし、赤司は苛立ちを含んだため息を吐いた。
「別に黒子に走れとも、烏羽に青峰が受けとるようなパスを取れとも言っていないだろう」
「そ、だけど」
「お前ら二人が他にない才能を持っているということを見せてみろ」
再び黒子と真司が互いを確認し合った。
真司のスピードがあれば、普通の人間が追い付けない程度先へパスを出しても取れる。
いつパスが出たかもわからず、誰が取るのかも予測しにくいボール。
相手の虚をつくことは出来そうだ。
「赤司君、でもそれって俺がシュートすることになるんじゃ」
「シュートの練習もしただろう?」
「し、したけど…ちょっと自信ない」
「まぁ、入った方がいいが入らなくてもいい」
とにかく持っている才能を見せろ、ということのようだ。
それにしてもこのタイミングでそれをするなんて。赤司は練習以外に目的を持っているのではないかと期待してしまう。
「テツ君、よろしく」
「こちらこそ」
これで成功すれば黄瀬は黒子を認めてくれるかもしれない。
それに、赤司が見ている、赤司が期待している。それだけで真司が本気になる条件としては十分だった。
・・・
案の定、赤司は黒子と真司が入っているチームの相手に黄瀬の入っているチームを当てた。
そこまで用意された舞台で、赤司が何も考えていないということはないはずだ。それには当然黒子も気付くわけで。
「真司っちと同じチームが良かったっス…」
「そう?俺は黄瀬君とやれて嬉しいけど」
「ま、それもあるっスけどねー」
にこにこと笑っている黄瀬は気付いていないようだ。尚更やる気が増してくる。
赤司も煽るのが上手いな、と横目で平然としているキャプテンを確認しながら、真司は黒子の横に立った。
正直、他の一軍の者達とやるのは少し怖い。
赤司の真司贔屓のせいで、周りの目は痛いばかりだったから。
「烏羽君、大丈夫です」
「テツ君?」
「試合は試合。手を抜くような人はいませんから」
にこ、と笑いかけてくれる黒子に安心する。
真司も黒子に笑い返し、それから反対側に立つ黄瀬を目に映した。
あれ、なんか怒ってる。ような気がする。
少し目付きがいつもと違う黄瀬を不思議に思いながらも、試合は始まった。
さすがに一軍以上しかいない練習試合は、練習試合とは思えない程にハイレベルなものだった。
初めはついて行くのだけで一杯一杯。
ようやくテンションが乗ってきた頃には、他の皆の勢いも激しくなってきて。特に黄瀬は、やはり上手かった。
それでも赤司が見ている状況の中、ヘマするわけにはいかない。
真司と黒子は同じチームの一軍メンバーでさえついてこれない程の速さとパス回しを見せつけた。
とはいえ、それが得点に繋がると言うわけではなく。点差は黄瀬のシュートで開いていく。
黄瀬が放ったボールは綺麗にゴールに吸い込まれ、とんっと地に落ちた。
「なんでっ」
しかし、急に声を荒げたのは黄瀬だった。
「あんたら二人とも何してるんスか…!」
同時に試合をしていた皆の視線が黒子と真司に集まる。
パスが上手い黒子も、ドリブルの速さを極めた真司も、他のことはからっきし。
その偏ったプレイも他のメンバーが補うことでなんとか点数に繋がっている。
「全然、コピー出来ねぇ…」
黄瀬の叫びは他の皆が思っていたこととは全く違っていた。
黄瀬は見たものをプレイ出来てしまうという才能を持っている。それ故に入部してすぐ一軍にまで上り詰めた。
しかし、黒子と真司のそれも才能。それを持って生まれなかったものに真似することは出来ない。
「真司っちのはわかるっスよ、でもなんで」
黄瀬の目が黒子を捕らえる。
「ようやくボクを見ましたね」
ぽつりと言いながら黒子が黄瀬を見上げた。
「ボクのこと、見えてましたか?」
「え…」
黒子の才能がもう一つあることにすぐ気付ける者は少ない。本来はもう一つ、と区別する必要のない、二つで一つとなるものだが。
「どこにいても目立つ黄瀬君には分からないかもしれませんが」
黒子は影が薄い。そこに立っていることを忘れてしまう程に。それはそこに目立つものがいれば尚更際立つ。
真司もその時初めて黒子の本当の強さに気付いた。
そもそも真司は、黒子の影の薄さを利用したミスディレクションという能力を初めて知ったのだが、それだけでなく。
絶望と希望と努力と才能と。黒子は全てを知っている。
「テツ君、勝とう」
「はい」
黒子と真司の拳が合わさる。
負けたくない、じゃない。その時真司は確かに勝ちたいと思った。黒子を勝たせたかった。
試合は、黒子と真司のチームの勝利で終わった。
実力なら、間違いなく黄瀬の方が上だった。しかし、黄瀬が精神的に負けていたのだ。
黒子の才能を目の前にして、驚きと困惑が大きかったのかもしれない。
「お疲れ」
全ての試合が終わって、部活も終わりの時間をむかえた。
さっきまで部員達の前で厳しい顔をしていた赤司が、優しい顔で真司の肩に手を乗せる。
疲れた顔をしていた真司はそれだけでパッと笑顔になった。
「あ、赤司君、俺どうだった?」
「まだまだだが…短い期間でよくここまで頑張った、といったところだな」
「そっか…」
じゃあ、もっと頑張らなきゃ。
ぐっと拳を作った真司の横で、黄瀬が黒子に近付くのが見えた。
「黒子っち…!」
「…!?」
ばっと黒子に差し出された両手。
もともと丸い目を更に丸くさせた黒子は、戸惑いながらも片手を差し出した。黒子の手はでかい手に挟まれぶんぶんと振られる。
なんというか、デジャヴを感じざるを得ない。
「全く…黄瀬は分かり易い奴だな」
赤司がはぁっと呆れ気味にため息を吐く。
そんな赤司の煩わしそうな表情にもドキッとしてしまった真司は、ごくっと唾を飲んで自ら頬を打った。
「…どうした」
「う、ううん、二人のとこ行ってくるね」
赤司の言動にいちいち緊張してしまう。
誤魔化すようにぶんぶんと顔の前で手を振り、真司は二人に駆け寄った。
「仲直りした?」
近寄って声をかけると、黄瀬がぱぁっと明るい笑顔をこちらに向けた。
「したっス!」
「いえ、そもそも直る仲がありませんでしたから」
酷い!と喚く黄瀬を一発殴ってやりたくなるのは、人間を実力で秤にかける黄瀬の思考のせいだ。
酷いのはどっちだ、と思っても決して言ったりはしないが。
「じゃーさ、今日二人で手繋いで帰りなよ」
「え?」
本気と冗談が半分ずつ。黄瀬への嫌がらせを目的としたような真司の提案に、二人の表情が一瞬固まった。
「俺と黄瀬君そーだったしょ?」
「そうなんですか?」
「いや、あん時は真司っちの眼鏡が…ま、そーだったっスけど」
デレッという表記が黄瀬の顔に見える。
黒子は少し口をへの字に曲げて、何を思ったのか真司の手を握った。
「では、間に烏羽君を挟みましょう」
「…は?」
「あ、いっスねそれ!」
「いやいやいや、二人仲直りしてないじゃんこれじゃ」
右手を黄瀬に、左手を黒子に掴まれる。体温も大きさの異なる二人の手のひら。
うっかり嬉しくなりそうになり、真司はぶんっと両手を大きく振った。
「男が三人横に並んだら邪魔でしょ!」
「んなことないっスよ。二人ともちっちゃいし」
「…黄瀬君が馬鹿みたいに大きいんですよ」
「ていうか、なんでほどけないの…っ」
数回振り回したが、二人の手は真司から離れなかった。
何故こうなった。どう考えても自分関係ないじゃん。
ぐるぐると思考を巡らせたところで状況は変わらない。
真司は二人の男に握られた自分の手に視線を落とした。
「、本気?」
「本気も何も、真司っちが手繋げって」
「俺は二人でって言ったからな?」
「いいじゃないですか。友達の友達は友達って言いますし」
「いや、違うと思うし」
にこにこと両側が楽しそうに笑っている。
不服そうに頬を膨らませるのは挟まれた真司一人。しかも嫌じゃないから困る。
「俺はテツ君のこと大好きだし、黄瀬君のことも好きなんだよ」
「ありがとうございます」
「え、なんでオレには“大”付いてないんスか」
「そこは察してよ」
再び酷い、と声を上げた黄瀬のことは気にしないことにした。
握られているだけだった手をぎゅっと握り返して、二人を見上げる。といっても黒子との間に見上げる程の身長差はないが。
「二人が仲良くしてくれないと、俺が寂しいの」
「真司っち…」
「どっちか、じゃなくて、俺はこうして皆で仲良くしたいから」
恥ずかしいことを言っている自覚はあった。
しかし、二人のことが好きだからこそわかり合いたかったのだ。
「大丈夫ですよ、烏羽君」
黒子がぽつりと呟いた。
「ボクらはまだ始まって日が浅いだけです」
「ま、確かにそっスね。オレは黒子っちのことも真司っちのこともよく知らないし」
「ボクもです。それが埋まっていけば自然と人間関係は出来ていきますよ」
抽象的だったが、黒子の言っていることは真司にも理解出来た。
そして、勝手に黒子や黄瀬との関係が出来上がっていると思い込んでいたことに気付く。
「そか、そーだよね」
「はい」
「じゃあ三人で手、繋いで帰ろっか」
「え!?まじスか!?」
黒子と黄瀬の目がぎょっと見開かれた。
繋がった手は両方が果たさない限り解かれない。どちらか一方が放したって離れたりはしない。
目に見える繋がりは、やはり安心する。
「なんか、子供二人引き連れてる気分になるっス」
「ちょっと黄瀬君、馬鹿にしてる?」
「してないしてない!可愛いなーって」
黒子の顔が目に見えて不機嫌になった。
真司も、さすがに可愛いと言われて嬉しい年頃ではない。
「…テツ君、二人で帰ろっか」
「はい」
「え、ちょ!当初の趣旨なくなってるっスよ!」
なんだかんだで良い関係が築けそうな気がする。
といっても、さすがに男三人手を繋いで、なんてのは傍から見ると酷い光景でしかなく。
更に、青峰に「宇宙人でも呼ぶのか」と疑いの目を向けられた為に放されることとなった。
帰り道は男三人、横に並んで。
それでも、不安がなかったことに真司はまた安心するのだった。
・・・
「ね、黒子っち」
真司と分かれた後、黄瀬は足を止めて黒子を見下ろした。
「なんですか」
「その、真司っちのこと、どう思ってる?」
「どう、ですか…?」
背後を見て、そこにもう真司がいないことを確認する。
どう思っているかという曖昧な質問にどう返答すべきか、黒子は頬をぽりぽりとかいてから小さな口を開いた。
「烏羽君は…とても可愛いですね」
「っスよねぇ」
「だからこそ、ボクは心配なんです」
ここまでバスケ部に所属していて、真司はレギュラーメンバーとしか親しくなっていない。
出会いが青峰からだったのが原因だと初めは思っていたが、それだけで済む話とも思えなくなりつつある。
「黒子っち?」
「いえ、考え過ぎですね」
「大丈夫っスか?」
「…ボクは、烏羽君には幸せになって欲しいと思います」
「なんスかそれー」
けらけらと笑う黄瀬の横で、黒子は俯いて目を閉じた。
どうかこの心配が、思い過ごしでありますように。
灰崎が強制的に退部させられて、代わりに黄瀬がレギュラーとなったのは最近のこと。
二人は互いにあまり好いていなかったらしく、というか黄瀬が灰崎に負けたという記録が残っていた為に、黄瀬が複雑そうにしていたのを真司は知っている。
とはいえ慣れてくれば、そこは尊敬している青峰のいる場所でもあり、徐々に楽しげに練習するようになっていった。
と思っていたのだが。
「黄瀬君、今日スタメンは残って練習します」
「あー。そうなんスか」
「はい。なので部活終わっても帰らないで下さい」
「はいはい」
「あと、黄瀬君には最後の後片付けをやってもらいます。ボクが説明しますから」
「はぁ」
黒子は、たぶん普通だ。らしくないのは黄瀬の方。
そして、こんな黄瀬の態度には真司の身にも覚えがあった。
本当にあからさまな態度とる人だなぁなんて思いながらも、黄瀬が部室を出て行ったのを確認して、真司は黒子に近付いた。
「テツ君、大丈夫?」
「はい?」
「黄瀬君、当たりキツイでしょ」
「そうですね」
そうですね、という言葉とは裏腹、黒子はいつもと変わらない顔でけろっとしている。
恐らく、黒子は慣れてしまっているのだろう。
レギュラーとして青峰や赤司達と同じ場所に立っている黒子へ向けられる、見下したような周りの視線に。
「…烏羽君、ボクは大丈夫ですから、黄瀬君に何か言ったりしないで下さい」
「でも」
「実力で認めさせてみせます」
きりっと拳を作りながら言う黒子は頼りない。声に覇気はないし、拳を握る腕は細いし。
しかし、それはいつも通りの黒子テツヤなのだ。
「わかった。でも、なんかされたら言ってよね」
「わかりました」
黄瀬がなんかをするような人でないことも知っている。
ただ何か言葉をかけようと思ったらそんな言葉しか浮かばなかったのだ。
時間が解決してくれることだとはいえ、好きな者同士の関係がよくないのは真司の目には良く映らなかった。
「黄瀬君」
部室を出て、黄瀬の背中を見つける。
特に用もなく名前を呼ぶと、黄瀬は爽やかな笑顔を真司に向けた。
「真司っち!どーしたんスか?」
「あ、ううん、呼んだだけ」
「…っ、な、何でそんな可愛いことするんスか」
「そこに黄瀬君がいたから」
ほわあぁ、と黄瀬が空気の抜けた奇声を発する。
うん、やっぱり黄瀬は黒子が気に食わないだけだ。
とすれば真司に出来ることはないのだろう。二人の溝が埋まるのを待つことしか出来ないというのは、なんとももどかしいものだった。
「烏羽、黒子」
ぴくっと烏羽の肩が揺れた。
「赤司君?」
「来い」
「あ、はい」
赤司の声にか、真司の反応にか、目を丸くした黄瀬に軽く手を振ってから、真司は赤司の元へと駆け寄った。同時に黒子もやって来る。
赤司はいつも通り、整った顔を飾る綺麗な赤い瞳をこちらに向けた。
「今日はレギュラーを含む一軍内で練習試合をしようと思っているんだが」
「そーなんだ?」
「あぁ。そこでお前ら二人を組ませる」
「え」
真司と黒子は顔を見合わせ、互いに困惑していることを確認した。
真司も黒子も相当の変わり者だ。それを急に組めと言われて出来るとは思えない。
「赤司君、それはいくらなんでも」
「そーだよ。俺にテツ君のパスは取れないし、テツ君に俺の速さはついてこれない」
黒子は、ついてこれないと真司が断言したことに少し不満そうだったが、こくりと頷いた。
実際に二人が同時に走ったことやボールのパス回しをしたことはないのだが、恐らく真司の言う通りになることだろう。
しかし、赤司は苛立ちを含んだため息を吐いた。
「別に黒子に走れとも、烏羽に青峰が受けとるようなパスを取れとも言っていないだろう」
「そ、だけど」
「お前ら二人が他にない才能を持っているということを見せてみろ」
再び黒子と真司が互いを確認し合った。
真司のスピードがあれば、普通の人間が追い付けない程度先へパスを出しても取れる。
いつパスが出たかもわからず、誰が取るのかも予測しにくいボール。
相手の虚をつくことは出来そうだ。
「赤司君、でもそれって俺がシュートすることになるんじゃ」
「シュートの練習もしただろう?」
「し、したけど…ちょっと自信ない」
「まぁ、入った方がいいが入らなくてもいい」
とにかく持っている才能を見せろ、ということのようだ。
それにしてもこのタイミングでそれをするなんて。赤司は練習以外に目的を持っているのではないかと期待してしまう。
「テツ君、よろしく」
「こちらこそ」
これで成功すれば黄瀬は黒子を認めてくれるかもしれない。
それに、赤司が見ている、赤司が期待している。それだけで真司が本気になる条件としては十分だった。
・・・
案の定、赤司は黒子と真司が入っているチームの相手に黄瀬の入っているチームを当てた。
そこまで用意された舞台で、赤司が何も考えていないということはないはずだ。それには当然黒子も気付くわけで。
「真司っちと同じチームが良かったっス…」
「そう?俺は黄瀬君とやれて嬉しいけど」
「ま、それもあるっスけどねー」
にこにこと笑っている黄瀬は気付いていないようだ。尚更やる気が増してくる。
赤司も煽るのが上手いな、と横目で平然としているキャプテンを確認しながら、真司は黒子の横に立った。
正直、他の一軍の者達とやるのは少し怖い。
赤司の真司贔屓のせいで、周りの目は痛いばかりだったから。
「烏羽君、大丈夫です」
「テツ君?」
「試合は試合。手を抜くような人はいませんから」
にこ、と笑いかけてくれる黒子に安心する。
真司も黒子に笑い返し、それから反対側に立つ黄瀬を目に映した。
あれ、なんか怒ってる。ような気がする。
少し目付きがいつもと違う黄瀬を不思議に思いながらも、試合は始まった。
さすがに一軍以上しかいない練習試合は、練習試合とは思えない程にハイレベルなものだった。
初めはついて行くのだけで一杯一杯。
ようやくテンションが乗ってきた頃には、他の皆の勢いも激しくなってきて。特に黄瀬は、やはり上手かった。
それでも赤司が見ている状況の中、ヘマするわけにはいかない。
真司と黒子は同じチームの一軍メンバーでさえついてこれない程の速さとパス回しを見せつけた。
とはいえ、それが得点に繋がると言うわけではなく。点差は黄瀬のシュートで開いていく。
黄瀬が放ったボールは綺麗にゴールに吸い込まれ、とんっと地に落ちた。
「なんでっ」
しかし、急に声を荒げたのは黄瀬だった。
「あんたら二人とも何してるんスか…!」
同時に試合をしていた皆の視線が黒子と真司に集まる。
パスが上手い黒子も、ドリブルの速さを極めた真司も、他のことはからっきし。
その偏ったプレイも他のメンバーが補うことでなんとか点数に繋がっている。
「全然、コピー出来ねぇ…」
黄瀬の叫びは他の皆が思っていたこととは全く違っていた。
黄瀬は見たものをプレイ出来てしまうという才能を持っている。それ故に入部してすぐ一軍にまで上り詰めた。
しかし、黒子と真司のそれも才能。それを持って生まれなかったものに真似することは出来ない。
「真司っちのはわかるっスよ、でもなんで」
黄瀬の目が黒子を捕らえる。
「ようやくボクを見ましたね」
ぽつりと言いながら黒子が黄瀬を見上げた。
「ボクのこと、見えてましたか?」
「え…」
黒子の才能がもう一つあることにすぐ気付ける者は少ない。本来はもう一つ、と区別する必要のない、二つで一つとなるものだが。
「どこにいても目立つ黄瀬君には分からないかもしれませんが」
黒子は影が薄い。そこに立っていることを忘れてしまう程に。それはそこに目立つものがいれば尚更際立つ。
真司もその時初めて黒子の本当の強さに気付いた。
そもそも真司は、黒子の影の薄さを利用したミスディレクションという能力を初めて知ったのだが、それだけでなく。
絶望と希望と努力と才能と。黒子は全てを知っている。
「テツ君、勝とう」
「はい」
黒子と真司の拳が合わさる。
負けたくない、じゃない。その時真司は確かに勝ちたいと思った。黒子を勝たせたかった。
試合は、黒子と真司のチームの勝利で終わった。
実力なら、間違いなく黄瀬の方が上だった。しかし、黄瀬が精神的に負けていたのだ。
黒子の才能を目の前にして、驚きと困惑が大きかったのかもしれない。
「お疲れ」
全ての試合が終わって、部活も終わりの時間をむかえた。
さっきまで部員達の前で厳しい顔をしていた赤司が、優しい顔で真司の肩に手を乗せる。
疲れた顔をしていた真司はそれだけでパッと笑顔になった。
「あ、赤司君、俺どうだった?」
「まだまだだが…短い期間でよくここまで頑張った、といったところだな」
「そっか…」
じゃあ、もっと頑張らなきゃ。
ぐっと拳を作った真司の横で、黄瀬が黒子に近付くのが見えた。
「黒子っち…!」
「…!?」
ばっと黒子に差し出された両手。
もともと丸い目を更に丸くさせた黒子は、戸惑いながらも片手を差し出した。黒子の手はでかい手に挟まれぶんぶんと振られる。
なんというか、デジャヴを感じざるを得ない。
「全く…黄瀬は分かり易い奴だな」
赤司がはぁっと呆れ気味にため息を吐く。
そんな赤司の煩わしそうな表情にもドキッとしてしまった真司は、ごくっと唾を飲んで自ら頬を打った。
「…どうした」
「う、ううん、二人のとこ行ってくるね」
赤司の言動にいちいち緊張してしまう。
誤魔化すようにぶんぶんと顔の前で手を振り、真司は二人に駆け寄った。
「仲直りした?」
近寄って声をかけると、黄瀬がぱぁっと明るい笑顔をこちらに向けた。
「したっス!」
「いえ、そもそも直る仲がありませんでしたから」
酷い!と喚く黄瀬を一発殴ってやりたくなるのは、人間を実力で秤にかける黄瀬の思考のせいだ。
酷いのはどっちだ、と思っても決して言ったりはしないが。
「じゃーさ、今日二人で手繋いで帰りなよ」
「え?」
本気と冗談が半分ずつ。黄瀬への嫌がらせを目的としたような真司の提案に、二人の表情が一瞬固まった。
「俺と黄瀬君そーだったしょ?」
「そうなんですか?」
「いや、あん時は真司っちの眼鏡が…ま、そーだったっスけど」
デレッという表記が黄瀬の顔に見える。
黒子は少し口をへの字に曲げて、何を思ったのか真司の手を握った。
「では、間に烏羽君を挟みましょう」
「…は?」
「あ、いっスねそれ!」
「いやいやいや、二人仲直りしてないじゃんこれじゃ」
右手を黄瀬に、左手を黒子に掴まれる。体温も大きさの異なる二人の手のひら。
うっかり嬉しくなりそうになり、真司はぶんっと両手を大きく振った。
「男が三人横に並んだら邪魔でしょ!」
「んなことないっスよ。二人ともちっちゃいし」
「…黄瀬君が馬鹿みたいに大きいんですよ」
「ていうか、なんでほどけないの…っ」
数回振り回したが、二人の手は真司から離れなかった。
何故こうなった。どう考えても自分関係ないじゃん。
ぐるぐると思考を巡らせたところで状況は変わらない。
真司は二人の男に握られた自分の手に視線を落とした。
「、本気?」
「本気も何も、真司っちが手繋げって」
「俺は二人でって言ったからな?」
「いいじゃないですか。友達の友達は友達って言いますし」
「いや、違うと思うし」
にこにこと両側が楽しそうに笑っている。
不服そうに頬を膨らませるのは挟まれた真司一人。しかも嫌じゃないから困る。
「俺はテツ君のこと大好きだし、黄瀬君のことも好きなんだよ」
「ありがとうございます」
「え、なんでオレには“大”付いてないんスか」
「そこは察してよ」
再び酷い、と声を上げた黄瀬のことは気にしないことにした。
握られているだけだった手をぎゅっと握り返して、二人を見上げる。といっても黒子との間に見上げる程の身長差はないが。
「二人が仲良くしてくれないと、俺が寂しいの」
「真司っち…」
「どっちか、じゃなくて、俺はこうして皆で仲良くしたいから」
恥ずかしいことを言っている自覚はあった。
しかし、二人のことが好きだからこそわかり合いたかったのだ。
「大丈夫ですよ、烏羽君」
黒子がぽつりと呟いた。
「ボクらはまだ始まって日が浅いだけです」
「ま、確かにそっスね。オレは黒子っちのことも真司っちのこともよく知らないし」
「ボクもです。それが埋まっていけば自然と人間関係は出来ていきますよ」
抽象的だったが、黒子の言っていることは真司にも理解出来た。
そして、勝手に黒子や黄瀬との関係が出来上がっていると思い込んでいたことに気付く。
「そか、そーだよね」
「はい」
「じゃあ三人で手、繋いで帰ろっか」
「え!?まじスか!?」
黒子と黄瀬の目がぎょっと見開かれた。
繋がった手は両方が果たさない限り解かれない。どちらか一方が放したって離れたりはしない。
目に見える繋がりは、やはり安心する。
「なんか、子供二人引き連れてる気分になるっス」
「ちょっと黄瀬君、馬鹿にしてる?」
「してないしてない!可愛いなーって」
黒子の顔が目に見えて不機嫌になった。
真司も、さすがに可愛いと言われて嬉しい年頃ではない。
「…テツ君、二人で帰ろっか」
「はい」
「え、ちょ!当初の趣旨なくなってるっスよ!」
なんだかんだで良い関係が築けそうな気がする。
といっても、さすがに男三人手を繋いで、なんてのは傍から見ると酷い光景でしかなく。
更に、青峰に「宇宙人でも呼ぶのか」と疑いの目を向けられた為に放されることとなった。
帰り道は男三人、横に並んで。
それでも、不安がなかったことに真司はまた安心するのだった。
・・・
「ね、黒子っち」
真司と分かれた後、黄瀬は足を止めて黒子を見下ろした。
「なんですか」
「その、真司っちのこと、どう思ってる?」
「どう、ですか…?」
背後を見て、そこにもう真司がいないことを確認する。
どう思っているかという曖昧な質問にどう返答すべきか、黒子は頬をぽりぽりとかいてから小さな口を開いた。
「烏羽君は…とても可愛いですね」
「っスよねぇ」
「だからこそ、ボクは心配なんです」
ここまでバスケ部に所属していて、真司はレギュラーメンバーとしか親しくなっていない。
出会いが青峰からだったのが原因だと初めは思っていたが、それだけで済む話とも思えなくなりつつある。
「黒子っち?」
「いえ、考え過ぎですね」
「大丈夫っスか?」
「…ボクは、烏羽君には幸せになって欲しいと思います」
「なんスかそれー」
けらけらと笑う黄瀬の横で、黒子は俯いて目を閉じた。
どうかこの心配が、思い過ごしでありますように。